200回記念 私立龍驤学院④



 翌朝 期末試験初日



 ピピピピピ


 遠くで音が聞こえる。

 聞き慣れた音。


 これは目覚ましのアラームだ。

 僕はゆっくりを目を開ける。


 半身を起こし、起床。


 ピピピピピ……


 目覚ましを止める。


 時間は午前6時50分。

 いつもの起きる時間。


「ふあぁあ……」


 僕は少し大きめの欠伸。


 少し眠たい。

 半分開いた眼を少し擦る。


 これは魔技(魔力技術の略)トレーニングの後、今日のテスト科目の勉強をしていたからだ。


 今日から期末テスト。

 午前中だけで終わるのは嬉しいけどやはり緊張するなあ。


 今日は英語、国語、社会。

 明日は数学、理科、家庭科。


 その翌日は保健体育、魔力技術実習試験(女子の部)。


 土、日を挟んだ来週の月曜が最終日。

 魔力技術実習試験(男子の部)で終了。


 休みを挟んでるのが男子の部は模擬戦である可能性が濃厚な証なんだそうな。

 手早く制服に着替え始める。


【竜司うす】


「ガレア、おはよう」


 着替えてる途中でガレアも起きた。


【お前、最近何やってんだよ。

 アステバンも見ずによ】


 そりゃそうだ。


 テストが近いんだ。

 呑気に特撮なんか見てる場合じゃない。


「テストだよ。

 期末テスト。

 それに向けて勉強してるんだよ」


【シマ……

 シマツケツト……

 って何だ?】


 起きぬけに最近では見た事無いここ一番のキョトン顔を見せるガレア。

 何でお爺ちゃんの長台詞は理解できるのに僕の短い言葉は解らないんだ。


「期末テストだよ」


【そ……

 そのケツトがあると何で特撮見ねぇんだよ】


「ケツトじゃなくてテストね。

 いつも僕らが授業受けてるだろ?

 それをどれだけちゃんと解ってるかどうか試されるんだよ。

 それがテスト」


【よくわかんねぇなあ。

 お前らのやってるジュギョーってよーは知らねぇ事を教えて貰ってるんだろ?

 教えられた奴が教えて貰った事をドー使おうと自由じゃねぇか。

 どんだけ解ってるかーなんてうるせぇって感じじゃねぇのか?】


 確かにそりゃそうだけどもよ。


「まあ確かにそりゃそうなんだけど。

 先生達も仕事でやってるんだよ。

 学校って僕らをある程度まで賢くする為にあるんだ。

 だから定期的にどれだけ賢くなったか確認する必要があるんだよ」


【ふうん。

 じゃあお前はアホって事か。

 ケタケタケタ】


「何でそうなるんだよ。

 こう見えてもそこそこ勉強できるんだぞ」


 別に僕が頭が良いって言う訳じゃ無いけどアホと言われるとカチンと来る。

 しかも自分が使役している竜に。


 中間テストの結果は学年15位。

 ベンガリより上だ。


 僕がアホだったら学年の半分以上がアホと言う事になる。

 それにしてもどれだけあいつベンガリがキャラガリ勉かが解るなあ。


 覚えられないのかな?

 それとも恐ろしく要領が悪いのかな?


 何にせよトホホな奴。

 本当にいつも勉強してるのに。


 ちなみに蓮は学年3位。

 ベンガリより全然上。


【出来るヤツが何でまだ確認してんだよ。

 じゃあやっぱりアホって事じゃねぇか。

 ケタケタケタ】


 ガレアの嘲笑は止まらない。

 どうやらテストを受ける理由を頭が悪いからだと思っている様だ。


「頭が良かろうと悪かろうとテストはみんな受けるの。

 学校ってそう言う所なの。

 さあ早く降りようよ。

 遅刻しちゃう」


【おう、アサゲーだな】


 ガレアが言ってるアサゲーとは朝餉あさげ

 つまり朝ご飯の事だ。


 何故か語尾を伸ばすんだ。


 だから昼餉ひるげはヒルゲー。

 夕餉ゆうげはユウゲーとなる。


 何だか新しいゲームのジャンルみたい。


「そうだよ」


 着替え終わった僕はガレアを連れて一階の居間へ。

 降りるといつもの様にお爺ちゃんとカイザが座っていた。


「おはようお爺ちゃん」


「おう竜司か。

 おはよう」


【お?

 姫の息子か。

 おはよう】


 僕がテーブルの前に座ると台所から朝ご飯を運んで来るダイナ。


「おはようダイナ……

 毎朝ご苦労様」


 僕の前におかずを並べる白い爬虫類。

 慣れたけど竜が給仕をしている様ってのは一般人から見たら異様なんだろうな。


【ん?

 別に気にするこたねぇ。

 俺が好きでやってんだからよ】


「フン、変わった竜だ」


 テキパキとおかずを並べるダイナを見て一言漏らすカイザ。


【カイザ、うるせぇな】


「ほらぁ、ダイナはんっ!

 何くっちゃべっとんのやぁ?

 はよ運んでしまいぃやぁ。

 いつまでだっても片付きゃしまへんえーっ」


 台所から二人の竜の会話を破る様に母さんの声が聞こえて来る。


【おっといけねぇ。

 とっとと片づけてしまわねぇと】


 そう言ってダイナはドスドス台所に消えて行った。

 やがて運び終え朝食開始。


 やっぱり母さんのご飯はめちゃくちゃ美味い……

 美味いんだけど基本和食だからなあ。


 たまには洋食も食べてみたい。


「あ、母さん。

 今日は僕テストだから午前中で終わるよ」


「ほうか。

 なら昼はお弁当食べとくんなはれ」


「うん、わかってるよ……

 ご馳走様」


 僕は誰に言われる訳でも無く洗面所へ。

 水の入ったバケツと雑巾を持って来る。


 そのままガレアの食べ散らかした残骸を掃除。

 すぐさま元通り。


 本当に掃除スキル上がったなあ。


「母さん、お爺ちゃん。

 行って来るよ」


「いってらっしゃい。

 テスト頑張ってなぁ」


 僕とガレアは出発。


 ジリジリ


 今日も暑い。

 太陽の直射日光が肌を刺す。


 まだ梅雨が明けて無いせいか大気はジメジメと湿気を孕み、外に出て数分でもう肌着がベトついて来るのが解る。


 せめて湿気がもうすこし低ければなあ。

 歩いていると蓮とルンルが見えて来る。


「おはよう……

 今日も暑いね」


「ん?

 あ、竜司おはよう。

 ホントね……

 梅雨だってのに全然雨降らないし」


 本当に。

 今年は全然雨が降らないなあ。


 今は7月初旬から中旬の間辺り。

 世間ではまだ梅雨は明けてないらしい。


「今年全然雨降らないよね。

 こう言うの空梅雨って言うんだっけ?」


「そうそう。

 ホントに参るわよね……

 暑い上に湿気もあるもんね……

 フウ」


 パタパタ


 蓮が制服の胸元を持ってハタハタと空気を入れている。

 真っ白い蓮の胸元がチラチラ見えて何かセクシー。


 頬が暑い。

 これは初夏のせいじゃない。


「ムッ……?

 何処見てんのよっ!

 竜司のスケベッッ!」


 バッ


 素早く身を捩り、胸元を隠す蓮。

 僕は自然と蓮の胸元を凝視していた様だ。


「だっ……

 誰がスケベだよッッ!」


 僕は勢いで誤魔化そうとした。


「アンタよアンタッッ!

 私のムネじっと見ちゃってさっ!」


「ヌッッ……

 ヌゥウァニィウォウィッテルンダァァァッッ!」


 僕は具体的に行いを突き付けられたもんだから途端に焦り出す。

 まるで弁護士に証拠を見せられた感覚。


「何言ってるかわかんないわよっ!」


「大体蓮が悪いんだろっ!

 これ見よがしに胸元をパタパタしたからいけないんだろっ!」


 もう言葉にされてしまったから開き直った僕。


「なぁんですってぇっ!!?」


「何だよっっ!」


【おいルンル。

 何かこいつら揉めるの久々だなあ】


【最近せっかく距離が縮まった気がしたのにネェ……

 蓮も別に減るものじゃ無し。

 ガバーッと見せてやりゃあ良いのにィ。

 恋愛は攻めあるのみヨォ】


 ボッ


 ルンルの発言を聞いた蓮の顔が一瞬で赤くなる。


「なぁに言ってんのヨォォっっ!

 ルンルゥゥゥゥッッ!」


【ヒェッ!

 この暑苦しい日に電流機敏エレクトリッパーはカンベンしてぇぇぇぇっっ!】


 ズドドドドドドドォォォォッッ!


 走り去って行った蓮とルンル。

 こんなに暑いのに二人共元気だなあ。


 それにルンルもそろそろ学べよ。



 2-1 教室



「あっおはよーっ!」


 教室に入るなり、暮葉さんが元気な声で挨拶。

 途端に周りの女子がジトッとした目で注目。


「お……

 おはよう……」


 僕は薄ら笑いを浮かべながらコソコソと横移動。

 そそくさと田中の席へ。


「やあやあすめらぎ氏。

 おはようございまする。

 朝から災難でありますな」


「ホントだよ……

 何で暮葉さん、僕に構うんだろ……?」


「おそらくキッカケはガレア氏ではござらんか?」


【ん?

 俺か?】


「左様。

 聞いた所によると天華あましろ氏とガレア氏は旧知の仲。

 同胞はらからを使役している人物となれば興味を持っても致し方無いでありますよ」


 まあ、そう言われると解らなくもない。


【タナカー。

 お前も難しい言葉知ってんなー】


【イチはお前んトコの竜司程じゃねぇが結構頭いいからな】


 トロトンは僕の事を良く見てくれてる。

 何か嬉しい。


【何言ってんだよトロトン。

 タナカも竜司も今日のケツトやるんだろ?

