200回記念 私立龍驤学院②


 ■作者前書き


 えー、皆さん。

 お久しぶりです、マサラです。


 本編が無事200話を終えたと言う事で記念作品を書いております。

 前回に前書きを書かなかったのは、です(笑)


 決して。

 決して忘れていた訳ではありません。

 悪しからず。


 さて、記念の舞台となっている龍驤りゅうじょう学院。

 そんな学校が建てられている日本での物語。


 これは本編で竜司君が起こしたドラゴンエラーは起こっていません。

 言わば別世界線の物語です。


 本編では日本は竜や竜河岸に対して消極的と記していますが、それは何十万人規模で命が失われたドラゴンエラーが原因の一端となっています。


 その忌まわしき事件が起こらなかった為、教育育成面でもそこそこやる気の日本。

 それが背景として在ります。


 本編では口伝のみで伝えられていた魔力技術も形だけとは言え、きちんと授業形態で先生の竜河岸が教える形となっています。


 日本全国から高水準の竜河岸を育成するべく建設された学校。

 それが龍驤りゅうじょう学院です。


 竜司君はドラゴンエラーを起こしてない為、引き籠らずその学校に通っていると言う訳です。


 今回、記念を書くにあたって竜の設定も本編と違いがあります。


 まず、亜空間を使いません。

 移動用、格納用として極めて有用な術である亜空間。


 これを龍驤りゅうじょう学院が存在する世界線では撤廃しています。

 他にもいくつか違いを設けようと思ってますのでそう言った部分も楽しんでいただければ。


 …………前書きが長くなってしまった……

 これからは忘れずにきちんと一話目に書こう……

 ボソッ


 さぁっ!!

 お待たせしましたっ!


 私立龍驤りゅうじょう学院、第二話っ!

 はじまりはじまり~~



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「体操服……

 体操服……

 あ、天華あましろさん。

 体操服が要るよ」


「タイソー服?」


 天華あましろさん、キョトン顔。


「あれ?

 運動する為の別服って持って来てない?」


「あっ!?」


 何かを思い出した様だ。

 ゴソゴソとカバンを漁り出す。


「ホラッ!

 これねっ!」


 バッと僕の眼前に突き付けられたのは…………



 女子用の白い半袖と紺のハーフパンツ。



 合ってる。

 合ってるけども……


 何か袋とかに入れたりしないんだろうか?

 目の前に突き付けられた女子用の体操着から真新しい石鹸の匂いが漂う。

 何だか恥ずかしくなって来た。


「そ……

 それで合ってるよ。

 合ってるけど……

 何か恥ずかしいからあんまり突き付けないで……」


「ん?

 何か顔、赤いわよ竜司。

 どしたの?

 ねえねえどしたの?」


 ズズズイと迫り来る天華あましろさん。

 大きな紫の瞳が更に大きく見える。


 あ、すっごく良い匂い。

 華の香りだろうか?


 本当に目が大きいなこの子。

 てか近い近い近い。


「お二方。

 じゃれあうのはその辺にしておかないと本当に授業に遅れるでありますぞ」


 僕らのやり取りを眺めていた田中から進言。


「あっいけない。

 天華あましろさん、ガレア行こう」


 こうして僕らはようやく教室を出て行った。

 魔力技術実習は体育館で行う。


 この龍驤りゅうじょう学院。

 体育館の作りも一風変わっている。


 幅や奥行きは一般学校の体育館と変わらないんだけど、高さが異様にある。  

 聞くところによると100メートル以上あるらしい。


 外から見ると幅広のエレベーター実験棟の様なシルエットになっている。

 この変わった形状には理由がある。


 魔力技術の授業で実際に魔力を使って跳躍する時があるからだ。

 と、言う事は魔力注入インジェクトを使えばそれぐらいジャンプする事が出来るって事か。


 ワクワクが止まらない。


「ねえねえ竜司。

 ねえ何でさっき赤かったの?

 ねぇねぇ何で?」


 依然としてしつこく聞いて来る天華あましろさん。


「……そんな事もう忘れたよ……」


 僕は足を早める。


「ウソよ。

 ウソ。

 竜司の顔は忘れたって顔して無いモン。

 ねえねえ何で?

 何で赤かったの?

 教えてよねえ」


 歩を早めた僕に並走してついて来る天華あましろさん。

 かなりしつこい。


 そうこうしている内に男子更衣室についてしまった。

 ようやく解放される。


 ガチャ


 男子更衣室に入る僕。


「ねえねえ教えてよねえ」


 え?


(うわぁっっ!!?

 あっ……

 天華あましろさんっっっ!!?)


「ちょっ!?

 あっ……

 天華あましろさんっっっ!!

 何で入って来てるのーーっっ!?」


「え?

 だって竜司が教えてくれないんだもん」


 天華あましろさん、あっけらかん。


「ちょっ……

 ちょっと天華あましろさんっっ!

 ひっ……!

 一先ず外に出ようっ!

 ねっ!」


「ちょっ……

 ちょっと竜司っ。

 何すんのよーっ?」


 騒いでる天華あましろさんを強引に押して外へ出す。


「ねえねえ。

 何で顔が赤かったの?

 教えてよねえ」


 駄目だこりゃ。

 多分その疑問を解消しないと言う事を聞かないのでは無いだろうか?


 僕は腹を括った。


「…………あ……

 あのね……?

 僕の顔が赤かったのは……

 女子の服を目の前に出されたからだよ……」


「ん?

 女の子の服を目の前に出されて何で赤くなるの?」


「……男子ってのはそう言うものなの。

 特に僕らぐらいの年の男子は想像が膨らみ易いからね。

 ただの服でも天華あましろさんが着るとか考えたら恥ずかしくて赤くなっちゃうんだよ」


「ふうん。

 恥ずかしくなって赤くなったのね。

 今の話だと私のタイソー服を見て、想像した事で恥ずかしくなったって事よね?

 ねえ何を想像したの?」


 ヘンな所で賢しいぞ天華あましろさん。

 また更に疑問が増えてしまった。


「そ……

 それは……」


 僕は言い淀んでしまう。

 想像した事なんて言えるか。


「ねえねえ。

 何を想像したの?

 ねえ」


 ズズズイとまた大きな瞳を真っすぐこちらに向けて詰め寄って来る。

 だから近いってば。


 また振り出しに戻ってしまった。


 どうする?

 言うか?


 うら若き14歳の僕が想像した内容を。



「…………その……

 キミが……

 体操服に着替えている……

 シーンだよ……」



 言ってしまった。


 顔が熱い。

 熱くて仕方が無い。


 何でこんな羞恥を味あわないといけないんだ。


「ん?

 私がタイソー服に着替えてる所?

 そんなトコ想像して何で恥ずかしいの?」


「……いや、もうホントに……

 これで勘弁して下さい……

 お願いしますから……」


 キリが無い。

 それに僕の羞恥心も限界だ。

 もうこれ以上疑問に答えてられない。


「ふうん。

 何だか竜司辛そうに見えるからもうやめるっ」


 何だそんなので良いのか。

 ようやく本題に入れる。


「あのね天華あましろさん……

 女子は着替える場所が別なんだよ。

 ほら」


 指差した方向に案内板が見える。

 そこには女子更衣室って書いてある。


「へーっ。

 別にあるんだ。

 何でだろ?

 でも解ったっ!」


「あの角を左に曲がると女子更衣室があるから。

 中に蓮もいるはずだから大丈夫だよ」


「うんっ」


「着替えたら蓮について行ってね」


「わかった。

 あと、竜司ッ!

 私の事は暮葉って呼んでよっ!

 天華あましろって呼ばれるとモキュモキュするからっ!」


 さっき蓮に言ってたやつだ。

 モキュモキュって何だろう。


「は……

 はい……

 じゃあ……

 暮葉さんで……」


「うんっ!

 そんじゃーねーっ」


 こうして僕と暮葉さんは別れた。

 僕は男子更衣室に入り、いそいそと体操着に着替える。


 更衣室の中でずっと他男子が怨嗟の眼を僕に向けていた。

 着替え終えた僕はガレアと田中、トロトンと共に体育館に向かう。



 龍驤りゅうじょう学院 体育館



 ガヤガヤ


 もう既に他の生徒は集まっていた。

 この魔力技術実習は二クラス合同で行われる。


 竜と人。

 合わせて80人弱。


 全校集会も行われる為、スペースには余裕がある。

 あるが、80人近くのがひしめいている様は圧巻。


 僕と田中は隅に移動。


 僕らは陽キャの様に日の当たる中央は似つかわしくない。

 陰キャは陰キャらしくだ。


 が……


「あっ!

 りゅーじーっ!」


 ブンブンッッ!


 中央で力いっぱい手を振る女子。

 暮葉さんだ。


「はは……」


 僕は薄ら笑みを浮かべて小さく手を振る。


 自分でも思う。

 物凄く気持ち悪い顔だっただろう。


 広い体育館に響き渡る暮葉さんの大声は周囲の生徒たちの注目を暮葉さんと僕に向ける。


 ガヤ……


(誰だ……?

 あんな子、いたか?

