200回記念 私立龍驤学院⑦
まずは僕と田中で防御の
蓮とシノケンが複数
後半は僕とシノケンで多段
田中は防御の
蓮は田中のフォロー。
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蓮、シノケン組
「えっと……
まず私がやったのは一つずつ魔力を吸収して行く所から。
ここから篠原君もやってみましょうか?」
「おっ……
おうっ!
いっ……
一回ずつだなっ……!
えっと……」
蓮がレクチャーを施す。
が、シノケンはガチガチになってしまっている。
無理も無い。
目の前に居る女の子は自分の好きな子なのだから。
「焦らなくても良いから丁寧に魔力量をイメージしてね。
取り込んだ魔力は両脚にそれぞれ
もちろん二つの魔力量は同等よ」
好きな子の前で緊張しているのを焦っていると取った蓮はコツを説明。
今やろうとしているのは複数
主に移動の際に重宝する。
場合にもよるが基本各部位、同量の魔力で行う。
「わ……
わかった……
じゃあ肉まん一個……
肉まん一個……
アザッス……」
「プッ……
なあにソレ」
「いや……
魔力量を決める為に何か想像出来るモチーフがあった方が良いって言うからよ……」
「確かにそれはそうだけど、何で肉まんなのよ」
「俺が部活終わりの時によく喰うからだよ……
えっと……
肉まん一個……
肉まん一個……
アザッス……
そんで右脚と左脚に……
ダイレクトパス…………
おっ?
多分出来たぜ」
このシノケンが呟いたダイレクトパスと言うのは
「相変わらず
ここで私は両脚に意識を集中させて
じゃあやってみてくれない?」
「わかった……」
魔力が体内に入るとシノケンも落ち着いて来た。
顔も真剣な表情に変わる。
「
ダァァンッ!
シノケンが強く地面を蹴る。
瞬間、弾丸の様に飛び出す。
「ウワワワワァァァァッッ!!」
ズデェッッ!
ゴロッ!
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロォォォッッッ!
余りのスピードに体勢を崩し、つんのめり激しく地面を転がって行くシノケン。
初めて
超高速移動に身体が慣れていないのだ。
「ちょっ!?
ちょっとっ!
篠原君っ!
大丈夫っ!?」
盛大に転がって行ったシノケンに慌てて駆け寄る蓮。
「イテテ……」
「また派手にスッ転んだわね。
もしかして
仰向けに転がっているシノケンを見降ろす蓮。
「あぁ……
ホントにダッセェ……
先生に教えてもらう物だけしかやって来なかった……
俺達が使ってる魔力ってホントにすげぇ力があるのによ……」
シノケンは猛省した。
自身のやってきた練習はあくまでも復習の真似事だったと痛感したのだ。
ただ教わった事を何も考えずに反復していただけ。
思考停止した状態で行っていた。
しかもそんな熱心にでは無い。
こと魔力と言う力は想像がモノを言うエネルギー。
思考停止した状態で使用してもほとんど意味が無い。
従ってシノケンが一人でやっていた自主練はやってもやらなくても同じだったと言う事である。
魔力技術の練習で一番重要な事は発見、検証、考察。
新しい魔力の効果を体験。(発見)
その効果がどういう状況で起こるのか確認。(検証)
そして何故そうなるのかを考える。(考察)
勿論この三つを全て行う練習と言うのはあくまでも理想形。
今のシノケンの様にただ慣れていないだけと言うケースもある。
ただ、発見も検証も考察も行わないのであればこの解にすら辿り着かない。
「今、気付いたんだし良いんじゃない?
その失敗した時とか謝らないといけない時とかにきちんと行動出来るのは篠原君の良い所だと思うわよ」
「そ……
そうかな?」
好きな子に褒められて少し嬉しいシノケン。
ただ状況は自分が寝っ転がっていてそれを好きな子が見降ろしている。
褒められた点もあまり色気は感じられないが。
「どうする?
まだ続ける?」
ガバッ!
練習続行の可否を聞かれ、勢い良く起き上がり続行の意志を示すシノケン。
「おうよっ!
どんどんやってやるっ!
んで今日中に
こうしてシノケンは蓮の見守る中、練習を繰り返すのであった。
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竜司、田中組
「さて……
防御の
これがかなりタイミングがシビアだった……
僕もまだ一回しか成功してないし」
「ほうほう、タイミング巧者として誉高い
わかりもうした。
物は試し。
一度やってみるでありますよ」
ちなみに今言っているタイミングとはゲームの話。
僕はゲームで出てくるタイミングを取る操作がかなり得意。
いわゆる目押しって奴。
「うん、魔力量はどのくらいで行く?」
「5萌え萌えで行くであります」
この訳の解らない言葉は田中の魔力量モチーフ。
萌え萌えが小魔力。
きゅんきゅんが中魔力。
それ以上になるとウォンチューになるんだって。
単位はそれぞれ10まで行くと変化
つまり5萌え萌えとは小魔力の半分って事らしい。
正直僕もオタクだけど、この魔力量モチーフは解らない。
シノケン以上に解らない。
田中は僕以上に声優アイドルとか好きだからなあ。
「小魔力の半分だね。
解った」
それを平然と受け入れる僕もどうかと思うが。
「さて、具体的にどの様に行えばいいのでありましょうか?」
「それなんだけど変則的な手合いをしてみようと思う。
僕は通常通り、拳をゆっくり前に突き出すから田中氏はそれを胸で受け止めるってのはどうだろう?」
「なるほど。
胸に接触する瞬間に
「そう言う事。
じゃあ始めようか。
ガレア」
【ん?
何だ、竜司】
のしのしとガレアが傍に寄ってくる。
「ちょっと、魔力補給させて。
……15キロ」
僕の頭の中ではデジタルスピードメーターが浮かんでいる。
ゆっくりと秒読みの様に数字が増えていく。
15キロまで到達。
ここでキープ。
ムンニョン
ガレアの鱗から魔力球が染み出てくる。
フヨフヨと僕に近づき、そして体内に吸収。
続いてイメージしたのは圧縮機。
体内に入ってきた魔力を圧縮し、閉じ込める。
続いては目的地から引っ張るイメージ。
体内の魔力が移動し、右拳に行くのが解る。
準備完了。
「田中氏。
準備できたよ
そっちはどう?」
「こちらも出来たでありますよ」
僕は田中と向かい合う。
ゆっくりと右拳を前に。
「田中氏。
僕、割と大きめの声で
「……承知。
しかし、緊張するでありますな……」
ゆっくり近づいていく僕の右拳。
あれ……?
このままやると言う事は……?
ここで重大な事に気が付いた。
「……あの……
さ……?
田中氏……?
自分で提案しててアレなんだけど……
これって……
もし失敗したら……
大怪我しちゃわない……?
田中氏が」
一瞬。
一瞬時が止まった気がした。
田中の坊主顔が見る見るうちに青ざめ、ナスの様に。
「うわぁぁぁぁぁぁーっっ!
パニックに陥った田中。
狂った叫び声。
手合いと言う練習方法は一度始まると止められない。
先生が言ってた。
理由は
魔力って自分の意志で様々な形に変化するエネルギーだけど、基本的に一度変わったらそのまま。
使用寸前に何らかの事情で用途変更をしてしまうと、反動が来るって言ってた。
これは使役している竜が持つ魔力の質が関係あるらしい。
稀に唐突な用途変更でも反動が無い魔力を持つ竜も居るんだって。
それを先生は柔らかい魔力って表現してた。
「あぁあぁああぁーーっっ!
田中氏ィィィィッッ!
ここまで来たらもう止めれないィィィッッ!
タイミング取り、しくじるなよぉぉぉぉぉっっ!」
ゆっくりと田中の胸に近づいていく僕の拳。
「あああああああああーーーっっっ!」
「なぁぁぁぁぁぁぁーーーっっ!」
お互い半狂乱の叫び。
胸までの距離は15センチを切った。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁーーっっっ!」
「らあぁぁぁぁぁぁーーっっ!」
残り5センチ。
お互いもう言葉が作れない。
叫び声をあげるのみ。
もし失敗したら……
場所が場所だけに最悪、田中は……
死ぬ。
「はああああああーーーっっ!」
田中はもう涙目。
「んきゃあああああーーーっっっ!」
「
バキィィィィィィィンッッッ!
