四千PV記念 夏だっ!水着回だっ!皇一家の海旅行⑤



 ビンワンなんだ。



【ギュワッ…………】


 ビンワンが僕らに気付いた様だ。


 このビンワンって竜。

 TV業界に憧れてこっちに来た。


 菅さんと同じ様なゴルフTシャツを着てるんだけど竜だから身体が大きくてピッチピチなんだ。


 しかも半袖からはみ出ているのは鱗なもんだから違和感が半端ない。


 ビンワンってずっと似非っぽい業界用語をずっと言ってる竜。

 似非っぽいって言ったのは菅さんが全然使わないから。


 常にTVディレクターってキャラを作ってるもんだから思わぬことが起きると奇声を上げて動きが止まるんだ。

 僕らが居るとは思わなかったんだろう。


 あ、何か目を見開いた。


 多分どう言うで行くか決まったんだろう。

 胸元に手をトントンと当て出した。


セーオン音声さん……

 クッチェチェッククッチェチェックッ!

 クーマイクッチェマイクチェックッ!

 アィ本番ッッ!

 タイトルドンッ!

 “ラギスメちゃん、ナオンカサワー若狭トーデーデート”ッ!

 ハイキタドーーンッ!】


 相変わらず何言ってるかわからん。

 とりあえず業界用語なんだろう。


 叫びながら両手を広げて横歩き。

 ビンワンの何がウザいってこの横歩きなんだ。


 横歩きしながら忙しなく暮葉の前まで。


ハークレ暮葉、ズドン】


 だから何なんだこいつは。


「ビンワン。

 貴方も来てたのね。

 久しぶり」


 わけのわからんビンワンに対しても普通通り接してる暮葉。

 流石だ。


ラギスメちゃ~んっ!

 シタノドゥッどうしたの!?】


「は……?」


 そりゃそう言うだろ。


シタノドゥどうしたのッ!?】


 業界用語だよな。


 シタノドゥ……

 したのどう……


 どうしたのか。


 しんどい。

 こいつと話すのしんどい。


「あっ……

 あぁ僕らは海水浴に来てるんだよ……」


ミーウーギーオヨ泳ぎに来たのっ!?

 イイじゃないっすかーッッ!】


「ハハ……

 ありがとうございます」


(コラッ!

 ビンワンッ!

 くっちゃべってねえで早くロケハンのMC鮮麗映画祭見せやがれッ!)


【あっ!

 ガースーDっ!

 メンゴメンゴごめんごめん……】


 ドスドス歩いて菅さんの元へ向かうビンワン。


「じゃ……

 じゃあ僕らはこれで……」


 正直話すと疲れるので余り関わり合いたくない。

 そそくさとその場を後にして忘れ物を取りに行く。



 ###

 ###



 九階に向かった竜司達。

 一階のビンワンと菅は何をしていたのだろうか?


 そこには目を瞑りながら、ビンワンと手を繋いでる菅Dが居た。

 これはビンワンの特技である鮮麗映画祭マスターオブセレモニーで生成した映像を確認しているのだ。


 ■鮮麗映画祭マスターオブセレモニー


 ビンワンの固有技能。

 両眼に映る映像を体内に保存できる。

 取得した映像は静止画切り取り、倍速再生など加工も可能。

 取得した映像は解像度に換算すると凡そ7680×4320。

 TVで言う所のスーパーハイビジョンクラス。

 且つ最近早送りで流した映像も体内で等倍に戻せることに気付いたため効率がアップした。

 裁判等でも証拠として使えそうなこの特技だが唯一の弱点がある。

 それは魔力耐性のある者しか映像を確認する事が出来ないのだ。

 耐性のある者とは主に竜河岸、竜を指す。

 基本脳内に映像が浮かぶ形かビンワンが生成した大型スクリーンに投影する。

 個別でマザードラゴンの様に空中にスクリーンを生成して見るのは稀である。

 と言うかマザーしかいない。

 これはマザーが人間のTVと言うのに憧れていた為である。

 ちなみにビンワンが生成したスクリーンは竜界でしか生成できない。


(フンフン…………

 おお……

 こんな所まで……

 ってビンワン……

 仕事熱心なのは良いんだけどな……

 今日録るの浜辺で激辛料理食うだけの企画だぞ……

 適当に砂浜なめるぐらいでいいのに……)


 プルルルルル


 ビンワンの携帯が鳴る。


「もしもし~~……

 お疲れっス~……今アタドノどの辺りっすかっ!?

 えっ……

 ええええっ……

 ジリサワ「別に……」と言った人ゴネタッッ!?

 ……ええ……

 じゃあバラしで~……

 次のカイキー機会に~~……

 はいは~いど~も……

 プッ」


 電話を切ったビンワンの顔が青ざめた。


「ガースーDッッ!

 チンピーピンチッスッ!

 チンピーピンチッッ!」


(ん?

 どうしたんだビンワン)


「ジリサワ、ドタキャンッスッ!

 どうしましょうっっ!?」


(マジかッッ!?

 残ってるのはB級芸人二組だけだぞ……

 大体ジリサワが激辛料理なんて喰う訳ないじゃん……

 企画は数字低いの解ってるから別にいいんだけど……

 これ制作局長の発案なんだよなあ……)


 菅としては制作局長の発案だけあってとりあえず形としては作っときたいのだ。

 これは菅が制作局長になる為のコネ作り。

 要するに点数稼ぎだ。


 だが、この企画のキモはもちろんジリサワが激辛料理を食べると言う点。

 その大元のジリサワがドタキャンとなった為企画自体バラしの可能性が出てきた。


 菅は悩む。


 それだけ制作局長はこの企画に入れ込んでいた。

 企画作れませんでしたなんて言おうものなら出世の道が絶たれてしまう。

 

 誰か。


 誰か代わりになる人材はいないのか。

 直ぐに一人思い当たる菅。

 さっそくビンワンに指示を送る。


(おいビンワンっ

 すぐにエレベーターホールに向かうぞっ

 ついてこいっ!)


ケーオツOKッスッ!】


 エレベーターホールに辿り着く。

 今動き出したのは一番奥のエレベーター。


 おそらく竜司達が降りてきているのだと判断する。

 奥のエレベーターの前まで向かう菅とビンワン。


(おい土下座だ。

 はやくしろビンワン)


 そう言いながら跪き出す菅。


ザードゲ土下座ッッ!?

 何でっっ!?】


(時間がないっっ!

 早くしろっっ!

 この企画がポシャッたら俺の制作局長への道がヤバくなるっ!

 あとお前は一言も喋らなくていい。

 話すとややこしい事になりそうだ)


【ケッ……

 ケーオツOK……】


 主であるガースーの異様な迫力に言う通り跪きだすビンワン


 チーーーーン


 エレベーターが一階に到着。



 ###

 ###



「フフッ

 何言ってるの暮葉」


「だってそうじゃない。

 ウフフ」


 僕は下降するエレベーターの中で差し当たりのない話をしていた。


 やっぱり暮葉は可愛いなあ。

 この笑顔に僕は癒されるんだ。


 チーン


 一階到着。


 ガーッ


 自動扉が開く。


 網膜に飛び込んできた景色に僕は言葉を失った。


 僕の目の前に土下座している人と竜。

 しかもさっき見た人と竜。


 菅さんとビンワンだ。

 この二人が地面に額を擦り付けて微動だにしない。

 不意に菅さんが声を上げる。


すめらぎくんっっ!

 君を男と見込んで頼みがあるっっ!)


 凄く嫌な予感。

 こういうオトナが仰々しい言葉を使って頼み事をする時、絶対嫌な御願い事だ。


「は……

 はぁ……」


(クレハに番組に出て貰えないかっ!?)


「いやだから……

 暮葉は今オフだって言ったじゃないですか……」


(それは重々承知だッッ!

 実は出演予定だったジリサワがドタキャンしてしまってヤバいんだっっ!

 このままだと企画自体ポシャる可能性もあるっっ!

 僕は何としてもこの番組を録りたいんだっっ!)


 物凄い情熱だ。


 バラエティとは言ってたけど、菅さんがこれだけ情熱をかける番組。

 出るか出ないかは別として番組に興味が湧いてきた。


「一体どんな番組を録ろうとしてるんですか……?」


「…………第二回チキチキこの辛さはホンモノか?

 限界に挑め!

 激辛ガマン選手権……」


 番組じゃないじゃないか。

 ただのワンコーナーじゃないか。


 そんなのにあのジリサワが出る訳が無い。

 あ、だからドタキャンしたのか。


 ■ジリサワ


 日本の女優。

 父親が日本人、母親がフランス人のハーフ。

 その振る舞いから週刊誌、スポーツ紙などでは“女王様”と呼称される。

 ある映画の舞台挨拶で終始不機嫌な表情でインタビュアーの質問に対して


「別に」


 と答えた話は有名。

 これを機に物凄いバッシングを浴びる羽目になる。

 が、バッシングを浴びながらもハイパーメディアクリエイターと称する男性と結婚したり、離婚したり女優復帰したりと我が道を行く人物。


「菅さん、どうしたんですか?」


 暮葉も話に加わった。


(クレハちゃん……

 今日のロケで演者が一人ドタキャンしちゃってさ……

 困ってるんだよ……

 こちらの事情は省くけど、僕は何としてもこの企画を録って持って帰りたいんだ……)


「へえ……

 どんな企画なんですか?」


 あれ?

 これってもしかして罠にはまったんじゃ……


「第二回チキチキこの辛さはホンモノか?

 限界に挑め!

 激辛ガマン選手権」


 聞けば聞く程馬鹿馬鹿しい企画。

 第二回と言う事は一回目があったって事なのか。


 が、当の暮葉は……


「へ……

 へぇ…………

 激辛……

 じゅるり」


「暮葉……

 ヨダレヨダレ……」


「あぁっ

 いけないいけない……

 じゅるん……

 とてもいい企画だと思います」


 いやいや、もうキリッとしても遅いから暮葉。


(ジリサワの代わりにクレハが出演したら発案した制作局長も納得するっ!

 もちろん録った映像はルールに則ってきちんと事務所へ提出するっ!

 無論NGなら処分してもらって結構だっっ!

 もちろん今日の内にとっ払いでギャラも支払うっ!

 だからっ!

 だからーーーッッ!)


 更に頭を擦り付ける菅さん。


 たかが番組内のワンコーナーにえらい熱の入れようだ。

 だけど、どことなく録りたいって感じがする。


 でも今日はオフなんだ。

 申し訳無いけど断ろうと思った矢先……


「ねえ……

 竜司……

 私……

 別に出ても良いわよ……

 じゅるり」


 僕は知った。

 今この場だけに関して言えばアウェイになっていると言う事を。


すめらぎくんっ!

 この通りだーーっ!)


「竜司…………

 じゅるり」


 拭っても拭っても出て来る暮葉のヨダレ。

 そしてビンワンの無言の土下座も何だか“圧”がある。


 ええい、もうしょうがない。


「わかりましたっっ!

 わかりましたっ!

 暮葉を出演させる事を了承しますっ!」


 ガバッ


(ホントかいっっ!

 ありがとうっっ!

 すめらぎくんっ!)


 ガバッと顔を上げる菅さん。


(よしっ

 そうと決まれば早速準備だっビンワンッ!

 スタッフに通達してこいっ!

 現場に行ってカメリハするぞっ!)


ケーオツOKッス!

 ガースーDッ!】


 意気揚々と立ち去ろうとする菅さんを慌てて呼び止める僕。


「ちょちょちょっ!

 ちょっと待って下さいっ!

 了承はしましたけど、僕、今日家族と来てるんですよっ!

 きちんと事情を説明する時間ぐらいはくださいっ!」


(あ、そうだねっ

 いやーっ

 嬉しくってさーっ!

 僕も一応無理言ってクレハに出て貰う訳だし挨拶に行くよ)


「あ、はいお願いします」


 僕らは通達し終えたビンワンやスタッフと共にビーチへ向かう。


(おい……

 マジでクレハだぞ……)


(めっちゃ巨乳じゃん……)


 等のヒソヒソ話が周りで聞こえる。

 何だかイラつく僕。



 若狭和田ビーチ



「おっ竜司、遅せぇじゃねぇか。

 腹減っちまったぞ……

 って何だ何だっ!

 何引き連れて来てるんだっ!

 竜司っ!」


 後ろに続く昭和TVのクルー達を見て驚く兄さん。


「あ……

 兄さん……

 これからTVのロケが始まるんだって……」


「TV?」


(いや~~すいません……

 私こういう物です……)


 駆け寄って来た菅さんが名刺を差し出す。

 そこにはこう書かれてあった。


 昭和TV 制作局チーフプロデューサー 菅賢三


 ちなみにビンワンが菅さんの事をガースーDと呼ぶのはディレクター時代に知り合った名残なんだって。


「あーアレか。

 去年の年末、暮葉さんを追い掛け回してたやつかっ」


(いやぁ……

 ハハハ……

 その節はご迷惑をおかけしました……

 それからはきちんとルールを守ってクレハと接していますのでご安心を……)


 トンカンテンカン


 兄さんと菅さんが話している間にスタッフさん達の作業が始まり出した。

 見る見るうちにクイズの回答台みたいなものが完成する。


(コレ、一つで良いんスカ?)