 一組の子か?

 何かスンゲェイケてねぇか?)


(竜が居ねぇぞ。

 ならあの子は一般人パンピーか?

 何で一般人パンピーがこんな所にいんだよ……

 てかめっちゃ可愛い……)


 周囲が騒ぎ出す。


 だがアイドルだと気付いた様子は無い。

 まだ知名度としてはそんなに高く無いのかな?


「何でそんな隅っこにいるのーっ!?

 こっちに来ればいいのにっ!」


 ズカズカとこちらに向かって歩いて来る暮葉。


(おい、何か暗っれぇヤツんトコに歩いてくぞ)


 やめてやめて。

 僕は目立つのが苦手なんだ。


 ギュッ


 そんな僕の意向を無視して手を掴み、引っ張る暮葉さん。


「ちょっ……!?

 くっ……

 暮葉さんっ!

 やめてっっ!」


すめらぎ氏、すまんでござる……

 拙僧ではどうする事も出来ないでありますよ……」


 田中!


 気持ちは解らなくは無いけど。

 無いけど!


 さっきお前の事を友達想いの奴って褒めたばかりなのに!


 ザワ……


(オイ……

 いまクレハっつったか……?

 え……?

 マジで……?

 あのドラゴンアイドルの……?)


 ザワ……


(クレハって誰だよ。

 俺、知らねぇぞ)


(お前、知らねぇのかよ。

 竜が人に変化してアイドルやってるってやつ。

 Full Aheadって聞いた事ねぇか?

 ポカリのCM曲)


(あぁ、あの曲な……

 ……ってそのアーティストがアレだって言うのかぁっ!?)


(いや、わかんねぇよ。

 でもマジモンのクレハなら竜を連れてねぇのも納得できるじゃねぇか)


(おい、お前声かけて確かめて見ろよ)


(無理だ無理無理。

 あの可愛さはヤバいだろ?

 俺ら庶民が気安く声をかけていいものじゃねぇよ)


(でもあのオタクっぽい陰キャは普通に話してるっぽいじゃねぇか。

 お前はアレ以下かよ)


(何だと?

 じゃあ行ってやるよ。

 やってやんよ。

 てかあの陰キャ以下とか言っておきながらお前はどうなんだよ)


(俺、アイドル詳しくねーもん)


 何か少し遠くで二人の男子生徒が話している。

 チラチラと僕と暮葉の方を見ながら。


 僕に向けられている眼から感じられるのは蔑みの意向。

 暮葉さんに向けれれているものとは異質。


 それがありありと伝わった。


 オタクはそう言う眼には敏感なんだ。

 陰キャなめんなよ。


 その内の一人がこちらに向かって歩いて来る。


(あ……

 あの……)


 声をかけて来た。

 明らかに目線は真っすぐ暮葉さんに向けられている。


「ん?

 私?

 なあに?」


(キ……

 キミは……

 あの……

 クレハ……?

 ドラゴンアイドルの……?)


 ザワザワ……


「ん?

 そうよっ!

 私クレハッ!

 よろしくねっ!」


 ザワザ……


 廻りのざわめきが一瞬止む。


(えぇえぇぇえぇぇぇええッッッ!!)


 真実が明るみになった瞬間、館内が驚嘆の声で溢れる。


 男子の声だけでは無い。

 聞き耳を立てていたであろう女子の声も混ざっている。


(マジでッッ!?

 マジでッッ!

 マジでかぁぁっ!?)


(クレハーッ!

 私、CD持ってるよーっ!)


(くそーっ!

 一組の奴等羨まし過ぎんだろォォォォッッ!)


 何だ。

 二組の中にも知ってる奴はいたのか。


 半信半疑で眺めていただけみたいだ。


 再び暮葉さんの周りは人だかりになる。

 僕は押し寄せる人の波に押し出される形に。


 肘やら手が僕を排斥しようと必死に動いていた。


すめらぎ氏、無事帰還出来た様でありますな」


 結局僕は再び隅に。

 ガレアと田中の元へ帰って来た。


「全く酷い目に逢ったよ」


 ザワザワガヤガヤ


 相変わらず暮葉さんの周りは人だかり。

 一組、二組共に混じり合って取り囲んでいる。



 そこへ……



 ドコォォォォォォォンッッッ!


 ガァァァァァァァァンッッッ!


 騒然としていた場を貫く様に響く連続した衝撃音。

 さっきまでどよめいていた生徒達の声が止まる。


 何だ。

 何があった。


 音のした方を見ると体育館壁に叩き付けられ、へしゃげている……

 あれはホワイトボードか?


 白板は中央に向かって大きなヒビが入り、真ん中には穴。

 縁の様子から巨大な衝撃で力任せに行われた事が解る。


 体育館の壁も破損。

 一体何がどうなってこうなった。


 その答えは破壊されたホワイトボードの先に在った。

 無惨なホワイトボードの先に居たのは……


 長い右脚を矢の様に突き出している女性だった。


 側には竜。

 物凄く明るい黄色の竜が居た。


 ミドルキックの態勢のまま、微動だにしない。

 唐突に響いた破壊音と出来事に声をあげる者は一人もいない。


「始業ベルは鳴っているのよ」


 低く。

 怒気を孕んだ呟きが静寂の体育館に響く。


 ゾクッ


 背中に寒気が奔る。

 怖い。


 スッ


 ようやく蹴りの態勢を解いて僕らと向かい合った女性。


 髪は黒。

 形はロブカット。


 前髪をサイドでまとめ、翼を広げた鶴のかんざしでまとめている。


 服装は赤いジャージ。


 さっきの裏辻うらつじ先生みたいにヨレついていない。

 パリッとしている。


 体型はスレンダー。

 腰の位置も高く、印象としては社長秘書等のオフィスレディ。


 僕はこの女性を知っている。


「はい、今日から二年の魔力技術実習を担当する事になった勘解由小路かでのこうじおとです。

 よろしく……

 と言っても何人かは見かけた事があるわね」


 さっきも名前が出ていたけど、おと先生は生活指導の先生。

 校則違反を起こした生徒に指導したり、補習をしたりしている。


 そして魔力注入インジェクトの達人。

 無残な姿に変わり果てたホワイトボードからも解ると思う。


「とりあえず、まずは簡単なレクチャーから行います。

 スニーカー、ホワイトボードを持って来て頂戴」


【もう、結局使うんなら蹴り飛ばさないで欲しいなあ】


 ぶつくさ言いつつもドスドスと歩いて用具室に向かうスニーカー。


 おと先生と竜の関係は何か竜の方が従ってるって感じがする。

 さっき購買部で見た二人とは違うなあ。


「ホワイトボードが来るまでの間に授業を始めて行きます。

 ……まず貴方達に問います。

 魔力とは何なのか。

 答えられるヒトはいるかしら?」


(魔力って何って言われても……

 竜が持ってきた凄いエネルギーとか……)


(俺、よくわかんね。

 スキル使う為に必要なモンぐらいしか)


【何だお前。

 そんな事も知らねぇのか】


 みんなおと先生の問いに考える。

 僕もガレアの使っている魔力がどう言うものか良く解っていない。


(ハイッッ!)


 みんな色々と考える中、大きな声で真っすぐ手を挙げる男子生徒が一人。


 ベンガリだ。


「狩野か。

 答えて見なさい」


(はい、先生。

 魔力とは感情で変化するエネルギーですッッ!)


「間違ってはいないわね。

 確かに魔力は感情で変化するエネルギー。

 狩野……

 お前、勉強してる癖に何やってんだマヌケ」


(えぇえっっ!!?)


「独学で得た魔力注入インジェクト使用は禁止って校則に書いてあるだろ?

 お前……

 今日の居残り補習……

 たっぷりシゴいてやるから楽しみにしとけ……

 二度と校則違反しようだなんて考えられねえぐらいにしてやる……」


 多分、裏辻うらつじ先生から報告受けてるんだ。

 あぁ、暮葉さんと友達になりたかったばっかりに。


 ベンガリとは別に親しくはないが、少し同情してしまう。


 ゴロゴロ


 と、そこへホワイトボードを運んで来たスニーカーが戻って来た。


【もう、おとちゃん。

 また言葉遣いがランボーになってるよ。

 そんなだから三冷嬢さんれいじょうとか呼ばれるんだよ】


「スニーカー、うるさい」


 三冷嬢さんれいじょう

 これはおと先生の異名。


 冷酷、冷徹、冷血の女と言う意味らしい。

 令嬢ともかけてるのだろうか?


