200回記念 私立龍驤学院⑧



「田中っ!」



 僕の周りに流れている時間が一瞬止まった気がした。


 え?

 田中?


 僕はゆっくりと隣に居た田中の方を向く。

 

 その顔は蒼白……

 とも言い難い別の感情も見え隠れする表情。


「た……

 田中氏……」


 ブルブルブル……


 身体も震え出して来た。


「フフ……

 すめらぎ氏……

 これは武者震いと言う物でありますよ……」


 本当か?

 それにしてはずっと薄く震えているけど。


(オイ、見てみろよ……)


(プッ……

 田中の奴、震えてやがんの……)


 僕らの方を見て嫌らしく陰口を叩いているのは須藤と太田。


「では今から魔力技術実習期末テストを開始するっ!

 須藤っ!

 太田っ!

 鳥谷っ!

 田中っ!

 準備しろっ!」


 おと先生の凛とした声が響き渡る。


 ビクンッッ!


 田中の身体が反応。

 ゆっくりと立ち上がる。


(先生ーっ!

 もしタナカクンが棄権したら俺らの点数はどうなるんですかぁーっ!?)


 声色からして明らかに田中を馬鹿にした声。


「どうもならないわよ。

 もう一度箱にいれて引き直すだけ」


 なるほど。


 棄権した生徒の対戦相手はもう一度引き直す形になるのか。

 不戦勝だと成績のつけようが無いからだろうな。


「田中、どうするんじゃ?

 今ならまだ棄権できるぞ。

 確かに魔力の力は人数差を物ともせんとは言うたけどもなあ……

 さすがにお前じゃ無理かもしれんぞ……

 やいやい……」


 ゴリ先生が暗に棄権を勧めて来ている。


 それを聞いた田中は沈黙。

 考えている様だ。


(オイ田中!

 お前、棄権なんてつまんねぇ事すんなよっ!

 もし棄権しやがったら持って来てるキモいオタグッズ全部お前の目の前で燃やしてやるからなぁっ!)


 田中の返答の前に鳥谷が脅しをかけて来た。

 が、その言葉を聞いて田中の目が変わる。


「……十拳とつか先生……

 御厚意、痛み入るでありますが……

 それがしの命よりも大切な品に手を出すと言われては黙っている訳にはいかないでありますよ……」


 目に力が宿った。

 身体の震えも止まっている。


 一応、練習の時にどう戦うかプランを立てたけど、上手く作用するのかどうか。

 心配そうな顔で田中を見つめていると……


すめらぎ氏……

 そんな心配した顔をしなくても大丈夫でありますよ……」


「うん……

 多分昨日立てたプランは誰にも予想できないとは思うけど……

 けどやっぱり心配だよ」


「まあ、それがしの試合は好都合な事に事前補給でありますし、何とかしてみるでありますよ」


「各自別室に移動して魔力補給に入りなさい。

 制限時間は10分」


(魔力補給に10分もかかんねーよっ!

 しかも相手はあのキモオタの田中だぜっ!

 ハァッハッハッハッ!)


 鳥谷が下卑た笑い声をあげる。


 その様子を終始見ていた先生達は総じて沈黙。

 注意する訳でも無く。


 こうして田中と他の三人はそれぞれ竜を連れて別室へ。



 3分後



 須藤、太田、鳥谷の三人はもう戻って来た。

 顔はニヤニヤと嫌らしく笑っている。


 三人でしかも虚弱の田中を合法的にボコれるのだ。


 心情的には解る。

 解りたくは無いが。


 多分数でも有利な三人は田中に敗けるなんて微塵も考えていないのだろう。

 けどそうはいかない。


 田中が目に物を見せてくれるぞ……

 多分。



 7分後



 そろそろ10分経つ。

 が、まだ田中は出て来ない。


(ハハァッ!

 やっぱりキモオタはウスノロで無能だなァッ!)


(ヒヒィッ!

 違いないなァッ!)


 汚い。

 僕もオタクだからじゃない。


 見た目的にも絶対に汚い顔だ。

 汚く笑っている鳥谷と須藤。


 こんな顔をクラスメイトに見せてもいいのかと思い周りを見たが、周りのほとんどは薄くニヤニヤ笑っている。


 男子だけでない。

 周りの女子の大半もニヤニヤ薄く笑っている。


 その笑い方はどれも嫌らしい顔。

 その嫌らしい笑顔はこの場に居ない田中に向けられている。


 あぁ僕らって本当にクラスカースト最下位なんだなあ。

 痛感してしまった。



 更に3分後



 ようやく、出て来た田中。


「3分の遅刻よ」


「申し訳ありません」


「以後注意しなさい」


 何だか社交辞令。

 注意はしたが形式上と言った感じ。


 遅れた事に対しては特に気にしていない様子。

 そして僕は田中が時間のかかった理由を知っている。


「では双方準備完了と言う事でテストを開始する。

 生徒は全員上の観覧席に上がりなさい。

 あと応援は構わないけど、アドバイス等は禁止。

 あくまでもこれはテストだから」


 この体育館は上に観覧席が付いている。

 立派な体育館だから部活の試合とかでも使われるのかなとか思っていたけど、こう言う事に使う為か。


 僕とガレアも観覧席へ。


「蓮、シノケン」


 僕らは観覧席で二人と合流した。


「お?

 すめらぎ

 ……何と言うか。

 情報があり過ぎて追い付いてねぇって言うのが本音だけどよ。

 田中がキツい立場になってるって言うのは解るぜ……」


「そうよね。

 確かに先生の言ってる事も解るけど、これでもし為す術無く田中君が負けちゃったら最悪引き籠っちゃわないかしら……?」


 二人共、気持ちが沈んでいる。


 確かに公式で人数差を認めている。

 沈んでも仕方ないかも知れない。


 けど……


「二人共、何凹んでるんだよ。

 練習見てただろ?

 そんな簡単に田中は敗けないよ」


 僕らは模擬戦を見越した上で練習をした。

 今の田中が出来る範囲で牙を持たせたつもりだ。


 確かに田中は魔力注入インジェクトは他の生徒に比べて扱えない。

 魔力総蓄積量も僕らより劣っている。


 けど、田中には手繰ホール・インがある。

 このスキルは思った以上に奥が深く、凄い物だった。


 手繰ホール・インが勝利の鍵だと思う。


 更に鳥谷達の態度でもわかる慢心。

 あいつらは絶対に田中を侮っている。


 試合が始まっても田中は為す術無くボコられると思ってる。

 多分最初は何も考えず雑に魔力注入インジェクトを使用して突っ込んで来るだけだろう。


 そこのタイミングを逃さなければイケる筈だ。



「でも……

 田中だぞ?」



 シノケンが拭い切れない不安を孕んだ目で僕を見つめて来る。

 僕の頭の中に浮かぶ、ガリガリ坊主頭でメガネを光らせている田中の顔。


 あ、すっごいシノケンの気持ちが解る。


「な……

 何言ってんだよ。

 見た目は関係無い。

 印象が当てにならない。

 それが魔力だってシノケンも知ってるだろ?

 …………まぁ気持ちは解るけど……

 ボソッ」


 魔力は想像力がカギとなる力。

 虚弱だろうとオタクだろうとそれがイコール使えない、扱えないにはならないエネルギー。


 それは解る。

 解るんだけどやはり見た目や印象で判断してしまう。


「確かに練習で立てたプランは誰も予想つかないと思うけどね。

 多分鳥谷くんとか驚くんじゃないかしら?」


「それにしても鳥谷達の顔……

 何て言うか汚ねぇ顔だな」


 シノケンも僕と同じ意見。


「シノケンもそう思う?」


「あぁ……

 鳥谷だけじゃねぇ、周りの奴等も嫌な顔で笑ってやがら……

 俺もつい最近まではアッチ側だったと思うとゾッとするぜ」


「確かに見てて気持ちいい物じゃ無いわね。

 でも、鳥谷君達の暴言に先生が何も言わないって事は何かあるんじゃないかしら?」


 確かに。


 大事なテスト前にクラスメイトを貶める様な暴言。

 注意ぐらいの発言があっても良いと思う。


 けど、何も無い。

 これだけ竜河岸の先生が見ているにも関わらず。


 誰も何も言わない。

 何か理由があるのだろうか?


「受講者っ!

 前へっ!」


 やがて中央に集められる田中達四人。

 魔力技術実習期末テスト開始。



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 ###



「今一度ルールを確認するっ!

 人数は3VS1ッ!

 スキルは使用無制限ッ!

 試合は降参するか続行不能と判断されるまでっ!」


「……ハイ」


(ハイハ~~イッ!

