四千PV記念 夏だっ!水着回だっ!皇一家の海旅行②


 

 悪夢が空から降って来る。



 魔力注入インジェクトで視力を増強した僕の眼に映ったのは全裸で大きく脚を広げながら落下してくる父さん、ケイシーさん、ジャックさん。


 ビタン

 ビタン

 ビタン


 父さんらの陰嚢ふぐりと巨大な竿が上空の乱気流に巻き込まれ激しく暴れているのが見える。


 吐き気がもよおしてきた。

 さっきまでの幸せな気持ちは風化し、四散。


 返せ。

 僕の幸せな気持ちを返せ。


「何や?

 竜司、ボーっと上見上げて。

 んで何かやつれてへんか?」


 僕の異変に気付いたのはげん

 さすが僕の親友。


 と、そんな事を考えている暇はない。


 げんと蓮はまだ父さんと会った事が無い。

 あの空から落下してくる変態父さんを見せたくはない。


「蓮ッッ!

 げんッッ!

 ルンルッッ!

 早くッッ!

 岸まで上がってェェッッ!」


 グイと強く二人の腰を押す僕。


 早く。

 早く急がないと。


「ちょ……

 ちょっと待てや……

 どないしたんやそない急いで……

 上に何がある言うんや……」


「ちょっと竜司……

 何よ、上に何があるって言うの……」


「あぁっ!

 ダメェ!」


 二人ともゆっくりと見上げる。


「ウオッ!?

 何やアレッ!

 素っ裸のオッサンがこっち降りて来よんぞっっ!?」


 げんが驚いている。

 すいません僕の父がすいません。


 あぁ、げんが見てしまった。


 あっそうだっ!


 蓮はっ!?

 蓮はどうなったっ!?


 恐る恐る蓮の方を見る。


 見上げた状態で固まっていた。

 多分蓮の眼には映っていたんだろう。


 父親の陰嚢ふぐりと竿が。

 蓮が汚れてしまった気がする。


「あの……

 大丈夫……?

 蓮……?」


「キッッ…………

 キャァァァッァァァッァァァァァァッッッッ!

 ヘンターーーーーーイッッッ!!」


 ダッ


 勢いよくルンルに手を合わせる蓮。


【カウパーッッ!】


 ルンルが淫語を叫んだ。

 と言う事は……


 瞬く間に白色光が包む。


 ジャキィッ!


 ハイ出た超電磁誘導砲レールガン

 蓮も出すの速くなったよなあ。


 水色のビキニを着た美少女が巨大な銃を抱えていると言うのもシュールな絵だ。


「イヤァァァァァッァァァァッァァァッッッッ!」


 ドギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッッッ!


 躊躇なくトリガーを引いた。

 蓮の絶叫と共に天へ放たれる一筋の雷閃。


 バリィィィィッッッ!!


「あがぁぁぁがァァッッ!」


「うわぁぁぁぁっっ!」


 発射音と共に海水を通電する高圧電流。

 瞬時に僕らの身体に伝わる。


 プスー


 僕は魔力注入インジェクトを使ってたから何とか大丈夫だったが、げんはは細い煙を上げた。


 ザッッパーーーンッッ!


 大の字で背中から倒れたげん


げんっっ!

 ちょっとっっ!

 しっかりしてっっ!」


 僕は海中からげんの巨体を引き上げる。


 あっそうだ。

 父さんはどうなった?


 全く忙しいな。


 僕は見上げる。


 父さん達は既にパラシュートを開いていた。

 若干位置が砂浜側にズレている。


 そうか、多分さっきおぞまましいものを見ない様に目を瞑って撃ったから当たらなかったんだ。


 だけど強烈な超電磁誘導砲レールガンの一撃で気流が乱れて落下点がズレたって所か。


 と、そんな悠長な事言ってられない。

 僕はげんを背中に担ぐ。


「蓮っ!

 はやくこっちへっ!

 暮葉っっ!

 一旦上がるよっっ!」


「えぇっ!?

 どっ……

 どうしたのっ!?

 竜司っ!」


「話は後っっ!

 早くっっ!」


 僕は顔を背けてる蓮の手を握り、砂浜まで引っ張って行く。


 蓮はボーッとしている。

 よほど衝撃的だったんだろう。


 僕らはようやく岸へ上がる。


 あっそうだっ!

 早く母さんに報告しないと。


 本当に忙しいな。


「母ーーーさーーんっっ!!」


 僕は大声で母さんに呼びかける。


 母さんと涼子さんは共にサングラスをかけ、サマーベッドで日光浴中だった。

 僕の声に気付き、ゆっくりと起き上がりながらサングラスを下げる母さん。


「ん…………?

 どないしはりましたんや……?

 そない血相変えて…………」


「ハァッ……

 ハァッ……

 来た…………」


 僕は息を整えながら母さんに変態父さん来襲を告げる。


「ん……?

 来たって何がいな……?」


「ハァッ……

 ハァッ……

 父さん……」


 それを聞いた母さんの眼が鋭くなる。

 すっくと立ちあがる。


「見た所……

 海にはそれらしき姿はありゃしまへん…………

 て事は…………

 空かぁぁっっっ!!」


 母さんは見上げる。

 つられて僕も見上げる。


 目には既に脚を大きく広げて着地体制を取っていた父さん、ケイシーさん、ジャックさん。


 高度にして凡そ十メートル。

 もちろん局部は丸見え。


 前立腺も見えようかという勢い。

 アホかこの人父さんは。


 瞬時に状況を理解し、動き出す母さん。


「ダイナはんッッッ!」


【おうっ!】


 母さんが叫ぶ。


 呼応してダイナが出したのは亜空間。

 素早く手を突っ込む母さん。


 スラリと長い指に掴まれて出てきたのは大量の出刃包丁。

 おいまさか母さん。


「落ちんかいッッッ!」


 ビュビュビュビュン!


 投げた。

 躊躇なく投げた。


 夫に包丁を投げる妻。

 そんなの漫画だけかと思っていた。


 ブツン

 ブツン

 ブツン


 母さんの投げた包丁はまるで生物の様に空を駆け、的確に三人のパラシュート紐を断ち切る。


「ムッッ!?」


「うおっ!?」


「なにィ!?」


 三人とも重力に引き寄せられ顔から落下。


 ザッッフゥゥゥゥゥゥゥゥン


 大きく砂煙が上がる。

 砂煙の中から六つの紅い光点。


「ンフフフゥゥ~……

 どこの誰かは知りマセンがぁぁ……

 我々は落下してもダメージはありマセンヨォォォ……

 これぞマヤドー会海洋交渉術その九十二“海士は時々猫の様に”……

 息子へのサプラ…………」


 砂煙が浜風に乗って四散。

 視界がクリアーになる。


 と同時に六つの眼の紅い光が止む。


「息子へのサプラ…………

 何でっか……?

 滋竜しりゅうさん……」


 怒気。


 背中越しでも解る。

 母さんが怒っている。


 立ち昇る怒気のオーラが見える様だ。


「あ…………

 アレ…………?

 と…………

 十七とうなさん…………?

 いらしてたんですカ……?」


「あぁぁあ……

 姐さんっ……」


「姐さん……

 いらしてたんですかい……」


 三人ともまさか母さんが来てるとは思っていなかった様で驚きを隠せない。


 前を向いたままダイナの亜空間に手を入れる母さん。

 出てきたのは出刃包丁。


 ストッ


 それを力無く落とす母さん。

 砂浜に突き刺さる出刃包丁。


 ガンッッ!


 と、思ったら思い切り包丁の柄を踏んづけた母さん。


「ヒィィッッ!」


 余りの迫力に腰をぬかす三人。

 さっきまでの紅い眼光が嘘の様だ。


「いらしてたんやありゃしまへんえ…………

 んで素っ裸で空から降りて…………

 その粗末なモンどうするつもりやったんや…………?