短い衝撃音が一瞬響く。
二人の声はシンクロした。
これは上手くいったのでは?
ズザザザザザァァッァァァッッ!
後ろへ激しく滑る田中の身体。
が、倒れてない。
「ハァッ……
ハァッ……
ん……?
おおっ!
痛くないっ!
全く痛くないでありますよっ!」
お?
成功した様だ。
何にせよ田中が怪我をせずに済んで良かった。
しかし……
「ねえ、田中氏……
ちょっとこれ、やり方考えた方が良いかもね……」
「左様……
練習でこんな危険な目にあっていたら命がいくつあっても足りないでありますよ」
でもよくよく考えてみたら中止する方法はいくつかある気がする。
例えば狙いを外して
軌道を変化させて地面に打ち付ける様にしたら良かったんじゃないか?
でも、毎回そんな事をやっていたら練習にならない。
「あの……
僕が考えている所、田中が口を開く。
「ん?
田中氏、どうしたの?」
「手合いと言う練習方法は何も立ってやる必要は無いのではござらんか?」
「どう言う事?」
「例えば二人近づいて座り、お互いの手を近づける感じでは駄目なのでありましょうか?」
僕は考えた。
確かに田中の言う通りだ。
手合いの目的はお互いの
つまり、必要なのはお互いの拳のみと言う事。
別に体勢は問題じゃない。
多分お互い立って構えるのは
けど、田中が習得したいのは防御の
普段やる手合いとは少々目的が違う。
「いや……
多分、大丈夫だと思う。
ならこうしよう。
まず形としては近くにお互い座る。
田中氏は右手に魔力を
それに僕が拳を合わせる感じでやってみよう。
これなら失敗しても怪我をする可能性は低くなるんじゃないかな?」
「なるほど、さすがは
それで一度やってみましょう」
方針が決まった。
座りながらの手合い。
僕ら二人は先ほどと同等の魔力補給を終え、それぞれ右手に
近づき、その場に座った。
「じゃあやるよ。
田中氏、準備はいい?」
「いつでも来るでありますよ」
スッ
そう言って、右手を上げて指を広げた田中。
僕はその広げた右掌に握った拳を近づけていく。
あと3センチ。
距離が近いからすぐだ。
接触寸前。
「
「
あ、ズレた。
刹那に浮かんだ言葉。
バキィィィィィンッッ!
ズダンッッ!
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロォォォォォッッ!
衝撃音が鳴ったと思った瞬間、田中の右手が消えた。
いや、田中自身も消えた。
田中は激しく後方へ転がって行ったんだ。
「田中氏ィィィィィッッッ!」
仰向けで息絶えた様に倒れている田中。
僕は素早く立ち上がり、田中の元へ。
「す……
ナイス……
ガクッ……」
ゆっくりと顔を上げ、少し微笑みながら死に際の漫画キャラみたいなセリフを吐く田中。
今にもサムズアップをしそうな勢い。
「田中氏ィィィィィィッッ!
……って
冗談言ってる場合じゃないでしょ。
大丈夫?」
ヨロ
ふらつきながらも何とか起き上がれた田中。
「アハハ、派手に転びはしましたが言う程ケガはしておりませんですぞ。
受けた右手も痛くありません」
これはどう言う事だろう?
ダメージは相殺できたが衝撃全ては殺しきれなかったって事だろうか。
「ホッ……
良かった」
僕は胸を撫で下ろす。
「しかし物凄い衝撃でしたな。
「……多分、手合いを立ってやるのって
竜も後ろにいれば受け止めてもらえるし。
これ、やっぱり立ってやった方が安全だよ」
手合いを立って行う理由は衝撃を殺す為。
多分意味合いは合ってるんだろうけど、僕の見立てが甘かった。
体勢を変えただけで解決する程、衝撃は甘くなかった。
魔力なんて訳の解らないエネルギーを使ってるんだから当然と言えば当然か。
「かも知れませんな……
しからば、お互い立って
そこに
やり方自体は先程とあまり変わりない。
座っていたのを立っただけ。
まあこの辺りが妥当かな?
「うん、それがいいかもね。
じゃあやってみよう」
僕と田中は向かい合う。
次も同様。
お互い小魔力を補給し、準備済。
田中は僕に向けて右掌を広げている。
その掌に僕の右拳をゆっくり。
ゆっくりと近づけていく。
距離は後30センチといった所。
ゆっくり。
じわりじわりと近づいて行く僕の拳。
残り3センチを切った。
接触寸前。
「
「あっ……
あ、ズレた。
バキィィィィィィィンッッ!
響く衝撃音。
「ウワァッッッ!」
同時に吹き飛ぶ田中。
ガシッ
が、今回はトロトンが見事キャッチ。
【おっと。
大丈夫かよイチ】
「ふう……
驚いたであります……
ありがとうトロトン」
僕は傍へ駆け寄る。
「田中氏、タイミングがズレてたよ。
大丈夫?」
「あぁ、トロトンが受け止めてくれたでありますからな。
身体は何ともござらん」
「良かった。
じゃあこの形で練習を続けようか」
「承知」
こうして僕らは練習を続けた。
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午後3時12分 蓮、シノケン組
「
ドンッッッ!
シノケンが強く地を蹴る。
身体が弾丸の様に発射される。
真っすぐ真一文字に駆け抜けるシノケン。
ドンッッッ!
飛んでいるシノケンは更に地を蹴った。
速度増大。
角度を付けたため、軌道が急速変化。
鋭いL字を描く。
ズザザザザァァァーーッッ!
シノケン着地。
大きく地を滑って行く。
この3時間ですっかり高速移動に慣れてしまったシノケン。
随分早いなと思われる読者もおられるかも知れない。
魔力技術関連の習得に重要な事は慣れ。
慣れから起こる認識が肝要となる。
常人では考えられない程のスピードで動く。
まず、この事に身体や感覚が慣れていき、そこから認識が生まれる。
自分はこの速度で動けるのだと。
この
足に魔力を集中し、使用するだけなのだから。
もちろん突き詰めれば奥の深い動作ではあるが。
簡単な所作であれば慣れるのにさほど時間はかからないのだ。
もちろん、人にもよるが。
「どうだい、新崎さん?
俺の華麗な動きはよ」
蓮の元へ帰ってきたシノケンは得意気。
「うん、まあ出来てるんじゃないかな?
じゃあ次は交代して複数
おーいっ!
竜司ーっ!」
だが、そんなシノケンを歯牙にもかけず、竜司を呼びつける蓮。
「ん?
蓮ーっ!?
どうしたのーっ!?」
「そろそろ交代しないーっ!?」
「えぇっ……
俺はもうちょっと新崎さんとやっていたいのに……」
まるで事務仕事の様に淡々としている蓮に残念そうな表情のシノケン。
田中と竜司も練習を一旦中断。
蓮の元へ歩み寄ってくる。
「そっちはどんな感じ?」
「ヘヘヘ……
聞いて驚け
俺はもう
「へえ……
まだ3時間ぐらいしか経ってないのに凄いね」
「だろ?」
こんな会話をしつつも内心は蓮から賞賛の言葉を言ってほしかったシノケン。
「そっちはどうだったのよ」
「こっちはちょっと苦戦気味かな?
なかなかタイミングを掴むのが難しいみたいで。
成功率は4割って所かな?」
魔力技術の習得でタイミング取りが一番難しいと僕は思う。
高速移動下での
高速移動下の場合、更にタイミングがシビアになる。
蓮の様に
防御の
練習は言わば起爆寸前の爆弾を受け止める事と同じ意味。
タイミングを掴む為には反復練習しかない。
練習を繰り返し、タイミングを体に覚えこませるしか無いんだ。
「じゃあ私が田中君と防御の練習ね。
どんな感じでやってたか教えて」
「うん、あのね……」
僕は蓮に田中とやっていた練習方法を説明。
「それを反復して、成功率を上げればいいのね。
わかったわ」
「じゃあ、僕はシノケンと多段
蓮、ズラした時の状況を教えて」
「うん、私が使ったのは少等部校舎の中。
暮葉の追撃から逃れる時」
「室内で使ったの?
