200回記念 私立龍驤学院⑩

 ゆっくり。

 ゆっくりと立ち上がる竜司。


 もう呻き声も上げない。


 まるで何も無かった。

 そう、我鬼崎がきざきの攻撃なんか無かったかの様に立ち上がる。


 ザッ……


 その異様な雰囲気に我鬼崎がきざきも後ずさる。

 かたや竜司はぼうっと呆けてる。


「オメー……

 何で何ともねぇんだよ……

 俺の通打とおうちを喰らったんだぞ……?」


 この通打とおうちと言うのは我鬼崎がきざき状態変化S.C


 我鬼崎がきざきは取り込んだ魔力を変化させ貫通力を持たせていた。

 効果は直径2センチ、長さ30センチの太針を刺されたのに等しい。


 まさに狂った思想を持った我鬼崎がきざきに相応しい技能。

 魔力を変化させて使用出来る事を期末テスト女子の部で知った。


 帰宅後、即実践し二日間の間にどうにか状況如何では実用できるレベルまで漕ぎ着けたのだ。


 しかしまだ自由自在とは行かず、素早い動作で使用は不可。

 意識を集中する必要があるからだ。


 従って通打とおうちを使うと物凄く拳の動きがスローになってしまう。


 基本的に竜河岸同士の争いと言うのは魔力注入インジェクトを使用したハイスピード戦。

 そんな中、ゆっくりとした動きの拳など放っている余地は無い。


 現時点で使用できる状況としては透過トランスパレンスなり希薄ダイリュートなりで自分の姿を隠した上での奇襲ぐらいしか無い。


 おと達が反則としてテスト終了を告げなかったのは通打とおうちがあくまでも魔力を使用した我鬼崎がきざきの技術だからである。


 確かに通打とおうちは攻撃速度は遅い。

 極めて遅い。


 が、透過トランスパレンスと掛け合わせると恐ろしい暗器へと変化する。


 拳が遅くとも透明なら問題は無い。

 且つ拳が遅くとも効果が発揮できるのでモーションは何でも良い。


 接触寸前まで近づき、肘を曲げてゆっくり拳を合わせるだけで効果は発揮される。

 もちろんその場所が心臓であれば即死は免れない。


 極めて危険な状態変化S.Cと言える。

 ちなみに通打とおうちと言う名称は千枚通し、目打ちから考案。


 竜司は直径2センチ、長さ30センチの太針で串刺しになったも同然。

 にも関わらず平然と立ち上がって来た。


 我鬼崎がきざきが焦って即、質問権を消費しても当然。


「ん…………?

 あぁ……

 確か一撃喰らったら一つ質問に答えないといけないんだっけ……」


 ペリペリペリ


 竜司が右肩についた刺創を確かめる為に触ってみる。

 凝固した血がパリパリと剥離。


 竜司は全く痛みを感じていない。


 確認すると体操服の背中側も穴と血痕。

 貫通していたのが解る。


 が、背中側も擦るが全く痛くは無い。

 ここで竜司は確信する。


 これは成功。

 凛子先生が使用している状態変化S.Cが自分にも使えたのだと。


「凛子先生。

 貴方、テスト前にすめらぎと話してたみたいですけど何か言いました?」


 おとは状況を即座に察知。

 竜司が状態変化S.Cを使い、傷を治癒したと考えた。


 この魔力を使った治癒は技能の差はあれど、基本的にきちんと教育を受けた竜河岸であれば誰しもが使える技術。


 もちろん龍驤りゅうじょう学院でも教えている。

 が、カリキュラムとしては高等部。


 おとはそんな事を授業で行っていない。

 そこから先程、凛子と竜司が話していた事を思い出し、疑いをかけたのだ。


「ん~~……

 何か話の流れで?

 私がどうやって傷を治しているのかって話になってちょっとね。

 でも話したのは名称と概要だけよ。

 それを実現させたのは紛れも無くすめらぎ君のセンスと発想じゃないかしら?」


「確かにそれは……

 でもテストを受ける上での公平性と言うのがですね……?」


「こんな理不尽なテスト考えてて公平なんかあったもんじゃ無いじゃない」


「それとこれとは話は別です。

 全くもう……

 まあ私も個人的には我鬼崎がきざきすめらぎにぶちのめしてもらいたいですしね。

 鳥谷と言い、我鬼崎がきざきと言い、どうして毎年毎年あぁ言うした生徒が出るんでしょうね?」


 勘違いと言うのは自身が選ばれた人間であると言う傲慢な思想を持つ鳥谷や、魔力の悪用を何の躊躇も無く出来てしまう我鬼崎がきざきの考え方の事である。


 前話で話した通り魔力と言う代物は使えば使う程、精度や効果を増す。

 竜司の祖父の様に70を超える高齢でも研鑽を怠らない人物も存在する。


 このテストで我鬼崎がきざき魔力注入インジェクト熟練度が高いという話をしたがそれはあくまでも生徒レベルでの話。


 仮に今の我鬼崎がきざきが竜司の祖父と争う事になれば瞬殺である。

 確実に。


 しかも強いのは竜司の祖父だけでは無い。


 日本には化物と呼ぶに相応しい竜河岸がゴロゴロいる。

 しかもその化物は暴力装置である警察にも存在している。


 特殊交通警ら隊。

 竜河岸だけで構成された警視庁公安部に属する竜専門特別チームである。


 隊員1人1人が竜河岸として超一流のエリート。

 化物と呼ばれてもおかしくない猛者揃い。


 更にその化物の群れを率いる隊長は竜司の兄。

 すめらぎ豪輝ごうきである。


「まあ、しょうがないんじゃないかしら?

 スキルなんて不思議な力を扱えて、更に魔力技術なんて物凄い技術を教えてもらってるんですもの。

 自分は選ばれたんだって勘違いもするわよ。

 若いんだし」


 鳥谷にしても我鬼崎がきざきにしてもどうしてある種、おごった性格になっているのか?


 その解は至って単純。

 知らないのである。


 世間にどれだけ化物がひしめいているかを。


 それもその筈。

 社会人の竜河岸は基本的に目立った行動は起こさない。


 自身の異能がどれだけ一般人にとって脅威かを知っているから。

 近親に危害が及ばない限り、スキルや魔力技術で破壊活動を行う事はしない。


 使用するのは主に仕事面ぐらいなのである。


 もちろん犯罪を起こす竜河岸も存在する。

 するが、そう言った輩がまず考える事はどうやればバレずに犯罪を犯せるかと言う点。


 バレると即行で特殊交通警ら隊が出動。

 確実に取り押さえられるからである。


 鳥谷も我鬼崎がきざきもそう言う意味ではまだまだ世間を知らないのだ。

 龍驤りゅうじょう学院に居る内はまだまだ籠の中のひななのである。


「そんなものなのでしょうか。

 まあ鳥谷はおいおい気付いて行って卒業するころには丸くなっているでしょうが……

 それよりも問題は我鬼崎がきざき

 あいつ、もしかして魔力精神病者チャーム・サイコスかも知れませんね」


 チャーム・サイコス。


 文字通り魔力に魅入られ過ぎた竜河岸がかかる精神病、またはその精神病にかかった竜河岸を差す。


 発症する竜河岸の特徴として利己主義、傲慢な性格。


 もしチャーム・サイコスと診断されてしまったら即拘束。

 飛騨に在る隔離病棟に強制入院となる。


 人権をほぼ無視した措置であるがそれも致し方無い。


 チャーム・サイコスに罹患した竜河岸は自らの欲望を満たす為にはどれだけ非人道的な行為でも躊躇いなく行う。


 スキルを使って街を破壊し、魔力技術を使って殺人を犯す。

 まさに一廉ひとかどの兵器と化すのである。


 おとがテスト前に話していた家族で殺し合いをさせ、最終的には家ごと丸焼きと言う話。


 これも重度の魔力精神病者チャーム・サイコスによって引き起こされた痛ましい事件なのである。


 詳細は割愛するがこの家族とおとは近しい間柄。

 その悲報が届いた時の絶望たるや凄まじい物だったという。


 そんな経緯がある為、生徒の動向には敏感。

 生徒指導という任は生徒を監視する為にうってつけ。


 おと魔力精神病者チャーム・サイコスの疑いがある生徒は卒業後に容赦なく飛騨送りにする。


 おとはチャーム・サイコスを憎んでいる。

 その病気そのものと罹患した患者を憎んでいるから。


 従って発症した生徒は生徒とは思えない。

 飛騨で隔離する事に一片の罪悪感も湧かないのだ。


「かも知れないわね。

 でもまあ今はまだ見守りましょう。

 我鬼崎がきざきくんが卒業する頃には変わってるかも知れないし」


「はい、それは解ってます」



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 ###



 不思議だ。

 全然痛くない。


 さっきまで灼ける様に痛かった右肩が不思議なぐらい痛くない。

 もしかして僕は悪い夢でも見ていたのだろうか?


 いや、穴は空いてるし血も付いている。

 僕が負傷したのは確実。


 と、なると半ば適当にやった状態変化S.Cが上手く行ったって事か?


「ゥオラァッッ!

 早く答えねぇかぁっ!」


 我鬼崎がきざきが苛ついている。

 何でだろう?


「あ……

 あぁ……

 魔力で治したんだと……

 思う……

 多分……」


「多分って何だヨォッ!?

 ハッキリしやがれぇっ!!」


 答えに納得いかないのか。

 まだ苛つきが治まってない様だ。


「そんな事言われても知らないよ。

 凛子先生がやってる様な感じでやってみたら上手く行った……

 って感じかな?」


 何だか頭がボーッとする。


 何でだろう。

 何だか上手く思考が積み重なって行かない。


 でも……

 せっかく傷は治ったんだ。


 テストを続けないと。


 ザッ


 僕は我鬼崎がきざきに向かって一歩前へ踏み出したんだ。

 この時の僕がどう言う行動を取っていたかよく覚えていない。


 けど……

 僕は歩みを止めなかった。


 我鬼崎がきざきに向かう足を。


 頭に在ったのはテストを続けなきゃ。

 それだけだった。


「なっ……

 何だテメェッ!?