 まさか…………

 ソレ…………

 ウチの子らや……

 お連れさん達に……

 擦り付けよとか……

 思っとったんやないやろなぁぁぁぁっっっ!!」


 ブァンッ!


 風?


 僕は母さんの背中から噴く猛風を感じた。


 いや……

 これは風じゃない。


 “圧”だ。


 お爺ちゃんや兄さん、去年の呼炎灼こえんしゃくなんかが発する強者の“圧”。

 母さんも発する事が出来るのか。


「ハッ……

 ハイィィッッ!

 いいえっっ!」


 肯定したいのか否定したいのか。

 三人ともすぐさま正座する。


 更にダイナの亜空間に手を入れる母さん。

 そして出てきた出刃包丁。


 またか。


 ピタン……

 ピタン……


滋竜しりゅうさん……

 あんさん……

 船長やろ……?

 アンタが何や言うたら脱ぐから他の子らも脱ぐんとちゃいますのかいな…………?」


 母さんが出刃包丁で正座している全裸の父さんの頬をゆっくり叩いている。

 怖い怖い怖い。


 大きく首を縦に振るケイシーさんとジャックさん。

 この二人、父さんを切りやがった。


「まあ……

 ええどす……

 んでどないしますのや……?

 健全にっ!

 常識的にっ!

 海を楽しむ言うんなら……

 勘弁したってもええけどなぁ……?」


「し……

 しかし十七とうなさん……

 我々は何も持って来て無いんですガァ…………?」


 それを聞いた母さんがくるりと振り向く。

 僕に向けれれる顔はいつものニッコリ笑顔の母さん。


「竜司さん……

 すまんけどお使い頼まれてくれへんか……?

 海の家で一番大きい男性用水着三着買って来てくれへんかいな……

 お金は後で払うさかいに……」


「う……

 うん……

 あっ……」


 僕の眼に映ったのは母さんがこちらを向いている隙にその場をこっそり離れようとした父さん達。


 ニコニコ微笑みながら素早く亜空間に手を入れ、出刃包丁を数本取り出す。

 振り向きもせず後ろへ投擲。


 ビュビュビュンッッッ!


 投げられた包丁は父さん達の鼻先を掠めた様だ。

 怖っ!!


「ヒエェッッ!」


 三人の悲鳴。

 また腰を抜かした三人。


「よろしゅうなあ……

 竜司さん」


「じゃ……

 じゃあ行ってくる……

 暮葉、一緒に行こう」


「うん……

 何がどうしたの?」


 頭にハテナがいっぱい浮かんでいる様子の暮葉。

 僕は暮葉と一緒に水着を買いに行く事にした。


「じゃあ、ダイナはん……

 後は……」


【了解だ……

 姫】


 背中越しにこんな声が聞こえる。

 何か振り向くのが怖かったので僕は一瞥もせず、海の家に向かう。



 浜茶屋 FSちどり



「すいませーん」


(いらっしゃい。

 何にしましょう?)


「一番大きい男性水着三着下さい」


(はい3L三つで七千五百二十四円になります)


 結構高い。

 足りるかな……?


 僕は小銭入れの中を確認する。

 うわ、微妙に足りない。


 どうしよう。


「ん?

 竜司、どうしたの?」


 暮葉がキョトン顔で覗き込んで来る。


 ぷにょん


 暮葉の巨乳が僕の二の腕に当たる。

 柔らかくて心地よい感触が身体全体に伝わる。


 水着って大体薄過ぎるよな。

 しょうがないのは解るけどさ。


「う……

 うん……

 いや……

 お金がね……」


「足りないの?

 じゃあ私が出したげよっか?」


 暮葉キョトン顔で提案。


 どうしよう?

 男として女の子に出してもらうと言うのはなあ。


 でも僕の楽しい時間を再開させる為には父さん達を何とかしないといけない。

 僕は男の自尊心より楽しい時間を優先した。


「じゃあ……

 暮葉……

 お願いできる?」


「うん。

 一万円で良い?」


 暮葉は持って来ていた財布から紙幣を取り出す。


「あ……

 ありがとう……」


 僕達は会計を済ませ、母さんたちの元へ。

 戻って来てみると未だ出刃包丁を持って仁王立ちの母さん。


 さっきの風景と違和感。


 父さん達の顔が三つ砂浜に並んでいる。

 身体は砂に埋まっているんだ。


 何でこんな事に。


「ね……

 ねぇダイナ……

 何があったの?」


【ん?

 息子か。

 あぁ俺が埋めたんだよ】


「何で……?」


「ンなもん…………

 世間様に卑猥なモン、曝け出したままにしておけるかいな……

 竜司さん……

 お使いご苦労さん……」


「そうなんだ……

 ハイ水着……」


 とりあえず買ってきた水着を渡す僕。


「ハイおおきに……

 さぁ……

 あんさんら……

 とっととこのパンツ履いてもらおか……」


「ンフフゥ~……

 仕方ないですねえ……

 フンッ」


 ボフッッッ!


 砂中で力を入れる父さん。

 付近の砂が舞い上がる。


「あ、ちょいまちぃ……

 出られたら卑猥なモンが出てまうやないか……

 ダイナはん……」


【おう】


 ダイナがのそりと側に寄る。


 しゃがんで手を砂浜に合わせる母さん。

 もう片方の手はダイナの鱗へ。


生命の樹ユグドラシル……」


 ギュオォォォッッッ!


 父さん達の四方から猛烈な勢いで木が生え始めた。

 瞬く間に二メートルぐらいまで育つ。


 ギュッギュギュギュッ


 太い枝や蔓が瞬く間に隙間を埋めていく。

 一瞬で出来た視界を遮る樹壁。

 これが母さんのスキルか。


「こ……

 これが……」


【ん?

 どうした息子。

 姫のスキル見んの初めてか?】


「うん……

 凄いね……」


【このスキルこそが姫をAnywhereGoddess場所を選ばない女神と称される所以だな。

 このスキルで砲弾の雨の中、数々の人を助けてきた】


「この樹は何て言うんだろう……?」


【これはガジュマルの樹だな。

 姫が好んで生成するヤツだ。

 もちろん地球上に生えてるモンとはダンチの強度だけどな】


「砂浜に種なんか無いのにどうやって……?」


【それも生命の樹ユグドラシルの特徴だ。

 無から有を創り出す】


「そうだ。

 俺の構成変化コンステテューションでも無から有を創り出す事は出来るが魔力効率が悪くてな。

 だけど母さんの生命の樹ユグドラシルはそもそも“無から有を生成”が前提としてあるスキルだ」


 兄さんが後ろから会話に入って来る。

 兄さんのスキルも大概最強だろとか思ってたけど、それに輪をかけて最強じゃないのか?


「はい……

 これでええ……

 水着投げ込んでやるさかいに……

 後は勝手にし……」


 ポイポイ


 無造作に水着を中に投げ込む母さん。

 ふうこれで父さんの事は何とかなりそうだ。


 ■生命の樹ユグドラシル


 十七とうなのスキル。

 地球上のありとあらゆる植物を生成する。

 生成スピードはジャイアントセコイアを二分弱で生成するレベル。

 また応用で細菌操作も可能。

 指定範囲を無菌状態に変える。

 十七とうなは戦場で瞬時に簡易手術室を生成し、処置を行う。

 生成出来るのは植物、細菌のみ。


 ボフッッッッ!!


 樹壁の向こうで音がした。

 隙間から砂粒が漏れ出ている。


 父さん達が砂中から出てきたんだ。

 これでどうか着ていますように。


「もうええか?」


 母さんが声をかける。


「ハイッ!

 いいデスヨォ~…………」


 中から父さんの声がする。


「うっ……

 う~ん……」


 あっ

 蓮が目覚めた。


「蓮?

 大丈夫?」


 僕は蓮の元へ駆け寄る。

 ゆっくり半身を起こしながら頭を押さえている。


「竜司……

 私……

 どうしたの?」


 怯えた瞳で聞いてくる蓮。

 説明し辛い。


 フィン


 僕が戸惑っている所、母さんがスキルを解除した。

 ガジュマルの樹が霧となり四散する。


「ん……?

