四千PV記念 夏だっ!水着回だっ!皇一家の海旅行④


 

 竜司達がホテルを出て、海に向かう辺りにまで時は戻る。



 一同が海に向かい、各々水着に着替え、海で遊び、変態の肉親が来襲、バーベキュー、ビーチバレーと楽しんでいる時、竜河岸の側に居る竜達は何を考えていたのだろうか。



 ■リア充の証の時


 〇ガレアの場合


【何だ?

 海に来て海だと叫ぶのか?

 人間って時々よく解んねー事するよな。

 まー別にやれってんならやるけどよ】


 豪輝の指示があった。

 ガレアは了承。

 色々愚痴やボヤキは多いが基本素直な竜である。


【海だーーーーーーーーーッッッ!

 …………何だコレ?】


 ガレアがキョトン顔になる。


 〇ルンルの場合


【ナァニィン……

 イケメンが来たと思ったら……

 アレをやるのねぇ……

 最近TVで見た時からやってみたかったのよぉん……

 これでアタシもリア充の仲間入りねぇん……】


 ルンルはオカマである。

 そして知識欲が気持ち他の竜よりも強い。

 常に本やTV等で人間の世界の事を学んでいる。


 オカマであるが故に若干取り入れる知識に偏りはあるが。

 オカマで見識家。

 それがルンルである。


【海よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーッッ!】


 オカマであるが故に若干声も野太い。


 〇ボギーの場合


【何だよ豪輝の奴。

 急にやって来て叫べなんてさ。

 多分僕だけ言わないってなったら豪輝が…………

 豪輝が…………

 アレ何て言ったっけ……?

 何とか八分……

 何だっけ……?

 蔵……

 じゃない……面……

 じゃない……

 あぁそうだ、フラ八分だ婦等八分。

 それになるからって気を使ったんだろうな。

 全く豪輝は解ってないなあ。

 僕はバナナさえあれば婦等八分だろうと何だろうと良いのになあ。

 ……っとそろそろ叫ぶのか。

 フフン甘いよ豪輝。

 一流のナナーが簡単に言う事聞くと思ったら大間違いだよ】


【バナナーーーーーーーーーーッッ!】


 ボギーと言う竜。

 鱗の黄金色が示す通り、竜としてのポテンシャルは相当の物なのだが如何せん性格が子供っぽい。


 最近難しい言葉を言った方がバナナをたくさんもらえると解ってから勉強を始めたのだ。


 主に諺や四字熟語。

 だがあくまでもバナナありきのものなのできちんと覚えていない言葉も多い。

 ちなみにこの時言っていた言葉は村八分である。


 〇ダイナの場合


【姫が言わねえなら俺も言わねえ】


 ダイナは自身を十七とうなに付き従う従者のように捉えている。

 竜とは基本自分本位なもの。


 自身の好奇心を満たす竜。

 美を追求する竜。

 嗜好品を追い求める竜。


 各々が自身の欲望に忠実なのだ。


 そんな中ダイナの様に不平不満を言わず、竜河岸に付き従っている竜は珍しい。

 だがダイナは十七とうなに付き従う日々で充分満たされている。


 では一体何が満たされているのかと言うと、それは言わば忠誠欲というもの。

 若干ナルシストの気も孕んでいる。

 有体に言うと“こんなスゲー主人に付き従う俺カッケー”と言う事である。


 ■水着初披露・テント設営の時


 〇ガレアの場合


【何だ?

 何か組み立て始めたぞ?

 ハハッ

 おもしれぇ!

 何組み立ててるかは知んねぇけど何かおもしろいな】


 テントを組み立てている竜司を見て、湧き上がる好奇心が止められない様だ。


【なあなあ竜司、何やってんだ?

 ソレ】


「ん?

 あぁガレア、これはテントを組み立ててるんだよ」


【てんと?】


 ガレアのキョトン顔。

 ガレアはよくわからない事や物を見たり聞いたりするとする顔。


 ぽかんと目を丸くして素直に聞いてくる。

 その愛らしい表情が主である竜司も大層気に入っている。


「そうだよ。

 ホラ今日も暑いでしょ?

 太陽の日差しから護るために屋根のついた家を作って休憩所として使うんだよ」


【家?

 住むの?】


 キョトン顔は止まらない。


「何言ってるのガレア……

 住む訳ないじゃない……

 あくまでも休憩する場所だよ」


【ふーーん……

 まあ人間ってひ弱だもんなケタケタケタケタ】


 ガレアはある種人間を見下している。

 竜司はまあ竜だし、しょうが無いと黙認している。


【ん…………?

 ゴール爺の竜河岸が来たぞ……

 何やってんだろ?

 ん?

 ってアイツがいるって事はゴール爺も来ているのか……?

 どこだ……?】


 ガレアの言うゴール爺と言うのはカズが使役しているドッグと言う竜の事である。

 ドッグは竜界に居た頃ものしりゴール爺として有名だった。


 ガレアはドッグが大好きだ。

 色々な話を聞かせてくれるから。


 だが今回ドッグは来ていない。

 何故なら海には隅が無いからだ。


 ドッグ参照:本編 八十八~九十、百二十二~百二十三話、百回記念①等


 〇ルンルの場合


【やだわ……

 蓮ったら結構張り切った水着じゃない……

 アレでもう少し胸があり……

 アラ…………?

 やだあの子ったら胸にパッド仕込んでるじゃないィッッ!

 しかもアレ……

 かなり……

 もりもりに盛ってるわぁっ……!

 そんなに暮葉と張り合いたかったのね……

 かたやナチュラルスイカップでこっちは貧乳だものね……

 全ては好きなオトコの為……

 涙ぐましい努力……

 ホロリ】


 その通り。

 蓮は今回の水着で特大パッドを胸に仕込んでいたのだ。


 だから水着選びの時も素直に喜べず、着替えの時も皆に隠れて着替え、つづりが胸を揉んだ時にも狼狽えてしまった。


 が、つづりの場合、蓮が誰を好きかは知っていて、黙っていた方が自分的になると考えている為問題はない。


 それにしても流石ルンル。

 一目でパッド入りに気付くとは。


 〇ボギーの場合


【うわぁーーっ!

 綺麗な海だなーっ!

 こんなに綺麗な所で食べるバナナはさぞかし格別なんだろうな……

 ようし今回はシチュエーションバナナだッッ!

 まずはポイントを探さないと……】


 若狭湾内の海水の透明度に目を見張るボギー。

 が、やはり考えているのはバナナの事。


 おわかりの読者もおられると思うがシチュエーションバナナというのはどれだけ気持ちの良い場所でバナナを食べるかと言う事だ。

 ボギーは豪輝らと遊ぶのも忘れ、一人絶好のポイントを探していた。


 〇ダイナの場合


【姫、何でみんなと一緒に着替えないんだ?】


 十七とうなは一人生命の樹ユグドラシルで作成した木製ドーム内で水着に着替えていた。


「何でって言われてもなあ……

 うち、肌見せんのはあまり好かんしなあ……」


【水着でもほぼ裸じゃねぇか】


「まあ何やかんや言うてもうちもトシやしなあ……

 しょーもない女の意地やとでも思っとって」


【ふうん女の意地ねえ……

 了解】


 確かに十七とうなは見た目は物凄く若い。


 これはダイナの固有能力である“魔栄養”と細菌指令バクテリア・コマンド、かつ針などを掛け合わせた、言わばスーパーアンチエイジングの賜物である。


 が、やはり時の流れとは無情なもの。

 他との年齢の差は出てしまう。


 そう言う仮初めの若さが皆に露見するのが嫌なのだ。

 いつまでも美にこだわる下らない女の意地である。


 ■変態父さん来襲時


 〇ガレアの場合


【何だ?

 竜司達何騒いでんだ?

 何か上から降りてきてるけど何だあれ?】


 素っ裸で下降してきている滋竜を見ても何とも思わない。

 それはガレアが竜だからである。


 ガレアからしたら服を着ている人間がおかしい。

 そう言う考え方なのだ。


 ただ何かデカい人間が降りてきた。

 それだけである。


 〇ルンルの場合


【イヤァン……

 上から降りてくるオトコ……

 なかなかイイ身体してるじゃなぁいん……

 アタシ……

 燃えちゃうわぁん……】


 こんな事を言っているがルンルは異種姦の趣味は無い。

 ただオカマの模倣をしているだけである。


 ルンルは常に考えている。

 どうすればよりオカマに。


 オカマっぽく。

 オカマらしく在れるだろうと。

 それだけ最初に見たオカマのドキュメント番組は衝撃的だったのだ。


 色々と知識を蓄えている理由は主に女子力を上げる為だが、その理由も世のオカマが女子力をあげようと躍起になっているからである。


 〇ボギーの場合


【うわーーッ!

 良い眺めーーッ!

 潮風が気持ちいーなーっっ!】


 ボギーは一人堤防の端まで来ていた。


 穏やかに波が揺れ、水面が真夏の日差しでキラキラ輝いている。

 潮風が優しく吹き、黄金色の綺麗な鱗を撫でる。


 遠くに小さな離れ小島も見える。

 あれは葉積島だ。


 ボギーは一人で何をしているかと言うとさっき述べた通り。

 バナナを食べるロケーションを探していたのだ。


 竜と言うのは基本独善的なものである。

 高位の竜ハイドラゴンが率いる各衆の様にグループを組んでいる者もいるにはいるが、基本ある程度統率が取れているのはマザーの衆のみ。


 王の衆も全員バラバラ。

 一堂に会する事など皆無である。


 ロードの衆に至っては三人しかおらず、かつ三人とも単体で天災と称される程強大な力を有している為群れる必要がない。


 マザーの衆も統率が取れていると言ってもマザードラゴンを頂点とする一枚岩の組織。


 命令を聞くのもマザーからのみ。

 しかも気が乗らなければ聞かない。


 基本はグースやダイナの様に気分で人間界に来たりしている。


 〇ダイナの場合


「ハァッ……

 ハァッ……

 父さん……」


【ハァ……

 またあのアホ滋竜が来やがったか……

 アイツも懲りねぇな】


 息せき切らせた竜司の報告を受け、すでに亜空間を開いていたダイナ。

 出刃包丁が大量に置いてあるところに座標を合わせて。


 ダイナと十七とうなの付き合いは長い。

 ある程度予測は立つのだ。


 ガンッッ!


 思い切り出刃包丁の柄を踏んづけた十七とうなを側で見ていたダイナ。


【相変わらず怖っええよなあ……

 竜の俺でもビビるもんなあ……】


 怒った時の十七とうなの迫力はダイナも認める所なのである。


 ■バーベキュー時


 〇ガレアの場合


【肉だ肉だ。

 時々ムカつく事も言うけどちゃんとメシ喰わせてくれるのが良い所だよな竜司って】


 ガレアの身体は大きい。

 それなりに食欲も旺盛なのだ。


【ん?

 何だ?

 何だコレ?

 これのどこが肉なんだ竜司?】


 目の前に置かれた三つの丼を不思議そうに眺めるガレア。


「ガレア、上に乗ってるだろ肉が」


 竜司は丼上のハンバーグを指差す。


【何だこんなにちっちぇえのか。

 モコモコ肉とか言うからデデーーンとデカい肉が来るのかと思ってたよ】


「誰もモコモコ肉なんて言って無いだろ?

 ロコモコ丼だよ」


【何か色々乗っかってるけどコレ美味いのか?】


「一度食べてごらんよ。

 絶対美味しいから。

 後食べる時は他の物も一緒に食べてみな」


【ふーーん……

 じゃあ】


 ガレアは手づかみで丼上のレタス、ご飯、ハンバーグ、目玉焼きをよそう。


 パク


【モグモグ……

 美味っ!

 何だコレッ!

 美味いぞ竜司ッ!】


 ハンバーグの肉汁と肉の食感が舌を震わす。

 味が単一になりそうな所をかかっていたグレーピーソースがより玄妙に進化させる。


 そしてそれらの味を全て包み込んでマイルドに仕上げる卵の黄身。

 シャキシャキのレタスが爽快感と後味をサッパリさせる。

 この口内で広がる味のハーモニーにガレアもご満悦だ。


「だろっ!?