 気持ち悪りぃっ!」


 魔力注入インジェクトも使わず、ただ歩いて向かって来る僕の異様さから少し怯んでいた。

 やがて我鬼崎がきざきの傍まで辿り着いたんだ。


 その瞬間。


「アッッ……

 発動アクティベートォォォォッッ!」


 右拳を振り被り、魔力注入インジェクトを使って来た。


 使うのが速過ぎだろう。

 僕がやった失敗を何故こいつ我鬼崎はやってるんだ。


 そんな事を僕は考えていた。


 トン……


 僕は更に歩を進め、我鬼崎がきざきと密着。


 見え見えのスイングパンチを避けるのは簡単。

 その腕が描く弧の内側に入れば良いだけ。


「うおっっっっ!

 何テメェくっついてんだよっっ!

 俺はその気はねぇっ!」


 ブゥンッッッ!


 我鬼崎がきざきの右腕が描く軌跡の内側に入った僕は難なく躱す事が出来た。


 発動アクティベート


 僕は魔力注入インジェクトを使用。

 口には出さず念じて。


 集中先は

 右拳じゃ無く右腕。


 この時、自分がどうやって魔力を使ったかはハッキリと思い出した。

 何でそんな使い方が思いついたかは解らない。


 何となく?

 自然と?


 何かそんな感じ。



 ヒュッッッッッ!



発動アクティベート



 ドンッッッッッッッッ!!



 我鬼崎がきざきの姿が消えた。

 平常時の僕なら対戦相手が消えたら慌ててキョロキョロしてたと思う。


 けど、その場に立ったまま。

 右拳を胸下辺りまで上げて手の甲を空に向け、少し俯き加減でぼうっとしていた。


 僕が行ったのは多段発動アクティベート


 右腕にまず魔力注入インジェクトをかけて強化。

 腕の振る速度を倍加。


 更にインパクトの瞬間に発動アクティベート


 このタイミングは恐ろしくシビアな筈。

 何せ密着状態だから接触までの距離が無いに等しい。


 多分腕を降り始めてからコンマ数秒ぐらいしか無いんじゃないかな?

 感覚で言うとほぼ同時でいいぐらい。


 炸裂したのは我鬼崎がきざきの腹辺り。


 ドサァッッッ!


 空中から我鬼崎がきざきが落ちて来た。


「ガハァッッ!」


 何かを吐いた。


 体育館の床が赤く染まったんだ。

 我鬼崎がきざきが吐いた血で。


「あ……

 当たった……

 のかな?

 じゃあ……

 何か質問して良いんだっけ……?」


 本当にここまでの僕はどうかしてた。

 恐怖とか焦りとかそんな気持ちが何処かへ行ってしまった感じだったんだ。


 けど、何を質問しようかと考えている内にどんどん頭の回転が戻っていったんだ。


 ドキィッッ!


 え?

 え?


 僕、何したの?

 何で我鬼崎がきざきが床で血を吐いているの?


 頭が回り出してようやく状況を把握しようと思考が動き始めたんだ。

 僕はこの考えが巡る直前まで何をしていたのかぼんやりとしか覚えていない。


 目の前の光景に心臓が高鳴ったのを覚えている。

 平静を装うのに必死だったよ。


 ググッッ……


 僕が状況の整理をしている内に我鬼崎がきざきが起き上がって来た。


「あぁあっっ……?

 もうそんな事はどーでも良いんだよォッ……!

 イテェ……

 めちゃくちゃイテェ……

 もうヤメダァ……

 テメェはもう殺してやる……

 殺してやるァァァァッッッ!!」


 ビクゥッ!


 我鬼崎がきざきは狂った様に雄叫びを上げた。

 正直怖かった。


 お前が提案したルールじゃないのかよ。


 心の中でツッコミ。

 けど、次の我鬼崎がきざきの反応は僕の予想を大きく上回っていて、更に恐怖を煽ったんだ。


「…………ん?

 ……おぉっとゥ……

 いかんいかん……

 ンンッ……

 グスッ……」


 何か我鬼崎がきざきは突然鼻をいじり出したんだ。


「ンンッッッ……

 ッッッウェックシッ!

 ウェックシッ!

 ……ウェッホゥ……

 すまねぇな。

 もう落ち着いたァ……

 めちゃくちゃ痛かったから頭に血が昇っちまったァァ……

 こーゆー時はくしゃみをするに限るぜェェ……

 さぁ待たせたなァ……

 何でも質問しやがれ」


 何だこいつ。

 何か物凄く気持ち悪い。


 気持ち悪くて怖い。


「…………お前の……

 さっきから言ってる通打とおうちって……

 何なの?」


 僕は嫌悪感と恐怖を押し殺し、質問をした。


通打とおうちっつうのは俺が取り込だ魔力を変化させて作ってるゥ……

 これを使って拳を当てると穴が空くんだよォォ……」


 やはり通打とおうちと言うのは我鬼崎がきざき状態変化S.C

 多分、針の様に魔力を変化させてるんだろうな。


 しかもかなり太い針。


 我鬼崎がきざき状態変化S.Cを知ったのは女子のテストの時だろう。

 たった2日で実戦レベルにまで習得したと言う事か?


 ここで回り出した思考の速度が上がる。


 我鬼崎がきざき通打とおうちを使用したのは原田に一回。

 僕に一回の合計2回。


 その時の違いを考えて見たんだ。


 まず原田の時はスキルを使用して背後から近づいて一刺し。

 僕の時は魔力注入インジェクトで高速移動中だった。


 あの時は……

 何か自然と。


 気が付いたら右肩に我鬼崎がきざきの拳があったと言う感じ。

 特に腕を振り被る様なモーションがあっただろうか?


 覚えていない。


 いや……

 無かったんだ。


 通打とおうちと普通のパンチとかと同じと考えるのが違うんじゃないかな?

 多分拳の速さとかは特に必要無い。


 発動後、拳を当てるだけで効果を得られる。


 だけど、それにしたってあの高速で移動している中でゆっくりと拳を動かす事なんて出来るんだろうか?


 考えれば考える程、違和感のあるあの局面。


 高速で動いている状態ならば腕の振りも速くなるのが普通だと思う。

 ここで僕はある仮説を立てた。


 速く振らなかったんじゃ無しに速くとしたらどうだろう?


 理由は使用する時はゆっくり動かさないとタイミングを合わせられないとか。

 意識を集中しないと使えないから腕の振りにまで意識を割いてる余裕が無いとか。


 この通打とおうちって技は我鬼崎がきざきのスキルと併用しないと当たらない代物なんじゃ?


 何にせよ見せるべきじゃ無かったな。

 多分我鬼崎がきざきはテスト終了するものと思ってたんだろう。


 けど僕が状態変化S.Cで回復しちゃったから話が変わった。

 もう見てしまったら対策の立てようがある。


 多分最初の焦りはそう言った部分から来てるんじゃ無いだろうか?


「さぁ~~……

 じゃあ質問タイムは終りだぁ~~……

 もっと見せてくれよぉぉ~~

 魔力のスゴいところをよォォォ~~…………

 ブフェッ!」


 テスト再開しようとした時、我鬼崎がきざきが血を吐いたんだ。


 血を吐くのは内臓を痛めた時だと言うのを聞いた事がある。

 さっきの裏拳のダメージ。


 見ると体操服が破れて腹の部分が剥き出しに。

 そこは赤く腫れていた。


 けど、僕がいくら殴っても蹴ってもゾンビの様に起き上がって来たのに。

 それにさっき魔力を仕込んでいるとか言って無かったか?


 ここで僕は気付いたんだ。


 我鬼崎がきざきの言った魔力を仕込むと言う意味を。

 おそらく僕らと我鬼崎がきざきでは防御のコンセプト自体が違う。


 僕らはインパクトの瞬間に発動アクティベートを使用して衝撃を相殺。


 だけど、我鬼崎がきざきはあらかじめ攻撃が当たりそうな所に魔力を集中フォーカスして衝撃を軽減させるのが目的では無いだろうか。


 もしそうだとしたら今我鬼崎がきざきがダメージを負ったのは合点が行く。


 魔力を仕込んでいない。

 いわば穴に当たったんだ。


「ズキズキとうっとおしいよナァ~~……

 痛みってやつぁよぉ~~……」


 口に着いた血を拭いながら血走った眼を僕に向けて来た。

 つくづく頭がおかしいんじゃないのかとこの時思ったよ。


 我鬼崎がきざきに対する攻略法はいくつか持っている。


 透明化には全方位オールレンジを。

 通打とおうちは腕の振りにさえ警戒していれば避ける事は出来るだろう。


 魔力注入インジェクトの差に関しては多段発動アクティベートで凌ぐ。


 懸念材料としては最後の魔力注入インジェクト部分だけど、まあ相手の方が上回ってるのはもう知ってるから何とか対処するしかない。



 ###

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発動アクティベートッッ!」


 ドンッッッ!


 強く床を蹴り、竜司に突進して来る我鬼崎がきざき

 やはり速い。


発動アクティベートッッ!」


 魔力注入インジェクトを発動するのが精一杯。


 ギャリィッッ!


 竜司が行動を起こす前に至近距離まで到達。


「オラァッッ!」


 瞬時にクロスレンジの距離まで到達した我鬼崎がきざきが右回し蹴りを仕掛けて来た。


「クッッ!」


 ガンッッ!


 すぐさま左足を上げ、膝で強引に軌道を強引に変える竜司。

 ボクシングで言う所のパリーに近い防御方法。


 我鬼崎がきざきの放った右回し蹴りは素の筋力の蹴り。

 先程使った魔力注入インジェクトは両足首まで。


 脛から足の付け根までは範囲では無い。


 かたや竜司は集中フォーカス先を両太腿半ばあたりまで定めている。

 従って我鬼崎がきざきの回し蹴りにも優々間に合うと言う訳である。


「ナァッ!?」


 明らかに我鬼崎がきざきは驚いている。


 チャンス。

 雌雄を決する最大の好機。


 ……の筈だった。


 が……


 ダンッッッ!


 すぐさま左足を勢いよく降ろし、そのまま床を蹴って右斜め方向に向かって飛び出したのだ。


 これは退避。

 竜司が選択したのは間合いを広げる事。


 竜司からしたら魔力注入インジェクトの熟練度が上の我鬼崎がきざきが相手。

 慎重になっても致し方ないのかも知れない。



 が、これは悪手。

 選択を誤ったと言わざるを得ない程の悪手。



 ズザァッッ!