(一人が座って、他は立っているから良いんだよ)


(消え物、準備出来ましたー)


 夏の太陽が照り付ける中、汗だくになりながらスタッフ達が準備をテキパキ進めて行く。


「……それで何で我々に挨拶を……?」


 怪訝けげんそうに名刺を眺めていた兄さんが目的を問う。


(いや……

 あの……

 今から録るロケに急遽クレハに出て貰う事になったので……)


「ん……?

 竜司、そうなのか?」


(いやっっ!

 きちんと各社が締結したルールは護りますしっ!

 クレハとすめらぎくんには了承も得てますのでっっ!)


 兄さんの鋭い眼光に焦った菅さんが弁明し出す。


「うん……

 何か話の流れでそうなっちゃって……

 ゴメン兄さん」


「いや……

 まあ俺はそこら辺の詳しい話は知らないから二人が良いって言ってるんなら良いんじゃないか?」


(ありがとうございますっ!

 では私、打ち合わせがありますので……)


 そう言いながら菅さんは離れて行った。


 ビンワンを残して。


ラギスメちゃーんっ!

 このM1のチャンニー兄ちゃんタードナどなたッ!?】


 早速、絡んできた。


 お前、仕事しなくて良いのか?

 そして相変わらず言ってる事が解りにくい。


 チャンニー……

 ちゃんにー……


 にーちゃんか。


 タードナ……

 たーどな……


 どなたかな?


 要は兄さんを紹介しろって言ってるのか。

 本当にうっとおしい。


「あぁ……

 この人は僕の兄さんだよ……」


タードナどなたァ……】


 そう呟いて両手を広げ、ポーズを取るビンワン。


 え?

 終わり!?


 適当ぉっっ!!


 この何か異様に自信満々な態度に物凄くイラっとくる僕。

 ホントきちんと紹介したんだから、きちんと応対して欲しいものだ。


【そこのF1とM2はっ!?】


 今度は父さんと母さんだ。


「こ……

 この二人は……

 僕の両親です……」


【おぉっ!

 ラギスメちゃんのチャントー父ちゃんチャンカー母ちゃんですかっっ!

 いやいやどうも~

 私、ビンワンです~

 シクヨロよろしく~~】


 そう言いながら手を差し出し、二人と握手するビンワン。


「ンフフフゥ~~……

 何かヘンな竜デスネェ……」


 いやいやいやいや。

 貴方も相当なもんですから。


「うふふ……

 まあ竜界も広いからなあ……」


【おっビンワンじゃねぇか。

 久しぶりっ】


 ダイナが声をかけた。


 それもそうか。

 ダイナはマザーの衆だもんな。


 知っててもおかしくない


【ややっ!?

 ナーダイダイナじゃないっスかっ

 最近人間界こっちに来たって聞いてたっスけど、グーキ奇遇っスねグーキ奇遇っっ!】


【ハハハ。

 相変わらず何言ってっかわかんねぇなお前】


 ダイナが笑っている。

 やっぱりダイナも良く解らないみたいだ。


【おっと、そこに居るのはアーガレガレアじゃーーんッッ!

 ブリヒサ久しぶりッ!】


【ん?

 あぁ誰かと思ったらウマトロの奴じゃねぇか。

 こんな所で何やってんだ?】


 ガレア軽いキョトン顔。


 ガレアの言ってるウマトロと言うのはビンワンにもらったカレーの事を指しているんだろう。


【今日はコーナー録りで来てんスよーっ

 オンエア明後日だからとっとと録って、AX昭和TVトンボとんぼ返りっスよーハハハ。

 ウチのガースーDも売れっ子っスからケツカチで。

 今日はハークレ暮葉抜きクローズアップで撮るんでシクヨロよろしくーっ!】


【ん?

 何が?】


 ガレア全力のキョトン顔。


 て言うか明後日って早過ぎないか?

 あぁそうか、ジリサワを呼んだって言ってたっけ?


 スケジュールの調整とかでこの日になったのかな?

 でも結局ドタキャンらしいけど。


「ん?

 何や竜司。

 このケッタイな竜は?」


 今度はげんだ。


「あぁげん……

 この竜は前に竜界で知り合ったビンワンって言う竜だよ……

 ビンワン……

 こちらの人は僕の親友で鮫島元さめじまげんさん……」


 僕は考えた。

 知りたい情報を全て僕が言ってしまえばビンワンのうっとおしいコメントを聞かずに済む。


 すると、ビンワンは指で四角を作り、その中にげんをはめ込んで眺め出した。


 直に……


 カッッ


 パチン


 ニヤリ


 イラァッッ!


 ビンワンが舌を鳴らし、指を鳴らす。

 そしてニヤリと笑ったんだ。


 何だろう?

 この一連の動作が物凄くイラっと来た。


「な……

 何や知らんけど……

 ごっつイラっと来る竜やな……

 竜司、コイツ殴ってええか?」


「………………禿同…………

 げんちゃんやれ……

 アタシが許す……」


 げんも異様なウザさにイラついた様で物騒な事を言い出した。

 隣で見ていた湯女ゆなさんも同意した。


 いやいやビンワン、竜だから。


(クレハさん入られまーすっ!)


 スタッフの声が聞こえる。


「暮葉、頑張ってね」


「ありがとう竜司」


 暮葉が中央へ向かう。


 撮影はまだらしい。

 数名と薄い本を持って話をしている。


(ジャンボーグAさん、入られまーすっ!)


 誰?

 直感的にそう思った。


 見ると二人の男性も暮葉の元へ行っている。

 あ、お辞儀した。


 多分、芸人のコンビ名なのかな?


 続いて


(ビントロさん、入られまーすッッ!)


 ADさんの声が響く中、ペコペコお辞儀しながら暮葉達の元へ向かう男性二人。

 これもコンビ名か。


 若干さっきの芸人より腰が低そうだ。

 一人が物凄く太っている。


 そろそろ撮影が始まる様だ。

 カメラマンがカメラを構え、ADさんがしゃがみ、カンペを用意している。


 照明さんかな?

 レフ版を持って立っていて、音声さんが長いマイクを構えている。


 暮葉も移動し、舞台で言う所の袖で待機。


 芸人達が立ち位置に移動。

 ADさんがしたで三本の指を立てる。

 秒読みだ。


 三

 二

 一


 人差し指を芸人達に向ける。


 撮影スタート。


(いよーーーーっっ!

 夏だーーーーッッ!)


 バチバチバチバチバチッ!!


 向けられた途端、芸人が大声を張り上げ、手を勢いよく叩き始めた。


 さっきまで物凄くテンションが低かったのに。

 さすがプロだなあ。


(神崎さん、何してはるんですか?)


(だって木部君っ!

 夏やでっ!

 夏やでっ!

 夏なんだぜっ!

 テンションあげてこーぜっ!

 あげてこーぜっ!

 木部博士っっ!)


(誰が博士なんすか)


 ハハハハ


 スタッフがパラパラ笑っている。

 TV見てると結構笑ってる雰囲気あったけど、実際はこんなもんなんだな。


(それで木部君っ!

 今日は何をするんですかっっ!?

 何をやらかしやがるんですかっ!?)


(今日はですね……

 題しましてっ!

 第二回!

 チキチキこの辛さはホンモノか?

 限界に挑め!

 激辛ガマン選手権ーーーッッ!

 ヘイッ…………

 あれ神崎さん……?

 どうしはったんですか……?)


 神崎と呼ばれる人の顔が一瞬で強張る。


(あれ……

 またやんの……?)


(前が結構好評やから言うて菅さんが考えはったんですわ)


(イヤーーーッ!

 イヤじゃーーっ!

 ワテあの後マンマ喉通らんかったんやでっ!?

 コラーーッ!

 ガースーッッ!)


 神崎が急に走り出す。


 追うカメラ。

 菅さんが脇腹を殴られている。


(神崎さん、菅さん殴ったらアカンて。

 あと普段ワテなんて言わないやないっすか)


 木部のツッコミに呼応する様に元の立ち位置に戻る神崎。


(えー今回の企画なんですが…………

 お断りさせて頂きますっっ!)


(ええっ

 何言うてはるんですか神崎さん。

 もうカメラ回ってるんですよ)


(アゥァッ!

 そうやったっ!

 ウガーーッ!)


 カメラに齧りつく神崎


 ハハハハ


 またパラパラしたスタッフの笑い。


(神崎さん安心して下さい。

 今日はゲストを呼んでおります……

 だから神崎さんだけ辛いもの食うって訳やありませんっ!

 ではお呼びしましょうっ!

 この方々ですっ!

 どうぞーっ!)


(イエーーッ!

 ビンッ!

 トローッッ!)


(マグロの脂は飲み物です……)


 太った方が低いダンディボイス。

 いやそんな訳無いでしょ。


(本日のゲストはビントロさんですっ!)


 それを聞いた神崎の顔がまた強張る。


(神崎さんどないしはったんですか?)


(いや……

 ビンチョウさんと昨日メシ食いに行った所やねん……)


(相変わらずビンチョウさんと仲良いっすねー神崎さん。

 ちなみに何食ったんスか?)


(マグロ)


(お前らそればっかりやなぁっ!)


(そんな事言ってもしょうがないじゃないっすか……

 だって僕らはッ!

 ビンッッ!

 トローーッッ!)


 またポーズを決めるビントロ二人。

 そして何故か神崎も加わっている。


(マグロの王子様ニューヨークへ行く……)


 ビンチョウのダンディボイス。

 なるほど名乗りと一ボケまでがワンセットか。


(ほんでビンナガさん、まだ一言も喋ってないっスよ)


(喋っとるがな)


(喋ってへんがな)


 この段階でようやく出ている芸人達の棲み分けが出来た僕。


 この番組のメインはジャンボーグAと言うコンビ。

 ボケが神崎で勢いとキレのある動きでハイテンションが芸風だろう。


 相方が木部。

 ツッコミ担当。


 落ち着いたツッコミで割と顔はイケメン。

 番組の進行役。


 そしてゲストで来たのがビントロ。


 太ったダンディボイスがビンチョウ。

 多分ボケ。


 相方がビンナガ。

 多分ツッコミ。

 影が薄いのがキャラなのかな?


(あと今回ですね……

 スペシャルゲストに来てもらってますっっ!)


(別に……)


 すかさず神崎がボケる。

 この人はまだジリサワが来ると思ってるんだ。

 かなり際どいボケだなあ。


(この方ですっ!

 どうぞーーッッ!)


 木部は神崎のボケをスルー。

 だってジリサワじゃないから。


「こんにちはーっ!」


 袖から元気に挨拶しながら暮葉登場。

 暮葉の顔を見た途端急にソワソワし出す神崎。


(あれ?

 どうしたんすか?

 神崎さん)


(ガースーッ!

 ジリサワや言うてたやろーっっ!

 オラァッ!

 オラァッ!

 オラァッ!)


 神崎がまたダッシュしてカメラ枠外へ。

 菅さんの脇腹を殴る神崎。


 菅さん、裏方なのによく出るなあ。


(神崎さーんっ!

 戻って来て下さーいっ!

 特別ゲスト置いてきぼりですからーっ)


 木部が神崎を呼び戻す。


(えー本日のスペシャルゲストッ!

 クレハさんでーすっ)


 パチパチパチパチパチ


 演者が拍手で出迎える。

 神崎が力いっぱい叩いているのが印象的。


「よろしくお願いしまーすっ!」


 暮葉が笑顔でぺこりとお辞儀。

 それを見た神崎がまたソワソワし出す。


(だからさっきからどうしたんスか神崎さん。

 もしかして……)


(ウン……

 メッチャ好き……)


 神崎は暮葉のファンだった。


(神崎さん神崎さん……

 聞く所によると……

 クレハさん……

 恋人居ないらしいっスよっ)


(マジでかっっ!?

 木部博士っ!)


(だから博士てやめえ。

 でも神崎さん……

 もしかして狙えるかも知れませんよ)


(ホゥアッッ……

 クレハさん知ってますっ?

 サンドウィッチってサンドウィッチ伯爵が作りはったんですよ)


「そうなの?」


 暮葉キョトン顔。


(だからアンタその口説き文句おかしいて)


 ハハハハ


 スタッフのパラパラした笑い声。


 僕の存在に関しても取り決めがあって、竜河岸と言えども一般人と言う事で非公開になっている。


 従ってクレハも公式には彼氏は居ない事になっている。


 だけど僕と暮葉は二人で買い物とかに行く。

 そんなおおっぴらな事が出来るのは各社で結んだルールのお蔭である。


 多分各出版社の記者に写真を撮られているが全てマネージャーのマス恵さんがNG出してるんだろう。


 あの人に僕らの関係を告げた時は本当に苦労したけど。


(ではルールです。

 まず本日は初級中級上級と三種類料理をご用意してます。

 順番でそれを食べて行って“辛い”って言うたら脱落。

 最後の人になるまで争ってもらいます。

 最後の一人になった人が優勝。

 今回賞金が出ます。

 十万円です。

 そして今回からの新ルールとしてキラーパスと言うのがあります)


 ここでADさんが黒いボトルみたいなものを木部に手渡す。


(木部くん……

 何やその怪しげなボトルは……?)