 先生ェ~~、なるべく早く止めて下さいねェ~~。

 俺ら、キモいオタクがピィピィ泣く所なんてあんまり見たくないですからぁ~~)


 鳥谷が発言。

 それは完全に田中を舐めていた。


 一方的にボコれるものだと思っている。


 田中に敗けるなんか微塵も。

 一かけらとして考えを持っていない発言。


(ヘヘヘ……

 そっスよぉ~~)


(俺達が一方的にボコっちゃあイジメてるみたいに見えますもんねェ~~)


 太田と須藤も同じ思惑。


「貴方達に言われなくてもこちらで判断します。

 余計な事を言って無いでテストに集中しなさい」


(ハイハ~イ)


 が、三人の言葉に眉一つ動かさず淡々と答えるおと


 テストに集中しなさい。

 これが鳥谷達三人に対する温情の言葉だったと言うのは気付きもしない。


 やがて中央に集まる四人。



「開始ッッッ!」



 短く試合開始が告げられる。

 おとは素早く退避。


 バッ!


 開始直後、田中が間合いを取る。


(ヘッヘェ~~、田中ァ~~……

 お前馬鹿か?

 魔力注入インジェクトならそれぐらい距離を取っても一緒だって言うのを知らねぇのか?)


(ヘヘヘ……

 やっぱりコイツ頭悪ィな)


(それじゃあこんな面倒臭いテスト、とっとと終わらせようぜ……)


 確かに体育館の大きさだと距離を取る事はあまり意味が無い。

 が、それはあくまでも体勢を整えたり、戦闘スタイルを近距離から中距離等へ切り替える場合である。


 田中の目的はそれではない。


発動アクティベート……)


発動アクティベートッ)


発動アクティベート


 鳥谷達三人が次々と発動アクティベートを使用。

 事前補給で脚に魔力を集中フォーカスしていた。


 その様子をじっと見つめている田中。


(さぁ~~……

 準備完了ォ~~

 覚悟はいいかぁ……?

 田中ァ~~~ッッッッ!)


 ドンッッ!


 強く地を蹴る三人。

 一直線に田中へ向かう。


手繰ホール・イン


 が、ほぼ同時に右手を前に突き出し田中スキル発動。


(ん……?

 ウワァァァァッッ!

 何だこりゃぁっ!?)


(ふ……

 服が引っ張られるゥッ!)


(どうなってんだァァッ!?)


 一直線に田中に向かって来る三人。


 だが、その様子は1秒前と変わっていた。

 速度は増す。


 三人共、体操着を強い力で引っ張られている様な体勢。

 まるで見えない大きな手に引っ張られている様な。


 そんな体勢。


 これが田中の手繰ホール・イン

 発動条件は目視と認知。


 まず対象を知識として田中が認識しているか。

 それが肝要となる。


 そしてこの目視と言うのは視界全域。

 つまり視界にスキルをかけたい物体があれば全て対象となる。


 効果範囲は単体では無いのだ。

 田中が開始直後、間合いを広げたのは完全に三人を視野に納める為。


 では何故以前スキルを使用した時、飛んで来たのは石一つだけだったのか?

 他に石は無かったのだろうか?


 こう思われた読者も居るかも知れない。


 これには理由がある。

 発動条件の目視と言うプロセスは実に解釈が広い。


 視界に納めても発動するし、物体を注視しても発動する。

 田中の手繰ホール・インは状況によって単体発動、複数発動に切り替える事が出来るハイブリッドなスキルなのである。


 田中は三人を視野には納めているが対象である体操着は注視していなかった。

 従って視野の中にいた体操着を着ていた三人はまんまとスキルがかかったと言う訳である。


 完全にバランスを崩した三人。

 この三人が魔力注入インジェクトを発動した際の速度と手繰ホール・インがかかった物体の速度では後者の方が速い。


 従って巨漢に胸倉を掴まれた様な体勢になり飛んで行っている。


 だが、バランスを崩そうとも関係無い。

 三人は田中の右手に真っすぐ向かうだけ。


 ギュンッッッ!


 速度を増した三人は田中に向かって猛進。


(ウワァァァァッッ!

 田中どけぇっっっ!)


 鳥谷の叫び。

 事態の急変にテストと言う事を忘れている。


 現在自分に起こっている事態を収束させる事に思考の大部分を奪われていた。


「言われなくてもどくでありますよ……

 起動アクティベート


 シュンッッ!


 が、田中は落ち着いて魔力注入インジェクト発動。

 鳥谷の視界から姿を消す田中。


 ドカァァァァァァッッッ!


 三人が空中で衝突。


(ゴヘァッッ!)


 勢い余って三つの顔も見事ぶつかる。

 顔面がぶつかった衝撃で情けない声をあげる鳥谷。


 これはもはや衝突というよりかは激突。


 ドスンッ!


 空中で激突した三人が体育館の床に散らばり落ちる。


(あっ……

 あがが……)


 太田が口を強く打ったのだろう。

 押さえて悶えている。


(いっ……

 いってぇ……)


 須藤が打った箇所は肩。

 押さえているその様は激突時の衝撃を物語る。


(くっ……

 くそぉっ……

 何だってんだ一体っ!)


 鳥谷が打った箇所は鼻。

 顔面直撃に近かったらしく鼻血を垂らしている。


「フム……

 なるほどなるほど。

 それがし手繰ホール・インの方が鳥谷氏らの魔力注入インジェクトより速いようでありますなぁ」


 いつの間にか三人の後方に居た田中。

 冷静に自身のスキルについて分析をしている。



 体育館 観覧席



「どうにか上手く行ってるみたいじゃねぇか」


「うん、良かった。

 一昨日提案した事がこうも上手く行くなんてね」


 観覧席から田中の戦いぶりを見守る竜司とシノケン。


 一昨日提案した事とはスキルが複数個同時発動できるものではないかと言う物。


 竜司も何故石が一つだけ飛んで来るのか疑問を持っていた。

 そこからの提案。


 幾数回か練習を繰り返し、物体を注視しなければ視界に収まる対象に全てスキルがかかる事に気付く。


 今のケースは練習でやった状況だった為に対処が可能だったのだ。


「田中君の手繰ホール・インってシンプルな動きだけど凄いわね」


「うん。

 けど、田中氏が使えているのは特性や機能を理解しているからだと思う。

 多分制野先生が言いたかった事ってこう言う事だと思う」


「なるほどね。

 私ももっと電流機敏エレクトリッパーを使わないと」


(え……?

 アレ、どう言う事?

 田中を鳥谷らがボコるだけの試合じゃねぇのかよ?)


(何で鳥谷君がやられてるのよ……)


 ザワ……

 ザワザワ


 予想外の展開に他生徒も驚きを隠せない様子。



 体育館 コート



(くっ……

 クソォッ!

 何がなんだかわからねぇが田中が何かやってんだろぉっ!)


 鳥谷が顔面にジンジンと伝わる痛みを堪え立ち上がる。


(な……

 何かってなんだよ……?)


 続いて太田。

 口の痛みは引いたらしい。


(……スキルって事かよ……

 いて……)


 肩の痛みがなかなかひかない須藤。


(あぁ多分そうだろうよ。

 どんなスキルかは知らねぇが、俺達が固まってるのは分が悪そうだ。

 お前ら耳を貸せ……

 ゴニョゴニョ)


(お……

 おぉ解った……

 それで上手く行くんだな?)


(俺、もうこんな痛いのは嫌だぞ)


(あぁ、多分大丈夫だ。

 どうせキモオタの田中のスキル。

 大した事ねぇよ。

 一発さえ当りゃあ後はこっちのもんよ)


(そ……

 そうか。

 解った)


 鳥谷は薄い状況の分析は出来る。

 太田と須藤は典型的なぶら下がりタイプ。


 それに鳥谷は状況判断が出来ると言っても薄い範囲である。


 バッ


 固まっていた三人が体育館いっぱいに分散。

 その動きを察知した田中は即座に後退。


 ダンッッ!

 ダダンッッッ!


 めいっぱい広がった三人は即座に床を蹴り、田中に向かって飛び掛かって来た。

 今回は先の様なののしりや魔力注入インジェクト使用等は無い。


 現在は先程かけた発動アクティベートで活動している。

 言わば心構えやスキルの使用準備などにかける時間が無い。


 だが……



手繰ホール・イン



 落ち着いてスキル発動する田中。


 ググッ……


(ななっ……

 何だこりゃぁっ!?)


 鳥谷に異変。

 頭を田中に向け飛び掛かっていた身体が次第に反転。


 両脚を向けて飛ぶ形となる。


(あっ……

 足がぁぁっ!?)