 ならアホじゃねぇか。

 ケタケタケタ】


【ガレア、ケツトって何だ?】


 トロトンがキョトン顔。

 珍しい。


 それにしてもこいつの鱗の色は何か夏らしいなあ。

 若草色。


【何か人間ってちゃんと教えた事が解ってるか確認するんだと。

 それをシマツケツトって言うんだぜ。

 ンフンッ】


 ガレアがどうだ良く知ってるだろと言わんばかりのしたり顔。

 いや、間違ってるから。


【ん?

 それって今日やる期末テストの事じゃねぇのか?】


【ん?

 だからケツトじゃねぇか】


【ん?】


【ん?】


 ガレアとトロトン。

 二人見合って首を傾げ、キョトン顔。


 何だこいつら。


 トロトンの方が合っている。

 そしてガレアはケツトがテストの事だと解っている。


 が、依然としてテストの事をケツトと言っている。

 ガレアの言い間違いって何なんだろう。


「それですめらぎ氏。

 テスト勉強はして来たでありますかな?」


「まあそれなりには。

 僕がどっちかと文系だしね。

 そう言う田中氏はどうなんだよ?」


「拙者はまあいつも通りでありますな」


 田中はメガネをかけているが成績は平凡。


 学年順位は21位。

 可もなく不可も無くと言った所。


 ガラッ


 遠くで扉の開く音が小さく聞こえる。


 フラ……

 フラ……


 裏辻うらつじ先生が入って来た。


 あれ……

 何かフラついてないか?


 後からついて来る竜が紙の束持ってるし。

 多分あれがテストだろう。


 ザワ……


 裏辻うらつじ先生の異変に周りも気付き出した。


「ねえねえ竜司。

 何だか先生ヘンじゃない?」


 暮葉さんも気付いた。

 いつも気だるげだけど、今日はいつもに輪をかけてしんどそうだ。


 あ、教壇で突っ伏しちゃった。

 ホントに大丈夫かこの人。


【ユナちゃん】


 後から付いて来た乳白色の竜がテストを床に置き、教壇下から取り出した拡声器を突っ伏している裏辻うらつじ先生の前に置いた。


「あ~~…………

 怠……

 ココイチ来てんじゃね……?

 何なんウチの身体……

 あ~~~……

 シャレになってね……

 あ、デクラちゃん……

 あンがとね……

 あー…………

 あー…………

 ジャリ共ー……

 聞こえてっかー……

 オバちゃん今日……

 アレがコレもんでヤバ気なんだわー……

 ジュギョーどころか息スんのもガチでダルいんでー……

 幸い今日はテストですー…………

 配りやら回収やらはデクラちゃんがやってくれっからー……

 あとー……

 今日のオバちゃんポンコツ上等な状態だから……

 モノ落としたら各自勝手に拾ってオケ……

 じゃー……

 デクラちゃん後よろーー……」


 パタ


 静かに再び教壇に突っ伏した先生。

 いや、休めよ。


 何で裏辻うらつじ先生は体調不良なのに学校へ来ているんだろう。

 これは教育に情熱を燃やしているからだろうか?


 ……いや、違うな。

 情熱なんて言葉は裏辻うらつじ先生の性格からもっとも遠い言葉だ。


【ふんじゃあ……

 配るでち】


 前に居た乳白色の鱗を持つ竜がテストを配り始めた。

 この竜の名前はデクラ。


 裏辻うらつじ先生の使役している竜。

 竜にしては物凄く若いんだって。


 裏辻うらつじ先生曰く赤ちゃんなんだそうな。

 この半分赤ちゃん言葉みたいな喋り方も年齢から来てるのだろうか?


 ってかもうテスト始まるの?

 まだお決まりの筆記用具以外しまって下さい的な台詞も無いぞ。


 それに先生があんな状態だったら開始の合図もままならないのでは?


 ペラ


 そんな事を考えている内にテストが回って来た。


 それを後ろに回す。

 やがてテストが全員に回った。


 誰も……

 動いていない。


 みんなも開始の合図はどうするんだろうと思っているみたいだ。


(こ……

 これどうしたらいいんだ……?

 もう始めて良いのか?)


 突っ伏したままピクリとも動かない裏辻うらつじ先生。


 オイ死んでるのか?

 死んで無いなら家に帰れよ。


 やがて開始時間経過。


 カリ……

 カリ……


 次第にペンを奔らせる音が聞こえて来る。

 時間が過ぎたから各々やり始めたんだ。


 こうしちゃいられない。

 僕も始めないと。



 一時間経過



 キーンコーンカーンコーン


 一時間目終了のベルが鳴る。


【ではうちろ後ろからテストを集めて下ちゃい】


 デクラが声をあげる。

 みんなペンを置いて英語のテストを集め始めた。


 じきに全てのテスト回収完了。


 トントン


 乳白色の竜がテストの束を揃えている。

 ヘンな絵面。


【それでは皆ちゃん、ゴクローちゃまでちた。

 ホラ……

 ユナちゃん……

 ユナちゃん……】


 ペコリと頭を下げたデクラ。

 裏辻うらつじ先生を揺り動かす。


 が、応答しない先生。


 ユサユサユサユサ


 しつこく揺り動かす。


「ん…………?

 デクラちゃん……

 終わった……?

 おつーー……

 あ~~~……

 ちょい寝たら治っかなとか思ってたけど…………

 怠……

 マジ怠リー……

 ワリ、デクラちゃん……

 割とガチめでリームーだから連れてってくんね……?」


【もうユナちゃんはしょーがないでちねえ】


「……ほんじゃま……

 よろー……」


 パタ


 そう言い残し再び教壇へ突っ伏す裏辻うらつじ先生。

 いや、だから怠いんなら帰れってば。


 先生を背に載せたデクラはのしのしと教室を後にした。



 休み時間



「田中氏、どうだった?」


「まあそれがしはいつも通りでありますよ。

 そう言うすめらぎ氏は如何でしたかな?」


「うん……

 まあ英単語を山程暗記したからまあそこそこ点数取れてるんじゃないかな?」


 ガラッ


 再び遠くで扉が開く。

 入って来たのはゴリ先生。


 後に続く陸竜はピンク……

 かな?


 少し紫色が混じっている気もする。

 乙女チックな鱗をしている。


 言っちゃあアレだけどゴツい先生には似つかわしくない竜だなあ。


「やいやい~~っ!

 お前らーっ!

 席につけーっ!

 それと机の上には筆記用語だけにしろよーっ!」


 低くて通る大声が広い教室中に響き渡る。

 ゴリ先生は拡声器を使わない。


 素の声で充分後ろまで聞こえるんだ。


 ゴリ先生の声は大声なんだけどただ単に声量が大きいと言う訳では無い。

 クリアーに一言一句聞き取れる。


 いわゆる通る声と言う奴だ。

 さすがオペラ歌手。


「じゃあテストを配って行くっ!

 合図があるまで裏向けている様にっっ!

 じゃあマミー頼む」


 ゴリ先生の指示に従い、テストを配って行くピンク色の竜。

 そう言えばゴリ先生って校門にはこの竜、連れて来てないんだよな。


 何か理由があるのかな?

 やがて全て配り終える。


「やいやいっっ!

 全員テストは回ったかーっ!

 落し物があったらワシに言う様にのうっっ!」


 キーンコーンカーンコーン


 二時間目開始のベル。


「開始っ!」


 国語のテスト開始。



 一時間後



 キーンコーンカーンコーン


「はいやめっ!」


 あっという間にテスト終了。

 こんな感じであれよあれよと期末試験一日目終了。


「蓮、行こう」


「あ、竜司。

 うん、ありがとう」


 僕は蓮と一緒に帰る為、声をかけた。

 これは前もって約束していたから。


 テストが終わったら魔力技術のトレーニングに付き合うって。

 だけどそこに……


「おいおい、すめらぎ

 いつもは声かけねぇ癖に何、新崎さん誘ってんだよ」


 帰ろうとする蓮と僕にシノケンが声をかけて来た。


 茶々。

 物言い。

 嫌事。


 その類。

 声で解る。


「蓮と約束してるんだよ。

 シノケンには関係無いだろ」


「何だよ約束って」


「蓮の魔技トレーニングに付き合うんだよ」


「それなら俺も付き合うぜ。

 別に構わねぇだろ?

 テストだから部活も休みだしな」


 ウザい。

 正直ウザったい。


 けど……


「何で僕に了解求めてるんだよ。

 蓮に聞けよ」


 僕には拒否する権利は無い。

 だって蓮のトレーニングなんだから。


 いや……

 これはただの建前。


 本当は嫌だ。

 出来れば蓮と二人っきりで楽しくやりたい。


 けど、蓮の事を考えると言い出せないだけだ。


 僕なんかより成績優秀、スポーツ万能でイケメンのシノケンの方が良いのではとどうしても思ってしまう。


「し……

 新崎さん……

 どう……

 かな?

 君のトレーニングに俺も力になりたいって思うんだけど……

 それとも俺が居たら邪魔……

 かな?」


「べべっ!

 別に竜司とはそんなんじゃ無いんだからねっ!

 篠原君も協力してくれるならありがたいわっ!

 じゃあお願いしちゃおっかなーーっ!?」


 蓮が了承した。


 正直嫌だ。

 嫌だけど仕方ない。


 僕に何か言える権利は無いのだから。


「ジグウ、行くぞ」


 シノケンが自分の竜を呼びつける。


 のそりと陸竜が一人こちらに寄って来た。

 鱗の色は青紫。


【あ~ウッゼ……

 ケン、てめーもこんな回りくどい事してねーでとっととつがいになりゃーいいのに】


 ジグウと呼ばれる竜の発言を聞いたシノケンの顔が赤くなる。


「バッ……

 バッカヤロウッッ!

 俺達はてめーら竜とは違うんだよっ!

 そんな簡単に行くかっ!」


 チラ


 大声を出したシノケンは横目でチラリと蓮の方を見る。

 が、そこには誰も居なかった。


「何してるの貴方達ーっ!