 木部が手元のカンペを見ながら話し出す。


(えー

 これは海外のデスソースって言う香辛料でその名も……

 サタンブラッドって言うものらしいです。

 そんでキラーパスと言うのは自分が喰った後、このサタンブラッドを振りかけて返杯して良いと言うルールです。

 ただ、このサタンブラッド。

 ホンマに危険な香辛料らしいので最大五滴までとさして頂きます。

 なおキラーパスが通った場合最後ご自身でクリアせな優勝は没収となりますので使い方には注意して下さい)


 順番は一番手は神崎、二番手はビンチョウ、三番手はビンナガ、四番手は暮葉となった。


(それでは初級の料理お願いしますっ!)


 ADさんが運んできたのは緑の野菜がどっさり乗ったお椀。

 神崎が座った席に並べる。


(えーこれはですね……

 香港屋台クンフーキッチンクレッタ汐留店さんからの提供で“香港細打ち豆苗担々麺”でーすっ!

 初級と言う事なので一辛でお願いしています)


(うわー……

 めっさ野菜載ってるやん……)


 どうやら神崎は野菜が嫌いらしい。

 担々麺を箸で持ち上げる神崎。


(キレーに麺だけ……

 アンタどんだけ野菜嫌いやねん)


 ズルズルッ


 モグモグ


 麺を吸い込み咀嚼する。

 にんまり笑顔になる。


(ピリ辛やね……

 美味しい……

 はいクリアーッ!)


 問題無かった様だ。

 続いてビンチョウ、ビンナガと問題無し。


 そして暮葉の番。

 担々麺を持ち上げる暮葉。

 右耳に髪を掛けながら麺を口に入れる。


 モグモグ


「うん…………

 美味しいけど辛さが足りないわね……」


 暮葉が定番の台詞を言い出した。


「すいませーーんっ!

 キラーパスしますっ!」


 元気な暮葉の声が響く。


 天真爛漫さ故か竜故か場の流れを読まないと言うか。

 こういう時は一巡ぐらいしてから仕掛けるものではないのか。


 このコーナー、一体どうなるんだろう?


(えぇッ!

 もう行くんですかクレハさんッ!?)


「うんっっ!」


 にんまり笑顔で頷く暮葉。


(じゃ……

 じゃあお願いします……)


 木部が若干ひいている。


 ADがサタンブラッドを渡す。

 禍々しいボトルデザイン。

 まさに悪魔の血が入っていそうだ。


(クレハさん……

 ホンマに危険らしいんで……

 五滴以上入れちゃ駄目ですよ……)


「うんっ

 わかったっ

 五滴ねっ」


 サッサッサッサッサ


 ポタポタポタポタポタ


 躊躇する事無く、リミットいっぱい行きやがった。


「んふふ~~♪」


 嬉しそうにグルグル担々麺をかき混ぜる暮葉。


「じゃあっ……」


(あぁっちゃいますちゃいます。

 キラーパスですからこれ食べるの神崎さんです)


「ええっ!?」


 あまりルールを理解していなかった暮葉。


 渋々席を離れる。

 代わりに神崎が席に座る。


(うわぁっ!

 何ッ……!

 何コレッ……!

 眼がっ……!

 眼が痛いっっ!)


 目を押さえながら顔を横に逸らす神崎。

 おそらく湯気が眼に入ったのだろう。


(ヒヒッ……

 神崎さんっどうしはったんすかーっ?)


 いやらしい含み笑いをしながら神崎を弄り出す木部。


(コレ……

 違う……

 さっきと全然違う……)


(とりあえず一口は食うて下さいよ神崎さん。

 コーナー進みませんわ)


 バシバシッ


 気合を入れる為に自らの頬をはたく神崎。


(オラァッッ!

 やったるっ!

 やったるでぇっ!)


 湯気を避ける様に顔を下げながら器用に麺を引っ張り出す神崎。


(アンタ器用な喰い方やなぁ

 ヒヒッ)


 ヒキ笑いをしながら、神崎を弄る木部。

 麺を口に入れた。


 モグモグ……


 モグ


 確かめる様に咀嚼する神崎。

 と思ったら口を押えて砂浜に転がり出した。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ


 激しくのたうち回る。


 終始無言なのがサタンブラッドの恐ろしさを物語る。


(ヒヒッ……

 神崎さんどうしたんすかーっ!)


 木部のヒキ笑いから続く、神崎弄り。


(ヒズッ……………………)


(えっ?

 何すか神崎さん……?)


(………………ヒズッッッ!)


(ヒヒッ……

 あぁ水ですか……

 水お願いします)


 ヒキ笑いの後、木部がミネラルウォーターのペットボトルを持ってくる。

 ひったくるように奪い、グビグビ飲み干し、燃える喉を癒す神崎。


(ヒヒヒッ……

 神崎さんどうするんスか?

 厳密には辛い言うてないから続行できますけど……

 ギブします?)


 未だペットボトルから口を離さない神崎は勢いよく頷く。


(ヒヒッ……

 ハイ神崎さんしっかーーくっ!

 次はビンチョウさんですねっ

 お願いしますっ!)


(こんなん見せられて食える訳無いやないですか)


 うむ。

 それはごもっとも。


 結局ビンチョウ、ビンナガと神崎と同じ反応。


 二人ともギブを宣告。

 最後に残ったのは暮葉。


(クレハ……

 ホンマヤバいっすよ……

 ハー)


(こんなん食いもんちゃうわ……

 殺人兵器やわ……

 ホー)


(俺、食いもん食うて目チカチカしたん初めてやわ……

 へー)


 ギブした三人がしきりにハーだのホーだの言ってる。

 まだ辛さが消えないんだろう。


「えーそんな事無いよう…………

 ズルズルズル……」


 そんな事を言いながら麺を啜りだした暮葉。


(あぁっ……!

 そんな食べはったら……)


 暮葉の身を案ずる神崎。

 プルプル震え出す暮葉。


(だから神崎くんが止めたのに……)


「美味っっしいぃーーーッッッ!」


 暮葉、喜びの絶叫。


 ズルズルズルズル


 物凄い勢いで担々麺を食べ始める。

 その様を呆然と見つめる四人。


 これ番組的にはどうなんだろう。


 ゴクゴク


 麺や具は食い尽くし、スープ迄飲み干す暮葉。


 タンッ


 空になった丼を台に置く暮葉。


「プハーッ

 御代わりっ!」


 夏の日差しにも似た満面の笑顔を向ける暮葉。


(いや……

 そう言うゲームじゃないですから……

 えーと……)


 木部が視線を菅さんに送る。

 コーナーを閉めて良いのかの確認だ。


 菅さんが頷いている。

 これで良いのかオイ。


(では優勝はクレハさーーんっ!)


 パチパチパチパチ


 三人が拍手を贈るがどことなく力がない。

 木部が暮葉にのし袋を渡している。

 多分賞金だろう。


(それでは第二回チキチキこの辛さはホンモノか?

 限界に挑め!

 激辛ガマン選手権でしたーーーッッ!)


 木部と暮葉はぺこりとお辞儀。

 他三人は力無く手を振る。


(はい、カットッッ!)


 収録が終わったらしい。

 菅さんが暮葉の元へ駆け寄る。

 僕も向かおう。


(いや~~……

 良かったですよ~クレハちゃん。

 辛いの得意だったんだねぇ~……)


 得意とかそう言うレベルじゃ無いだろ。


(あっすめらぎ君っ!

 今日は助かったよっ

 ありがとうっ)


「いえ……

 僕は何もしていませんよ……

 やったのは暮葉で……」


(あっコレ今回のギャラです。

 あとその賞金も納めてもらって結構ですので)


「はいお疲れ様でした」


(お疲れっした~

 今日中に完パケして事務所に送りますんで。

 マネージャーさんと社長には伝言だけお願いします~……)


「はいわかりました」


(では~~……

 お前らっ!

 とっとと撤収するぞっ!

 ビンワンッ!

 マスターお前に預けるから、四時間で完パケまで持って行け)


ケーオツOKっスッ!

 では皆さんわらっちゃって片付けて下さーいっ!」


 ふう、やれやれ。

 どうにかこれでビンワンとのやり取りは終わりそうだ。


 茶封筒とのし袋を手に戻って来る暮葉。

 茶封筒の厚さが気になる。


「お疲れさん暮葉」


「えへへー

 オシゴトしちゃったっ!」


 意気揚々と茶封筒とのし袋を見せびらかす暮葉。

 昭和TVのスタッフと芸人は軽く挨拶を済ませて、とっとと撤収していく。

 瞬く間にビーチは元の状態に戻った。



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 ここで序章を含めて六話に続けて公開した特別編ですが、ラストとして各キャラの恋模様を見ていきたいと思います。



 ■滋竜しりゅう十七とうなの場合



「ンフフフゥ~~……

 浜風が気持ち良いデスネェ……」


「ええ……

 ホンマに……

 こないゆっくりすんの久しぶりやわぁ~……」


 滋竜と十七とうなは二人で砂浜を散歩していた。


 散歩コースは砂浜を出て、堤防辺りまで差し掛かる。

 結構な距離。


 二人ともただ歩いているだけで幸せなのだ。


 普段は共働きで一緒にいる時間が少ない。

 こう言った夫婦は仲が冷え切るケースも少なくないが、すめらぎ夫婦に関しては愛を育む形に転化していた。


 いわゆる“逢えない時間が愛を作る”というヤツである。


 散歩はまだまだ続く。

 もちろん滋竜の隣にはスクール水着を着たバキラ。


 十七とうなの側にはダイナが居る。


【うんっ

 気持ちいーねっ

 滋竜っちっ!

 十七とうなが居なかったらもーーーっと気持ち良かったのにーーーっっ!】


 滋竜の腕にしがみついたバキラが皮肉を言う。

 相変わらずバキラは十七とうなを恋敵と思っている様だ。


「うふふ……

 まさかコレがバキラやなんてなあ……

 恋はオンナを変えるとはいうけど……

 まさかこぉんな……


 クソ!


 ガキになるやなんてなぁ……」


 竜と解り、ある程度の溜飲は下がったもののやはり夫に色目を使われるのは面白くない様だ。


【フンだっ!

 オバサンよりかはマシだもんっ!

 イーッだっ!】


「うふふ……

 やはり竜畜生とは言え……

 教育したらなアカンかなあ……

 ダイナはん」


 ダイナはヤレヤレと言う顔をしつつも亜空間を開く。

 その中にゆっくりと手を入れる十七とうな


「コラコラァ……

 二人トモォ……

 私を取り合うのは男冥利に尽きると言うものでスガァ……

 私の顔を立てて矛を収めてくれないデスカネェ……」


【滋竜っちがそう言うなら……】


「しゃあないなあ……」


 亜空間から何も持たずに手を抜く十七とうな


「モウ……

 あの時みたいな事は懲り懲りデスカラネェ……」


「ええ……

 ホンマに……」


 この二人が言っているのはサービスエリアでダイナが話していた浮気未遂のエピソードである。


 以前タンカーの緊急修理と補給の為立ち寄ったマレーシア最大の港、ポートケラン港で知り合ったデカアナル・ビンディ・クサクサシと言う女性と知り合った事から端を発する。


 無事修理、補給を終え日本に帰国した滋竜。

 それから少し間出航は無く、滋竜は毎日出勤と称してマヤドー会海洋交渉術の研鑽に勤しんでいた。


 時代は1990年。

 世はまだバブル期の狂乱に踊り狂っていた頃。


 滋竜は二十四歳。

 十七とうなは二十二歳の頃の話である。


 二人は新婚ホヤホヤで豪輝を授かり、当時では珍しい育児休暇中だった十七とうな

 当時の滋竜は海水の瓶など持っていなく、咳き込む虚弱の滋竜しか帰って来ない。


 今ならいざ知らず、その頃は心中に産まれる違和感を拭いされずにいた。

 私はこんな吹けば飛ぶような枯れ木と結婚したのではないと。


 そこで十七とうなは一計を案ずる。

 職場に手作り弁当を持って行ったのだ。


 そこで見てしまった。

 全裸の夫と抱きついている半裸のデカアナル・ビンディ・クサクサシ女史の姿を。


 デカアナルはポートケラン港で滋竜に燃える恋心を抱き、日本まで追いかけて来た。


 デカアナルはマヤドー会海洋交渉術の稽古をしていた全裸の滋竜を見て、自分を待っていてくれたと勘違いしたのだ。


 このデカアナル、若干頭がおめでたい女だった。


 初めて目撃した浮気現場(?)に怒りが沸点に達する十七とうな

 亜空間から取り出した出刃包丁を投げつける。


 包丁は股間に直撃。

 大量に出血する滋竜。


 咄嗟に傍に居たケイシーの繰り出したマヤドー会海洋交渉術その百“シンボルビーム”により瞬時に勃起。

 止血が出来、事なきを得た。


 だが怒りが収まらない若かりし頃の十七とうな

 そして漢のシンボルを失いかけた現実に完全にキレた若かりし頃の滋竜。


 壮絶な夫婦喧嘩が勃発する。


 十七とうなが全力で生命の樹ユグドラシルをかまし、滋竜が大渦潮メイルストロームを炸裂。

 バキラが大波グランデ・ヴァグを放つ。


 戦いの詳細は省くが、和歌山県沖の地ノ島が沈む羽目になった。

 最終的に源蔵が駆り出され、重枷かさねがせによって取り押さえられ喧嘩終了。


 結局喧嘩は職場に戻った滋竜が地面に落ち、避難した人々の足跡だらけで見るも無残になった十七とうなの弁当を躊躇なく食べて美味しいと言って仲直り。


 この後、滋竜は膨大に発生した後始末に追われる事となる。


「ややァッ……

 あそこに島が見えますネェ……

 ドウです……?