 他の2人も同様。

 両脚を向けて飛ぶ形。


 今回スキルの対象となったのは靴である。

 学校指定の上履き。


 それにスキルをかけたのだ。

 前述の通り手繰ホール・インの速度の方が鳥谷ら三人より勝っている。


 結果自分の履いている上履きが身体を追い抜く形になり、今の様な両脚を向けて飛ぶ体勢になったと言う訳だ。


 しかも三人の軌道は少し上向いている。

 それもその筈。


 田中は右手を掲げてスキル発動したのだ。

 手繰ホール・インはスキル発動時に在る田中の右手に向かって突き進む。


 従って少し上昇する形で驀進ばくしんする。


発動アクティベート


 こちらに向かって飛んで来る6つの足をまるで気にせず、魔力注入インジェクト発動する田中。

 低く屈み、鳥谷らの身体を潜る形で反対方向へ。


 ドカァァッッ!


 空中で激しく激突する三人。


 ゴキィッッ!


 接触した三人の身体は重力に逆らう事無く床に落下。

 その際、鈍い音が体育館に響く。


 バタバタバタバタァッッ!


 声も上げず、頭を押さえながら激しく悶える須藤。

 落下した事によりモロに頭を痛打したのだ。



 体育館 観覧席



「すげぇなすめらぎ

 ここまではお前の予想通りじゃねぇか」


 ここまでは竜司の想定した動きとほぼ同じだった。


「大した事無いよ。

 僕らオタクを馬鹿にしてる奴等のやりそうな事って考えただけさ」


 オタクと言う人種はその趣味のせいで何故か能力が劣っていると見られがち。

 テストの点数など目に見える成果が見られない限り自分より下だと思われる。


 田中の成績は平々凡々。

 良くも無く悪くも無く。


 目立った成績では無い。

 体格は見ての通り貧弱。


 対戦相手は必ず侮って来ると竜司は考えていた。

 だから田中が何を言われても黙っていた。


 これはシノケンや蓮にも前もって伝言済み。

 二人共何も言わなかったが内心竜司の言った通りだなと思っていた。


 いざ模擬戦が始まると相手は魔力注入インジェクトを使い攻撃して来る。

 しかもそれは脚にだけ発動アクティベートを施し、突進して殴ると言うシンプルなもの。


 それを手繰ホール・インで躱した後はすぐに同様の攻撃が来るか、視界から外れた位置から攻撃して来る。


 ここまで竜司は予想していた。

 だから田中には出来るだけ広く視野に収める様アドバイスをしていたのだ。


「それでもスゲェよ。

 本当に言ってる通りに動いてんだから」


「ありがとう。

 けど残ってるプランはあと一つ。

 さすがに3対1は予想してなかったからね。

 で3人も倒せるかどうか……

 まだ相手側のスキルも見て無いし」


 田中に策を授けつつ、同時に懸念も抱いていた竜司。

 確かに手繰ホール・インで相手の攻撃を躱す事は出来る。


 出来るが、決定打に欠ける。


 更に相手のスキルに関しては予想がつかない。

 相手が手繰ホール・インに対処できるスキルを有している可能性も充分考えらえれる。


 一応、田中に勝てる方法としてプランを授けてはいるが、このやり方は基本1対1で行う物。


 且つ慣れてない田中では辛うじて成功するかどうかと言う代物。

 ここで人数差が仇となった。


「俺、須藤のスキルなら知ってるぞ。

 名前は知らねぇけど。

 アイツ、透視出来んだよ。

 前に男子でその話で盛り上がってな」


 スキルリテラシーに関しては人それぞれ。

 クラスメイトの友人レベルなら話す者も居れば、親友ぐらいにまで親交を深めないと話さない者もいる。


「へえ、透視……

 なら大丈夫かな?

 透視出来る範囲にもよるけど。

 もし凛子先生みたいに魔力の在り処まで視えるなら少しマズいかも」


「そこまでは出来ねぇと思うぜ。

 須藤の奴、自分のスキルあんまし好きじゃねぇしな」


「どうして?」


「小学校の頃、好きな女子の裸を見ようとしてバレたんだってよ。

 バレた理由ってのが発動条件と繋がっててな。

 その透視ってのが見たい対象を1分ぐらい凝視しねえと発動しねぇんだと。

 余程エロい目で見てたのか知らねぇけど、それから避けられる様になって最終的にはクラス全員真正面に立たなくなったんだってよ。

 それがトラウマとまでは行かねぇけど本人、結構気にしててよ」


「うわ……

 悲惨……

 自業自得とも言えるけど。

 そんな経験したら内向的になりそうな気がするけど須藤ってそんな事無いよね」


「あぁ見ようとしたのが6年の1月だからな。

 その頃には龍驤りゅうじょう学院に来る事も決まってたから卒業記念感覚だったんだろ」


 最低だ。

 そう反射的に思った竜司なのであった。


「そ……

 そう……

 なら須藤に関しては大丈夫かな?

 頭を強く打ってるっぽいし。

 鳥谷と太田のスキルは知ってる?」


「いや、それは俺も知らねぇ」


「そう。

 さあ、ここから田中氏が攻めれるかどうか……

 魔力蓄積量から考えてそろそろ決着をつけないと」



 体育館 コート



 ザッ


 田中が一歩前に踏み込んだ。

 攻撃に転じる気である。


発動アクティベート


 数歩、間合いを詰め魔力注入インジェクト使用。


 シュンッッ!


 田中の姿が消える。


 ザザァッッ!


 気が付いたら鳥谷達、三人のすぐ傍まで間合いを詰めていた田中。


(へ……?)


 訳の解らない事象に空中から落とされ、頭を痛打した須藤。

 ようやく頭の痛みがひきかけた時に耳へ飛び込んで来る何かを強くこする音。


 この音は田中が急ブレーキした音。

 が、須藤はまさか田中が間合いを詰めて来るとは全く考えていなかった。


 音の正体を探ろうと振り向くのが精一杯。


 ブンッ


 須藤が田中の方を向いた瞬間。

 田中はくの字に曲げた右腕を下から上へ振り上げる。


 形としてはショベルフック。


発動アクティベート


 カツンッッ!


 インパクトの瞬間、魔力注入インジェクト発動。

 見事、須藤の顎を捉えた。


 バタンッ!


 須藤が声も発さず倒れ伏す。


 気絶。

 気を失った理由は脳震盪。


 的確に顎を捉えた田中のショベルフックにより激しく揺さぶられた脳は頭骨内壁に衝突を繰り返し、あっけなく落ちてしまったと言う事である。


(あぁっ!?

 すっ……

 すど……)


 太田が須藤が倒れた事に気付き、声をあげようとするも田中はそれを許さない。


発動アクティベート


 カツンッッッッ!


 太田の左側面から顎を掠める様にフックを当てる。


 グルンッッ!


 激しく揺れた太田の顔面。


 パタ


 須藤と同様に脳震盪を起こし、倒れてしまう。



 体育館 観覧席



「よしっ!」


 思わずガッツポーズする竜司。

 田中に与えたプランが上手く行ったからだ。


 田中は虚弱の為、魔力注入インジェクトを多用出来ない筈。


 なのに、結構たくさん使っていないかと不思議に思われた読者もおられるかも知れない。


 それには理由がある。

 それこそが竜司の提案したプランの根幹。


 田中が使用した発動アクティベートに使われた魔力量は極々少量。

 サイズ的に小魔力全体の1~2%。


 まさに豆粒の様な魔力をいくつも体内に格納していた。

 それこそ銃の弾丸の様に。


 一つ一つがワンアクションで使い切るサイズ。


 それを右足に6つ。

 右手に4つ。


 合計10もの小さな魔力球を格納。


 田中が魔力補給に時間がかかったのはこれが理由。

 体内にある無数の小さな魔力球を一つ一つ意識しながら持つというのは難しい。


 オタク特有の凝り性&小器用さ。

 加えて昨日一日中行った練習の甲斐があってどうにか達成。


 手繰ホール・インの回避用に行った魔力注入インジェクト

 このサイズでは長距離、超速での移動が出来ない。


 が、短距離で相手の視界から外れるぐらいならば可能。

 鳥谷達の目には素早く死角に回った田中の動きは消えた様に見えただろう。


 そして先の攻撃。

 使用している魔力は極々微量でも身体強化を施した腕。


 且つ、狙いは顎。


 顎一点。

 頭を揺らし、意識を奪う。


 手繰ホール・インによる、衝突。

 極々少量魔力による用途を絞った魔力注入インジェクト


 これが提案したテスト用のプラン全容である。


「おおっ!?