 行くわよーっ!」


 もうルンルと共に入り口に移動していた蓮。


【あ~あ……

 せっかく竜司ちゃんが珍しくナチュラルに誘ってくれたってのに……

 とんだお邪魔虫が入って来たわね。

 蓮、アンタも何了承してんのよ。

 もしかしてあのイケメンに鞍替えしちゃったのォ?】


「なっ……

 何言ってんのよっ!

 私は別に竜司の事も篠原君の事も何とも思って無いわよっ!」


【ハイハイ、いつものツンデレで了承した事ぐらい解ってるわよ。

 こっちは解ってて言ってんの】


「誰がツンデレよっ!」


 何か遠くで蓮とルンルが揉めている。

 遠いから何を言ってるか良く解らない。


「ガレア、行こう。

 田中氏、トロトン。

 また明日ね」


「また明日であります竜司氏…………

 スキを見てあの資本主義の豚を一思いに殺ってしまっても誰も困らないでありますよ……

 ボソボソ」


 えらく物騒な事を言って来る田中。

 こりゃ本気でシノケンの事、嫌いだな。


 確かに僕もあまり良い印象は持ってないけど。


「タハハ……

 それじゃあね」


 こうして蓮とルンル。

 僕とガレア。

 シノケンとジグウの六人は一路、和田山の本牧山頂公園を目指す。



 本牧山頂公園



 まずは腹ごしらえから。


 僕は弁当を取り出す。

 蓮も持参したお弁当を取り出した。


 僕らは最初から直接練習するつもりだったから弁当を持って来ていた。


「あっ昼飯持って来てたのかっ?

 いいなあ……」


 突然参加する事になったシノケンは昼飯なんて持って来ている訳が無い。


「あ、篠原君は急に参加したんだもんね。

 じゃあわた……」


 蓮が自分の弁当を分けようとしている。


「じゃあ僕の弁当を分けてやるよっ!」


 蓮の発言を遮る様に発言。

 お前なんかに蓮の手料理を食べさせてたまるか。


「おっすめらぎ

 分けてくれんのか?

 ありがとうな」


 あれ?

 予想外の反応。


 僕はてっきり蓮の弁当を狙ってるものかと思っていた。

 が、すんなり僕の申し出を受け入れた。


 良く解らない。

 蓮に近づきたくて言い出して来たんじゃないのかな?


 そんな事を考えながら自分の弁当を半分に分け、蓋に載せて差し出す。


【なあなあ竜司、ばかうけくれよ】


【蓮、アタシも満月ポンちょうだい】


「うん、はい」


 僕はカバンからばかうけを取り出す。

 お徳用の大型サイズだ。


「はいはい、どうぞ」


 蓮もカバンからオレンジ色の袋を取り出す。

 満月ポンって言うのは煎餅菓子の事。


 ■満月ポン


 大阪の松岡製菓で製造されるウサギの絵をあしらったソフトタイプの醤油煎餅。

 関西を中心に西日本で販売。

 東日本での知名度はいま一つだが近年やダイソーなどの100円ショップで販売される様になる。

 名前のポンはポン菓子と製造方法が酷似している為。


「シノケンの竜は何か食べないの?」


「ん?

 あぁジグウは人間の食べ物に興味ねぇからな。

 ……すめらぎ……

 お前の弁当、めちゃくちゃ美味ぇな……」


「あ、ありがとう……

 母さんに伝えとくよ。

 それにしても変わった竜だね」


【あ~~ウッゼ……

 俺からしたらてめーら人間共がポコポコ物を身体ん中入れてんのが訳分かんねぇよ】


 確かお爺ちゃんが言ってたっけ。

 竜って基本的に栄養は体内で生成される魔力で賄うんだって。


 じゃあ何でガレアはばかうけ食べてんだろ?

 ただ単純に食欲オンリーって事かな?

 栄養補給とかは関係無く。


 本当に竜って良く解らない。


 やがて昼食完了。

 各々準備体操を始める。


「さて、どんな感じでやろっか?」


 蓮からの申し出。


「今日は蓮のトレーニングの為に集まったんだし、まずは慣れてる僕と蓮で手合いって所じゃないかな?

 それで僕の次はシノケンでどう?」


「私は構わないわ」


「俺もそれで良いぞ」


「それじゃあやろっか」


 僕と蓮は向かい合う。


 お互い竜から魔力を抽出。

 頭の中でデジタルスピードメーターをイメージ。


 25キロ。


 量的には小の上。


 初めだしまあこれぐらいで。

 ガレアの鱗から翠色の魔力球がひり出て来る。


 ピトッ


 シュオオオッ


 僕の身体に触れた魔力球が体内に吸収。


 ドッックゥゥゥンッッ!


 心臓が高鳴る。


「……クッ……」


 少量魔力吸収は大分回数を重ねたけどやはり少しキツい。


 保持レテンション


 体内に入って来た魔力球を圧縮機で圧縮するイメージ。

 見るともう蓮は拳を突き出していた。


 僕はまだ保持レテンションを使い出して間もない。

 やはり少し時間がかかってしまう。


 僕も遅れて拳を突き出し始めた。


 ゆっくりと迫る蓮の拳。

 拳と拳の距離が狭まって行く。


 ……あれ……?


 蓮は昨日勝ち越したとはいえ最後は僕に敗けて終わったんだ。

 拳と拳の距離10センチ。


 なら敗けるつもりで挑んでいるのか?

 それとも僕が保持レテンションに慣れて無いから未使用だと思っているのか?


 距離5センチを切った。


 駄目だ。

 もう時間が無い。


 考えがまとまらない。

 こうなったら出たトコ勝負だ。


 距離1センチを切った。


発動アクティベートッッ!」


 バキィィィンッッッ!!


 蓮と僕。

 お互いの拳が弾ける。


 同時に蓮の身体が遠ざかる。


 くそ、敗けたか?

 いや、蓮の身体も小さくなって行ってる。


 と言う事は引き分けか。


【おっと】


 ガシィィッッ!


 僕の身体はガレアに受け止められた。


 ジンジン


 少し右腕が痺れている。

 僕はすぐさまガレアから降りて蓮の元へ。


「引き分けだね」


「こんなケースもあるのね……

 竜司、貴方保持レテンションは使ったの?」


「うん、出来てるかどうか解らないけどね」


「……魔力量は?」


「初めだから大体小の上辺りかな?」


 僕の発言を聞いた蓮は絶句している。


「……竜司……

 貴方……

 多分保持レテンション出来てるわよ……

 私、今の魔力量は中魔力だったのよ……」


「出来てるの?

 ホントに?」


「でないと引き分ける説明がつかないもの」


 そうなんだ。

 何か少し嬉しい。


「そ……

 そうなんだ……

 エヘヘ、何か嬉しいな……

 それはそうと蓮。

 中魔力なんか吸収して身体大丈夫なの?」


「うん、確かに入って来た時は結構キツかったけど何とか……」


「あんまり無茶しちゃ駄目だよ」


「これぐらいやらないと勝てないと思ったもん」


 負けず嫌いだなあ。


「お……

 お前ら……

 スゲェんだな……」


 手合いの様子を見物していたシノケンが口を挟んで来る。


 そう言えばこいつ居たんだった。

 何か唖然としている。


「シノケンは自主練やってないの?」


 僕の中から出た純粋な疑問。


「いや……

 まあそこそこはやってるけど……

 何でお前らそんな事出来るんだよ……」


「何でって言われても説明し辛いけど……

 どうする?

 シノケンがキツいなら僕が続けてやるけど」


「バッ……

 バカヤロウッ……!

 力になるって言ってついて来たのにここで尻尾巻いたら物凄くカッコ悪ィじゃねぇかっ!」


「……篠原君……

 あんまり無理しなくていいからね……」


「新崎さんっっ!

 心配しないでくれっ!

 すめらぎに出来たんだっ!

 俺に出来ない訳がねぇよっ!」


 蓮の気遣いも逆効果。

 これでシノケンは退くに退けなくなった。


 発言は空威張り。

 虚勢の類。


 ありありとその様子が見て取れる。

 ホントに大丈夫か?


 シノケンと蓮。

 お互いが向かい合って立っている。


 蓮の方から先に拳を突き出して来る。

 一分程遅れてシノケンも拳を突き出した。


 けど……

 何か……


 拳が……

 いや、身体全体が震えて無いかシノケン?


 本当に大丈夫かオイ。


 迫る互いの拳。

 接触する。


発動アクティベートォォッッ!」


 バキィィィィンッッッ!


 シノケンが真横に吹き飛んだ。

 まあそうなるわな。


 ガシィィィッッ!


 ジグウが無言でキャッチ。


【あ~~……

 ウッゼ……】


 ぽつりとボヤキ。

 どうでもいいけどよくボヤく竜だなあ。


「篠原君っっ!

 大丈夫っ!?」


 蓮がシノケンの方に駆け寄って来る。

 僕も向かう。


「シノケン、大丈夫?」


「な……

 何とかな……

 ハハ……

 俺、カッコ悪ぃなあ……」


 陽キャラらしくいつも颯爽と威風堂々としていたシノケンらしからぬ発言。


 好きな子と馬鹿にしていた男子二人に心配されているんだ。

 弱気になるのも仕方ないのかも知れない。


 何だか同情の気持ちが湧いて来る。


「ねえ……

 シノケン?」


「……何だよ……」


「君さえ良ければ……

 魔力技術の練習に協力するけど……

 どう?」


 同情から出た僕の提案を聞いたシノケンの顔が紅潮。


「ふざけんなっ!

 この俺がジメ…………」


 途中で発言が止まる。

 多分この後はジメオタなんかに頼れるか的な発言になるんだろう。


 途中で止まったのはジメオタって僕のあだ名が蔑称だと知っているから。


 好きな子からの印象を落としたくなかったんだろう。

 僕、幼馴染だし。


「別に断るんなら良いけど、それだと多分模擬戦で僕に当たったら確実に負けるよ?」


「なにぃっ!?

 俺がテメェなんかに負けるかぁっ!

 いいぜっっ!

 やってやるっ!

 すめらぎィッ!