 十七とうなさん……

 あそこまで行ってミマセンカァ……?」


 ぽん


 十七とうなが優しく柏手を打つ。


「ええやないの~~……

 行こうや滋竜さん……」


「エエ……

 バキラ……」


【はぁーいっ!

 エイッ!】


 サブン


 バキラが海に飛び込む。

 海面が白く輝く。

 やがて止む白色光。


 ズザザザザザザザァーーーッッ


 海面が迫り上がり、中から現れたのは海竜形態のバキラ。


【ハァーイッ

 おまたーっ

 背中に乗って滋竜っちーっ!

 十七とうなはダメッ!】


「そんな魚臭い背中なんか札束詰まれても乗りたないわ……

 うちはダイナはんに乗るさかいに……」


 ダイナの背に乗る十七とうな


「ソレジャア……

 行きましょうカネエ……

 バキラ……

 お願いしマス……」


【うんっ】


 ズザザァーーーッッ


 バキラ発進。

 巨体を掻き分けて波が立つ。


「ダイナはん……

 頼んます……」


【おう】


 バサァッ!


 ビュンッ!


 大きく翼をはためかせるダイナ。

 少し高度を取る。


 上空から滑空。

 目的地は若狭湾沖葉積島。


 二人とも速度は速く、即到着。


 チャプ


 小さな砂浜に上陸する滋竜。


「ンフフフゥ~~……

 思った通り……

 気持ちのイイ所デスネェ……」


 バサァッ


 ダイナが降りてきた。


 スタッ


 着陸。

 ゆっくりと砂浜に降りる十七とうな


「は~~……

 ええとこやんか~~……」


【おいバキラ】


 何やらヒソヒソ話をしていたバキラとダイナ。

 そして何か促すダイナ。


【解ってるよっ!

 し……

 滋竜っち……

 アタシちょっと周り泳いで来て良い……?】


 何か感が漂うバキラ。


【姫、俺もちょっと飛んできて良いか?】


 示し合せたようにダイナもその場を離れると言う。

 これはダイナの気遣い。


【なっ……

 何言ってんのっ

 ダイナッちっ

 何でアタシが十七とうなに気遣ってやらないといけないのよっ……

 ゴショゴショ】


【あのなバキラ……

 二人とも明後日からはまた忙しい日が続くんだ……

 たまにある休みの日ぐらい二人っきりにさせてやろうじゃねぇか……

 それによ……

 ここでバキラが気遣える竜だって事を見せつけときゃだな……

 これからお前も色々やり易いんじゃねぇか……?

 ゴニョゴニョ】


 ダイナは離れる目的と離れる事のメリットを簡潔に説明する。


【うっ……

 う~~ん……】


 バキラは考える。


【そう言うのが人間界で言う所のイイオンナってやつじゃねぇのか?】


 ダイナがあと一押し。


【…………わかった……

 ホントはアタシも滋竜っちも一緒に居たいけど……

 十七とうなに譲る……】


 こんなやり取りがあったのだ。


 じきにバキラとダイナはどこかに行ってしまう。

 小さな無人島の小さな砂浜に二人きり。


 二人とも無言。

 だが周りに流れる空気は心地良いものと二人は感じていた。


 やがて滋竜が口を開く。


「ンフフゥ~~……

 十七とうなさん……

 今回の旅行はどうでシタカァ……?」


「うちホントは来るつもりやなかったんやで……?

 滋竜さんが旅行の事知った言うからやな……

 ウチも同行したんや」


「ン……

 ンフフ~~……

 よく私が来るッテ解りマシタネェ……」


「接した時間は人より短いけどな……

 うちが何年滋竜さんの嫁やっとる思てんねん……」


「ハイ、オミソレしまシタァ……」


 ぺこりと頭を下げる滋竜。


「まあ、あんさん止める言う理由もあるけどな……

 別の理由もあるんや……」


「ンフフゥ~~……

 竜司の事ですネェ……」


「そうや……

 あの子、豪輝さんに輪かけて接してる時間少ないやろ……?

 そんな子が旅行行く言うたから興味あってなぁ……

 いや……

 興味言うか確認やな……

 どんな友達がおるんやろ?

 とか……

 外ではどう振る舞うんやろ?

 とか……

 でもうちら……

 あの子が一番キツい時に側におれんかったからなあ……

 今更どの面下げて親気取りしよんねんって話やけどな……」


 十七とうなが言っている“キツい時”と言うのは竜司の竜儀の式失敗により引き起こされたドラゴンエラーの事である。


「ンフフフゥ~~……

 でも竜司はいい子に育ったと思いまスヨォ……」


「そやな……

 もう親ちゃうって言われてもおかしないのに……

 うちらの事を母さん、父さんって呼んでくれんもんなあ……

 ホンマに……

 優しくて芯の強い子に育った思うわ……

 出会った人間が良かったんやろな……

 イスラエルで引き籠ったってお義父とうさんから聞いた時はホンマ気が気で無かったわ……

 うふふ……

 ちょっと自信無さげな所あるけど……

 そこは豪輝さんとちゃう所やな……

 なあ…………

 滋竜さん…………

 うちらはこれから親として竜司さんに何してやれんのやろ……?」


 十七とうなはドラゴンエラー当時、イスラエルに居た。


 2006年に起きたイラン・イスラエル代理戦争で被害に逢ったパレスチナ難民の治療で超絶に忙しかったのだ。


 難民キャンプと言うのは物資が不足しているのが常。

 治療は七割十七とうな生命の樹ユグドラシル細菌指令バクテリア・コマンド頼みであった。


 そんな中、竜司の現状を知らされる。


 十七とうなは戻りたかった。

 今すぐにでも。


 でも戻れなかった。

 何故なら十七とうなは医者だから。


 身内は一番後というのを十七とうなは信念として持っていた。

 日々次から次へと患者が増える現状でそれをほっぽり出して身内を助けに行くと言うのがどうしても出来なかった。


「ンフフフゥ~~……

 十七とうなさん……

 そんな事はもう決まってますヨォ……

 竜司さんにワレワレがしてあげれる事ハァ…………

 今まで通り……

 信じて見守る……

 そして助けを求められたら全力で助ケルッッッ!

 ………………モチロン、その時自分が出来る範囲デネッ」


 滋竜が白い歯を見せながらニカッと笑い、勢いよくサムズアップ。


「ぷっ……

 あはははは……

 何やそれ……

 随分都合の良い話やなあ……

 でも親ってそれぐらいでええんかもなあ……」


【サテェ…………

 そろそろ息子たちの元へ戻るとしまショウカァ……】


「そやなぁ……

 そろそろ戻るか……」


【滋竜っちーー】


 遠くからバキラが戻って来る。


【姫ーーッッ!】


 空からはダイナが降りてくる。

 グッドタイミング。


「なあ……

 滋竜さん…………」


「ん……?

 何ですカァ……?

 十七とうなさん……」


「うち……

 滋竜さんと一緒になれてホンマに良かったわ……

 愛してるで……」


「ワタシもデスよぉ……

 こんな武骨な男の求婚を受けてくれた大恩は一生忘れません……

 十七とうなさん……

 私も愛していますヨォ……」


 それを聞いた十七とうなは頬を赤らめながら、にこりと微笑む。

 その笑顔は迷いを吹き飛ばす様な本当に晴れやかな笑顔だった。



 ■豪輝・涼子の場合



 時間は二日目 夕映えから黄昏時へと変わる頃。

 夕食を終えた二人は浜辺を散歩していた。


 豪輝はある計画をしていた。


 それは涼子へプロポーズである。

 だが、いい言葉が見つからない。


 頭の中は候補が産まれ、それを消し。

 また候補が産まれては消しを繰り返していた。


「綺麗ね……

 豪輝さん……」


 涼子の眼には離島の山あいに沈みかけている橙色の夕日。

 そして強烈な陽により琥珀色に染まる海が映っていた。


 涼子は考えていた。

 こんな所でプロポーズされたらどれだけ幸せだろうと。


 しかし二人の間は口数も少なく。

 まったりとした時が流れていた。


 それもそのはず。

 豪輝の頭の中にはどんなプロポーズの言葉にしようかと頭をフル回転している最中だったから。


 元々涼子はそんなに会話が上手なタイプでは無い為、自然とお互いの口数も減るのである。


「そ……

 そうですね……

 涼子さん……」


 返事はするものの、頭の中は別の事ばかり考えていた豪輝。


 それとなしに自然と砂浜に座る二人。

 やはり二人は無言。


 まったりとした時間が流れる。

 別にその時間の流れが不快という訳では無い。

 それだけ二人の仲は深まっている。


 だが、状況が状況なだけに我慢の限界が来る。


 先に限界が来たのは豪輝だった。

 すっくと勢い良く立ち上がる豪輝。


「うおおおおおおおおーーーーーッッッ!

 わからーーーんッッッ!!」


 海に向かって大声で叫び出す。


「ご……

 豪輝さんっ!?」


 驚く涼子。


「俺はーーーッッッ!

 涼子さんの事が好きだーーーーッッッ!」


 それを聞いた涼子の顔が途端に真っ赤になる。


「俺と結婚して欲しいーーーーーッッッ!

 毎朝目覚めて涼子さんの顔を見れるッッッッ!

 そんな生活を与えて欲しいーーーーッッッ!

 でも何て求婚して良いかわからーーーんっっっ!

 毎日味噌汁を作って欲しいとかッッッ!

 お爺ちゃんお婆ちゃんになっても一緒に居ようねとか考えたけどっっっ!!

 何かしっくり来んーーーッッッ!

 でも俺の涼子さんに抱いている気持ちは本物だーーーッッッ!

 涼子さーーーんっっっ!

 好きだーーーっっっ!

 大好きだーーーっっっっ!」


 豪輝は今この瞬間抱いている気持ちを全て声に載せて吐き出した。


 それを見ていた涼子。

 頬を赤らめながら、ゆっくり立ち上がる。


「豪輝さーーーーんっっっ!

 私も好きーーーーッッッ!」


 続いて涼子も叫び出す。

 これは豪輝から自分に向けられた気持ちの大きさに対する自身の返答のつもりだ。


 考えてみると先程の豪輝の発露は男らしさや意地や見栄など無い半ば泣き言に近いものである。


 どう言って良いかわからない。

 これは暗に素敵なプロポーズ言葉を教えて欲しいと言う事だから。


 だが涼子は、その不器用な部分もカッコ悪い所も曝け出してくれた豪輝の気持ちが嬉しかった。


 色々候補を考えてくれたと言う事はそれだけ自分に対する気持ちが強いと捉える事も出来るから。


「私ーーーーッッッ!

 実は期待してたーーーーッッッ!

 こんな綺麗な景色で私と歩いてるって事はプロポーズしてくれるんじゃないかなってーーーっっ!

 でも不安もあったーーーッッッッ!

 だって豪輝さんっっっ!

 全然喋らないからーーーッッッ!

 豪輝さんみたいな素敵な人ならーーーッッッ!

 私なんかよりもっと綺麗な人と結ばれた方が良いんじゃないかってーーーッッ!」


「り……

 涼子さん……」


 初めて聞いた涼子の気持ちに面食らう豪輝。


 これは全て曝け出してくれた豪輝に対する自分の気持ち。

 ここまで晒してくれたなら女の意地とか言ってられない。


 自身が欲深く期待していた所とか、コンプレックスを抱いている所とか全部知った上で自分を選んで欲しかったから。


「そんな訳あるかーーーーーっっっっ!

 涼子さんを前にしたら他の女性なんてゴボウだッッッッ!

 胡瓜だッッッ!

 ナガイモだーーーーッッッ!

 俺は涼子さんしか考えられなーーーいッッッ!」


「私良いのーーーーッッッ!

 ホントにーーーーッッッ!」


「貴方良いんだーーーっっっ!!

 貴方以外には考えられなーーーいっっっ!!」


 お互い顔も見ず、ずっと海だけ見つめて叫び続ける二人。


「じゃあ、言ってーーーーっっっ!

 私の眼を見てーーーーっっっ!

 貴方の言葉で良いからーーーーっっっっ!

 貴方の言葉を受け取ってっっっっ!

 私にハイと言わせてーーーーっっっっ!」


 涼子の叫びを最後に再び黙る二人。

 ここで意を決する豪輝。


 くるり


 涼子の方を向く豪輝。


 互いの目が合う。

 夕映えの陽でわかりにくいが、多分顔が真っ赤だっただろう。


「涼子さん……」


「はい……」


 ゆっくり跪く豪輝。


 ポケットから宝石箱を取り出す。

 持つ手がプルプル震えている。


 緊張しているのだ。

 そして緊張がピークに達した豪輝の出した結論は……



「オレ オマエ スキ……

 オマエ オレト イッショナレ……」



 もう一度言う。

 豪輝は父親似である。


 パカッ


 宝石箱をゆっくり開ける豪輝。

 中には夕日に照らされキラキラ光るダイヤモンドエンゲージリング。



「………………ハイ」



 涙を流しながら了承する涼子。


「…………………………イヤッッッッタァァァァッァァーーーー!!!」


 ガバッッッ!


「キャッッ!」


 涼子の脇に手を入れ持ち上げる豪輝。

 その場で回転し出す。


 グルグルグルグル


「ありがとうっっ!