 それにしても何て恐ろしいあだ名。


「授業を続けます。

 魔力とは狩野の言う通り変化するエネルギー。

 私達が持っているスキルも全て魔力が変化して引き起こっている現象。

 その変化のトリガーとなるのは……」


 おと先生は話しながらホワイトボードに書き込んで行く。

 そして感情と書いてそこを丸で囲む。


「感情よ」


 確かお爺ちゃんも言ってた様な。

 魔力は感情で変化するエネルギーって。


「人間と言う生物はありとあらゆる感情を持っているわ。

 怒り、悲しみ、喜び、笑いと。

 それをトリガーに魔力を変化させる。

 あと重要なのは想像力。

 感情で魔力を変化させて想像力で形を整える。

 この形をイメージ出来る様にしておきなさい。

 これが出来ている出来ていないでスキルや魔力技術の精度は桁違いに変わるわよ」


 話しを続けながら要点をホワイトボードに書いて行くおと先生。


「この授業は実習だから講義は手短に行うわ。

 貴方達も早く魔力を扱いたいだろうしね。

 あと注意点だけ説明して実習に入ります。

 まず魔力は人体に極めて猛毒です。

 いや、人体だけで無く、地球上のありとあらゆる生物に対して極めて猛毒です。

 人の身体に魔力が侵入すれば数秒で死に至ります。

 それだけ危険な代物を私達が扱えるのは生まれ持った竜河岸と言う種が持っている魔力耐性と竜儀の式による絆のお陰です。

 が、間違って自身の竜以外の魔力を取り込んだり、魔力を使い過ぎたりすると竜河岸と言っても死ぬから注意しなさい。

 はい!

 じゃあ各々自身の竜とペアになりなさい」


 死ぬってオイ。

 えらい物騒だな。


 ザワザワ


 みんなそれぞれの竜と二人組に。

 僕もガレアとペア。


 ん?

 何か暮葉さんがポカンとしている。


 そう言えば暮葉さんは竜だ。

 どうするんだろう?


「あと、天華あましろさん。

 貴方の話は聞いてるわ。

 一先ずこっちに来なさい」


「あ、はーい」


 暮葉さんはおと先生の傍へ。


「よーしっ!

 全員ペアになったわね。

 それじゃあ、魔力を抽出してみなさい!

 やり方はスキルを使用する時と変わらないわ。

 イメージするだけ。

 ただ魔力技術を使う時とスキルを使う時ではイメージする種類が違う」


(違うってどんな感じなんですか?)


 生徒の一人が質問。


使……

 わかっているわ。

 言われても解らないわよね。

 こればかりは慣れてもらうしか無いわ。

 各々やり方は違う。

 反復練習して自分に一番しっくり来るやり方を見つけて」


(先生、スキルを使う時と同じ要領じゃダメなんですか?)


 更に質問が飛ぶ。


「ダメな訳じゃ無いわ。

 同じ要領でも魔力技術は扱える。

 だけど効果が減少する。

 これは確認済みの事。

 スキルを扱う時と魔力技術を扱う時とでは魔力の質が違うみたい。

 別に同じ要領でやっても構わないけど、貴方達の年でそのやり方を覚えてしまうと大人になってそうそう変えれないわよ」


 魔力は感情で変化する。


 スキルを使うと言う意志と魔力技術を使うと言う意志とでは出て来る魔力に違いがあるって事かな?


 何となく解った。

 とりあえずやってみよう。


 イメージ……

 イメージ……


 僕は純粋な魔力をガレアから捻り出すイメージを浮かべた。

 これはスキルを使う時とは違う。


 一体どんな感じになるのだろうか?


 ムンニョォォォォッ


 わっ。


 何か出た。

 ガレアの身体から何か出た。


 色は綺麗な翠色。

 淡い光を放っている。


 大きさはバレーボールを一回りぐらい大きくしたぐらい。

 表面が揺れている。


 何だか柔らかそう。

 例えるなら緑のシャボン玉。


 フヨフヨ浮いてゆっくりこっちに向かって来ている。


 これが魔力なんだろうか?

 これが僕の身体に入るのかな?


 恐る恐る手を伸ばしてみる。


 ピトッ


 ゆっくり寄って来るその緑のシャボン玉に触れて見た。


 シュオォォオォォッッ


 浮いていたシャボン玉が右手に吸い込まれて行く。



 ウッッッッ!?



 ドクンッッッ!


 心臓が高鳴った。


 何だ?

 何だこれ?


 スキルを使う時と全然違う。


 ドクンドクンドクンドクンッッッ!


 一度高鳴った心臓が早鳴り出す。


 やばい!

 これはやばい!


 脳内で危険信号。


 ドサッ


 僕は体内で膨れ上がった巨大な倦怠感に抗う事も出来ず両膝を付いてしまう。


【おい、どうしたんだよ竜司】


 駄目だ。

 ガレアの言葉に応答すら出来ない。

 意識が遠のいて行くのが解る。


【おい、どうしたんだって。

 おい!

 おーいっ!

 竜司ーっ!】


 遠い。

 ガレアの声が遠い。


 そのまま僕は意識を失った。



 ###

 ###



 何か暖かい。

 それに柔らかい。


 何処だろう?

 ここは何処だろう?


 冷たい体育館の床じゃない様だ。


「ううん……」


 僕はゆっくり目を開けた。


 違う天井が両眼に映る。

 体育館じゃ無い。


 ニュッ


 視界の外から緑色の爬虫類顔が伸びて来た。

 ガレアだ。


【竜司、目ェ覚ましたかよ】


「ガ……

 ガレア……

 ここは……?」


 僕はゆっくりと半身を起こす。


「ここは保健室よ」


 左側から声がかかる。

 振り向いた先には女性が一人座っていた。


 髪は黒い正統派ロングストレート。


 上はベージュのキャミソール。

 下は黒いミニスカート。

 それらの上から白衣を纏っている。


 保険の蘭堂凛子らんどうりんこ先生だ。


 とにかくこの先生はスタイルが良い。

 座っていてもそれは良く解る。


 そんなに胸は空いている訳じゃ無いのに主張を止めない豊満な胸。

 そこから続く腰はキュッと括れ、ミニスカートの下のあるのは大きなヒップ。


 まさに大人の女性。

 大人の色気。

 そんなオーラがゆんゆんと漂う先生なんだ。


 龍驤りゅうじょう学院、全男子生徒の憧れ。


 そして側には真っ白い毛に覆われた翼竜が座していた。

 瞳の優しい緑がこっちを向いている。


 凛子先生も竜河岸なんだ。


「な……

 何で……?」


【貴方はガレアの魔力によって気を失ったのですよ】


 その真っ白い翼竜が理由を説明。


「うん、そうね。

 でも安心して。

 もう身体の魔力は除去したから」


 魔力を除去?

 凛子先生がやったのだろうか?


 不意に僕は時計を見上げた。


「……あ……

 もうこんな時間……

 残念だな……

 授業、楽しみにしてたのに……」


 気持ちが沈む。

 時間を見ると15時前。


 午後の授業は13時スタートだから1時間半は気を失っていた事になる。

 多分そろそろ下校時間。


 僕は午後の授業をまるまるサボった事になる。

 みんな実習授業を受けたのかな?


 心中に膨らむ孤立感。

 置いてきぼりを喰らった感覚。


「ん?

 キミ何年生?」


「……中等部の二年生です」


「と言う事は……

 皆と同じで今日が初めての魔力技術実習だったのね。

 なら安心しなさい。

 気絶したのは貴方だけじゃ無いから。

 この時期になるとたくさん生徒が運び込まれて来るの。

 保健室にベッドが多いのはそれが理由」


 見ると15以上のベッドが広い部屋に並んでいる。


 漫画やアニメとかで登場する保健室に比べて何倍も広い。

 どれぐらいあるんだろう?


 公民館とかにある会議室ぐらい?

 いや、多分もっと広い。


 そんなだだっ広い保健室に今居るのは僕とガレア。

 あと、凛子先生と白翼竜の四人だけだ。


 しんと静まり返っている。


 僕は一番奥のベッドに半身を起こし座っていて、傍にはガレアが立っている。

 凛子先生は窓際の机の前に座っている。


「ん?

 どうしたのかしら?」


 凛子先生が大人の微笑みを浮かべながらこちらを見ている。


 それにしても……

 入り口が遠い。


 机は凛子先生のものだけ。

 あとはベッドがたくさんあるだけ。


「あ……

 あの……

 僕、保健室に来たのは初めてなんですけど……

 よくある戸棚とかも無いんですね。

 絆創膏とか消毒薬とかが入っている」


「私は特に使わないからね」


「え?

 でも、怪我したりした生徒とかが来たりしないんですか?」


「私は全て魔力で治すもの。

 一般人が使う様な薬や包帯とかは必要無いの」


 なるほど。

 でも、どの竜の魔力を使うのだろう?


 おと先生が言ってた。


 魔力は猛毒だって。

 使役している竜以外の魔力は竜河岸にとっても毒だって。


「その白竜の魔力ですか?

 そんなの使って大丈夫なんですか?

 さっき習いましたけど他の竜の魔力って猛毒なんじゃ?」


 我ながら間抜けな質問。

 大丈夫だからこそ凛子先生が使っている訳で。


「ちゃんと覚えているのね感心感心。

 その点は大丈夫なの。

 私には調律チューニングがあるから」


調律チューニング?」


「そう。

 私のスキル。

 調律チューニングでグースの魔力を生徒に合う様、調節してるの」


 なるほど。

 スキルで魔力を変化させて、生徒が扱う魔力と同じにするって感じかな?