 何かしら……?」


 蓮が大量に発生した霧に気付き注視する。

 やがて現れる巨漢三人。


 ケイシーさん……

 うん履いてる。


 ジャックさん……

 うん履いてる。


 父さんは……



 全裸



「キャァァァッァァァッァァァァァァッッッッ!」


 蓮の絶叫がこだまする。


 ビュンッッッ!


 素早く母さんの包丁が飛ぶ。


「オットォ……」


 シュンッ


 父さんが素早く横移動し、包丁を躱す。


 ブランッ


 急激な移動により、父さんの巨男根が激しく揺れる。

 何でこんなものを見させられないといけないんだ。


 パタッ


 あ、蓮が倒れた。


「ぞーさん……

 ぞーさん……

 おーはなが……

 ながいの……

 ね……

 ガクッ」


 気絶した。


「蓮ーーーっっっ!」


「アンタ……

 何避けてはんのや……

 はよブッ刺されておとなしゅうしとき……」


 背中しか見えないからわからないけど母さん、相当怒ってる。


「ンフフフゥ~……

 私は何ですかぁ……?」


 父さんが両手をゆっくり後頭部において、局部を曝け出すポーズを取り始めた。

 気持ちが悪い。


「ただの変態や……」


 母さん言い切った。


「ンフフフゥ~……

 違いますヨォ……

 私は……

 貴方のっ!

 Greatッ!

 Husbandッ!

 皇滋竜すめらぎしりゅうデェス……

 貴方の夫であるならば包丁ぐらい避けれませんトネェ……」


 無言で再び亜空間に手を突っ込む母さん。

 取り出したのは長いベルト。


 山程出刃包丁が付いている。

 それを二つ取り出す母さん。


 それをクロスになる様両肩から下げる。

 八つ墓村じゃ無いんだから。


「サァッ!

 私にパンツを履かせたくばッッ!

 履かせてみせなサーーーイッッ!」


 バンッッッ!


 父さんが猛然とダッシュ。

 砂煙が舞い上がる。


 猛烈な勢いで逃げていく全裸の父さん。


「アンタの露出癖で家族が迷惑してんのがわからんのかァァッッッ!!」


 ボフッッッ!


 母さんもダッシュをかけて父さんを追いかける。


 浜辺を走る二人。

 どんどん遠くなる。


 ビュビュビュンッッッ!


 あ、包丁投げてる。


 しかし浜辺を走る恋人同士ってもっとロマンチックだと思ってたけど初めて見たのがこれかぁ。


 一人は全裸のムキムキ。

 もう一人は八つ墓村だもんなあ。


 トホホ。


 ■八つ墓村


 横溝正史の長編推理小説”金田一耕助シリーズ”の一つ。

 1977年に映画化された際のキャッチコピーは当時流行語にもなる。

 竜司が言っているのはこの十七とうなのスタイルが登場人物の田治見要蔵に模していた為である。

 厳密には出刃包丁で無く、散弾銃の弾丸だが。 


船長キャプテンも命がけで姐さん、からかってるもんなあ……」


「あれが愛のカタチって言ってただろ……」


 ケイシーさんとジャックさんがそんな話をしている。

 どうしよう?


 声をかけてまた全裸になられても困るし……

 かけづらいなあ。


「よっ!

 竜司君っ!

 久しぶりっ!

 元気してたかいっ!?」


 うかうかしてたらケイシーさんから声をかけてきた。


「あ……

 はい……

 お久しぶりです……」


 僕はチラチラ下半身を見てしまう。


「ん?

 何だい竜司君。

 ははっ

 心配しなくても脱いだりしないさっ

 はははっ」


「そうだぜ。

 どうも船長キャプテンが居ないと脱ぐ気がしねぇ」


 何だ割とこの二人はまともなんじゃないのか?

 いやいや、まともって何だよまともって。


「そ……

 そうですか……」


 まあ何とか父さんの来襲は一息ついた。

 でもどうしよう?


 蓮は気絶してるし、げんもまだ目が覚めない。


「んっ……

 んんっ……

 あぁん……」


 何だか色っぽい声が聞こえるぞ。


 声のした方を見るとサマーベッドにうつ伏せで寝ている涼子さんと背中に何か塗っている兄さんが居た。


「兄さん……

 何やってるの?」


「ん?

 何ってサンオイル塗ってんだよ……

 って涼子さん……

 あまり色っぽい声出さないで下さい……」


 そう言いつつヌリヌリ塗りたくっている兄さん。


「だっ……

 だってっ……

 んぅっ!

 ……豪輝さんのっ……

 手がっ……

 はぁんっっ……!

 気持ちいいからっ……

 あぁっ!」


 エロい。

 何かすっごくエロい。


「じ~~~っ……」


 すぐ隣に暮葉が居た。

 何やら涼子さんと兄さんの様子を凝視している。


「く…………

 暮葉……?

 どうしたの……?」


「じ~~~~~っ……」


「く……

 暮葉?」


「じ~~~~~っ……」


「あぁんっっ……!

 そこはぁっ……!

 私ぃっっ……!」


 涼子さんの色っぽい声が響き、暮葉が凝視し続けている。

 何だこの状況。


「竜司……

 涼子さん何してるの?」


「え?

 あぁ……

 これはサンオイルを塗ってるんだよ」


「さんおいる?」


 暮葉キョトン顔。


「人間って肌が弱いからね。

 日光に焼けない様に油膜でガードするんだよ」


「へー……

 じ~~~~っ……」


 僕の説明を聞いたらまた凝視に戻る暮葉。


「ねぇっ!

 竜司っ!

 私もコレして欲しいっっ!」


 やはりか。

 マジでか。


 こんなベタなアニメみたいな展開があるのか。


 どうしよう凄く恥ずかしい。

 万が一塗ってる時にげんや蓮が目覚めたら。


「えっと……

 その…………」


 すんなり了承するのは物凄く恥ずかしい。


「…………ダメ……?」


 少しションボリしてしまった暮葉。

 ええいもうしょうがない。


「じゃ……

 じゃあ……

 いいよ……」


「ホントッ!?

 だから竜司大好きッッ!」


 寸前までの哀しげな顔が嘘の様にパァッと笑顔になる暮葉。


「兄さん……

 サンオイル……

 貸してくれる……?」


「ん?

 お前も暮葉さんに塗ってやるのか?

 へへっ

 ホラよ」


 兄さんがサンオイルを投げ渡す。

 受け取る僕。


「ねっ!?

 ねっ!?

 私どうしたら良いのっ!?」


 暮葉がニコニコ顔で迫って来る。

 今から始まる未知の体験にワクワクが止まらないと言った印象。


「じゃ……

 じゃあ……

 そこにうつ伏せで寝転んで……」


 僕は大型パラソルの日陰にあるレジャーシートを指差す。


「はぁーいっ」


 ゴロン


 素直に寝転ぶ暮葉。


 ヌタァァ


 サンオイルの瓶から粘液が僕の掌に垂れる。

 準備OK。


「じゃ……

 じゃあ行くよ……」


 ドキドキドキドキ


 心臓が高鳴る。


 既成事実とは言え、いつもは不可抗力で触っていた暮葉の白い肌に触るのだ。

 否が応でも心臓が高鳴ってしまう。


「そのヌタヌタしたものを塗るのねっ!

 お願いっ…………

 あっ……

 これが付いていたら塗れないわね……」


 暮葉はうつ伏せ状態で背中に手を伸ばしビキニのトップスを留めている紐を外す。

 こう言う所は何で気が付くんだ。


 はらり


 目の前には半裸の暮葉。

 綺麗。


 何て綺麗なんだこの肌。

 この白は雪か白菊か。


 そして下を向いていても横からはみ出る豊満な胸。


 え?

 マジで?


 これ塗って良いの?

 触って良いの?


「ん…………?