大丈夫だった?」
逃げる為に
それを室内で使うと言う事は衝突。
つまり自爆の可能性も強まると言う事。
「うん、私には
ぶつかりそうになった瞬間に両腕の魔力を
なるほど。
それで衝撃を殺しつつ、軌道を変えたと言う事か。
何とも強引な力技だなあ。
女の子なんだから。
「何でわざわざそんな動きを?
真っ直ぐ逃げれば良かったんじゃねぇのか?
緊急措置だったのか?」
「いや、もともとこの動きで逃げ続ける気だったわよ。
イケるならある程度、
それに真っ直ぐ逃げても多分簡単に追い付かれちゃうわよ。
暮葉ってホントに速いから」
「マ……
マジかよ……
もちろんそれ、
シノケンが驚き、言葉を濁している。
だから暮葉さんとは何もやり合わないってば。
「多分、蓮は相手が素早く動けても方向とかを急変化は出来ないって考えたんじゃない?
だから敢えて狭い場所に誘い込んで近距離で挑んだんじゃないの?」
多分暮葉さんは素早く動けても制動性はどうなんだって所を疑ったんだろうな。
あの性格だし。
室内に逃げ込んだならそのまま隠れる等して時間を稼いでも良かったんだろうけど、これは魔力技術のテストだからなぁ。
多分あまり意味が無い事に気付いたんだろう。
だから勝ち目の少しでもある策を考えて挑んだ。
でも僕はゴリ先生と野村さんとのやり取り見てたから解ったんだけど、蓮はテスト中に気付いたのか。
逃げ続けると言う緊張状態の中で凄いとは思う。
けど、僕なら逃げると言う事を策に組み込んだ上で考えるから近距離で挑むなんかしないけどな。
絶対に距離は取る。
場所は高等部校舎か少等部校舎。
真っ直ぐ長い一直線の道が良い。
暮葉さんは視力が良いんだからクソ長い校舎の端と端でも充分視認出来るだろう。
端から暮葉さんを挑発して向かって来ると同時に上階へ移って反対方向へ進む。
もちろんこの時は
それを繰り返せば相当時間と魔力を稼げると思うんだけど。
暮葉さんに挑むって発想が出る辺り性格の違いかな?
「うん、大体そんな感じかな?
けど、やっぱり甘かったけどね。
私の思惑を遠く飛び越えた動きだったわ。
本気を出した暮葉に簡単に捕まっ…………」
ここまで割と饒舌に話していた蓮。
急に口が止まる。
同時に耳が赤くなり、そこから頬。
顔全体へと赤みが急速に広がって行く。
何だ急に……
あ、またお姫様抱っこを思い出したのか。
「蓮ッッッ!!
そう言えばそんなに室内で
僕は強引に話題転換。
別に周りの被害なんてどうでもいいっちゃあどうでもいい。
フィールドを指定したのは先生。
言わば学院側。
多分魔力による破損も修復する方法があって選んでる筈。
これは蓮の注意を他に逸らして恥ずかしさを忘れさせる為だ。
割とめんどくさい奴だったんだな蓮って。
「あっ……
あぁ……
もう私達の居た所なんてボロボロよ。
窓ガラスもバリバリに割れてるし。
でもそうなる事も含めた上で学院全体って言ったんじゃないの?
先生も」
蓮も気付いていた。
まあ、別に驚く様な事じゃない。
見ると顔の赤みはひいている。
「そうだよね。
じゃあ多段
「いいわよ。
コツって言うかそんな難しい事じゃ無いんだけどね……」
僕は蓮に多段
後半開始。
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竜司、シノケン組。
「さて、シノケン。
始めようか」
「おう。
で、どんな感じでやる?」
僕は考える。
まずこの練習は明後日に控えているテストに活かせないと駄目だと思う。
で、この多段
ならばやる練習としては脚に
これをワンセットとして反復って感じかな?
「……って感じでやってみようか?」
「なるほどな。
繰り返してやるのに何か意味あんのか?」
「タイミングを掴むってのが大きいけど、それよりも僕的には素早い
「タイミングは解るけど、
「そんな事無いよ。
僕達はまだガッツリ
言ったら
多分テストになったらそうはいかないんじゃない?
相手も良い得点取ろうとして必死だろうし。
それに漠然と
使う時って集中させた箇所にもう一度意識を向けて、モチーフを浮かべて、それでようやく使えるって感じじゃない?
これをもっと短縮させて意識を向けずともモチーフを浮かべたら使えるぐらいにまで昇華させた方が良いんじゃないって思うんだけど」
「……お……
お前、相変わらずこう言う時はすんげぇ喋るよな。
解ったよ。
それじゃあまずやってみようぜ」
「うん」
僕らは竜から魔力補給。
量は小。
これを右脚、右拳にそれぞれ
準備完了。
「よし、準備出来たぜ。
「うん、僕も出来たよ」
僕らはとりあえず広場の端の木々を標的とした。
距離はおおよそ15メートルぐらい。
ここから
果たして理想通り上手く行くか。
「じゃあ、やってみようか?」
グッ
僕らは腰を落とし構える。
つま先は真っすぐ先の木々に向けられている。
「
僕とシノケン。
声がシンクロ。
ドンッッッッッッッッ!!
強く地を蹴る。
大砲の様に前へ飛び出す二つの身体。
周囲の景色がすっぽ抜けた様に後ろへ。
目標の木が一瞬で大きくなる。
あ、マズい。
思ってた以上に速い。
腕の振りが間に合わない。
「うわぁぁぁぁっ!」
ドカァッッッッ!
僕は木を殴る事無く衝突。
拳を振るう所か危機感が働いて咄嗟に右手で顔を庇っていた。
「いてて……」
僕は起き上がり、右腕を擦る。
物凄い超速でぶつかったにも関わらずあまり痛くない。
これはどう言う事だろうか?
意識を右拳に向けるとまだ魔力が存在しているのが解る。
まだ
それは解るんだけど、何であまり痛くないのかが解らない。
何か理由があるのだろうか?
それにしても盛大に大失敗したもんだ。
これは思った以上にタイミングが難しいかも知れない。
あ、そうだ。
シノケンはどうなった?
僕は隣に目を向けた。
!?
シノケンが声を発さず
「シノケンッッ!?
大丈夫ッッッ!?」
僕の声を聴き、シノケンがゆっくりとこちらへ振り向く。
その顔は蒼白。
「
もしかしてやっちまったかも知れねぇ……」
シノケンは右手首を押さえていた。
これはもしかして拳を振るったのだけど
僕とは違って拳を振るう事は出来たんだ。
多分、それはさっきまで高速移動の練習をしてたから身体が慣れてたから。
けど、
木の幹を素の拳で殴りつけた事になる。
「シノケン、ちょっと右手見せて」
僕はシノケンが押さえている左手をどけた。
僕の目には深い青紫色で腫れ上がった右手首が映る。
「グゥッ……!?」
シノケンが激痛で声を上げる。
少し手をどかしただけなのに。
「シノケン……
これもしかして……
折れてるんじゃない?」
「そんなの……
わかんねぇよ……」
「どちらにせよ練習は中断だ。
一刻も早く
まだ凛子先生が居る筈だ。
ガレア!」
僕はガレアを呼びつけた。
【何だよ竜司】
のしのしとこちらへやってくるガレア。
「ちょっとシノケンを載せてくれない?」
【ん?
そいつか?
何かプルプルしてるぞ。
大丈夫か?】
「大丈夫じゃ無いから載せて欲しいんだよ。
場所は学校まで」
【ふうん、何か良く解らんが分かったぞ】
「ほら……
シノケン、立てる?」
僕はシノケンの左脇に頭を入れ、肩を貸す形で立ち上がった。
そのままガレアの背中にシノケンを載せる。
「グウッ……」
シノケンの呻き声。
座った震動で鈍痛が奔ったのだろう。
「もう少しの辛抱だから……
蓮ーっっ!