 何だ田中、殴れんじゃねぇか。

 それにしても顎を殴って気を失うなんて映画だけの話だと思ってたけど本当に起きるんだな」


「僕も漫画で見た知識だったから半信半疑だったけど、こうも上手く行くなんて僕も驚きだよ」


「ハハッ、お前ら現実とマンガの区別もついてねぇのかよ」


「ホント篠原君の言う通りよ。

 あくまでも漫画は漫画なのにねえ」


 シノケンと蓮。

 二人して漫画から得た知識を引用した竜司に対して苦言。


「うるさいなあ、上手く行ってるんだからいいじゃないか。

 それに漫画だからと言っても今は作者もきちんと取材を行って書いてるのが多いんだから全部が全部フィクションって訳じゃ無いんだよ」


「わかったわかった。

 別にだからと言って何も言わねぇよ。

 そんな事より田中だろ?

 人数差のハンデはこれで無くなったけどもよ。

 こっからお前はどう見る?」


「う~ん……

 そんな事言われても僕自身、魔力を使った争い事なんて未経験だからよくわかんないよ。

 自分の戦い方に慣れて来た田中氏の方が分がある気もするし……

 けど、鳥谷のスキルがまだ解らないってのも気になる……

 ここから一気に畳み掛けてくれればいいんだけど……

 どうだろ?」



 この竜司の懸念は見事的中する事になる。



 主人公から手解きを受けて、いとも容易く勝ちを拾えるのはチートものの作品ぐらいだと言う事だ。


 これは竜河岸同士の模擬戦。

 こちらがスキルを使えると言う事は相手も使える。


 ある小さなキッカケが原因で優勢から劣勢に転じる事もまま有り得る話。


 確かに竜司の言う通り戦い慣れて来た田中に分があるとは言えるが裏を返せば手の内を見せ過ぎていたとも言える。



 体育館 コート



 須藤、太田を気絶させた田中。

 このまま一気に鳥谷を倒す…………


 と思いきや、少し様子がおかしい。

 田中は立ち止まっていた。


 右拳を押さえ、若干険しい顔で俯き加減。

 押さえている箇所は正確には右手首付近。


 三度同じ様に拳を振るえば勝てるのに一体どうしたのだろうか。


 田中は右手首を痛めていたのだ。

 これは魔力量が微量である事の弊害。


 田中が魔力注入インジェクトで使用する魔力量では手首まで身体強化が届かないのだ。


 殴りつけた反動が素の田中の手首に伝わった。

 シノケンの様に骨が折れてないのは幸運ではあるが。


 まだ立ち上がらない鳥谷。

 田中が傍で見降ろす形になる。


「いたた……

 鳥谷氏……

 もう降参しては下さらんか……?

 今回はテストの課題が故、致し方ござらんかったがそれがしは生来より争い事には向かない気性でありますよ……」


 田中が鳥谷に話しかけている。

 一見優しさの様にも見て取れる降伏勧告。


 もう手繰ホール・インの性能は充分見せつける事が出来た。

 戦力差ももはやイーブン。


 これ以上やっても鳥谷には勝ち目が無い。

 ならばもうやめた方が良いのでは?


 そう田中は考えていた。


 が、これは建前。

 本音は右手首へのダメージを懸念していた。


 一刻も早く終わらせたい。

 このまま終われば一発も殴られない形で終了。


 田中からしたら上々の結果だ。

 とっとと終わらせる為に行った降伏勧告。


 その田中の勧告に対して鳥谷は無言。

 立ち上がりもせず両膝をついたまま。


 3VS1で始まり、あっという間に1VS1の状況にまで並ばれたのだ。

 仕方が無いと言えば仕方ない。


 両膝を突き、頭を上げない鳥谷の心境たるやと言った所である…………



 が、それは大きな間違いだった。



「今なら降参を受け入れていいでありますよ」



 ここでポロッと出た田中の言葉。

 まさに無意識。


 本音の更に奥の奥。

 田中本人でも気付かない感情。



 それは慢心、おごり。



 田中はもう勝利を確信していた。

 まだテストは続いているにも関わらず。


 その確信は心中の奥の奥。

 田中も言おうとして言った訳では無い。


 早く終わらせたい。

 もう争い事はこりごりだ。


 そんな気持ちが心中の無意識下から言葉を引っ張り上げた。


(オイ……

 田中ァ……

 受け入れてっつうのは……

 お前……

 俺に勝ったつもりなのかァ……?)


 ググッ……


 鳥谷がゆっくり起き上がって来る。


 バッッッ!


 鳥谷の得体の知れない雰囲気に降参の意思は無いと判断。

 間合いを広げる。


 また手繰ホール・インを仕掛けるつもりだ。


(バーカ……

 もう遅せえよ……

 逆転緘リバーサル……)


 鳥谷が不可解な言葉を呟く。


 これはスキル。

 鳥谷がスキル発動した。


 だが、遠く離れた田中には聞こえない。


(ん……?

 脚の魔力注入インジェクトがもう解けてやがら……

 発動アクティベート


 ドンッッッッ!


 再び発動アクティベートをかけ直した鳥谷は強く床を蹴り、猛然と向かって来る。

 即座に右手を掲げる田中。


手繰ホール・インッ」


 今回も先程と同様。

 履いている上履きに手繰ホール・イン発動。


 何故同じ攻撃を繰り出して来ているのかは知らないがこちらには手繰ホール・インがある。


 こう考えていた田中。


 さっきも通用したのだ。

 今回も通用する筈。


 これが刹那に浮かんだ田中の思惑。



 ん?



 あれ……?



 何で……?



 身体が……



 前に!!!?



 バキィィィィィィッッッ!


 鳥谷の右拳が田中の顔面を捉えた。


 ズザザザザザァァーッッ!


 鳥谷は右拳を振り抜く。

 勢いのままに床へ叩き付けられた田中は激しく滑って行く。


(お~~いちち……

 コレ、殴ったら手が滅茶苦茶痛てぇな…………

 ヘッ……

 ハハァッ!

 ナメてんじゃねぇぞ田中ァッッ!

 あの訳分かんねぇスキルは良く解らねぇがそれさえ使えなけりゃあただのキモいオタクなんだよっっっ!)


 鳥谷の声が響く。


……

 はぜ何故……」


 何とか上体を起こす事は出来た田中だが強く鼓動を刻む顔面の痛みに上手く喋る事が出来ない。


(オメーはもう俺のスキルにかかってんだよ。

 もう当分はあの妙なスキルは使えねぇよバーカ)


 これが鳥谷のスキル、逆転緘リバーサルである。


 ■逆転緘リバーサル


 鳥谷のスキル。

 相手の慢心やおごりの気持ちを起こしている行動、動作等を封印する事が出来る。

 このスキルにかかると自信の拠り所となっている行動が一切出来なくなる。

 もちろんスキル等の魔力挙動にも作用。

 魔力挙動すら封じてしまう竜河岸の中でも珍しいスキル。

 封印時間は現在の鳥谷の熟練度で5分強。


 逆転緘リバーサルはその強力な封印力の為、発動条件が少々難解。


 まず前提として対象との交感心理が重要となる。

 術者が対象に対して敗北感を持ち、対象が術者に対して慢心や驕りを抱く。


 この状態にならないとスキルは発動しない。


 且つその心理状態に持って行った上で対象が術者を見降ろす構図。

 ここで初めて発動条件クリアとなる。


 これだけでは無い。


 この発動条件をクリアするまでにスキルの種と呼ぶべき着火点を相手に埋め込まないといけない。


 これは圧縮された魔力で生成され、手から射出する。

 鳥谷は須藤が田中の一撃で倒された段階で逆転緘リバーサルをかける気でいた。


 四つん這いになりながら手から飛び出した小さな着火点が田中の脚から侵入するのを確認したと言う訳である。


 これで逆転緘リバーサルをかける準備は出来た。


 後は心理状態の確認。

 これがかなり厄介で精神的ダメージもある。


 まず田中に対して敗北感を抱かないといけない。

 俺はこのキモいオタクである田中に敗けたのだと。


 これは田中を普段から蔑んでいる鳥谷からしたらかなりの屈辱。


 しかもこれは内々の話。

 口では敗けましたと言いながら内心闘志を漲らせている様な似非の敗北感では意味が無い。


 しかも逆転緘リバーサルは体勢も条件に含まれている為、恨みの目を向ける事も出来ない。


 更に自身の心理状態を何とかクリアしたとしても一番厄介なのが対象の心理状況。


 今、相手が慢心している。

 おごっていると判断するのは状況からで無いと不可。


 相手の発言や振る舞い。

 そう言った所で判別するしかないのだ。


 どうして相手の心理を探ろうかと考えていた所に出た田中の短く不用意な発言。


 受け入れていい。

 この言質を取った段階で鳥谷は確信した。


 こいつ田中おごっている。

 慢心している。


 有体に言えば俺をナメていると。


 着火点を対象に埋め込んだ状態で術者は対象に敗北感を持ち、対象は慢心。

 且つ、術者は対象に対して這いつくばっている。


 晴れて発動条件をクリアし、スキル発動。

 手繰ホール・インは使用不可。


 そして間合いを広げた田中に対して三度同じやり方で仕掛けた。

 田中はスキルを使って対処すると思っていたから。


 先程抱いた敗北感による屈辱。

 この鬱憤を晴らすのはこれが最適と判断したからだ。


 結果、田中の顔面に魔力注入インジェクトで加速した右パンチを喰らわせる事が出来たのだ。


(チョーシに乗ってくれたなぁ……

 こっからはもうオメーの好きにはさせねぇ……

 覚悟しやがれっ!)