 どうしたの……?

 竜司……

 早くやってよ……」


「う……

 うん……」


 ゴクリ


 生唾を飲み込む。

 僕はゆっくり粘液塗れの右掌を近づける。


 ピチャッッ


「ひゃんっっ!」


 暮葉が可愛い悲鳴を上げる。

 僕は右掌を滑らせる。


 ヌルヌルゥゥ


 付着した粘液が暮葉の白い肌をコーティングしていく。


 ヌルヌルヌルゥゥ


「あっ……!

 あぁっ……!

 はっ……!

 やんっ……」


 暮葉が色っぽい声を上げ始めた。

 アイドル歌手のハイトーンボイスに色気を載せて僕の鼓膜を震わす。


 下腹部がじんわり熱くなってきた。


「ちょっ……

 ちょっと暮葉……

 あんまり声上げないでよ……」


 ヌタヌタァァ


「だってっ……!

 何でかッ……!

 んんっ……!

 すっごくヘンな感じがするもんっっ……!

 あぁっ……!

 声出ちゃうんだもぉんっっ!」


 冷静になれ僕。

 冷静になれ僕。


 僕は十五歳なんだぞ。

 思春期なんだぞ。


 僕は押さえても沸き上がる劣情と内部で戦っていた。

 もう大戦争。


 何とか背中部分は塗り終わる。


 これ……

 もちろん……


 下も……

 だよな……。


「じゃ……

 じゃあ……

 下に行くよ……」


 ヌルゥゥゥ


 僕はサンオイルの瓶から粘液を追加する。

 滴る真新しいオイルが僕の右掌をヌタヌタ浸す。


 次は下半身。


 強敵はこの程良い肉付きの綺麗なヒップ。

 そして次に控えているのは太腿だ。


 キチンと見た事なかったんだけど、暮葉って結構太腿、ムッチリしてるんだ。


 挟まれたら気持ちいいだろうな……

 いやいや何を考えているんだ僕は。


「えぇっ……!?

 下っ!?

 下も塗るのっっ!?

 竜司っっ!

 ちょっ……!

 ちょっと待っ……」


 白い肌の柔らかさと滑らかさに加え、暮葉の色っぽい声に僕の中では劣情と理性が大戦争中。


 そんな暮葉の制止など聞こえようが無い。


 ヌタヌタァァッッ


「あぁっ……!

 んんっっ……!

 きゃんっっ……!

 おっっ……

 お尻っっ……!

 ……すご……

 すっごいっっ……!」


 ぷりりんっっ


 なんだこれ。

 暮葉のお尻、柔らかすぎる。


 こんなものなのか女の人のお尻って。

 例えるなら崩れないゼリー。


 しかも引き締まってると思ってた暮葉のお尻は……

 結構……


 肉が付いている。

 押すと沈みこむ僕の右掌。


 グニュゥン


「あぁんっ……!

 ひゃんっ……!

 んっ……

 んぅっ……!

 り……

 竜司っ……?

 私のっ……

 きゃんっ……!

 お尻でっ……

 いやっ……!

 遊んでないっ……?」


 ヌタヌタァァ


 こうして劣情と理性の鬩ぎ合いの中サンオイル塗りは完了した……


「ハァッ……

 ハァッ……

 ハァッ……

 終わった……?

 竜司……

 あ……

 これって油で身体を塗るのよね……

 じゃあ……」


 かに思えたが、まだ終わってなかった。


 コロン


 暮葉が自然にうつ伏せから仰向けに。


 僕の眼に映るは暮葉の両巨乳。

 そして桃色の小さな乳首。


 ツウ


 あ、出た。

 コレは確実だ。


 鉄臭さ&ぬたりと垂れる生温い液体の感触。

 鼻血が出ていても関係ない。


 コレは見てはいけない。

 咄嗟に僕は目を覆う。


「暮葉ーーーッッ!

 前は自分で塗るんだよーーーッッ!」


 眼は覆ったが、間に合わず僕の海馬にはインプットされてしまった。


 暮葉の巨乳は柔らかすぎて寝ると両脇に肉が垂れる。

 そして乳輪は小さめ。


 これってもしかして完璧なオッパイじゃないのか?

 いや暮葉のしか見た事無いけど。


「そうなの……

 ハァッ……

 ん……?

 竜司……

 ハァッ……

 どうしたの……?

 ……ハァッ」


 暮葉の艶めかしい吐息が聞こえる。

 視界を塞いでいる為聴覚が敏感になっている。


「はやくっっ!

 上付けてッッ!

 上ーーーッッ!」


 このままじゃまともに暮葉を見れない。


「ん……?

 上……?

 あぁ……

 コレね……」


 シュルッ


 闇の向こうで衣擦れの音。


 ふうようやく事なきを得たか……

 僕は覆っている掌をゆっくり降ろす。


 そこにはトップスに手を差し入れ胸の位置を調節している暮葉が居た。


 ツウ


 またか。

 ほのかに鉄臭かったのが更に鉄臭くなる。

 どうやら僕は視覚が一番クるらしい。


「ふう……

 ようやく落ち着いたわ。

 ……ん?

 わっ!

 また竜司、鼻血出てるーーーッ!

 あっそうかーっ!

 私の身体触ったからエッチな気持ちになったんでしょーーーッッ!?」


 返す言葉も無い。

 厳密には飛び込んできた視覚情報にやられたのだが。


「う……

 うん……

 ゴメン……

 暮葉……

 ティッシュ取ってくれる……?」


「もーっ

 竜司ってばしょーがないなー」


 何か主導権を取ったような印象の暮葉のしたり顔。

 まあ別に良いけど。


「何や……

 何があったんや……」


 僕が上を向いてティッシュを鼻に詰めている所、のそりと大型テントからげんが起きてきた。


「あ、げん……

 起きた?」


 トントン


 僕は首筋を軽く叩いている。


「ワイ……

 気ィ失っとんたんか……

 何でや……?」


「蓮の超電磁誘導砲レールガンで感電したんだよ。

 側に居たからね」


「おっ……

 おう……

 何や色々記憶があやふややけど……

 まあええか……

 んで竜司……

 ワレは何しとんねや?」


「いや……

 鼻血をね……

 あー……」


 トントン


 上を向いて首筋を叩き続ける。


「フム…………

 何やら…………

 顔の赤い……

 暮葉と……

 その隣で鼻血の処置をしている竜司…………

 わかったっ!!

 ……竜司……

 ワレ暮葉に何かエロい事したんやろっ!?」


「えぇっ!?

 そそそっっ!

 そんな事っ!」


「うん…………

 凄かった……

 竜司ってば……

 あんなに激しく動かすんだもん……」


 頬を赤らめながら俯き加減で、誤解しかねない事を言い出す暮葉。


「言い方ーーーっ!!」


 僕は思わず叫んでツッコミ。


「りゅっ……

 竜司っ!?

 ワレ筆おろしが青姦てレベル高すぎやろッッ!?」


 完全に誤解している。


「違ーーーうっっ!

 僕はサンオイルを塗ってだけだーーーっっ!」


「まー……

 ヘタレの竜司がこんな丸見えの所でヤるなんて出来る訳無いわなあ……

 にしてもまあ、ベタな体験しよってからに。

 よっ!

 ラノベ主人公っ!」


 げんが囃し立てて、からかってくる。


「もうっ

 そんなんじゃないよっ!