 一定の距離を取った竜司。


 クルゥ~~……


 ゆっくりと振り向く我鬼崎がきざき


「……ウェッホゥ……

 そ~だったそーだったぁ~……

 オメーさっき一撃くれた時は腕の振りにも魔力注入インジェクト使ってたんだよなぁ~~……

 それいいアイデアだなァ~~……」


 これがまず悪手と言われる理由の一つ。


 竜司が凛子からの言葉をヒントに状態変化S.Cを使用した様に我鬼崎がきざきも学習する。


 竜司にとって最善手は膝で蹴りを躱した後、先程裏拳を叩き込んだ場所にもう一撃炸裂させてテスト終了させる事だった。


 ギュンッッ!


 我鬼崎がきざきが高速移動。

 向かう先は紫紺の鱗を持つ竜の元。


 魔力補給をする為だ。


 これが悪手と言われるもう一つの理由。

 テストを長引かせる事は相手に魔力補給する機会を与える事になってしまう。


 明らかに魔力注入インジェクト技術が上の我鬼崎がきざきが相手。

 時間を長引かせて良い事は何も無い。


「よう~~、イルネスゥ~~……

 魔力補給させてもらうぜェ~~」


【は?

 誰だよお前。

 気安く話しかけてんじゃねぇぞ】


 ギラッッ!


 うって変わって敵意剥き出しの突き放した返答。

 眼が鋭い刃の様に尖っている。


 さっきまで大きくクリクリした眼をキラキラさせてた竜と同一とは思えない。

 ちなみに愛称をイルネスと言う。


「誰って俺だよ。

 寂消じゃくしょう


【は?

 何言ってんだお前。

 ショウちゃんはお前みたいに流星みたいな頭してねぇっつうの。

 とっととこの場から去らねぇと頭骨から尾骶骨まで縦に引き裂くぞ】


 イルネスが好きなのは我鬼崎がきざきと言う人間では無く、正確には三方向に金髪を伸ばした我鬼崎がきざきが好きなのだ。


 金髪を三方向に伸ばしたそのシルエットが大層お気に入り。


 つまり我鬼崎がきざき我鬼崎がきざきであると認識しているのは金髪三方向に伸ばした姿なのだ。

 こんなほうき星の被り物をした様な男では無いと言う事。


「あぁっもうっ!

 めんどくせーやつだなァッ!

 …………ヨッ……

 ホッ……

 ホレ、これで解っただろ?」


【…………ヒェヤァァッッ!?

 どっ!

 どぉしたのぉぉぉぉっっ!?

 そんなボロボロになってぇぇぇっっ!?】


 髪型を元に戻した我鬼崎がきざきを見て次は慌てふためき出すイルネス。


 確かにテストも進んでそれなりに攻撃を受けた我鬼崎がきざきの身体は戦闘の痕が至る所に付いている。


 が、イルネスが見ている所はそこでは無い。

 目線は頭。


 我鬼崎がきざきの頭なのである。


 先程掻き毟ってビョンビョンに散らかった荒野の様になっていた頭を手早く整えただけなので最初の様に綺麗に尖がってはいないのだ。


 どうにか体裁を整えた程度。

 そのカッチリ決まってない髪型を見てボロボロと表現しているのだ。


「結構ヨォ~~……

 相手が値する奴でなァ~~……

 まあハナシはテスト終わってからだァ~~……

 魔力補給させてもらうぜぇ~~……」


【うんっ!

 どんどん持ってってっ!】


 この変わり様。

 先程まで鋭い眼光を放ちながら頭骨から尾骶骨まで縦に引き裂くと恐ろしい事を言っていた竜と同一なのである。


 本当に竜と言うのは良く解らない。


 我鬼崎がきざきが魔力補給をしている間。

 竜司は何をしていたかと言うと……


 ガレアの元に戻り、魔力補給を行っていた。


 肩の傷の回復に魔力をかなり消費したと考えての行動。


【竜司、お前さっきまでペラペラだったのにもういいのかよ】


「うん、ガレアが魔力を送ってくれたから何とかなったよ。

 ありがとう」


 ガレアにお礼をいいながら鱗に手を添える。

 竜司の手を伝って魔力が体内に侵入してくる。


 今度は中型サイズの魔力を細分化し、出来るだけ多く集中フォーカスをかけて行く。

 ここからの勝負は多段発動アクティベートの使い方が肝となると考えた上での判断。


 主な集中フォーカス先は両脚、両腕、両拳。

 その他、身体各部に数か所。


 リミットギリギリまで魔力補給を行った竜司。

 もうこの魔力補給を最後にするつもりなのだ。


 この多段発動アクティベートの下準備として行う複数集中フォーカス

 魔力総許容量と分けた時の一つ一つの発動アクティベート持続時間などとのバランスが重要となる。


 竜司は一つ一つの魔力量を絞り、回数重視の作戦。

 かたや我鬼崎がきざきは一つ一つの魔力量はそんなに絞らず持続時間に重きを置いている。


 どちらが優れていると言う訳では無い。

 各々がその局面でとった選択。


 これがどうなるかは始まってみないと解らない。

 やがて魔力補給完了。


発動アクティベート


 ドンッッッッ!


 先に仕掛けて来たのは我鬼崎がきざき


 平然としている様だが、内蔵損傷にアバラ骨折とダメージは甚大なのだ。

 正直これ以上続けるとこちらが倒れてテスト終了する可能性が出て来る。


 それは嫌だ。

 まだ聞きたい事がある。

 とにかく一発当ててとっとと聞いてしまいたい。


 これが仕掛けた我鬼崎がきざきの思惑。


 疾風の様に竜司に迫る我鬼崎がきざき


 発動アクティベートッ!


 我鬼崎がきざきが強く床を蹴ったと同時に魔力注入インジェクトを使った竜司。


 ガァンッッッッ!


 床を蹴った竜司の身体は右斜め前方へ。

 戦闘機のドッグファイトさながらの様相。


「んぅっ!?」


 竜司の姿が消えた事に気付いた我鬼崎がきざき


 ギャギャギャァッッ!


 床に足を入れ、急ブレーキ。


発動アクティベートォォォッッ!」


 ガァァァァァンッッ!


 我鬼崎がきざきの背中で声と衝撃音がする。

 竜司が多段発動アクティベートで速度を上げたのだ。


 すぐさま振り返り、目標捕捉。


 ガァァァァァンッッッ!


 すぐさま竜司を追う我鬼崎がきざき

 まだ足の魔力注入インジェクトは有効。


 逆巻く一陣の風となり竜司に向かう。


 が、追い付けない。


「…………なるほどォ~~……

 そう言う事かよォ~~」


 ギャギャギャッッッッ!


 竜司を追う為、高速移動をし始めた我鬼崎がきざき

 だが、追い付けないと見るや急ブレーキ。


 我鬼崎がきざきは竜司に追いつけない理由と狙いに気付いたのだ。


 それは単純な話。

 竜司は我鬼崎がきざきの進む方向と出来るだけ逆方向に退避しようと考えていた。


 こうする事によって我鬼崎がきざきは竜司を追跡するには一旦急ブレーキして再度発進しないといけなくなる。


 急ブレーキ。

 つまり速度が殺されるのだ。


 そこから再度加速したとしても竜司の多段発動アクティベートには追い付けないと言う訳である。


 この竜司の策は浅はかと言わざるを得ない。

 簡単に攻略できる。


 何故なら一度急ブレーキで速度を落としたとしても追撃の際に我鬼崎がきざきが再度発動アクティベートを使用すれば良いだけだからである。


 再び真逆の方向に逃げたとしてもすぐさま方向転換して


 我鬼崎がきざきは割と大きめの魔力を集中フォーカスしている。

 従って竜司と魔力注入インジェクトの持続時間で差がある。


 その為、急ブレーキして竜司を追う際も瞬時に高速移動が可能なのである。

 もちろん我鬼崎がきざきはこのやり方を気付いていたが敢えてそうせず、追う事自体を止めると言う選択をとった。


「んっ!?」


 ギャギャギャァッッ!


 竜司も我鬼崎がきざきが立ち止まった事に気付き、急ブレーキ。

 我鬼崎がきざきとの距離はおおよそ30メートル。


 龍驤りゅうじょう学院の体育館の広さは74m×48m。

 一般標準体育館のおよそ二倍。


 その広い体育館の中で高速移動を繰り返していたのである。


「追いかけっこも飽きたよなァ~~……

 俺が止まったらァ~~……

 オメー、どうすんだァ~~?」


 我鬼崎がきざきが止まった。

 これは竜司も意外だったらしく、遠巻きから様子を伺っている。


 これでは手が出せない。

 竜司もその場から動けない。


 魔力注入インジェクトの熟練度は向こうの方が上。

 正面から向かって行っても勝ち目が無いからである。


 お互い膠着状態。

 これは長くなる……


 と思いきや。


 スッ


 先に動き出したのは我鬼崎がきざき

 我鬼崎がきざきから一歩前に歩み寄ってきた。


 その歩速は平常。


 魔力注入インジェクトによる高速移動等では無く。

 ただ普通に歩み寄ってきたのだ。


 ズザッ


 これには竜司も戸惑いを隠しきれず、身構えるのみ。

 今まで高速移動でのやり取りだっただけに薄気味が悪い。


 距離にして約20m。


「へへ……」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる我鬼崎がきざき


 何だ?

 何をしてくる気だ?


 竜司の思考が巡る。

 未だ我鬼崎がきざきの思惑が読めないまま。


 スッ


 ここで右腕を上げた我鬼崎がきざき


 竜司は考えていた。

 何故、我鬼崎がきざきはゆっくりと動いているのかと。


 もしかして魔力注入インジェクトが切れたのでは?

 

 となると警戒が必要だ。

 魔力注入インジェクトは念じても効果を発揮出来るのだから。


 竜司のこの考察は正解。


 魔力注入インジェクトは声を出さずとも起動可能。

 むしろ声に出さず使うのが常識である。


 ならば警戒すべきは振り上げた右腕。

 左側から攻撃が来ると警戒を強めた竜司。


 ドンッッッッッッッ!!


 ここで床を強く蹴り、弾丸の様に前に飛び出す我鬼崎がきざき


 やはり左。

 突進してくる我鬼崎がきざきが右拳を振り被っている姿が確かに見えた。


 この拳は魔力注入インジェクトを使用しているのだろうか?


 いや、この角度。

 当たれば自分の顔に当たる。


 もし使っているのであれば、当たるともしかして僕は死ぬかもしれない。


 竜司の頭で思考が超速で回転。

 時間にして1秒強。


 考えをまとめる暇も無く、一瞬で距離は3ḿ弱まで詰められた。


 右!