 グースって言うのは多分傍の白竜の事だろう。

 それにしても……


 キィッ


 凛子先生が椅子から立ち上がり、こちらに歩み寄って来る。

 立つと良く解るそのプロポーション。


 腰の位置が高い。

 さっき暮葉さんの体型を見て、正統派ボッキュッボンだと思ったが凛子先生の身体はそれをそのまま成長させた感じ。


「キミ達の場合は調律チューニングじゃなくて流透過サーチを使ったんだけどね……

 はい……

 こっち向いて……」


 スラッとして白い指が僕の顔に伸びて来る。


 ピトッ


 優しく指が僕の頬に触れた。


 何だ?

 何をするんだ?


「……ちょっと……

 動いちゃダメ……

 あら……?

 照れてるの?

 カワイイ」


 凛子先生の指が触れている部分が赤くなってる。

 赤面している僕。


 あ、凄く良い匂いがする。

 固まって何も言えない僕。


「ん~~……

 よしっ、後遺症は無いわね。

 さあ早く教室へ戻りなさい。

 早く戻らないとみんな下校して寂しくなっちゃうわよ」


 そう言えばこんなにベッドがあるのに使ってるのは僕だけだ。

 他の人達は治療を終えて教室に戻ったって事かな?


「それにしても……

 ヘンな保健室ですね」


「あら?

 そうかしら?

 何処が?」


「……だって……

 物凄く広いのに机は窓際に一つしか無いし……

 普通病院とかだったらこれだけベッドがあれば他の看護師さんとか居る筈だけど先生一人だけだし」


「ウフフッ。

 そう言えばそうね。

 確かにヘンな保健室かもね。

 でも私とグースで事足りるし。

 私だけって事は机は一つだけで良いし。

 現にさっきまで貴方を含めてほとんどベッド埋まってたけど私とグースで全員治療出来たもの」


 必要無いから置いてないって事か。

 サラッと言ってるけどそれって凄い事じゃ無いのか?


「な……

 なるほど……

 はあ……

 午後の授業、全部サボっちゃったな……」


「ん?

 午後は魔力技術実習だけの筈よ?」


 あれ?

 そうだったっけ?


「魔力を扱うと貴方みたいに気を失う生徒も出るから実習がある日はそれだけの筈じゃないかしら?

 まだ体育館で練習してる生徒も居るんじゃない?」


 あ、そうなんだ?

 じゃあ体育館に行った方が良いのかな?


「あ、じゃあ体育館に行った方が良いんですかね?」


「けど、そろそろ終礼の時間だからやっぱり教室に戻った方が良いかもね」


「わかりました」


「ちゃんと制服に着替えて戻るのよ。

 寝惚けて体操着で戻らないようにね」


「はい、それじゃあありがとうございました」


 こうして僕は保健室を後にして更衣室を目指す。



 男子更衣室



 ガヤガヤ


 更衣室は賑わっていた。

 みんな授業を終えて着替えている所。


すめらぎ氏、無事でありましたか」


 着替えている田中が声をかけて来る。


「あ、田中。

 どうだった?

 田中も気絶した?」


「いいえ。

 拙僧は臆病であります故。

 抽出した魔力は極々少量。

 確かに取り込んだ時は面食らいましたでありますが」


 気絶したのは僕が抽出した魔力が大きかったって事か。

 僕も着替え始める。


「あの後、先生から何か講義あった?」


「あぁ、ありましたぞ。

 魔力技術を扱う時に魔力を取り込んだらまず保持レテンションをしないと駄目と言っておりました」


保持レテンション?」


「左様。

 取り込んだ魔力を体内で保持する事で毒性作用を薄める事が出来ると言う話であります」


「へえ……

 そんなのあるんだ。

 最初に言ってて欲しいよな。

 おと先生も意地悪だよ」


「それは魔力の毒性を身をもって知ってもらう為と言っていたでありますよ」


「なるほどね。

 それで保持レテンションってどうやるの?」


「やはり魔力の関連でありますからな。

 イメージでありますよ。

 コツは圧縮と言っていたであります」


「圧縮……?

 圧縮……

 圧縮……

 田中は出来たの?」


「いいえ。

 これが難しくてですな。

 漠然と圧縮と言われましても良く解らなくてですなあ。

 しかも成功しているかどうかも解らないのでありますよ」


 確かに保持レテンションが出来ているかどうかってどうやって解るのだろう。


「そうだよね。

 出来ているかどうかってどうやって判断するんだよ。

 まさか身体を裂いて確認する訳にもいかないでしょ」


「何でもおと先生が言うには体内で発生する影響に差があるそうでありますよ。

 それで判断するそうであります」


「判断たって……

 まだ僕は一回しかやった事が無いのに無理じゃ無いか」


「それは反復して経験を積むしか無いと先生も言っていたであります。

 おと先生も習得したのを認識したのはと仰っておりました」


「一番最後?

 他に何かあるの?」


「左様。

 魔力技術には基礎として三則と言うものがあります。

 保持レテンション集中フォーカス発動アクティベートと。

 拙僧の場合はこの虚弱故、習うのは集中フォーカスまででありますが。

 ハッハッ」


 へえ。

 魔力を取り込んで、保持して集中させて発動するって事か。

 確か田中はウェア専攻だったっけ。


 着替え終わった僕らは教室に戻る。



 2-1 教室



 ガヤガヤ


 教室は賑わっていた。


 もう後は終礼をして下校。

 先生待ちと言う訳だ。


 相変わらず暮葉さんは女子に囲まれている。


 どうでもいいけど座れないからどいて欲しいなあ。

 僕はコソコソと後ろから自席を目指す。


(キャハハハッ!

 クレハ、何それーっ!)


「ホントよーっ!

 だってマス枝さんが言ってたものーっ!」


 何だか知らないが話題で盛り上がっている。

 暮葉さんを囲んでいる人だかりは僕の席まで侵食していた。


 はぁ、声かけないと駄目だな。


 気が進まない。

 何故なら席を侵食している女子とは一言も話した事が無いからだ。


 僕は会話が苦手。

 他人と言うのは何を考えているか解らないから。


 且つ人間はウソをつく生物。

 話している内容にウソも混じるとますます解らなくなる。


 それに僕はオタク。

 この趣味が一般人から差別的な対象となり得るのも知っている。


 そんな事を考えながら話すんだ。

 会話なんて上手く行く筈が無い。


 僕は昔からこうなんだ。

 頭の中で色々考え過ぎて、結局肝心な発信がままならなくなってしまう。


 良い風に言えば思慮深い。


 悪く言えばウジウジ。

 優柔不断。

 煮え切らない。


 こんな性格の自分が嫌いだ。

 本当に。


 何でもっと蓮の様に明るく快活に出来ないんだろうと自己嫌悪してしまう。


「あ……

 あの……」


(キャハハハッ!

 ウケるーっ!)


 大声で笑うその女子。

 僕の小さな呼びかけなど掻き消してしまう。


 下品。

 僕の脳裏に浮かんだ単語。


 解っているんだ。


 下品と思ったのはこの女子の事を全然知らないから。

 多分性格とかを知ったら明るく元気って印象に変わるんだ。


 人の印象なんてそんなもの。


 そんな事はどうでも良い。

 今の目的は着席する事。


 する事なんだけど……

 結局僕が取った選択は傍観。


 どうせ先生が来たらみんな散って行くんだ。

 なら無理して話さなくてもいい。


 僕が立って待ってれば良いんだから。

 だから僕は傍観、放置する事にした。


 自席には戻らず田中の席へ方向転換。


「あっ!?

 竜司っっ!」


 女子と女子の間からヒョイッと可愛い顔が覗く。

 同時に人の囲いが割れて行く。


 何でこの人暮葉さんは僕に構うんだろう。

 けど見つけられてしまったら応対しない訳にはいかない。


「はは……」


 僕はいつもの気持ち悪い薄ら笑いを浮かべる。


「竜司大丈夫だったのっ!?

 ジュギョーチューに急にパタッて倒れちゃうから私アタフタしちゃったっ!」


「いや……

 まあ……

 お陰様で……」


(ねえクレハ?)


 するとここで女子の一人が声をかけてきた。

 もちろん暮葉さんに。


「ん?

 どーしたのっ?」


(何でこんなジメオタに話しかけてるの?)


 ジメオタ。

 これが僕のあだ名。


 ジメジメしたオタクでジメオタ。

 いや、あだ名じゃ無くて蔑称だな。


 竜河岸と言う人種はイジメに逢いやすい。


 当然だ。

 隣に超能力めいた事が出来る奴が居るのだから。


 更に隣には竜も居る。

 一般人からしたら脅威以外の何物でも無い。


 だから排斥しようと動き出し、虐めに発展する。


 そしてそのイジメは陰湿に行われる。

 一般人が受ける虐めよりもより陰湿に。


 この龍驤りゅうじょう学院はそう言った一般人からの差別から避ける為、造られたと思う。


 一般人の混じった小学校では友達は同じ竜河岸の友達一人だけ。

 小学高学年になった辺りから二人でオタク道をひた走る様になった。


 その友達は別の学校に行く事になって最近会ってない。

 何で龍驤りゅうじょう学院に来なかったのかは知らない。


 まあそんなこんなでこの学校にぼっちで来た訳だけど、みんな同じだろうとタカを括ってた所もあった。


 けど、現実はそう上手く行くものでは無く対人スキルが塵芥ぐらいしか無い僕はことごとく失敗。


 世の中の流行りとかもよく知らない(アニメ、漫画は別)僕はあれよあれよと色んな意味で教室の隅に。


 目立った虐めを受けている訳じゃ無かったけど、クラスで孤立した。


 そして蓮とは二年で同じクラスになったお陰で男子生徒からの恨みも買い、更に僕はクラスの底辺、学年の底辺に転がり落ちた。


 正直、田中が居なかったら不登校になってたんじゃ無いかって思う。

 ちなみに田中とは一、二年とずっとクラスは同じ。


「ジメオタ?