僕らちょっと学院に戻るよーっっ!」
叫んだ後、返答を待たず僕らは一路
ガラッ
「先生ッ!」
僕は勢い良く保健室の扉を開ける。
「わぁっ!?
び……
びっくりした……
あら?
遠くでビクッとなった凛子先生。
何か隣の白翼竜が耳打ちしている。
途端に何か雰囲気が変わった。
バッ
ツカツカツカ
素早く椅子から立ち上がった先生は白翼竜を従えてこちらに歩み寄って来る。
「
グイッ
僕は凛子先生に押しのけられる。
もう先生は後ろにいたガレアの背中しか見ていない様子。
「確か……
君は篠原君ね。
これは痛い?」
クン
シノケンの右腕を持ち上げ、手を摘まみ少し動かす。
「グウゥゥゥゥッッ!」
シノケンが大きな呻き声をあげる。
「これは折れてるわね。
早く治療しないと。
「あ……
すいません……
置いて来てしまいました……」
「……参ったわね。
使役している竜が居ないと
じゃあ何でこうなったか教えて頂戴」
「は……
はい……
えっと……
魔力の……」
僕は本牧山頂公園で魔力技術のトレーニングをしていた事。
多段
「わかったわ……
じゃあ篠原君の中にまだ魔力が残ってるかも……
凛子先生の両眼が赤く光る。
同時に右掌をシノケンの身体にかざす。
僕は息を呑んでただ見ているのみ。
「あった……
散ってたみたいだけど……
これなら何とか……
グース」
【はい、
先生の傍に寄って来た白翼竜。
白く綺麗な鱗に左手を添える。
魔力補給だ。
右手はシノケンの腕を持ったまま。
「
その体勢のまま、更にスキルを発動する先生。
左手を青紫に大きく腫れあがったシノケンの右手首にかざした。
その体勢のまま約10分。
「ふう……」
先生が一息つく。
額には汗が滲んでいた。
再び使役している竜の鱗に左手を添える。
また魔力補給だ。
おや?
気持ち腫れが小さくなった様な。
「
先生がスキル発動。
取り込んだ魔力をシノケン用に調節しているんだろうか。
再び無言で左手にかざした。
「おおっ!?
痛みが無くなって行くぞっ!?」
身体から痛みがひいていっているのに驚いているシノケン。
「まだ動いちゃ駄目っっ!」
凛子先生の怒号にも取れる大声が広い保健室に響き渡る。
いつも落ち着いている先生らしからぬ声にシノケンも静かになる。
一連の所作を繰り返す事、複数回。
時間は約30分。
「……篠原君、右手首を動かしてみて」
「は……
はい……」
クイ
ゆっくりと右手首を上下に動かす。
「痛い?」
あれだけ青紫に大きく腫れあがっていた右手首がすっかり元通りになっている。
「いえ……
全然」
「ふう、これで治療は完了よ」
「先生っ!
ありがとうございます!」
「はい、けど一週間は安静よ。
もちろん期末テストも棄権ね」
「えぇっっ!?
何でなんスかぁっ!?」
怪我が治り、喜んだのも束の間。
凛子先生の一言に驚いているシノケン。
「あのね篠原君……
貴方の症状はね言ったら圧迫粉砕骨折。
もう
一般人なら多分自家骨移植とかの大手術が必要。
あれだけ細かく砕けてしまったら切開。
骨の破片を取り除いて新鮮化して骨を移植しないといけなかったのよ」
先生がとうとうとシノケンの症状について話し始める。
多分一般人の怪我で圧迫粉砕骨折なんて無いんだろうな。
「何スかそりゃ。
重症じゃないっスか」
「だから言ってるじゃない。
重症どころじゃない。
超重症よ。
ホントに私も骨が折れたわ。
あれだけ細かくなった骨を一つ残らず復元するのは」
粉々になった骨を全て元通りに戻したのか!?
この短時間で!?
「い……
一体どうやって……」
僕は思わず二人の間に入って質問してしまう。
「魔力を変化させて骨の破片を結合させたのよ。
同時に治癒力も促進させてね」
凄過ぎて僕は返す言葉も出て来なかった。
いや、聞きたい事はそう言う事じゃない。
魔力を使って結合は出来るかも知れないけど、粉々になった物体をものの30分足らずでどうやって元通りにしたかを聞きたかったんだけど。
先生ってもしかして物凄くジグソーパズルとか得意なのか?
「けど、全て元通りって訳じゃ無くて一先ずは
あ、なるほど。
そう言う事ね。
パーツが合って無くてもその分は魔力で補って結合したって事か。
「えええ……
全然痛くないっスけど、やっぱり棄権しなくちゃいけないんスか?」
「痛みが無いのは結合が上手く行ってるからよ。
まだ完治はしてないの。
下手したら長引く可能性があるわよ。
一週間置きに保健室へ必ず顔を出す事」
先生はシノケンの顔を見てハッキリとそう言う。
その眼は真剣そのもの。
「わ……
わかりました……
ハァ……」
酷く落ち込んでいるシノケン。
僕はかける言葉も見つからない。
後日再試験とはいかないのだろうか。
「シ……
シノケン……
とりあえず公園に戻ろうか……?
蓮と田中氏も心配してるだろうし……」
「おう……」
元気が無い。
全く無い。
まあこんな事になったんだし無理も無いか。
「じゃあ、先生ありがとうございました。
僕らはこれで失礼します」
「お大事に。
あと
魔力が扱えるって言っても身体は普通の中学二年生って事を忘れないで」
「はい、わかりました。
それでは」
僕らは保健室を後にした。
###
###
午後5時12分 本牧山頂公園
どうにかこうにか戻って来れた。
「あっ?
竜司。
それに篠原君も」
「新崎氏、少々休憩致しますかな?」
「うん」
蓮と田中がこちらへ歩み寄って来る。
「一体急にどうしたのよ。
学院に行くって叫んでたけど」
「あぁ……
俺がやっちまったんだよ……」
僕とシノケンはガレアから降りて、説明。
シノケンが右手首に大怪我を負った事。
結果、期末テストを棄権する事になった事。
それらを話した。
話を聞いて言葉も出ない二人。
まさに絶句している。
「…………見た感じ、全然何とも無さそうだけど……
ホントなの……?」
蓮がシノケンの右手首を見つめている。
確かに僕も信じられない。
けど、さっきまで青紫色に腫れていたのは本当だ。
凛子先生の技術は凄い。
「うん、僕は傍で見てたから間違い無いよ」
「し……
篠原氏……
今は痛くないのでござろうか?」
「今は全く痛くないぜ。
けど、一週間は安静にだってよ……」
クイクイ
シノケンは右手を上下に動かし、痛くない事をアピール。
けど、言葉は元気が無い。
「今って一体どういう状態なの?
骨折はもう繋がってるの?」
「凛子先生の話だとそうじゃないっぽい。
何か先生の魔力を使ってバキバキに折れた手首の骨を結合してる状態なんだって」
「ヒッ……
何かゾワゾワするわ……
それで練習はどうする?
篠原君はこんなんなっちゃったし」
「面目ねぇ」
「いいよいいよ。
なっちゃったものはしょうがないし」
「左様。
後ろ向きな事ばかり考えても致し方ござらん」
「お前ら、ありがとな。
じゃあ俺はお前らのサポートに回るぜ。
あんまり力になれねぇかもしれねぇけどな」
「シノケン、ありがとう。
それで田中氏の練習はどうなったの?