 僕は暮葉がやってって頼むからやっただけだよっ」


「そんでスケベの竜司君は既成事実とばかりに暮葉のええケツを揉みしだいたと……」


「そうそう例えるなら崩れない……

 って違ーーーうっっ!!」


げんちゃん……

 竜司ってば……

 ずぅっと私のお尻モミモミしてたの……」


 まだ頬の赤らみが取れない暮葉。

 何か裁判じみてきた場。


「誤解だーーーーーーッッ!」


「竜司…………

 ワレ……

 ラノベ主人公ちゃうわ……

 AV男優やわ……

 お前明日からチョコボール竜司って名乗れ」


「やめて……

 げん……

 本気でひかないで……」


 侮辱。

 圧倒的侮辱。


 いやAV男優と言う職業を否定する訳では無いが、健全な十五歳の青少年にソレは無いだろう。


 暮葉がまだサンオイル塗りの興奮が冷めていないのがせめてもの救い。

 もしこれで正常なら、やれ青姦って何だのAV男優って何だの質問攻めだ。


「何やげん、来とったんかいな」


 と、そこへ額に水中ゴーグルをかけた全身真っ白の服を着た小さな老人が話しかけてくる。


 赤い浮き輪の様な物に長い網が付いているモノを左手に。

 右手に銀色に光る先がひん曲がってる金属棒を持っている。


 そして隣には見慣れた灰色の竜。

 ベノムかな?


「あの……

 どちら様でしょうか……?」


 一応僕は聞いてみる。


「ん……?

 竜司かい。

 ワシやワシ」


 水中ゴーグルを取り外し、被っていた白頭巾をを取ると出てきたのはやはりフネさんだった。


「何やバーちゃんか。

 何やその恰好」


「ん?

 海潜ってなぁアワビ捕っとったんや。

 これは海女の格好じゃ」


「アワビなんか捕って何にするんですか?

 食べるんですか?」


「身はどーでもええ。

 ワシがいるんは貝殻や」


「貝殻をどうするんです?」


「漢方の材料じゃ。

 今日来とるやろ?

 湯女ゆなの持病の薬じゃ。

 湯女ゆなは……

 泳ぎに行っとるんか?」


「えっと……」


湯女ゆなさんならテントで寝とるで」


「薬キチンと飲んどるみたいやのう」


「ほいでもバーちゃん、勝手にこんなぎょうさん捕ってええんかいな」


 よく見ると左手の網の中には大量のアワビが入っていた。


「勝手やなんて人聞きの悪い事言うなや。

 ワシャ福井の第一種共同漁業権持っとるわい。

 今朝漁協にも申請済ませたわ」


「ベノムも久しぶり」


 僕はベノムに話しかける。

 ベノムは無言。


「ハハッ

 ベノムも久しぶりって言っとんで」


 げんからのフォロー。

 相変わらずよく解るなあ。


 ザフンッッ!


 大きな音と砂煙が側で上がる。

 何か落下して来たのか。


 モクモク


 浜風で砂煙が晴れると中から出てきたのはお爺ちゃんとカイザ。


「やはり竜司達か……」


「お爺ちゃんっ!?

 今までどこ行ってたのっ?

 西紀サービスエリアでも全然見かけないしっ」


「いや……

 気が付いたらサービスエリア追い越してしまっておっての……

 戻るのも面倒じゃし……

 それならばとな……」


「何や……

 すめらぎのボンも来とったんかいな……」


「ん?

 フネさんか?

 久方ぶりじゃのう……」


「前会ったんは十年ぐらい前かのう……」


「もうそんなに経つか……

 月日が経つのは早いのう」


 何か九十歳同士が茶飲み話に花を咲かせている。

 何か和む。


「ボンは何しに来たんや?」


「フネさん……

 ボンと呼ぶのは止めてくれんか……

 儂ももう九十なんじゃし……

 今日は作品の閃きインスピレーションを貰いにな……」


「ヒョヒョヒョッ……

 ワシの中ではずっとワレはボンじゃ。

 作品ってあのミミズがのたうち回った様なようわからん字の事か?」


 ブァンッッ!


 フネさんの発言が終わると同時に、お爺ちゃんの辺りから強烈な風が噴いてくる。

 また“圧”だ。


 さっきまで和んだ空気だったのに。


「この老いぼれぇっ!

 マスターの書を愚弄するとはいい度胸だァ……

 圧し殺してやろうかぁっ……!」


 “圧”の発生源はカイザだった。

 黒の王には関西人の冗談と言うものが通じないのか。


「まあ落ち着けカイザよ…………

 フネさんこそこんな遠くまで何しに来たんじゃ……?」


「ワシはホレ……

 漢方の材料捕りじゃ」


 フネさんは左手の戦利品を掲げる。


「フン…………

 また怪しげな薬で人体実験しとるのか……

 大概にせんとその内、捕まるぞ」


 あれ……?

 冗談が通じないのはカイザだけじゃ無いのか?


「ハァッ!

 ワレ聞く所によると習字の講師もやっとるらしいのうっ!

 ボンなんぞに教えられたら右からミミズの這いずり回った字になるわ」


 オイオイ


「フン……

 フネさんの怪しげな漢方なんぞ飲んで半身不随やら健忘症やらになんのは御免じゃわい」


 ブァンッッ!


 また猛風。

 今度はフネさんからだ。


 フネさんも強者の“圧”を発するのか。


「ボン……

 調子に乗んのも大概にせいよ……」


「フネさんこそ……

 やるならやってやるぞ……」


 ちょっと待て老人二人。


「ちょお待てやっ!

 バーちゃんっ!」


「ちょっと待ってよっ!

 お爺ちゃんっ!」


 漂う危険な空気に思わず止めに入る僕ら二人。


「あ?

 げんは引っ込んどれ……

 この老いぼれはいっぺんキャン言わさなアカン……」


「竜司は下がっとれ……

 この老いぼれを圧し潰す……

 巻き込まれるぞ……」


 老人二人がお互いを老いぼれと罵り出した。


 駄目だ。

 この二人はもう止められない。


「ベノム……

 ちょお付き合えや……」


 のそりとベノムがフネさんの側に寄る。


「カイザ……

 行くぞ……」


「御意」


 あぁもう無理だな。


 もう見ていよう

 見ているだけにしよう。


「わっ!

 何だこりゃ

 何が起こってる?

 爺様、何で臨戦態勢なんだ?」


 後ろで兄さんの声がする。


「今までどこに行ってたんだよ兄さん」


「涼子さんとかき氷食べてたんだよ。

 にしても爺様は解るとして……

 向かいのお婆さんは誰だ……

 物凄い迫力だが……」


にいやん……

 すんまへん……

 アレ……

 ウチのバーちゃんです……」


「へーっ

 げん君の御婆様か?

 強いのか?」


「ハイ……

 めっさ強いです……」


「ホウ……

 それは見ものだな……」


 兄さんがニヤリと笑っている。


 いやいやいやいや。

 今日来てるのはレジャーが目的だから。


発動アクティベート……」


 ブゥウン……


 ブラウン管が付く様な音がする。

 お爺ちゃんが発動アクティベートを使ったんだ。


発動アクティベート……」


 皺枯声が聞こえる。


 ピチョーーーンッ


 僕の耳に水滴が落ちる様な音が聞こえる。


「ふうん……

 竜司の爺ちゃんの発動アクティベートは古いTVがつくみたいな音なんやな」


「うん……

 そうなんだ。

 フネさんの発動アクティベートは水滴が落ちるみたいな音なんだね」


 固唾を飲んで見守る三人。


 ジリジリ


 お爺ちゃんがすり足で近づいて行く。

 様子を伺いながら。


 一挙手一投足を見逃さぬように。


 あっお爺ちゃんが右拳を引いた。

 これは……


 もしかして……


 ザシャァッ!


 とか思ってたら先に動いたのはフネさん。

 鋭いステップイン。


 だが、お爺ちゃんもその動きは読んでいた模様。


「鋼拳ッッッ!」


 ボッッッッッッッ!!


 お爺ちゃんの右拳が唸る。

 その様は烈火か猛炎か。


 空気の層を突き破るお爺ちゃんの鋼鉄の拳。


 ドコォォォォォォォォォンッッッッッ!


 大きな衝撃音。

 九十の老人が耐えれるものでは無い。


「くうっ……」


 余りの音に目を背けてしまう僕。

 恐る恐る目を開ける。


 飛び込んできた景色に強烈な違和感。

 お爺ちゃんがいないのだ。


 カイザと一緒に消えていた。


 場には右掌を前に向けているフネさんのみ。

 掌から煙が上がっている。


 え?