 涼子さんっっっ!

 嬉しいっっっ!

 本当に嬉しいっっっ!」


「ウフフフッッッ!

 私もーーーっっっ!」


 このプロポーズに関しては予定調和と言えなくもない。


 ただ本当に嬉しそうな二人の笑顔を見ているとこんな素敵な予定調和があっても良いのではないかと思えてくる。


 やがて涼子を降ろす豪輝。


「あの……

 涼子さん……

 これから色々ご迷惑かけるかも知れませんが……

 よろしくお願いします……」


 そっぽを向きながら鼻頭を掻く豪輝。


「フフッ。

 こちらこそ。

 これからどうぞよろしくお願いします」


 皇豪輝すめらぎごうき 求婚成功



 ■げん湯女ゆなの場合



 撮影が終わった後、げん湯女ゆなは波打ち際で遊んでいた。


 いや……

 遊んでいたと言うか、湯女ゆなは膝下ぐらいまで水に浸して立っていただけだった。

 げんも同様。


「プフーーー……

 すず……」


 バシャッ


 無為の時間が過ぎるのに耐えられなくなったげんが仕掛けた。

 思い切り海水を湯女ゆなの顔にかけたのだ。


「ニャアッ!」


 不意を突かれた為、可愛い叫び声を出す湯女ゆな


「ハハッ……

 何を黄昏とんねやっっ!」


 白い歯を見せて笑うげん


「ぺっぺっ……

 しょっぱ……

 急に何すンのげんちゃん……

 ビックリしてニャンついた声出ちゃったじゃん……」


「ボーっと黄昏とんのが悪いんちゃうんかい。

 悔しかったらかかってこんかい」


 不敵な笑いを浮かべるげん


「あ?

 げんちゃん……

 あのさ……

 ウチ舐めてんの……?

 何……?

 デクラちゃん連れてねっからって……

 何ンも出来ん護られ系女子だと思うなし……

 並進トランスレーション……」


 湯女ゆなの眼が紅く光る。


 同時にげんの前の海面が迫り上がる。

 瞬く間にげんの身長を追い抜いてしまう。


「うおっ!

 スキルはセコいやろっっ!?」


「あ?

 関係ねーし……

 先にケンカ売って来たンげんちゃんだし……

 んでげんちゃん知ってンよネェ……

 ウチのスキル……

 近ければ近い程……

 操作個数増えるっつー……」


 湯女ゆながそう言うと更にげんの周りの海面が迫り上がり始める。

 気が付いたらげんの周りをグルリと現れた海水の壁。


「ハイ……

 これで逃げンのリームー…………

 いってらー……」


 バッッシャァァァァァン


 全方位から襲い来る海水がげんを襲う。


「うおぁぁぁ……

 ガボゴボ」


 思い切り海水を飲み込んでしまうげん

 バランスを失い、転倒する。


 ザバン


 すぐさま、海面から顔を出すげん


「カァーッ!

 海水飲んでもたっっ!

 鼻ツーンッとするっ!

 ケンッ!

 ケンッ!」


「ど……?

 思い知った……?」


「ケンッ……!

 ケンッ……!」


 鼻の違和感が消えないらしく、未だケンケン言っているげん


 が、げんも負けてはいない。

 ケンケン言いながら拳を海面に近づけていた。


「ケンッ!

 ケンッ!

 ………………震拳ウェイブ……」


 ブァフォォォォォォッッッッ!


 げんが海面スレスレでスキル発動。

 急激な振動が海面を伝わり、ぶつかり、海面を弾けさせた。


「ニャァァァァァッッッ!」


 勝ったと思い、油断してた所に強烈な水飛沫が襲い掛かる。

 どうやら湯女ゆなは不意を突かれると可愛い声を上げるらしい。


 勢いに圧され、湯女ゆなも転倒。

 この後スキルによる強烈な海水の掛け合いが続く。


「ハァッ……

 ハァッ……

 湯女ゆなさん……

 内臓魔力だけでよう持つのう……」


「ハァッ……

 ハァッ……

 げんちゃんも……

 一体いくつ残弾あるっつー……」


「まだまだ行けんでぇっ!

 こいやぁっ!」


 気合を入れたげんの発露。


「あー…………

 だる…………

 もうリームー……

 持ち込み魔力スッカラカンのカンだわ……」


 グラァッ


 湯女ゆなの身体がグラつく。

 内臓魔力が尽きた事により身体の力が抜ける。


「おっと……」


 ガシッ


 海中に沈む所、咄嗟に湯女ゆなの身体を支えるげん


「ちょっ……!

 は!?

 なん……

 きもっ!

 何してンのげんちゃんっ!!?

 きもっ!」


 身体の力は抜けても意識ははっきりしているのだ。


「何がキモいねん。

 ほっといたら海に沈んで溺れ死ぬやろ。

 ヨッシャ、ワイがおんぶしたろ」


 ヒョイッ


 動けない湯女ゆなを軽々持ち上げ、背中に回す。

 げん湯女ゆなをおぶる形になった。


「…………げんちゃん、やめれ……

 フツーにハズいから……

 つかガチでハズいから」


湯女ゆなさん話聞いとんのか?

 そのままほっといたら溺れるからって言うたやろ?」


「や、別にアタシ耳患ってナいんで……

 聞いた上でハズいっつってんの。

 わかる?

 運ぶにしてもやり方があるっしょっつー……?

 例えば肩貸すトカサ……」


「んなもんタッパ全然ちゃうやろ。

 そない恥ずかしいんやったらやめてもええけど?」


「あ?

 いや……

 まー別に……?

 やめろとは言ってないじゃん……

 ここまで来たら?

 もー別に良いっつー……

 てかまー……

 おぶされとく……」


 ちなみに湯女ゆなはやめろと言っている。

 何だかんだブツクサ言いつつもげんの背中に顔を預ける湯女ゆななのであった。



 ■つづり、カズの場合



 時間は昼前 ホテルの一室


「どう……?

 カズ……

 気分は……」


 ここはカズの部屋。


 カズは極度の貧血で倒れていた。

 つづりはカズを介抱していたのだ。


「うん……

 まだ頭フラフラする……」


「ゴメンね……」


「いいよいいよ……

 僕が選んだ道だもの……

 それにつづりといると楽しいんだ」


「そう……

 ありがと」


「もう一度、お風呂入ってくるよ……」


 これは応急処置の一環。

 貧血の時は体を温めるのが良いとされる。


「いってらっしゃい。

 何かルームサービス頼んどく?」


「うん……

 おかゆかうどんでも……

 じゃあ行ってきます」


 つづりはルームサービスでおかゆを注文。


 三十分後


「ふー……

 さっぱりしたよ。

 頭も少しスッキリして来た」


 風呂から上がって来たカズ。


「おかえりカズ。

 おかゆ頼んどいたわ」


 テーブルにおかゆ一式セットが置いてあった。


「ありがとう…………

 


「プッ……

 なぁにぃん……?

 懐かしい呼び方しちゃって……」


 カズとつづりは小学三年以来の付き合い。


 親。

 言わば先代の竜河岸同士が親交があり、飛縁間ひえんま家と正親町おおぎまち家で一緒に家族旅行に行った折、お互い紹介されたのだ。


 出会った時のつづりはおとなしく、恥ずかしがり屋で声をかけると父親の影に隠れてしまう程だった。


 小さい頃のつづりはそれはそれは可愛らしく、現在のつづりはまさに“どうしてこうなった”と言わざるを得ない。


 つづりの常に色気を振り撒くキャラには理由がある。


 それは持病のレンフィールド症候群が原因。

 発症すると慢性的な貧血状態に陥り、終始気怠い。


 つづりはこの病気で周りからの同情を買うのを嫌い、こういうキャラで行こうと決めたのだ。


 自分はダウナーではない、アンニュイなのだと。


 だが、この病気のお蔭で得たものもある。


 まず血液提供者ドナーであるカズ。

 そして体内の魔力作用操作技術。


 レンフィールド症候群は血中のヘムと言う機能が異常をきたし、僅かな太陽光を浴びても赤血球が壊れ、皮膚が赤く爛れてしまう。


 だがつづりは体内の魔力をうまく操作し赤血球内のヘムの機能を正常に戻しているのだ。


 ただ良い事尽くめという訳でも無く、日中は常に体内に魔力を循環させている為、他の罹患者りかんしゃに比べ、更に気怠いのだ。


 それが更に色気を振り撒くキャラに拍車をかけている。

 これが竜司に痴女と称される所以である。


 ちなみにつづりが興奮して、漫画みたいな鼻血を出すのは体内魔力作用誤動作が原因である。


「いや…………

 何となくね……

 色々僕の身の周りを世話してるつづりを見てたら思い出しちゃったんだ……

 フーフー……

 アチチッ」


 おかゆが思ったより熱く、上手く食べる事が出来ない。


「フフ……

 ダメよぉんカズゥ……

 私がやったげるわぁ……

 フーッフーッ」


 カズから受け取った匙でおかゆを掬い、息を吹きかけているつづり


「ハイッ

 アーンッ」


 微笑みながらおかゆの載った匙をカズに向ける。


「モグ…………

 うん……

 美味しい……

 けど……

 何か……

 つづりがやると……

 ヘンな感じだね」


 カズが言ってるのはあーんをしているつづりの風貌。


 髪は金色の短髪。

 ハリネズミの様にツンツンと放射状に広がり、鼻と両耳にピアスが付いており、口には真っ赤なルージュを塗っている。


 物凄くパンキッシュな外見なのだ。


 つづりは同情=嘗められてると捉えている。

 確かに自分は持病持ちだ。


 だがそれが自身が嘗められる理由にはならない。

 いや、したくない。

 そういった反骨心の表れなのだ。


 当然カズも知っている。


 そしてつづりが本当は家庭的な一面も持つ女らしい女性ひとと言う事も。

 だから長らく恋人としてやっているのだ。


「ウフフ……

 そう……?

 はい……

 アーンッ」


「もぐもぐ……

 このおかゆ美味しいね。

 にしてもつづりの持って来たあの水着何……?

 乳首見えちゃってるし……

 あんなのどこで買ってきたの?」


「だぁってぇん……

 せっかく竜司くんが誘ってくれた旅行だものぉん……

 悩殺しないと無いじゃなぁいん……」


「……彼の頭の中でつづりってどうなってんだろ……?」


 竜司の頭の中ではつづりは痴女と言うポジションである。


「うふぅん……

 それは好都合だわぁん……

 竜司くんは久々に見つけた……

 アタシの目標は姿を見ただけでガチ勃起まで持っていく事よぉん……」


「あ……

 あの……

 つづりさん……?

 一応彼、恋人居るからね……

 なるべくお手柔らかにね……

 でないといよいよ無視とかになっちゃうかもよ」


「うふぅん……

 竜司くんは単体でも充分のに……

 暮葉とか加わったら更になる……

 心配しなくても大丈夫よぉん……

 そこら辺の匙加減は解ってるつもりだからぁん……」


「それならいいけど……

 ハァ……

 これからも竜司君は苦労しそうだな……」


「それ……

 でね……?

 カズ……」


 うって変わって頬を赤らめながらモジモジとし出すつづり


「ん?

 どうしたのつづり


「あの……

 この機会に……

 確認しときたいんだけど……

 カズは……

 本当に……

 私で…………

 良いの……?」


 少し黙るカズ。

 つづりはずっと気にしていた。


 自分は持病持ちでロックな外見。

 且つ周りに色気を振り撒く暴走キャラ。


 かたやカズはいつも落ち着いていて爽やか。

 かけているメガネから漂うインテリ感。


 おそらく順当に行ってたら普通にモテるだろうかと思われる。


 だが、カズはつづりを選んだ。

 しかも高校時分の時に。


 つづりがレンフィールド症候群を発症させたのは竜儀の式を終えた一週間後である。


 当時は竜を使役して間もない為、魔力操作も慣れていない。

 発症以降、日中は外に出歩けなくなる。


 学校も休学。

 そんなつづりを不憫に思い、カズは頻繁に会いに行く。


 最初は同情が気持ちの大半を占めていた。

 が、そんなカズの心を見抜き、つづりは辛く当たってしまう。


 憐みなんか要らない。

 同情なんか要らない。

 そんな安っぽい感情で優しくするならもう私に関わらないでと。


 しばらくカズはつづりと会わなくなる。

 そして日が経ち、決意を胸に秘めたカズがつづりに逢いに行く。


 そこでカズが見たものは現在のつづり

 いわゆるパンキッシュなつづりだった。


 驚いているカズを見て、つづりはこう言う。


 どう?

 これが私よ。

 こんな私でも優しく出来る?