成功率上がった?」
「右手だけなら結構上がったわよ。
ねぇ?」
「左様でありますよ。
率で考えると8割程度」
「へえ、田中氏凄いね」
「ハッハッハ。
「次はそれを身体の何処でも出来るようにしないとね」
「う……
そ……
それは……」
田中が言葉を詰まらせている。
さっきの死にかけた体験と僕の
加えてシノケンの骨折なんて事もあった。
早い話がブルっているんだ。
「田中氏の気持ちも解るよ。
出来るだけ安全なやり方を考えないと」
けど、気持ちは解る。
僕も下手したらシノケンと同じ様になっていた可能性もあるんだから。
僕らは黙ってしまう。
安全に魔力技術の練習をする方法。
思いつかない。
多段
もし失敗したら第二のシノケンになってしまう。
物凄く使用する魔力を抑えたらどうだろうか?
威力は効果は度外視して一先ずはタイミングを掴む目的で。
それぐらいしか案が思いつかない。
「ねえ、竜司。
蓮も同じ発想だった。
「うん、多分それが良いと思う。
まずはタイミングを掴まないとお話にならないしね」
「おいおい、何二人だけで話してんだよ。
俺達も混ぜろ」
シノケンが割って入って来る。
「あ、ごめん。
あの……」
「解ってるよ。
皆まで言うな。
魔力量を絞ると万が一失敗しても被害が軽減できるって事だろ?
でもそれだとどれぐらい威力が出るかとか良く解んねぇんじゃねぇか?」
「シノケン、自分の有様を思い出してごらんよ。
威力が大きくても失敗していちいち怪我してたら身が持たないでしょ?
まずはタイミングを掴まないと」
「なるほどな。
まずは
解ったぜ…………
って俺、当分出来ないんだけどな……
トホホ」
また場の空気が少し重たくなる。
「あぁっ!?
悪いっ!
悪かったっ!
そんなつもりで言ったんじゃねぇんだよっ!
んで俺らはそれでいいけどよ。
田中のはどうすんだ?
「……それなんだよね……
これに関しては正直まだ思いつかない。
これは帰って考えないといけないなあ」
「じゃあ、今日はもう解散した方がいいかしらね?」
「その方が良いかも。
じゃあ明日は何時から始める?」
「俺はもうテスト受けれねぇしな。
何時でも良いぜ」
「
「じゃあ明日は朝の9時に
蓮はどうする?」
「私も付き合うわよ勿論」
「じゃあ、今日はここまで。
また明日ね」
「おう」
「しからば御免」
こうして僕らは別れた。
僕は帰り道が同じなので蓮と一緒。
「ねえ、蓮?」
「なあに?」
帰り道で僕は蓮に話しかけた。
「何かさ……
今日のシノケン見てつくづく思ったよ。
やっぱり魔力はとんでもない代物だってね……」
「何よ急に。
そんなに酷かったの?
篠原君の怪我って」
「凛子先生が言うには右手首の骨が圧迫粉砕骨折してたんだって」
「……何よそれ。
粉砕骨折って言うのは聞いた事あるけどそんな恐ろしい症状聞いた事無いわ」
そう言えば蓮は陸上部。
骨折の種類ぐらいは知ってるのかな?
「僕は骨折の種類とかは良く解らないけど、多分物凄い勢いで殴っちゃったからそうなったんじゃないかな?
あと何か魔力も関係してそう」
「確かにそんな訳解んない骨折になるのは怖いわね。
何?
竜司、怖気付いちゃった?」
蓮がからかってくる。
「そんな事言って無いだろ。
僕が言いたいのは安全の部分をきちんと考えた上で練習をしないといけなかったなあって反省してるのさ」
「でもしょうがないんじゃない?
魔力自体、まだほとんど解ってないって言うし」
「まあそうなんだけどね。
でも考えたら今までの人間の歴史もそうだったんじゃないかなって。
火にしても電気にしても原子力にしても最初は訳わかんなかったわけじゃない?
それでも少しづつ少しづつ特性や仕組みを解明していって今の便利な暮らしがあるんだよね」
「ふうん……
まあ言われてみればそうよね。
何気なく使ってる火とか電気も昔は無かったんだしね」
「うん、それでね。
便利に使えるようになるまでに色んな失敗や事故があったんだなぁって思ってさ。
それを積み重ねて今の僕らの暮らしがあるんだなって…………
何を言いたいか良く解らなくなって来た……
要するにシノケンの怪我は僕らは重く受け止めないといけないって事」
僕は頭の中に巡る思惑を整理できずに話し出したもんだから少し何が言いたいか解らなくなって来た。
それを聞いた蓮は僕をじいっと見て沈黙。
「プッ……
アハハ、何それ竜司。
結局言いたい事は安全第一って事?
そんなダラダラ言わなくても四文字で済むじゃない。
何か政治家みたい」
頬が熱い。
顔が赤くなっている。
蓮に馬鹿にされた感じがして恥ずかしくなったんだ。
「何だよっ。
確かに蓮の言う通りよんも……」
「けど、竜司のそう言う所。
私は好きよ」
蓮の発言。
僕の台詞に被さる。
僕は先の言葉を紡げなくなった。
顔は熱いまま。
蓮から視線を外せない。
ただじぃっと見つめるのみ。
そんな僕を見て急激に顔が赤くなる蓮。
「すっ……
好きって言うのはあくまでも性格が好ましいってだけよっ!
勘違いしないでよねっ!」
そんな蓮に何も言えない。
何か物凄く恥ずかしい。
【あらぁん?
コレはひょっとしてオイシイ展開かもぉん】
ルンルの言葉なんて耳に入らない。
解ってる。
解ってるんだ。
いつものツンデレだって。
いつもなら何か言うんだけど今日は何かおかしい。
言葉が出て来ない。
「ちょ……
ちょっと何か言い返して来なさいよっ!
これじゃあ私が何かバカみたいじゃないっ!」
あ、確かに。
これじゃあ蓮が一人で喋ってるみたいだ。
何か……
何か言わないと。
「…………蓮……
ホントの所……
どうなの?」
!!!?
何を言っている僕は。
何でこんな事を言った。
自分で自分がわからない。
まるで勝手に口から出た様な。
「ホントの所って何よ?」
あぁ、しまった。
もうレールを走り出してしまった。
何でこんな事を言ったんだろう?
僕は考える。
脳内で思考が超速で駆け巡る。
どうなの?
僕は何かを聞きたかった。
ホントの所。
これは蓮の真意を問いたかったんだ。
切り出したタイミングから多分蓮の好き発言に対してだろう。
ここまではすぐ解る。
問題は何故今、このタイミングで好きと言う言葉の真意を探ろうとしたのか?
これが解らない。
無意識から出たとしか言いようが無い。
何で?
何でこんな事を言った僕!
僕は蓮の事を……
好き……
なのだろうか?
多分尋ねたと言う事は気になったからだろう。
「黙ってないでハッキリ言いなさいよっ!」
あ、しまった。
少し考え過ぎた。
「い……
いや……
蓮ってさ……
何かと僕を気にかけてくれたり……
するじゃない……
だからさ……
ぼ……
僕の事…………」
今の段階で解る答えを蓮に投げかける。
「……トゥ……
何か噛んだ。
しかも噛み切れてない中途半端な形。
理由も取ってつけたもの。
「は?」
物凄く嫌そうな顔をしてながら短い。
本当に短い蓮からの返答。
僕は驚きを隠せなかった。
正直、蓮は僕の事を好きなんだと思っていたから。
僕のこの言葉にもYESが返って來ると勝手に思っていた。
でも現実はそうじゃ無かった。
結果はNO。
不正解だ。
嫌そうな顔を崩さず言葉を重ねる蓮。
「私が竜司を好き?
違う違う。
私にとって竜司は弟みたいな感じよ。
さっきも言ったでしょ?
さっきの好きはあくまでも性格が好ましいってだけ。
何か変に勘違いさせちゃったならゴメンね。
あ、着いた。
それじゃあ、おやすみ」
気が付いたらもう蓮の家まで到着していた。
「お……
おやすみ……」
僕は突き付けられた現実を精査する事が出来ず別れの挨拶を短く言うのがやっとだった。
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###
新崎邸
【ちょっとちょっとアンタァ。
何であの時、YESって言わなかったのよぉ?】
「あんな好きもまともに言えて無い様な言葉に正直に返すなんて出来ないわよ。
しかも竜司の気持ちは全然話してくれて無いし。
大体竜司のあぁ言う小賢しくて女々しい所が嫌いなのよ。
それに自分は恥ずかしい目に逢わずこっちの心を探ろうとしてるのは卑怯よ。
この間もさ……」
ここから竜司への愚痴が30分強続く。
その様はまるで結婚生活に疲れた中年夫婦の様。
それを聞かされるルンル。
【……ねぇアンタ?