 ギュンッッ!


 鳥谷の姿が消える。

 魔力注入インジェクトによる身体強化はまだ有効。


「ヒッ!」


 消えた事を認識した田中。

 逃れようと這いずり逃げようとする……


 が、しかし。


(タナカくぅ~ん……

 どこ行くの……

 かなっ!!)


 ドンッ!


 既に先回りしていた鳥谷。

 思い切り田中の背中を左足で踏みつけた。


「グゥッ!」


 田中がうめき声をあげる。


 鳥谷が踏みつけたのは左足。

 発動アクティベートを使用していない方の足。


(オラ……

 こんなもんじゃねぇぞっっ!)


 ガッ


 そのまま田中の坊主頭を掴み、体育館の床へ叩きつける。


「ブヘェッ!」


 持ち上げた田中の顔は血で染まっていた。

 鼻血を出したのだ。


(さんざん俺達をコケにしてくれてよぉ……

 テメーみてぇなぁっっっ!!)


 ゴッッ!!


 再び顔を床に叩きつける。


(キモいオタクはよぉっっ!!)


 ガンッッ!!


 3度。


(ただ黙って俺達に殴られときゃァッッ!!)


 ゴンッッッ!!


 4度。


(良いんだよォッッ!!)


 ガンッッッ!!


 5度。

 5回も体育館の床に田中の顔を叩きつけた鳥谷。


(このボケナスがァァァァッッッ!!!)


 バキィィッッ!


 田中の頭から手を離した鳥谷。

 立ち上がり、倒れている田中の脇腹を思い切り蹴り飛ばした。


「ゴホォォォォッッ!」


 ゴロゴロゴロゴロォォォッッ!


 体育館の床を激しく転がっていく田中。



 体育館 観覧席



 無言。

 誰も何も口にしない。


 鳥谷の凄惨な攻撃に生徒は気持ちが沈んでしまっていた。

 その一方的になぶっている様子はとても直視できるものでは無いのだ。


(おい……

 見てられねぇぞ……

 先生、早く止めた方が良いんじゃねぇか……?)


 生徒の一人がポツリと一言。

 が、先生は誰も声を上げない。


 試合続行という事だ。


「ウェッホゥ……

 これはこれは面白い展開になって来やがった……

 これは値するぜぇ……」


 誰しもが口が重たくなっている中、この状況を楽しんでいる者が一人。

 我鬼崎がきざきである。


 誰も我鬼崎がきざきには話しかけない。

 それは友達がいないからだ。


 我鬼崎がきざきには友達がいない。

 舎弟や取り巻きもいない。


 パンクロッカーの様なその面構えもそうだが、何処か得体の知れない。

 中学2年とは思えない雰囲気を醸し出してる我鬼崎がきざきに誰も話しかけようとはしなかった。


「あ?

 値しねぇ奴が俺に話しかけんじゃねえよ。

 失せろブス」


 これが話しかけてきた女生徒に放った我鬼崎がきざきの言葉である。


 ちなみに”値する”と言うのは口癖。

 我鬼崎がきざきの興味は魔力。


 自分自身のスキルや魔力技術では無く、ただ単純に魔力というエネルギーに興味を持っている。


 珍しいスキルや見た事無い魔力の使い方を目の当たりにすると値すると口にする。

 この興味はもはや興味などと言う枠では収まらない。


 生きがい。

 まさに生きる糧と言える程、魔力に惹かれていた。


 それ以外は全く興味を持たない。


 バスケ部に入部したのも龍驤りゅうじょう学院であれば部活動で魔力が使えると思っていたからだ。


 自分の高身長を活かせ、相手と接触する可能性があるものと消去法で決めた。

 ちなみに龍驤りゅうじょう学院には格技系クラブは存在しない。

 

 特にオタクと言う訳でも無く、敢えてぼっちを選んでいる。

 いや、オタクと言う言葉で括るなら魔力オタクと呼べるかも知れない。


 それが我鬼崎がきざき寂消じゃくしょうと言う男なのだ。


「田中が最初にやっていたのはスキル……

 鳥谷達は対処できずにやられていた……

 が、今はいい様に田中がボコられている……

 ………………

 ウィェホゥッ!」


 誰に聞かせるでも無く一人で呟いている我鬼崎がきざき

 ほとんどの人間が黙っている為、竜司達の耳にも入ってくる。


「こりゃぁ値するぜぇっ!

 魔力ってこんな事も出来んのかァッ!」


 何か気づいた様子。

 竜司もじっと聞き耳を立てている。


 一人色めき立つ我鬼崎がきざき

 それを遠巻きに見ている周囲の生徒。


「おいすめらぎっ!

 何ボーッとしてんだっ!

 声出して田中を応援するぞっ!

 先生から終了の声がかからないって事は続行なんだろっ!?」


 シノケンの声にハッとする竜司。

 一先ず我鬼崎がきざきは置いておく事にした。


「う……

 うん……」


「田中ァァァァッッ!

 頑張れェェェェッッ!

 そんな奴に負けんじゃねぇぇぇっっ!」


 シノケンの声援が響く。


「頑張れェェェェッッッ!

 練習を思い出せェェェッッ!」


「田中君ーーっっ!

 ファイトーーっ!」


 続いて竜司と蓮も声を上げる。


(やだぁ、シノケン君。

 田中なんか応援してるのぉ?

 確かに見てられない程ボコボコになってるけど、田中よォ?)


「ん?

 友達、応援しちゃ悪ィかよ」


 シノケンは自分が決めた事は曲げない。

 誤りを指摘された時は別だが他の人間が何を言おうと自分で決めた事は貫き通す。


 シノケンの中で田中はもう友達。

 友達がピンチの時に応援して何が不自然なのだろうか。


【なあなあ、竜司。

 お前、何叫んでんだ?

 バカみてぇだぞ】


 ここで空気を読まないガレアが竜司に尋ねてくる。

 これは別に悪気があって言ってる訳では無い。


 竜の文化に応援というものが無いから聞いてるだけなのだ。


「これはね応援って言って、声を上げて田中氏を助けてるんだよ」


【ん?

 何か声に魔力でも載せてんのか?】


「人間にそんな事出来る訳無いじゃん。

 僕らはただ声を上げてるだけだよ」


【それが何の助けになるんだ?

 人間って声、張り上げて強くなるのか?】


 いつものキョトン顔を見せるガレア。

 繰り返し言うが悪気はない。


「とにかく人間ってそう言うものなの。

 友達がピンチだったら声を上げて応援するの。

 がんばれーーっ!

 田中ーーっ!」


 応援の効能などよく解らない竜司は早々にガレアへの説明を打ち切る。



 体育館 コート


 

(ハァッ……

 ハァッ……

 どうだぁっ!?

 自分の立場を理解したかぁっ!?)


 鳥谷が息を切らしている。

 これには理由がある。


 鳥谷は田中を痛めつける時の動作を全て無魔力。

 言わば素の力だけで行っていたからだ。


 単純に激しい運動をしたから身体の酸素需要が増加し、息を切らした。


 魔力注入インジェクトを使用した運動と言う物は人間が本来行う運動とは違う。

 身体を動かすエネルギーは集中フォーカスさせた魔力を使う。


 従って酸素も使用しなければ、乳酸が溜まる様な事も無い。

 それでいて超常的な力を発揮する。


 一見良い事づくめの様な気がするがそうでは無い。


 魔力は毒性のあるエネルギー。

 竜河岸と言う人種と使役している竜と言う事で軽減されているが多用すると極度の怠さに見舞われる。


 一度動けない程、怠くなってしまうと竜司の様に一晩寝ないと回復しない。

 回復の速さと言う点では人間の運動の方が優れている。


 ピクッ


 鳥谷の叫びに動かなかった田中の身体が反応。


 ゆっくりと

 本当にゆっくりと立ち上がる。


 ガクガクガク……


 両膝が震えている。

 両眼から涙も伝っていた。


 初めて味わった暴力と痛みに恐怖しているのだ。

 その姿を見てニヤァッと嫌らしい笑みを浮かべる鳥谷。


(ハハァッ!

