200回記念 私立龍驤学院⑤



 RFR



 ホワイトボードにはそう書かれている。


 ザワ……


 女子がざわついている。

 そりゃそうだ。

 そんなアルファベット3文字書かれてもって所だ。


「やいやいっ!

 静粛にっ!

 静粛にっ!

 今から概要を説明するっ!

 科目はRFRッ!

 簡単に言うと鬼ごっこじゃっ!」


 ザワザワ


 更にざわつきが大きくなる。


(先生ッ!

 鬼ごっこでどうやって成績が解るんですかっ?)


(大体鬼は誰になるんですかっ?)


(RFRって何ですかっ?)


 一人が質問し出すと口々に質問が飛ぶ。


「やいやい……

 お前ら……

 静粛に言うとろうが。

 そこら辺もきちんと説明するから静かに座っとれっ!

 まず成績は主に逃げた時間と魔力使用による加点っ!

 このRFRと言うのはRun For Resultの略。

 和訳すると成績の為に走れっちゅう事じゃ。

 コレはワシの発案でのう。

 TV見とって思いついたんじゃ。

 それで鬼じゃけんど……

 天華あましろっ!

 こっちに来いっ!」


「はいっ!」


 ビシッと元気に返事をして立ち上がった暮葉さん。

 歩いてゴリ先生の隣へ。


「お前らには天華あましろの追跡から逃げてもらう」


 え?

 そうなのか?


 ってか鬼って言うと採点側だろ。

 それを生徒にやらすのだろうか?


「にっひっひ~……

 みんな捕まえちゃうぞ~」


 暮葉さんが自信ありげに不敵な笑みを浮かべている。


(先生っ!

 鬼はクレハ一人ですかっ?)


 うん、確かにそこも気になる所。

 暮葉さんが竜と言っても20対1と言うのは対応しきれないんじゃ無いだろうか?


「ん?

 そうじゃ」


 さも当然の様な顔をしているゴリ先生。


「オイッチニ……

 サンシ……」


 先生の隣で準備運動を始めた暮葉さん。


 見た感じは普通の人間。

 ただの超絶カワイイ女の子だ。


(ホッ……

 なあんだ……)


 女子の群れから安堵の声が漏れ聞こえる。

 数の有利さから楽なテストだとでも思ったのだろうか。


 その様子を眺めていたゴリ先生。


 ニヤリ


 薄く笑う。

 その笑い方は何処かやれやれと言った雰囲気を漂わせている。


(先生、範囲は何処までですか?)


「範囲は龍驤りゅうじょう学院の敷地全域じゃ。

 もちろん外に出たら失格じゃからな。

 やいやい」


 確か龍驤りゅうじょう学院って敷地は3平方キロメートル。

 日本で一番広い九州大学よりも大きな敷地を有している。


 広い。

 シャレにならないぐらい広いぞ。


(先生ーっ、魔力補給はどうしたらいいんですか?)


「やいやいっ!

 竜の扱いに関しては自由っ!

 連れて逃げるもよし、何処かに潜ませるも良し。

 ただし搭乗しての移動は失格じゃから気を付ける様に」


(失格ってどうなるんですか?)


「0点と言うだけじゃ。

 やいやい」


(スキルは使用して良いんですか?)


「やいやい、魔力使用の範疇だから良いぞ。

 むしろ使用を推奨しとるし、もちろん加点対象にもなっとる。

 ただし、他生徒や鬼を傷つける行為は即失格とする。

 あくまでも鬼の手から逃れる為に使う様に」


 ■科目:RFR


 ■採点:逃げた時間と魔力使用による加点。


 ■失格行為


 ・指定範囲から外へ出る。

 ・竜に乗っての逃走。

 ・他生徒や鬼への暴力行為。


 要約するとこんな所かな?


 ホッ


 僕は胸を撫で下ろした。

 この科目なら久留島くるしまさんが蓮にチョッカイをかける事は出来ないからだ。


 最悪のケースとして考えていた大怪我と言う事は無さそうだ。


 けど、3平方キロもの広大な場所でどうやって失格行為を見張ると言うのだろうか。


「やいやいっ!

 他に質問は無いかのうっ!?」


 ゴリ先生の呼びかけに一同沈黙。


「無いようじゃなっ!

 やいやいっ!

 それじゃあ準備を始めるぞーっ!

 立って一列に並べーっ!

 制野せいの先生、よろしくお願いします」


 カタカタカタカタ


 脇から両膝をカクカク震わせながら歩み寄って来る一人の男性。


 見た感じ別に虚弱と言う訳では無い。

 体格はどちらかと言うと良い方だ。


 何でこの人はこんなに震えているんだ。


 カクカクカクカク


 女子の前に立った。


「やあ、中等部のみんな。

 多分僕の顔を見た事が無いって生徒も多いと思う。

 僕の名は制野せいのかぎる

 高等部で英語を教えている竜河岸だよ」


 カクカクカクカク


 黒い前髪を上げた清涼感のあるオシャレ七三カット。

 目尻は少し垂れて、スッと通った鼻筋。


 柔和で流暢な語り口。

 多分女生徒から人気が出そうなイケメン先生。


 声色からも何かインテリジェンスを漂わせるのに……

 漂わせているのに。


 カクカクカクカクカクカク


 大きく震えている両膝の違和感が半端無い。


 膝が笑っていると言うがこれは大爆笑だ。

 膝が大爆笑している。


 が、他の先生は何も言わない。

 ただ見つめているだけ。


「やいやい……

 制野せいの先生……

 ですかいのう?」


「うん、そうだね。

 今日は結構大人数にスキルをかけないと駄目だから」


 ガタガタガタガタガタガタガタ


 言葉は流暢なのだが、大きく素早く左右に動く両膝が気になってしょうがない。


「ゴホンッ!

 ゲフンッ!

 ……えー……

 みんな制野せいの先生の動きが気になっとる様じゃけど……

 これは先生のスキル、制限事項リミテーションズを自分にかけとるからじゃ……

 やいやい……」


 バツが悪そうに説明し出すゴリ先生。


(あの……

 何で先生はそんな事してるんですか……?)


 堪らず女生徒の一人が質問。


「ここからは僕が説明しよう。

 制限事項リミテーションズってスキルはね。

 あるスキルの効果を拡張させる為にあるからなんだ。

 今日はテストだからね。

 いつもよりキツめに制限事項リミテーションズをかけてるのさ」


 ガタガタガタガタガタガタガタ


 流暢に説明しながらも終始ガクガク震えている両膝。


(は……

 はぁ……

 それが私達のテストと関係あるんですか……?)


「あるよ。

 大ありさ。

 男子も含めて聞いて欲しい。

 今回のテストなんだけど、どうやって失格事項を判定するのかって思わなかったかい?」


 さっき僕が考えていた事だ。


 ガクガクガクガクガクガクガク


 膝が気になるから勿体付けた言い方は止めて欲しいなあ。


(え……

 あ……

 まあ……

 それは……)


「だろうね。

 じゃあこの広大な龍驤りゅうじょう学院に散らばる生徒達をどうやって監視する?」


 ガタガタガタガタガタガタガタ


 勿体付けるなあこの先生。


 おい、膝の振れ幅が大きくなって来たぞ。

 大丈夫か?


「監視カメラを使う?

 それとも各所に審判を配置する?

 ノンノン」


 ガクガクガクガクガクガクガク


 だから先生早く言ってくれ。


「そんな面倒な事をしなくてもいいんだ。

 全ては僕の禁則事項プロービジョンを使えば事足りる」


 ガタガタガタガタ……


 ペシャン……


 あ、尻もち付いた。


 膝が限界を迎えたんだ。

 勿体付けた説明をするから。


「やいやい……

 制野せいの先生……

 自分で長く立ってられんの解っとるのに……

 どうしていつも勿体付けた説明をするんかいのう……」


「何を言うんだ十拳とつか先生っ!

 ここで勿体付けずいつ勿体付けると言うんだっ……

 ……所で椅子に座らせてくれないか?

 このままだとスキルの付与が出来ない」


「やいやい……

 解っとるわい。

 ちょお待っとれ」


 そう言って椅子を持って来たゴリ先生は制野せいの先生を持ち上げ、座らせる。


「さあ皆、準備完了だ。

 僕の前に一列に並んで」


 みんな狐につままれた様な顔をしている。


 やがて一人。

 また一人と制野せいの先生の前に並び出す。


「さあ、右腕を捲って上腕部を僕に向けてくれ」


 言われるままに右腕上腕部を晒し、先生に向ける先頭の子。


禁則事項プロービジョン


 呟いた先生。

 右人差し指と中指の先が青白く灯る。


 スッスッ


 動いた指。

 何かを描いてる様な動き。


「はい、完了。

 次の人」


 テンポ良くどんどん進んで行く。

 一人10秒もかかっていない。


 すぐに全員完了。


 ポン


 作業を終えた制野せいの先生は軽く柏手を打った。


「はい、これで女子全員に僕の禁則事項プロービジョンが付与されました。

 みんな失格事項は覚えているね。

 一つ、龍驤りゅうじょう学院から外に出ない。

 一つ、竜に乗ってはいけない。

 一つ、暴力行為は行わない。

 この三つだ。

 これを破ると即気絶するから注意する事。

 あと右腕に付いている駐車禁止みたいなマークはテストが終わったら消すから安心してね。

 じゃあみんなテスト頑張って」


 椅子に座っている先生の膝はもう震えていない。

 最初からそうやって説明すれば良いのに。


「やいやい、制野せいの先生、ご苦労様でした。

 続いて凛子先生、よろしくお願いします」


「はい」


 凛子先生だ。

 先生の輪の中から出てきた。


 隣に白い翼竜もいる。

 確かグースって言ったっけ。


「はい、みんなー。

 ちょっとこっちに集まってー」


 凛子先生の号令でみんな集まり出す。


「もうちょっと寄って……

 うん、その辺りでOK。

 状態把握バイタルキャッチ……」


 凛子先生が呟くと同時。

 前に正円状の青白いフィールドが展開。

 二年女子全員をすっぽり覆っている。


 範囲は半径5メートルぐらい。

 僕の全方位オールレンジに似ている。


 似ているけど、少し挙動が違う。

 全方位オールレンジは僕を中心に蒼白いフィールドが広がる。


 けど、凛子先生のスキルは前にフィールドが現れている。


「はい、もう良いわよ」


 すぐにフィールドは消えた。


 時間にして10秒……

 いや、五秒ぐらいだ。


(先生。

 今、私達に何をしたんですか?)