 これはカズを突き放す言葉。

 ある種カズには普通の人生を歩んで貰いたいと言うつづりの優しさだったのかも知れない。


 が、カズの返事は……


 カッコイイねつづちゃん。

 似合ってるよ。


 だった。


 思っても見なかった返答に戸惑っている所に吸血衝動が襲い掛かって来た。


 血を吸いたい。

 吸いたくて吸いたくてたまらない。


 血走った眼でカズを見るつづり


 が、この人には見せたくない。

 自分が化物の様に吸血する様など。


 輸血パックは切らしていて、今日宅配で届くはずだった。


 が、まだ到着していない。

 吸血衝動は止むことを知らず、どんどん膨らむばかり。


 何て不運。


 何で私ばかり。

 私ばかりがこんな目に遭わないといけないの。


 襲い来る吸血衝動と闘いながら自身の不遇を嘆いていた。


 が、カズは違った。


 好都合と捉えていた。

 おもむろに上着のボタンを外し、白い首筋を晒すカズ。


 いいよ。

 つづちゃん。

 吸って。


 唖然とするつづりをよそに話を続けるカズ。


 僕ね、つづちゃんの血液提供者ドナーになったから。

 これから血を吸いたくなったら僕の血を吸えばいいよ。


 優しいカズの言葉。

 カズがつづりを避けていた理由がこれである。


 知り合いの医者や父親に相談してつづり血液提供者ドナーになる手続きを進めていたのだ。

 ネットなども無い時代の為、時間がかかってしまったのだ。


 泣きながらカズの首筋にかぶりつくつづり


 必死につづりが血を啜っている中。

 カズが静かに呟く。


 好きです。

 付き合って下さい。


 急な告白に驚いた綴は口を離す。


 余りの事に声も出ない。

 ただ自身を指差す事ぐらいしか出来ない。


 そんなつづりを見て、優しく微笑み、頷くカズ。


 うわあぁああぁぁん


 つづりの大号泣が部屋に響く。


 拭っても拭っても流れる涙。

 必死に拭いながら何度も何度も頷くつづり


 これがカズとつづりが付き合う事になったきっかけである。


「僕は死ぬまでつづり血液提供者ドナーだよ」


 優しく微笑むカズ。


「でもさ…………

 カズなら普通の可愛い女の子とかの方が良いんじゃないかなって……」


 普段見せないつづりの不安な心中。

 でも微笑みを絶やさないカズ。


つづり……

 僕はね……

 絶賛ギャップ萌え中なんだ……

 つづりみたいに外見と内面のギャップがある子なんて居ないよ。

 僕がつづりを選んでるんだよ」


 それを聞いたつづりの顔が真っ赤になる。

 このギャップに萌えるのだとカズは言う。


「そう……

 なんだ……

 良かった…………

 じゃあ……

 これからも……

 よろしくお願いします」


 顔を真っ赤にし、はにかみながらぺこりと頭を下げるつづり


「ハイこちらこそ。

 ただーー……

 つづり……

 昨夜はどうしたの?

 明らかに吸い過ぎだよ……

 旅行でテンション上がっちゃった?」


「夏がァン……

 夏の日差しがそうさせたのねぇん……」


 だんだん調子を取り戻すつづり


「あと…………

 外であんまり肌を晒すのは彼氏としては黙っちゃいれないのでそこら辺も考えてね」


「…………ハイ……

 善処します……」


 真っ赤になり俯くつづりなのであった。



 ■蓮・竜司の場合



 時間はちょうど夕食前。

 辺りは夕映えの景色に染まり、そろそろ黄昏が顔を覗くかな?

 そんな時間帯。


 蓮は竜司を誘い、ビーチを歩いていた。


 太陽はすっかり夕日に変わり、目線の少し上辺りまで落ちていた。

 夕日から真っすぐ海面を走る白い光線の帯。


 周りの海も夕日から少しずつ橙色を取り込み、ほんのりオレンジがかった蒼を魅せる。


 ゆっくり。

 本当にゆっくり歩く二人。


 無言が続く。

 ただ黙ってゆっくり歩く二人。


「良い……

 景色だね……」


「…………うん……」


 蓮からの取り留めのない発言。

 返事しか出来ない竜司。


「所で蓮…………

 話って何……?」


 蓮は話したい事があると言って竜司を誘い出していた。


 くるっ


 蓮は真っすぐ竜司を見つめている。

 目の光に真剣さがありありと浮かんでいる。


 やがてゆっくり口を開く蓮。


「すぅーーっ…………

 はぁーーーっ…………

 よし……

 竜司……?」


 大きく深呼吸をして静かに気合を入れる蓮。


「う……

 うん……」


 ザァーーン……

 ザァーーン……


 耳に入るのは寄せては返す静かな波の音と小さな蓮の声のみ。


「竜司……

 私……

 新崎蓮しんざきれんは貴方の事が…………

 好きです……」


 蓮からの告白。


 竜司は止まる。

 文字通り止まる。


 こんな経験無いからだ。

 告白した事はあっても女の子から告白されたのは初めてだった。


 蓮の接し方を見れば好意を持たれているのは丸わかりだったのだが、言葉に載せれられると衝撃は大きいものだ。


「…………うん……」


 竜司は頷くしか出来ない。


 黙る二人。

 が、竜司の頭の中はフル回転していた。


 これはどういう事なのか?

 暮葉の存在を知っていて告白。


 しかも気持ちを告げた後にどうして欲しいとか言う続きの言葉が無い。


 判らない。

 いや、蓮の気持ちは分かっていたが判らない。


 分かると判らないが頭の中でグルグル回り出す。

 竜司は意を決して聞いてみる事にする。


「その気持ちは凄く嬉しい…………

 けど……

 どうして欲しいの……?」


「え……?」


「だから…………

 付き合って…………

 欲しいとか…………」


「あっ…………

 そう言う事ね……

 ううん……

 どうして欲しいとか…………

 そういうのは無いの……

 私の気持ちを……

 言葉にしたかっただけ……

 結果は……

 分かってるし……」


 自然と砂浜に座る二人。


「ねえ……

 蓮……

 一つ聞いていい……?」


「なあに……?」


「どうして……

 僕の事を好きになったの……?」


「うーん……

 思えば……

 あの持ちキャラを使う話を聞いた時にもう好きだったのかなあ?

 ホラ僕が強くしてやるってヤツ……

 それを聞いた時あ、優しい人だなって思ってね。

 それで……

 男の子に膝枕されたの……

 とかも……

 初めてだったし……」


 蓮が言っているのは出会った時の話である。


 参照話:本編 第十八話


「フフッ……

 懐かしいなあ……

 そんな事もあったね……」


「ホントね……

 それでさ……

 アメ村に行った時に私が絡まれた時に助けてくれたりとか……

 竜司みたいなタイプって喧嘩しそうにないのにね……

 そんな竜司を見て……

 もっとこの人の事知りたいって思ったの……」


 蓮もカズと同様。

 竜司の外見と行動のギャップに惹かれたのだ。


 当時の竜司は引き籠り脱却したてで髪の毛はボサボサ。


 身体は筋トレのお蔭で引き締まってはいたが、猫背でオドオドしていて、溢れ出るオーラは陰そのものだった。


「それで……

 げんに誘拐されて……

 本当に怖くて……

 でも竜司は助けに来てくれて……」


 今では気の良いアンちゃんと言った雰囲気のげんだが、出会った当初は風貌、行動共に暴力の化身だった。


 参照話:本編 二十三~二十四話


「USJも本当に楽しかったぁ……

 私、男の子とデートなんて行ったの初めてだったんだから……」


「そうなの……?

 フフッ

 このクイーンからのお誘いよとか言ってたのに」


「あっ……

 あれはっ……

 私があんまり男性経験がないなんて思われるのが恥ずかしかったからっ!」


 昔話に花を咲かせる中、竜司は考えていた。


 物凄く楽しい。

 本当に楽しい今の時間。


 だがここで過る十七とうなの言葉。


 フワフワ接してたらまた泣かせる事になるで


 この楽しい時間に溺れてはいけない。


 蓮の事を考えるならば、ここは突き放さないといけない。


 竜司は凄く辛かった。

 こんな事思っていない。


 でも言わないといけない。

 こんな葛藤が頭の中を回る。



「…………………………でも僕は蓮の事……

 嫌いだよ……」



「え……?」


 唐突な発言に困惑する蓮。


「蓮は口うるさいしさっっ!」


 竜司の心が軋む。


「ヤキモチ焼きだしっっ!」


 竜司の心がボロボロ崩れて行く。


「竜司……」


 好きな人から発せられた言葉に蓮は涙目になっていた。


「いつもピンチになるしさッッ……

 それにっ……

 それにっ……」


 蓮はもう泣きそう。

 だが、先に限界が来たのは竜司だった。


 うる


 竜司の眼から急激に液体が溢れる。


「え……?」


 変化から更に急激な変化を遂げる竜司に困惑の声しか出ない蓮。


「うわあぁぁぁあぁぁぁっぁぁぁぁぁぁんっっっっっ!!」


 突然の大号泣。


「ちょっ!

 ちょっとどうしたのっ?

 竜司っ!」


 次から次に襲い来る情報を処理できなくなってきた蓮。


「ごめんなさぁぁっぁぁぁぁっぁぁいっっっっ!

 僕には無理だぁぁぁぁっぁッッッ!

 嘘だよぉぉぉぉぉぉォぉっっっ!!

 そんな事思って無いんだぁぁ!

 蓮の気持ちは本当に嬉しかったんだぁぁぁぁぁ!

 でも僕の好きな女性ひとは暮葉なんだぁぁぁぁっぁっっ!」


 心が完全にズタズタになった竜司。

 気持ちが心の亀裂から勢いよく漏れ、濁流となり口から大量に溢れ出したのだ。


「蓮の事を考えたら僕の事を嫌いになってくれた方が良いんだけどぉぉぉぉっっ!

 それも嫌だぁァァッぁぁぁぁぁっっ!

 僕は蓮との関係も大切なんだぁぁぁぁっっっ!

 引き籠りの僕に笑顔をくれたのは蓮なんだぁぁぁっぁぁぁぁっっっ!」


 竜司の蓮に対する想いはまだまだ続く。


「ヒック……

 ヒック……

 虫の良い……

 本当に虫の良い話だとは思うんだけど…………

 僕と友達でいてくれないだろうか…………?

 …………ウッッウワァァァッァァァッァァァッァァァァンッッッ!」


 一度泣き止んだと思ったらまた大号泣に戻る竜司。


 これは自分の願いが余りにも虫が良く、都合が良く、身勝手で自分勝手な願いだと言うのは解っているから。


「プッ…………

 アハハハハハッッ」


 蓮が笑い出した。


「ヒッ……

 ヒック……

 ヒッ……

 え……?」


 跪いて両方から鼻水、口から涎を出しながら、涙を拭っている竜司が蓮を見上げる。


「アハハハッ……

 竜司ってばカッコ悪い……」


 蓮は涙を流していた。

 この涙が何なのかは解らない。


 余りに無様な竜司の滑稽さからなのか。

 先程の竜司の暴言で溜まった涙が流れただけなのか。


 ただ蓮は嬉しかった。


 一連の竜司の行動が。

 確かに一見すると顔の穴と言う穴から液体を流して跪いている竜司は無様と言える。


 だが、最初自分の為を想って慣れない暴言で傷つけ、突き放そうとした事。

 そしてその辛さが耐えきれなくなって号泣しながら謝罪した事。

 何より自分との関係を大切と思ってくれている事が。


「えぇっっ!?」


 竜司が素っ頓狂な声を上げる。

 よくやる所作。


「プクク……

 相変わらずどこから声出してんのよっ!」


「蓮~~……

 ヒック……

 ヒック……」


 無様に蓮の名前を呼ぶ竜司。

 大声で泣いた為、まだしゃっくりが止まらない。


「………………いいよ……」


 蓮が呟く。


「ヒック……

 ヒック……

 え……?」


「だから良いって言ってんのっ!

 竜司っ!

 私を馬鹿にしないで。

 私の貴方への想いは一度や二度フラれたぐらいで折れる軽いものじゃ無いんだからっっ!

 私は貴方が好きっ!

 そしてそんな自分が好きっっ!

 これからどんどん自分を好きになっていける様に貴方とは友達でいるっ!」


「あ……

 ありがとう…………」


 蓮の優しさにお礼を言った瞬間、竜司の顔がくしゃつく。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁんっっっっっっ!!

 あじがどぉぉぉぉぉっっ!

 蓮ーーーーッッッ!」


 竜司は覚悟していた。


 今回の呼び出しがこういった関連の物だと察していたからだ。

 十七とうなからの進言も手伝い、場合によってはこの旅行で蓮と遊ぶのが最後になるのではと。


 僕に笑顔をくれた人に嫌われて関係を終了させないといけないのかと。


 が、全く経験の無い事。

 言わば未知の経験に対する覚悟など脆いものである。


 ましてや竜司はまだ十五歳。

 人生経験などまだまだ薄く、参考になる経験等無い。


 参考にしたのは漫画・アニメと言った始末である。

 そして、結果が無様に両膝をついた泣き叫びなのである。


 だが、それが功を奏したのか、男の意地や見栄などかなぐり捨てた自分の気持ちを発露する結果になり、そして蓮も自分が竜司を好きだと言う気持ちを発言した事で竜司への気持ちの大きさを確認する事が出来たのだ。


「所で……

 竜司ぃ~~~~……?」


 蓮がジトッとした眼で竜司を見つめる。


 一生懸命嘘だとは言っていたがそれなりに先の暴言は傷ついたのだ。


 それに関してはキチッと詫びなり釈明なりさせないと気が済まない。

 これが新崎蓮しんざきれんと言う女なのだ。


「えぇっ……!?

 なっ……

 何ッ!?」


「私が口うるさくてヤキモチ焼きってどう言う事よっ!」


「だっ……

 だからそれはウソだって言ったじゃん……」


 ジャリ


 蓮が一歩踏み込む。


「一体……

 私のどれがどうなって……

 どう言う所が口うるさいのか教えてもらいましょう~~かねぇ~~……?」


「わわっ!