 竜司じゃないの?」


(あぁあぁ。

 違う違う。

 竜司なんて名前負けも良い所だわ。

 あんなジメジメしたオタクはジメオタで充分よ)


(キャハハッッ!

 そーよそーよっ!)


 僕をネタに笑う女子達。

 僕はもうこの手の嘲笑には慣れてしまっていた。


 はいはい、すいません。

 僕は気持ち悪いオタクです。


 侮辱されている訳だから本当は声を上げた方が良いかも知れないけど、もうそう言う陽キャの人間と関わり合うのが煩わしくもなっていた。


すめらぎ氏。

 資本主義に飼いならされた依存するしか脳の無い豚共の戯言など気にする事は無いでありますよ」


 そしてそれは田中も同様。


「ナマエマケ?

 何それ?」


 話題は進み、暮葉さんが名前負けって言う単語に喰い付いた。


(クレハは竜だから知らないのね。

 名前負けって言うのは名前とキャラが合っていないって事よ)


「へー、キャラと名前が合ってない事をそんな言い方するのね。

 じゃー竜司は竜司っぽくないって事?」


 キョトン顔で聞き返す暮葉。


 それにしても当人を無視して話を続けるのは止めて欲しいなあ。

 しかもこいつら聞こえる距離だって言うのに止める気配が無い。


 まあいつもこんな感じだから気にしないけど。


(そうよ。

 だって竜司って竜を司るって書くのよ?

 あんな猫背で陰気なヤツに合う訳無いじゃない。

 だからジメオタで充分なのよ。

 新崎さんも気の毒にねぇ。

 もっとイケメンが幼馴染だったら良かったのに)


 後ろに座っていた蓮まで飛び火した。

 話題には加わって無かったみたいだけど。


「確かに竜司が猫背でオドついてるのは認めるわ。

 けど、貴方にそんな事を言われる筋合いは無いわよ久留島くるしまさん」


 蓮がほんの少し怒っている。

 今、蓮を巻き込んだ女子は久留島清美くるしまきよみ


 陽キャ女子の代表みたいな存在。

 いわゆるクラスカーストの最上段に位置する。


 何かと言うと蓮に嫌味を言っている。

 多分コイツは蓮の事が嫌いなんだろう。


 けど文武両道を地で行く蓮だから特に嫌味を言われる様な弱みは無く、大体言われる時は僕絡みなだけに少し申し訳ない。


「ブサメンと幼馴染って言う事実を突かれたからってプリプリしないでくれる?」


 久留島清美くるしまきよみも言い返す。

 バチバチと見えない火花が見える様だ。


「ねえねえ、キヨミ。

 貴方の名前ってどう書くの?」


 そんな中、唐突にノートとシャーペンを差し出しながら間に割り込む暮葉さん。


(えっ?

 名前?

 何、クレハ。

 突然)


「いいからいいからっ!」


 満面の笑顔で姿勢を崩さない暮葉さん。


(ま……

 まぁ別に良いけど…………

 はい、私の名前はこう書くのよ)


「みんなも教えてっ!」


 狐に摘ままれた様に周りの女子は自身の名前をノートに書きこんで行く。


「ありがとっ…………

 うーん、この字は見た事無いなあ……

 あっ!

 これは見た事あるっ!

 これもっ!

 これもっ!」


 書き終わったノートを見てブツブツ何か言ってる暮葉さん。

 みんなポカンと見つめている。


 久留島清美くるしまきよみと蓮の会話も止まってしまった。


清美きよみっ!

 すみっ!

 精花せいかっ!

 貴方達三人も名前負けねっ!」


 突然したり顔で声を上げた暮葉さん。

 まるで探偵が真犯人を突き止めたかの様。


(なっっ!?

 何でよクレハっ!

 何で私が名前負けなのよっ!)


(そーよぉっ!

 何でなのよぉっ!)


「ん?

 だって、貴方達が竜司の事ジメオタって言ってる時、物凄く汚かったモン。

 この清いって漢字と澄って漢字と精って漢字って綺麗って意味でしょ?

 だったらキャラと名前が合って無いから名前負けじゃないの?」


 あっけらかんと言ってのけた暮葉さん。

 周りは唖然としている。


「えっえっ?

 違うっ?

 何か違うかしらっ?

 あっっ!

 そーかっっ!

 確か人の事汚いとか言っちゃダメなんだっけっ!?

 えーとえーと……

 何て言ったら……」


 周りが無言の為、自分の見解がおかしいのかと悩みだした暮葉さん。


「プッ……」


 その空気を破る様に蓮が噴き出した。


「ククク……

 ハッハッハッ!

 あー……

 あー……

 おかしい……

 確かに久留島くるしまさん。

 竜司が名前負けって言うのなら貴方も相当名前に負けてるじゃない」


「なぁっ!?

 何がヨォッ!

 私の何処が名前負けしてるって言うのヨォッ!?」


「どこがって……

 暮葉の言ってる通りじゃない。

 竜司を馬鹿にしてる時の貴方って本当に下品な顔してるもの。

 現に今の顔も見れたものじゃ無いわよ。

 何処が清くて美しいよ」


 蓮も相当頭に来てたんだろう。

 煽る煽る。


 そんな蓮を前に言葉も出ない久留島くるしまさん。


 顔は引きつり、頬肉を目いっぱい上げてるものだから鼻の穴が横に広がっている。

 綺麗に整えられた眉は深い谷の字を描き、まさに怒髪天と言った表情。


 今にも飛び掛かりそうな顔。


 ピィーッ!

 ピィーッ!


 と、そこに警笛音が鳴る。


「あ……

 違う違う……

 こっちだこっち……

 何で毎回メガホンでガナんないといけネんダヨ……

 メンディーくてシャーないわ……

 あーっ!

 あーっ!

 後ろのジャリ共ーっ……

 オバちゃん、とっとと終礼シューレー終わらせてフケたいんスわ……

 だからとっとと席につけっつー……

 あ~~~~…………

 怠っ……」


 どこを切り取ってもアンニュイさしか無い様な裏辻うらつじ先生の声が広い教室に響く。

 いつのまに教室に来てたんだ。


「くっ……

 新崎しんざきれんっっ……

 この侮辱……

 忘れないわっ……

 期末試験では覚悟してなさいよっ……

 フンッ!」


 捨て台詞を吐いて自席に戻る久留島くるしまさん。

 何で蓮をフルネームで呼ぶんだろう。


「知らないわよそんなの。

 ドラマの見過ぎなのよ」


 そんな久留島くるしまさんを軽く一蹴する蓮。

 確かにドラマとかで出る敵役の捨て台詞みたいだ。


 そしてこう言う台詞を吐く奴に限って大抵やられ役なんだ。

 久留島くるしまさんは解って言ってるんだろうか?


 久留島くるしまさんは期末試験では覚悟してなさいと言っていた。


 普通に考えるとテストの点数で争うのかな?

 と思うかも知れないけど龍驤りゅうじょう学院では少し違う。


 普通の学科テストもあるんだけど、それとは別で魔力技術実習試験もある。


 専攻科目によって違いはあるんだけど、魔力注入インジェクト専攻の生徒は対抗模擬戦みたいなものが執り行われるんだ。


 どう言う形式になるかはテスト当日まで解らない。

 久留島くるしまさんも蓮も魔力注入インジェクト専攻。


 多分覚悟してろって言ったのはその対抗戦でブチのめすって言いたいんだろうな。


 それにしても別に普段から闘う訳じゃ無いのに何でそんな格闘戦みたいな事をしないといけないんだ。


 もちろん僕も魔力注入インジェクトを専攻しているからこの対抗戦には出場しないといけない。

 ケンカなんかやった事無いのにトホホ。


 女子達は自席に戻った為、ようやく僕も自分の席に座れた。


「あ~~……

 ほんじゃ終礼シューレー始めっぞ~~……

 あ~~~……

 怠……

 え~……

 あぁ……

 実習で気絶したヤツー……

 習ったトコまでは解禁になってっから……

 家帰って復習しとけー……

 でないと期末でボコられんぞー……

 えぇと……

 あー……

 多分終礼シューレーはこンだけだわ……

 はい、日直ー……

 ゴーレーかけなー……」


 良く解らないまま終礼は終わったみたい。

 とりあえず今日習った所は家に帰って自習してもいいらしい。


(は……

 はい……

 起立!)