 当然の質問。


「これは、私のスキルで状態把握バイタルキャッチって言ってね。

 フィールド内にいる竜河岸を記憶して、魔力の動きを察知できるの。

 これで貴方達が広い学院内の何処に居ても解るし、魔力の動きで何をやったかとかもこちらで把握出来る様になったわ。

 さぁ、これでテストの準備は完了。

 みんな、頑張ってね」


 ■状態把握バイタルキャッチ


 凛子のスキル。

 竜河岸の魔力挙動を把握できる。

 スキル発動時に展開されるフィールドで対象を囲う事で発動。

 把握できる情報は主に魔力残量、集中させた箇所と魔力量。

 更にこのスキルにかかると世界中何処に居ても位置特定可能。

 効果は24時間。

 欠点はフィールドで囲った竜河岸の情報しか解らない事と範囲が狭い点。


 凄いスキルだ。

 僕の全方位オールレンジの上位互換と言っても良いかも知れない。


「やいやいっ!

 これで準備は完了じゃあっ!

 各自、魔力補給開始っ!」


 ゴリ先生の号令で各々、自分の竜から魔力を補給し始める。


 やがて完了。


「やいやいっ!

 準備は出来た様じゃのうっ!

 ハンターである天華あましろは30分後にお前らを追跡するっ!

 各自、その間に逃げる様にっ!

 説明は以上じゃ!

 何か質問はあるかいのうっ!?」


 女子一同、沈黙。


「やいやいっ!

 無い様じゃなっ!

 やいやいっ!

 じゃあ……

 魔力技術実習期末テスト…………」


「開始ッッ!」


 期末テストが開始された。

 が、誰も動こうとはしない。


 気恥ずかしいのか。

 みんなの出方を伺っているのか。


 みんなその場でオロつくだけで逃げようとはしない。

 そんな中……


電流機敏エレクトリッパー


 ビュンッッッ!


 最初に飛び出したのは蓮。

 その動きはまさに吹き荒ぶ疾風。


 もう体育館に蓮とルンルの姿は無い。


 「フフ……」


 カリカリカリ……


 薄く微笑みながら、何か書き込んでいっている凛子先生。

 あれが、女子全員の成績表なのだろうが。


「あぁっっ!?

 グヌヌ……

 新崎さんめぇ……

 お前になんか負けるかぁっ!」


 ギュンッッ!


 続いて飛び出したのは久留島くるしまさん。

 これも早い。


 瞬く間に体育館の外へ。


(行くわよ。

 ガイオ)


(私達も行きましょ)


(じゃあ、行って来るね)


 この二人を皮切りにどんどんみんな体育館の外へ向かう。


 普通に竜と走って出て行く者。

 竜を置いて逃げる者。


 逃げる様子も様々だ。

 やがて、女子全員が体育館の外へ逃げて行った。


「やいやい、男子っ!

 女子が全員居なくなったから質問がある奴は受け付けるぞっ!」


(先生、一つ質問良いですか?

 天華あましろさんはテスト受けなくて良いんですか?) 


「やいやい、天華あましろは竜じゃからのう。

 魔力の扱いに関してはテストなんぞ受けんでも解っとる。

 もともとマザードラゴンとの取り決めで派遣されて来たんじゃし」


(そうなんですか?

 ただの転校生じゃなかったんですね)


「やいやい、竜の段階で普通な訳ないじゃろ。

 天華あましろは人間の暮らしを知るために転校して来たんじゃ」


 なるほど。

 変な時期に転校してくるなって思ってたけどそう言う事か。


(で……

 でも、見た感じただの女子って感じですけど……

 天華あましろさんってそんなに凄いんですか?)


「やいやい、そんなもん。

 魔力の扱いならここに居る誰よりも凄いわい」


(せ……

 先生方よりもですか……?)


「ほうじゃ、やいやい」


 あっけらかんと答えるゴリ先生。

 周りにはおと先生も居る。


 そんな人達よりも凄いというのか暮葉くれはさんは。

 更に言葉を続けるゴリ先生。


「女子らの中にはヌルいテストじゃと思って油断しとる奴らもおったじゃろうな。

 ここで油断せずに対処出来るかもきちんとワシらは見とる。

 多分、早い生徒やと1,2分で捕まるんじゃないかのう、やいやい」


(え……

 確か30分後に探し出すんですよね……?

 みんなかなり遠くへ逃げてるだろうし……

 そんな1、2分ぐらいで……)


「フフ……

 やいやい、まあ見とれ……

 ほかに質問がある奴はおるかっ?」


 僕はさっきの流れの中で浮かんだ疑問が一つあった。

 だけどそれは個人的興味によるもの。


 どうしようかな……?

 聞こうかな?


 でもここで手を挙げると目立ってしまう。

 どうしよう。


「あ……

 あのぉ~……」


 恐る恐る手を挙げた僕。

 意を決して尋ねてみる事にしたんだ。


 やっぱり滲み出る好奇心には勝てない。


「おっ?

 すめらぎ、何じゃ?

 やいやい」


「あまりテストに関係ないんですが……

 よ……

 宜しいでしょうか……?」


「おうっ!

 魔力に関係することなら構わんぞっ!」


「じゃ……

 じゃあ、制野せいの先生……

 貴方は禁則事項プロービジョンを皆に付与してましたけど……

 それって


「何だ僕に質問かい?

 それにしては具体性を欠く質問だね。

 もう少し詳しく教えてくれないか?」


 椅子に座った制野せいの先生が薄く笑いながらこちらに目を向けている。


「すすっ……

 すいませんっ……

 いや……

 あのですね……

 ルールの中の指定範囲から出るとか竜に乗るとかは解るんですが……

 最後の暴力行為って言うのが何処までなのかなって……

 例えば足を引っ掛けるとか……

 これって暴力行為とは呼べなくないかなって思いまして……」


「フウン……

 君、名前は?」


「す……

 すめらぎ……

 です……」


「なかなか面白い所に着目したね。

 確かにすめらぎ君の言う通り、足を引っ掛けると言うのは妨害行為であって、暴力行為じゃ無い。

 結論から言うと多分セーフだろう。

 ぼんやりした回答ですまない。

 けど、これには理由があるんだ。

 厳密に何処まで範疇になるかは解らないんだ。

 スキルを持ってる僕にもね」


「そ……

 そんな適当で良いんですか?」


「僕の禁則事項プロービジョンは対象にルールとペナルティを発生させるスキル。

 ルールって言うものは完璧なものなんて存在しない。

 何処かに穴があるものさ。

 例えば龍驤りゅうじょう学院外に出てはいけないってルール。

 じゃあ空はどうなんだ?

 って事も言えるよね。

 女生徒の中には翼竜を使役している子も居たし。

 あと竜に乗ってはいけないって言うのも、じゃあ引っ張って移動したらどうなるんだとも言える。

 そう言ったルールの穴を見つけるのもこのテストの加点対象になっているよ」


「な……

 なるほど、そう言う事ですか……

 あとルールって何処まで設定できるものなんですか……?

 怖いですけど……

 例えばルールを破ったら死ぬってペナルティを与える事は出来るんですか……?」


「……君、結構物騒なこと考えるなぁ……

 多分、対象の命を奪う事も出来なくはないと思う。

 けど、その場合は今日以上の制限事項リミテーションズをかけなきゃ無理だろうね」


 なるほど。

 言わば制限事項リミテーションズって禁則事項プロービジョンのブーストスキルって事か。


 更に制野せいの先生は言葉を続ける。


「まあでも無理だろうね」


「無理?