 何だお前。

 震えて泣いてやがんのか?

 さっきまでの威勢のよさは何処行ったんだよっ!?

 もうとっとと降参しちまえっ!

 今だったら待っていいぜぇっ!?)


 これは仕返し。

 田中の受け入れて発言に対する仕返しである。


 痛みに涙を流し、恐怖に震えているのだ。

 鳥谷はこれでテスト終了だと思っていた。


 しかし……



「こ……

 断るで……

 あります……」



(あ?)


 降伏勧告拒否。

 その言葉を聞いた鳥谷の顔が一瞬で険しくなる。


「断ると言ったんでありますよぉっ!」


(てめぇ……

 俺の優しさを拒否するって事はまだボコられてぇって事でいいのか……?

 お前ドMか?

 オタクでドMってキモさ爆発じゃねぇか)


(別に趣味でいい様にされていた訳ではありませぬよ……

 殴られたり蹴られたりするのは物凄く痛い……

 情けなく泣いてしまう程であります……

 今も怖くて怖くて脚の震えが止まらぬでありますよ……

 しかし……

 しかしこんな情けないそれがしにも応援してくれる友がいる!

 その友が頑張れと言っている以上……

 みっともなく降参する訳にはいかんのでありますよぉぉっ!)


 田中が降伏を断った理由はひとえに竜司達の存在。

 これが全てである。


 田中は先日の魔力技術トレーニングを行うまで自分を過小評価していた。

 卑下と言い換えても良い。


 だが、テスト前二日間のトレーニングによって卑下していた自評を上向かせ、自信の欠片が生まれた。


 竜司らによって見出された手繰ホール・インの使い方や虚弱な自分でも使える魔力注入インジェクトのやり方が要因。


 魔力なんて人並み以下ぐらいにしか扱えないだろうな。

 スキルも大した事無いし。


 こんなネガティブな考えが一変したのだ。


 この自信を与えてくれたのは他でもない竜司達。

 だから竜司達には報いたい。


 恩を返したい。

 そう思い、身体の隅々から勇気の欠片を集めに集めて奮い立っているのだ。


(キモいジメオタの応援でキモオタが勘違いして逆らってるだけか。

 せっかく俺が優しさで許してやろうとしたのによ。

 ハイ、田中ボコりけって~~ッッッ……

 いっっ!!)


 ギュンッッ!


 鳥谷が言葉を締めくくると同時に右脚で強く床を蹴る。

 まだ脚の魔力注入インジェクトは有効。


 超スピードで間合いを詰めて来る。


 ギュッッッ!


 ダッシュを仕掛けたと思ったら、もう田中の目の前まで辿り着き急ブレーキ。


「ヒィッ!」


 突然目の前に立つ鳥谷を見て悲鳴を上げる田中。

 降参する訳にはいかないと言いつつもそれは田中にとって大言壮語。


 田中は親以外に初めて殴られた。


 それにしては魔力注入インジェクトで加速したパンチに加え、床に顔面叩き付け5回。

 更に脇腹へ蹴り。


 少々荷が重過ぎる。


 なけなしの勇気をかき集め咆えては見たものの、やはり暴力がいざ身に降りかかるとなると怖いのだ。

 怖くて悲鳴を上げてしまうのだ。


 ガンッッ!


「グウッ……!」


 鳥谷の右フックが田中の左上腕部に当たる。


 フックとは言う物の形は全く形を為していない。

 腰も回っておらず手打ちの状態。


 鳥谷が田中に向ける猛々しい気持ちのままにただ叩いた。

 そんなパンチ。


 まだ先の田中の方がフォームは綺麗。


 だが、痛い。

 いくら手打ちのフックになり切れていないフックだとは言え、殴られて痛くない訳が無い。


 中学二年の虚弱な男子であれば呻き声を上げて当然。


 ブルブルブルブルッッ


 田中が両腕を震えながら上げる。

 そのまま顔の真横辺りまで。


 ガードの構え。

 その姿勢が更に鳥谷を苛立たせる。


(テメェッ!

 いっちょ前にガードなんかしてんじゃねぇぞっ!

 オラァッ!)


 ドカァッッ!


 今度は田中の右脇腹に鳥谷のボディブローが突き刺さる。

 ガードを上げた事で腹がガラ空きになった為だ。


「ゴホァッッ!」


 脇腹から身体に激痛が伝播。

 息が詰まる。


 二人の間合いは約50センチ弱。

 お互いの拳が届く距離。


(オラァッ!

 オメーみてぇなキモいオタク野郎はなぁっ!)


 ドコッッ!


 鳥谷の拳が左肩に。


(すいませんでした鳥谷さんっつってヨォッ!)


 ボコォッッ!


 お次は右前腕部。

 ガードをしていようとも関係無い。


「グゥッッ……」


(泣きながら降参すんのがお似合いなんだヨォォォッッ!)


 ドコォッ!

 バキィッ!


 ドカァッ!

 ドコォッ!


 鳥谷は苛立ちと荒ぶる気持ちを両手に載せてラッシュを繰り出す。


 が、倒れない田中。

 固まっているのかと思う程ガードの構えを崩さない。


 痛い。

 痛い痛い。

 もう倒れてしまおう。


 いや、駄目だ。


 倒れてしまったらテストは終わる筈だ。

 敗けてしまうけどよくやった方じゃ無いか。


 だけど、敗けてしまったら練習が無駄になる気がする。


 もうこれ以上立っていても火に油を注ぐだけだ。

 相手は自分が降参する事を望んでいる。


 ならばその願いを叶えてやればいい。

 そうすればこの暴力も止まる筈だ。


 田中の心中でネガティブな思惑と抵抗する気持ちとがせめぎ合って混ざり合う。


 ドコォォォッッ!


「ブフェッッッ!」


 田中の顔面に鳥谷の右ストレートが炸裂。


 ダンッッ!


 ズザザザザザァァーッッ!


 ついに倒された田中。

 後方に滑って行く。


 せめぎ合っているとは言ったが若干ネガティブな気持ちが勝っていた。

 それによりガードが下がった所を狙われたのだ。


(ハァッ……

 ハァッ……

 ハァッ……

 ハァッ……

 思い知ったかこのキモオタ野郎ッッ!

 ……ハァッ……)


 大分息が切れている鳥谷。


 無理も無い。

 鳥谷は別に空手等の格闘技を習っている訳では無い。

 部活も何か入っている訳でも無い。


 ただのヤンチャな中学二年男子なのだ。

 ケンカの経験は多少した事がある程度。

 

 鳥谷の不良っぽい気性の荒さは自身が竜河岸であると言うおごり。

 選民思想に似た考えと持つスキルの特異性から。


 俺は選ばれた人間だ。

 竜河岸であり、レアなスキルを持つ俺は誰よりも偉いんだ。


 こんな考えを持っているが故、気が大きくなっているのだ。

 が、努力している訳では無い。


 特に魔力技術の研鑽をしている訳でも無い。

 従って集中フォーカスの技術も稚拙。


 自主練は逆転緘リバーサルの検証で手一杯なのだ。

 だから複数集中フォーカスは出来ても多点集中フォーカスは出来ない。


 テストが始まってから足にしか魔力注入インジェクトを使ってないのが良い証拠である。 



 ###

 ###



 ズッキュンズッキュン


 鼻の頭から大きく鼓動を刻むように痛みが全身に伝播している。

 いや鼻だけでは無い。


 右前腕部や左肩、脇腹。

 鳥谷に殴られた個所から痛みが伝わり、田中の心を削ぎにかかっている。


 痛いなあ。

 物凄く痛いなあ。


 もうこんな痛いのは嫌だ。

 降参しよう。


 これ以上立っても殴られるだけだ。

 もう嫌だ、殴られるのは嫌だ。


 もはや田中の心は折れかけていた。

 頭に巡る思惑はネガティブ一色。


 鼻からは鼻血が吹き、体中のあちこちが痛い。

 為す術無く、鳥谷に殴られるだけだったから仕方無い。


「まいり……」


 田中が小さく降参を告げようとしたその時……



「田中氏ィィィィッッッッ!

 負けるなァァァァァッッ!

 頑張れェェェェッッ!

 練習を思い出せェェェェッ!」



 耳に入ってくる竜司の応援。

 声援を送っているのは竜司のみ。


 蓮やシノケンですら、もう田中の敗北を悟っていたからだ。


 練習?

 昨日、一昨日に竜司達と行った練習だ。


 あれは楽しかったなぁ。

 みんなでお昼を食べて、あぁでもないこうでもないと言い合って。

 あんなに楽しかったのは久しぶりだったなぁ。


 ここで場は予想外の展開を見せる。



 ググッ……

 


 何と田中が立ち上がったのだ。


 鼻は腫れ上がり、顎付近を血で染め上げている。

 先ほどまでは脚だけだった震えが、全身に。


 誰がどう見ても満身創痍。

 これ以上やっても意味が無い。


 誰しもがそう考えるに足る状態。


 ?