 何があったの?


 お爺ちゃんの鋼拳はどうなった?

 てかお爺ちゃんはどこ?


 数々の疑問が瞬時に浮かび、狐に摘ままれた様になる。


「これは……

 もしかして……

 合気か……?」


 兄さんの声。


 僕は急いで兄さんの方を見る。

 兄さんは真剣な表情。


「兄さんっっ!

 お爺ちゃんどこに行っちゃったのっっ!?」


 ズズズズズズゥゥゥン……


 僕が兄さんに尋ねた直後、遠くで重く深い音が聞こえる。


「爺様の一撃は確かに物凄かった……

 げん君の御婆様に当たったかに見えた……

 が、次の瞬間……

 爺様が吹っ飛んで海に消えて行った……」


にいやん……

 正解……

 バーちゃんは合気を実戦レベルで使えんねや……」


 ■合気


 大東流合気柔術の武田惣角により明治時代、衆目の前に現れた合気道の極意。

 相手の攻撃に対し己の力を加え、そのまま返す。

 相手の力が強ければ強い程その威力は増す。

 ヤラセでは無いかと揶揄される事もあるが、合気の達人塩田剛三が昭和三十七年にケネディのボディーガードを圧倒した話は有名。

 厳密には合気という言葉の意味ははっきりしておらず、大東流の派生門派では精神的な意味合いで用いられる場合もある。


「今の音……

 何……?」


「んでバーちゃんの場合、返す力に魔力も込めるからタチが悪いんや…………

 な?

 ワイのアバラが折れた理由が解ったやろ……?」


「おーおー……

 よう飛んで行きよったなあ……

 ボンめ……

 九十歳のピチピチレデーになんちゅう一撃叩き込んどんのや……

 ヒョッヒョッヒョッ」


 いやいやいやいや笑えない笑えない。


 それに何か悔しい。

 フネさんが達人って言うのは解ったけど、僕はお爺ちゃんが最強だと信じている。


 そのお爺ちゃんがこんな事でやられる訳が無い…………

 と思いたい。


 ん?

 何か黒い点がこちらに飛んでくる。


 あ、カイザだ。

 お爺ちゃんを抱きかかえている。


 それにしても黒スーツを着た青年に抱きかかえられて空を飛んでくる甚兵衛を着た老人というのもまたシュールな絵だ。


 ストッ


 カイザが着地。

 お爺ちゃんを降ろす。


 ペェッッ


 お爺ちゃんが口の血溜まりを砂浜に吐き出す。


「お爺ちゃんッッ!

 大丈夫ッッ!?」


「おおぅ……

 竜司……

 儂は大丈夫じゃ……

 そうじゃったのう……

 フネさんは合気の達人じゃった……

 すっかり忘れておったわい……」


「ヒョヒョヒョヒョッ!

 あの竜極とまで称されたあの皇源蔵すめらぎげんぞうでも寄る年波には勝てんか……

 そろそろバリアフリーが必要な年かのう?」


 チラリと僕を見るお爺ちゃん。


「フン……

 舐めるなよ……

 次は儂も本気で行く……

 孫も見とるんじゃ……

 少しは良い所見せんとのう……」


 お爺ちゃんが手をかざす。


 眼が紅く光る。

 お爺ちゃんがスキルを使う。


逆枷さかかせ……」


 お爺ちゃんが呟いたと同時にフネさんの身体が浮かび上がる。

 どんどん上に物凄い勢いで飛んで行く。


「ヒョヒョォォォォォォッッッ!」


 上空でフネさんが叫んでいる。

 驚いているのだろうか?


 瞬く間に点になったフネさん。

 ここでお爺ちゃんは次の行動に移す。


「フン……

 昔の馴染みじゃ…………

 地面に叩き付けてやるのは勘弁してやろう……

 しょう……」


 これはお爺ちゃんのピンポイントで高重力負荷をかけるスキルだ。


 上空の点に動きがある。

 物凄い勢いで斜めに落下してくる。


 オイこれ大丈夫なのか?

 相手は九十の老人だぞ。


 ドッポォォォォォォォォォン


 大きな水飛沫と共にフネさん着水。

 死ぬ死ぬ死ぬ。


 更にお爺ちゃんが動く。


逆枷さかかせ……」


 ザパァァァァァァァン


 蒼い水球が空に浮かび上がる。

 中心にフネさんが居る。


「…………しょう


 ギュンッッ!


 浮かび上がった水球がこちらに物凄い勢いで飛んでくる。


 バッッッシャァァァァァンッッッ!


 砂浜に叩き付けられた水球は海水に戻り、四方に飛び散る。


「ぷわぁっっ」


 余りの勢いに海水が僕らにもかかる。


 顔にかかった海水を拭った先に見えたのは広範囲に湿った砂浜と中心に倒れているのはひたひたに濡れたフネさん。


 大丈夫か?

 死んで無いのか?


「フン……

 狸寝入りは止めろ……

 魔力注入インジェクトの使い手がこれぐらいで参る訳が無かろう……」


 お爺ちゃんは警戒を解いていない。

 すると倒れているフネさんがニヤリと笑う。


「ヒョヒョヒョヒョ……

 バレておったか……

 よっこらせっと……」


 軽く立ち上がるフネさん。


 海水とは言ってもあの高度からの落水だぞ。

 何で平気なんだこの婆さん。


「かかってこんかぁっ!

 冥途に送ってやるわぁっ!

 このしなび草枯れババアッッ!」


「何じゃとォッッ!?

 この禿げ散らかし糞ジジイッッ!

 貴様で毛生え漢方の臨床実験したるわいっっ!」


 まだやる気かこの老人達。

 元気だなあ。


 ザフンッッ!


 砂塵の双塔が巻き上がる。

 老人二人がダッシュをかけた。


 ザッザッザッザッザァァッッッッ!


 と、そこへ遠くから速く激しい砂を蹴る様な音が聞こえる。


「りゅ……

 竜司……

 私…………

 どうしてたのかしら……?」


 更にテントからヨロヨロと蓮が起きて来る。


「あっ蓮……

 大丈…………」


 ザッザッザッザッザァッッッ!!


 僕の労りの言葉をかき消すように砂を蹴る音が大きくなる。


 ギャンッッッ!


「ハッハーーーッッッ!

 ホラァッ!

 十七とうなサーーーンッッッ!

 こっちでスヨーーーォォォッッ!

 私はまだまだ全裸デェェェェスッッッ!」


 肌色の巨大な肉ダルマが物凄い勢いで横切って行く。

 父さんだ。


 ブランッッ!

 ビタンッッッ!


 巨大なイチモツが前方からの風圧で暴れ、父さんのカモシカの様な大きい太腿に勢いよく叩き付けられてる様が僕の目の前を横切って行く。


 だれかコイツ父さんを止めてくれ。


「キャァァァッァァァッァァァァァァッッッッ!」


 蓮の絶叫が響く。


「蓮っ!」


 僕が駆け寄る。


「そーよ………………

 とーさんも…………

 なーがいのよー………………

 ガクッ」


 再び気絶。


「蓮ーーーーーーッッッ!」


 おそらく起きたてだった蓮は四つん這いだった。

 そしてテントから顔を出した目線の先に見えたんだ。


 父さんのが。


 蓮、何て間の悪い時に。


 ビュビュビュビュン


 空を斬り裂く音がする。

 出刃包丁数本が一瞬僕の目の前を横切る。


「えっ!?」


 驚いた僕は顔を右に向ける。


「ヨッッ!

 ホッッ!

 ハァッッ!」


 ブリリンッッ!


 父さんが避けた。

 引き締まった尻が揺れている。


 キモチワルイ。


 と言うか目標を視認せずによく躱せるな父さん。

 これもマヤドー会の何某のお蔭だろうか。


 ケツを振るなケツを。


「待たんかいっっ!