 命を奪う事がですか?」


「うん、僕の禁則事項プロービジョンって制限事項リミテーションズの重さで効果が増減するんだ。

 今回は両脚に500キロずつの負荷をかけている」


 両脚合わせて1トンもの負荷。

 常人じゃとても歩けるものじゃ無い。


「よ……

 よく立ってられましたね……」


「そりゃ、魔力注入インジェクトを使ってるからね。

 それでもさっき見た有様さ。

 でもお陰でルール三つ、ペナルティは気絶。

 それを20人にかける事が出来たんだよ」


 あ、そう言う事か。


 さっき先生が人の命を奪うペナルティを科す事は無理だと言った。

 僕にはその理由が解った。


「先生……

 さっき命を奪う事が無理だと言ったのは……

 制限事項リミテーションズが重過ぎるからじゃないですか?」


 僕は立てた仮説を先生に話す。


「フウン……

 続けて」


 それを聞いた制野せいの先生は微笑みながら続けろと言う。


「は……

 はい……

 両脚不随に近い制限でかけられるペナルティが気絶程度……

 命を奪うってぐらいのペナルティを付与する為にはそれ以上の制限が必要となります……

 多分それはまともに動けなくなるぐらいのものが無いと成立しないんじゃないかって思うんです……

 それで先生の禁則事項プロービジョンって指先を使って発動するスキルだから全身動かなくなってしまったらかける事すら出来なくなる……

 だから無理だと思うんですけど……

 どうでしょうか?」


 聞いていた制野せいの先生の眼が明らかに変わった。


「ハハッ、見てみなよ十拳とつか先生。

 有望な生徒がいるねぇ」


 パンパンッ


 かと思ったらゴリ先生の腕を叩きながら笑ってる。


「ガッハッハ。

 やいやい、まあすめらぎはあの竜極の孫じゃからのう。

 言わば竜河岸のサラブレッドじゃ。

 これぐらい解ってもおかしくは無いわい」


「へえ……

 すめらぎなんて苗字、珍しいからもしやと思ったけどやっぱりそうかい」


(あ……

 あの……

 それで僕の意見は……?)


「あぁごめんごめん。

 大体が正解。

 70点ってトコだね」


 70点?

 じゃあ残りの30点って何だろう?


「70点……

 ですか……」


「フフ……

 じゃあ残りの30点はどこが間違えてたんだって顔しているね。

 これは何もすめらぎ君が間違えてた訳じゃ無いんだ。

 厳密には誰も100点の回答は出来ないって事なんだよ。

 スキルを持ってる僕ですらね」


 相変わらず勿体付けた説明だ。


「よく意味が解りません……」


「つまりだ。

 本当に命を奪うペナルティを科すには五体満足に動けない程の制限がいるのかって事。

 もしかして今回の制限で可能かも知れない。

 ルールの数や人数を絞ればね。

 これは検証を行わないと解らないから何とも言えないんだよ。

 けど、検証を行ったら逮捕されちゃうから出来ないけどね」


 なるほど。


 僕の仮説は制限が影響するのはペナルティのみだった場合だ。

 対象人数やルールの数は考慮してなかった。


「な……

 なるほど、良く解りました」


「けど、僕が無理だと言った解としては100点だけどね。

 僕も君と同じ見解だよ。

 男子のみんなも聞いて欲しい。

 自分のスキルは必要不必要関係無しにどんどん使って行った方が良いよ。

 それで検証を重ねて自分で性能を解き明かしていくしか無いんだ。

 スキルなんて地球のあらゆる法則を無視してる代物。

 その性能は使ってる自分自身にしか解らないんだから」


 僕の質問を魔力技術の講義に繋げてしまった。

 さすが先生。


 とりあえず僕の仮説が正解だったのは嬉しい。


(ケッ……

 ジメオタの癖に……)


(……要は親の七光りだろ……)


 そこらで陰口が聞こえる。

 でもずっとクラスで日陰者だった僕はある程度のスルー耐性は付いている。

 特に気にもしない。


「おい、すめらぎ

 周りの陰口なんて気にすんなよ」


 意外。

 シノケンが僕を慰めてくれている。


 やっぱりこいつ良い奴なんじゃ。


「フフ……

 篠原氏、それがしは貴殿の良い所を拝見しましたぞ。

 意外にも友達想いでありますなあ」


 うん、本当にその通り。


「バッ……

 バカヤロウッ!

 何言ってやがるっ」


 シノケンが赤面している。


「シノケン、ありがとう。

 でもこんな陰口はずっと言われてるから今更何を言われても平気だよ」


「そ……

 そうか……?

 ならいいんだけどよ。

 陰口叩いている奴らは知らねぇんだ。

 お前がスゲェ奴だって事。

 月曜にはそれを思い知らせてやれば良い」


「うん」



 30分後



 そうこうしている内に時間経過。


「やいやい、天華あましろ

 そろそろ準備せい」


「はいっ!」


 準備体操を終えた暮葉さん。


 ぴょんぴょん


 その場で何度かジャンプ。

 身体の動きを確かめている様だ。


 見た感じ跳躍はそんなに高くない。

 普通の女生徒ぐらい。


 グッ


 暮葉さんが構える。

 スタンディングスタートの構え。


「やいやい、お前ら邪魔じゃ。

 天華あましろに道を空けぇ」


 言われるままに男子と竜の群れが道を空ける。

 暮葉さんの前に真っすぐ体育館入り口への道が出来た。


「やいやい、ほんじゃあ行くぞー……

 3……」


 あ、暮葉さんの瞳が……


 瞳の色が……

 深紫に赤みが加わり……


 赤紫色に。

 色名で言うとローズレッド。


 いつもニコニコしていた顔がピシッと引き締まった雰囲気。


「2…………」


 フワン……


 風?

 何処からか微風が吹いている。

 一体何処から?


「1…………」


 あ、風が止んだ。


「ゼロ」


 ガァァァァァァァァッァァンッッッ!!


 秒読み終了と同時に轟く衝撃音。


「ワァッ!?」


「な……

 何だっ!?」


 ザワ……

 ザワ……


 唐突に鳴り響いた巨大な音に一同パニック。


(おい……

 これ……

 見てみろよ……)


 男子生徒の一人が床を指差している。

 男子生徒全員その声に従い指差した方向を見た。

 僕も見る。


 そして絶句した。


 床には穴。

 45センチぐらいの穴。


 その穴からは放射状で乱雑に細かいヒビや亀裂が付いている。

 穴の位置は暮葉さんが立っていた所。


「あちゃぁ~~……

 この体育館、かなり頑丈に出来とる筈なんじゃが、もたんかったか……

 また久我こがさんに頼まないけんのう……

 やいやい」


 穴の付近でしゃがみ、惨状を確かめているゴリ先生。

 この穴を作ったのは暮葉さん。


 もちろん、もう暮葉さんの姿は何処にも無い。

 捕まえに外へ出て行ったのだろう。


 周囲の男子はこの衝撃音と惨状に気を取られ、それに気付いていない様子。


 それにしてもこの穴。

 魔力を込めた脚で踏み込んで出来た穴なのだろうか?


 ゴリ先生は頑丈に出来ていると言っていた。

 これは魔力の作用にも耐えれる構造になっているのだろう。


 だが、結果は破損。


 これが竜の力。

 人の考える物質などこの超生物の前には何ら意味が無いのかも知れない。


(せ……

 先生……

 これも……

 魔力注入インジェクトの効果なんですか……?)


 この惨状に堪りかねた男子生徒が質問。


「やいやい、魔力の作用や動き的には近いかもしれんが厳密には違う。

 魔力注入インジェクト言うんはあくまでも人間が考えた技術。

 天華あましろは竜の化身じゃ。

 人間とは違う。

 もっとシンプルに純粋に魔力を使こうとるんじゃろうのう」


(ベ……

 ベシ、そうなのか?)


 質問した男子生徒が自身の竜に聞き直している。


【そりゃそうだろ?

 俺達が人間みたいなやつを使う訳ねーじゃん】


 さも当然の様に答える竜。

 周囲は沈黙。


 ただただ目の前の惨状を見つめるのみだった。

 そんな中……


「へぇ~……

 これは値しますネェ……」


 一人の男子生徒がしゃがみながら暮葉さんの作った穴を触っている。


 金髪で上と左右、三方向に逆立っている。

 まるでパンクロッカーの様な髪形。


 目は細く、吊り上り、それに倣うように眉も細く長い。


 顎は尖り、顔の印象は何処か危険な匂いを発している気がする。

 その男は話を続けた。


「これってェ~……

 片足だけに魔力を集中させてますよねェ~……

 ウェッホゥ……

 怖ェェ……

 俺らと威力ダンチじゃん……

 でもこれじゃあ体育館の床に穴を開けるってェのは考えにくいですよねぇ~

 ん~~……

 これって集中させるだけじゃなくてェ……

 魔力をに変化させて使用してるんじゃないですかねェ~……?

 どうですかァ?

 先生方ァ……」


 しゃがんだその男子生徒はゆっくり立ち上がりながら周りに居る先生らにその細い目で視線を送る。


 高い。

 この男、背が高い。


 190センチはあるのではないだろうか?


「ケッ……

 我鬼崎がきざきのヤロウ……」


 シノケンの呟き。

 それは少なくともこの男に良い印象を持ってはいない。


「シノケン、知ってる奴なの?」


「あぁ、隣のクラスの同じバスケ部のやつだよ。

 1年の頃、練習試合で魔力使って半年間、対外試合出場禁止を喰らった奴だ」


「1年?