 発動アクティベート


 竜司の魔力注入インジェクト

 右足に集中フォーカスさせて置いた魔力を使用。


 ドンッッッッ!


 咄嗟に右へ回避行動。

 が……


 ガンッッッッ!


 強く床を蹴り、竜司を追う我鬼崎がきざき

 この竜司の動きは読んでいた。


 更に攻撃の構えも変える。

 今度は振り被った右腕を少し降ろし、ボディブローの構え。


「なっっ!?」


 何だこいつ。

 僕の動きを読んでいたのか?


 何で構えを変えたんだ?


 どうする?

 このままもう一度、多段発動アクティベートで振り切るか?


 いや、駄目だ。

 もう壁まで距離が無い。


 となると……


 バックステップ。

 右斜め後方へバックステップだ。


 ダンッッッッ!


 竜司が方向修正。


 しかし……


 ダンッッッッ!


 これも読んでいたのか。

 我鬼崎がきざきは追って来る。


 ここまでの二人のやり取り。

 果たして我鬼崎がきざきは竜司の動きを読んでいたのか?



 答えは否。


 先の二回の攻撃態勢は我鬼崎がきざきのフェイントである。

 何故フェイントを仕掛けたのか?


 それは竜司の逃げる方向をコントロールする為である。

 右に逃がす為に右腕で大振りのパンチを仕掛ける様に見せ、ある程度距離が進んだ段階で続いてボディフックの構えを見せる。


 距離の関係から多段発動アクティベートは使わないと言うのは織り込み済。

 案の定、まんまと右斜め後方へ動線誘導されてしまったのだ。


 結果…………



 体育館の角に追い詰められてしまう形になる。


 

 ###

 ###



 あれ?

 何で?


 何で僕、角にいるんだ?


 僕の背後60センチ先にはうず高く聳える壁。

 もう後ろに逃げることは出来ない。


 気が付いたら追い詰められている。

 目の前には我鬼崎がきざき


 頭上から僕を薄ら笑いを浮かべながら見降ろしている。


「へっへェ~~……

 オメー、やっぱ喧嘩慣れしてねぇなァ~~

 こんな単純なフェイントに引っ掛かるなんてよォ~~……」


 フェイント?


 そうか、さっきのは僕を攻撃する為じゃ無くてただのフェイント。

 何故そんな事をしたかと言ったら僕を動かして隅に追い詰める為。


 確か前に漫画で見た事がある。

 フェイントの持つ意味は二つあるって。


 まずは相手に攻撃が来ると思わせる事。

 次は相手の動きを操作できると言う事。


 確か漫画では殺気を込めた攻撃じゃないと効果を発揮できないと言っていたけど、魔力注入インジェクトでの高速移動の最中じゃそんな判別出来る訳が無い。


 とにかく僕はまんまと我鬼崎がきざきの術中にハマってしまったと言う事だ。


 どうする?

 一瞬で大ピンチに陥ってしまった。


 僕を追い詰めたと言う事はここから攻撃に転じる筈だ。

 もう逃げ場が無い。


 どうする?

 とりあえず警戒すべきは通打とおうち


 攻撃のモーションを見逃さない様にしないと。



 ヒュッッッッッ!



 ドコォォォッッ!



「ガッッッッ……!」


 唐突。

 横っ面に衝撃。


 殴られた。

 それは解る。


 けど何で?

 今、……


 この時、僕の目に映った絵は右拳を振り抜いている姿。


 何で?

 何であんな所に右腕がある。


 解らない。

 けどこの痛みと状況。


 我鬼崎がきざきが殴った事には違いない。

 頭がグラグラする。


 ヤバい。


 早く。

 早く立て直さないと。


「ウェッホゥッ!

 おんもしれぇ~~……

 じゃあ~~……

 俺からの質問だァ~~……

 オメー、透過トランスパレンスで透明の俺が。

 しかも背後から近づいたのにお前は俺の位置を把握してやがったァ~~……

 全く俺の方を向いていないにも関わらずだァ~~……

 何でだ……?

 オメーにはどう見えてんだよ……?」


 しめた。

 こいつまた質問して来た。


「ちょ……

 ちょっと待ってよ……

 頭がグワングワンして考えが纏まらない……」


「何だァ~~……

 テメェ情けねぇ奴だなぁ。

 しょうがねぇ、ちょっと待っててやるよ」


 よし。

 思った通りだ。


 僕から答えを引き出すまで手は出して来ない。


「何だっけ……?

 何で透明になってるのに解ったのかだったっけ……?

 それってさっき答えなかった……?」


「ちげぇーよっ!

 ちゃんと聞きやがれっ!

 透明になった俺が視えてたのはオメーのスキルだって事はもう解ってんだよぉ~~……

 何で俺が後ろに回ったのに位置を把握出来たんだって聞いてんだよ」


 もちろん質問の内容は解っている。

 わざととぼけたフリをしたのは時間稼ぎだ。


 お陰で大分頭はスッキリして来た。


 さっきの一撃に比べて痛くは無かったな。

 通打とおうちの痛みがエグかったからかな?


 ある種、痛み慣れしてしまったのかも。

 あまり慣れたくは無いけど。


 それにしても、さっきの攻撃は何だったのか?

 何で見えなかったんだろう?


 それいいアイデアだなァ~~


 ここで響く我鬼崎がきざきの台詞。


 そうか、解った。

 こいつは僕の真似をしたんだ。


 右腕に魔力を集中フォーカスさせて発動アクティベートをしたのか。

 だったら拳が見えなくても納得は行く。


 クソッ!

 さっき逃げずに攻撃をしておくんだった。


 それなら我鬼崎がきざきは魔力補給をする前だし、何とかなったのかも知れないのに。

 こんな追い詰められたりもしなかったのに。


 今更悔やんでも後の祭りだ。


「……第二の目って言うのかな……

 全方位オールレンジの副産物だと思うけど。

 どう表現して良いか解らないけど僕の目で見ている視界とは別の形で見えるんだ…………

 …………だから僕には……」


 これはブラフ。

 ハッタリ。


 僕の第二の目は全方位オールレンジを使用した時にしか発動しない。

 別に嘘をついてはいけないとは言われていないし。


 これで動揺でもしてくれたら。


「おお~~っ、そりゃスゲェなァ~~……

 ってかそんな視界で普段生活どうしてんだよオメー……」


 全く動揺していない。

 それどころか別の部分に興味を持っている。


 くそ。

 これぐらいじゃ動揺しないか。


「なんだァ~~……?

 ダンマリかよォ~~……

 まぁ質問は一個だけっつってたからァインだけどよォ~~

 ってかもういいや~~……

 オメーのレベルは大体解ったし……

 スキルがどう言うのかもわかったァ~~……

 これ以上ダラダラやるんも時間の無駄だァ~~……」


 ビュッッッッッ!


 ガンッッ!


 我鬼崎がきざきが右拳を放つ。

 だけど僕はその行動を読んでいた。


 攻撃は相変わらず見えないけど動きが読めてるならガードは出来る。

 僕のモーションの方が速かった。


 顔をスッポリと覆う形で両腕を縦に上げた。

 ボクサーみたいに。


「てっ……

 てめぇっ!?

 俺のパンチが見えてんのかぁっ!!?」


 僕が背中が見えているって言ってもちっとも動揺しなかったのに何か我鬼崎がきざきが焦っている。


 何でだろう?

 そう言えばさっき僕を殴った時、面白いって言ってた。


 ここで僕は閃いたんだ。


 多分こいつ我鬼崎、自分の腕の振りが見えて無いんだ。

 自分でも見えない程速い腕の振りをしてるのに僕に防がれたから焦っているんだ。


 僕も見えてる訳じゃ無いんだけどな。

 コイツの話してる内容から多分攻撃を仕掛けて来ると読んだだけなんだ。


「ケンカ慣れしてねぇ奴のガードなんざ破ってヤラァァァァァッァアッッッ!」


 唐突に我鬼崎がきざきが大声を上げた。


 ガガガガガガガガガガガガッッッッッ!


 同時に伝わる衝撃と轟音。

 僕の両腕目掛けてラッシュを仕掛けて来たんだ。


 音が凄い。

 まるで重機関銃の様。


 だけど…………



 僕は両腕を降ろさない。

 ガードの姿勢も崩さない。



 なるほど、こう言う事か。


 俺が爆撃の様な攻撃を受けている時の僕の思惑。

 心は落ち着いていた。


 何故ならさっき我鬼崎がきざきが僕の魔力の使い方を真似た様に僕も真似していたからだ。


 真似したのは防御法。

 両腕に魔力を仕込んだんだ。


 あらかじめ集中フォーカスさせておいた両腕の魔力で防御。

 イメージは分厚く硬いゴム。


 お陰であまり痛くない。

 少なくとも悲鳴を上げる程では無い。


 あの通打とおうちの痛みに比べたら全然我慢できる。


 でもどうする?

 このままと言う訳にも行かない。


 この魔力を仕込む防御法。

 発動アクティベートを使っている訳じゃ無いけど効果が切れたりするんだろうか?


 そこら辺はもっと検証を続けないと解らない。


 ガガガガガガガガガガガガッッッッッ!


「クソッ!

 何でっ!

 何でっ!

 何でガードが破れねぇぇっっ!」


 依然として続く我鬼崎がきざきの攻撃。

 防御法の考察や検証は後だ。


 今はこの状況を打開する術を探らないと。

 とにかく観察だ。


 我鬼崎がきざきの動きを観察しないと。


 顔は…………

 うわ、すっげぇ汗。


 そりゃそうか。

 ずっと目に留まらない速さで両拳を繰り出してるんだから。


 さっきの発言も焦りやイライラから出てるんだろうな。


 腕の動きは……

 まだ見えない。


 ガガガガガガガガガガガガッッッッッ!


 本当に物凄い速さ。

 この動きを目で追える人間なんて存在してるんだろうか?


 顔から汗がどんどん噴き出ている。


「くそぉっっ!

 これならァッ!

 どうだぁぁぁっ!」


 我鬼崎がきざきが両腕の動きを止め、右拳を大きく振り被り身体を縦に。

 ここだ!


発動アクティベートッッッ!」


 ドンッッッッッッッ!!


 ズザァァァァーーッッ!


 よし!

 命中!