 俺と手合いしやがれっ!」


 さっきの手合いを見てただろうに。


 もう半ばヤケクソ。

 男のプライドが引き起こしたヤケクソだ。


「……別に構わないよ。

 じゃあ立って」


 ジグウの方を向いているシノケン。

 その隙に蓮がこちらに寄ってきた。


「ゴショゴショ……

 竜司、貴方手加減しなさいよ……

 ゴニョゴニョ……」


「解ってるよ……

 ゴニョゴニョ……」


 さて、僕も準備しよう。

 まずはガレアから魔力抽出。


 15キロ。


 大体、小の中。

 蓮の時よりも少ない。


 保持レテンション


 入ってきた魔力を圧縮機にかけるイメージ。


 これで合ってたんだ。

 やっぱり何か嬉しいな。


「おぉーしっ!

 やってやる……

 やってやるぞ……

 ジメオタなんかに舐められてたまるか……」


 いや、シノケン。

 聞こえてるから。


 準備できたらしくシノケンから拳を突き出してきた。

 やっぱりまだまだ保持レテンションの動作は遅いな。


 スッ


 僕も遅れて拳を前に。


 シノケンの顔が強張っている。

 怖いのを押し殺して立っている様だ。


 ゆっくりと。

 少しずつ狭まっていく拳と拳。


 接触。


発動アクティベート!」


発動アクティベート!」


 あ、タイミングが少しズレた。

 シノケンの方が少し早い。


 バキィィィィンッッ!


「 ウワァァァァァァッッ!」


 真横に吹き飛ぶシノケン。


【あ~~……

 ウッゼ……】


 ヒョイ


 ボヤきながら屈んだジグウの頭上を真一文字に通り過ぎる。

 酷い。


 ズザザザザァァァーーッッ!


 勢いよく地面を滑って行くシノケン。


「あぁっっ!?」


「ちょっとっ!

 竜司、何やってんのよっっ!」


 ダダッ


 蓮が一目散に駆け出す。


「僕のせいじゃないだろっ!?

 シノケンの竜が受け止めないのが悪いんだろっっ!」


 僕も後に続く。


 天を仰いだまま動かないシノケン。


「篠原君っっ!?

 大丈夫っっ!?」


 蓮が声をかける。


「…………なあ、すめらぎ……」


 意外。


 蓮が声をかけたにも関わらず最初に僕に話しかけて来た。


「……な……

 何だよ……

 言っとくけど僕は悪くないからな……」


「へっ……

 誰もそんな事は言わねぇよ……

 お前、今の魔力量はどれぐらいだったんだ……?」


「ん?

 まあ、小の中って所かな?」


「……そうか……

 俺は結構、魔力量使ったんだけどな……

 ……これが俺とお前の差か……」


 ガバッ


 勢いよく起き上がるシノケン。

 そして勢いよく僕の方に両眼を向ける。


「なあ、すめらぎっ!

 俺に協力してくれっ!

 俺もお前みたいになりたいっ!」


「え……?

 さっきこんなジメオタに頼れるかとか言ってたじゃん。

 どう言う風の吹き回しなんだよ」


 厳密には言ってない。

 けど、僕の中でまだシノケンの印象は良くないまま。


 だから半ば決めつけの突き放した言い回しになる。

 蓮の印象が悪くなろうと知った事か。


 ペコッ


 また意外な行動。

 シノケンが僕に向かって頭を下げたのだ。


「それに関しては謝る。

 正直、今日の今までお前を見下してた。

 だってお前、普段は背中丸めてオドオドしててよ……

 いつからかクラスでジメオタなんて呼ばれて……

 俺もそりゃそうだと思って普通に使ってたよ……

 けど、お前ってスゲェ奴だったんだな……

 俺もお前に追いつきたい。

 今までの態度や見下してた事は謝る。

 だから俺に協力してくれ」


 あれ?

 こいつ、もしかして良い奴なんじゃ?


 これがシノケンの発言を聞いた時に抱いた気持ち。


 好きな子がいる前で僕に対する印象を打ち明けた。

 そして謝ったんだ。


 多分、この謝罪と僕に対して凄いと思ったのは本当だと思う。


「いや……

 そんな……

 頭を上げてよシノケン。

 僕なんてそんな大した事無いし、協力して欲しいならするから……

 あ、でも今日は蓮のトレーニングに付き合うんだった……

 どうしよう……」


 そんな僕らを見て蓮は微笑んでいた。


「まだまだ時間あるし、少しぐらいなら良いわよ。

 フフ……

 少し篠原君の事、見直しちゃった。

 きちんと謝れる人だったのね」


「新崎さん、酷いな。

 俺をどんな風に見てたんだよ」


「えっと……

 イケメンだとワーキャー騒がれてる勝ち組風な人……?

 ゴメン、あまり話した事ないからそんなに印象無いわ」


 あ、こりゃ脈無いな。


 ガーンッ


 そんな効果音が聞こえてきそうな表情をしているシノケン。


「そ……

 そう……

 タハハ……」


 気の毒。

 何か気の毒。


 いたたまれない気持ちになってくる。


「じゃあシノケンッッ!

 ちょっとこっちで練習しようかっっ!

 蓮っ!

 ちょっとだけ一人で練習しててっ!」


「うん。

 今日は私の練習なんだからしばらくしたら戻って来てね」


「わかったっ!

 じゃあシノケン行こうかっ!

 ジグウ……

 だっけっ?

 竜も一緒にっ!」


 グイ


 僕は地面に座っているシノケンの腕を掴み、強く引き上げる。


「おっ……

 おいおいすめらぎっ!?」


 唐突な僕の行動に驚いているシノケン。


 僕からしたらこの場からすぐに離れたい。

 場の空気を一新させたい。


 少し蓮から距離を取った僕ら。


「さて、すめらぎ

 さっそく聞きたい事が山ほどあるんだがいいか?」


「うん、良いよ」


「さっきの手合い。

 多分使用している魔力量は俺の方が多かった。

 それなのに負けた。

 何でだ?」


「それは僕が保持レテンションを使ったからじゃないかな?」


保持レテンションってアレか?

 先生が初日に言ってた魔力を体内に保持するってやつ」


「うん、それ。

 昨日から使い始めたんだ」


「マジかよ。

 身体ん中に魔力を保持するってどうやんだよ。

 身体の中なんて見えねえだろ?」


「僕の場合は圧縮機。

 圧縮機に魔力を入れて圧縮するイメージ。

 その為に動画見まくったんだから」


「イメージって……

 軽く言うけどなあ……

 そんな簡単に出来るものなのか?」


「魔力って本当に想像力イメージで変わるからね。

 そう言えばシノケンって魔力使う時に浮かべてるモチーフって何?」


「モチーフ?

 何だそりゃ?

 そんなもん、何にも考えてねぇよ」


 あ、多分それだ。


「シノケン。

 多分、魔力量の差があっても僕に負けた原因それだよ。

 保持レテンションを使ったってのもあるかも知れないけど、魔力を使う時はきちんとイメージを思い浮かべて使わないと。

 僕だって蓮だって魔力抽出の段階からそうしてる」


「なるほど。

 そう言う事か。

 すめらぎ、お前は何を想像してるんだ?」


「まず魔力抽出はデジタルスピードメーター。

 保持レテンションは圧縮機。

 集中フォーカスは体の中にある魔力に意識を集中させて、目的地。

 集中させたい場所から引っ張るイメージ。

 それで発動アクティベートはエンジンだよ」


「へえ。

 お前ってオタクだからアニメとか漫画とかからイメージしてるのかと思ったよ」


「それ、蓮にも言われたよ。

 でも何かシックリ来ないんだよね。

 多分魔力で浮かべるイメージって現実にあるものの方が良い気がするって思ってね」


「そんなもんか?」


「僕もよく解らないけどね」


「イメージ……

 イメージなぁ……

 俺、バスケしか知らねぇからなあ……」


「モチーフなんて極論何でも良いんだと思うよ。

 バスケが得意ならそこから考えてみたら?」


「うーん……」


 何かシノケンが唸り出した。

 こりゃ思いつくまで時間がかかるかな?


 待っていてもしょうがない。

 僕も自主練をしよう。



 45分後



「よしっ!

 これでやってみるか」


「思いついたの?」


「まあな。

 一度手合いをしてくれるか?」


「いいよ」


 僕とシノケンが向かい合う。


 15キロ


 魔力量はさっきと同じ。

 モチーフを考え付いたぐらいでレベルアップする訳が無い。


 入ってきた魔力に保持レテンションをかける。


「ちなみにモチーフ何にしたの?」


「魔力量制御は肉まんだ」


 何か斜め上からヘンなモチーフを持ち出してきたシノケン。


「に……

 肉まん……?」


「あっ?

 お前、俺の事馬鹿にしただろっっ!?

 しょうがねぇだろっ!

 思いついちゃったんだからっ!」


「ま……

 まぁ……

 別にシノケンが良いなら別に良いけど……

 それで肉まんでどうやって魔力量を制御するのさ」


「小魔力の時は肉まん1~3個。

 中なら3~5個。

 大なら5個以上だっ!」


 自信満々に言ってのけるシノケン。


「まあ、本人がシックリ来るなら良いけど。

 それで他は?」


保持レテンションは良く解んねぇから考えてねぇ。

 集中フォーカスはバスケのパス……

 おっっ!?

 ホントだっ!

 イメージしながらやったらすっげえ早いな」


 スッ


 もう拳を突き出して来た。

 時間にして10秒も経ってない。


 僕ら三人の中で一番早いんじゃ無いか?

 もうコツを掴んだのか?


「……シノケン、凄いじゃん……

 集中フォーカスは三人で一番早いかも知れないよ……」


 僕も遅れて拳を突き出す。

 ゆっくりと近づいて来る。


「ホントかよ……

 ヘヘ……

 俺、才能あんじゃね……?」


「……それで発動アクティベートは?」


発動アクティベートはシュートだよ……」


 シュート?

 バスケの?


 僕は力強さからエンジンを選んだけど、バスケのシュートに力強さは感じない。

 そんなイメージで効果を発揮できるのだろうか?