 だから言ったじゃないか……

 モグモグ……

 美味い」


 竜司も同じものを食べている。


 〇ボギーの場合


【さぁーっ!

 お昼ご飯だっ!

 どんなバナナを食べようかなっ!?】


 ボギーは側でバーベキューをやろうが知った事ではない。

 一人で延々とバナナを食べていた。


 〇ベノムの場合


【何だろ…………

 ここ…………

 魚の匂いがする…………

 ししゃも食べたいな…………

 げん、食べさせてくれないかな?】


 こんな事を考えていたベノム。

 一番好きなものはししゃも。

 子持ちししゃもなら尚良い。


「すまんのうベノム。

 ししゃもは無いんや。

 そん代わりグジ頼んだったからな。

 美味いでぇっ!?」


 上からの主の言に床で聞いていたベノムはショックを受ける。


【ししゃも無いんだ…………

 ししゃも……

 ししゃも食べたかったな……

 グジって何だろ……】


(お待たせしましたっ!

 若狭グジですっ!)


「おっ来た来た。

 ベノム待っとれ。

 今からワイが美味しゅう焼いたるからな」


 げんがグジを網上で焼き出した。

 直に出来上がる。

 食べやすい様に身を解してやるげん


「ほぉーらっ

 焼き上がったでベノム。

 食えや」


【…………何だろ…………

 身が白いな……】


 モグ


 ベノムが一口食べてみる。

 口の中に若狭グジの淡白ながら繊細な甘さが広がる。


 滴る魚の旨味。

 身も柔らかくホロホロ崩れる。


【何だコレ…………

 甘い魚なんて初めて食べた…………

 美味しいかも……】


 モグモグ


 食べる速度を速めるベノム。

 あっという間にグジ一匹分平らげてしまった。


【………………でもやっぱりししゃもが良い……】


 少し頑固な所もあるベノムなのであった。


 ■ビーチバレー時


 〇ガレアの場合


【んで見てたけど何かわからん。

 竜司とアルビノが何か球をペシペシやってたが何だこりゃ?】


 ガレアがスポーツを単体で理解するにまだまだ道のりは遠い。


発動アクティベートォォォッッ!」


 ドコォォォォォォンッッッ!


 竜司の強烈な魔力注入インジェクトスパイクが敵コートに炸裂する。

 舞い上がる砂塵がガレアの居る休憩場所にまで届く。


【何だっっ!?

 竜司が跳び上がって攻撃したぞっっ!

 ………………ははーーんっっ!

 わかったぜっ!

 ビーチバレーってのはあのボールを相手にぶつけてぶっ倒すすぽーつなんだなっっ!!】


 盛大な勘違いをしているガレア。


【何だ?

 竜司が血、噴いてぶっ倒れたぞ。

 竜司も良く解んないんだよな。

 よくアルビノの二つのコブ見たら血、噴くんだ。

 んでアルビノも触られたらヘンな感じになるし】


 ガレアが一人でキョトン顔。

 頭の中にたくさんの?が浮かんでいる様子。


 スポーツですらこの有様なのに、人の性欲を理解するなんていつの事になるのやら。


 〇ベノムの場合


【騒がしいなあ…………

 お腹いっぱいになったんだから静かに昼寝させて欲しいよ……】


 ベノムは言わば静かなネコのような性格。

 お腹が減ったらご飯をねだり、お腹がいっぱいになったら眠る。

 自由気ままに日々を過ごしたいのだ。


【あれ…………?

 フネさんが倒れちゃった…………

 何かあったのかな……?

 ふぁ~~……

 ムニャムニャ……

 まあ僕には関係無いけど……】


 そう考えたベノムは欠伸をして丸まって寝てしまった。


 〇ダイナの場合


「嫌やわぁ~~……

 うち、こんな強い球受けれへ~ん…………

 滋竜さ~~ん……」


 主が夫に甘えている様を見つめる。


【人間ってのは良く解らんなあ……

 さっきまで殺そうとしてた相手なのに……

 あの態度を見ると好きなんだろうな……

 本当によく解らん】


 ダイナには熟年夫婦の愛の形は少々難解なようだ。


「アリガトウゴザイマスゥゥゥ………………

 ヘヤァァァァッァァァァッッッ!」


 ドコォォォォォォォォォォォォン!


 滋竜の強烈なスパイクが敵コートに決まる。

 ビーチバレーのラストプレイ。


【相変わらず姫のスピードはすっげぇな……

 全然目で追えねぇぞ……】


 ダイナが言っているのは十七とうな魔力注入インジェクトの事。

 十七とうな魔力注入インジェクト敏捷性アジリティタイプ。


 源蔵や竜司、げんのパワー型とは違う。

 十七とうな魔力注入インジェクト使用した場合時速五百キロを超える。

 しかもトップスピード到達はコンマ五秒を切り、かつ急制動も自在。


 おおよそ地球上の物理法則を無視した動きを見せる。

 もちろんハンドスピードでもその速度を発揮。


 十七とうなはこの魔力注入インジェクト生命の樹ユグドラシルで医療行為を行う。

 ちなみに竜司が魔力注入インジェクトを使えるのは母親似と言う部分もある。

 豪輝は父親似である。



 ###

 ###



 ビーチバレーも終わり、各々海を楽しんでいた。

 海で泳ぐ者、日光浴を楽しむ者、様々である。


 そんな中、竜司はと言うと依然として気絶したままなのであった。

 暮葉の膝枕が大層気持ちいいのか口元を緩ませて眠っている。

 そんな竜司を膝に乗せ、ずっと団扇を扇ぎ、時折頭を撫でている暮葉。


 時は更に進む。


 日は橙色になり水平線の遥か遠くの離れ小島の山間へと沈んでいく。

 陽が橙になったおかげで遠くから景色を琥珀色に染めて行く。


 夕闇により紺碧となった海面にも琥珀色が混ざり、まるで海が上質のウイスキーに酔っているかにも見える。


 そんな中まだ眠っている竜司。

 そして竜司の頭を膝に乗せ、まだ団扇を扇いでいる暮葉。


「も……

 もう疲れたでしょ?

 団扇扇ぐの私が変わるわ」


 パッ


 先程からずっと二人の様子を眺めていた蓮が団扇をくすね取る。


「あっっ!」


 パタパタ


「うふふ……

 竜司……」


 蓮が団扇を扇ぎ出す。


「別に疲れて無いモンッッ!」


 パッッ


 更に団扇を奪い取る暮葉。


「あぁっ!」


「ふふーん……

 竜司ー……」


 パタパタ


 奪い取った暮葉はまた扇ぎ出す。


「そ……

 そんな事無いでしょ……

 何時間もずっと扇いでるんだし」


 パッッ


 更に団扇を奪う蓮。


「ダメッ!

 竜司に扇いだげるのは私の仕事っっ!」


 ガッッ!


 取り返そうと団扇を掴む暮葉。

 が、蓮も今度は離さない。


「何よォォッッ!

 暮葉ッ!

 アンタずっと膝枕してたんだから良いじゃないッッ!」


「ダメーーッッッ!」


「団扇ぐらい良いじゃないィィィッッッ!」


 ギリギリギリギリ


 二人とも力いっぱい手を引く。

 団扇が折れそうな勢い。


「ふふふふふふ。

 ええなあ……

 見てみ滋竜さん……」


 と、そこへ十七とうなと滋竜が帰って来た。


「ンフフフゥ~~……

 オヤァ……

 竜司を取り合ってるんですかネェ……?」


 ニコニコ笑顔で上から見下ろす巨漢の滋竜。


「そやで……

 見た所、扇ぐ団扇取り合うてるみたいやわ…………

 二人とも可愛いなあ~……」


 コロコロ笑いながら笑顔で二人を見つめる十七とうな


「べっ……

 別に取り合ってなんかっっ……」


 そう言う蓮の顔は真っ赤である。


「何や……

 蓮ちゃん照れとんかいな……

 ホンマに可愛いわぁ……

 うふふ」


 恥ずかし過ぎて俯いてしまう蓮。


「ンフフフゥ~~……

 蓮さんはいわゆるトゥンデレという奴デスネェ……

 昔の十七とうなさんを思い出しますゥゥ……」


「うち、こんなんやったかぁ~~……?

 んもぅ~~……

 昔の話なんかやめてぇなぁ~~

 照れてまうやんかァ~~」


「ンフゥ~~……

 私のプロポーズを受けた時も

 ”かっ……勘違いしたらアカンでっっ!

 うちが求婚受けんのはアンタみたいな危険な人、野放しに出来へんからやでっっ”

 でしたモノネェ……」


「きゃあ~~っ!

 子供らにそんなプロポーズの事なんか言わんといてぇ~~っ!」


 言わないでと言いつつ頬を赤らめ、クネクネ身体をくねらせる十七とうな

 顔は本当に嬉しそうだ。


「いいなあ……

 おじさんとおばさん幸せそうで……

 ちなみにおじさんのプロポーズは何て言ったんですか?」


「それがなぁ~~……

 “オレ オマエ スキ。オマエ オレト イッショナレ”やったんよぉ~~

 男らしゅうて素敵やったわぁ~~」


 何やら色々ツッコみたいプロポーズ言葉。

 しかしそれを十七とうなは男らしいと言う。

 恋は盲目とはよく言ったものである。


「タハハ……

 そ……

 そうですか……」


「まあでも確かに今は暮葉さんの方がリードしとるけど……

 まだわからへんで……

 何や言うても君らは若いねんから……」


「そ……

 そうですかね……?」


「うんそうやで……

 少なくともうちは蓮ちゃん、好印象やで?

 何か他人の様な気がせんもん……」


「あっ……

 ありがとうございますっっ!」


 蓮は勢いよくお辞儀をし、礼を言う。


「まあ最終的に選ぶんは竜司さんやからわからんけどな」


「そろそろ宿に帰るぞー」


 波打ち際でキャッキャと遊んでいた豪輝、涼子、つづり、カズ、げんが帰って来る。


「うっ……

 ううん……」


 ここでようやく竜司が目覚める。



 ###

 ###



 僕はどうしたんだろう……?

 何だか外が騒がしくなったから僕はゆっくり眼を開ける。


「あ……

 起きた……?

 竜司……」


「竜司……

 大丈夫……?」


 上から暮葉と蓮が覗き込んで来る。


 ……ん……?

 僕は何処で寝てるんだ……?


 何だか後頭部に物凄く柔らかいものが当たっている。

 ……って暮葉の顔がこの位置って事は……

 暮葉の太腿ッッ!?


 ガバッッ!


 僕は急いで飛び起きた。


 フラッ


「あぁっ……」


 素早く跳び起きた為、立ち眩みが襲って来た。


 ぽよん


 ふらつき再び倒れた僕の頬に何だか硬いものが当たる。


「わっ……

 大丈夫?

 竜司……」


 上から蓮の声がする。

 てことはこれは蓮の胸かっ!?


「わわっっ!?

 ごっ……

 ごめんっっ!」


 僕は急いで身を離す。


「ようやく起きたか竜司。

 さっさとテント畳むの手伝え」


 側でテントを片付けている兄さん、げん、カズさん。


「あ、うん」


 僕も加わりテントを片付け始める。

 と、この段階で気づいたんだけど、もう夕方だったんだ。


 僕の目には遠く離れた小島の山間に入りかけている橙色の夏の太陽。

 日差しが強く、辺りを暖色に染め上げている。


 夕闇の色が濃藍色の海面に溶け込み、琥珀色が混ざる。

 遠くから水面がキラキラ輝いている。


 物凄く綺麗な景色。

 後で調べたら日本の夕日百選にも選ばれてるんだって。


 こんな景色を暮葉と二人っきりで見たいなあ。

 そんな事考えながらテントを片付けていた。


 四人も手があると片付けも早い。

 すぐに畳み終わる。


「よーし片付け終わった。

 みんな宿に戻るぞー」


「はぁーい」


 兄さんの呼びかけに一同返事。


「あっ……」


 ふと見ると、蓮が何かに気付いた様子。

 足元を見ると目を回しているルンル。

 そういえばルンル気絶してたんだった。


 父さん変態のせいで。

 ホントに蓮ごめんなさい。


「どうしよう……

 ルンル、まだ目を回してる……」


 どうしよう。

 ルンルの巨体を宿まで運ばないと。

 最悪僕が魔力注入インジェクトで運ばないといけないかも知れない。


「ンフフフゥ~~……

 蓮さん……

 どうされマシタカァ……?」


 父さんが話しかけてきた。


「あ、おじさん……

 あの……

 私の竜が……

 気絶していてどうしようかと……」


「ンフゥ~~……

 ではワタシが運びまショウカネェ…………」


 そうだ。

 元はと言えば父さんが原因なんだ。

 父さんが運べ。


「フンッッ!!」


 バンッッ!