 何で僕は立ち上がったんだ?

 もうこれ以上続けたくない筈なのに。


 田中自身も何故立ち上がったかはよく解っていない。


(あぁっ……?)


 だが、時は立ち上がった理由を考える程の余裕は与えてくれない。

 立ち上がった田中を見て、更に苛立ちを募らせた鳥谷。


(テメェェェェッ!

 しつけぇぇぇんダヨォォッ!

 どんだけボコられりゃあ気が済むんだコラァッ!)


 田中の姿に苛立ちを隠しきれない鳥谷。


 大声にも何も反応できず、ただ茫然と立っている田中。

 もはやガードの構えも取っていない。


(テメェェェッ!

 無視してんじゃねぇぇぇっ!)


 ダンッッッ!


 田中が無反応な事を無視と受け取った鳥谷は強く床を蹴り、飛び上がる。

 軌跡は放物線を描き、田中の元まで。


「う……

 あ……」


 猛然と迫ってくる鳥谷に防衛本能が働き、顔を両腕で防ぐ田中。


 ズダァァァァンッッ!


 鳥谷と田中接触。

 倒れこみ、鳥谷が馬乗りになる形になる。


 いわゆるマウントポジション。


(もういい……

 俺はキレたぜ……

 テメーの口から”すいませんでした鳥谷さん、僕みたいなキモオタでは貴方にかないません”って言うまで殴り続けてやる……

 オラァッ!)


 ドコォッ!


 バキィッ!


 ボコォッ!


 鳥谷の攻撃が始まった。

 次々と上から降り注ぐ執拗な攻め。


 田中は顔を両腕で覆ったまま為す術が無い。


「やいやい……

 これはもう止めた方がいいんじゃないか?」


「いえ、まだよ。

 凛子先生、まだ田中の身体には魔力は残ってますよね?」


「そうね、おと先生の言う通り。

 田中君の中にはまだ魔力はあるわ」


「なら、もう少し。

 もう少しだけ続けましょう。

 もし危険だと察知したら私が止めに入ります」


 おとは魔力技術実習の講師。


 凛子の様にスキルで魔力の存在を可視化は出来ないが、今までの田中の戦い方から凡その推測は立てていた。


 少なくとも後、4回ぐらいは魔力注入インジェクトを使える筈。

 なら、まだ挽回できる。


 おとはそう考えていた。

 だが、十拳轟吏とつかごうりが止めようとしているのも解る。


 かなり際どいライン。

 田中で無ければ終了させている。


 おとは田中を評価していた。


 自身が虚弱で魔力蓄積量が低い事を考慮した上で立てた魔力注入インジェクトの使い方を。

 スキルの機能、特性を巧みに利用した戦い方を。


 1VS3と言う不利な状況でも挑んだ気概を。

 殴られても殴られても立ち上がる勇気を。

 

 おとは評価していたのだ。


 が……


 バキィッ!


 ドコォッ!


 依然として鳥谷の殴打は続いている。

 もう気を失ったのでは?


 どうする?

 止めるべきか?


 ドカァッ!


 ボコォッ!


 葛藤するおと


 ドカァッ!


「もう……

 限界か……

 残念だわ……

 しゅ……」


 おとがテスト終了を告げようとしたその時。

 場が終結へと急転直下する。



 ドンッッッッ!!



 突如。

 唐突。


 鳥谷の身体が浮かび上がった。


 ドシャァァァッッ!


 緩い放物線を描き、鳥谷の身体が飛び上がり床に倒れた。

 場は静寂。


 誰しもが何が起きたか理解していなかった。

 先生すらも。


 何が起きたか、いち早く察知したのはおとだった。

 見ると田中の右腕が縦になっている。


 拳も握られて。

 つい先程まで護る為に顔を覆っていた筈の右腕が立てられていたのだ。


 ピク……

 ピク……


 鳥谷は何も喋らない。

 薄く痙攣しているのみ。


 気絶している。


 ニッ


 おとが薄く笑った。



「テスト終了ッッ!」



 高らかにテスト終了宣言。

 ここに田中のテストが終わりを告げた。


「凛子先生っ!

 鳥谷達をお願いしますっ!

 私は田中をっっ!」


「わかったわ」


 おとが田中の傍へ駆け寄る。


 が、田中は右腕を立てたまま微動だにしない。

 気絶している。


 更に右手首に大きな痣が出来ている。

 内出血による痣。


 これは骨が折れているとおとは判断した。


 フッ


 それを見たおと

 気を失ってる田中を見つめ再び薄く笑う。


「よくもまあ……

 こんな状態になってまで……

 …………

 田中、よく頑張ったわね」


 おとは誰にも聞こえない程の小声で田中に労いの言葉を贈る。

 本人にすら届いていない言葉。


 おとは教師。

 生徒には分け隔てなく平等に接しないといけない。


 が、田中の奮闘ぶりには教師としての姿勢を飛び抜ける程、感銘を受けていた。

 おとは田中を抱き起し、凛子の元へ。


「凛子先生、鳥谷はどうですか?」


「大した事無いわ。

 軽い失神を起こしてるだけ。

 それよりかは須藤君と太田君の方が重症かも。

 見事に脳震盪を起こしてるから」


 マットに寝かされる三人。


「田中も診てやってくれないですか?

 多分骨が折れてます」


「わかったわ。

 田中君の竜を呼んできて頂戴」


「わかりました」


 やがて、別室待機していたトロトンが呼び出される。


【ゲッ!?

 イチッ!

 お前ボッコボコじゃねぇかっ!?】


 やってきたトロトンが田中が顔面を大きく腫らし血塗れになっている様を見て、目を丸くして驚いている。


「フフ……

 田中君は頑張ったのよ。

 目が覚めたらホメてあげてね。

 さぁ貴方のご主人様を治療するわよ。

 協力して頂戴」


【協力ったって何すんだ?】


「別にあなたは何もしなくていいわ。

 ただ立っているだけで。

 グース」


【はい、主人マスター


 グースが凛子の傍に身を寄せる。

 その真珠の様な鱗に右手を添える凛子。

 魔力補給の為だ。


「ふう……

 ちょっと貴方。

 こっちに来て」


【ん?

 俺か?

 何だ?】


 トロトンも同様に身を寄せて来る。

 鮮やかな黄緑色の鱗に左手を添えた。


調律チューニング…………

 はい、準備OK。

 まずは顔の腫れから……」


 取り込んだ魔力を調律チューニングによりトロトンの魔力へ調節。


 流れる様に手をかざす凛子。

 掌から魔力が放射されているのだ。


【ん?

 おお?

 何かおもしれぇ!

 赤い岩みてぇになってたイチの顔がどんどん元に戻って行くぞっ!】


 見る見るうちに腫れが引いて行く田中の様子をみて面白がるトロトン。


「フフ……

 もう少しで貴方のご主人様は元に戻るわよ……

 フウ、顔の腫れはこれで大丈夫っと……」


 すっかり田中の顔の腫れは引いていた。

 時間にして約五分。


 こうして田中の治療は進んで行く。

 やがて、ある程度治療が進んだ段階で4人は保健室に運ばれて行った。


「テストを続行するっっ!!」


 何事も無かったかの様にテストは進んで行く。



 体育館 観覧席



すめらぎ、まだ当たらねぇな」


「うん……

 こう言うのってとっとと済ませたいんだけどなぁ……」


 テストはどんどん進行して行く。


 オタクの田中ですら出来たんだと張り切って模擬戦にのぞむ生徒。

 3VS1で為す術無くボコボコにやられてしまう生徒。


 様々だった。

 中には田中と鳥谷達の戦いを見たせいか、棄権する生徒も少なくなかった。


(やっぱり普通はあぁなるよなあ……

 じゃあ田中は凄かったって事か……?)