 ごめーーんっっっ!」


 竜司が一目散に逃げだした。


「こらーーーっ!

 待ちなさーーいっっ!」


 蓮も追いかける。


「嘘だって言っただろーーっっ!

 何で追いかけて来るのーーっっ!」


「竜司が逃げるからでしょーーーっっっ!

 貴方との恋愛で追いかけるのは慣れてんのよーーーッッッ!」


「だからごめんってーーーっっ!

 アハハハハハッッ!」


「こらーーーっっ!

 許さないわよーーーっっ!

 アハハハハッッ!」


 いつしか二人は笑っていた。

 夕映えの黄金色の風景に映える満面の笑顔。


 そして笑い声がいつまでもいつまでも響いていた。



 ■竜司・暮葉の場合



 夕飯を終えて少し時間が過ぎ、外は黄昏から夜の闇が支配していた。

 いわゆる宵の内という奴だ。


 僕は暮葉を誘い、二人きりで夜のビーチを散歩していた。


 明日には帰るんだ。

 せっかく婚約者と海に来たんだもん。


 ロマンチックなひと時ぐらい味わってもバチは当たらないだろう。


「ねえねえ竜司っ?

 何で外に出ようって言ったのっ?」


 暮葉がキョトン顔で聞いてくる。


「そっ……

 それはっ……」


「なぁーんかヘンだったんだよねっ!

 みんなにコソコソして……

 あっっ!

 何か最近漫画で読んだっっ!

 秘密作戦っっ!

 秘密作戦って言ってたっっ!」


 何かヘンなのがくっついてきた。


 “秘密”と言うのは間違って無いが、“作戦”は違う。

 作戦って軍事行動だぞ。


「う~ん……

 まあ概ね間違ってない……

 かな?」


「そうなんだっ!

 ねえねえっ!

 手榴弾どこっっ!?

 火炎瓶どこッッ!?」


 漫画と同じことをしていると言う事で途端テンションが上がる暮葉。

 てかどんな漫画を読んでたんだ。


「わーーーっっ!

 そんな物騒な物は無いよーっ!

 僕がしたいのはもっとロマンチックなものだよっ!」


「ろまんちっく?

 何それ?」


 また暮葉がキョトン顔。


「ロマンチックって言うのは……

 現実とか平凡とかじゃない……

 情緒的って言うか幻想的ファンタジックって言うか……」


 言っててよく解らなくなってきた。


 暮葉は黙ってキョトン顔を崩さない。

 頭の中にいっぱい


 ?


 が浮かんでる様だ。


「たっ……

 例えば……

 綺麗な夕日が沈む海岸とかっ……」


「もう夜だよ?」


 暮葉は依然としてキョトン顔。

 確かにその通り。


「おっ……

 屋上から見下ろす綺麗な夜景とかっっ!」


「ここ地面だよ?

 ヤケーってアレでしょ?

 遠くに見えるビルの明かりとかでしょ?

 ビルなんか無いよ?」


 まだまだ続くキョトン顔。


 僕も何をもってロマンチックって言うか解らなくなってきた。


 ロマンチックって何だろう。

 ロマンチックがゲシュタルト崩壊しそうだ。


「ねえねえ?

 竜司?

 全っっ然っっ!

 わかんない。

 ロマンチックって何?

 ねえねえ竜司?

 ロマンチックって?」


 駄目だ。

 暮葉がしまった。


 解らない言葉が出たりしても時々スルーしたり、自分ルールで理解したりするんだけど、こんな感じでしつこく聞いてくる時があるんだ。


「そっ……

 それはっっ……」


 そして僕が言い淀むと……


「ヤヤッ!?

 またイジワルして教えない気ダナッ!?

 い~わ~な~い~と~~……」


 ガッッ


 暮葉の両手が素早く僕の胸座へ。


 来た。

 教えてガックンだ。


「ヒエッッ」


 ガクガクガクガクガク


「コラーーーッッッ!

 教えなさーーーいっッッ!」


 暮葉が竜の怪力で僕を前後に勢い良く揺する。


 脳が頭蓋骨内壁にガンガン当たっているのが解る。

 意識が飛びそうだ。


 ■教えてガックン


 暮葉が竜司が何らかの理由で疑問の答えを言わない時に放つ癇癪技かんしゃくわざ

 竜の怪力で身体を前後に激しく揺すられる。

 なお揺すりは答えを言うまで続く。


 ガクガクガクガクガク


「ちょ……

 待っ……

 ウプッ……」


 ガクガクガクガクガクガク


 今日の教えてガックンはいつもより激しめだ。

 これは何らかの答えを早々に出さないとマズい


「言えーーーーッッ!

 コラーーーッッッ!」


 ガクガクガクガクガクガク


 命の危険が。


「だっっっ……!

 だからッッ…………!!

 …………恋人みたいな雰囲気の事だよーーーッッッ!」


 僕は力を振り絞り、大声で答えを言った。

 いや答えかどうかは判らないけど。


 ピタ


 暮葉の動きが止まる。


「恋人みたいな雰囲気?」


 暮葉がまたキョトン顔に戻る。


 あれ?

 僕もしかしてヘンな事言っちゃったかな?


 でも、もう電車は走り出してしまった。

 ここで否定して緊急停止みたいな事になれば、いよいよ僕の命も緊急停止しかねない。


「そっ……

 そうだよっ……!

 例えば二人が景色を眺めている……」


「フンフンッ」


 何だか段々恥ずかしくなってきた。


「そして……

 不意に横を見ると恋人もこちらを見ていた……

 自然と距離が近づいていく二人……」


「オーッ!

 何か漫画で見た事あるっっ!」


 僕は一体何を言ってるのだろうか。


「そっ……

 そして二人は口づけを交わす…………

 的な?」


 何が“的な”なんだ。


「わかったっ!

 それがロマンチックなのねっっ!

 じゃーやってみようっっ!」


 暮葉ならそうなるよな。


 しょうがない。

 付き合ってやるか。


 僕はこの時、気付いていなかった。

 自分がついさっき何を言ったのかを。


「はいはい。

 分かったよ」


「えーと……

 まず二人で景色を見るのよね……」


 二人で夜の海を眺める。

 夜の海は黒く、どこまでも深い気がする。


 まるで宇宙空間の様。

 吸い込まれていきそうなぐらい黒く染まっていた。


 暮葉も眺めているのかな?


 そう思った僕はチラッと暮葉の方を向く。

 暮葉は前では無く、後ろを見上げていた。


「暮葉……

 何見てるの?」


「ん……?

 あぁ……

 あの外灯を見てたら竜司が私に結婚してって言った時の事思いだしてね」


 僕も一緒に見上げる。


 ビーチ前の道を照らす街灯が点々と横に並んでいるのが見える。

 そういえばD.Dの病院にあんな外灯があった様な気がする。


 でもああいうのはどれでも一緒だ。


「そう言えばそうだね……

 懐かしいなあ」


「ねっ?

 急に竜司ってば結婚しようって言い出すんだもん……

 フフ」


「そうだったね……

 それで聞いた暮葉ったらキョトーンとした顔してるんだもん。

 フフフ」


「ぶー。

 だって私、その頃結婚って何か知らなかったんだもんっ」


「そうだね……

 それで暮葉と僕が婚約して……

 色々な所行ったね……

 暮葉ったら試着して僕が居なかったら涙目になったりとかねフフフ」


「だってだってっ!

 あれは……

 竜司が一人にしないって言うから……

 そんな事言ったら竜司だってっっ!

 結婚しようって言った時とかうええええええんって子供みたいにピーピー泣いてたじゃないっ!」


 暮葉が反撃。


「そっ……

 それは……

 だって僕子供だもん……」


 僕が泣いた理由については話さなかった。


 それを話すにはまだ日が経っていない。

 それだけ辛い思い出。


 僕の引き籠りとドラゴンエラー。

 暮葉の原初還りは。


「あと竜司ったら私の裸見る度に顔真っ赤になっちゃってー……

 フフーーン……

 ねえねえ何で?」


 したり顔で聞いてくる暮葉。

 多分知ってて僕に理由を言わせようとしているんだ。


 暮葉は時々こういう小悪魔的な事をする。

 だけど僕も馬鹿じゃない。


 こういう事を言って来た時の対処方法は解ってる…………

 …………凄く恥ずかしいけど。


「それは…………

 大好きな女性ひとの裸を見たら誰だってああなるよ……?」


「ええっ…………!!?」


 途端に真っ赤になって俯く暮葉。

 小悪魔的な問いかけをしてきた時は僕が暮葉の事を好きだと言う事を理由にする。


 こうすると、暮葉は真っ赤になって俯くんだ。


 最近は僕を意識してくれてるのかこういう表情を見せてくれるようになった。

 去年色々あったからなあ。



 今は僕と暮葉は二人きり。


 少しぐらい甘えても…………

 いいかな?


「ねえ…………

 暮葉……

 一個お願いして……

 良いかな?」


「え…………?

 なあに?」


 依然として真っ赤な暮葉がこちらを向く。


「膝枕…………

 してもらってもいい……?」


「えぇっっ……!?

 なっ……

 何でっ!?」


 僕を意識し出すと本当に恥ずかしがるんだよな暮葉って。

 普段は普通に胸とか出す癖に。


「いや……

 今少し懐かしい話をしたら……

 僕が告白した時の膝枕を思い出してね……

 僕もさ……

 去年から色々あったけど……

 少しは成長したかな?

 って思うんだ……

 こうしてみんなと旅行に行けたしね……

 だから……

 ご褒美が……

 欲しいなって……」


 何だか僕も言ってて恥ずかしくなってきた。

 顔が熱くなってるのを感じる。


「そっ……

 そう……

 じゃあいいよ……

 おいで……」


 暮葉が座り直し、両手を広げて出迎えてくれる。


 頬を赤らめ、はにかんだ表情。

 凄く可愛い。


「うん……

 じゃあ……

 失礼します……」


 僕はゆっくり横になり、顔側面を暮葉の太腿に預ける。


 今は泳ぎ終わった為薄水色のロングワンピースを着ている暮葉。

 服越しでも解る暮葉の太腿の柔らかさ。


 物凄く気持ちいい。


 サラッ


 優しく頭を撫でてくれる。


 僕は上を向く。

 そこにはまだ少し頬が赤い、笑顔の暮葉。


「ねえ……

 暮葉……

 あの時唄ってくれた歌を歌ってよ……」


「え……

 どの曲……?」


「ホラ……

 僕が泣き疲れて寝ちゃった時に歌ってくれた子守歌みたいなやつ……」


「あの曲ね……

 いいわよ……」


 ゆっくりと小さな声で歌い出す暮葉。

 全く音がしない夜の風景に溶け込む様なその歌は僕の鼓膜を優しく震わす。


 初めて聞いた時の事がありありと頭に浮かぶ。


 あの時は寝ちゃったけど、今の僕は上の暮葉の両眼をじっと見つめていた。

 深い紫の瞳。


 僕と暮葉は自然と手を繋いでいた。

 五指を絡める恋人繋ぎ。


 暮葉も歌いながらじっと僕を見つめている。


 少し近づく暮葉の顔。

 目がウットリと潤んで来てるのが解る。

 目から滲み出した液体がゆらゆら煌いて物凄く綺麗だ。


 まだ歌っている暮葉。

 顔の距離が五センチを切った。


 これは……

 そう言う事なのかな……?


 良いのかな?

 僕が暮葉の初めてで……。



 チュッ



 歌が止んだ。


 僕が顔を浮かせたから。

 そして二人の唇が触れ合ったから。


 僕が結論が出ていない内に顔を浮かせた理由はそうしたかったからとしか言えない。

 あんなに潤んだ瞳で見つめられ、近づかれたら誰だってそうする。


 触れている二つの唇。


 辺りは無音。

 暮葉の歌も止んでいる。

 時間が止まった気がした。


 ガヤガヤ


 急に遠くで喧騒が聞こえてきた。


 ドキンッッッ!!


 心臓が高鳴る。

 僕は驚いて顔を動かしてしまう。


 ゴチン


 暮葉の顔とぶつかってしまう。


「イタッ!」


 僕は額を押さえながら暮葉と離れる。


「花火なんてジャリん時以来やで」


 げんの大声が聞こえてくる。


 我に返った僕。

 見合わせる僕と暮葉。

 互いに真っ赤になる。


「あ……

 あの……

 暮葉……?」


「ウフフ……

 竜司……

 しちゃったね……

 これが……

 キスって言うんでしょ……?

 最近漫画で読んだわ……

 何だかヘンな感じがするね……」


 頬を赤らめ、はにかんでいる暮葉。


「うん…………

 僕も……

 自分からしたのは初めてで……

 何かヘンな感じがする……

 エヘヘ」


 目の前に僕からキスをした女性ひとが居て、お互いに行為の感想を述べ合っている。

 それが何だかこそばゆくって思わずニヤけてしまった。


「プッ……

 竜司、その顔……

 すっごくヘン……」


「おっ!

 何や竜司っ!

 こないなとこで暮葉とチチくりあっとったんかいっ?」


 それを聞いた僕の顔がまた真っ赤に。

 何故ならさっきした行為が行為なだけに否定出来ないからだからだ。


「もーっ!

 げん、何言ってんのっ!?

 それよりみんなしてどうしたの?」


「ん?