 父さんの気合のいれた掛け声と弾ける音と共に身体が倍加する。


 瞬く間に現れた巨体。

 大樹の幹を思わせる体幹。

 太い電柱の様な両腕。


 大きな腰から伸びる二本の脚は建設重機のアンカーを想起させる。

 背も頭一つ二つ大きくなっている。

 本当に父さんは化け物じみている。


「デハァ……」


 しゃがんだ父さんはゆっくり両手をルンルの身体の下へ差し入れる。


「ヘアッッ!!」


 ズンッッッ!


 グラァッ!


「うわっ」


 大地が一瞬揺れる。


 驚きの声が漏れ出る僕。

 父さんを見るとルンルを持ち上げていた。

 まるで重量挙げの選手の様に。


「ヨイ……

 ショットォ……!」


 ズゥンッッ!


 父さんの肩にルンルの巨体が乗っかる。

 今の重苦しい音から察するにルンルは相当の重量のはずなんだけど……


「んぅ……?

 どうシマシタァ……?

 竜司……」


「いや……

 別に……」


 ニコニコ軽々しくルンルの巨体を肩に置いている父さん。

 本当に勝てる気がしない。


「じゃあみんな準備出来たかー?

 宿に戻るぞー」


「ハァイ…………

 ダイナさん……

 ケイシーはよろしくお願いしまスネェ……」


【おう任せとけ】


 ん?

 ケイシーさん?

 ケイシーさんどうかしたのかな?


「え……?」


 見ると傍らでゴツいを股に挟んでいるケイシーさんが寝ている。

 眠っている様だ。


 あれ……

 は固定具かな?


 両腕も骨折患者みたいなのが付いてるし。

 僕が寝ている間に一体何があったんだ……


 スッッ


 音も無くケイシーを持ち上げるダイナ。


「じゃー行くぞー」


 僕らは宿に帰る。


 みんな水着の上からアウターを羽織った簡素な着替え。

 これは帰ってすぐにお風呂に行こうと考えていたからだ。

 父さんは何も持って来て無いから水着のままだけど。



 昇竜庵



 宿に帰って来た。

 さっそくカウンターへ。

 人数が増えた事を言わないと。


「すいませ~ん……

 すめらぎです~」


(おかえりなさいませ……

 ん……?)


 ホテルマンの目がダイナに抱かれているケイシーに向く。


すめらぎ様ッッ!

 お連れ様、如何致しましたッッ!?)


 ケイシーさんの有様を見て途端に焦り出すホテルマン。


「えっと……

 ビーチバレーで……」


 母さんに目線を送る。

 多分母さんが処置をしたと思ったからだ。

 僕の目線に気付いた母さんは察してくれた。


「あぁ……

 竜司さん……

 両肩と両股関節脱臼や……」


「だ……

 そうです……」


すめらぎ様……

 救急車お呼びしましょうか……?)


「えと……

 どうしよう……」


「竜司さん……

 そうしてもらい……

 この子だけやないねん。

 御婆はんもコシやっとんねや……」


 え?

 そうなの?


 だから一体僕が寝ている間に何があったんだってば。


「ヒョヒョヒョ。

 ええてええて。

 もう腰何ともないねんから」


「あーきーまーへんっ!

 御婆はん、トシ考えなはれ。

 そのトシでギックリ、癖ついたら厄介やねんからっ!

 おとなしゅう病院で診てもらいっっ!」


「シュン……

 わかりました……」


 フネさんがションボリしてる。

 さすがのフネさんもお医者さんの言う事は聞くんだなあ。


 なるほど。

 母さんがフネさんの腰を処置したのか。


「じゃあ救急車お願いします」


(かしこまりました。

 すぐにお呼び致します)


 ホテルマンがテキパキ動いてくれたおかげで五分程すると救急車到着。


 中から救命救急士が二人降りてきた。

 背中に“福井 若狭消防”と書いてあるユニフォームを着ている。


(患者はどちらでしょうか?)


 落ち着いた感じで話しかけてくる。

 母さんが応対。


「はい……

 ご苦労さん……

 患者はこの二人やで……

 一人は両肩と両股関節脱臼……

 もう一人はギックリ腰や……」


 救命救急士は患者を確認。

 完璧に処置されたケイシーさんとダイナの顔を見て驚きの表情を見せる。


(貴方……

 もしかしてA.Gですか……?)


(A.G?

 何ですかそれ?)


(この人は世界中のあらゆる紛争地域で命を救いまくっている伝説の医者だ……

 俺達とは厳密には畑が違うから知らないのも無理はないがな……

 特徴として側に一本角が生えている竜が居る……)


(そんな漫画みたいな人いるんですね)


(馬鹿っ!

 失礼だろっ!)


(すすっ……

 すいません……)


 この一連のやり取りで僕は母さんがどれだけ凄い人物かと言うのを再認識した。


「うふふ……

 うちの事、消防隊員はんも知ってくれてはったなんて光栄やわあ……

 まあサインの一つでもあげたい所やけど……

 今は患者が第一やで……

 とりあえず二人の処置やけど……

 脱臼の方は整復済みで御婆はんの方は応急やから……」


(はいっっ!

 わかりましたぁっっ!)


(凄い……

 ホントだ……

 整復出来てる……)


 しゃがんだ救命救急士はケイシーさんの身体を確認し、改めて驚いている。

 そしてケイシーさんがストレッチャーに乗せられ車内に運び込まれる。


船長キャプテン……

 俺……

 付き添いでついて行きます……」


「オヤァ……

 そうデスカァ……

 ではジャックにケイシーはお願いしまショウかネェ……」


「へいっ!

 任せて下さいっっ!」


 ジャックさんも一緒に救急車に乗り込む。

 フネさんはジャックさんの膝に座っている。


(では病院に搬送します……

 A.G、お会いできて嬉しかったです。

 それではっ!)


 ブロロロロ


 救急車は昇竜庵を後にした。


 ケイシー、ジャック、鮫島フネ 帰宅


 改めて僕はカウンターへ。


「救急車ありがとうございました。

 それで人数が増えたのですが……」


(はい承ります。

 何名様追加でしょうか?)


 えっと……

 父さん、お爺ちゃんにカイザ。

 ベノムにカズさん、つづりさんで人間四人の竜二人の合計六人か。


「人間五人の竜一人で合計六人です」


 内訳が違うのはカイザを人間としてホテル側に告げたからだ。


 見た目が完全に人間だから。

 これで竜なんて言ってしまおうものなら何となく説明がややこしい気がした。


(ありがとうございます。

 では“と”と“ち”のカードキーも一緒に渡しておきます)


「ありがとうございます」


 僕らはエレベーターホールへ向かう。


「もー海水でベトベト……

 はやくお風呂に入りたいわ……」


 蓮が海水でべとつく肌に不快感を示している。


 いや、蓮だけではないみんなそうなのだ。

 ガレア達に小さくなってもらってみんなエレベーターに乗り込む。

 父さんはルンルを担いでいるから、別のエレベーターで来てもらった。



 九階



 九階に辿り着く。

 相変わらず殺風景なエレベーターホールだ。

 直に父さんも到着。


「ンフゥ~~……

 何だカ……

 えらく殺風景な所ですネェ」


「父さんこっちだよ」


 僕は左側に歩き出す。

 細い差込口にカードキーを差し込む。


 ピー

 ガチャ


 ガラッ


 やっぱりカードキーで引き戸って違和感あるなあ。


「みんな、荷物の細かい片付けとかは後にしよう。

 まずはお風呂だ。

 お風呂に行こうよ」


「ええ……

 そうね……」


 蓮を筆頭にみんなぞろぞろとお互いの部屋へ入って行く。

 僕も準備しないと。

 と言っても持ってくるのはバスタオルとハンドタオルぐらいだが。


「蓮チャァン……

 貴方の竜……

 ここで寝かせておきまスカラネェ……」


「あ、お願いします」


 ストッ


 優しくルンルを畳に置く。

 やがてみんな出て来る。


「それじゃあ行こうか」


 僕らはぞろぞろとまたエレベーターホールに。

 ガレアにはまた小さくなってもらってエレベーターに乗り込む。


「えっと……

 確か十五階って言ってたっけ……」


 エレベーターが上へ動き出す。

 直に到着。


 エレベーターの扉が開くと見た目は九階のエレベーターホールと変わらない感じ。

 とりあえず降りてみる。

 そこは九階とは若干様相が違っていた。


 まず右側を向くと大きな窓ガラスが見える。

 これは九階と同じ。

 だが左側が全然違っていた。

 まず遠くまでエレベーターホールが伸びていて、遠くにも窓ガラスが見える。

 ホール上にはベンチがいくつかと観葉植物がある。

 自動販売機なんかも置いてある。

 そして僕から見て右に男湯の暖簾。

 左側に女湯の暖簾がかかっている入口が見える。


 なるほど。

 何となく構造が解ったぞ。


 確か八階か九階からはずっと円型のフロアになっていた。

 多分円を突き切る様にエレベーターホールがあって半円状で男湯と女湯と分かれているのだろう。


「さぁー、とっとと風呂行くぞーっ!」


 兄さんが音頭取り始めた。

 さすが体育会系。


「竜司っっ!

 絶対覗いたら駄目だからねっっ!」


 蓮がヘンな事言ってる。


 この作りでどうやって覗けると言うのだろうか。

 壁を伝って行けと?


 スパイダーマンじゃ無いんだから。

 多分浴場も全面ガラス張りになってるんだろう。


 ここは竜河岸のお客様専用と言っていた。

 よしんばスキルで壁に吸着できるものがあったとする。


 が、右か左からカサカサ壁に這いずる虫みたいにやってくる訳だ。

 不審者以外の何物でもない。


「はぁ……

 覗ける訳ないじゃない……」


「あんさん……

 もし男湯で卑猥な行為したら…………

 許さんからなぁ~~……」


 ギラリ


 母さんの目が紅く光る。


「いいいいっっ……

 嫌だなアッッ!

 そんな事する訳ないじゃないデスカァ……」


「湯から上がったらきちんと息子らに聞くからなぁ~~……

 ほな……」


 母さんを先頭に女湯に消えて行った。


 何かお風呂はつつがなく終わった。

 父さんがションボリしながらお風呂に入っていたのが印象的だった。

 浴場自体は物凄く大きく超大浴場の名に恥じない作りだった。


 半円状にぐるりと取り囲んだガラス張りから見える夕暮れの若狭湾の景色は本当に綺麗で身も心も温まった。

 そんな気がした。

 サッパリした男連はみんな備え付けてあった浴衣に着替える。


 ガラッ


 外に出るとまだ女性達の姿はない。

 やっぱり時間がかかるんだな。

 とりあえず椅子に座って待っていよう。


 と、そこに自動販売機が眼に入る。

 しかも牛乳の自販機だ。

 僕は吸い寄せられるように機械の前に立つ。


 販売されているのは二種類。

 コーヒー牛乳とフルーツ牛乳のみ。


【竜司、これってアレじゃねえのか?

 前に言ってたギシキってやつ】


「そうだよガレア。

 よく覚えていたね」


「おっ

 オツなもん売っとるやないけ」


 げんものっかってくる。


【なあなあ竜司っ!

 ギシキやろーぜっ!