 その頃ってまだ魔力実習授業始まってないんじゃ?」


「あぁ、だからかなりヤベェ奴だ……」


 確か部活動で魔力の使用は禁止されている筈。

 それに使ったら罰則はかなり重いはずだ。


 対外試合半年間出場停止。

 何となく軽い気がする。


「何となく罰が軽い気がするね」


「あぁ、状況証拠しかねぇからな。

 何でか知らないが魔力使用の痕跡が全く見つからなかったんだと。

 でも有り得るかっての。

 たかがチャージングで選手が10メートル以上吹っ飛ばされるなんてよ」


 確かにそれは魔力を使用していないと有り得ない。


我鬼崎がきざき

 私もそう思うわ。

 正解は天華あましろさん本人にしか解らないけどね」


 おと先生だ。

 おと先生が答えている。


「ウェッホゥ……

 そうですよネェ~……

 でないとこんな威力は出ない筈ですよネェ~……」


 尖った顎に付いている口が小さく開き、薄笑いを浮かべている。


「オイ、我鬼崎がきざき……

 お前、あんまし調子に乗るんじゃねぇぞ……」


 ギン


 おと先生が鋭い眼光を我鬼崎がきざきに向ける。


 怖い。

 さすが三冷嬢。


「ウェッホゥ……

 おお、怖い怖いィ……

 別に何もしませんよォ~……」


おとちゃんおとちゃん。

 また言葉遣いが乱暴になってるよ】


 先生の隣にいた竜が窘めている。


 確かに我鬼崎がきざきの言う通りだ。

 もし暮葉さんの魔力作用が魔力注入インジェクトと同等のものだったらこんな形にはならない気がする。


 もっと大きな穴が開く。

 そんな気がする。


 例えばカタパルト的な効果が得られる様魔力を変化させる。

 もしくはもっとシンプルに”押し出す”や”飛び出す”と言う効果が得られる様魔力を変化させたとしたら。


 衝撃は横に広がるのでは無く縦。

 拡散するのでは無く貫通。


 だからあれだけの音が鳴っても穴は比較的小さいんだ。


 気が付かなかった。

 この我鬼崎がきざきって奴に発想で負けた気がする。


「はーいっ!

 カナちゃん捕まえたーっ!」


 後ろから声。

 振り向くと女子を抱えた暮葉さんが帰って来ていた。


(ふぇぇぇん……

 クレハ、速過ぎるよぉぉ……)


 え?

 出て行ってどれぐらい経った?


 まだ五分も経って無いぞ。


「やいやいっ!

 天華あましろっ!

 どんどん行けっ!」


「はーいっ!」


 ヒュンッ!


 女子を降ろした暮葉さんは瞬く間に姿を消した。

 そこからの快進撃が凄かった。


 次々と女子を捕まえ、体育館に運んで来るのだ。

 10分も経たない内に運び込まれて来た女子の総数凡そ15人。


 一クラス以上捕まえてる。

 残り約5人。


「やいやい、凛子先生。

 あと何人じゃ?」


「後3人ですね」


 あれ?

 そんなに少ないのか?


「やいやい、そうか。

 ちょおっと、まだこいつらには厳しいテストじゃったかものう」


「まあ、私達と竜との違いを痛感する為にも良かったんじゃないかしら?

 そろそろ失格者の回収に向かった方がいいんじゃない?」


「やいやい、場所を教えてくれい」


「格技場の裏手に1人。

 植物育成場に2人。

 フィールドワークスペースに続く道に1人ですね」


「やいやい、それじゃあ先生方。

 回収お願いします」


 ゴリ先生の号令で数人先生が体育館外へ出て行った。


 なるほど。

 禁則事項プロービジョンが発動した生徒も居たって事か。


 まだ蓮の姿は見えない。

 頑張ってるって事か。



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 ###



 フィールドワークスペース北西側 茂み内



 そこに居たのは新崎蓮とルンルである。


「ちょっとシャレになってないわ。

 何、あの暮葉のスピード……」


【あんなの別に大した速さじゃないじゃなぁいん。

 アンタがノロマなだけよん】


「全くあんた達竜って一体どう言う構造してるのよ」 


【それにしたってアンタさっきはどうしたのよう?

 急にノロノロ動き出して】


「それが良く解んないのよ。

 急に体の動きが鈍くなって……

 危なかったわ……

 暮葉が別の子に行ってくれたから……

 もし標的が私だったらアウトだった」


【アンタあの久留島くるしまってコに何かされたんじゃないのぉ?】


 蓮は逃走中に久留島と遭遇していた。

 が、特に何かあった訳では無い。


「けど、ただ話しかけられて協力しようって言われただけよ?」


 そう、ただ話しかけられただけなのだ。


【ケド、アタシが見る限りだとアンタがノロつきだしたのはその後じゃなぁいん?】


「そうかな?

 じゃあ試してみるわ。

 魔力、ちょっと頂戴」


 100CC


 蓮はルンルから極々少量の魔力を抽出。

 

魔力注入インジェクト


 右腕に魔力を集中させ、魔力注入インジェクト発動。

 腕を回してみる。


 !!?


 遅い。

 腕の振りが物凄く遅い。


 まるで老人。

 ヨボヨボの老人の如きスピード。


 明らかにおかしい。


「なにこれ……」


【そうそう、さっきもコレぐらいのスピードだったわよん】


 あまりの遅さに目を疑い、今一度腕を振ってみる。


 ヒュンッ!


 今度は早い。

 魔力注入インジェクトを使用したぐらいのスピードだ。


 更に解らなくなり混乱する蓮。



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 ###



 フィールドワークスペース北側 茂み内



 ここに居たのは久留島清美くるしまきよみである。


 竜は傍には居ない。

 何処か別場所に待機させている。


「あぁんっ、もうっ。

 ここって何でこんなに虫が多いのよっ。

 しかもこの暑さ。

 こんなテスト早く終わらせてシャワー浴びたいわ」


 愚痴を零している清美。


「さっきので新崎さん捕まったかしら……?

 それならザマアミロだけど……

 でも念には念を入れておかないと……」


 ガサッ


 茂みの中から移動する。

 目的地は植物育成場。


 自身の竜を待機させている場所である。


「私の噓八百キャッチャー・イン・ザ・ライ、結構使えるんだけど燃費の悪さが欠点よねぇ」


 そんな事をボヤきながら植物育成場に向かい走り出した。


 ルンルの先の見解は正解である。

 蓮の動作が遅くなったのは清美のスキルが原因。


 ■噓八百キャッチャー・イン・ザ・ライ


 久留島清美くるしまきよみのスキル。

 かけられた対象は意志とは真逆の行動しか出来なくなる。

 より速く動こうと思えばより遅く。

 より強く殴ろうとすればより弱く。

 発動条件は自分の嘘を相手に聞かせる事。

 これはスキル発動前に聞かせる必要がある。

 制限時間は800秒。

 欠点は制限時間と燃費の悪さ。

 今の久留島清美くるしまきよみの熟練度では1補給に1度しか使えない。


 先程の二人の会話はこうである。


「ねえ、新崎さん。

 私は貴方を誤解していたわ。

 貴方って凄い人だったのね。

 それだけ魔力が使えて、可愛くて、成績も優秀だなんて……

 それに誰からも好かれているわ。

 クレハは凄い……

 どんどんみんな捕まっていってる……

 ここで相談なんだけど……

 私達、協力しない?

 二人で協力して少しでも長く逃げ切ってやりましょうよ?」


「え?

 あ……

 ええ、協力……?

 まあ別に構わないけど」


 この時、唐突にこんな事を言ってくる清美に違和感を覚えた蓮だったが暮葉の脅威は確かである為、とりあえず協力の案は了承した。


 この瞬間、嘘八百キャッチャー・イン・ザ・ライ発動。


 今の久留島清美くるしまきよみの発言の中に8つの嘘がある。


 ”誤解していた”

 ”あなたは凄い人”

 ”魔力が使える”

 ”可愛い”

 ”誰からも好かれている”

 ”相談”

 ”協力”

 ”二人で”