 ガタッ!

 ガタガタッ!


 みんな一斉に立ち上がる。


(礼っ!)


 さようならっ!


 一斉に挨拶。


「えっ?

 えっ?」


 立ち上がっても無い暮葉さんは一人オロオロしている。


「はい……

 撤収テッシュー……」


 こうして一日を終えた僕ら。

 みんな自分の竜を連れて帰って行く。


(クレハーッ!

 この後、何処か行かないっ!?)


 女子が暮葉さんに声をかけている。

 この女子は久留島くるしまさん一派とは別の子。


「ゴメンね。

 この後お仕事があるんだー」


(そう……

 残念……)


 少しテンションが下がっている女子。


「あっ!?

 でもでもっ!

 明後日は何も無いから遊べるよっ!」


 それを聞いた女子の顔が明るくなる。


(じゃあ明後日っ!

 一緒に遊びましょっ!?)


「うんっ!」


(じゃーねっ!

 また明日っ!)


「うんっ!

 また明日っ!」


 アイドルをやりながら学校にも通うって大変なんだろうな。


「ねえねえ竜司。

 さっきみんな何してたの?」


 クルッと振り向いた暮葉さんが何か聞いて来る。

 さっきの挨拶の事だろうか?


「さっきの挨拶の事?

 あれは一日終わりましたって事でみんなで挨拶するんだよ」


「ん?

 何でそんな事するの?」


「何でだろうね。

 僕も良く解らないけど、人間って集団行動できないと生きてけないから。

 学生の内にそう言う事を学ばせようとしてるんじゃないかな?」


「ふうん、人間ってムツカシーのね」


「そうかな?」


 どうやら、単体で完結している生物の竜にとって非力な人間の集団行動は良く解らないみたいだ。


「行くわよルンル」


【はぁいん】


 蓮もカバンを持って教室を出ようとしている。

 部活かな?


「蓮、大丈夫?

 今日も部活?」


「ん?

 そうよ。

 って大丈夫って何の話?」


「いや……

 さっき久留島くるしまさんと揉めてたから……」


「あんなの何とも無いわよ。

 いつもつっかかってくるし。

 ……って竜司も大体見てるでしょ?」


「そ……

 そうなんだけど……

 ほら……

 期末試験がどうのって言ってたじゃない?

 あれって多分対抗戦で何かやって来るって事でしょ?

 だから少し心配で……

 それにいつも僕の事で言われてるのは申し訳ないって思うし」


「危険な事にならない様にきちんと先生方も見てくれるんでしょ?

 なら、心配いらないわよ。

 それに竜司もママ知ってるでしょ?」


 蓮のお母さんは考古学者。

 が、少し出自が変わっていてヤンキー上がりの考古学者なんだ。


 若い頃レディースチームの特攻隊長やってたんだって。


 そのせいか性格はかなり男勝り。

 悪く言えば下品。


 忙しい人らしくてそんなに顔を合わせる訳じゃ無い。

 無いんだけど、会う度……


「おーっ竜司!

 チ〇ポはムケたのか?

 ケケケ」


 と、挨拶の前に下ネタで来る様な人物。

 正直人の局部事情はほっておいて欲しい。


 こんな性格だから学者界隈でついた異名が暴君考古学者だって。


「う……

 うん……」


「私はママの娘なのよ。

 逆にやっつけてやるわ。

 それに私が言われるのも気にしなくて良いわよ。

 周りが何て言おうとも関係無い。

 私は竜司の…………

 ……………………」


 蓮の言葉が止まる。

 と、同時に白い頬っぺたが赤くなっていく。


【あぁんっもうっ!

 この子ったらぁ!

 何でそこで言い切らないのかしらぁんっ!】


「もうっ!

 ルンルッ!

 うるさいっ!」


 何だか良く解らない。

 僕が何だって言うんだろう?


「ねえ蓮?

 僕が何だって?」


「しっ……!

 知らないっ!」


【あのね竜司ちゃん。

 今、蓮は多分竜司ちゃんの良い所をいっぱい知ってるって言いたかったのよん】


 なるほど。


 素直に嬉しい。

 蓮の気持ちが嬉しい。


 胸があったかくなる感覚がする。


「そうなんだ。

 蓮、ありがとう」


 僕は素直に感謝の気持ちを告げる。

 それを聞いた蓮の頬が更に赤くなる。


「べっ……!

 別に勘違いしないでよねっ!

 竜司が猫背で陰気なのは変わらないんだからぁっ!」


 どっちなんだ。

 褒めたいのかけなしたいのか。


【まあ見事に王道なツンデレかましちゃってぇ。

 こんなの好……】


「わーーっ!

 ルンルーーッ!

 わーーっ!

 あっっ!

 そろそろ部活に行かなきゃだわっっ!

 竜司、それじゃあねっっ!

 また明日ッッ!」


 そう言い残し、ルンルを押しながら蓮は脱兎の様に教室から退散して行った。


「ねえねえ竜司。

 蓮ってばどうしたの?」


 後ろから不思議そうな顔で暮葉さんが尋ねて来る。


「僕にも良く解らないよ。

 それじゃあ暮葉さん、また明日ね」


「うんっ!

 また明日っっ!」


 良く解らないと言うのはウソ。

 ルンルが言おうとしていた事も何となく解る。


 けど、蓮の性格からして向こうから告白して来るって事は無いと思う。

 かといって僕からも告白する勇気も無ければ自信も無い。


「ハァ……」


 溜息が漏れる。


 僕にもう少し取り柄があったらなって思う。

 蓮が言ってる僕の良い所ってどんな所だろう?


 聞いても恥ずかしがって教えてくれないだろうな。


 多分僕らの関係はこのままズルズル幼馴染の関係で続いて行くんだろう。


 そして大人になって蓮が結婚してあくる日、イケメンで四番でピッチャーでCEOの旦那を紹介されるんだ。


 そうだ。

 きっとそうだ。


 ますます落ち込んで来る。

 落ち込みながら帰宅する。


【オイ竜司。

 帰りにばかうけ買ってくれよばかうけ】


 ガレアは僕の落ち込みなんかどこ吹く風で自分の欲しいばかうけをねだって来る。


「……竜は良いよな。

 気楽で」


【キラク?

 キラクって何だ?

 食い物か?】


「はあ……

 そう言う所だよガレア」


【???

 お前が何を言ってるか解らん】


 ガレアがキョトン顔で首をかしげている。

 本当にこう言う所だと思う。


 僕は帰宅途中、スーパーに寄ってばかうけを購入。

 ばかうけってコンビニには置いてないんだよなあ。


【おっ?

 サンキュー竜司ッ!】


 ガレアは本当に嬉しそう。


「荷物は自分で持ってよ」


【わかってるよ】


 スーパーの袋に指を掛け、肩から降ろすガレア。

 一緒に家路を急ぐ。


(あら?

 竜司ちゃん。

 今帰り?)


 向かいから歩いて来るおばさんが話しかけて来る。

 近所に住んでいる知り合いだ。


「あ、おばさん……

 こ……

 こんにちは……」


(ガレアちゃんも相変わらず大きくて緑ねぇ。

 あ、そうそう。

 牛肉のしぐれ煮を作ったのよ。

 食べる?)


 ガレアの巨体を見上げるおばさん。

 袋からタッパーを取り出し、ガレアの顔に向けて掲げる。


【ん?

 何だ?

 竜司、こいつ何差し出してんだ?

 ん……

 クンクン……

 何か甘い匂いがするなあ】


「ガレア、それは肉だよ。

 しぐれ煮って言う料理」


【ん?

 ヒグラシって何だ?

 でも肉か。

 喰って良いのか?】


「あ……

 あの……

 おばさん……

 ガレア、食べたいみたいですけど……

 頂いて良いですか?」


(いいわよいいわよ。

 その為に開けたんだから)


「ガレア、いいって」


【おっ?

 サンキュー。

 ほんじゃイタダキマス……

 ガツガツ……

 何か甘ったるいなあ。

 甘ったるいけど結構美味い……

 ガツガツ……】


(竜司ちゃん。

 ガレアちゃんは何て言ってるのかしら?)


「あ……

 甘いけど……

 結構美味しいって言ってます……」


 このおばさんは一般人。

 ガレアの言っている事は解らない。


(ウフフ。

 良かったわ。

 オバさん、また作るからね。

 それにしても竜司ちゃん、その前髪暑くないの?)


 確かにこれからの季節は少々暑いかも知れない。


 僕は前髪が両眼を隠すぐらい伸ばしている。

 いつからかこれぐらい伸ばす様になった。


 今ではこの前髪越しで無いと人の両眼を見れなくなっていた。


 蓮や田中だったら大丈夫……

 だと……

 思うけど……


 どうだろう?

 この前髪が長い生活が長いから前髪を上げると照れてしまうかも知れない。


「えっ……

 ま……

 まぁ……

 暑いか……

 !!?」


 サラッ


 唐突に右手を額と前髪の間に差し入れ、そのまま上に持ち上げたおばちゃん。


(ウフフ。

 オバさん、知ってるのヨォ。

 竜司ちゃんがホントは割とカワイイ顔してるって言う事)


「わわっっ!?