 もう距離は2センチも無い。


 しょうがない。

 考えをまとめるのは後回しだ。


発動アクティベートッッッ!」


 僕とシノケンの声がシンクロ。

 今度はタイミングが合った。


 バキィィィィンッッッ!


「うわっっ!」


 ズザザザァァッ!


 声を上げたのは僕。

 シノケンの発動アクティベートで圧されたからだ。


 ガシィィィッ!


【あ~~……

 ウッゼ……】


 今度は受け止めたジグウ。


「くそ……

 外したか……」


 僕はシノケンの側まで駆け寄った。


「シノケン凄いじゃ無いか。

 ビックリしたよ」


「けど、外しちゃ意味ねぇよ」


「あと、どうしてシュートなの?」


 僕は手合い前に感じていた疑問を投げかけた。


「まあ俺がバスケやってるからってのが一番の理由かな?

 何か一番イメージし易い」


「へぇ、やっぱり試合中のイメージなの?」


「まあな。

 3ポイントシュートを決める時のイメージだ。

 あの周りの音と風景が消えて俺とゴールだけになるあの感じ」


 何か物凄いバスケ選手みたいな事言ってる。

 お前まだ中二だろ。


「何か凄いね。

 漫画で読んだ事あるよ。

 ゾーンって言ったかな?」


「アレか?

 スポーツ選手がなるって言う超集中状態って奴か?

 そんなイイもんじゃねぇよ。

 あくまでもそんな気がするだけだ。

 そんな状態になっても外す時は外すしな」


 単に力強さだけが効果を発揮するって訳じゃ無いのかな?

 イメージの固め易さが功を奏しているのかな?


 うーん、魔力って奥が深い。


「じゃあ、もっと練習する?」


「当たり前だっ!

 今日中にお前を吹っ飛ばして見せるぜっ!」


 シノケンがやる気になっている。


「僕も負けないからね」


 バキィィィィンッッッ!


 バキィィィィンッッッ!


 僕らは手合いを繰り返した。


「ねえシノケン?」


「くそっ!

 また負けたっ!

 もう一回だっ!

 もう一回っ!

 ん……?

 何だすめらぎ?」



「どうして田中を無視するの?」



 僕はシノケンの振る舞いで気になってる所を思い切って聞いてみた。

 手合いの準備をしていたシノケンの動きが止まる。


「な……

 何だよそりゃ……」


 振り向いたシノケンの顔。

 その顔は引きつり、強張っている。


 僕とはもう友達になったとでも思ったのだろうか。

 まだシノケンの事を友達と認めた訳じゃ無い。


 双方準備完了。

 拳がゆっくり突き出し始める。


「何だよじゃないだろ。

 あとお前が僕に話しかけてたのって蓮と話す為のクッションだったんだろ?」


「グッ……」


 言葉に詰まるシノケン。


 迫る拳と拳。

 更に僕は言葉を続ける。


「バレてないとでも思ってたの?

 確かに魔力技術の練習には協力すると言ったよ。

 けど、正直まだお前にあまり良い印象は持ってない。

 だけど、さっきの謝罪は見直した。

 シノケンって見下してる人間は見下したままだと思ってたから。

 見下してる人間だろうと凄いと思った事には素直に心を開いて、それにくっついた事についても謝る事が出来る人間だと見直したんだ」


 拳と拳が接触。


発動アクティベートッ!!」


「ア……

 発動アクティベートッッ!」


 バキィィィィンッッッ!


「うわぁっっ!」


 ギュンッッ!


 シノケンが勢い良く真横に吹き飛ぶ。


 ガシィィィッ!


【あ~~……

 ウッゼ……

 オイ、ケン。

 お前、何回吹っ飛ばされんだよ】


 ジグウのボヤきが漏れる。


 僕はと言うと、全く動いていない。

 今回の手合いは完全に僕の勝ち。


 それもその筈。


 抽出魔力量は僕の言い方で30キロ弱。

 小と中の境目ギリギリ。


 且つ保持レテンションもかけ、集中フォーカス発動アクティベートと丁寧に三則を使用した。

 シノケンの発動アクティベートによる衝撃は完全に殺されたんだ。


「話の続きだよシノケン。

 それでさっき蓮もお前の事を見直したって言ってただろ?

 それを踏まえた上でもう一度聞くよ……

 何で田中を無視してたの?」


 僕は突き出した拳を早々に直し、改めてシノケンに問う。


「グッ……

 ええいっ!

 わかったっ!

 わかったよっ!

 田中も大体お前と同じだよ……」


 ジグウに受け止められた状態のシノケン。

 皆まで言うなと言わんばかりに自分の心情を語り始めた。


 田中を無視してた理由は大体僕と同じで見下していたからだそうな。


 シノケンの中で僕と田中は同列。

 キモいオタクと認識されていた。


 僕の方に話しかけたのはやはり蓮に近づきたかったからだそうな。


 さっきまでは何でこんな気持ち悪いオタク野郎が蓮と幼馴染なんだと憤りに似た感情も抱いていたんだって。


 ついでに言うとシノケンは傍から見たらモテる様に見えるかも知れないけど、その実まだ女子とお付き合いなんてした事が無いんだと。


 小学校高学年からずっとバスケばかりしていて女子にうつつを抜かしている暇は無かったんだって。


 蓮に関しては好きだと言うのも認めた。

 一目惚れだったんだと。


 蓮に近付きたい為にキモいと蔑んでいる僕に一生懸命話しかけてた。


 シノケンはアニメなんてとうに卒業し、本当に時々息抜きに漫画を見るぐらいなんだそうな。


「…………って感じだよ……

 新崎さんと話したいからお前を利用していたって感じだ……

 ハハ……

 俺って最低だな……」


「僕はそうは思わない」


 僕は長い前髪越しにシノケンを見つめ最低だと言う意見を否定した。


「え……?」


 意外だったらしく驚いているシノケン。


「好きな女の子の為に必死になる姿は最低だとは僕は思わない。

 確かにやり口は卑怯な部分もあるかも知れないけど、シノケンはそれが最低だって解ってるじゃん。

 ここって結構重要な部分だと思うんだよね。

 自分のやってる事の是非も考えずずっと続ける事が一番最低だと思うよ。

 いわゆる厚顔無恥って奴?」


 僕はいつものオドオドした態度が鳴りを潜め、堂々と自分の意見を述べた。

 それを見たシノケンは唖然としている。


「お……

 お前ってそんなに喋る奴だったんだな……」


 今になって自分の高言を反芻し、恥ずかしくなって来た。

 両頬が熱くなるのを感じる。


 俯いてしまう僕。


「ハハッ……

 何だお前、照れてんのか?

 自分で言った事だろうよ。

 ヘンな奴だな」


「うるさいっ」


「……すめらぎ……

 俺も一個聞いて良いか……?」


「うん、良いけど。

 何?」





 協力。

 これは魔力技術の話じゃない。


 現に今協力してる訳だし。

 ならシノケンは何の事を言っているのか?


 答えは明白。


「ど……

 どういう事……?」


 僕は答えを解っていた。

 けど敢えて泳がせた。


 いや……

 敢えてじゃ無いな。


 ただ怖かったんだ。

 何かこの返答によって僕と蓮の関係が形を変えそうで怖かったんだ。


「とぼけんなよ。

 解ってんだろうがよ。

 新崎さんの事だ。

 俺はさっき好きだと言った。

 だから……

 その……

 新崎さんと……

 付き合える様に協力してくれんのかって聞いてんだよ」


 協力?

 シノケンと蓮が付き合う様に?


 そう考えると心中で何か点火した気がした。


 その炎。

 色は紫。


 紫色の炎が大きく揺らめきメラメラと立ち昇る様な感覚がした。


 これは嫉妬。

 シノケンと蓮が付き合うと考えたら僕は大きく嫉妬したんだ。


 それに付き合うって何だ?

 一体何をしたら付き合うって事になるんだ?


 色んなラブコメアニメや漫画を見て来たがいざ自分の生活に入り込んで来ると良く解らない。


 どうしよう。

 どう答えよう。


 シノケンは蓮の事を好きだと打ち明けた。

 なら僕もウソをつく訳には行かない。


 けど僕はイマイチ蓮の事をどう思っているか解らない。

 解らないと言うよりかは言葉に出来ないんだ。


 どうしよう。


 ここで僕の悪い癖。

 考え過ぎる部分が頭をもたげて来た。


 結局出した結論は……



「…………嫌だ……

 何かそれは嫌だ……」



 協力を拒否。

 この話が出た時に感じた嫉妬の炎に従う事にした。


「へっ……

 だろうな……

 そりゃあんなカワイイ娘がずっと傍に居て好きにならねぇ訳がねぇ……」


 それを聞いた僕の顔が赤面。


「いやいやいやいやっっ!

 好きかどうかは解らないよ。

 それに幼馴染と言ってもそんな良いものでも無いよ。

 すぐに怒るし。

 お姉さんぶるし。

 何かにつけてぐちぐち言って来るしさ」


「何だそりゃ?

 好きじゃねぇのかよ。

 じゃあ俺に協力してくれても良いじゃねぇか」


「嫌だ……

 それは何か嫌だ……

 大体シノケンって女の子と付き合った事無いんでしょ?

 もし付き合うってなった時、具体的に何をするかって知ってるの?」


「えっ……!?

 そっ……

 そりゃぁ……

 お前……

 俺が出場する試合に応援に来てもらってぇ……

 てっ……

 手作り弁当とか持って来てもらってよ……

 そっ……

 それ食べて……

 すんげぇ美味くて……

 がっついてご飯粒なんかつけちゃったりしちゃったりしてよっ!?

 それを新崎さんがパクッって食べてウフフケンちゃんったらあわてんぼうねとか笑いながら言っちゃったりしてよぉぉぉっっ!

 クゥゥーーッッ!」


 喋る。

 シノケンが描いていた恋人妄想を喋る喋る。


 案外想像力豊かな奴なのかも知れない。



「私が何だって?」



 唐突。

 突然背後から蓮の声。


「うわぁぁぁぁぁっっ!」


 死角からの声に驚嘆するシノケン。


「びっ……

 びっくりした……

 篠原君、そんな大声出してどうしたの?」


「いいいやっっ!