 ギシキッ!】


 ガレアはノリノリだ。


「も~~……

 しょうがないなぁ……」


 そんな事言いつつ僕も飲みたかったんだけどね。

 コーヒー牛乳二本購入。


 キュポン


 栓を抜き、ガレアに渡す。


【へへっ

 ありがとなっ竜司っ

 じゃーさっそく……】


 ガレアがすぐに口を付けようとした。

 それを僕は制止した。


「まてっ

 ガレアっ

 こういう儀式はみんな一緒でやるもんなんだっ!」


 ガレアの口がつく寸前に動きが止まった。


【ん?】


「ホラ……

 まだげんが買ってる最中じゃないか」


【ふうん……

 そういうもんなのか?】


「ははっ

 ガレアは素直やのう。

 別にそんなん待たんでもええで。

 まあ待ってくれたんはとりあえず礼言うとくわ」


 そして僕ら三人は横一列に並ぶ。

 各自左手を腰に。

 何か軍隊の様だ。


 そして三本の瓶が各々の口に浸けられ、勢い良く傾ける。


 んっんっんっんっ……


 冷えた茶褐色の液体が舌を通過する時、甘みを感覚神経に伝わらせ、喉から風呂で火照った身体に雪崩れ込んでくる。


 喉を通過する時の涼感は本当に快感でいつも一気飲みしてしまう。

 そして最後は……


「プハー」


【プハーッ!

 やっぱこのギシキすんげぇ気持ちいいな】


 気持ちいい事は人間だろうと竜だろうと関係無い様である。

 遅れて女性陣が風呂から上がり、みんなで部屋に戻る。



 九○一号 中央丸和室



 途中、母さんが父さんがどうだったかしつこく聞いてきたのが印象的だった。

 部屋に戻り、まず新しく合流した人にカードキーを渡さないと。


「はい、カズさん。

 これが個室のカードキーです」


「へえ……

 変わってるねえこのホテル。

 まるでシェアハウスみたい」


「何か竜河岸専用の部屋なんだって。

 この階のお客さん僕達だけみたい」


「確かに竜河岸って大抵竜連れてるからね。

 ワンフロア貸切らせた方が被害が少ないって事なのかな?」


「そうなんですかね。

 あ、カズさんはつづりさんと同室でお願いします」


「うん…………

 了解……」


 何やら含みのある表情を見せるカズさん。

 しばらく黙っている。


「……………………あのさ竜司君……

 そんなにつづりは怖いヤツじゃないよ?」


 カズさんにはバレていた僕の思惑。


 同室にした理由。


 それは単純につづりさんへの抑止力だ。

 おそらくあの人を制御出来るのは兄さんかカズさんぐらいしか居ない。


 父さんなんかと同室にしたらもうどうなるか。

 下手したら腹違いの弟か妹が出来るかも知れない。


 お爺ちゃんと同室にしても怖い。

 その場合産まれた子供は僕からしたらどういう関係になるのだろう。


 …………年下の叔父?

 何だそりゃ。


 兄さんと同室と言うのも涼子さんの手前何となく気が引ける。

 という訳で消去法でカズさんなんだ。

 恋人同士だから自然でいられるだろうし。


 後々考えてみれば何で僕は異性と同室させる事ばっかり考えていたのだろう。

 涼子さんと同室にすれば問題無かったのに。

 それもこれも全部、つづりさんが色情狂なのが悪い。


「え……?

 いや……

 まあ……

 お願いします」


 特に言及せず、お願い一辺倒スタイルを取った僕。


「いや……

 まあ別に良いけどね」


「すいません……

 あ、お爺ちゃん。はいこれが個室のキーだよ。

 和室だからね」


「フフン……

 なかなか気が利いておるでは無いか竜司よ……」


 少し嬉しそうな顔をするお爺ちゃん。


「父さんは母さんと同室ね。

 異論は認めないよ。

 ベノムはげんの部屋でカイザはお爺ちゃんと同室ね」


 ベノムは無言


「竜司、ベノム解った言うとるで」


 げんが通訳。

 ホントによく解るなあ。


「無論だ」


 カイザも了承してくれた。


 ぽん


 僕は両手で柏手を打つ。


「はい、これで部屋割り完了。

 晩御飯まで自由行動で」


「フフッ

 竜司君ったら張りきっちゃって。

 可愛い」


 クスクス上品に笑っている涼子さん。

 そんなにおかしかったかな?


「はぁーい」


 みんなそれぞれ部屋に散らばる。



 数時間後



 夕飯を終えた僕は自室に戻って来ていた。

 ベッドでガレアと二人ごろんと寝転がっていた。


「あ~~……」


【あ~~……】


 僕は夕飯の美味しさを反芻はんすうしながらボーっと寝っ転がっていた。

 夕飯は若狭フグ満腹コースだった。


 てっさ(フグの刺身)から始まりてっちり(フグの鍋)、湯引き皮、焼きふぐ、ふぐのから揚げ、雑炊とふぐ尽くしだった。


 まだ口の中に残ってるふぐの旨味で口をモニョモニョしてしまう。

 ふと横を見ると、ガレアも同じ様に口をモニョモニョしている。


「ガレア……

 美味しかったね……」


【ウン……

 魚って美味いんだな……】


「そうだね……」


 ガンガン


 ガバッ


 そんな僕らのひと時を破る引き戸を叩く音。

 驚いた僕は跳び起きる。


「お届けモンでーーすッッ!」


 ガンガン


 聞き慣れた声。

 何がお届け物だ。

 げんじゃないか。


 そういえば来るとか言ってたっけ。


 ガラッ


 やっぱりげんじゃないか。

 ビニール袋を両手に持ったげんが微笑んでいる。


「よっ竜司、突撃しに来たで」


 げんがズカズカ入って来る。


げん……

 何それ?」


「へへっ

 ビールや」


「いつの間に買ってたの?」


「サービスエリアで買うてたんや。

 竜司、ワレつまみ持ってたやろ?」


 つまみって僕のオヤツの事かな?


「お菓子の事?

 あるけど……

 全部食べないでよ」


「ええやんけケチケチすなや」


 プシュッ


 げんがビールを開けた。

 サービスエリアで買ったって言ったけど、それじゃあぬるくなって美味しくないんじゃないのかな?


「んっんっんっ…………

 ぷはぁ~~……

 やっぱ夏は冷えたビールやのう……」


 え?

 何で冷えてるの?


げん、何でビールが冷えてるの?」


「あ?

 こっち着いてから冷蔵庫に入れといたんや。

 パワー最大にしてな」


 冷蔵庫!?


「そんなのどこにあったの?」


「ベッドの下にあるで」


 僕は言われるままに下を覗いてみる。

 あった。

 景観からか入口から見えないようベッドの左側下に設置されていた。


「んっんっ……

 ピザポテトはツマミとしてはイマイチやな。

 やっぱツマミにはぼんち揚げやで」


 げんがお菓子をポリポリ食べながら、一人でグビグビ飲んでいる。

 黙ったまま見ている僕。


 ぼっち期間が長かったせいか宿の部屋に友人が遊びに来ると言うシチュエーションに憧れはあったけど来た後どうしていいか解らないのだ。

 考えたら僕、修学旅行った事無いからこのシチュ初めてじゃ無いのか。


「ガレアー……

 一人で呑んでてもつまらんわ。

 ちょおつきあえや」


【ん?

 これキモチヨクナルヤツか?

 おう

 くれっ】


「三本やるわ。

 あんま量無いからのう」


 プシュ


 ガレアは長い爪を器用に使ってプルタブを開ける。

 こいつも人間社会に慣れたもんだよな。


【なあなあげん

 アレやろうぜっ

 カンパイってやつ】


「ガハハ。

 何やガレア、気に入ったんかいな。

 んじゃあ……

 ホイ、カンパイ」


【カンパーイッ!】


 ガチンッ


 アルミ缶が勢い良く合わさる。


「んっんっんっ…………」


【んっんっんっ…………】


 二人とも飲み始めた。


「ぷはぁ~~……

 この一杯の為に生きとんのうっっ!」


【プハァ~~…………

 何か俺キモチヨクなって来たぞっっ!】


 ぽつん


 何だろう。

 この疎外感。

 僕一人ソフトドリンクを飲んでいる。


 何か。

 何か話を振らないと僕一人置いてきぼりになってしまう。


「げ……

 げん……

 今日僕が気絶した後どんな感じだったの?」


「ん?

 蓮達とバーちゃんらのチームがやったんや。

 竜司……

 ワレんとこのジーちゃんヤバいな……

 アレ多分重力操作やろ……?」


「うん、そうだよ」


 僕は意気揚々と肯定してしまう。

 やっぱりお爺ちゃんが褒められると僕も嬉しい。


「どこまで重力負荷がかけれるか知らんけど……

 ヘタしたらブラックホール作れるからな」


 僕は多分目が点になっていただろう。

 余りに途方もない話だからピンと来ないんだ。


「そっ……

 それでっ何でフネさんがギックリ腰になったの?」


「あぁそれな。

 蓮が電流帯電させたスパイクをレシーブしたからや。

 コシが感電してイッたんちゃうか?

 ワシ医者や無いから解らんけどなハハッ。

 んっんっ……

 ふぃ~~……」


「そうなの?

 でもフネさんも気の毒だよね。

 せっかく海に遊びに来たのに途中で帰る事になって……」


「ちゃうで竜司。

 バーちゃんは今日漢方の材料捕りで便乗しただけや」


「なら良いけど……

 あとケイシーさんも何であんな事になったの?」


「ケイシーさん?

 誰やそれ」


「あの脱臼した人だよ」


「あーあの股座イワしたオッサンか。

 そうそう竜司のジーちゃんで思い出したけどワレん家どうなっとんねん……

 オトンもオカンもヤバいやんけ」


「そんな事僕に言われても……」


にいやんのスキルも大概やけどオカンのスキルもヤバいわアレ。

 竜司のオカンって植物やったら何でもイケんのかいのう」


「僕も詳しくは知らないけど多分そうなんじゃないかな?

 でもたかが植物だよ?

 げんの攻撃力があれば簡単じゃないの?」


「アホか竜司。

 仮に竜司のオカンが植物を“自在”に操れるとしようや……

 まず肝心なのは“自在”の範囲……

 いや意味言うた方が解りやすいかな?

 例えば生やすのが自在なんかとか木を鈍器の形に生成する事は可能なんかとか生えた後、枝や蔓を更に伸ばす事は可能なんかとかな……

 “自在”言うても何が自在なんか。

 どこまで自在なんかっちゅう部分があるって事や。

 まあバーちゃんの治療の時、作った木製のドームは隙間、枝やら蔓やらで埋めてたから最後の奴は可能やと思うけどな……

 まー何にせよ闘るには下調べが足りんわ」


 げんが物騒な事を言い出した。


「ちょっ……

 ちょっとっ!

 げんっ!

 何言ってんのっ!?」


 僕は慌てて制止する。


「ガハハ冗談やがな……

 んっんっんっ……

 ふう……

 んで竜司のオトン……

 アレもヤバいな……」


 うん、色々な意味でヤバい。


「あのオトンの筋肉量、常人の三倍以上はある……

 あんなもん薬物でも使わな無理やで……」


 僕は父さんが職場で食べていた筋肉丼を思い出した。

 そして無言になる。


「ちょおっ!?

 竜司っ

 ここで黙られたら“私打ってます”言うてる様なもんやぞ」


「えっと……

 打ってたって言うか……

 食べてた……

 筋力増強剤アナボリック・ステロイドって言ってたよ……

 確かアレって違法薬物なんでしょ?」


「ん?

 アナボリックステロイドは別に違法薬物とちゃうで。

 それ多分外国の話や。

 そやかて竜司のオトンも竜河岸やろ?

 多分魔力使って薬の中身弄っとるやろなあ……」


 げんが若干ひいてる顔をしている。

 僕の頭の中は筋肉丼を食べた時の奇声を思い出していた。

 だから誰だよオクレ兄さんって。


「そういや竜司のオトンの竜は何処や?

 多分あのジャンプ力とか、アホみたいなスパイクの打ち方とか魔力使っとんやと思うねんけど」


 そう言えばまだバキラを見ていないな。


「そう言えばまだ見て無いや。

 来て無いのかな?」


「ならどないして魔力補給しとんのやろ?