 かっっ!

 からかわないで下さいよっ!」


 バッ!


 僕は咄嗟に間合いを広げ、おばさんの手から逃れる。


(ウフフ。

 ごめんなさいね。

 けど顔がカワイイって言うのはホント。

 今風に言うとイケメンって言うのかしら?

 美容室でも行って髪型をオシャレに変えたらモテるかも知れないわよォ)


「そっ……

 そんな……

 僕は……

 別に……

 モテたいだなんて……」


 僕がイケメン?


 馬鹿な。

 そんな事がある訳が無い。


 解っているんだ。

 おばさんはいわゆる身内びいき的な感覚で言ってるんだ。


 そんな言葉に踊らされる程、僕は子供じゃ無いぞ。


(ウフフ。

 じゃあおばさん行くわ。

 しぐれ煮、十七とうなさんにも渡してあるから竜司ちゃんも食べてね。

 それじゃあ)


 十七とうなと言うのは母さんの名前。


 年齢は五十なのに十七。

 息子ながら変わった名前だと思う。


「は……

 はい……

 ありがとうございます……」


 こうして僕はおばさんと別れ、帰宅の途に就いた。



 すめらぎ



 堅そうな木で出来た巨大な門が僕の目の前に聳え立っている。

 これが僕の家の入り口。


 門の向こうは広い庭が広がる。

 その先に二階建て和風家屋。


 これが僕の家。


 正直ウチは金持ちだ。

 お爺ちゃんが土木関係で名の知れた人で父さんは日本郵船の船長だから二人共高給取り。


 更にお爺ちゃんは書家としても有名。

 且つすめらぎ家って言うのもよくわからないけど名家なんだって。


 由緒正しい竜河岸の家系。

 それがすめらぎ家なんだ。


 ガチャッ


 巨大な門の脇にある通用口から庭に入る。

 しばらく歩き、ようやく玄関。


 ふう、ようやく落ち着ける。


 本当に外は嫌いだ。

 何が起こるか解らない。


 ガラッ


 パーソナルスペースまで辿り着いた僕は勢い良く玄関を開ける。


「ただいま~」


「おかえりぃ~~」


 奥から女性の声。

 母さんの声だ。


 もう帰ってたんだ。


 僕は居間へ向かう。

 そこには甚兵衛を来たお爺ちゃんと藍色の着物の上から真っ白い割烹着を来た母さんが洗濯物を畳んでいた。


 お爺ちゃんの隣には黒スーツを着て黒い長髪の男が座っている。

 痩せてはいるが瞳は赤く、異様に鋭い。


 この人はお爺ちゃんの使役している竜でカイザ。

 あ、そう言えばカイザも人型だ。


 って事は暮葉さんと同じ様に魔力で姿を変えているって事かな?


 カイザは故郷で王の衆って言う竜のグループの幹部なんだって。

 何か漫画みたい。


 母さんの傍には緑がかかった白色の白翼竜も座している。


 こっちは母さんが使役している竜のダイナ。

 特徴としては頭に立派な一本角を生やしている。


「竜司さん、おかえりぃ」


「母さん、今日は早いね」


「今日は午前に数件手術があっただけやさけなあ。

 とっとと済ませて帰って来たんどすえ」


 生まれは京都なだけにウチの母さんは京都弁で話すんだ。


「竜司、どうじゃった?」


 お爺ちゃんが口を開く。


「どうって何の話?」


「今日は初めての魔力技術実習があったんじゃないのか?」


「う……

 うん……

 そうだけどよく知ってるねお爺ちゃん」


龍驤りゅうじょう学院にはうちも多額の出資をしとる。

 蛇の道は蛇と言う奴じゃ。

 で、どうだったんじゃ?」


「えと…………

 気絶しちゃった……」


「情けない奴じゃのう。

 そんな事では豪輝の様に立派になれんぞ」


 豪輝と言うのは僕の兄さん。

 職業は警察官。


 竜河岸だけで構成された課。

 特殊交通警ら隊の隊長をしている。


 猫背で陰気な僕と違って快活で沈着冷静な自慢の兄さん。

 いつもお爺ちゃんは兄さんを引き合いに出すから嫌になる。


「そ……

 そんな事言われても……

 初めての事だからビックリしたし……」


「多分ガレアの身体から魔力が染み出て来たんじゃろ?

 どれぐらいの大きさだったんじゃ?」


「えっと……

 大体……

 これぐらい……

 かな?」


 僕は両手で大きめのボール大を形作る。


「フム……

 大きさからすると小の大と言った所じゃな。

 が、竜司よ。

 お前はスキルの修練はやっておったのじゃろ?」


「うん、熱心って程じゃ無いけど」


「となると多少なりとも魔力耐性は上がっとる筈じゃ。

 おそらく取り込んだのは中量。

 気絶しても致し方ないと言った所か。

 見ていた訳では無いから定かでは無いがな」


「へえ、魔力の量って単純な大きさだけじゃないの?」


「もちろん大きさも関わって来る事はあるが、厳密には濃度じゃ。

 抽出した形にどれだけの魔力が込められているかで決まるんじゃよ。

 まあ、体外抽出で魔力補給する竜河岸なんぞ今はあまりおらんがな。

 大抵はスキルを使う時と同様の接触補給じゃな」


「じゃあ大きさは小だけど中量の魔力が込められてたって事はそれだけガレアが凄いって事?」


「聞き取りだけじゃから何とも言えんが、まあそう言う事じゃな」


主人マスターの孫よ。

 ガレアは我が見出した竜。

 強くて同然だ」


 カイザも会話に入って来た。

 確かに話を聞いてる限りでは強いと言うのは知っていたけど……


【ばかうけ美味ぇ】


 無邪気にポリポリばかうけを齧っているガレアを見るとあまり信用できないなあ。


「あ、そうそうカイザ」


「ム……?

 何だ?」


「カイザのその姿ってやっぱり魔力で変化しているの?」


「無論だ。

 今まで気付いていなかったのか?」


「いや……

 だって物心ついた時からカイザってその姿じゃない?

 だから特に疑問も浮かばなかったんだよ」


「それが何故今、改まって問うのだ」


「いや、今日学校で転校生がやって来てね。

 その子が竜で人の姿になってアイドル活動をしているんだよ。

 その子が魔力で姿を変えてるって聞いたからカイザもそうなのかなって」


「もーらいっ!」


 ここで聞き慣れた声が聞こえて来る。

 TVからだ。


 画面には制服を着た暮葉さんが男子生徒のポカリスウェットをひったくって走っている。


 CMだ。

 こうして見ると本当にアイドルなんだな。


「一緒に生きて行く水。

 ポカリスウェット」


 このキャッチコピーで締めくくられ、CM終了。


「あ、この子だよこの子」


「へえ、竜司さんのクラスにこないなべっぴんさんが入りましたんどすかぁ?」


「うん、これで竜って言うんだから信じられないよ」


「ほな竜司さんもそろそろそのうっとおしい前髪切って見た目小綺麗にせななぁ。

 こんままやとこの子だけやなしに蓮ちゃんにも愛想尽かれるでぇ」


「なっ……

 何言ってんだよ母さんっっ!

 何でここで蓮が出て来るんだよっ!」


「ウフフ。

 この子ったら照れて可愛おすなあ。

 ……さぁこれでしまい。

 ほんじゃあうちはそろそろ夕餉ゆうげでも拵えまひょかねぇ」


 洗濯物を畳み終えた母さんはそう言い残し台所へ向かって行った。

 僕も自室に戻る。



 すめらぎ家 二階 竜司自室



 ようやく自分の部屋に帰って来る。

 制服を脱ぎ、楽な部屋着に着替えた。


 ゴロン


 僕はベッドに寝転がり、一人考えていた。

 内容は保持レテンションについて。


 圧縮……

 圧縮かぁ……


 田中じゃ無いけど漠然としていて良く解らないなあ。

 お爺ちゃんとか兄さんとかどうやっているんだろう。


 確か魔力って感情で変化させて想像力で形を整えるとか言ってたっけ?


 感情……

 感情……


 それが魔力に作用するのはいつなんだろう?

 感情は意志とも言い変えれる。


 スキルを使うと言う意志に応じて魔力が変化するのであれば、取り込む以前に作用していると考えるのが自然か。


 気絶した時、何を考えていただろう?


 ……とにかく力。

 純粋な力を取り出そうと考えていたんだっけ?


 別に魔力を使う目的があった訳じゃないから特にそこら辺は考えていなかった。


 言わばガレアから染み出て来たのは素の魔力。

 純粋な魔力って事だろうか?


 人の意志で変化した魔力とそうで無い魔力。


 どちらの方が毒性が強いのだろう?

 普通に考えて意志を込めてない魔力の方が強そうだ。


 こんな感じで一言も話さず悶々と一人考え込んでいた。


「竜司さーーんっ!