 この発言は全て噓である。

 清美は相談する気も無ければ協力する気も無い。


 これが嘘八百キャッチャー・イン・ザ・ライの発動条件。

 会話の中に8つの嘘を混ぜないと発動しない。


 〇誤解していた。


 全く自身の理解が誤りだったとは思っていない。

 今だ新崎蓮、憎しのままである。


 〇貴方は凄い人


 これも嘘。

 確かに認める所は有るには有るが基本的に見下している。

 何故ならジメオタ(竜司)と仲良くしているから。


 〇魔力が使える。


 自分の方が扱えると思っている。


 〇可愛い


 微塵も思っていない。

 自分の方が数倍可愛いと思っている。


 〇誰からも好かれている。


 現に自分が嫌っているのだからこれも嘘。


 〇相談


 話しかけたのはスキル発動の為。

 そんな気はさらさら無い。


 〇協力


 これも大嘘。

 妨害するつもりで話しかけたのである。


 〇二人で


 言わずもがな。


 こうしてまんまと嘘八百キャッチャー・イン・ザ・ライにかかった蓮。


 このスキルの厄介な所は効果が13分程しか無い点。

 程無くして解ける為、かかっていたかどうかも判別が難しい。


 蓮にとって幸運だったのは周りに竜を含めた他生徒が居た点。

 そして自身の使役している竜、ルンルが傍に居た点である。


 フィールドワークスペースへ続く道で蓮達は発見された。

 入り口付近に居たのは蓮と久留島清美くるしまきよみ


 少し離れた所に女子と竜。

 更にもう少し離れた所に女子1人。


 遥か遠くから疾風の如く爆走して向かって来る暮葉を発見。

 四人共気付いた。


 が、あまりの速さに恐怖した真ん中の女生徒は誤って竜に搭乗してしまい瞬時に意識を失った。


 蓮と清美はフィールドワークスペースへ緊急退避を試みる。


 しかし、蓮の動きは遅い。

 途轍もなく遅い。


 既に清美は蓮に話しかけ嘘八百キャッチャー・イン・ザ・ライを仕掛け終わっていたのだ。

 速く逃げると言う蓮の意志とは真逆の行動を取ってしまったと言う事である。


 暮葉が真っ直ぐ蓮に向かって来たら捕まっていた可能性が出て来る。

 ここで捕まるのが久留島清美くるしまきよみの描いたプランだった。


 が、そうはならなかった。


 まず暮葉が向かったのは一番近い女生徒だった。

 これが幸運だった点。


 暮葉はいくら常軌を逸した身体能力を誇ろうとも捕まえられるのは一人ずつ。


 二人以上抱える事も出来なくは無いが、その場合、女子を傷つけてしまう可能性がある。


 無傷で抱えれるのは一人が限界なのだ。

 しかも一人を捕まえると一度体育館に戻らないといけない。


 が、この時の暮葉の脚力は常軌を逸している。

 女子が捕まったポイントから体育館まで直線距離にして1.5キロは離れている。


 しかし暮葉の脚力ならば体育館での捕まえた宣言を含めても1分もかからない。


 いくらこの場を離れたとしても嘘八百キャッチャー・イン・ザ・ライのかかっている蓮だと危機が去ったとは言い難い。


 ここでもう一つの幸運が発生する。

 見かねたルンルが蓮を咥えて移動したのだ。


 これはルンルの機転。

 世知に長けたルンルならではの機転。


【そんなのセーフに決まってるじゃなぁいん。

 アタシはアンタを載せた訳じゃ無いんだからん】


 これが何故気絶しないのかと不思議がっていた蓮へルンルからのコメントである。


 こうして二つの幸運に護られた蓮は何とか難を逃れ現在に至る。

 清美は退避する目で嘘八百キャッチャー・イン・ザ・ライの発動を確認し、そのまま逃走。


 戻って来た暮葉に発見されると絶体絶命だからである。

 従って清美側は蓮の安否は解らない。



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 ###



 フィールドワークスペース 北西側



 蓮とルンルはフィールドワークスペースの坂を登っていた。

 目指すは山頂。


 このフィールドワークスペースとは小高い山になっている。

 山頂には高い一本杉。


 蓮とルンルはそこを目指している。


 蓮は現在、魔力を使用していない。

 自身の筋力だけで移動している。


 何故、魔力注入インジェクトを使用して移動しないのか?

 それには理由がある。


 暮葉。


 竜の化身である暮葉。

 これが原因である。


 蓮は逃走中、そこかしこで響き渡る悲鳴を聞いていた。


 その声が暮葉に発見されたからと言うのは瞬時に理解。

 続いて悲鳴の間隔が短い事に気付く。


 そこから蓮は考えを発展させていた。

 暮葉はどうやって私達を発見しているのだろうかと。


 もちろんグループで逃げている可能性もある。

 従って間隔が短すぎる物はグループと仮定。


 だが、そう仮定したとしても次に悲鳴が聞こえるのは20秒足らずしか経っていない。


 これは標的を発見し最短距離を進まないと不可能では無いか?

 そう蓮は考えた。


 人間で言う所の視覚以外。

 例えば触覚。


 肌で感じると言うが、それがもっと具体的に感じる事が出来るのでは無いか?

 何を感じるかと言われればそれは魔力である。


 要は暮葉は遠く離れた魔力を探知出来るのでは無いかと考えたのだ。

 坂を登っていた蓮は、不意にルンルヘ尋ねてみる。


「ねえルンル。

 貴方達竜って遠く離れた場所に在る魔力も探知出来るの?」


【ん?

 何よ突然。

 そぉねぇ……

 出来るがいるって言うのを聞いた事があるような無い様な……】


「何よ、はっきりしないわね」


【しょーがないでしょ?

 アタシの周りにそんな居なかったんだから】


 まずこの会話で解る事。

 魔力探知は竜と言う種に備わった生態では無いと言う事。


 だが話題として挙がった可能性があると言う事は有している竜が存在している可能性があると言う事。


 それが暮葉では無いとは言い切れない。

 少なくとも暮葉がどの様に女子を発見しているか。


 それが判明しないと魔力はおいそれと使えない。


 現在、蓮達2人は生い茂った山道を登っている。

 敢えて整備された道を外れて登っている。


 周囲からは見つかりにくく、魔力も使用していない。

 これであればなかなか発見はされない筈だ。


 後、何人いるのだろう?

 いつまでこの逃走は続くのだろう?


 そう言えばゴリ先生は制限時間を設けて無かった。


 頭の中で色々思案が巡る。

 どれも不安の種になり得る物。


 そうこう考えている内に山頂到着。

 動き出して約5分足らず。


 フィールドワークスペースの山はそんなに高くない。

 蓮とルンルの前には高い一本杉が聳え立っている。


 見上げると大地と太陽からたっぷりと栄養を吸い取った杉の葉がうっそうと生い茂り、二人を覆う影を作っている。


【ねぇねぇ、こんなトコまでやってきて何しようってのよぅ】


「えっと索敵……

 かな?

 ルンルはここで待っててね」


 50CC


 蓮は極々少量の魔力をルンルから抽出。

 ちなみに蓮の魔力量イメージでは小魔力上限は1000CC。


 それで考えるとどれだけ少量か解ると思われる。


 さっき100CCを使用して暮葉に探知された形跡は無かった。

 となると極少量ならば気づかれないかも知れないと考えたのだ。


 しかしこれはあくまでも仮説。

 のんびりしてもいられない。


 体内に取り込んだ後、即集中フォーカスをかける。

 目的地は右脚。


 50CC


 更に魔力を抽出する蓮。

 今回の集中先は右腕。


 利き腕と利き脚である。


 50CC


 三度魔力を抽出。

 3回目は両眼。


 こうして準備完了した。


発動アクティベート……

 っと」


 ザンッッッ!


 高く跳躍する蓮。

 その挙動は軽やか。


 最初に発動アクティベートを使用したのは右脚。

 縦にぐんぐん昇って行く蓮。


 高度にして凡そ5メートル。


 魔力が極々少量でも魔力注入インジェクトを使用しているのであれば、充分人間離れした高さを発揮する。


 近づいて来る杉の太い枝。

 手を伸ばせば届く距離。


発動アクティベート


 二回目の発動アクティベート

 次は右腕。


 グンッ


 魔力注入インジェクトを発動しているのであれば自分の身体を片手で引き上げるのは容易い。


 最初の枝に辿り着いた蓮。


 更に右脚で蹴る。

 跳躍。


 右手で枝を掴む。

 引き上げる。


 この繰り返しであれよあれよと高い一本杉を登って行く。

 瞬く間にてっぺん到着。


 ルンルの居る所から約30メートル上。


 太い杉の幹に捕まり、蓮はポジションを探す。

 こちらの姿が見えにくく、且つ龍驤りゅうじょう学院の全容が一望できる場所を。


 場所を変え、体勢を変え探す。

 そしてようやく見つかる。


 緑の杉の葉が生い茂ってはいるが、少し顔を出せば学院全域が一望できる。

 まさにベストポジション。


 「発動アクティベート


 最後の魔力注入インジェクト、発動。

 蓮が考えたのは単純な視力強化。


「わっ……

 凄い……

 物凄くよく見える……」


 蓮の目には1キロ近く離れている本校舎外の通路まで完全に視認できていた。

 これならと、蓮は忙しなく目と顔を左右に動かす。


 暮葉を捜す為だ。


 居ない。

 何処にも居ない。


 静まり返った校舎。

 人っ子一人見当たらない。


 期末テストの魔力実習試験がある日は他生徒は休みか課外授業に充てられる。

 もちろん購買部も閉店。


 この龍驤りゅうじょう学院は期末テストの日程を学年毎にズラして行われる。

 理由として他生徒の被害と介入を防ぐ為。


 従って現在は先生と中等部二年生徒しか学院に居ないのである。


 蓮は捜す。

 くまなく捜す。


 が、見当たらない。

 暮葉の姿は何処にも見当たらない。


 辺りは静寂。

 気配すら感じない。


 

「……あら……?」



 何かが左目端に映る。


 場所は巨大運動場の隅。

 範囲ギリギリの位置である。


 素早く注視するがもう何も無い。


 今度は右目端に何かが映った。

 次は逃さない。


 素早く振り向く。

 見えた。


 居た。

 暮葉だ。


 暮葉は小さな顔をグルゥーッと左右に大きく動かしている。


「多分……

 無理なのかな……?」


 蓮が一本杉のてっぺんで呟く。


 この段階で蓮は暮葉は魔力探知出来ないと断定。

 理由は主に二つ。


 まず一つは今行っていた暮葉の所作。

 明らかに目で探そうとしている動きだった。


 指向性の魔力探知の可能性も無くは無いが低いと蓮は考える。


 何故なら先程左目端に映ったのが暮葉だとしたら、今居る位置と向き的に重なる部分があるからだ。


 更にもう一つ。

 これが魔力探知できないという理由を断定させる。


 それは暮葉のいる位置。

 龍驤りゅうじょう学院の端だった。


 もし自分が常軌を逸する視力と脚力を持っていて、対象を捜すとしたらどうする?