 あんだけジャカスカ使っとったら一回は魔力補給すると思うねんけど」


「それは父さんの受動技能パッシブスキルで離れてても常に竜から魔力補給されてるから大丈夫だと思うよ……

 確か遠隔吸引リモートサクションって言ってた」


「何や?

 その受動技能パッシブスキルて」


 あれ?

 げん受動技能パッシブスキルは知らないんだ。

 意外。


 僕はかいつまんで受動技能パッシブスキルの説明をした。


「そんなんあるんか……

 全然知らんかったわ……」


「しょうがないよ……

 知らずに亡くなる竜河岸もいるらしいし」


「竜司も持っとんか?」


「うん」


「どんなんや?」


「まだ名前つけて無いんだけど……

 目を凝らした時に相手が抱いている感情や、その感情が誰に向けられてるかって言うのがわかるんだ」


「わかるってどんな感じでや」


「色付きのモヤが昇るのが見えるんだ」


「へぇ……

 ほんだらワイ見てみてくれや」


「出来るかどうかわかんないよ……

 使い道も良く解んない技能だし、どうすれば発動するかもハッキリしないし……」


「ええからやってみろや」


「うん…………

 あ、見えた……

 おっきい……

 おっきいモヤが出てる……

 モヤのうえーの部分だけ……

 ……これ何色って言ったら良いのかな……?

 暖色系……

 だけど……」


 大きく立ち昇るモヤはほとんどが白。

 だけど、上の一部分だけ色が違う。


 しかも単色じゃなくいくつかの赤系暖色が入り混じっている。

 パッと浮かんだイメージはお肉。


「何やそれ……

 ようわからんわ」


 ここで会話は途切れる。

 そして二人の間に沈黙が流れる。


 何か話題……

 何か話題……

 どうしよう……


 げんは年上だし……

 オタク趣味も無いし……


 僕みたいなぼっちだった奴はすぐに会話が途切れる。

 リア充って言うのはずっと会話が途切れず喋り続けてられるんだろうな。


「竜司、TVつけぇや」


 僕が頭の中で話題を探している所に唐突なげんから提案。


「え?

 何で?」


「竜司……

 ワレ沈黙破ろうと話題探しとったやろ。

 んでもワイは竜司より年上でそないオタクでも無い……

 どうしよう。

 そんなとことちゃうか?」


「う……

 うん……

 でもそれで何でTVをつける事になるのさ」


「んでワレは会話が途切れるのは自分がぼっちやったからやとか考えてるんやろ?」


 ギクゥッ


 参った。

 げんには全てお見通しか。


「う……

 うん……」


「竜司……

 ワレはアホか。

 こんなん誰でもあるわい。

 ぼっちやからとか関係あるかいな。

 あのな……

 竜司……

 こういう時はな……

 TVつけてみんなで見るねん。

 そしたら嫌でも話題は出るわい」


「な……

 なるほど……

 じゃあ」


 プツッ


 僕はTVをつけた。


(本日未明、広島湾沖で海竜が漂着しました)


 ん?

 海竜だって?


「ホラげん、広島で海竜が漂着したんだって。

 野良竜かな?」


「な?

 竜司。

 話題見つけるなんて簡単やろ?」


「うん……

 そうだね」


(発見当初は興奮しており、唸り声をあげて周りを威嚇し続けていた為、海上保安庁が出動し、湾上で事情聴取する事になりました)


 ここで画面が切り替わり、紺の制服に身を包んだ男性が映っている。

 年齢は兄さんぐらいかな?


 下に“箕面みのお三等海上保安監(竜河岸)”と書いてある。

 男性は話し始める。


(私が事情聴取を行っても“滋竜っちーどこー滋竜っちー”とずっと嘆いており、聴取は出来ませんでした)


 僕はずっこけた。


 この見るからに堅物そうな男性が滋竜っちと言うワードを言う違和感と……

 そして滋竜と言うのが僕の父親だと言う事だ。


(おそらく主人とはぐれてしまったのだと思われます)


 ここで画面がスタジオに切り替わる。


(その後、山口県、島根県でも海竜が漂着しているという通報もありました。

 おそらく同種の海竜との事です)


 オイオイ、バキラ彷徨ってるじゃないか。


(海上保安庁の調べによるとこの海竜は高位の竜ハイドラゴン、王の衆メンバー海嘯帝かいしょうていラルミルスとの事で使役している竜河岸は日本郵船勤務皇滋竜すめらぎしりゅう氏との事です)


「オイ竜司……

 この皇滋竜すめらぎしりゅうってまさか……」


「うん……

 父さん……」


「マジでかっ!?

 竜司のオトンッ!

 使役してる竜、王の衆なんかっ!?」


「うん……

 そうなんだ……」


(日本郵船に問い合わせた所、現在皇滋竜すめらぎしりゅう氏は休暇中で連絡がつかないとの事です)


 そりゃそうだ。

 全裸で空から降りてきたんだから。

 携帯なんて持ってる訳が無い。


げん……

 多分明日になったら父さんの竜を見る事が出来ると思うよ」


 そんな感じで夜は更けて行った。



 次の日



 僕はゆっくり目を覚ます。

 夏の朝日の強烈な日差しが窓ガラスから入り込みクッキリと陰の線を作っている。


 何かハリウッドスターの目覚めの様だ。

 隣のベッドでガレアが丸まって寝ている。


 ぽへー

 ぽへー


 ガレアの寝顔って初めて見た。

 ガレアって寝覚めが良いから寝ている姿って見た事無いんだよな。

 僕は静かにガレアの寝顔を眺めていた。


 ぽへー

 ぽへー


「プッ!」


 ガレアのいびきって“ぽへー”って言うんだ。

 何となくそれが妙にほのぼのしてて僕は噴き出してしまった。


【竜司おす】


 ガレアが目覚めた。

 相変わらず寝覚めの良い奴だ。


「おはようガレア。

 今日もいい天気だよ」


【おうそうだな】


 手早く身支度を整え、外に出る。



 中央丸和室



 もう母さんと父さん、涼子さん、お爺ちゃんとカイザが運び込まれてきた朝食をテーブルへ並べていた。


「おはよう」


「おはよう……

 うふふ」


「ンフゥ~~……

 オハヨウ……」


「おはよう竜司君」


「うむ……

 おはよう」


 続いて暮葉と湯女ゆなさん。


「おはようっ

 竜司っ!」


「はよッス……」


「暮葉さん……

 アンタ……

 旦那より遅く起きて来るやなんてええ御身分やなあ……

 マイナス十点」


 母さんが朝から暮葉をいびっている。


「ちょっ……!

 ちょっと母さん。

 今は旅行で来てるんだから採点は止めてよ」


「竜司さん……

 甘いどす……

 すめらぎ家の一員たるもの常に夫を立てる気持ちが無いとアカンのやで……」


 昨日出刃包丁で夫を追いかけていた人が良く言う。


「はい……

 ごめんなさい……」


 暮葉がションボリしてしまった。


「いやいやいや……

 ナんか知んないけどサ……

 チャーんッスヨ……

 暮葉姉さんが寝過ごしたンは……

 私が昨日遅くまでハナシ聞かせてもらったからっつー……

 いや……

 まー……

 だから……

 減点されンのはアタシ……?」


 意外なフォローが入る。

 湯女ゆなさんが暮葉を庇っている。


「そうなんどすか……

 ほなまあ今回の減点は勘弁したろかいな……

 うふふ」


 続いて出てきたのは蓮。


「おはようございます」


 今度はカズさん、つづりさん。


「おはよぉん……

 竜司くぅん……

 ムチュッ」


 つづりさんが起き抜け一発目から投げキッスをかましてくる。

 今日も痴女は元気だな。


「お…………

 おはよう……

 ございます……

 皆さん……」


 朝から何やらカズさんの顔色が悪い。


「カズさん、どうかしたんですか?」


「いや……

 昨夜……

 つづりが激しくってさ……」


「ん?

 やだっ……

 カズさんの首元についてるの……

 キスマークっっ!?

 キャーーッッ!」


 向かいに座って来た蓮が騒ぎ出した。


 キスマーク?

 首元を見る。


 確かに唇の形に赤くなってるが点々と穴が二つ空いてる。

 そんな箇所がいくつかある。

 多分蓮は昨夜、に及んだと思ってるんだろう。


 しかし何て事は無い。

 只の吸血行為だ。


 いやでもまあ行為に及んだかも知れないが。

 僕は深く考えない事にした。

 だって僕は十五歳だもん。


「何やお兄はん……

 その顔は貧血やなあ……

 今日は海出たらアカンで……

 上半身裸で寝とき。

 あと風呂にも入っておとなしゅうしとき……」


「はい……

 すいません……

 そうさせてもらいます……」


 力無く座り、細々と朝食を口にし始めたカズさん。

 と、思ったらもう箸を置いたカズさん。

 まだニ、三口しか食べてないぞ。


「ご馳走様でした……」


「え?

 もう良いんですか?

 カズさん」


「うん……

 貧血起すと食欲も無くなるんでね……

 もう少ししたら適当に何か食べるよ……」


「あ、そうですか……」


「おうみんな早起きやな。

 おはようさん」


 続いてげん


「ふぁ~~……」


 最後は兄さんだ。

 これで全員起きたかな?


「いただきます」


 みんなで朝食を食べ始める。


「みんな今日はどうしよう……

 モグモグ」


「ん?

 何だ急に」


「いや……

 今日は何しようかなって」


「お前は何がしたいんだよ」


「う~ん……

 みんな……

 何やるの……?」


「そうだなあ……

 スイカ割りとか?」


「んじゃあ……

 それで」


「それでって……

 えらい消極的だな」


「だってわかんないもん……」


「まあ良いけどよ……

 それじゃあ今日はスイカ割りだ」


 とりあえずみんなは同意してくれた。

 朝食を終えた僕らは準備を終え、外に出る事に。


 今日は昨日にも増して日差しが強い。

 まるで陽の熱射が肌に突き刺す様だ。


 空も雲一つない大晴天。

 今日も暑くなりそうだ。

 既にじんわり汗を掻き始めている。



 若狭和田海水浴場



 今回はテントは無し。

 大型パラソルだけだ。

 兄さんに何でって聞いたらめんど臭いんだそうな。


 僕とげん、暮葉と蓮、そして今回は湯女ゆなさんもつれて波打ち際で遊び出したんだ。


「それーーッッ!」


 バシャッ!


「キャッ!

 やめてよ竜司っ!」


 僕のかけた海水がキラキラ光って暮葉の白ビキニに映えて、本当に綺麗だ。

 思わず鼻の下が伸びてしまう。


【気持ち良いなー

 今日はいい天気だなあ竜司】


「うんそうだねガレア」


 ガレアの翠色の翼が太陽光を吸ってキラキラ輝いている。

 最近分かったんだけどガレアの翼って太陽の光を吸い込んでいる気がするんだよな。


【こんな日に飛んだら気持ち良いんだろうなー…………

 チラッ】


 ん?

 何か妙な事を言い出したガレア。


【こう……

 思い切り翼を広げてよ…………

 チラッ】


 何だろう?

 どういう意図なんだろう。

 最後に僕をチラリと見るのも気になる。


 僕は少し考える。

 わかった。

 要するに遠回しに僕の許可を得ようとしてるんだろう。


「ふう……

 わかったよ……

 ちょっと待ってて」


 一人海から上がり、大型パラソルに向かう。


 僕はガレアを飛ばせる気でいた。

 せっかくの旅行だ。

 ガレアにも楽しんで欲しい。


 それにガレアはやっぱり良い奴だ。

 竜なんだから勝手に飛びそうなものだけど、僕が禁止してるからきちんと了承を得ようとしている。


「母さん、ダイナちょっと借りていい?」


「ん?

 ええどすが……

 何しはりまんのや?」


「ガレアが空を飛びたがってるんだ。

 だからダイナについて行ってもらおうかと思って」


 これはガレアよりダイナの方がまだ常識があるかなと思ったからだ。


「あぁ……

 そう言う事か……

 ほなええで……

 ダイナはん……」


【おう姫。

 話は聞いてたぜ。

 息子っ!