 ガードから一転。

 我鬼崎がきざきの胸に両拳を叩き込んだ。


 もちろん両方共発動アクティベートを使用。

 我鬼崎がきざきは真後ろに吹き飛び、床を滑って行く。



 ###

 ###



 我鬼崎がきざきの焦り。

 この原因は何なのか?


 それは竜司の得体の知れなさが発端。


 多段発動アクティベートによる反撃。

 状態変化S.Cでの回復。


 明らかにこいつ竜司の方が劣っているのに何故?


 我鬼崎がきざきはそんな疑問を抱えながら戦っていた。

 多段発動アクティベートに関しては出来る奴はそんなに珍しくないから解るにしても状態変化S.Cによる回復に関しては疑問を払拭できずにいた。


 何でこいつは保険医と同じ事が出来るんだ?


 我鬼崎がきざき状態変化S.Cを知らない。

 あくまでも通打とおうちを考案したのは先の暮葉の使い方を見ていたからだ。


 魔力の形を変える。


 この事が回復にも転用出来る等とは全くもって思いつかなかった。

 発想の外。


 我鬼崎がきざき状態変化S.Cを攻撃。

 言わば破壊行動にした使えないと


 粗暴な性格から考えて無理も無いかも知れない。


 竜司も最初から思いついた訳では無い。

 そもそも凛子が傷を治しているのはスキルだと思っていたから。


 思いついたのはひとえに凛子との会話のお陰。


 凛子との会話で認識を改め。

 状態変化S.Cの存在を知り、回復に至った。


 だからと言って誰でも名前と概要を知れば即実践できると言う物でも無い。

 竜司のセンスと発想力の賜物といえる。


 だが、今の竜司が回復の状態変化S.Cを自由自在に使えるかと聞かれたらそれは否。


 あくまでも筆舌にし難い激痛に体を支配され、極限にまで追い込まれた状態で無いと使用できない。


 今回使用できたのは通打とおうちを喰らい、人生初の大流血と言う未曽有の事態に陥った為。


 絶体絶命の危機にならないとまだまだ使えないのだ。

 しかも、回復の状態変化S.Cは大量に魔力を使用する。


 先の竜司が呆けていた理由は一種の魔力酔いの初期症状。


 状態変化S.Cは高等部レベル。

 まだまだ熟練度としては足りていないのだ。


 が、そんな竜司の回復事情など我鬼崎がきざきは知る由もない。


 状態変化S.Cは攻撃にしか使えないと思い込んでいるから。

 まずはこれが焦りのキッカケ。


 ここから、竜司の多段発動アクティベートによる裏拳を喰らい、内臓損傷。

 それに加え、先の右脇腹に喰らった蹴りによるアバラ骨折。


 平然としている様に見えるが体内に奔る激痛は凄まじいものだった。


 体育館の隅に追い込んだ時の心中は魔力への好奇心と激痛と半々。

 質問を終える段階では激痛の方が上回ってしまった。


 正直まだ試してみたい事はあった。

 全方位オールレンジ下で希薄ダイリュートの使用など。


 しかし、そんな余裕は失われつつあった。

 我鬼崎がきざきの体内を奔る激痛は治まるどころか強まっていく一方。


 だから、質問を取りやめ決着に走ったのだ。


 こいつ竜司はさっき俺の攻撃が全く見えてなかった。

 なら両拳で殴りゃあ即行で試合は終わるじゃねぇか。


 これがラッシュを仕掛ける前、我鬼崎がきざきが考えていた事。


 だが、結果はそうは行かない。

 竜司は耐えた。


 一斉掃射の様な猛攻に耐え抜いたのだ。

 それ所か発動アクティベートによる両拳を炸裂。


 竜司は得体が知れなくはあったが、自分よりか劣っているだろうと我鬼崎がきざきは高を括っていた。


 まさか自分の魔力の使い方を即、真似てくるとは考えもしない。


 雰囲気からしてこいつ竜司は所詮、受けた授業をそのまま実践するお坊ちゃん。

 授業内容から応用発展なんて出来ない奴。


 ましてや軽い会話から閃き、考察し結論を導き出す事など出来る筈が無いと考えていた。


 今の吹き飛ばされた状況は全てこう言った慢心が招いた結果なのである。


「クゥッ…………

 痛テェ……」


 ゆっくりと半身を起こす我鬼崎がきざき

 喰らった所は偶然にも魔力を仕込んでいた箇所。


 左右肺部分。

 偶然と言うよりかは用心が功を奏したと言うべきか。


 従って竜司の一撃はダメージ軽減。

 派手に吹き飛びはしたが、思った以上に傷は負っていない。


 が……


「グゥッッ……!」


 激痛に悶絶する我鬼崎がきざき


 この一撃のダメージが軽微と言っても骨折や痛めた内臓が治る訳では無い。

 確実に響き、症状を悪化させて行く。



 ###

 ###



 もう起き上がって来るのか?

 けど、顔は引きつっている。


 まさに苦悶の表情といった感じ。

 汗もさっきからずっと流れている。


「ゴブェッ!」


 ビチャッ!


 何か吐いた。

 床に落ちたのは真っ赤な液体。


 血だ。

 我鬼崎がきざきが血を吐いた。


 こいつ、相当ダメージがあるんじゃないか?

 これが今の一撃でそうなったかは解らない。


 けど、立ち上がって来たと言う事は続行か。

 僕は身構える。


「…………透過トランスパレンス


 スウ


 ん?

 何か口元が動いた様な……


 と、思ったら我鬼崎がきざきの姿が消えて行く。

 スキルを使ったんだ。


全方位オールレンジ


 我鬼崎がきざきがスキルを使ったと解かったら僕もスキル発動。

 拡がって行く翆色のフィールド。


 続けて中を確認。

 よし、僕に近づいてくる白い人型発光体がある。


 多分、これが我鬼崎がきざきだ。

 よし、位置も把握した。


 これだったらいつでも反応できる。

 さっきの様子だとダメージ的には我鬼崎がきざきの方が上。


 多分、一発逆転を狙ってくると思う。

 となると当然、次に来る攻撃は……



 通打とおうち



 ブルブルブルブルゥッ!


 僕はさっきの激痛を思い出し、寒気を奔らせた。

 もうあんな痛みは絶対にゴメンだ。


 けど、通打とおうちは攻撃速度が遅い。

 見えてるなら難なく躱せる。


 とにかく今は我鬼崎がきざきの動きを注視しよう。

 今度はタイミングをバッチリ合わせた渾身の発動アクティベートを喰らわせてやる。



 希薄ダイリュート



 ん?

 あれ?


 発光体が消えた。

 何で?


 …………って言うか僕は今、一人で何をしているんだ?

 ……確かテストを受講していた。


 相手は原田。

 さっきピョンピョン飛び跳ねていた。


 原田は何処だ?

 あれ?


 確か原田は負傷して退場した筈。

 なのに何で僕はまだテストをやっているんだ?


 気持ち悪い。

 巨大な違和感が生まれ、心の大部分を占める。


 何で自分が未だテストを続けているか解らない。

 ここで僕は不意に右肩を見た。


 僕の血。

 けど、全く痛みは無い。


 そうだ、僕は大怪我をしたんだ。

 それで見様見真似の状態変化S.Cで治したんだった。


 けど、何で?

 何で傷を負ったんだったっけ?


 ここで生まれる大きな違和感。

 何か重要な事を忘れている気がする。


 そもそも何で僕が状態変化S.Cで回復できたんだ?

 それは凛子先生と話したからだ。


 何で凛子先生と話せたんだ?

 時間があったから。


 何で時間があったんだ?

 それは我鬼崎がきざきが自分の竜を探しに行ったから。



 ん……?



 我鬼崎がきざき……?

 我鬼崎がきざき……


 我鬼崎がきざき!!


 そうだ!!

 僕のテストは変則マッチ。


 相手は原田と我鬼崎がきざきだ!

 右肩の大怪我は我鬼崎がきざき通打とおうちでやられたんだ!


 何で今忘れた!

 何で気が付かなかった!


 我鬼崎がきざきは透明になって近づいて来ていた筈だ!


 どこだ!?

 我鬼崎がきざきはどこだ!?


 ようやく忘れていた我鬼崎がきざきの存在を思い出し、全方位オールレンジ内を探す。



 ゾクゥゥゥゥッッ!!



 位置を把握した瞬間、強烈な悪寒が背中を駆け昇る。

 我鬼崎がきざきは…………



 僕の真正面に立っていた。

 しかももうモーション中。



 拳は真っすぐゆっくりと僕のど真ん中。

 胸に向かっている。


 あれ?

 そこってもしかしてシャレになってないんじゃ?


 位置は僕の心臓。

 こんな所に通打とおうちが当たったら即死。


 僕は目まぐるしく動く状況と唐突に沸いた命の危険に動けなかった。

 理解が追い付かなかったんだ。


 もうほんの少し手を伸ばせば、僕の胸に我鬼崎がきざきの拳が触れる。


 アレ?

 そこに喰らったら死ぬ奴じゃ?


 駄目な奴じゃ?

 我鬼崎がきざきは僕を殺そうとしてるのかな?

 

 命の危険にも関わらず頭に過るのは呑気な事。

 現実逃避。


 理解が全く追いついておらず、事の重大性に気付いていない。

 呆ける事しか出来なかった。


 その時。



 ヒュンッッッッッッ!



「そこまで。

 テスト終了よ」


 何か風を切る様な音が聞こえたと思ったら、そこにおと先生が居た。

 いや、おと先生だけじゃない。


 ゴリ先生も。

 その他、名前は知らない先生達が五人程、集まっていた。


 おと先生は何か空中を掴んでいる。

 その他の先生も。


 みんな虚空を掴んでいる様に見える。

 全方位オールレンジ内を見ると何を掴んでいるかは一目瞭然だった。


 おと先生は右手首を。

 ゴリ先生は両脇から腕を通し羽交い絞め。


 別の先生は左腕と両脚。

 先生達が透明化している我鬼崎がきざきを取り押さえていた。


 まさに一瞬の出来事。

 先生方の動きは全く目で追えなかった。


「キェヤァァァァァァッッ!

 何すんだテメェラァァァァァッッッ!

 離せェェェッッ!

 離しやがれェェェェェッッッ!」


 おと先生では無い。

 ゴリ先生でも無い。


 狂った金切声が響き渡る。

 この声は聞き覚えがある。


 我鬼崎がきざきだ。

 我鬼崎がきざきの声。


 透明になっている我鬼崎がきざきが叫んでいるんだ。


「やいやいっ!