どーでもイイんだけど竜司ちゃんの事は好きなんでしょ?】
「…………うん……
けどあんなだらしない言葉で私の気持ちを伝えるなんて絶対嫌よ」
蓮は確かに竜司の事を好きである。
もちろんLIKEでは無くLOVE。
だが、好きになって長い分。
竜司の嫌いな部分も熟知している。
自分の気持ちを告げるのは竜司から納得の行く告白を受けてからと決めていた。
若干恋愛感情を拗らせてしまっていたのだ。
【まぁ竜司ちゃんのヘタレは今日に始まった事じゃ無いじゃないしぃ。
そこら辺はそこそこ大目に見ても良いんじゃないのォん?】
「ヘタレならヘタレなりのやり方があるでしょ?
少なくともあんなこっちの気持ちを探るだけの卑怯な言い方じゃあ絶対嫌」
【フウ……
確かに竜司ちゃんのあの言い方もどーかと思うけど、アンタも大概拗らせてるわねぇ。
とっとと告ってスッキリしちゃった方が良いと思うけどねん】
「ルンル、うるさい」
後日、竜司が蓮に気持ちを伝えて付き合う事になるのだが、それはまだ先の話。
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###
翌日 午前8時
ピピピピピピ
聞き慣れた音。
僕の部屋の目覚ましだ。
ムクリ
僕はゆっくりと起き上がり、目覚ましを止める。
【ぽへー……
ぽへー……】
隣でガレアが珍妙なイビキを掻いている。
コイツって目覚ましの音には全く反応しないんだよな。
まあまた勝手に起きるだろう。
僕は着替え始める。
【……竜司、うす】
ガレアが起きた。
相変わらず寝起きの良い奴だ。
身支度を終えた僕は下階に降りる。
リビングにはお爺ちゃんとカイザがいた。
「ん?
竜司、おはよう。
休みの日でも普段通り起きて来るとは感心感心」
「おはようお爺ちゃん。
いや、今日は友達と魔力技術のトレーニングをする予定だからだよ」
「あら、竜司さん。
おはようさん」
母さんも台所から顔を出す。
「母さん、おはよう」
「休みの日やのにきちーんと起きてどないしはりましたんや?」
「今日は友達と朝から魔力技術の練習。
休み明けにはテストだからね」
「友達てアレか?
田中君か?」
母さんは田中と面識はある。
「田中も居るけど蓮とシノ……
篠原って子もいるよ」
「へえ篠原君て知らんなあ」
「あ、そうそうお爺ちゃん。
ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「ん?
何じゃ?」
「昨日さ……
友達が
右手首に重傷を負ったんだよ」
「ズズズ……
その友達は大丈夫じゃったのか?」
お爺ちゃんがお茶を啜っている。
まだ朝ご飯前なのに。
「うん、右手首の腫れ方が尋常じゃ無かったからすぐに学院に連れて行って保健の先生に診てもらったから大丈夫だよ」
「フム……
適切じゃな。
それで具体的に何の練習をしてたんじゃ?」
「足に
撃破?」
「ムウ……
竜司よ、お前は今学期から魔力技術実習が始まったんじゃ無いのか?」
「うん、そうだけど」
「ちと応用に進むのは早過ぎやせんか?
今は基礎をしっかりと学ぶ時じゃぞ」
「……うん、だから友達は失敗したんだよね……
けど蓮がやってたから僕らでも出来るかなって思って……」
「蓮ちゃんは使っておったのか?
大したもんじゃのう」
「蓮が扱えたのはスキルの補助があったからだと思う。
それでお爺ちゃんに相談なんだけど……
その応用基礎の安全な練習方法って無いかな?」
「……竜司……
お前はワシの話を聞いておったのか?」
「もちろん聞いていたし、お爺ちゃんの言ってる事も解る。
でもその話を聞いて俄然習得したくなって来たんだ。
お爺ちゃんの反応がいわゆる竜河岸の常識だとすると裏を返せばこれをもし出来る様になれば高得点は確実って事にならない?」
僕は真っすぐお爺ちゃんの眼を見て自分の考えを述べる。
お爺ちゃんは沈黙。
何か驚いている様子。
やがて口角が浅く持ち上がった。
笑ってる。
「…………フフ……
竜司よ、いつのまにそんなしたたかな考えを持つ様になったんじゃ。
いいじゃろう、ならば教えてやる。
じゃが手取り足取り全て教える訳じゃ無いぞ。
ワシが教えるのはヒントのみ。
それを聞いて自分で試行錯誤してみるがよい。
よいか?
魔力技術の習得で一番重要なのはタイミング。
それと自身を知る事じゃ。
自分が一体どれだけ…………」
途中でお爺ちゃんの言葉が止まる。
「ゲフンゲフンッ……
いかんいかん、ヒントのつもりが長く話しそうになってしまったわい。
ワシが教えるのはここまでじゃ。
これを元にやってみろ。
応用基礎の練習が危険を孕むと言うのは友達の怪我で解っておるじゃろう。
危険だと感じてやめるのもよい。
応用基礎は来年取り組む課題の筈。
授業の進みを待つのもいいじゃろう。
好きにするが良い」
「うん、ありがとうお爺ちゃん。
タイミングが難関と言う事は扱う為にそれが重要って事。
自分を知るって言うのは多分、三則がどれくらいのレベルで扱えるかを知るって事じゃ無いかな?
発動時間だったりとか」
僕は貰ったアドバイスを自分なりに解釈して説明。
「……ふん、小賢しくなりおって……」
お爺ちゃんは正解とは言わなかった。
でも概ね僕の解釈で合っていると言う事だろう。
「さあさあ、二人共。
おしゃべりはその辺にして、
竜司さんも並べんの手伝ってんか」
「うん」
こうして僕とダイナで朝ご飯を並べて行く。
朝食開始。
「ふう、ごちそうさま」
僕は朝食を終え、洗面所へ。
朝の日課。
て言うか食事時の日課だ。
ガレアの後始末に取り掛かる。
テキパキとこなし、即効で掃除完了。
「竜司さん、アンタ掃除の段取り上手くなりましたなあ」
「まぁそりゃ毎日やってりゃね」
「んで昼はどないしはるんどす?」
あ、そう言えば考えて無かった。
どうしよう。
「どうしよう……
友達もいるし何処か適当に食べるよ」
「…………まぁ竜司さんも人付き合い言うもんがあるからしゃあないかも知れまへんけどな。
わざわざ、金払ろてまで不味いモンなんかよう食う気になるわ」
母さんの嫌味が飛ぶ。
さすが京女。
そりゃ母さんのご飯の方が美味いに決まっている。
けど”なんか”とは何だ”なんか”とは。
全国の飲食店に失礼では無いのか。
「そう言わないでよ。
母さんのご飯が一番なのは解ってる」
「おや、そないなつもりで言うたんやありゃしまへんえ。
ほな
「うん、行って来ます」
僕は一路本牧山頂公園を目指す。
###
###
午前8時57分 本牧山頂公園
僕がやってくると他のみんなはもう集まって来ていた。
「おう
見るとシノケンの右手は包帯が痛々しく巻かれていた。
「おはよう、シノケン……
それ……」
「あぁこれか?
昨日帰って父さんに怪我した事を言ったらこうなった。
包帯の下は添え木してある。
痛くは無くても完治するまでは動かさねぇ方が良いんだってよ」
なるほど。
普通の人ならギプスをするだろうし当然と言えば当然か。
「お父さんに怒られたりした?」
「いや、あんまし感情を前に出さねぇ人だからなあ。
気を付けろよって言われただけだ」
寡黙な人なのかな?
「おはようございます、
続いて田中氏。
誰?