 範囲全域を見渡せるポジションから目を凝らすと言う訳だ。


「あっ?」


 巨大運動場の右端に居た暮葉の姿が消えた。

 瞬時に中央へ。


 今度は停止したからよく解る。

 素早く暮葉を追う。


「ん?」


 暮葉が両膝を深く曲げ、しゃがみ出す。

 何処となく力を溜めているような雰囲気。


 次の瞬間。


 暮葉の姿が消えた。

 まさに一瞬。


 だが、蓮は直感で気付いていた。

 素早く今度は見上げる蓮。


 居た。

 暮葉が居た。


 そう、暮葉はジャンプしていたのだ。

 高度は凡そ150メートル。


 蓮がいる地点よりも高い場所に一瞬で移動した暮葉。

 先と同様に眼下をグルゥーッっと見渡している。


「あっ!!!!!!

 サッちゃん、みーーっけッッッ!!!」


 天空から龍驤りゅうじょう学院全域に響き渡る大声。


 ギュンッ


 暮葉急速落下。

 目で追う蓮。


 ガァァァァンッッ……


 遠くで衝撃音。

 暮葉が強く地面を蹴った様子が蓮の両目に映っていた。


 暮葉の姿は見失ったが、運動場にできた痕から方向を特定。

 更に目で追う。


 するとそこには眼鏡をかけたおさげの女子がニコニコ顔の暮葉にタックルを喰らっている様。


 傍に竜は居ない。


 この女性とは野村幸のむらさち

 同じクラスメイトである。


 この子は地味で怖がりな子。

 魔力実習授業も少し嫌がっていた。


 専攻もウェア

 久留島くるしま一派の一人と少し仲が良い為、クラスカーストの位置を保ててる様な女子。


 この様子を見ていた蓮は違和感を覚える。

 何故、野村幸のむらさちがこんな終盤で捕まったのか?


 野村さんの性格を考えたら、序盤で捕まっている筈だ。

 何故、こんなテスト終局まで逃げおおせたのか?


 蓮は考える。



 あ…………



「……私、馬鹿だ……」


 あまりに単純な盲点に自分を卑下した蓮。

 答えは野村幸のむらさちが捕まった場所にあった。


 場所は校舎間の連絡通路中央辺り。

 野村幸のむらさちは一体何処にいたのか?


 簡単な話である。

 校舎内だ。


 野村さんは校舎内に隠れ潜み、今まで難を逃れたのだ。

 これは捉え方の違い。


 鬼ごっこをどう捉えるか?


 体力を使って、鬼から逃げる事を鬼ごっこと捉えるか。

 もしくは何処かに潜んでやり過ごす、言わばかくれんぼの要素も含めて捉えるか。


 野村幸のむらさちは後者で捉えていたと言う事。


 ルールはあくまでも暮葉から逃げる。

 禁止事項は、範囲外から出る事と竜に乗る事と暴力行為のみ。


 誰も校舎内に入ってはいけない等と言っていない。

 これが野村幸のむらさちが今まで捕まらなかった理由である。


 見ると暮葉はニコニコ顔で捕まえた野村幸のむらさちに頬ずりしている。

 野村幸のむらさちは少し困った顔で捕まった事を残念がっている様子。


 特に怪我はしていなさそう。

 目にも止まらぬスピードで向かって行ったにも関わらずである。


 暮葉の能力に脅威を感じつつ、ここで蓮は場所を変える事を決断。


 バッ


 手を放し一本杉から落下。


 スタッ


 軽々地面に着地。


【蓮、もう木登りはおしまいぃ?

 今デッカイ声が聞こえたけど何かあったのかしらん?】


 ルンルと再会。


「ルンル、移動するわよ。

 魔力頂戴」


 700CC


 さっきとはうってかわって多めに魔力を補給。


「えっと……

 こんな感じかな?」


 集中フォーカス


 蓮は入ってきた魔力を二分割。

 両脚に集中させた。


 二点同時集中フォーカス


 さっき複数集中フォーカスが出来た為、その応用でやってのけたのだ。


【ナニナニ?

 ちょっと、何なのよう?

 アンタ、魔力使ってもいいのう?

 バレるかもとか言ってたじゃなぁいん】


「いいのよ。

 多分、暮葉は魔力探知出来ないと思うから。

 そんな事より行くよ。

 …………発動アクティベート


 ガァァァァァァンッッ!


 魔力探知が出来ないと解ったら遠慮は無用。

 思い切り大地を蹴って小山を駆け降りる蓮。


【それで一体何処を目指してるのよぉ?】



「校舎内」



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 ###



 植物育成場 ビニールハウス裏手



「ディシ……

 ディシ……

 何処にいるのよ。

 アイツったら」


【ホホホホ……

 こちらで御座います事よ。

 お嬢様】


 ビニールハウスの角からひょっこり覗く竜の顔。


 その鱗はまだら模様。

 黒、深い灰色、黄色。


 三色のまだら模様と言う一風変わった鱗をしている。

 目は細く、膨らんだ弧を描いている。


 角は生えていないが、何故かメイドの様なカチューシャを付けている。


【アテクシをお呼びと言う事で御座いましたら……

 ホホホホ……

 まぁた、噓八百キャッチャー・イン・ザ・ライを御使いあそばされまして御座いますねぇ……

 今度はどんな嘘をおつきになられたのか。

 今晩にでも是非お聞かせ願いたいで御座いますねぇ。

 ホホホホ……

 これは愉快】


「うっさい、ディシ。

 そんな事は良いから、さっさと魔力をよこしなさいよ」


【ホホホホ……

 どーぞ、どーぞ。

 アテクシの魔力をいくらでも持って行って下さいまし。

 何なら倒れるぐらいでも構いませんですよ。

 ホホホホ……】


 そんな竜の発言を無視して魔力補給を始める清美きよみ


 これが久留島清美くるしまきよみの使役している竜、ディシである。

 言葉遣いは丁寧だが、主を小馬鹿にしているのが台詞の端々から伝わる。


 このディシが好む物は”嘘”。

 人間がつく嘘である。


 人間は何故、嘘をつくのだろう。

 何故、さも真実の様に在りもしない事を口から吐く事が出来るのだろう。


 ここに興味を持ったのである。

 そこから派生してメイドと言う存在も気に入っている。


 どんなに汚く醜悪な者でも主人であればかしずくメイド。

 ディシにとっては仕事中のメイドなど嘘の塊なのだ。


 本編をお読みの方であれば、ここまで書けばお気づきかもしれない。


 そう、ディシは邪竜である。

 従って清美との間には絆など存在しない。


 面白い嘘を見せたり、聞かせたりしてくれる。

 ただその一点のみで清美に付き従っている。


 メイドを気に入った点を見てみると人間文化に全く興味が無い訳でも無いが。


 ちなみにこの龍驤りゅうじょう学院が存在する世界線では邪竜と言う言葉は無い。

 その言葉を生み出したB.Gベーゼゲワルト自体存在しないからだ。

 従ってディシを表現するなら”変わった竜”となるのである。


 やがて清美の魔力補給が完了する。


【あらお嬢様。

 そんなちょびっとで宜しいので御座いますか?

 遠慮せずにもっと持って行っても構いませんのにぃ】


「充分よ。

 これで新崎さんに勝って見せるわ」


【オォッホホホホッ!

 嘘嘘……

 ホントはこれ以上取り入れれ無いだけで御座いましょう。

 本当に何故人間と言うのはそんな嘘をつくので御座いましょうかね?

 それに勝って見せるとか言っててもその実……

 あの女子が怖くて仕方ないんで御座いましょう?

 ホホホホホホッッ!

 あぁ、愉快愉快……】


 カァッ


 自分の虚勢を見抜かれた清美の顔が紅潮。


「うっさいわねっ!

 しょうがないでしょっ!?

 これ以上一度に吸収したら本当に身体が怠くなるんだからっ!」


【オッホホホホ……

 愉快愉快……】


 まだ笑っているディシ。


「アンタ、また連れてかないから。

 ここで大人しく待ってなさいよっ!

 フンッ!」


【アテクシは別段、構いませんで御座いますがお嬢様。

 今度はどちらに行かれるおつもりで?】



「校舎内よ」



 清美も蓮と狙いは同じだった。

 地上から天空にいる暮葉の様子は見ていたのだ。


 概ね蓮の予想と同じ。

 暮葉が学院の外しか捜していない事に気づいたのだ。


 だが地上に居た為、野村幸のむらさちが何処で捕まったかまでは見ていない。

 清美が気付いたのはあくまでも暮葉が何故か外しか捜していない点のみ。


 こうして残った蓮と清美は同じ方向へと駆け出して行ったのであった。



 ###

 ###



 龍驤りゅうじょう学院 体育館



(ねぇーっ!

 クレハーっ!

 恥ずかしいから降ろしてよーっ!)


 後ろから抱えられた野村幸のむらさちが大声を上げる。

 気づいた竜司達、男子一同が一斉に振り向く。


「ダメだよ、サッちゃん。

 アナタは捕まったのデス。

 先生にきちんと引き渡すまでこのままーっ!」


 大量の異性の眼に晒された野村幸のむらさちの顔がみるみる内に赤くなる。

 

 後ろから抱えられた。

 所謂赤ん坊が親に手伝われておしっこをする様な体勢。


 これは思春期の女子には堪らない。

 男子達が注目する中、堂々と間を進んでいく暮葉。


 両手には思春期で多感な女子が抱えられている。


(もう……

 死にたい……)


 恥ずかしさの余り両手で顔を覆っている野村幸のむらさち


「はいっ!