 何でもないっ!

 何でも無いんだ新崎さんっ!

 なぁっ!?

 すめらぎっっ!」


「そうそうっっ!

 そうだよっ!

 何でも無いよっ!

 それより蓮こそどうしたの?」


「私はひとしきりやったから休憩中よ。

 貴方達の方を見たら何もやってないから終わったのかと思ったのよ。

 それで何の話?

 私の名前が聞こえた気がしたけど」


「へ……

 へぇぇおかしいなあ。

 僕らは魔力技術向上の為の理論構築をせんとディスカッションを交わしていただけさっ!

 ねぇっ!

 シノケンッ!?」


「お……

 おうっ!

 そうだっ!

 どうやったらもっと上手く魔力を扱えるのかってなっ!

 全然新崎さんの話なんてしてねぇぜっ!」


「ふぅ~ん……

 なぁんかアヤシーなァ~~……」


 蓮が上目遣いで下から僕らの顔を覗き込む。


「なっ……

 何がだよ……」


「竜司が小難しい言葉使う時って大体誤魔化そうとしてるからサァ~~」


 疑いの目は治まらない。


「なっ……

 何を言うんだ失敬だなっ!

 あっ!

 それよりシノケンと一度手合いしてやってよ。

 さっきより大分出来る様になったからさっ」


「……まあいいわ。

 じゃあ再開しましょ」


「ゴショ……

 おい、すめらぎ……

 新崎さんと急に手合いなんて……

 また吹っ飛ばされるのがオチじゃねぇのか……?

 俺はもう新崎さんにみっともないトコ見せんのは嫌だぞ……

 ゴニョゴニョ」


「ゴニョゴニョ……

 そこら辺は多分大丈夫じゃ無いかな?

 そりゃ負けるとは思うけどさっきとは全然違う結果になるとは思うよ。

 あと蓮ってそう言う所はキチンと見てる奴だから」


「ゴニョ……

 何だよその俺は新崎さんを解ってる風な答えは……

 お前も好きなんじゃねぇのかよ……?

 ゴニョゴニョ……」


 それを聞いた僕の顔が再び赤くなる。


「ゴニョ……

 バッ……

 バカな事言わないでよシノケンッ……

 そんなのまだ解んないよっ……

 ゴニョゴニョ」


「何男がヒソヒソ話してんのよ。

 みっともないわよ。

 とっとと準備しなさい」


「あ……

 あぁすまない新崎さん」


 そう言うシノケンはジグウの鱗に手を添える。


「……肉まん3個……

 アザッス……」


 肉まん?

 さっきシノケンが言っていた魔力抽出時のモチーフか。

 それにしても妙なモチーフだ。


 ……肉まん3個?


 確かさっき中量は3個からとか言って無かったか?

 こいつシノケン、サラッと中量魔力使ってやがる。


 何だ自信無さ気だった癖に勝つ気満々じゃ無いか。


 すぐに蓮の方を振り向き、拳を突き出し始める。

 やっぱり早いな。


 続いて蓮も拳を突き出し始める。


 スゥーッ……

 ハァーッ……


 シノケンが大きく深呼吸をしている。

 そして突き出している右拳に添える形で左手。


 確かにバスケのシュートみたいな構えだ。

 自分がやってる時は気が付かなかった。


 拳と拳がゆっくりと近づいて行く。


「へぇ……

 篠原君、変わったフォームね……」


 ゆっくりと距離を縮めていく拳と拳。

 距離およそ5センチ弱。

 そろそろか。


 接触。


発動アクティベートッッ!」


 バキィィィィンッッッ!


 響く魔力衝撃音。


 ギュンッ!


 真後ろへ吹き飛ぶシノケン。


 ズザザザザァァーーーーッッッ!


 大きく後ろへ滑って行く蓮。


 ガシィッッ!


 吹き飛ぶシノケンをジグウがキャッチ。


【ウッゼッ!

 ウッゼウッゼウッゼェェェェェッッ!

 オイ、ケンッッ!

 俺はもう受け止めねぇぞっっ!】


「ちょっ!?

 テメェッ!

 何言ってやがるっっ!?」


 あまりに吹き飛ばされるからジグウが癇癪を起こす。

 青紫の両腕に抱かれたシノケンが目を見開いて驚いている。


 かたや蓮は少しバランスを崩したのか、片腕を地面についている。

 表情は目を丸くさせ、驚いている様。


【あのお邪魔虫、なかなかやるじゃなぁいん。

 ねぇ蓮?】


「ええ……

 ちょっと私、見くびってたわ……」


「蓮、大丈夫?

 ね?

 出来る様になってるでしょ?」


「うん……

 驚いた……

 篠原君って才能あるのかしら……?」


「ハァ……

 また負けちまった……」


 ジグウから降りたシノケンはションボリしながらトボトボこちらに歩いて来る。


「篠原君、そんなにションボリする事無いわよ。

 物凄くレベルアップしてるもの。

 今、竜司と才能あるんじゃないかしらって話してたぐらいなんだから」


「えっっ!?

 ホントッッ!?

 ヘヘ……

 やっぱり俺って才能あるんだな」


 シノケンが得意気。


【何馬鹿な事、言ってんのよアンタ達。

 アタシ達から見たら全然使いこなせてないわよん。

 そうね……

 アタシ達が富士の五合目にいるとして……

 世のオカマさん達は樹海……

 アンタ達の居る位置は新潟よ新潟】


 自慢気なシノケンを窘める様にルンルから物言い。

 だが、内容があまり良く解らん。


 何で魔力の話でオカマが出て来るのか。


 要は僕らの力量はまだ全然でその中の優劣で才能ある無しを言われてもって事を言いたいのだろうか。


「ルンル、何言ってんのかわかんないわよ」


【よーするにアンタ達はまだまだヒヨッコ以下だと言う事ヨ。

 そんな中で才能のある無しなんて言われてもネェって言ってんの。

 アタシから見たら目くそ鼻くそよ。

 ねぇガレア?】


【ん?

 言葉多いから良く解んねぇぞ】


 同意を求められたウチのガレアはいつものキョトン顔。


「そんな事言われても竜に比べて人間はか弱いんだからしょうがないでしょ。

 さあ、二人共。

 練習を再開しましょ」


「うん」


「おうっ!

 どんどんやろうぜっ!」


 練習再開。

 手合いの反復。


 ジグウは魔力の提供はするものの、受け止める事を拒否。

 従って僕がシノケンを受け止める事になった。


 これは僕から言い出した事。

 シノケンとばかりやらせてていいのって思うかも知れないけど、それは別に良かった。


 僕には試してみたい事があった。

 それは発動アクティベートの応用。


 何も発動アクティベートって破壊するだけじゃ無い。

 使い方を変えれば衝撃を殺す鉄壁の防御になるのではと考えたんだ。


 ただこれはタイミングがかなり大事。

 衝撃が伝わる寸前に発動アクティベートを仕掛けないといけない。


 そのタイミングを掴む為に裏方を買って出たんだ。


 ギュンッッ!


 シノケンが僕に向かって真っすぐ超スピードで飛んで来る。

 僕は保持レテンション集中フォーカスと準備万端。


 ドカァッッ!


 が、失敗。


 僕もろとも吹っ飛ぶ。

 タイミングを獲るのが難しい。


「イテテ……

 おいっ!

 すめらぎっ!

 ちゃんと受け止めやがれっっ!」


「そ……

 そんな事言われても……」


 ここから何度も手合いを繰り返すけどことごとく失敗。


「なあ……

 すめらぎ……」


「……何だよ……」


 僕の上に乗っかり天を仰いでいるシノケン。

 下敷きになってる僕。


「お前……

 わざとやってねぇか……?

 まだ俺の事、嫌いなのかよ……」


 失礼な。

 お前に関してのわだかまりはある程度解けてるよ。

 これは単純に失敗しているだけだ。


 それにしても難しい。

 超絶難しい。


 ゲームでタイミング系は得意だったから自信があったのに。

 全く上手く行かない。


 もしかして間違っているのか?

 発動アクティベートで扱う魔力は破壊しか出来ないのか?


 いや……

 そんな事は無い。


 無い筈だ。

 魔力は自分の想像力で変化するエネルギー。


 これは極論で言うと自分の建てた仮説は全て定説になり得ると言う事。


「そんな訳無いだろ……

 これは僕が失敗しているだけだよ……」


 これは繰り返してタイミングを身体に覚え込ませるしかない。

 ……そのタイミングを掴む為にはまず成功しないとなあ。


「失敗って……

 お前何やってんだよ?」


 シノケンが下敷きになっている僕を見降ろしてる。


「……その前にどいてくれない?」


「おっ!?

 ワリィワリィ」


 すぐさま立ち上がるシノケン。


「ふう……

 いやね、発動アクティベートを使ってシノケンの身体を受け止められないかなって」


「ちょっと待てっ!

 触れただけで吹き飛ぶような物騒なモン目掛けて俺は吹っ飛んでるって事かァッッ!?」


「ちょっ……

 ちょっと落ち着いてよ……

 手合いの時は拳を“突き出す”とか“押し出す”って行動じゃん?

 でも僕はシノケンを“受け止める”って行動でしょ?

 行動ってそれをする人間の意思が無いと出来ないもんじゃん。

 それで魔力って想像力とか意志とかで変化するって習ったでしょ?

 それだったら少なくともシノケンの考えてる様な事にはならないでしょ?

 やってる時の考えが違うんだから」


「そ……

 そうか……?

 なら良いけどよ」


 僕だって馬鹿じゃない。

 ちゃんと考えてやってるんだ。

 シノケンに伝わって良かった。


 それから何度か手合いを繰り返すも失敗続き。

 全く上手く行く気がしない。


 が、最後……


 ガシィッッ!