田中氏の顔を見てまず浮かんだ言葉。
何かホッペタがブックリ赤く腫れ上がり、痩せた顔に頬だけ丸く膨れ上がった下膨れ顔になっている。
「お……
おはよう田中氏……
どうしたの?
……その顔」
「いやぁ、帰ってから自主練しておりましてな」
【そうそう、おもしれぇんだよ竜司。
イチのやつ、昨日自分の顔を自分ではたいてやんの】
トロトンが昨夜の様子を教えてくれた。
「……田中氏、何やってんの?
何か目覚めたの……?」
僕はMの気にでも目覚めたのかと疑いの目を向ける。
「失敬なっ!
自主練と申しましたでありましょうがっ!
防御の
田中氏には珍しく血相を変えていきり立っている。
あぁ、なるほど。
そう言う事ね。
「ごっ……
ごめんっ!
けど、一体どうやったらそんな漫画の虫歯みたいな顔になるんだよ」
「やり方はですな。
顔と右手にそれぞれ魔力を
掌が当たる瞬間に
じゃあ、一人部屋で自分の顔にビンタしまくってたと言う事か。
そりゃ竜から見たらさぞかし珍妙な絵だろうな。
人間って言う生物が誤解されそうだ。
「でも
口は一つしか無いでしょ?」
「それは口に出すのと念じるのとで対処したでありますよ」
念じるのと発声するのとで起動箇所を区別したのか。
器用な奴だなあ。
「竜司、おはよう」
「れ……
蓮、おはよう……」
続いて蓮と挨拶を交わす。
昨日の一件があるから何となくギクシャクしてしまう。
けど、何か蓮は普通だ。
こう言うのって女の子はウジウジ引き摺らないのかなぁ。
それとも蓮からしたら大した事じゃないのかなあ。
「それでみんな集まったけど、今日はどんな感じでやるのよ」
「あっ……
あぁ……
一先ず午前中は田中氏の練習方針を決めて実践。
午後は僕の多段
まずは田中に関しては昨日のやり方を見直さないといけない。
成功率が上がったと言ってもそれは右手に来るって解ってるからだ。
とてもまだ本番で使えるレベルじゃない。
両頬の腫れを見てもまだ失敗する時があるって事。
これを今日を含めて二日でモノにするのは難しい。
だから発想を変えた。
「
ありがたいですなあ。
もちろん異論はござらん」
「俺は段取りまで口出せる立場じゃねぇし、どうせ
別に構わねぇよ」
「私も良いわよ」
「わかった。
それでね僕、考えたんだけど……
少し発想を変えてみたんだ。
多分防御の
今の段階で指定位置でも失敗してるようだととても本番では使えないと思う。
だから田中氏のスキルを使う形にしてみたらどうだろう?」
「
しかして具体的にはどう使うのでありましょうか?」
「うん。
昨日田中氏、危うく死にかけたって言ってたじゃない?
50キロぐらいの物にスキルかけてさ。
死にかけたって事は当たらなかったって事じゃない?」
「仰る通りでありますが……
それが?」
「って事は
多分田中氏の右手の座標か何かにただ一直線に吸い寄せられるだけの。
だから田中氏は避けれた。
あくまでも目的地はスキル発動時の右手の座標な訳だから。
発動後に田中氏が何処にいようとも関係無い。
さっきまで右手があった位置まで飛んで来るだけ。
だから軌道上から身体を外せば回避できるって事だと思ったんだけどどうかな?」
僕は昨日の証言とスキルを見た上での見解を話す。
それを聞いた三人は黙っている。
「…………さすが
が、しかし
それをたった一回見ただけで……」
「…………あぁ、やっぱお前スゲェわ……」
「フフン、別に私は驚かないわよ。
これぐらいの事、竜司からしたら朝飯前なんだから」
何か蓮が自慢気になってる。
何でだよ。
「やめてよ。
そんな大した事じゃ無いよ。
でも合ってるなら良かった。
それならね、
僕は昨夜考えた自分のプランを話す。
が、周りは無言。
僕は説明を続ける。
「だ……
だからさ、例えば対戦相手にスキルをかけて、引き寄せるじゃない?
当たる寸前に躱したら、相手はすっ転ぶじゃない……
かなって?」
「けどよ
ここでシノケンから。
「確か
俺は部活やってるから大体55キロぐらい。
デブの奴もいるしよ。
ちょっと苦しいんじゃねぇか?」
「私も一つ良いかしら?」
更に蓮も何か言いたいみたいだ。
「蓮、何?」
「そもそも
「あぁ、それは視認と
「知識?」
「例えば、昨日の時はあそこにある”石”を手繰り寄せたいと思いながらスキルを使ったのであります。
多分、このスキルは
あと、何か解らないぐらい遠く離れた物にも無効でありますよ」
「へえ……
じゃあさ、こう言う事は出来るのかな?
あのね……」
こうして僕らは田中の練習を開始。
3時間後
「ハァッ……
ハァッ……
何とか出来そうですぞ……」
田中が息を切らしている。
無理も無い。
短い間隔で何度も魔力補給を行ったのだから。
「うん。
後はこれを丸一日練習すればイケるかも」
「い……
委細承知……」
時間はもう12時。
僕らは和田山を降り、適当なファーストフード店で昼食。
ここでもみんな和気あいあいと本当に楽しい食事だった。
陽キャが一人いるだけでこんなにも違うものか。
確かに料理は母さんに比べたら全然美味しくなかったけど美味しかった。
何だか矛盾した感覚を味わいながら昼食完了。
そして午後の練習開始。
「えっと……
僕の練習なんだけど……
ちょっと待っててくれない?」
「どう言う事よ?」
「ある練習を少しやってみたいんだよ。
でもこれは一人でやる練習だから……
二人は田中氏の練習を見てあげて」
「へえ……
何やるかは知らないけど、じゃあ人手がいりそうになったら声をかけて」
「うん、わかった」
こうして僕は三人と少し距離を取り、地面に座る。
傍にはあらかじめ集めておいた岩の山。
岩といっても片手で持てるサイズ。
一つ、1キロあるかないかぐらいだろう。
まずは、両腕に小魔力をそれぞれ
もちろん
大体
10秒弱か。
少し時間がかかり過ぎている。
魔力による疲労軽減で長時間には有利かも知れないけど、イザ緊迫した状態で使うとなると難しいかも。
カラ……
「
ブンッ
僕は
空に向かって岩を投げたんだ。
ギュンッッ!
瞬く間に飛んで行った岩。
見えなくなる。
「あちゃぁ~……
こんなに飛ぶのか……
落ちてくるまで時間がかかりそうだなあ……」
しばらく見上げて待ってみる。
時間にして30秒。
ようやく落ちてくる。
かなり高い所まで飛んだのだろう。
物凄い勢い。
これだけ速ければ練習にもなる。
後は……
落ちてくる岩に合わせて……
「
拳を振り下ろす!
スカッ
あれ?
だが拳は当たらず空振り。
岩は地に落ち、少し跳ねて転がった。
「まあ、一回で上手く行くなんて思ってないもんね。
こう言うのは反復あるのみ」
こうして僕は多段
5時間後
「…………竜司……
何倒れてんのよ……」
頭の後ろで蓮の声が聞こえる。
怠い。
物凄く体が怠い。
「あ……
あぁ……
蓮……
ごめん……
ちょっとやり過ぎた……」
僕の体は魔力疲労が溜まりきっていた。
練習のし過ぎだ。
「もう、ホントにしょうがない奴ね。
いくら待っても呼びに来ないからどうしたのと思ったら……」
「ハイ……
返す言葉もありません……」
「どうする?
今日はもうやめにする?」
「うん……
て言うか無理。
もう限界」
「何だ
立てねぇのかよ。
ホラ、捕まれ」
「シ……
シノケン……
ごめん……
無理。
体が動かない……」
「めんどくせぇ奴だなあ。
田中……
も無理か……」
田中もフラフラしている。
辛うじて立っている。
そんな印象。
「し……
新崎さん……
「うん、いいわよ」
身体が動かせない僕はシノケンと蓮に担がれ、ガレアの背中へ載せられた。
「んで、明日はどうすんだ?