 こん変態オヤジィィッッ!

 ええかげんにさらせぇぇっっ!」


 僕は見た。

 眼前を一瞬横切った眼を紅く光らせた般若の如き顔を。


【おおい姫ー。

 待てよー】


 空から母さんを追うダイナ。

 いやいや姫じゃ無いだろ。


 ただの山姥やまんばだろ。


「待てぇぇぇぇッッ!」


 母さんは絶叫を上げ、砂塵を巻き上げながら走り去って行った。


 はっっ!


 壮絶な光景にすっかり忘れてた。

 お爺ちゃんとフネさんどこ行ったっっ!?


 両親が巻き起こした砂塵が浜風に載り、四散する。


 確か父さん達の動線上に居たよな……

 あの二人。


 ザバァッッ


 波打ち際から二人の半身が現れる。

 良かった。

 無事だったんだ。


「な……

 何が起こったんじゃ……

 後ろから滋竜しりゅうの声がした様な……」


「何じゃ……

 急に肌色のデカイモンがぶつかって来おったぞ……

 でもあの熱さ……

 爺さんの若い頃思い出すのう……

 ウフン」


 フネさんが頬を赤らめている。

 女性はいくつになっても乙女って事かな?


「お爺ちゃーーんっっ!

 だーいじょーぶーっっ!?」


「おお……

 竜司ーっ!

 大丈夫じゃーっ!

 ……ふう……

 何か毒気が抜けてしまったのう。

 フネさんや」


 お爺ちゃんがフネさんに手を差し伸べている。


「まぁのう……

 しかしボンよ……

 さすが現役竜河岸やのう……

 スキルの斬れ味はまだまだ衰えておらんわい……

 さすが竜極じゃて……」


「フン……

 フネさんこそ……

 合気の一撃は骨身に染みたわい……

 まだまだイケるんじゃないのか?」


「いんやいやいや……

 言うてもワシャもう現役を退いとるからのう……

 スキルも使わんようになって三十年以上も経つ……

 合気はでけても、もうスキル合戦になったらアカンわい……」


「そうか……

 フネさん程の達人はそうそうおらんのに勿体ないのう……」


「ヒョヒョヒョヒョッ!

 さぁさぁ年寄り同士波打ち際で話しててもしょうがあらへん……

 孫達の元へ戻ろやないかい……

 のう……

 ボン?」


「あぁ……

 フネさん……」


 何か波打ち際で数言交わしているお爺ちゃんとフネさん。

 見た感じ仲直りしたみたい。


 どことなく番長とライバルの“フッ……なかなかやるな”、“お前もな”現象に見える。


 やっぱり長いこの現象。


 色々な騒動がひと段落付き、ようやく落ち着いた僕ら。

 さてどうしよう。


「そろそろ昼だな。

 メシにでもするか?

 竜司」


 兄さんから声がかかる。

 僕は時間を見る。


 午後十二時三十七分


 結構いい時間だ。

 それじゃあそろそろご飯にしようかな。


「うん……

 そろそろご飯にしようか……

 じゃあ二人起してくるよ」


 僕はテントの中へ。

 中では湯女ゆなさんと蓮が寝ている。


「うぅっ…………

 ううんっ……

 象……

 嫌……

 来ないで……

 こっちに来ないで……」


 何やら悪夢にうなされている。


 象……

 ってのはやっぱり……


 いや考えるのは良そう。


「蓮……

 起きて……

 ご飯食べに行こう……」


 僕は蓮を揺する。


「うっ…………

 ううんっ……

 ハッッ…………

 鼻ッッッ!?」


 ガバァッッ!


 蓮が飛び起きる。


 鼻ってのは……

 もういいか。


 ゆっくり僕の方を見る蓮。


「竜司……」


「蓮、大丈夫?」


 額を抑えながら項垂れる蓮。


「…………私……

 どうしてたのかしら……?

 竜司達と海に入った所までは覚えてるんだけど……」


 あ、これ記憶が飛んでる。

 それ程のショッキング映像だったのか。


 これは……

 思い出さない方が良いだろう……


「えっと……

 僕も良く解らない……

 あっそうそうご飯だよっ!

 海の家でのご飯なんて初めてだよっ!」


 僕は勢いで誤魔化した。


「そう言えば私もお腹空いちゃった……

 そうね……

 ご飯食べに行こっ」


 蓮が微笑んでくれた。

 あの悪夢を忘れる事が出来たのかな。


「うんっ

 あっ

 そうそう、湯女ゆなさんも起さないと……」


「ムフフ~~……

 きゃわいい~……

 ニャンコ~~……

 こっち来てぇ~~……

 わぁ~~

 ニャンコまみれぇ~~……」


 きゃわ……?

 何だって?


 て言うかコレ本当に湯女ゆなさんか?

 僕の目の前には頬を赤らめ、口元を緩ませながら乙女声を発する女性。


 さっきの低い声はどこへやら。

 僕が呆気に取られていると蓮が話しかけてきた。


「フフッ……

 湯女ゆなさんって可愛いパンツ履いてるのよ……

 お尻にネコちゃんが書いてあるの……」


 意外。

 物凄く意外。


 風体からして下着は黒か紫だと勝手に思っていた。


 あっ、そんな事言ってる場合では無い。

 早く起さないと。


 僕は湯女ゆなさんを揺する。


湯女ゆなさん……

 起きて下さい……

 ご飯ですよ……」


「ううん……

 わかったニャン……

 ンフフ~~……

 起きるニャン……

 ………………ん?」


 ゆっくり眼を開ける湯女ゆなさん。

 見る見るうちに顔が赤面していく。


「…………………………聞いた?」


「は……?」


 ガバッッ!


 飛び起きる湯女ゆなさん。

 顔はずっと真っ赤。


「よぉーしィ…………

 お前らぁ……

 並べぇー……

 右から殴ってやる……

 グーでぇっ!」


 ギュゥッ


「わわぁっ!」


「秒で済むから動くなし……」


 拳を握った湯女ゆなさんが飛びかかって来る。


 ドッタン

 バッタン


「いたっ!

 いたたっ!」


 全力で殴って来る湯女ゆなさん。

 結構痛い。


 ドッタン

 バッタン


「記憶を無くせぇ!」


 大型テントの中がパニック。


「お前らー

 何暴れとんねやー?」


 僕らの騒ぎに気付いてげんが覗きに来た。

 そして絶句している。


 僕の身体は寝転がった湯女ゆなさんの両足の間に挟まり、僕の股間の下に蓮の顔が来ていると言うどうしてこうなった状態。


 それを目の当たりにしたげんがポツリと


「……………………チョコボール竜司……」


「違ーーーーーーーーーうっっ!」


 そんなこんなで僕らはとりあえずテントの外へ。

 蓮がキョロキョロしている。


「蓮?

 どうしたの?」


「いや……

 ルンルがいないんだけど……」


 あれ?

 そういえばどこ行ったんだろ。


 あ…………

 待てよ…………


 もしかして……


「どっ……

 どこ行ったんだろうねぇ……

 僕も探してあげるよ」


「ありがと竜司」


 蓮の微笑みが痛い。


 元はと言えば僕の父さんが原因だ。

 ゴメン本当にゴメン。


 ザバン


 僕は海に入る。

 僕はルンルの居所に確信があった。


 ザブザブ


 下向きながら海中に目を凝らす。


 あった、超電磁誘導砲レールガン

 海中に沈んでいた。


「いたーーーっっ!

 ルンル居たよーーーっっ!」


 サブンッッ


僕は海中から超電磁誘導砲レールガンを引き揚げ、蓮に見せる様に掲げる。


「ルンルーーーーーーッッッ!