 ガレアと一緒に飛んだら良いんだなっっ!】


「飛ぶだけじゃないよっ

 ガレアが皆に迷惑かけない様に見ててよ」


【わかってるって……

 へへへ……

 俺も実を言うと飛びたかったんだよ】


 僕はダイナをつれて再び海へ。


「おーいガレアー

 こっち来てー」


 ザブ

 ザブ


【ん?

 何だ竜司】


 ガレアが側に来た。


「ガレア……

 今日は特別……

 飛んで良いよ……」


【ホントかっ!?

 ようしっさっそく……】


 ザバーン


 ガレアが翼を広げたせいで両側に大きな水飛沫が立つ。


「ストップッッ!

 ただし条件がある」


【ん?

 何だよ】


「ダイナと一緒に飛ぶ事。

 これが守れないんなら駄目」


【ん?

 いいぞそれぐらい。

 行こうぜダイナ】


【おうっ!】


 ガレアはダイナと仲がいい。

 同じマザーの衆でもグースとはえらい違いだ。


 ザバァーン


 続けてダイナも翼を広げる。

 同じように水飛沫。


【ほいじゃー

 行ってくるわー】


「くれぐれもスピード出し過ぎには……

 プワァッ!!」


 ギャャンッ!


 ザッッパーーーンッッ!


 瞬時にガレアとダイナが空へ跳び上がる。

 衝撃波で巨大な波飛沫が上がる。

 僕は巻き込まれて転倒してしまった。


「竜司っ

 大丈夫っ!?」


 ザブザブ


 心配してくれた暮葉が側へ寄って来る。


「あぁ

 大丈夫だよ」


 僕は起き上がり、見上げる。


 空に豆粒が二つ。

 縦横無尽に駆け巡ってるのが見える。

 ガレアとダイナだ。


 楽しそうだなあ。


 …………ん?

 二つの豆粒が…………


 寄って…………

 降りてきたっっ!?


 物凄いスピード。

 どんどん豆粒が竜の形に変化していく。

 多分角度的に今居る所から少し沖になりそうだ。


 ザバーーーーンッッッ!


 ズザザザザザザザァーーーッッ!


 沖に巨大な水柱が二本。


「何やっ!?」


「何っ!?」


「……ヤカマシ……」


 巨大な水音に遊んでいた皆も驚いている。

 そのまま巨大な水飛沫は上がり続け、やがて見えなくなった。


 多分ガレアとダイナは海面ギリギリで飛んだんだろう。

 上がり続けてた水飛沫はガレアとダイナの高スピードによる衝撃波だろう。


 やがて水飛沫が止み、穏やかになる海。

 随分沖に行ったのか全然見えなくなった。



 ん?



 何か…………


 動いた……

 でっかい……

 山みたいなのが……


 島の影から出て来て……

 こっちに向かってくるッッッ!!?


 グングン近づいてきた。

 向かって来た山が見た事ある竜だと気づく。


【竜司っちーーーっ!!】


 バキラだ。


 父さんの竜だ。

 側にダイナが飛んでいて、ガレアがキョトン顔で背中に載っている。


 ズザザザザザザザァーーーッッ!


 水飛沫を上げながら物凄い勢いでこちらに向かってくる。


 ザッパーーンッッ!


「ぷわぁぁぁぁっっ!」


 バキラ急制動。

 惰性の力が海水に伝わり、巨大な大波が上から襲い掛かる。

 波の勢いに巻き込まれバランスを崩し転倒。


 プルプルッ


 起き上がった僕は顔を左右に振り、水を吹き飛ばす。


【竜司ッち……】


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ


 空気が震えていると錯覚する。


 改めてみるとバキラってデカい。

 ボルケ程では無いが、高さは十メートルぐらいはあるだろうか。

 この巨体を前にすると本当に人間ってちっぽけだと実感する。


 上から鋭い眼で僕を見下ろすバキラ。

 目が蒼く光っている。

 威圧感が漂う。


 さすが王の衆。


 ゴゴゴゴゴゴ


 威圧感が増す。


「バ……

 バキラっち……?」


 ウル


 あれ?

 目が涙目に?


【うわぁぁぁぁぁぁぁんっっ!

 竜司ッちぃぃぃぃっっ!

 滋竜っちどこぉぉぉぉぉっっ!?

 うわぁぁぁぁぁぁぁんっっ!】


 大きな声を上げてバキラが大号泣し出した。


 ジョボ

 ジョボ

 ジョボ


 目から止めどなく溢れる水流がアーチを描き、海に落ちて行く。

 あ、虹が見える。

 綺麗だなあ。


【うわぁっぁぁぁぁぁぁんっっ!】


 泣き止まないバキラ。


「待ってっっ!

 バキラッッ!

 父さんなら居るからっっ!」


 ピタッ


 僕の発言を聞いた途端涙が止まる。


【ホント?】


 長い首を曲げて僕の顔をオズオズを伺うバキラ。


「うん……

 今砂浜に居るよ」


【あーーーーーッッ!

 いたーーーっっ!】


 大声をあげて父さんを発見するバキラ。

 全く騒がしいな。


 サンブザンブ


 父さんを見つけて興奮したのか巨体を左右に揺らすバキラ。

 揺れに合わせて波が立つ。


「ちょっ……

 ちょっと落ち着いて……」


【あぁっ…………!!】


 また何かを発見した様だ。

 プルプル震え出してる。

 何だろう嫌な予感。


【ムカーーーッッ!

 十七とうなもいるじゃんーーーっっっ!】


【俺がいるんだから当たり前だろ】


 ダイナが上空で冷静に述べる。


【そうよねっ!

 ダイナっちが居るんだからそりゃ居るわよね…………

 ダイナっちは嫌いじゃ無いけど十七とうなは大っ嫌いっっ!

 許すまじ……

 滋竜っちはアタシのもんだ……

 ヴァグ……】


 バキラの瞳が深い蒼に光る。

 猛烈に嫌な予感。


 ザザッ!


 ザザザザザザァッッ!


 穏やかだった海に異変。


 波一つ立っていない海面が引っ張られる様に空に向かって伸びている。

 瞬く間に現れた大波が砂浜を襲う。

 父さん達が居る大型パラソル辺りの波が大きい


 ザッパァーーーンッッ!


 激しく波が打ち寄せる。

 遠く離れていても聞こえる水音。

 てか父さん達大丈夫か。


 ズザザザザザザザァーーーッッ!


 急激に波が退いて行く。

 現れたのは三メートル高の木壁。

 それが砂浜上にズラッと並んでいる。

 母さんの生命の樹ユグドラシルだ。


 ファァン


 横一線の木壁が霧になって四散した。

 母さんがこちらを見ている。


 ん?


 父さんに何か話して……

 ケツを蹴ったっ!?


 父さんが砂浜に顔を埋めている様が見える。

 と思ったらこちらに向かって走って来た。


 ザバンザバン


「ンフフフゥ~~……

 バキラァ……

 よくココがワカリマシタネェ……」


【逢いたかったよーーっ

 滋竜っちーーーッッ!

 スッゴイスッゴイ探したんだからっっ!

 大変だったんだからーーーッッ!】


 ザバンザバン


 興奮したバキラが大きく身体を揺らす。

 動きに合わせて海面が波立っている。


「そうだよ父さん。

 僕も知ってるよバキラが探してたの。

 昨日のニュースになってたもん」


「ンフッ!?

 ホ……

 ホントですカァ……?」


 父さんって相手が誰でも筋肉暴論を振りかざして力押しする癖に、相手がバキラだと何かヘンなんだよなあ。


「そうだよ。

 昨日のニュースでやってた。

 広島とか山口とか島根とかでも目撃されてみんな驚いてたんだから」


「そ……

 そうでスカァ…………

 ハァ……」


 肩を落とした父さん。


【滋竜っち……

 アタシまた……

 迷惑かけちゃった……?】


 オズオズと父さんの顔を伺うバキラ。

 本当に父さんの事が好きなんだなあ。


「イエッ……

 そんな事アリマセンヨオ……

 ハハハ……

 ハァ」


 否定しててもやはり少し元気が無くなった父さん。

 多分騒動の残務処理とかをしないと駄目なんだろうな。


「サァ……

 とりあえず戻りマショウカネェ……」


【あっ滋竜っち……

 行っちゃうの……?】


 行こうとした父さんを呼び止める。

 何でバキラはここから動こうとしないんだろ。


 すぐに察しがついた。

 そうだバキラは海竜だ。

 陸に上がれる訳が無い。


「ウ~~~ン……

 弱りマシタネェ……」


「あの……

 バキラっち……

 人の形態になったら……?」


【えぇっ!?

 竜司っち!?】


 バキラはもの凄く恥ずかしがり屋なんだ。

 一度人の形になった事があるんだけど、すぐに恥ずかしくなって戻っちゃったんだよな。


「恥ずかしいのは知ってるけど、竜の形態じゃそこまでが限界なんでしょ?」


【ウン……

 正直今でも結構キツい……】


 なるほど。

 海竜として生きる為にはある程度の海水が無いといけないのか。


「それでも……

 父さんは人間だからずっと海の中とはいかないよ」


 それを聞いたバキラは黙っている。


 ギンッ


 バキラが眼を見開いた。

 眼の光に決意を感じる。

 そんなに恥ずかしいのかな人型って。


【……………………決めた……

 アタシ人型になるっ!

 ホントはすっごい恥ずかしいんだけど……

 我慢してなるっ!

 暮葉っちーーーっっ!】


「ん?

 バキラ、どうしたの?」


 暮葉はキョトン顔で寄って来る。


【暮葉っち、もう一度人型になるやり方教えて】


「いいよー……

 ゴショゴショ」


 前も思ったけど何で人型になるやり方をヒソヒソ話で話すんだろう。


【えっ……

 ソーソー……

 えっそうだったっけっ!?

 ……ウン……

 うん……

 わかったっっ!】


 バキラが暮葉のヒソヒソ話を聞きながらコロコロ表情を変えている。

 どうやら解った様だ。

 やがてバキラの巨体が白色光に包まれる。大きく光り、一点に集約される。


 光が止んだ。


 出てきたに目を疑った。


 腰まであるゆるふわ金髪パーマ。

 毛先がくるんとなっている。

 肌は小麦色で深い褐色。


 眼は大きくツリ目で瞳の色は深海の様な蒼。

 このネコ顔のコギャル風がバキラの人型だ。

 これは前にも見てるから別段驚きはしない。


 僕が驚いたのはその恰好。

 前はセーラー服にルーズソックスの女子高生風だった。

 が、今回は………………



 スクール水着。



 何で?


 僕は首を傾げてしまう。

 ご丁寧に胸元にゼッケンみたいな名札を付けている。


 ばきら


 平仮名で書いてある。

 芸が細かいなオイ。


「ねっ……

 ねぇ……

 バキラっち……

 何でスクール水着なの?」


 ピチッ


 お尻の縁に手を突っ込み水着の食い込みを直しているバキラ。


【ん?

 すくーるみずぎ?

 何ソレ?】


 バキラ、キョトン顔。

 あぁこの人も暮葉系ね。


「いや……

 解らないのならいい……」


「ンフフフゥ~~……

 貴方はいつぞやのレディ……

 誰かと思ったらやはりバキラだったンですネェ~……」


【う……

 うん……】


 バキラの顔が真っ赤になって俯いている。

 本当に恥ずかしいんだな。

 しかしあれだけの巨体が僕の身長より小さくなるんだから不思議だよな。


 僕は一計を案じた。


 そろりそろり


 こっそりバキラの後ろへ


「エイッ」


 ドンッ


 バキラの背中を押した。

 父さんにぶつかる様に。


【ニャアッ!】


 ネコみたいな声を上げるバキラ


「オオットォ……」


 父さんが受け止める。

 見る見るうちに赤かった顔が更に真っ赤になる。


【ニャーーーッッ!

 竜司ッちーーッッ!】


 よほど驚いたのか僕の名前を叫ぶバキラ。

 でも父さんから離れようとはしないんだよな。

 僕もフォローを入れる。


「ホラ……

 父さん……

 バキラ、まだ人の形態に慣れて無いからさ。

 岸まで付き添ってあげてよ」


「ンフフフゥ~~……

 わかりまシタァ……

 それでは……

 ホッと」


 ヒョイッ


 父さんが両脇に手を差し入れ、軽々とバキラを持ち上げる。


【ニャーーーーッッ!