 おとなしせんかいっ!」


 ゴリ先生が何か悶えている。


(こらっ!

 我鬼崎がきざきっ!

 おとなしくしろっ!)


(テストはもう終了だっ!)


(お前、すめらぎ殺すつもりだっただろっ!?

 そんなの俺達が見過ごす訳ないだろっ!?)


 ゾクリ


 やっぱり。

 あの角度、あのコース。


 我鬼崎がきざきは僕を殺すつもりだったんだ。

 背中にじわりと寒気。


我鬼崎がきざき

 先生方のいう通りよ。

 テストは終了。

 スキルを解除しなさい」


 おと先生は冷静に語りかけた。

 けど、我鬼崎がきざきは無言。


 無言で拘束を振り解こうと藻掻いている様だ。

 先生達の動きで解る。



「テメェ……」



 そんな我鬼崎がきざきの態度にポツリと一言漏らすおと先生。


「いっ……!

 いかんっっ!

 先生方ァァッ!

 離れェェッ!

 やいやいぃぃぃっっ!」


 バッッ!


 バババッッ!


 その一言を聞いてゴリ先生とその他先生達は即、その場から離脱。

 次の瞬間。


 ドコォォォォォォォォォォォォンッッッッ!


 バコォォォォォォォォォォォォォッッ!


 耳をつんざく巨大な衝撃音と破壊音がほぼ同時に轟いた。


 シュゥ~


 前には真っすぐ右脚を横に伸ばしたおと先生。

 何かつま先から煙が立っている。


 何だ?

 何が起こったんだ?


 僕は全方位オールレンジ内を確認。

 ついほんの一瞬前まであった目の前の白い発光体が消えている。


 我鬼崎がきざきが消えた。


 何処だ?

 何処に行った?


 更に確認すると左の壁際に倒れている白い人型発光体。

 思わず僕は左側を向いた。


 そして絶句。



 そこには突っ伏して倒れている我鬼崎がきざきと。

 巨大な壁の破壊痕。


 まるで横に隕石が落ちたかの様な痕。

 ここでようやく状況を理解。


 多分スキルの解除命令に応じなかった我鬼崎がきざきに実力行使。

 気絶させる事で強制的にスキルを解除させたんだ。


 あの恐ろしい痕から多分、発動アクティベートをかけた一撃。


 おと先生の動きも全く目で追えなかった。

 予備動作も無く、ただ唐突に右脚が


 そんな表現しか出来ない程の速さ。


 何だコレ?

 凄すぎるだろ先生。


 僕ら学生の竜河岸と大人の竜河岸ってこんなにも差があるのか?


 スッ


 静かに右脚を降ろすおと先生。


「さて……

 すめらぎ、無事?」


 事が終わったと話しかけてきた。


「えっ……?

 あっ……

 はいぃっ!

 僕は何ともありませんけど……」


「それなら良かった。

 貴方、もう少しで死ぬ所だったのよ」



 死。

 


 パタッ…………


 僕は力無く倒れてしまった。

 改めて他人から突き付けられた死の恐怖のショックで失神した。


 我ながら情けないなあ。



 ###

 ###



「………………透過トランスパレンス


 時間は数刻前。

 我鬼崎がきざき透過トランスパレンスを使用する所まで戻る。


 身体の状態はかなり危険。


 ドクンドクンと右脇腹から大きく鼓動を打つ様に激痛が奔り、腹も捩じ切れるかの様な激しい痛み。


 放っておいたら治まると思っていたがそんな訳も無く痛みは激しさを増していた。


 骨折と内蔵損傷を何の処置もせず放置していたのだ。

 痛みが消える訳が無い。


 正直ヤバい。

 このままだと負けてしまう。


 勝敗自体はどうでも良いが、魔力比べで敗北するのは気に入らない。

 って言うか竜司自体が気に入らない。


 何だこいつは?

 俺より魔力注入インジェクト、使えねぇ癖に色々小細工やら訳わかんねぇやり方で傷も治しちまう。


 気に入らない。


 この時の我鬼崎がきざきの思惑。

 ダメージはこちらの方が上。


 ならば早々に決着を付ける。

 そう考え、透過トランスパレンスを発動して身を隠したのだ。


 同時に緑のフィールドが体育館全域に広がる様も見ていた。

 このスキルが透明化した自分を認識出来る事は知っている。


 希薄ダイリュート


 ここで更に希薄ダイリュートも使用した我鬼崎がきざき

 自分の存在を極めて薄くするこの別モード。


 これが竜司の全方位オールレンジに通すとどう言う事になるか知りたかった。

 こうなったらこのまま検証もやってしまおう。


 そう考えた上での行動。

 ここで希薄ダイリュートの仕組みについて話しておこう。


 希薄ダイリュートとは厳密には人間の認知の働きに作用する。

 正確には記憶認知に作用する。


 対象の記憶に在る我鬼崎がきざきの存在を思い出しにくくする事が出来る。


 範囲は対象が我鬼崎がきざきを視認出来る距離。

 我鬼崎がきざきを認識した段階で射程内と言える。


 それは目視だろうと全方位オールレンジ内だろうと同様。


 現時点での透過トランスパレンスは完全なステルスでは無い。

 例えばサーマルゴーグル等で見ると我鬼崎がきざきの熱量は反応する。


 そう言った時に希薄ダイリュートを使えば完璧なステルス行動が取れるのだ。


 だが人の扱うスキルである以上、欠点も存在する。

 まずは呼吸を止めている間しか作動しない点。


 そして記憶認知で作用があるのは15分前まで。


 あと場での自分の存在感が大きいと竜司の様に状況と記憶に齟齬そごが生まれ、15分以上前の記憶から我鬼崎がきざきの存在を認識し直されてしまう。


 ちなみにテストはもう始まって20分以上経っている。


 我鬼崎がきざきがイルネスを探しに出て行った時の記憶に影響は無いと言う事である。

 竜司はそこから連想させて行き、我鬼崎がきざきの存在を認識し直したのだ。


 ちなみにおとは一回目の希薄ダイリュートを受けた後にもう攻略法を思い付いていた。


 そのやり方は至ってシンプル。

 持っているボードに挟んでいる査定表の余白にメモを残しただけ。


 記憶に違和感を感じたら我鬼崎がきざき寂消じゃくしょうを思い出せ!!


 こう書き残し、グルグルと丸で囲っていたのだ。


 おとら教師陣は透過トランスパレンスの対応策として両眼に発動アクティベートをかけ、視力強化を行っていた。


 従って我鬼崎がきざきは、ほぼ丸見えに近い。


 その状態でテストを見守っていた所、唐突に我鬼崎がきざきの姿が消えたのに気付きそこから記憶の違和感、メモ書き確認。


 我鬼崎がきざきを認識し直したと言う事である。


 そこから他の教師にもメモを見せて次々と希薄ダイリュートの呪縛から解き放って行ったのだ。


 15分以上前の記憶には作用しないと言っても長時間、我鬼崎がきざきとのやり取りが無ければ欠点とは言えないかも知れない。


 ほんの数分前に見かけた程度ならば充分効果を発揮する。

 だが、我鬼崎がきざきは教師や生徒が見ている中、20分強テストを受講し続けていたのだ。


 簡単な記憶想起で破られても致し方ない。


 竜司はおとの様なメモ書きを残していた訳では無い為、認識し直すのに時間がかかってしまう。


 破った時には竜司の胸を通打とおうちが貫く寸前だった。


 我鬼崎がきざきが狙った場所は胸の中央。

 心臓の位置。


 竜司が感じたまま。



 そう、我鬼崎がきざきは竜司を殺すつもりだったのだ。



 我鬼崎がきざきは同年代の中で自分が魔力技術に関しては一番だと思っている。

 そんな男が侮っていた竜司に敗けかけている。


 そんな事は許せない。

 俺が一番なんだ。


 お前は邪魔だ。

 邪魔なお前は…………



 消えてしまえ。



 希薄ダイリュートを発動し、近づいている我鬼崎がきざきに宿っていたのは明らかに殺意。

 それは周りで見ているおとらにも感じとれる程の巨大な殺気。


 テスト終了を即決。

 轟吏ごうりらにも指示を送り、先生5人で拘束したと言う訳である。



 ###

 ###



 龍驤りゅうじょう学院 保健室



「う……

 ん……」


 僕はゆっくりと目を開ける。


 見た事がある天井。

 家じゃないのは解る。


 えっと、何処だったっけ?


 あ、そうだ。

 保健室だ。


 僕はどうなったんだ?

 また倒れたのかな?


 そのまま静かに身体を起こす。


【わかんねぇ。

 こんなムニュムニュしたのの何が美味ぇんだ?】


 と、不思議そうな顔をしながら口を動かしている緑の竜。

 ガレアだ。


【オメーのもよくわかんねぇ。

 こんなカッチカチのモンの何処が美味いんだ?】


 と、若草色の竜。

 トロトンだ。


【ん?

 おー、竜司起きたかよ。

 お前の…………

 何だっけアレ……

 カベンだっけ?

 そこからばかうけ貰ったぞー】


 多分、ガレアが言ってるのはカバンの事だろう。


「あ……

 あぁ、それは別に構わないけど……」


 キョロキョロ


 僕は周囲を見渡す。

 すると隣のベッド座っていた田中と眼が合った。


 ニコッ


 田中は僕を見つめながら晴れやかな笑顔を見せる。


すめらぎ氏、目が覚めたでありますかな?」


「た……

 田中氏……」


「いやー凛子先生から聞きましたぞ。

 あの我鬼崎がきざきとか言う輩に獅子奮迅の奮闘ぶりだったとか」


 あ、そうだ。

 僕はテストを受けてたんだった。


 ようやく頭がスッキリして来た。


「あら?