同じ時間か?」
「うん……
それでお願い……
それじゃあみんな……
また明日……」
こうして僕らは解散。
帰路に就く。
あくる日もみっちり朝から練習し、あっという間に休みは終了した。
###
###
期末テスト当日
僕らはまた体育館に集合していた。
今度は男子が中央。
女子と先生が周りを取り囲んでいる。
シノケンは蓮の隣にいる。
もう棄権する事を言ったのだろう。
何だかソワソワして落ち着かない感じ。
男子の前には
もしかして課題を決めたのは
「えー、これから魔力技術実習期末テストの課題を発表する」
みんな固唾を飲んで見ている。
キュキュキュ
手慣れた手つきで滑らかに動く黒マジックが綴ったのは英熟語。
そこにはこう書かれてあった。
Over the top
オーバー・ザ・トップ……
かな?
どう言う意味なんだろう。
「多分みんな訳が分からないでしょうね。
この英熟語の意味は理不尽。
貴方達が取り組むのは模擬戦よ」
(よしっ……)
(へへへ……
ようやく大っぴらに魔力が使えるぜ……
いっぺん
何だか周りで物騒な事を言ってる奴がいる。
僕はそれよりも名前の意味について考えていた。
理不尽?
何が理不尽なんだろう。
「ここから概要について説明する。
スニーカー」
【はぁい、じゃあみんなお願い~】
「やいやい……
まあ男子の部の取り仕切りは
少々こいつらには厳しいんと違うかのう……」
何かゴリ先生がブツブツ言いながら竜の背中に箱をいくつか載せている。
何だあれ?
そっちに気を取られていると、いつのまにか
やがて竜がやってくる。
背に載せられた箱を並べた。
そこには左から……
”魔力”
”人数”
”スキル”
”生徒”
そう書かれていた。
「この箱にはそれぞれレギュレーションが書いてある紙が入っている。
貴方達には紙に書かれているルールに従ってもらいます。
場合によっては制野先生の
共通ルールとしては凶器は無しの格闘戦。
例外としてスキルで生み出した武器は許可する。
場所はここ、体育館。
時間は無制限。
どちらかが降参、もしくは戦闘不能になるまで。
もちろん命に関わる状況になれば私達が止めるから安心して殴り合いなさい。
以上」
(イエェェェェェェェァァッッ!!
やってやるぅっ!
やってやるぜェェェェッ!)
え?
マジで?
みんなこんな説明でいいの?
色々と疑問があるけど何か言い出せない空気。
みんな初めての魔力を使った争い事にテンションが上がってるんだろうか?
「じゃあさっそく引いていくわよ……」
バッ
”事前補給”
掲げた紙にはそう書かれていた。
「事前補給。
これは別室で事前に魔力を補給してから試合開始するって事」
じゃあ竜は試合の時、傍に居ないって事か。
別室なのはお互いの状況を知られない様にするためだろう。
続いて手を差し入れたのは人数と書かれた箱。
そう、これが一番意味が解らない。
人数って言っても1対1なんだから別にわざわざ箱を設けなくてもいいんじゃ?
けど、
取り出した紙には……
”3VS1”
そう書かれていた。
ザワ……
ザワザワ……
見た男子生徒全員が騒ぎ出す。
(せ……
先生っ!
模擬戦って1対1じゃないんですかっ!?)
「誰もそんな事、言ってないでしょ?
えー、これは1対3の変則試合って事です」
淡々とさも当然の様に説明する
(ちょっ……
ちょっと待って下さい先生っ!
じゃあもし一人側に行ったら三人からボコられるって事ですかぁっ!?)
「場合によってはそうなるかもね」
眉一つ動かさない
(こんなヒデェテストやってられっかよぉっ!)
(俺達が嬲られるのを楽しみたいから思いついたんだよっ!
やっぱり三冷嬢だこの先生はっ!)
(こんなテスト、みんなでボイコットしてやろうぜっ!)
(そうだそうだっ!)
一人を口火にみんな次々騒ぎ出す。
確かに名前は理不尽ってなってるかも知れないけど、このルールは文句が出ても仕方ない。
カッッッ……
ビリビリビリ……
みんなが騒いでいる所、突然妙な音。
気が付いたら
つまりホワイトボードに突き出している。
少しホワイトボードが揺れていた。
見ると
ホワイトボードを貫通している。
ゾクゥッ!
背筋に寒気が奔る。
多分
もし仮に僕らがやったとしたら衝撃で破壊するだけ。
が、
貫通。
破壊ではなく貫通なんだ。
一体どうやったらこんな真似が出来るのか見当もつかない。
しかも一瞬だった。
みんなが騒ぎ出して、10秒も経っていない。
大体魔力補給はどうやったんだ?
大人の竜河岸と言う存在はここまでレベルが高いのか。
急に起きた異変にみんなの口を閉じてしまった。
「…………ピーチク騒ぐんじゃねぇ……
このクソガキども……」
ゾクゥゥゥゥゥゥッッ!!
背筋にさっきよりも大きな寒気が超速で駆け昇る。
先生が氷よりも冷たく、刃よりも鋭い眼光を僕らに向けていた。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
「いいかぁっっ!
日本は近年凶悪犯罪が急増しているっっ!
何故だかわかるかぁっ!?
私ら人間がスキルなんて言う代物を使うようになったからだぁっ!
そして最近多いのが竜河岸犯罪者による竜河岸殺しっっ!
家族同士で殺し合いさせて最終的には家ごと丸焼きだっっ!
この一家は……
理不尽にっ!
不条理にっ!
支離滅裂な殺し方をされたんだぞっ!
今や世の中には悪意しかねぇスキルもごまんとあるっ!
想像できるか……?
お前らは
だから私は考えたっ!
この理不尽な世の中に少しでも耐えれる。
足掻ける人間に育って欲しい為にっ!」
こんな先生見た事ない。
もしかしてその殺された家族って
ガッ
興奮している
ゴリ先生だ。
「や……
やいやい。
ちょお落ち着け」
「と……
す……
すいません、取り乱してしまいました……」
「やいやい……
みんなも聞いてくれんかのう?
お前らが思ってる以上に今の世の中っちゅうんは物騒なんじゃ。
表沙汰になっとるんは極々一部でのう。
ワシ等も意地悪でこんなテスト公表したわけじゃなくてな、教え子がそんな理不尽な状況に少しでも耐えれる強い竜河岸に育って欲しくてな……
それにな……
みんなもっと魔力の力を信じて欲しいんじゃ。
魔力っちゅうんは人数差なんか跳ね除けるぐらいの凄い力を持っとる。
それも踏まえた上で人数差は考えとるし、ワシ等もずっと見とるんじゃ。
決して最悪の状況にはさせん。
ここは一つ、ワシらを信じてテスト受けてくれんかのう……?」
切々とゴリ先生から語られるこのテストの意義。
これを聞いてみんな黙ってしまう。
「やいやい……
黙っとるって事はOKって捉えてええんかいのう?
もしどうしても無理言うんやったら棄権でもええからのう」
こうしてレギュレーション決め再開。
スキルの箱からは”使用可能(無制限)”と書かれた紙が掲げられた。
と、言う事は使用不可や回数制限もあり得るという事。
が、そんな事よりもみんな注目しているのは生徒の箱。
一体誰が孤独な戦いを強いられるのか?
みんなそこを注目していた。
バッ
「三人側は須藤、太田、鳥谷っっ!」
(いよぉぉぉっっっしゃぁぁぁっっ!)
後ろでガッツポーズをしている奴がいる。
あれは鳥谷。
基本僕らオタクを蔑んでいる嫌な奴だ。
そして再び生徒と書かれた箱に手が差し入れられた。
みんな息をのみながら誰が貧乏くじをひくのか見守っている。
バッ!
勢いよく紙が引き抜かれる。
一体誰だ!?
「田中っ!」
え?
僕の時が一瞬止まった気がした。
続く
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