「……へ……?」


 僕の両手でガッチリ掴まれているシノケンの身体。

 今、僕に向かって飛んで来た所。


 全く身体は動いていない。

 超スピードで飛んで来たシノケンの勢いを完全に殺している。


「あ……

 やった……

 やった……

 いやぁぁったぁぁっっ!

 成功だぁぁっ!」


 僕は嬉しさのあまり雄叫びを上げる。


 ズデェッ!


「イタッ!」


 両手を離したため、シノケンが尻もちをついた。


「ちょっと竜司、どうしたのよ?」


 僕の様子を見た蓮が駆け寄って声をかけて来る。


「あぁっ!

 蓮っ!

 やっぱり僕は間違って無かったっっ!

 発動アクティベートは防御にも使えるっっ!」


 嬉々揚々と語る僕を見て唖然としてる蓮。


「竜司、ゴメン。

 よくわかんない」


「あぁ、ゴメン。

 実はね……」


 少し落ち着いた所で僕がやっていた事について蓮に話す。


「なるほどね。

 そんな事やってたんだ。

 それでタイミングは掴めたの?」


「ん?

 いや、まだ」


「ハァ……

 竜司、貴方ねぇ……

 そんなんじゃまだ実用出来ないじゃ無いのよ」


「別にすぐ使うなんて言って無いだろ。

 ここから成功を繰り返してタイミングを身体に覚え込ませないと」


「そ……

 そう、なら成功じゃ無いじゃない。

 あんな高らかに叫んじゃってさ」


「違うよ蓮。

 さっき叫んだのは実証成功って意味だよ。

 実用化成功って意味じゃない」


「別にどっちだって良いわよ。

 それでどうする?

 まだやる?」


「おうっ!

 俺はまだま…………

 アレ……?」


 ガクン


 まだいけると息巻いたシノケンが両膝から崩れ落ちる。


 ペシャ


 情けなく地面にへたりこんだシノケン。


 あ、この様子は見た事ある。

 多分魔力を取り込み過ぎたんだ。


「あちゃぁ~~……

 今日はもう出来そうにないね……」


「な……

 こ……」


 しゃがみながらシノケンの様子を見ると初日の僕と同じ感じ。

 多分身体に怠さが駆け巡って話せないのだろうな。


「ふう、しょうがないわね。

 明日のテストもあるし今日はこれぐらいで切り上げましょう」


 こうしてトレーニングは終了。

 その日は疲れていたけど翌日のテストに向けて一応勉強を行い、眠りについた。


 そういやシノケン大丈夫かな?

 明日テストだっての忘れて練習してたもんなあ。


 そんな事を考えている内に意識が途切れた。



 翌日 2-1教室



 今日はいつも通り登校。


「あっ竜司っ!

 おはよーっ!」


「暮葉さん、おはよう」


 いつも通り女子に囲まれている暮葉さんが元気に挨拶。

 僕ももうキョドらずに挨拶ぐらいは出来る。


 周りの女子も若干来た当初に比べて数は減った気がする。

 いくら美人でアイドルといっても一か月同じ顔を見てると慣れるって事かな。


 転校当初はジトッとした目線を送っていた女子ももういない。

 代わりに無視している。


 まあどうでもいいけどね。


 あ、シノケンだ。


 僕は登校したらいつも田中の席に行くが今日は違う。

 シノケンの席に向かったんだ。


「シノケン、おはよう……

 って大丈夫?」


 何だか突っ伏して口が半開き。

 目が死んだ魚みたいになっている。


 チーン


 音にするとこんな感じ。

 返事も無い。


「ちょっと……

 シノケンってば……」


 ユサユサ


 シノケンの身体を揺り動かす。


「おぉあっ……!?

 す……

 すめらぎか……

 おはよう……」


「……おはよう。

 その様子だとまだ疲れ取れてないっぽいね……」


「な……

 何なんだ……

 この怠さは……

 こんなの……

 去年の夏合宿以上じゃねぇか……」


 確かシノケンって昨日何回か中魔力抽出してたっけ。

 そりゃこうもなるか。


 それにしてもよく学校来れたな。


「僕も初日の時、そんな感じだったよ。

 まあ自己責任って事で……

 じゃあ」


 僕がシノケンの席に寄ったのは田中に謝らせる為だ。

 けどこの様子じゃ今日は無理っぽい。


 仕方ない。

 明日にしよう。


 明日の学科は保健体育だけだし。

 僕はシノケンの席を離れ、いつも通り田中の席へ。


「やあおはよう田中氏」


 いつもなら挨拶して来る田中。

 けど、今日は違う。


 何かメガネの柄を持ちながら何やら疑惑の眼を向けて来ている。


「ど……

 どうしたんだよ……

 田中氏……」


「……すめらぎ氏……

 貴公……

 もしかしてあの資本主義の豚と親交を深めたのでありますか……?」


「えっと……

 それは昨日蓮のトレーニングに行った時にちょっとね……」


「まさかそれがしを見捨てて資本主義の豚に懐柔されたのではあるまいなあァァァッッ!?」


 ザワ……


 急に大声を出すもんだから周囲の人間がこちらへ振り向いた。

 何か恥ずかしい。


「ちょ……

 ちょっと田中氏っ……

 声が大きいよ……

 それに何だよ懐柔されたって。

 僕が田中氏と縁を切る訳無いだろ。

 仮にそうだとしたら席にまで来ないよ。

 いくら僕でも怒るぞ」


 僕は目が隠れる程の長い前髪越しに田中を睨み付けた。


「しっ……

 しかし……

 いつもなら歯牙にもかけないのに今日は親し気に話しかけているから……」


「うん、その事についてなんだけど昨日聞いたんだよ。

 何で田中に無視してたのかってね」


「す……

 すめらぎ氏……

 それは如何様な腹積もりがあって……」


「昨日トレーニング始める前にさ。

 ジメオタなんかに教われるかみたいな事言ってたんだけど、手合いで負けたら謝り出してさあいつ。

 それで何で僕の事をジメオタって呼んでたのかとかも話し出してね。

 それで誤解してたなって思ったんだ。

 シノケンってレッテルを貼りっぱなしの奴じゃ無かったんだよ。

 自分の過ちに気付いたら謝れる奴だったんだ。

 それで認識を改めて仲良くなった。

 で、少し仲良くなって思ったんだ。

 田中氏とも仲良くなって欲しいなって。

 今の僕が在るのは田中氏のお陰だからね。

 もちろんシノケンが田中氏を無視してた事をスルーする気は無い。

 だから謝らせる。

 謝らせて仲良くなって欲しい。

 って考えてるんだけどどうかな?」


「す……

 すめらぎ氏~~……」


 僕の考えを聞いた田中の目が潤ませながら顔が綻んでいる。


「けど……

 今日は無理っぽいけどね……」


 僕の目線の先には突っ伏して動かないシノケン。


「御意。

 しかし……

 すめらぎ氏……

 拙僧には彼奴きゃつがそんなに度量の大きい人物には見えないでありますよ……」


「まあ気持ちは解るけどね。

 けど昨日の段階で大体シノケンの事は解ったから上手く行くんじゃないかな?

 そりゃやってみないと解らないけどね。

 多分謝らせるのは明日になる。

 田中氏、明日はひとついつもの大らかさで頼むよ」


「ぜ……

 善処するとしか今は言えないでありますよ」


「拒否はしないんだね。

 さすが田中氏だ。

 ありがとう」


「いえいえ。

 普段であれば資本主義の豚と慣れ親しむなど考えられない事でありますが……

 それがしすめらぎ氏の気持ちが嬉しかったのでありますよ。

 義には義で返すのが日本男児と言う物。

 もし篠原氏が謝罪するのであれば、それを受け入れる努力はしてみるでありますよ」


「うん、出来れば三人で仲良くなりたいからね。

 宜しくお願いするよ」


 こうして僕は席を離れ、自席に戻る。

 そのままテスト開始。


 あっという間に二日目が終了。


 今日は蓮もトレーニングお休み。

 完全に魔力疲れを抜けきってテストに臨む為だ。


 僕もとっとと帰宅。

 シノケンは何とかテストの時は動いていたけど終わったら再び突っ伏して動かなくなっていた。


 本当に大丈夫なんだろうか?


 あと何故かいつもウザがっているジグウもきちんとシノケンを背に載せて帰宅はしてるんだよな。


 何か理由があるんだろうか。



 翌日



 今日は期末テスト三日目。

 魔力技術実習試験の女子の部がある。


 僕の体調は問題無し。


 昨夜、自主練で三則の反復をやっていたが特に疲れも残っていない。

 魔力量の調整もだんだん慣れて来たんだろう。

 まあ今日は何もしないんだけど。



 すめらぎ家 居間



「ホイ、竜司さん。

 今日、弁当いるゆうてたやろ?

 準備出来とんで」


 母さんが弁当を渡して来る。


「母さん、ありがとう」


「今日もまた蓮ちゃんのトレーニングに付き合うんか?」


「いや、違うよ。

 今日は蓮が本番。

 女子の部のテストがあるんだ。

 男子は見学だけど最後まで見るから弁当持って来いって」


「ほうか。

 魔力扱うんは発想が大事やからなあ。

 色んな人の色んな使い方見るんも重要やさかい。

 よう見て学んで来。

 蓮ちゃんの身体に見惚れとったらあかんで」


「もっっ……

 もうっ!

 母さんっっ!

 何言ってんのっ!」


 顔が熱い。

 多分赤面している。


「ウフフ。

 ホラ、はよ行き。

 遅刻してまうで」


「うん、いってきます」


 こうして僕は登校。

 途中、蓮とルンルと合流。


 みんなと一緒に龍驤りゅうじょう学院を目指す。

 いつもの光景。



 2-1 教室



「あっ!?

 蓮っ!

 竜司っ!

 おはよーっ!」


 教室に着くなり暮葉さんが元気に挨拶。

 今日の教室はいつもと違う。


 女子が暮葉さんの所に集まっていない。

 みんな自席で何やら考え込んでいる様だ。


「おはよう、暮葉さん」


「暮葉、おはよう」


「ねえねえみんなどうしちゃったのっ?