 すめらぎ君。

 起きた?」


 キィ


 机に向かっていた凛子先生が椅子を回転させ、僕らに微笑みかけて来た。


「あ、はい……

 お陰様で」


 そのまま椅子から立ち上がって僕の方へ歩いて来る凛子先生。

 それにしても本当に……


 本当にエロい身体してるなあ先生。


「はい……

 目、見せて……」


 凛子先生の細い指が僕の頬っぺたに触れる。

 ヒヤリとした冷たい感触。


「うん。

 はい、ベーってして」


 物凄く近い凛子先生の顔。

 めちゃくちゃ良い匂いがする。


 何かドキドキして来た。


 これが……

 これが大人のフェロモンと言う奴か。


 僕は凛子先生の色気にやられ言われるままに舌を出す。


「うん、大丈夫そうね」


「は……

 はい……」


「あら?」


 ピトッ


 冷たい。

 何か物凄く冷たいものが僕の頬に触れた。


「冷たいっっ!」


 思わず声が出てしまう。


 何事かと後ろを振り向くと蓮が僕の顔に缶ジュースをくっつけていた。

 何かむくれっ面。


「れ……

 蓮……

 何するんだよ」


「なぁ~にが“は……はい”よっっ!!

 デレデレしちゃってさっ!

 せっかく私が飲み物買ってきてあげたのにっ!」


「な……

 何だよっ!

 そんなデレデレなんてしてないだろっ!

 これはただの治療の一環だよっ!

 ねぇっ!?

 凛子先生っ!?」


「ウフフ。

 そうね、私がしてたのは魔力の後遺症が出て無いか確かめてただけよ」


「ほらっ!

 凛子先生も言ってるだろっ!」


「フンだっっ!」


 プイッ


 凛子先生が釈明してくれたにも関わらずソッポを向いてしまう蓮。

 一体何だって言うんだ。


「おいすめらぎ……

 お前、俺達が戸を開ける音にも気付いてなかっただろ。

 確かに先生のしてたのは治療の一環かも知れねぇけどお前が夢中だったのはちょっと言い逃れ出来ねぇんじゃねぇか?

 あ、田中。

 ホラよ。

 ミルクティー」


 そう言ってシノケンは田中に缶を渡している。

 確かに戸を開ける音なんて全く聞こえて無かった。


 そう言われると返す言葉も無い。


「篠原氏。

 かたじけのうござるよ」


 僕ら四人は飲み物片手に談笑。


「それにしても田中、頑張ったよなあ」


「いえいえ、それもこれも全てお三方の声援があったればこそですよ」


 田中は頬っぺたを桜色に染めながら謙遜してる。


「ヘヘ……

 あ、そうだ田中よう。

 結局最後の一撃は何だったんだ?

 あんなマウント取られた体勢で殴っても威力は出ねぇだろ?」


 多分マウントポジションから殴られてる時に放った決定打の事だろう。


「最後の模様は先生からお聞きしたのでありますが皆目、見当がつきませんでありましてなあ」


 まあそうだろうとは思っていたけど意識が無いか、もしくは薄れている時に放ったんだろうな。


「じゃあ無意識で放ったって事?

 凄いわね田中君」


「う~ん……

 薄ぼんやりと覚えているのはみんなが応援してくれたから敗けたくないなあと考えてたぐらいでして。

 鳥谷をどうやって攻撃したかなんて全く覚えておりませぬよ新崎氏」


「じゃあ意識もハッキリしてない中であんだけの一撃をお見舞いしたのか?

 鳥谷の奴、3ⅿぐらい吹っ飛んでたぞ」


「ウフフ、あれはね。

 田中君の多段発動アクティベートよ」


 僕らの様子を微笑ましそうに見ている凛子先生が助け船。


「え?

 アレ、やっぱり多段発動アクティベートなんですか?

 けど、田中が集中フォーカスしてた魔力量って……」


「知ってるわ。

 一つ一つは本当に少ない魔力量だったものね。

 けど、小さい魔力でも同じ場所に3、4回発動アクティベートが入ると話は別よ」


 そうか、凛子先生は竜河岸内部の魔力量を見る事が出来る。

 知っててもおかしくない。


 ……ってか4回っっっ!?


 あの時響いた衝撃音は1度きりだった筈。

 と言う事は4回鳴る筈の音が一つに合わさる程、立て続けに叩き込んだと言う事。


 あまりの凄さに僕は言葉を失った。

 今回のテストで一番凄いんじゃ無いか?


「マ……

 マジかよ……」


 シノケンも同様に絶句。


「ウフフ。

 田中君がやった事って本当に凄いのよ。

 高等部の子達でも出来るのは一握りぐらいしかいない。

 多分、今回のテストで一番は田中君じゃないかしら?」


 それを聞いた田中の動きが止まる。

 じっと凛子先生を見つめたまま動かない。


「そ……

 それは本当でございますか……?」


「ウフフ。

 他の先生の査定と組み合わせないと最終的な結果は出ないから確実と言う訳じゃ無いけどね」


 ツウ


 それを聞いた田中は泣いていた。


「おお!

 スゲェじゃねぇか田中っ!?

 ……ってオイ!

 何泣いてんだよお前っ!」


「いや……

 僕は自慢できる所が一つも無くて……

 勉強の成績もパッとせず……

 運動なんて全く出来ないし…………

 けど……

 けど、そんな僕が少しでも誇れる部分が出来たのかなぁって考えたら嬉しくて……」


 田中は感動の余り、オタク口調を忘れている。


「すんげぇ卑屈な奴だなお前。

 ってか普通に喋れるじゃねぇか」


「おお、これはこれは失礼をば」


 すぐに元の口調に戻る。


「フフフ。

 そうよ、魔力技術って筋力とかはあまり関係無いからね。

 田中君みたいに痩せている人でも物凄い技術を持ってる竜河岸はいくらでもいるわ」


 田中の努力が報われたのかな?

 日陰者のオタクだった田中がようやく認められた気がして感慨深い。


 良かった。

 本当に良かった……



 



 チク


 嬉しい反面、僕はほんの少しショックを受ける。

 僕は田中に敗けたのかな?


 僕も結構頑張ったんだけど。そう考えるとやはりほんの少し凹む。


 けど友人の成功も本気で喜べない器の小ささを実感してそっちの方が凹んだ。


「ん?

 竜司、何だかションボリしてない?

 どうしたの?」


 変化に気付いたのは蓮。

 僕は表情に出さない様に努めていた筈なのに何で解った?


「あ……

 いや、僕はどうだったのかな……

 なんて。

 ヘヘヘ……」


 何がヘヘヘだ。

 取り繕う様な薄ら笑いを浮かべる自分自身にツッコミ。


「そうそう、田中のテストは解り易かったけどよ。

 お前の方はよくわかんねぇトコが多かったぞ。

 何で一撃喰らわせたり喰らったりする度、止まってたんだよ」


 観覧席からコートまでは距離があるから我鬼崎がきざきとのやり取りは聞こえなかったのか。


「あぁ、あれは我鬼崎がきざきからの提案でね。

 一撃喰らう度に質問を一つ答えるって言うルールだったんだよ」


「??

 何だそりゃ?

 テスト中に何やってんだよ。

 んでお前も何、乗っかってんだ」


「元々、最初に一撃喰らわせたのは僕だったし。

 即答して相手の動揺を誘おうとしたんだよ」


「けど、結構我鬼崎がきざきにやられてなかったか?

 全然動揺している風には見えなかったぞ」


「うん、目論見は失敗したけどね」


「んでよ。

 二人で高速移動してる時、盛大に着地失敗した時あっただろ?」


「え……?

 心当たりが多過ぎてどれか解らないよ」


「ホラ、あれだよ。

 床に転げたと思ったら流血してたやつ」


 あ、通打とおうちにやられた時か。


「あぁ、どれの事を言ってるか解った」


「それでよ。

 お前、遠目でも解るぐらい血が出てたじゃねぇか。

 それなのに何でその後、何で平然と続けてたんだよ」


「そうよっ!

 竜司っ!

 アンタ、肩の傷大丈夫なのっ!?」


「えっ……

 えっ?」


 思い出した様に蓮が騒ぎ出す。

 見ると通打とおうちで出来た服の穴と血痕はそのまま。


 ゾワッ


 背筋に寒気。


 別にもう痛くは無いんだけど、大きな穴と広範囲に付いてる血痕はあの時の痛みを想起させるのに充分だった。


 バッ


 戸惑っている所、僕の肩口を強引に捲り上げる蓮。


「何とも……

 ない……?」


「アハハハッ」


 ここで凛子先生の優しい笑い声が聞こえた。


すめらぎ君、上手に出来てるじゃない。

 コレ……

 状態変化S.Cで治したんでしょ?

 私も見てて驚いたわ」


「あ、はい…………

 って答えて良いのかな?

 僕も見様見真似でやっただけなんで。

 でも凛子先生が言うならやっぱり僕がやったのは状態変化S.Cなんですかね?」


「ええ、そうね。

 貴方が魔力を変化させて治癒したの。

 それにしても痣一つ残らず綺麗になってるわね。

 一体どんなイメージをしたの?」


「えっと…………

 確か何とも無い肩の状態……

 ですかね?」


「へえ……」


 何となく表情が感心している様。


「ちょっと待って。

 ちょっと待って。

 二人で話、進めないでよ」


「そうだぜ。

 先生、俺達にも教えてくれよ」


「ん~~……

 どうしよっかな?

 あまり高いレベルの魔力技術を教えるのって良く無いんだけど……

 まぁいっか。

 じゃあすめらぎ君と同じぐらいだけなら話したげる。

 あのね、すめらぎ君が大怪我を治したのは状態変化S.Cって言う魔力技術なの。

 それを使って治癒したの」


状態変化S.C?」


「そ。

 State Changeの略。

 要は魔力を変化させて様々な効果を得るって技術。

 篠原君の骨折を治したのも状態変化S.Cの応用よ」


「魔力ってそんな事も出来るんですねぇ。

 それで具体的にどうやったら出来るんですか?」


 蓮が話を勧めようとすると口に両指で小さく×を作った凛子先生。

 何か可愛らしい。


「ここから先は話せませ~ん。

 さっきも言ったでしょ?

 自分のレベルより高い技術を覚えるのってよくないのよ。

 すめらぎ君と同じだけしか教えれません。

 保険医って言っても私も教師側なんだから。

 安心しなさい。

 きちんと龍驤りゅうじょう学院のカリキュラムに組み込まれてるから。

 高等部に進級したら授業で習うわ。

 もうちょっと待ってなさい」


「はぁい」


「…………俺、先生の話聞いてても全くピンと来ねぇぞ……

 すめらぎはこれだけしか聞いてなくて後はアドリブで成功させたって言うのか……?」


 シノケンが信じられないと言った顔で僕を見つめている。


「えっ……

 いや……

 まあそうなる……

 のかな?」


 確かに少ない情報だけで成功させたのは凄いと思う。

 けど、僕自身も具体的にどう言う感じでやったかあんまり覚えて無いんだよなあ。


 あの時は肩の激痛を消す事に必死だったし。

 成功の確信があってやったじゃ無いし。


「何だよハッキリしねぇ奴だな」


「しょうがないじゃないか。

 僕も肩の痛みを消す為に必死でどうやったかよく覚えて無いんだから。

 あ、そうそう凛子先生。

 我鬼崎がきざきが使ってた通打とおうちって言うのも状態変化S.Cですか?」


通打とおうち

 あぁ、我鬼崎がきざき君が使ってた技かしら?