 変則マッチを組まれた生徒が為す術無くボコボコにやられた様を見た他生徒の一言である。


 ほんの少しではあるが田中を見直す空気が中等部2年全域で流れつつあった。


「ここで1時間の昼休みを入れるっ!」


 おとの声が響く。

 ある程度テストが終わり、昼休み。


 竜司達は持参した弁当を広げ、昼食開始。


「モグモグ……

 でよ、すめらぎ

 田中のテストはありゃあ一体どうやって決着ついたんだ?」


「僕も良く解らない。

 モグモグ……

 多分、鳥谷がいい様に殴ってる隙をついて田中氏が魔力注入インジェクトを叩き込んだんだと思う……

 けど」

 

「けど何だよ」


「いや、威力がちょっと引っ掛かってね。

 田中氏が僕の立てたプラン通りに実践しているなら使用した魔力は本当に極々微量なんだ。

 なのにあんなに飛ぶかなあって思って。

 手も振り抜いてないし」


 竜司の疑問は正解と言える。

 確かに田中が使用した魔力は極々微量。


 いくら魔力注入インジェクトをかけたといっても全くスピードも無く寝転んだ体勢で殴って中学2年の男子があそこまで吹き飛ぶと言うのは考えにくい。



 だが、それは魔力注入インジェクトが1回だけだったらと言う場合。



 田中が最後に放った発動アクティベートの一撃は実に3連発。

 聞こえた衝撃音は1つ。


 となると田中は3回の発動アクティベートをほとんど隙間無く使用したと言う事。


 田中が使用したのは多段発動アクティベートの上位技術。

 同位置に在る魔力を次々と使用。


 鳥谷が吹き飛んでもおかしくない衝撃だったのだ。


 且つ薄れゆく意識の中、集中フォーカスで足に集中させていた小さな魔力球を全て右拳に集め直していた。


 田中が無意識下で行った魔力技術は全て高等部レベルのもの。

 これらを含めるとしたなら竜司、シノケン、蓮以上の魔力技術を有していると言う事になる。


「確かにね。

 それでも現実として吹き飛んでるんだもの。

 何か秘密があるかしら?」


 竜司を始め、シノケンや蓮も一体何故、鳥谷が吹っ飛んだのかは解らない。


「まあ、テストが終わったら本人に何をしたか聞いてみようよ」


「そうね」


 こうして、長いようで短い昼休みが終了する。



 ###

 ###


 

 午後12時55分



 キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴った。

 昼休み終了の鐘だ。


 ふう、お腹もいっぱい。

 そろそろ僕が呼ばれるのかな?


「テストを再開するっ!」


 おと先生の声で午後のテスト開始だ。

 観覧席も少し人数が減ったかな?


 多分、敗けて保健室送りになった人が増えたからだろう。

 僕とシノケン、蓮はコートを見降ろす。


 さっそくおと先生が箱に手を入れ、引いた札を読み上げた。


「竜、随伴っ!」


 おや?

 初めての札だ。


 今まで出て来た魔力の札は“事前補給”と“公開補給”のどちらか。


 ■事前補給


 別室に入って各自補給してからテスト開始。

 田中のテストがそうだった。


 ■公開補給


 別室に行かず、各自その場で補給しテスト開始。


 二つの違いは補給の具合が解るかどうか。

 もし仮に田中が公開補給だった場合、かかってる時間で何か仕込んでいるのかもと警戒されるかも知れない。


 逆に魔力補給をせず手を添えるだけのポーズを見せてハッタリをかましたりとかも出来る。


 まぁ今までのテストではそんな事やってそうな奴はいなかったけど。


 皆、言われるまま。

 馬鹿正直に魔力補給してるって感じだ。


 今回引いた札に書かれている竜随伴。

 直訳すると竜を連れてテストを受けても良いって事かな?


 続いて人数の箱に手を入れた。

 札を取り出し、読み上げる。


「1VS1っ!」


 お?

 戦力差は無しだ。


 来い!

 僕を引け!


 続いてスキルの箱から取り出した札には……


「回数制限、3回っ!」


 僕のスキルは全方位オールレンジ

 火力などを持たない索敵スキル。


 正直この箱は何でも良い。

 肝心なのは次だ。


 引け!

 すめらぎ

 来い!


 おと先生が四番目の箱に手を入れた。


「神田ッ!

 山地っ!」


「はぁ~……

 また僕じゃ無かった……」


 僕は頭を垂れて肩を落とす。


「えーっ!

 竜随伴とはテストを使役する竜と一緒に受けると言う意味ですっ!

 事実上、半永久的に魔力補給が可能と言う事っ!

 ただ、竜が相手を攻撃する事は禁じます!

 それは各々自身の竜に言い聞かせて置く様に。

 それでは各自準備に取り掛かりなさいっ!」


 おと先生の号令で生徒が動き出した。

 それぞれの竜の元へ。


 ん?


 何か言い争い……

 なのかな?


 上からだと良く解らないけど何か竜とワチャワチャやってる。

 こう言うのも査定の一部に組み込まれるのかな?


 そうこうしている内にテスト開始。


 結果は本当に簡単に。

 あっけなく。

 すぐに終わった。


 開始早々、山地が発動アクティベートを使って神田に飛び掛かって、勢い付き過ぎて止まらず衝突。


 もみくちゃになって気が付いたら神田がマウントを取る形に。

 それで一撃喰らわせて終了。


 放った攻撃が魔力注入インジェクトかスキルかは良く解らない。


 せっかく竜と一緒に始まったテストだったのに。

 竜は特に出番は無く終了しちゃった。


 でも何もこのテストだけじゃないんだ。

 ほとんどの人が札の理不尽なルールに翻弄されるか上手く利用出来ずに終了してる。


 上手く使ったって言えるのは田中ぐらいだ。

 いや、贔屓とかじゃ無くてね。


 そんなこんなでテストは進行して行く。



 午後2時35分



 まだ呼ばれない。

 正直飽きて来た。


 どれもこれも似たり寄ったりの内容ばかり。


すめらぎ

 お前、呼ばれねぇな」


「うん……

 やっぱりクジ運が悪いのかな?」


 そんな事を言っていた矢先……


 魔力の札。


「竜随伴っっ!」


 人数の箱。


「1VS2っ!」


 おや?

 今度は戦力差がある形か。


 スキルの箱。


「回数制限っ!

 3回っ!」


 生徒の箱。

 まずは二人から。


我鬼崎がきざきっ!

 原田っ!」


 あ、あの危険な奴か。

 我鬼崎がきざきと闘う奴は一体誰だ?


 おと先生が二人と対決する一人を引く。

 それを僕は何処か他人事の様な気持ちで見降ろしていた。


 が……



すめらぎっ!」



 へ?


 ピシッ


 身体が強張る。

 緊張の波が急襲。


 え?

 僕?


 ここでか。

 また何でよりにもよって我鬼崎がきざきとマッチングするんだ。


すめらぎ……

 気を付けろよ……

 アイツはかなりヤベェ奴だ……」


 シノケンが僕を心配して声をかけて来た。


「さっきシノケンから聞いているし、さっきの様子からも解ってるよ。

 あまり言わないで……

 結構凹んでるんだから……」


 だけど僕はよりにもよってと言う気持ちが強く、テストを受ける気持ちを作るのにいっぱいいっぱいだった。


「竜司、大丈夫なの?

 あの我鬼崎がきざきって人、隣のクラスだから良く解らないけど……

 見た感じかなりヤバそうな人よ?」


 蓮も心配している。


「だからあんまり言わないでってば。

 決まった以上やるしか無いでしょ?

 こう言う理不尽な事に対抗できる様にって言うのがテストの意義らしいし」


 スッ


 僕らが話している横から我鬼崎がきざきが通り過ぎて行った。

 咄嗟に避ける僕ら。


 近くで見ると改めて解る。

 こいつ、デカい。


 しかも僕らの方を全く見ていない。

 真正面を向いて薄く笑いながらコートへ降りて行った。


 あいつとやりあわないといけないのか。


 我鬼崎がきざきは絶対殴る奴だ。

 ますます凹んで来る。



 けど……



 ピシャァッッ!


 僕は思い切り両手で頬を打つ。

 気合を入れる為だ。


 田中ですらあんなに頑張ったんだ。

 それなのに僕が棄権しては格好がつかない。


 やるしかない。


 危険そうな奴だろうとも。

 1VS2と言う不利な状況だろうとも。


 受けるしかない。


「ガレア、行くよ」


【ん?

 何処行くんだ?】


 ガレア、キョトン顔。


「テスト受けに行くんだよ。

 ついといで」


【何で俺もケツト受けんだよ。

 俺は馬鹿じゃねぇぞ】


 何かガレアがめんど臭い事を言ってる。


「何もガレアが受けるとは言って無いだろ。

 受けるのは僕だけだよ。

 ガレアは……

 言ったらお手伝いかな?」


【ん?

 俺は手伝ったら良いのか?】


「うん。

 あと僕がやられそうになっても手を出しちゃ駄目だよ」


【やられそうってお前ケンカしに行くのかよ。

 良く解んねえなあケツトって】


「まあまあ、そう言わずに付いて来てよ。

 ね?」


【おう、何か良く解らんが分かったぞ】


 何かガレアとのやり取りですっかり気が抜けてしまった。

 せっかく両頬まで打って気合いを入れたのに。


 まあガレアもいるんだし何とかなるかな?


 続く

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