 何となく元気が無いみたいなんだけど」


 教室の異変に気付いた暮葉さんが話しかけて来た。


「多分今日は魔力技術実習のテストがあるから緊張してるんでしょ。

 初めてだし。

 ホラ、男子は普通でしょ?」


「ホントだ」


「し……

 新崎さん……

 お……

 おはよう……」


 蓮の登校に気付いたシノケンが声をかけて来た。


「おはよう篠原君。

 昨日かなりキツそうだったけどもう身体は大丈夫?」


「お……おうっ!

 大丈夫だぜっ!

 あっ!

 すめらぎっ!

 ウィッスッ!」


 僕にも挨拶をするシノケン。

 陽キャらしい元気なやつだ。


 それにしても向こうから挨拶するなんて珍しいな。

 今まであるにはあったが軽い挨拶だけですぐに蓮に行っていた。


 けど、今日は蓮に挨拶した後僕に挨拶してる。

 これは心境の変化があったと見て良いのかな?


「おはようシノケン。

 ちょっとこっちに来て」


 グイ


「おおいっ!

 な……

 何なんだよすめらぎっ!」


 シノケンの腕を掴み、有無を言わさず引き摺って教室の外へ。



 2-1 教室外



「離せよっ!

 俺は男に腕を組まれる趣味はねぇっ!」


 力づくで僕の腕を振り解くシノケン。


「ねぇシノケン。

 田中に謝って欲しい」


「なっ……

 何だよ藪から棒に……」


「前のトレーニングの時みたいな感じで田中に謝って欲しいんだ。

 理由は僕にとって田中は親友だから。

 田中を抜きにしてシノケンと仲良くするのは田中を見捨てるみたいで嫌だ。

 言い方は悪いかも知れないけどシノケンと田中なら僕は田中を選ぶ。

 だから田中に謝って欲しい」


 僕は自分の思惑を話すとまた驚いた顔をしているシノケン。


「……またペラペラと喋りやがって……

 でもよ?

 向こうからしても今まで喋った事の無い奴から急に話しかけれても戸惑うんじゃねぇか?」


「そこら辺に関しては昨日の内に根回ししてるから大丈夫。

 それに田中と仲良くするのにはちゃんとメリットはある」


「メリット?」


「うん、まず田中はウェア専攻。

 今は基礎の段階だから授業は同じだけどゆくゆくは別になる。

 魔力って発想が大事なのは知ってるだろ?

 近い人間が別技術を学んでいてそれを見せて貰えるんだ。

 それだけでも魔力に使う発想が広がるとは思わない?」


「それは……

 まあ……

 そうだけどよ……

 田中だぞ?

 お前みたいにスゲェ技術を持ってるとは到底思えねぇ……」


 確かに田中は虚弱でメガネで坊主でオタク。

 辛うじて勉強は出来るかも知れないけどとても運動が出来るとはとても思えない。


 秀でたものがあると考えにくい風貌。


 だけど、僕達竜河岸が扱うのは魔力。

 今までの常識が通用しない世界。


「多分、田中は凄いと思うよ。

 僕と同じオタクだもん。

 想像力に関しては僕と同じぐらいだと思う。

 僕の事を凄いと思うのなら田中も凄いと思える筈だよ」


「う……

 確かに……

 魔力を使う上で想像力が大事ってのは前で解ったからなぁ……」


「他にもメリットはあるよ。

 それは蓮の事だ」


「何でここで新崎さんの話が出るんだよ」


「単純な話さ。

 今、みんなクラスにいるだろ?

 そこでクラスカースト最下位の田中に上位のシノケンが謝るとする。

 もしかして他の女子の印象は悪くなるかも知れないけど、蓮の印象は良くなる。

 確実に」


「確実にって……

 何でそんな事が言えんだよ」


「僕に謝った時に見直したって言ってただろ?

 だからさ。

 それに今日は前と状況が違う。

 他のみんなも居る。

 そこで謝れる人間は男らしいって考えると思うよ」


「そ……

 そうかな……?」


 シノケンがぐらつき始めた。

 もう少しだ。


「あと、僕が言うのも何だけど田中は物凄く良い奴だ。

 出来れば僕は三人で友達になってもっとシノケンの事を知りたい」


「………………ええいっ!

 解ったっ!

 解ったよっ!

 謝るっ!

 謝ってやるっ!」


「ホント?」


「ホントだよ。

 確かにお前の魔力技術と同等だったらスゲェしな。

 それに……

 新崎さんの印象を良くするのもありがたい話だ…………

 …………まだまだお前と差はあるしな……」


「え?

 最後の方、何だって?

 良く聞こえなかった」


「何でもねぇよっ!

 じゃあ早速行こうぜ」


「うん」


 僕とシノケンは教室へ戻る。


 そのまま真っ直ぐ僕らは田中の席へ。

 田中も何か待ち構えていると言った雰囲気。


 目の前に立った。


 ザワ……


 周囲も少しざわつき始める。


 陽キャラ。

 クラスカースト最上位に座するシノケン。


 今まで完全に近い程無視していた田中の前に立ったんだ。


 座っている田中。

 見降ろすシノケン。


 お互い無言。

 少し静寂が流れる。


「…………何かそれがしに用でありますかな……?」


 口火を切ったのは田中。


 その声は強張り、いつもの大らかさが感じられない。

 まだ疑惑の眼で見ている様だ。


 そんな田中を見て見降ろしたまま無言のシノケン。


「……ほら……

 シノケン……」


「わ……

 解ってるよ……」


 静かに。

 ゆっくりと。


 頭を下げた。


 その角度は深く、腰が直角に近いぐらい曲がっている。

 そしてシノケンの頭頂は田中に向けれれている。


 その静かなお辞儀に田中も面食らい、固まっている。


「……田中……

 今まで無視してすまなかった……」


 ザワ……


 シノケンの第一声。

 聞こえた周囲の人間がほのかにざわつく。


 そこから自分が田中を見下していた事。

 明確な優劣をつけた訳でも無いのに周囲の態度に流され、自然と下に見ていた事。


 そして僕とのトレーニングで知った魔力の不思議さ、非常識さ。


 体格が良いから運動が出来る、ケンカが強い。

 テストで100点を取っているから頭が良い。


 そう言う世間一般の常識が通用しない。

 それに気付いたのは僕に手合いで完敗した時だと。


 自分は凄い竜河岸になりたい。

 父親を超える竜河岸になりたいと。


 いつしか田中の表情から強張りが消えていた。

 赤裸々に心情を語るシノケンを見つめ、黙って聞いていた。


 最後、お辞儀の姿勢を崩さずこう締めくくった。


「……だから……

 すんげぇ虫の良い話かも知れねぇけど……

 協力してくれねぇか……?

 俺はもっと高みに行きたい……

 竜河岸の高みへ……

 親父を追い抜けるぐらいの高みに……

 この通りだ……」


 シノケンはお辞儀の姿勢を崩さない。


「……篠原氏……

 一つ伺っても宜しいでありますかな?」


「……何だ?」


「お父上はどう言った御仁でありますかな?」


「あぁ……

 横浜市消防局の竜河岸レンジャー隊の隊長やってんだ……

 常に冷静沈着で……

 傍から見たら冷たい人に見えるかも知れねぇけど……

 男は黙って背中で語るって言うだろ?

 それを地で行っている本当にカッコイイ親父なんだよ……」


 それを聞いた田中はにこりと微笑む。


「……篠原氏……

 顔を上げるでありますよ」


「え……?」


「本当に篠原氏はお父上を尊敬しているのでありますなあ。

 古今東西、家族想いに悪人は居ないと言うのが相場。

 そして先程の謝罪。

 胸に染みましたぞ。

 篠原氏は体面を気にする人物たと思っておりましたから正直面食らう所もありますが……

 しかし……

 大丈夫でありますかな?

 斯様に赤裸々に吐露してしまっても。

 我々日陰者と違って篠原氏には立場というものがござろうて」


「別に良いよ。

 冷静になって最低な事をやってたなって思うしな」


「左様か。

 確かに篠原氏のして来た事はとても褒められたものではないでありますな。

 先述の偉大なお父上の真逆の所業。

 が、もうそんなに気にする事は無いでありますよ。

 それがしも篠原氏の事を口汚く罵っていたでありますしな。

 すぐに全て水に流すと言う訳ではござらんが、盆に返る覆水があってもいい。

 それがしはそう思うでありますよ。

 先程の申し出、委細承知。

 この田中一郎。

 微力ながら篠原氏に協力する事を約束するでありますよ」


「そうか……

 ありがとよ……」


 田中とシノケンが硬く握手。

 こうして晴れて僕と田中とシノケンは友達になった。

 僕の理想的な形。


 やがて先生が教室にやってきてテスト開始。



 キーンコーンカーンコーン



 テスト終了。

 イマイチこの保険体育のテストの存在理由が解らない。


 ガタッ

 ガタガタッ


 テストが終わるや否や次々と席を立ち始める女子達。


「蓮、頑張ってね」


「し……

 新崎さん……

 頑張れよ。

 お……

 応援してっからよ……」


「新崎氏。

 武運長久を祈っているでありますよ」


 僕、シノケン、田中は口々に蓮へ励ましの声をかける。


「フフッ。

 ありがと三人共。

 ってホントに篠原君と仲良くなったのねぇ」


「まあね」


「頑張れって言ってもまだ何やるかも解んないしねぇ。

 まあとりあえず行って来るわ」



 龍驤りゅうじょう学院 体育館



 中央には2年の女子全員が体育座り。

 それを取り囲む様に男子。


 あと先生が何人もいる。

 一般人先生、竜河岸先生入り混じって。


 ガラガラ


 そこへホワイトボードを運んで来るゴリ先生。


「やいやい!

 お前らまたせたのうっ!

 今から魔力技術実習っ!

 期末テスト女子の部の内容を発表するっ!」


 キュキュキュ


 そう言ってゴリ先生がマジックをホワイトボードの上で滑らせる。

 そこにはこう書かれてあった。



 RFR



 続く

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