 コレや。

 これこれ」


 げんの両手には大量の花火が入ったビニールを両手に持っていた。


「あ、花火……

 こんなに沢山……」


「やっぱ夏の夜や言うたらコレやろっ!?

 売店に売ってたから買い占めたったわ」


 各々に花火が配られる。

 暮葉は物珍しそうに眺めている。


「よーしっ!

 みんな行き渡ったなーっ!

 じゃあやるぞーっ!」


 兄さんが地面に設置した蝋燭の火に花火を近づける。


 シャアアアッッ


 火薬が爆ぜる音と煙に乗って硝酸の匂いが漂う。

 白い光の粒がアーチになって地面に落ちて行く。


「おーっ

 懐かしいなーっ

 何か夏って気がするなっ

 竜司っ!」


「そうだね、兄さん」


 続いて涼子さん。


 シャアアアア


「ウフフ……

 綺麗ね……

 豪輝さん……」


 花火の光に照らされて優しい笑顔の顔が浮かぶ。


 あれ?

 何となく兄さんとの距離が近くなった気が。


【ん?

 何だろ?

 みんな楽しそうだし、こういう時はバナナ食べても良いのかな?

 ホラあれだ……

 ドサ……

 ドサ……

 あぁ……

 に紛れてだ】


 ボギーはどんな時でもバナナ。

 さっそく夜の闇に紛れてバナナを齧り出す。



 ■皇豪輝すめらぎごうき飛鳥井涼子あすかいりょうこ・ボギー



 蓮が両手に花火を持って点火。


 二つの光弾が地面に勢いよく落ちて行く。

 二本なだけあって光量も多い。


「竜司ィ~~~…………

 さっきの事……

 まだきちんと釈明してもらって無いわよォ~~……

 私がヤキモチ焼きってどぉ~~ゆ~~事かしらぁ~~……?」


 じゃり


 蓮がこちらににじり寄る。


「わわっ!

 だからさっきも言ったけどっっ!

 ウソだってーーっっ!」


 僕は一目散に逃げ出す。


「コラーーーッッ!

 待ちなさーーいっっ!

 アハハハハッ」


「もーーぅっ!

 勘弁してくれよォー!

 アハハハッ」


 ■新崎蓮しんざきれん


【アラァン……

 あの子ったら何か吹っ切れた顔してるわね……

 何かイイコトでもあったのかしら……

 てか……

 アタシこの旅行全く楽しめて無いわぁぁぁぁんッッ!】


 ガシッ!


 ルンルの大きな手が大量に花火を掴む。


 バチッッ


 ルンルの出した微量の放電で火花が出る。

 花火点火


 ジュアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!


 持った大量の花火が爆ぜる大きな音と鼻の奥の奥まで滑り込む硝酸の匂い。


【オーホッホーッホッ!

 こうなったら最後の夜ぐらい楽しんでやるわァァァッッ!】


 ズドドドドド


 多量の花火を両手に持ち換え、縦横無尽に走り出した。


 ■ルンル


「お前ら……

 甘いのう……

 ナニワの花火言うんはなあ……

 こうやんねや……」


 げんが大量のロケット花火に火をつけた。


 ジジジジジジ


 導火線が燃えて行く音がする。

 まだ手に持ったままのげん


 てか注意書きに無かったか?

 ロケット花火は持っちゃいけませんって。


 ジジジジジ


 更に燃える導火線。

 まだ手に持ったままのげん


「今やぁっ!」


 元が叫ぶ。

 手のロケット花火を思い切り夜空に向かって投げ放つ。


 ヒューーンッ!

 ヒューーンッ!

 ヒューーーンッ!


 夜空に放たれたロケット花火達があらゆる方向に飛翔する。


「うわーーッッ!

 熱っ!

 げんーーッッ!

 何やってんのーーッッ!」


 僕の二の腕辺りを掠めるロケット花火。


【アタシの燃えるハートはこれぐらいじゃ止まんないわよォぉォぉ!】


 身体にロケット花火が当たっても全く意に介さないルンル。

 まだ走り回っている。


 パンッ!

 パンッ!

 パパパンッ!

 パァンッ!


 放たれたロケット花火が一斉に音を上げる。


「ハッハッハッ

 懐かしいのう。

 ジャリん頃思い出すわ」


 ■鮫島元さめじまげん


「は……?

 げんちゃん……

 何やってンの……

 そのナニワって何処よ……

 花火っつーのは……

 こー……

 バイブス下げて楽しむもンじゃん……」


 湯女ゆなさんは一人しゃがみながら線香花火を見てる。


「おっ……!

 キタ。

 ガッツだ……

 コンジョー見せろ……

 あ……

 あぁ……

 チッ!」


 どうやら線香花火の光球を大きくするのを楽しんでいるらしい。


 ■裏辻湯女うらつじゆな


【ふあ~~……

 眠たいけど……

 何かキレイだな……

 みんなキラキラしたの持ってる……

 僕も持ちたいな……

 いいかな……?】


「おっベノムッ!

 お前もやるか花火?

 そうかそうか。

 じゃあコレ持てや」


 げんがベノムに花火を持たせてる。

 ジッポを取り出し、花火に点火した。


 シャアアアアア


【わぁ…………

 キレイだな……】


 ベノムが無言で手の花火を見つめている。


げん、ベノム何か言ってる?」


「おうっ

 キレイやって言ってるで。

 ハハッ」


 相変わらずよく解るなあ。


 ■ベノム


「ほらつづり

 ボクらも花火しようよ」


 カズさんがつづりさんに花火を渡してる。


 シャアアアアアアッッ


 二人の持ってる花火から光がアーチを描いてる。


 あれ?

 つづりさんがこちらを見ている。

 何だろう。


「ウフゥン……

 ねえねえカズゥ……

 あの二人絶対何かあったわぁん……

 アタシのレーダーにビビビと反応してるのよぉん……」


「え?

 ホントかい?

 あ、本当だ。

 何かいいことでもあったのかな?

 何となしに距離が近い気がするね」


「何かしらぁん何かしらぁん……

 夏……

 夜……

 海……

 見つめ合った二人は…………

 ブホッッ!」


 あ、つづりさんの鼻から血が噴き出た。

 一体何を考えてたんだ。


 てかしっかりしろ吸血鬼。


つづり……

 その鼻血……

 わざとやってない?」


 ■正親町一人おおぎまちかずんと飛縁間綴ひえんまつづり


「フム……

 夏じゃのう……

 どれ……

 儂も……」


 お爺ちゃんが花火を持って点火。


 シャアアアアア


「いいもんじゃのう……

 人の身は 咲てすく散る 花火哉……

 か……」


マスター……

 その句は……」


正岡子規まさおかしきの句じゃ……

 人を花火に準えて詠んだ一句……

 人生など、この花火の光の様な物……

 一瞬光り……

 そして消えゆく……

 だが一瞬だからこそ価値がある……

 長命の竜からしたら理解が難しいかも知れんがのう……

 フム次回作はコレで行くか……」


 何かムツカシー事を言ってる。

 次に何書くか決まったらしい。


「おおっ!

 マスターッ!

 閃かれたのですねっ!」


 カイザも喜んでる。


 ■皇源蔵すめらぎげんぞう・黒の王カイザ


「ンフフフゥ~~……

 なかなかヤリますネェ……

 げんくん……

 が、まだまだァ……

 真の海の漢が花火ヲやるトォ……

 コウナリマス……

 これぞっ!

 マヤドー会海洋交渉術ッ!

 その八十一ッ!

 花火人間GOGOGOォッ!

 ヘァッ!」


 バンッ!


 父さんの全身が弾けた。

 筋肉が倍加する。

 ゆっくりしゃがんだ父さんは、いそいそ花火を筋肉の間に挟み出す。

 腹筋全部に棒花火が挟まっている。

 その他上半身のあらゆる筋肉に棒花火を挟み込んだ父さん。


 このマヤドー会のなにがしって時々シャレで考えたのかマジなのか解らなくなる。


「デハァ……

 げんくぅん……

 花火に火をつけて下さァい……

 右上腕二頭筋の花火ですヨォ……

 間違えたらイケマセンヨォ…………」


「お……

 おう……

 何や……

 竜司のオトン……

 エライ事になっとらんか……」


 言われるままにげんが右上腕二頭筋に挟んでる花火に火を付ける。


 シャアアアアアッッ


 花火点火。

 光弾が落ちる。


 何か角度を付けていたらしく身体にバシバシ当たってる。

 熱くないのかな?


 とか思ってたら驚くべき現象が起きる。


 ジャアアアアアアアアアアアアアッッ!


 他の花火にどんどん火がついていったのだ。


 ジャアアアアアアアアアアッッ!


 見る見るうちに強烈な光が父さんを包む。

 全身が発光している父さん。


 嫌だ。

 こんな父親、嫌だ。


「ンフフフゥ~~……

 ドゥデスカァ……?」


【キャーーーッッ!

 滋竜っちーーっっ!

 ステキーーッッ!】


 バキラが騒いでいる。


 まあ……

 竜だし……


 いいんだけど……

 コイツいつまでスクール水着着てるんだろう。


 ■皇滋竜すめらぎしりゅう・蒼の王バキラ


「ウフフ……

 花火かぁ……

 よろしおすなぁ……

 うちもやろかな……?」


 シャアアアアアアッッ


「ウフフフ……

 綺麗やねえ……」


「あの……

 母さん……?」


「ん……?

 どないしたんや?

 竜司さん……?」


「あの…………

 蓮とキチンと話したよ……

 母さんの言葉のお蔭だよ……

 ありがとう……」


 蓮とのやり取りを思い出すととてもきちんと話したとは言えないが母さんの言葉があったからこその行動だった訳だし、とりあえず僕の思ってる気持ちと希望を受諾してくれた訳だし……。


「あぁ……

 夕餉ゆうげ前に蓮ちゃんと外出てはったの……

 そうかぁ……

 話したんやなあ……

 良かったわぁ……

 それはそうと竜司さん……」


「何?

 母さん」


「うちも……

 滋竜しりゅう……

 お父はんも……

 仕事が仕事やから……

 家に居る時間、少なぁてスマンなあ……」


「何を今更言ってんの母さん」


「竜司さんが一番辛い時にも…………

 うちら……

 二人とも家にいんで……

 ホンマにすまんかったわ……」


 母さんが僕に向かって頭を下げる。


「いいよ……

 あの事が無いとげんにも……

 蓮にも……

 暮葉にも出会えなかったんだから……」


「そうか……

 竜司さん……

 うちらの事……

 親やと思ぅてくれるか……?」


 母さんが不安気な顔をして聞いてくる。

 こんな顔するなんて珍しい。


「当たり前じゃん。

 母さんは僕の自慢の母さんだし。

 父さんは…………

 まあ父さんだし……」


「そうか……

 おおきになあ」


 母さんが満面の笑顔。

 うん、いつもの母さんだ。


【姫、良かったな。

 息子ッ!

 もっと花火やろうぜ】


「うん」


 ■皇十七すめらぎとうな・マザーダイナ


【何だ何だ?

 みんな何やってんだ?】


「ガレア、コレは花火って言うんだよ」


【ハナビ?】


 ガレアのキョトン顔


「これを……

 こうして持ってね……

 蝋燭の火に近づけてごらん……」


 シャアアアアアアッッ!


【ん?

 何だコレ?

 何か細いのから火が出てるぞ。

 あ……

 消えた。

 ナーナー竜司ー何なんだよコレー】


 ガレアには花火の風情を理解するには難しいらしい。


 ■ガレア


「ねえねえ竜司、今から何やるの?」


「今から花火をやるんだよ」


「花火?

 花火ってアレでしょ?

 空に飛んでってパーーーンッッ!

 ってヤツじゃないの?」


 暮葉キョトン顔


「それは祭りとかで見る大きなヤツだね。

 これは違うんだ。

 ホラ……

 こう持って……

 蝋燭の火に近づけるんだよ」


 シャアアアアアアッッ


「わぁああ……

 綺麗……」


「だろ?

 これは祭りと違って個人で楽しむ花火なんだ」


 シャアアアアアアッッ


 僕も花火を付ける。


「何だか優しい光……

 心が落ち着いていく感じがする……

 人間の産み出したものって凄いのね……」


「そうかな?」


「うん……

 こう言う見ると役に立たなさそうなものが人間にとっては物凄く大事なものなんだなってわかる……」


「タハハ……

 役に立たないってハッキリ言うなあ……

 でもそうかもね……

 人間の心って凄く不安定なものだから少しの事で怒ったり……

 悲しんだり……

 笑ったりする……

 だから人間って心に響くものをたくさん産み出したのかもね。

 花火にしたってそうだし……

 漫画とかでワクワクする気持ちとか……

 特撮を見てカッコいいって憧れる気持ち……

 アニメ見て可愛いって思う気持ち……

 とかね?」


「うん……

 やっぱり人間の心って面白い…………」


「そうだね暮葉」


 ■皇竜司すめらぎりゅうじ天華暮葉あましろくれは



 ###

 ###



 こうして僕達の二泊三日の旅行は幕を閉じた。

 僕はこれから飛び級試験の勉強に勤しむ毎日だ。


 早く大人になりたい。

 大人になって暮葉を護れるような人間になりたい。


 夜の風景に花火の強烈な光に照らされる暮葉の満面の笑顔を見てそう誓う僕なのであった。


 完

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