 滋竜っちーーーッッ!】


 どうやら人形態のバキラは触れられると物凄く恥ずかしいらしい。

 そのまま父さんはバキラを肩車する。


 テーーン


 何だコレ。

 何か完成した。

 コギャルを肩車するムキムキのオッサン。


 内情考えると凄い話だよな。

 父さんの肩に載ってるの海嘯帝かいしょうていだぞ。


「ンフフフゥ~~……

 では行きマショウかネェ……

 お二人サン……」


 ザバザバ


 僕らはとりあえず岸を目指して歩き出す。


「フフッ

 バキラ可愛いわね」


【モーーーッ!

 暮葉っち、アタシを弄らないでーーッ!】


 父さんの上に載ってるバキラはスクール水着で恥ずかしさから真っ赤になって俯いている。

 確かに可愛い。


 ザバザバ


 呆気に取られて見つめていたげん達と合流。


「竜司……

 この竜司のオトンの肩に載ってるタレ誰や……」


「えと…………

 紹介します……

 父さんの肩に載ってるが父さんの使役している竜……

 王の衆のメンバー蒼の王です……」


「えっ

 本当にっ!?」


 蓮が割って入って来る。


「うん……

 本当なんだ……」


「つかさ…………

 まー……

 別にいンだけど……

 若狭湾まで来て何オッサンがギャル肩車してんのっつーハナシ……?

 オッサン……

 アンタ奥さん来てんデショ……?

 使役してる竜だか何ンだか知んないけど……サ?

 見た目的にアレなワケで……

 岸も近いンだし……

 そろそろ降ろしたらっつー……

 一家離散しちゃうよ。

 知んないけど……」


「ンフフフゥ~~……

 ソウですネェ……

 ではそろそろ降ろしまショウかぁ……」


 ひょいっ


 父さんは後頭部に手を回し、バキラを優しく降ろす。


「バキラァ……

 そろそろ自分で歩けマスカネェ……」


【うっ……

 うん……

 多分大丈夫……】


「デハ皆さん……

 岸に戻りまショウカァ……」


「おう」


「はい」


 僕らは岸へ戻った。

 パラソルに戻るとニコニコ微笑みながら父さんを凝視している母さんが見えた。


 ゴゴゴゴゴゴゴ


 空気が震えているのかと錯覚。


 あれ?

 顔は笑ってるがもしかして母さん怒っているのか?


「ただいマ……

 とう……」


「あんさん……

 それ誰や……」


 父さんの台詞に被せてきた。

 うん間違いない母さんは怒ってる。


「ンフゥ~~……

 この子はでスネェ……

 バキ……」


「あんさん……

 嫁も来とる中でようナンパなんかしよんのう…………

 ダイナはん……」


 やばい。

 このまま放っておいたら島一つ沈む。

 僕はすかさずフォローを入れる。


「待ってっっ!

 母さん違うんだっっ!

 この子はバキラなんだよっっ!」


「子供が口出しすなっっ!

 んであんさん……

 自分で釈明せなアカン所を……

 子供らに言わせて平気か……」


【そーよっ!

 アタシはバキラよっ!

 滋竜っちはアタシのモンなんだから引っ込んでてよオバサンッッ!】


 バキラ。

 頼むからケンカ腰は止めてくれ。

 ヒヤヒヤしながら見てる所母さんが動いた。


 ズボッ


 ダイナが出していた亜空間に素早く右手を突っ込む。

 そしてバキラに振りかざす様に勢いよく右手を抜く。


 ドカァッッッ!


 母さんの手がバキラに接触。

 母さんの右手が震えている。

 握られているのは出刃包丁。


 バキラはどうなった。

 よく見たら母さんの右手首を褐色の指が掴んでいるのが解った。


【フン】


 ギリギリギリギリ


 母さんが右腕に一層力を込める。

 が、ガッチリ掴んだバキラの手は離れない。


「あんさんが誰とかはどうでもええわ……

 目上の人への口の利き方知らん様やなあ……

 いっぺん教育したららなぁ……

 こん間女はざまおんなっ!」


【アタシは王の衆、蒼の王バキラだッッ!

 こんなヘナチョコの攻撃なんか喰らうもんかッッ!】


 目上の人と言うが厳密にはバキラの方が何倍も上なんだが。

 見た目的にはアレだけれども。


 ふと横に立ってみると見えるのは不動明王の様な顔をして、怒気をあげながらバキラに真っすぐ怨嗟の眼光を送っている母さん。


 右手がプルプル震えている。

 依然としてバキラの手を振り解こうとしているのだ。


「二人トモォォォォォォッッッ!!」


 ビリビリ


 ここで父さんの大声が響く。

 こんな大きな声を聴いたのは初めてだ。


「今日ハお客サンも来てるんデスカラァ…………

 これ以上すめらぎ家の恥を晒すト言うノナラァ…………

 私が全力で二人のお相手しますゥ……」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 父さんの目が紅く光り、空気が震えているのを感じる。

 と言うかお前がすめらぎ家の恥を語るのか。


「し……

 滋竜しりゅうさん……」


 ギラリ


 依然として紅く光る眼光が母さんを射る。


十七とうなさァん…………

 改めて紹介シマスゥ……

 この子は間違いなくウチのバキラですヨォ…………

 海竜のままジャア……

 岸に上がれませんので人形態になってもらっただけデスゥ……

 二人トモォ……

 今日ハ竜司がせっかく招待してくレタ旅行なんでスヨォ……

 ソロソロ……

 手を引いて和解したらどうデスカァ……?」


 頭上から来る父さんの圧倒的な迫力にさしもの母さんも込めた力を抜く。

 バキラもそっと手を離す。


 ふう、どうやら場は治まりそうだ。

 て言うか父さんを招待した覚えは無いんだが。


 その様子を見た父さんの眼の光が止み、いつものニコニコ顔の父さんに戻る。


「ンフフフゥ~~……

 それでイイんでスヨォ……

 みんな仲良く行きマショウネェ……」


 ウチで一番怖いのは母さんだと思ってたけどそれは誤りだった。

 本当に一番怖いのは父さんだった。


「さ……

 さぁ……

 気を取り直してスイカ割りでもしようぜ」


 兄さんが音頭を取ってくれた。

 持って来たのは大きなスイカ。


【ん?

 竜司何やるんだ?】


 ガレアが聞いてきた。


「今からね。

 スイカ割りって言うゲームをやるんだよ。

 ホラ……

 あそこに緑の玉があるだろ?」


【ウン】


 ガレアがキョトン顔で聞いている。


「その玉を棒で叩いて割ったら勝ちなんだ」


【ん?

 それの何がおもしれぇんだ?

 そんなの余裕じゃねえか】


「割る人には条件があるんだ。

 遠く離れるのと目隠しをしないといけないんだ」


【ふうん。

 何か良く解んねえなあ】


「じゃあ僕がやるから見ててよ。

 兄さん、まず僕がやってもいい?」


「おっ?

 竜司からか。

 いいぜ」


 僕はスイカから七メートル程距離を取る。


「ホレ竜司、手拭いや」


「うん」


 ギュッ


 僕は棒を股に挟み、手拭いを顔に結ぶ。

 視界が完全に真っ暗になる。


「竜司ー、準備でけたかー?」


「うん大丈夫だよ」


「ほな……」


 ガッッ


 ん?


 両肩をゴツい手で掴まれた感覚がする。

 と、思ってたら


 グルンッッ!


 強い力で思い切り回された。

 眼を閉じていても解る。

 耳石器と三半規管から脳へ情報が過剰に送られる。


「オエッ!」


 物凄く気持ち悪くなった。

 思わず嗚咽を漏らしてしまう。

 棒を握る手にも力が入る。


「はーいっ

 竜司君、準備OKやでっ!

 それじゃあ張り切って割ってもらいましょうっ!

 真っすぐやっ!

 真っすぐやでっ!」


 ヨロヨロ


 げんの合図と指示を頼りにヨロヨロと歩き出す僕。

 正直今真っすぐ進んでいるのかもよく解らない。

 頭もグルグル回ってる。


「ホラーッ!

 竜司ーっ!

 違う違うっ!

 右だよっ!

 右ーっ!」


「ねえねえ蓮?

 何してるの?」


「これはね、どこにスイカがあるか教えてあげてるのよ……

 でもねっ……

 ウフフ……

 ごにょごにょ……」


「ふんふん……

 えっそんな事していいのっ?

 ……へぇ……

 そうなんだ……

 わかったっっ!!

 竜司ーっっ!

 左に真っすぐーーッッ!」


 黄色い声の指示。

 真逆を言っている。


 右なの?

 左なの?

 どっち?


 と言うか僕ももうどっちが左で右なのかも良く解らない。


「みんなウソ教えたらあきまへんえ……

 竜司さん……

 そのまま真っすぐや……

 母の言う事聞きなはれ……」


「ンフフフゥ~~……

 この私ィ……

 Greatッ!

 Fatherッ!

 皇滋竜すめらぎしりゅうがっっ!

 乾坤一擲の指示を送りマショウ……

 竜司ィ……

 右方向へ真っすぐデスゥ……」


 うるさい。

 父さん何かとうるさい。


 ヨロヨロ


 フラフラと一歩ずつ歩く僕。

 こっちはもうどっちが右で左なのかもよく解らないんだ。


「え……?

 うん……

 竜司ッッ!

 ストップッ!」


「うふふ……

 竜司……

 そこよ。

 目の前にスイカがあるわ」


「おうそうやな。

 スイカが割られたいて待っとんでぇ……」


「うふふ……

 そやなあ。

 目ん前にあるなあ……」


「ンフフフゥ~~……

 さすが竜司ィ……

 ワタシの指示通りデスゥ……」


 ここか?

 ここなんだな。


 いくぞ。

 割るぞ。

 割ってやる。


 僕はゆっくり棒を振り上げる。


 ギュッッ


 両手で棒を強く握る。

 力を込めて思い切り振り下ろす。


 ガァンッ!!


 ビリビリビリビリィッッ


 硬いものに当たった。

 衝撃が棒を伝播し、全身を駆け巡る。


「あぁああぁぁっっっっ!」


 カランッ


 全身が痺れ、思わず棒を落としてしまう。

 明らかにスイカではない。

 それはわかる。


「はぁーいっ!

 ざーんねーんでーしたーっっ!」


 遠くでげんのからかう声が聞こえる。

 もう終わったのか。


 僕は手拭いを取る。

 強烈な日差しが眩しくて、目を細める。


 ようやく周りが見えてきた。

 その光景に絶句した。


 僕はビーチの際に立っていた。

 目の前には道路と階段。

 僕が叩いたのはコンクリートの階段だった。


 全然違う。


 スイカ。

 スイカは何処だ?


 僕は辺りを見渡す。

 遠く離れた砂浜に佇んでいるスイカが見える。


 ハッハッハッハッ


 パラソルの辺りで皆笑ってた。

 僕は駆け寄る。


「もうみんな酷いよ……

 ちゃんと指示してよ……」


「ハッハッハ……

 いやー竜司君っ!

 なかなかの迷走っぷりやったでっ!」


 バンバン


 げんが強く肩を叩く。


「フフッ……

 まあこういうゲームだから」


 蓮が笑いを堪えながらフォローを入れている。

 ていうかフォローになって無い気が。


「フフフッ!

 竜司ってばおっかしーのっっ!

 チョコチョコヘンな方向に歩いて行くんだもんっっ!」


 暮葉も笑っている。

 笑顔が眩しい。


 まあいいか。

 僕の道化っぷりはお楽しみ頂けましたでしょうか。


「フン……

 竜司よ……

 だらしないのう……

 どれ……

 儂が真のスイカ割りと言うものを教えてやろう……」


 意外な所でお爺ちゃんが名乗りを上げた。


「おっ!?

 次は竜司のジーちゃんかっ!?