 先生っ!

 サッちゃん、捕まえましたっ!」


 ドスッ


 ようやく羞恥から解放された野村幸のむらさち


「やいやい……

 野村よ……

 お前、このテストが魔力実習のテストやっちゅうの解っとるんか……?」


(だっ……

 だってっ……!

 私っ……!

 こんな化け物みたいな力なんて扱えないっ……!)


「……まあ、確かに逃げた時間で言うたら学年3位じゃからそれなりの点数は付けるがのう……

 やいやい……」


 十拳轟吏とつかごうりは知っていた。

 野村幸のむらさちが校舎内のトイレに隠れていた事を。


 厳密には蘭堂凛子らんどうりんこが気付いて先生に周知したのだが。


 このテストはあくまでも魔力技術のテスト。

 その魔力を使わずに隠れていた。


 これが何を意味するか。


 この魔力技術テストは加点の割合としては逃走時間が3。

 魔力使用の加点は5。

 その他が2である。


 つまり逃走時間で一位を取ったとしてもそれ単体では30点にしかならないのだ。


 野村幸のむらさちの場合、逃走時間の点数は15~20点。

 魔力加点に関してを使用していない為、0点。


 その他加点の部分を含めたとしても30点行くか行かないかと言った所。

 赤点の際である。


 普通、ヤバいと思うかも知れないが野村幸のむらさちは成績的には良い方なのだ。

 序盤で捕まった女子などは点数一桁ぐらい。


 恐ろしく平均点が低い。

 が、こと龍驤りゅうじょう学院では別段珍しい事では無い。


 例年通り。

 初めての魔力実習テストで好成績を残す者は1人か2人。

 多くて3人と言った所なのである。


「ねえねえセンセ。

 あと何人いるの?」


「後二人よ。

 新崎さんと久留島くるしまさん」


 凛子先生がコリ先生に代わって回答。


「へーっ!

 蓮とキヨミが残ってるんだーっ。

 そー言えばさっきチラッと見かけたっきり見て無いなあ……

 よしっ!

 ほんじゃーそろそろ行って来ますっ!」


 暮葉が無邪気な声で再出発の合図。


「やいやい、とっとと捕まえて来い」


「はーいっ!

 最初に捕まえれるのはどっちかなぁ……

 蓮かな……?

 キヨミかな……?

 ……よーいっ……

 どんっっ!!」


 合図と共に姿を消す暮葉。



 ###

 ###



 龍驤りゅうじょう学院 本校舎付近



 慎重に隠れながら校舎内を目指す久留島清美くるしまきよみ

 植物育成場から校舎まで少し距離があった。


 清美は移動に魔力注入インジェクトを使用していない。

 使いたくても使えないのだ。


 内包している魔力は暮葉と対峙した時の嘘八百キャッチャー・イン・ザ・ライに残しておきたい。

 と言うよりか久留島清美くるしまきよみ魔力注入インジェクトとスキルの併用が出来ないのだ。


 そもそもスキルを使用する時の魔力と魔力技術を使用する時の魔力では質が違う。

 従ってスキルと魔力注入インジェクトを併用する為には体内に2種の魔力を内包しないといけない。


 テスト開始時、蓮が行ったのがそれである。


 電流機敏エレクトリッパー魔力注入インジェクトの併用。

 この様に普通の燃費のスキルであれば可能なのだ。


 が、久留島清美くるしまきよみは違う。


 有しているスキルは比較的大量の魔力を使用する嘘八百キャッチャー・イン・ザ・ライ

 且つ自身の竜と絆を育んでいないため魔力量限界も低い。


 結果、行動する時はスキルか魔力注入インジェクトかの二者択一となるのだ。

 だが、その事はさしてデメリットとも思っていなかった。


 嘘八百キャッチャー・イン・ザ・ライにかかりさえすれば逃げるぐらいは容易い。

 そう考えていた。


 それよりも久留島清美くるしまきよみが抱えている問題は別にあった。


 頭の中は嘘八百キャッチャー・イン・ザ・ライの発情条件である8つの嘘の事でいっぱい。


 考えても考えても思いつかない。

 何故なら清美は暮葉のファンだからである。


 最初からファンだったと言う訳では無い。

 転校当時は名前ぐらいしか知らなかった。


 そこから出演する番組を意識してみる様になりどんどんファンになって行く。


 暮葉の凄い所はTVで振舞っている態度と普段清美達に振舞っている態度に違いが無い所だ。

 常に自由奔放、天真爛漫。


 そんな暮葉に清美はどんどん惹かれて行った。

 竜司との一件はあるがそれとは別でどんどん暮葉の溢れるスター性にやられていっていた。


 要するに嘘が思いつかないのだ。

 しかも考えると罪悪感も湧き出て来る。


 私が嘘を付く事で暮葉を傷つけてしまわないかと。


 基本清美はプライドが高く、傲慢な性格。

 自分が一番、成績でも一番で当然。


 今までもそうだった。

 そしてこれからもずっとと考えている。


 だから蓮が嫌いなのだ。


 成績は確かに清美の方が上(学年一位)。

 だが、その事を全く悔しがるそぶりを見せず、毎日楽しそうに暮らしているのが気に入らない。


 更に男子に人気があるのも気に入らない。


 そんな褒められた性格では無い清美が唯一罪悪感を持つ存在。

 それが暮葉なのだ。


 私を嫌うのであれば勝手に嫌えばいい。

 立ち塞がるなら叩き潰すだけ。


 けど、この人には嫌われたくない。

 傷ついて欲しくない。


 自分が一番と考えている清美。

 ならば暮葉はどの位置なのか?


 それはもう優劣を競う土壌には居ない。

 もはや神格化に近い気持ちを抱きつつあったのだ。


 そんな理由から発動条件として必須の8つの嘘が思いつかない状態。


 嘘で暮葉を傷つけるのは嫌。

 だけど嘘をつかないとスキルは発動しない。


 このジレンマにさいなんでいた。

 そうこう考えている内に本校舎外壁まで辿り着く。


 ここは校舎の端の突き当り部分。

 窓などは付いていない。


 壁伝いに歩けば見つかりにくい。

 ここを歩いて、角を曲がって少し南方向へ歩いて行けば一番近い入り口がある。


 体育館はここから1キロ弱は離れている。

 さっきの大声から女子が捕まったと考えるとこの辺りを探している可能性は低いと考えた清美。


 本校舎は巨大な凹型。

 一番近い入り口と言うのは中庭と呼ばれるへこみ部分に通ずる扉。


 さっきの離れた所から追って来た所を見ると暮葉の視力が良いのは解っている。

 それを活かす為にはこんな見通しの悪い所には来ないのでは?


 そう考えたのだ。


 一先ずは校舎内。

 校舎内に入ろう。


 建物内に入ってしまえば時間が稼げる。

 そんな事を考えながら角を曲がった瞬間……



「あっっっ!!

 キヨミみぃーっっっっ…………

 けっっっ!!!」



 天空から大声。


 ドキンッッッ!!


 突然の事に清美の心臓が高鳴る。

 状況を把握出来ず軽いパニック。


「え……?

 あ……」


 キョロキョロと辺りを見渡した後、ようやく空を見上げる。

 が、空にはもう誰も居ない。


 清美の全身が総毛立つ。

 ようやく状況を呑み込めた。


 まず暮葉に発見された。

 やり方はさっきと同じ。


 空高く跳躍し、上から見降ろして。

 おそらく巨大な本校舎の向こう側から飛び上がったのだろう。


 もう暮葉の姿が空に無いのは既に降りたから。

 おそらくここから凹型の外周を回ってこちらに向かって来る。


 この場合、清美の取るべき手段としては一刻も早く中庭入り口から建物に逃げ込むべきだった。


 角を曲がってから比較的距離は近い。

 すぐに建物内に入れば助かったかも知れない。


 が、動かない清美。

 いや、動けなかったのだ。


 傲慢でプライドの高い清美だが中身はただの中学二年女子。

 不測の事態、緊急事態に冷静な判断は出来ないのだ。


 ビュンッッッ!!


 戸惑っている間に遠く離れた所から来た。

 猛然と。


 何かが向かって来ているが姿は見えない。


 判断したのは飛び散った砂利や土から。

 しかし、何が向かって来ているのかは自明の理。


 暮葉だ。


 魔力注入インジェクトを発動していない清美は当然姿を視認する事は出来ない。

 絶体絶命。


 もう暮葉に優しいタックルを喰らうのを待つだけ。

 まな板の上の鯉。


 誰しもがそう思う局面だった。

 が……



「ちょぉっとォォォッッ!

 ストォォォッップッッ!!」



 右掌を広げ、目いっぱい前に突き出し制止を叫ぶ清美の姿がそこに在った。

 これが精一杯の抵抗。


 心身共に小さな中学二年生女子の出来る精一杯の抵抗だった。


 ギャギャギャギャァァァッッ!