 夕餉ゆうげ出来たえーっ!」


 下から母さんの大声が響く。

 夕飯が出来たのか。


 ふと僕は時計を見る。

 気が付いたら帰宅して2時間程、経っていた。


 そんなに考えていたのか。

 しかも結論が出ないまま。


「ガレア、ご飯だって。

 行こう」


【ん?

 メシか?】


 ガレアはガレアでずっとマンガを読んでいたみたい。

 周りに漫画本の山がいくつかある。


 そのまま僕はガレアを連れて一階の茶の間へ。

 大きなテーブルには色々な料理が並べられていた。


 今日のメニューは……


 まずそうめんかな?

 上にすだちと貝っぽいのが乗っている。


 それと魚の天ぷら。

 何の種類かは解らない。


 あと何か野菜を肉で巻いてタレがかかったもの。

 最後は豆腐のサラダかな?


「さあ竜司さん、はよ座りよし。

 今日もご馳走やでぇ」


 微笑みながらテーブルへ招く母さん。


 ピンポーンッッ!


 ここで呼び鈴が鳴る。


 誰か来た。

 晩飯時に誰だろう?


「あ、蓮ちゃんとちゃうか?

 あかざさん、今日から泊りや言うてたし」


 蓮か。


 別に珍しい事じゃない。

 ちょくちょく蓮は夕飯をウチに食べにくる。


 蓮のママが考古学者だから何かと忙しい為だ。

 だから母さんも四人分用意していたって訳か。


「僕、行って来るよ」


「はいな」


 ガラッ


 僕は玄関を出て、門に向かって庭を進む。

 外は天頂から徐々に藍色に染まりつつある時刻。


 夏だから陽が落ちるのも遅いんだ。

 最近夏至を迎えたってTVで言ってた。


 気持ち涼しくなっていて、まるで日中の暑さが空に吸い取られて行っている様。


 叙情に浸っている間に門へ到着。


 ガチャ


 通用口を開ける。

 そこには黒のタンクトップに淡い水色のショートパンツと言う涼し気な格好の蓮が立っていた。


「竜司、ばんわっ」


【竜司ちゃぁんっ。

 チャオッ!】


「ばんわ。

 二人共、良いタイミングだよ。

 今母さんが夕飯並べてる所」


 僕は庭へ蓮とルンルを招き入れる。


「今日のメニューは何?」


「えっと……

 何かすだちが乗ったそうめんに何か魚の天ぷら。

 肉で野菜を巻いた奴と豆腐のサラダ。

 蓮、あとで何なのか教えてよ。

 僕、料理は詳しく無いからさ」


「いいわよ。

 魚か……

 おばさんって旬のものをよく使うからアジじゃないかしら?」


「ふうん」


 そんな話をしながら、家屋に入り茶の間まで。


「蓮ちゃん、おいでやすぅ」


「おばさん、いつもすいません」


「ええよええよ。

 そないな事、気にせんでも」


【竜司ちゃんのマミーッ!

 今日もお呼ばれされちゃったわぁん】


「ルンルはんは相変わらずようわからん竜どすなあ」


「……気持ち悪い……」


 カイザがポツリ。


【なあ、カイザ。

 こいつ気持ち悪ィよなあ】


 ダイナも同意。


【なあなあ竜司。

 もう食って良いか?】


 ガレアはガレアで床に置かれた夕飯を見つめ、おあずけ解除を待っている。


【アンタ達、解って無いわねぇ。

 カネブウの最新コスメでバッチリメイクを決めたアタシのキャワイさが見えないのぉん】


 バチン


 ルンルの巨大な爬虫類顔がウインク。


 うん、見えているよ。

 多分、カイザもダイナも。


 その上で気持ち悪いって言ってるんだと思うよルンル。


「さあさあ、アホな話はこんぐらいにして夕餉ゆうげ頂きまひょ」


 こうして夕飯開始。


「おばさん、このオクラの肉巻きにかかっているタレって自家製ですか?」


「蓮ちゃん、ようわかったなあ。

 これ夏みかんで作った自家製ポン酢どす」


「へえ、夏みかんで。

 道理で風味が変わってるんですね。

 それとこの天ぷらはアジですね」


「旬やからなあ」


「このそうめんに入ってる貝はホタテですね。

 良いお出汁が出ています」


「おおきに」


【ガツガツ……

 やっぱり竜司のカーチャンが作るメシは美味いなあ。

 ……ガツガツ】


「美味い言うてくれんのはええねんけどなあ。

 ガレアはん、もうちょお行儀よぉ食えんどすか?

 あっちゃこっちゃにダシ飛び散っとるやん」


「……ごめん母さん、後で僕が拭いておくよ」


「よろしゅうたのんます。

 お爺はんトコとか蓮ちゃんトコ。

 ダイナはんとかは行儀よお食うてんのになあ……

 ホンマに竜って色々やわ」


 こうして夕飯は終了。


 今日のご飯も美味しかった。

 途轍もなく。


「蓮ちゃんや、今日の魔力技術実習はどうじゃったんじゃ?」


 お爺ちゃんが蓮に話しかけている。

 何となく口調が優しい気が。


「あ、はい。

 最初取り込んだ時は胸が高鳴ってビックリしました。

 スキルを使う時と感覚が全然違うんですね」


「そうじゃな。

 スキルを使う時はその”使う”と言う意志で魔力が変化しているからのう。

 それはそうと気絶はせんかったか?」


「いえ、私は大丈夫でした。

 竜司、もう身体は大丈夫なの?

 急に倒れるからビックリした」


「うん、保健の先生が処置をしてくれたから大丈夫だって」


「そう……

 良かった」


「フム……

 となると蓮ちゃんの方が魔力量コントロールが優れているのかも知れんな……

 ………………竜司、蓮ちゃんに少し見てもらえ」


 何かお爺ちゃんが妙な事を言い出した。


「え……

 見てもらえって……?」


「腹ごなしも兼ねて二人で魔力技術の練習に行って来いと言っとるんじゃ。

 まだ外は少し明るいしの」


「えぇっっっっ!!!?

 何で僕が蓮とっ……!」


「えぇっっっっ!!!?

 何で私が竜司とっ……!」


 シンクロ。

 違っていたのは名前だけ。


「竜司、お前は授業中に気絶したんじゃぞ?

 皆と比べて遅れとって良い訳あるまい。

 蓮ちゃん、スマンが頼まれてくれんか?

 それで竜司に魔力量コントロールのコツを教えてやって欲しい」


 ペコリ


 お爺ちゃんが頭を下げた。


「いやいやいやっっ!?

 お爺さんっっ!

 頭を上げて下さいっっ!

 私は別に竜司とが嫌って訳じゃっ…………

 いや、嫌なのは嫌なんですけどぉっ!

 嫌の発生源が違うって言うか何て言うかぁっ!

 あぁあ何言ってるのかよくわかんなくなってきた……」


【オジーチャンオジーチャン。

 ウチの子は竜司ちゃんと二人っきりなのが恥ずかしいだけなのよん】


「わーっっ!

 わーっ!

 ルンルーっ!

 わーっ!」


 蓮がルンルに飛び掛かる。


 ドッスンバッタン


 すめらぎ家茶の間は騒然。


「コラッ!

 あんたら静かにしっ!

 ご近所迷惑やろがっっ!」


「はっ…………

 すっ……

 すいません……」


「な……

 何だかよくわからんが……

 蓮ちゃん、不出来な孫を助けると思って引き受けてはくれんか?」


 もう一度頭を下げたお爺ちゃん。


「…………もうっ!

 わかりましたっ!

 わかりましたから頭を上げて下さいっっ!

 …………竜司……?」


 チラッ


 横目で僕を見る蓮の頬は赤い。


「う……

 うん……」


「じゃあ……

 行く……?」


 モジつきながら言ってる蓮はシャレにならないぐらい可愛い。


「う……

 うん……

 じゃあ……

 よろしくお願いします……」


「竜司、練習をするにしても2時間程度で切り上げるんじゃぞ」


 僕は何だか物凄く恥ずかしくなってお爺ちゃんの言葉が届いていなかった。


「竜司、聞いとるのか?」


「……え?

 あっっ!

 うんっ!

 にっ……!

 二時間ねっ!

 わっ……!

 解ったよっ!

 じゃ……

 じゃあ行ってきますぅっ!」


「いってらっしゃい。

 帰りはきちんと蓮ちゃん送るんやでぇ」


「わ……

 わかってるよう。

 ガレア、蓮、ルンル行こう」


【ん?

 どっか行くのか?】


「練習しに行くんだよ。

 ついて来て」


 こうして僕とガレア。

 蓮とルンルは外へ出て行った。



 続く



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 竜司達が出かけた後のすめらぎ



「お爺はん、何や気ィ使いましたんか?」


「ん……

 まぁのう。

 蓮ちゃんは気立てのいい子じゃ。

 ゆくゆくは竜司に嫁いでくれたのうと思ってな」


「んな余計な事せんでもあん二人はくっつくでっしゃろ?」


「じゃがあの二人は変に奥ゆかしいからのう……

 老婆心も出ると言うもんじゃ」


「竜司さんももう少し自信を持ってくれたらと思うんやけどなあ」


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