 ええで」


 げんに連れられて僕がスタートしたポイントに向かうお爺ちゃん。

 手拭いを顔に巻き付け、視界を遮断する。


「竜司のジーちゃん、身体回すのはかまへんか?」


「フン……

 げん君……

 儂を年寄り扱いするで無いわ……

 思い切りやってくれて構わんぞ……」


「マジでか……

 ほんじゃあ……」


 ガッ


 げんがお爺ちゃんの両肩を掴んだ。

 そして思い切り両手をクロスさせる様に投げっ放した。


 グルグルグルグル


 お爺ちゃん、僕より全然体重軽いから良く回っている。

 やがて回転は止まる。

 完全にスイカとは別方向を向いている。


げん君…………

 もう始めても良いかの……?」


「おうええで。

 ここからまっ……」


 お爺ちゃんのスイカ割りがスタートした。

 僕も指示を送る。


「おじーーちゃーーんっっ!

 そこからみ……」


 バンッッッ!


 僕とげんの指示の途中でお爺ちゃんが動いた。

 踏み込みの強さで砂が舞い上がる。

 真っすぐスイカに向かっている。

 あれ?

 目隠しして無いのか?


 ズザァッッ!


 スイカの前で急制動。

 流れる様に棒を振り上げる。


「ふんっっ!」


 バカァンッッ!


 スイカに命中。

 緑の玉が割れ、中の真っ赤な果肉が露見。

 衝撃で周りに赤い果汁が飛び散っている。


 ぱさ


 ゆっくりと目隠しを取るお爺ちゃん。


「これがスイカ割りじゃ……

 わかったか竜司……」


「凄い……」


 この一言しか出ない。

 この人は何だ。

 心眼でも極めているのか……


 お爺ちゃんがゆっくり帰って来る。

 みんな呆気に取られて黙っている。


「お爺ちゃん……

 それって心眼ってやつ……?」


「ハァッハァッハァッ……

 儂は別に柳生心眼流を学んでいる訳では無いぞ……

 タネを明かすとじゃな……

 最初にスイカの位置を把握。

 そして視界を遮断する前の自分の向きを把握。

 そしてげん君が回した後自分がどちらを向いているか把握する。

 あとは最初に見たスイカに突き進むだけじゃ」


「突き進むだけじゃって言われても……」


 何か違和感。

 確かにお爺ちゃんの技術は凄い。

 凄いんだけど……


 何かこのスイカ割りってゲームに則していないと言うか……

 元来は僕みたいにみんなの指示を聞きながら迷走してスイカを割るゲームだと思うんだけど……


 そしてあらぬ方向を叩いてみんなで笑うって言う。

 正月の福笑いみたいな感じでさ。


 確かに凄いんだけど、全然楽しくない。

 呆気に取られている皆が良い証拠だ。


「さすがマスター……

 視界を遮断されてもあの動き……」


「ハァッハッハ……

 カイザよ……

 そう手放しで褒めるものでもないぞ……」


 お爺ちゃんが自慢気に高笑い。

 まあスイカは美味しかったから良いんだけどね。


【何だこりゃ?

 甘くて臭っさくて。

 竜司、何だコレ?】


「ガレア……

 皮ごと食べてるよ……」


 ガレアはスイカを皮ごと全部食べていた。

 臭いと言ってるのは皮の青臭さだろう。


 時は三時間ほど進む。


 何をしたらいいかわからないなんて言っておきながら、やっぱり友達と来る海水浴は楽しい。


 そして僕らにプラスバキラも加わって楽しく遊んでいた。

 バキラは能力でピンポイントに波を立てる事が出来る。

 一定量の海水があれば可能なんだって。


【いっくよーーっ!

 ヴァグッ!】


 ズザザザザ……


 バキラの掛け声で前の海面が物凄い勢いで盛り上がる。


【えいっ】


 ザザザザッパァーーーンッッ!


「ぷわぁっ!」


「うおっ!」


 僕とげんはバキラの起こした大波に巻き込まれ、転倒。


【キャハハッ!

 竜司っちとゲンゲン、びしょ濡れーッッ!】


「アハハッ

 ホントだッビショビショだーッ!」


「ウフフフッ

 何やってんのよっ!

 二人ともっ!」


 波でビショビショになった僕らを見て笑っている女性陣。

 バキラも最初はげんと蓮とは恥ずかしがってあまり接してなかった。

 が、気が付いたら仲良くなっていた。


 ちなみにげんはゲンゲン。

 蓮はレンレンと呼んでいる。


 大口を開けて太陽のように笑っているバキラ。

 友達も増えて嬉しいんだろうな。

 シチュエーションも言わば自分のホームだし。


【さぁ~てぇ…………】


 ゆっくり暮葉と蓮の方を向くバキラ。

 目の光に不穏な空気を感じる。


【お次は暮葉っちとレンレンだよぉ~~…………

 ヴァグ……】


 ズザザザザ…………


 暮葉と蓮の前の海面が天に向かって盛り上がって行く。

 バキラは暮葉と蓮にも同じ目に遭わせるらしい。

 何か両手をワキワキさせているバキラ。


「ちょっ……

 ちょっとバキラ……

 私達……

 ホラ……

 女の子だから……」


 蓮が狼狽えている。

 でもバキラは止まらない。


【問答無用ッッ!】


 ザッパァーーーンッッ!


「キャアッッ!」


「キャッッッ!」


 バキラの起こした大波に巻き込まれ、黄色い悲鳴が上がる。

 波の勢いは強く、二人とも転倒。


 ザバン


 まず暮葉が海面から顔を出す。


「プルプルッッ……

 ふー……

 バキラの能力凄いわねぇ……」


【でしょー?

 あと暮葉っち、バキラじゃ無くてバキラッちねー】


 ホントは明るいだったんだな。

 恥ずかしがりな部分が邪魔をしてたんだろう。


 あれ?

 蓮がなかなか顔を出さないな。

 どうしたんだろう。


 トプン


 ようやく蓮が顔を出した。


 でもおかしい。

 顔しか出さない。


 今はそんなに深くない所で遊んでるのに。

 何となく頬が紅い気がする。


「ちょ……

 ちょっとっ……

 暮葉っっ!

 こっち来てっっ!」


「ん?

 どうしたの蓮」


 側へ寄る暮葉。


「ちょっとっ!

 暮葉っ!

 耳貸してっ…………

 ゴショゴショ」


 顔だけ出して蓮が暮葉に耳打ちしている。


「ん?

 ……フンフン……

 落とした……?

 あ、黙ってないといけないのね……

 フンフン……

 わかったっ

 じゃあ見てみるっ!」


 ザブン


 そう言う暮葉は潜って行った。

 何か落としたのかな?


 ザバン


 しばらく待っていると海中から上がって来た。


「ねー蓮ー。

 これー?」


 何やら海底から拾ってきた様だ。

 手に持たれているのはでっかいアンパンみたいなの。

 あれ何だろ?


「キャーーーーッッッ!

 暮葉ーーーッッ!

 見せちゃダメーーーッッ!」


 どうやらあのでっかいアンパンを落としたらしい。

 ひったくった蓮は真後ろを向いた。

 て言うかあんなでっかいアンパンどこに持ってたんだろ。


「ちょっとっ

 暮葉っっ!

 私を隠してっっ!」


 何やら蓮が焦っている。

 言われるままに蓮の壁になる暮葉。


 ザバン


 ようやく半身を出した蓮。

 全く何が何やらわからない。


「蓮……

 一体ど……」


「え……

 何が……?」


「いや……

 だから……

 い……」


「な……

 に……

 が……?」


 ゴゴゴゴゴゴゴ


 空気が震えているかと錯覚する。

 何か急に怒り出したぞ。


「い……

 いや……

 何でも無い……」


 迫力に気圧されて、僕はそれ以上聞けなかった。


「竜司……

 何も言ったんなや……

 女っちゅうもんは色々あるんや……」


 ぽん


 優しく僕の肩を叩くげん


 僕ら五人は時が経つのも忘れ、楽しく遊んでいた。

 そこに兄さんからの声がかかる。


「おーいっっ!

 お前らーーっっ!

 メシにするぞーーっっ!」


 もうお昼か。


 僕らは岸に上がる事にした。


 パラソルに戻って来た僕ら、お昼は昨日と同じく浜茶屋で食べる事にした。


「あっしまったっ

 財布ホテルに忘れてきた……

 取って来ないと。

 兄さん、ちょっとホテルに忘れ物取って来るよ」


「おう」


「竜司っっ!

 どこ行くのッッ!?

 私も一緒に行くーーーッッ!」


「別に良いけど、忘れ物取りに行くだけだよ」


 僕は暮葉を連れてホテルに戻った。


 ん?


 見慣れない車が止まってるぞ。

 ワゴン車が二台止まっている。

 周りで何やら数人、作業をしている。


 あ、カメラがある。

 TVのロケかな?

 とりあえず気にせずホテルに戻る。



 昇竜庵



 中に入ると外のTVスタッフだろうか。

 数人プリントを見て話し合っている。

 とりあえずそれも気にせずカウンターへ。


(おかえりなさいませ。

 すめらぎ様)


(忘れ物したのでカードキーをお願いします。

 “い”だけで大丈夫です)


(かしこまりました)


すめらぎ君じゃん、久しぶりっ)


 カードキーを受け取った所で後ろを向く。

 そこには短い金髪で色黒、白いゴルフTシャツを着た中年の男が立っていた。


「す……

 菅さん……

 何してるんですかこんな所で……」


(何って……

 ロケだよ。

 バラエティの)


「そ……

 そうですか……」


 この人は菅プロデューサー。

 暮葉のドームツアーの時、この人に暮葉との関係がバレてしまってしつこく追い回されて大変だったんだ。


 最終的にその騒動はお爺ちゃんが動いてくれて報道規制がかかったから事無きを得たんだけど、マスコミが本当にうっとうしいと言うのがわかったんだ。


 この人、話し方とかは柔和なんだけど油断できないんだよな。


(おっクレハちゃんも一緒かい?

 久しぶりだねっ)


「お久しぶりです菅さん。

 御無沙汰しています」


 ぺこり


 頭を下げる暮葉。

 暮葉の営業スタイルとでも言おうか。

 瞬時に切り替わった。


 こう言う所は流石だなと思う。


(にしても…………

 相変わらず絵になるねえ……)


 菅さんが指で四角を作り。

 枠の中に水着姿の暮葉を入れて眺めている。


「ちょっ……

 ちょっとっ!

 今日は暮葉オフなんですよっ!

 止めて下さいっ!」


 僕は暮葉の前に立ち塞がる。


(え~~……

 固い事言わないでよ~~

 すめらぎ君~~……

 まだ録るとは言ってないじゃん~~

 ウチもあの騒動以降ちゃんとルール守ってるでしょ?)


 ルールと言うのは暮葉の芸能事務所とキー局、有名出版社が結んだもの。

 概要は暮葉のオフを撮影した場合は暮葉の芸能事務所に全て公開し、了承を得る事。


 NGが出た場合は撮影したものをすべて処分。

 ルールを破った場合、出版社はクレハの写真全て使用禁止。


 TV局の場合は映像全て使用禁止と言う厳しいもの。

 こんなルールが締結されたのはお爺ちゃんの力もあるが、ドームツアーを終えてからの暮葉の人気にも起因してるんだ。


 写真集を出せばどれも百万部を突破し、暮葉が出る番組はある程度の視聴率を確保できる。


 菅さん曰く“クレハは数字を持っている”だそうだ。


 ■菅賢三すがけんぞう


 昭和TVの竜河岸プロデューサー。

 主にワイドショー、バラエティを担当する。

 バラエティで自身も出演する事が多く、番組内で色黒を“黒光り”等揶揄する。

 通称:ガースー。


 そして……

 菅さんがここに居ると言う事は……


「もしもし~~……

 はいはいっ!

 パイオツおっぱいカイデーでかいっ!?

 任せて下さいっ!

 コレもんのチャンネーねーちゃんたーくさんいる店仕込んでますんでッ!

 二十一時っ!?

 ギロッポン六本木でっ!?」


「はぁ……」


 入口から聞いた事ある声が響く。

 僕は肩を落とす。


 そうなんだ……

 この菅さんが使役している竜とは……



 ビンワンなんだ。



 夏だっ!水着回だっ!皇一家の海旅行⑤へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る