 多分そうだと思う。

 状態変化S.Cで魔力に針の様な効果が生まれる様に変化させたのね」


「針?

 そんなモンであんなに血がドバドバ出るモンっスかねぇ?」


「針って言っても多分もの凄く太くて長い針だよ。

 傷痕見たけどこれぐらい穴が空いてた。

 それと反対側まで貫通してたし」


 僕はおおよその大きさを指で輪っかを作り表現。


「マ……

 マジかよ……

 そんなモン喰らった場所がヤバかったら死ぬじゃねぇか……」



 死。



 ブルブルブルッ


 僕は身の毛がよだつ。

 そうだ、僕はもう少しで殺される所だったんだ。


「竜司?

 震えているわよ。

 大丈夫?」


 さっきまで薄ぼんやりとしていたがようやく思い出した。

 我鬼崎がきざきは僕を殺そうとしたら先生達に取り押さえられたんだ。


 ブルッ


 震えが止まらない。


「だ……

 大丈夫……

 だよ」


すめらぎ君。

 身体自体はもう大丈夫だから登校とかに支障は無いわ。

 血が大分抜けちゃったけど2,3日静かにしていれば治るわ。

 あと少しでも悩み事があったら遠慮なく私に話してね」


「わ……

 わかりました……」


 こうして色々あった期末テストは幕を閉じた。


 結局、魔力技術テストの成績は田中が一位。

 3点差で僕が二位だった。


 その結果がキッカケなのか解らないけど、ちょこちょこ魔力の扱い方について尋ねて来る男子が居たりもする。


 我鬼崎がきざきはテスト中に殺人を図ったと言う事でおと先生が魔力精神病チャーム・サイコス鑑定依頼を出して、何日後かに何処かへ連れて行かれた。


 それ以来見ていない。



 ###

 ###



「…………っとまあこんな感じかな?」


「へえ、結局田中には敗けたんだ。

 残念だったね、


「まあ確かに田中は凄かったしね。

 次、頑張るよ…………

 って何ではもうそんなに落ち着いてるんだよ。

 こっちはまだ今の状況をほとんど呑み込めずにいるのに」


 現在、竜司は薄暗いモヤの中で浮かんでいる。

 何処が縦だか横だか解らない空間。


 薄暗い筈なのに向かいに居る人物はハッキリと見える。

 そんな不思議な空間に浮かんでいる。


 そして向かいの人物とは…………



 竜司である。



 同じすめらぎ竜司りゅうじがそこに居た。

 同じく浮いている。


 これは自己啓発的な心理現象なのか?


 否。

 そうでは無い。


「まあ、多分時々ある未来夢の一種だと思うけど毎回違う事が起きるなあ」


「さっきチラッと言ってたけど何その未来夢って。

 今度はそっちの話も聞かせてよ。

 本当に君は別世界線……

 だっけ?

 良く解んないけど、そこに居る僕自身って事で良いんだよね?」


「うん、多分それで合ってると思う」


 龍驤りゅうじょう学院生徒の竜司(以降竜司Aと呼称)が今、話しているのは本編の竜司(以降竜司Bと呼称)。


 別世界線上に生きる本人同士が会話をしているのだ。


 時期も2018年の2月頃。

 竜司A側は期末試験を終えて大分、日が経っていた。


「……何だか鏡に映ってる自分から話しかけられてるみたいで落ち着かないなあ。

 まぁいいや。

 僕の事はあらかた話したから、今度はそっちの話を聞かせて」


「うん、えっと……

 まず僕は引き籠っててね……」


 ここから竜司Bは話し始める。

 自分が起こしたドラゴンエラーの事。


 引き籠り中に出会ったガレアの事。

 祖父から辛く当たられ、ガレアと共に家出した事。


 そこからドラゴンエラー被害者の供養の為、横浜を目指し旅を続けた事。

 話の最後は数々の出会いを経て今の自分が在ると締めくくった。


 聞いていた竜司Aは余りに自分とかけ離れた壮絶な内容に言葉を失っている。


「…………

 何かもう……

 色々情報が多過ぎで理解が追い付かないよ。

 ……ホントなの?

 僕が?

 竜になった暮葉さんに乗ろうとして?

 逆鱗に触れて何十万人も殺したって…………

 …………多分本当なんだろうな。

 そっちの僕は何か凄い大人びてるし」


 話は信じられない程、物凄かったが長い間、話を聞いていたせいか状況には慣れた竜司A。


「…………うん……

 だから僕は龍驤りゅうじょう学院なんて行って無いし、そもそもそんな学校すら無いよ。

 多分ドラゴンエラ―のせいで日本の竜に対する印象が変わったからだろうね……」


「何か……

 どう言って良いか解らないけど……

 大変だったんだね……」


 突拍子も無い話を聞かされどう返答して良いか思いあぐねていた竜司Aはとりあえず取り留めの無い労りの言葉をかける。


「…………プッ……

 アハハハハッ!」


「なっ……

 何だよっ!

 急に笑い出してっ!」


「いや、ゴメンゴメン。

 何かその受け答えを聞いてたら本当に僕なんだなって思って。

 僕も同じ状況なら多分同じ様な返答するなぁって」


「何だよそれ。

 お兄さんぶるのはやめろよ。

 僕達、同い年だろ?」


「そりゃそうだ。

 何てったって君は僕なんだから」


「って言うかまだまだ聞きたい事が山ほどあるんだ。

 暮葉さんと付き合ってるってマジ?」


「それはマジ。

 って言うか婚約してるし」


「そこが一番信じられない……

 君は僕だろ……?

 確かに竜排会……

 だっけ?

 その団体絡みで辛い事があってそれを慰めて貰ったからって言うのは解るんだけど……

 いや、解らないなやっぱり。

 それでも普通プロポーズまでは行かないでしょ?」


 竜司Aの世界線では竜排会発足のキッカケであるドラゴンエラー自体が起きていないので竜排会は存在しない。


「しょうがないでしょ?

 口に出ちゃったんだから。

 でも後悔はしてない。

 僕は暮葉と添い遂げるって決めたんだ」


 竜司Bは真っすぐ竜司Aの眼を見て返答。

 段々赤くなる竜司A。


「…………何かやめて。

 僕の顔でそんな恥ずかしくて熱い惚気のろけを吐くのはやめて」


「この気持ちは人を好きになったら解るよ。

 そう言えばそっちは今現在はどうなんだよ。

 蓮と幼馴染なんだろ?

 笑ったよ。

 それ何てエロゲって感じ」


「そんな良いもんじゃ無いよ幼馴染って言っても。

 どうって……

 まあ平常運転?

 いつも通りツン時々デレって感じ?」


「そっちの蓮は聞く限りでは結構キツめなんだよなぁ。

 逆に暮葉は優しい感じがする」


「ただ単純に会ってる時間の差だけだと思うよ。

 そっちの蓮は大阪に住んでるんでしょ?

 こっちの暮葉さんも一学期で学院を去って以来会って無いし」


「なるほど、納得」


 お互い自分と話すと言う状況にもすっかり慣れ、色々と話し込む二人。

 やがて薄暗いモヤの様な空間全体が光り輝き始める。


「ん?

 何だろ?

 だんだん輝いて来た」


「あ~……

 そろそろこの時間も終わりって事だろ」


「何で解るの?」


「こう言うのアニメとかの展開でよくあるだろ?」


「あぁ、そう言う事か。

 そうかもね。

 残念だなあ。

 そっちの僕のスキルとか魔力技術とかもっと詳しく聞きたかったのに」


「まあそっちは未来夢なんて見て無いから多分、今回の事はこちらからの干渉だろうけど、また逢えるかどうかは解らないなあ。

 大体こういう状況ってタイムパラドックスで宇宙崩壊を起こすとか言われてんだよ?

 そんな危険な状況に何度も遭遇するなんてゴメンだ」


「あ、それ僕も聞いた事ある」



「…………プッ……」



「ククッ……」


「ハッハッハッハッ!」


「アハハハハハハッッッ…………

 やっぱりいくら大人びてても僕だねっ。

 多分思いついた作品は同じだろ?」


「ククク……

 あーおかしい。

 多分そうだと思う。

 いや、そうであって欲しいね。

 せーので思いついた作品、言ってみようか?」


「うん、いいよ」


「せーのっ!」


「バックトゥザフューチャーッッ!」


 2人の声がシンクロ。


 同じ声色。

 同じ声量。


 全く同じタイミングで重なる。


「アハハハハハハッハハッ!」


 笑い声も同じ様に重なる。


「やっぱり、あれは名作だもんね。

 金曜ロードショーでやってたら絶対見ちゃうよ」


「だよね。

 大人びててもさすが僕。

 趣味は一緒だね」


 考えていた作品が同じ事で互いに笑い合う二人の竜司。

 そんな二人の笑い声を覆い隠すかの様に強まる光。


「あー……

 そろそろ終わりかな?

 もう君の姿も見えなくなって来たよ」


「そうか。

 もうお別れだね。

 そっちは平和な僕の世界線に比べてかなりヘビーだけど頑張ってね。

 B.Gベーゼゲワルト……

 だっけ?

 漫画みたいな悪の組織だけど見事ぶっ潰してくれよ」


「…………いや、B.Gベーゼゲワルトと絡むかどうかはまだ解らないから。

 兄さんが解決するかも知れないし。

 そっちも楽しく青春送ってくれよ。

 こっちじゃもう体験できないし。

 後、蓮には良くしてあげてね。

 僕の分まで」


「あぁ、解ったよ」


 光は完全に二人を包み込みもう声しか届かなくなる。


「それじゃあ」


「うん、それじゃあ」


 このやり取りを最後に2人の姿は完全に光に呑まれ、竜司AもBも各々の世界線で目を覚ます事となる。


 私立龍驤りゅうじょう学院 完

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