 カウンター気味に足を入れ、急ブレーキをかける暮葉。

 清美の抵抗が功を奏したのだ。


 ピタァッ


 目にも止まらぬ速さで向かって来ていた暮葉が清美の右掌の前で完全停止。

 数秒間の静寂。


 お互い沈黙。


 ヒョコッ


 突き出した清美の掌から暮葉のキョトン顔がひょっこり覗く。

 初めてのケースだったらしく、上手く状況が呑み込めていない様子。


「キヨミー、どしたの?

 オナカ痛いの?」


 最初に口を開いたのは暮葉。


 嘘を何にするか案が固まった訳では無い。

 が、もう列車は走り出した。


 こうなったらしょうがない。

 やるしかない。


「くっ……

 暮葉ァッ!

 ……ちょっちィッ!

 キィッ!

 ってもらいたいコトゥがありのォッ!

 ……ォエホッ!

 エホッ!

 ゲホッ!」


 緊張の余り、抑揚もリズムも滅茶苦茶。

 台詞もカミカミ。

 息も詰まらせ、語尾はむせてしまった。


「あぁっ!?

 キヨミ、大丈夫!?」


 慌てた暮葉が背中を擦る。

 これはまだ捕まえてはいない為、テストは続行。


「ウェホッ!

 エホッ!

 ゲホッ!

 あ……

 ありがと……

 エホッ!」


「あっ!」


 何か閃いた様な顔をしている暮葉。

 おもむろに背負っていた小さなショルダーバッグから取り出したのは水のペットボトル。


「へへー、先生から持たされてたんだー。

 ホラ、これ飲んで。

 何言ってるのか全く解んなかったけど、これ飲んだら……

 飲んだら人間ってどうなるんだろ?」


 再びキョトン顔に戻った暮葉。


 やっぱり優しいなあ。

 そんな考えが頭を過った後、嘘をつかないといけない事にちくりと罪悪感の棘が胸を刺す。


「ンッ……

 ンッ……

 ンッ……

 ふう……

 ありがとう……

 落ち着いたわ」


 冷たい水を身体に流し込み、気持ちも落ち着いて来た清美。


 ゴメン、暮葉。

 私は一番になりたいの。

 後でちゃんと謝るから。


「良かったー。

 人間って水飲んだから落ち着くのねー。

 で、さっき何言ってたの?」


「あのね……

 わ……

 私、クラスの秘密を知っちゃったの……」


 入りからして嘘。

 大嘘だ。


 それにしても何と低クオリティな嘘。

 まず何故その秘密とやらを今このタイミングで言うのかが解らない。


 全く案がまとまってない人間のつく嘘などこんなものである。

 とりあえずカウント1。


「えっ?

 えっ?

 秘密っ?

 何それ?

 何で今言うの?」


 もっともな意見である。

 世知に長けてない暮葉でもそう思う。


 更にキョトン顔になる暮葉。


「そ……

 それは……

 このテストの時が一番良かったのよ……

 そ……

 それに……

 く……

 暮葉がか……

 関係している事だからなの……」


 所謂ウソがウソを呼ぶと言った現象。

 最初のウソの整合性を持たせる為に更にウソをつく。


 嘘を重ねる形。

 カウント2。


 ウソのクオリティはどうあれ、数が必要と言う発動条件であればこの形に持っていければかなりハードルは低くなる。


「えっ?

 私っ?

 私がカンケーしてるのっ?

 何々っ?

 どんな話っ?」


「えっと……

 そっ……

 それは……

 クラスの中で暮葉がどう思われてるかって……

 話で……」


 ここから先は清美の発言全てが口からでまかせ。

 嘘と言える。


 もちろん暮葉の好感度に関するクラスの秘密などは無い。

 そもそもそれをクラスの秘密と称するのも良く解らない。


 カウント3。


 更に他生徒が暮葉をどう思っているかなんて清美は知らない。

 カウント4。


「みんなどう思ってるのっ?

 興味あるっ!

 教えて教えてっ!

 ねぇキヨミっ!」


 目を爛々と輝かせながら顔をズズイと寄せる暮葉。

 もう自分の言ってる事が大嘘だと言う事は解っている清美は気圧され、若干顔が引かせる。


「え……

 えっと……

 たっ……

 例えば……

 すみとか……

 暮葉っていつもうるさいって言ってたし……

 精花せいかは……

 グイグイ来るのが苦手って……

 言ってたし……」


 すみ精花せいかとは清美がいつもつるんでる友達。

 もちろん二人が暮葉の事をどう思っているかは知らない。


 カウント5。

 カウント6。


「えぇっ……!?

 二人共そんな事思ってたの……

 ……シュン……」


 真に受けた暮葉が見るからにションボリし出す。


 その様子を間近で見ていた清美。

 胸に刺さる罪悪感の棘が一層太く、大きくなる。


 そんな顔しないで暮葉。

 貴方にそんな顔は似合わない。


 貴方にはずっと笑っていて欲しい。


 けどゴメン。

 私は一番になりたいの。

 ならないといけないの。


 あと二つでスキルが発動する。

 それで私は広い校舎の奥まで逃げる。

 この広い校舎で見失えば他に行く筈。


 だからゴメン暮葉。

 あと二つだけ嘘をつくのを許して。


「あ……

 あと、わ……

 私も……」


「ふえ……?」


 ションボリ俯いていた暮葉。

 顔を上げるともう涙目だった。


 無理も無い。


 この2か月。

 クラスのみんなは本当に優しく接してくれていたから。


 それが快く思っていなかったと聞かされたのだ。


 ちなみに暮葉は14歳ぐらいの人間多数とガッツリ交流を持つのは初めての経験。


 そして清美。

 ぶっつけ本番で取り繕えるウソのストックがもう無い。


 後は身を切るウソ。

 自分を絡めたウソをつくしかなくなっていた。


「く……

 暮葉……

 の事……

 だ……

 大嫌いだし……」


 ストックが切れた中、急いで嘘をつかないといけない状況。


 ネタが無く、身を切るウソをつかねばならない。

 言葉選びをする余裕も無く“嫌い”等の具体性を持った言葉を投げかける形になる。


 カウント7。


 ガーーンッッ!!


 そんな音が聞こえてきそうな表情を見せる暮葉。


「だ……

 大体……

 暮葉は……

 暮葉は……

 い……

 いつも……

 う……

 う……」


 最後の嘘をつき、スキル発動条件を完了させようとする清美。


 それを聞いて口が深いへの字を描く暮葉。

 両眼もうるうるに潤み始めた。


 号泣寸前。



 だが……



「う……

 う……

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!!」


 先に限界が来たのは清美側だった。

 暮葉よりも先に大号泣し出す。


「うっ……

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!

 キヨミぃぃぃっ!

 何で泣いてるのォォォォッッ!!」


 暮葉もつられてもらい号泣。


 誰も居ない巨大な校舎の中庭で大号泣している2人。

 何とも異様な光景。


「ごめぇんっっ!

 ごめんなさぁぁいっっ!

 今行った事はぜぇぇんぶっ!

 ぜぇぇぇんぶ嘘なのォォォォッッ!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!」


 普段であればウソをつく事に何ら良心の呵責も無く、ついている清美。

 文字通り息をする様に嘘をつくと言うやつである。


 が、今回は違う。


 対象が暮葉。

 自分の中で神格化する程深いファンになりかけている暮葉なのだ。


 その暮葉に嘘をつこうとした罪悪感。

 スキルを仕掛けようととした罪悪感。

 いつも明るく朗らかな顔をしていた暮葉を泣き顔にさせた罪悪感。


 本番前は自分の成績の為と心の中で何度も何度も謝罪していた。


 だがいざ始まると押し寄せるこの罪悪感の大津波をき止める事が出来ず……

 今の状況を作り出したのだ。


「わぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!

 何でぇぇッッ!

 何でそんなウソついたのぉぉぉぉっっ!!?」


「だってェッッ!

 だってぇぇぇぇっっ!

 わたっっ……!

 私のスキルをかける為に仕方が無かったのぉぉぉっっ!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!」


「キヨミィィィッ!

 何言ってるかわかんないよぉぉぉっ!

 えぇぇえぇぇんっっっ!!」


 ちなみに暮葉は竜河岸が全員スキルなる異能を有している事を知らない。

 お互い泣き止まない。


 清美は罪悪感のダメージが大きく泣き止まない。

 清美が泣き止まないから暮葉も泣き止まない。


「うぇぇぇんっ!

 私は暮葉の事、大好きだよぉぉぉぉっっ!

 大好きなんて言葉じゃ収まらないぐらい大好きだよぉぉぉっっ!

 うわぁぁぁんっ!

 えっ……!

 えっ……!

 他の子がどう思ってるなんかも知らない……

 いいえ、みんなも暮葉の事大好きな筈よぉぉぉっ!

 ああああんっっ!

 ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁいっっ!!!」


「うわぁぁぁぁぁぁんっっ!

 キヨミィィィッ!

 ありがとぉぉぉっっ!

 えええええんぅっっ!!」


 しばらく泣き続けた二人。

 結局なし崩し的に暮葉に引率される形で体育館に帰還。


 着くなり驚いたのは十拳轟吏とつかごうり

 二人共、泣きべそを掻いていたのだから。


 曰く。


「何だか火サスのラストみたいじゃのう。

 やいやい」


 だそうな。


 久留島清美くるしまきよみ テスト終了


 ちなみに暮葉にかけようとした嘘八百キャッチャー・イン・ザ・ライは発動していなかったそうな。


 続く

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