 アンタ何で超電磁誘導砲レールガンになってんのっっ!?」


 蓮が驚いている。


 うんこれで間違いない。

 蓮は父さんとの初対面を記憶から抹消している。


 僕は超電磁誘導砲レールガンを抱えて蓮の元へ。

 砂浜に置いた超電磁誘導砲レールガンに手を添える蓮。


 瞬く間に白色光に包まれた。


 中から現れたルンル。

 何だか目を回している。


「あっちゃあ~~……

 コレ蓄電を相当量散らしちゃってるわ……」


 蓮が言うには海水って電気を散らすんだ。


 竜形態の場合だと魔力でガードできるから電気は散らないんだけど、銃形態だと何かになるから海水に浸けると物凄く電気が散ってしまうんだって。


 父さんが来てからずっと海水に浸かってたから蓄電量が大幅に減ったんだろう。

 とりあえずこのまま寝かせて置いてあげてとの事。


 さあ、色々あったけどご飯にしよう。

 この若狭和田ビーチは海の家がたくさんある。


 僕は海の家と言えばラーメンや焼きそば、フランクフルト等ベタなメニューがたくさんあるだけかなと思っていた。


 だけど若狭和田ビーチは違った。


 タマゴ丼や特製カレー、高浜産のワカメを使った冷やし中華。

 福井名物ソースカツ丼や牛串なんかもある。


 珍しい所ならローストビーフやロコモコ丼、高浜で捕れた真イカを使ったイカ焼きなんかもある。


「凄い……

 今の海の家ってこうなんだ……」


 僕は多数の海の家が掲げる個性的なメニュー群にただただ驚くばかり。


「浜茶屋(海の家)がたくさんあるな。

 竜司、どれにするよ」


「ううん……

 どれにしようかな……

 カレー……

 いやいやがっつりロコモコ丼も良いし……

 いやいやせっかく福井に来たんだからソースカツ丼を食べると言うのも……」


 悩む。

 滅茶苦茶悩む。


 これ無理だよ。

 決めれないよ。


 口内から涎が湧いて来る。


「おまえら、昼飯はええけどこのアワビどうすんねん。

 ワシがいるのは貝殻だけやから、食うてもええで」


 アワビと言えば高級貝だ。

 それぐらい僕も知ってる。


 でもどうやって食べるんだろう?


「フネさん、アワビってどうやって食べるの?」


「せっかく浜に来とんのやから、豪快に焼いて食うのがええやろ。

 バター入れて醤油一垂らししたら美味いで」


 バター醤油。

 そんなの美味いに決まっている。


 じゅるり


 涎が湧いて来る。


「じゃ……

 じゃあ……

 バーベキューが出来る所が良いよね……

 どこが良いかな……?

 あ、ここはどう?」


 僕が指差した先は


 Beach House Oasis


 ここは少し若者向けの浜茶屋。

 ここを選んだ理由はもちろんバーベキューが出来る事と名物料理がロコモコ丼なんだ。


 ハンバーグが載ってる丼だからこれを三つ程ガレアに食べさせておけば僕は悠々と焼きアワビを食べれると言う作戦だ。


「俺は別に構わんぞ」


 兄さんは同意。


「私は豪輝さんが良いなら……」


 涼子さんはいつの時も兄さんを立てる。

 本当に奥ゆかしいなあ。


「私もいいわよ」


 暮葉も同意。

 あんまり解って無いんだろう。


「私お腹空いちゃったからガッツリ食べたいんだ」


 蓮はお腹が空いているらしく同意。

 色々あったもんな。


「ワイも構わんで」


 げんも同意してくれた。


「ワシも問題ない」


「お爺ちゃん、アワビなんて食べれるの?」


「竜司よ……

 儂を舐めるで無いわ……

 齢九十じゃがまだまだ歯は丈夫じゃわい」


 見事に生え揃った歯を見せびらかすお爺ちゃん。


「あー……

 ウチ……

 何でも良いんで……」


 いつもの湯女ゆなさん。

 さっき“わかったにゃん”とか言ってたくせに。


【ん?

 何だ?

 メシか?

 俺、肉喰いたい】


「わかってるよガレア」


 とりあえず僕らは店に向かう。



 Beach House Oasis



(いらっしゃいっ!)


 肌の健康的な黒さが目立つ体格の良い男性が出迎えてくれる。


「あ……

 すいません。

 この店、竜大丈夫ですか?」


(大丈夫ですよっ!

 何名様ですかっっ!?)


 えっと……


 僕にガレア、暮葉、蓮、げん、ベノムに兄さん、涼子さん、ボギー、湯女ゆなさん、お爺ちゃん、カイザの合計十二人か。


「えっと九人+竜三人の合計十二人です。

 あとバーベキューもお願いしたいんですが大丈夫ですか?」


(わかりましたっ!

 食材は持ち込みですかっ!?)


「あ、はい。

 足りなければ追加注文します。

 あと調味料でバターと醤油をお願いできますか?」


(わかりましたっ

 他に注文はありますかっ?)


「竜司、ビール頼む」


「あっ

 ワイも」


「ワシも貰うで」


「あ、うん。

 ビールが三つとロコモコ丼を……

 ロコモコ丼食べる人いる?」


【竜司、何だ?

 モコモコって】


「モコモコじゃ無くてロコモコね。

 これがさっき言ってた肉だよ」


【そっかっ!

 じゃあモコモコ肉三つくれっ!】


 相変わらずガレアは三つ。


「竜司、私もお願い」


 蓮も注文。


「ワイももらうわ」


「ウチもよろー……

 何かソレしか無さそーだし……」


 げん湯女ゆなさんも注文。


「えっ!?

 えっ!?

 みんな頼むのっ!?

 じゃ私も私もーっ!」


 出遅れたのが嫌らしく、暮葉も注文。


「俺はいらん。

 バーベキューだけでいい」


「私もいいわ」


「ワシャ要らん。

 脂っこいもんは喰えんわ」


「儂も要らん」


マスターが喰わぬなら我も要らぬ」


【僕はバナナ食べるから要らなーいっ】


 兄さんと涼子さん、フネさんとお爺ちゃんとカイザ、ボギーも要らないと……

 ベノムはどうだろう。


「おう、竜司。

 ベノムはししゃも喰わせとけばええから大丈夫やで」


「はぁい。

 お待たせしました。

 ロコモコ丼八つお願いします。

 その内三つは大盛りでお願いします。

 あとお冷を人数分」


(わかりましたっ

 バーベキュー席でお待ち下さい。

 調味料をすぐ持って来ます。

 火入れも致しますので少々お待ち下さい)


「はいお願いします」


 ふう。

 この人数だと注文も一苦労だ。


 しばらく待っているとさっきの店員さんがやってきてコンロに火を入れる。


 ドカッ


 無造作にチューブバターと醤油を置く。


(はいっ

 では網が熱くなりましたらバーベキューをお楽しみくださいっ

 ビールすぐ持って来ますっ

 ロコモコ丼はもう少々待って下さいねっ)


「店員さんよ……

 貝柱切るからちいこい包丁も頼むわ」


(ちょっと待ってて下さいねっ)


「ヒョヒョヒョヒョ……

 じゃあやるかいの……」


 カラッ……


 ゴトッ

 ゴトッ

 ゴトッ


 網から次々アワビを取り出す。

 どれもデカい。

 こんなに大きいのってぐらい大きい。


「どれ……」


 貝殻を下にして網の上に人数分のアワビを並べていく。


「これでいいの?

 フネさん」


 キョトン顔で聞いてしまう僕。


「ヒョヒョヒョッ……

 竜司よ……

 待っとれ……

 おもろいもん見れんで」


「面白いもの?」


(はいっ

 ビールお持ちしましたっ

 あとこれ包丁ですっ

 お使いください)


「はいおおきに」


 包丁を受け取るフネさん。


「おっ

 ビールが来たぞ。

 げんくん、御婆様」


「あ、すんまへん。

 にいやん。

 にしてもやっぱ……

 にいやんの前で酒飲む言うんは……

 気ィひけるのう……」


「いいぞっ

 げんくんっ

 警視庁が許すっ

 呑め呑めっ

 どんと呑めっ!」


「ヒョヒョヒョッ

 御婆様なんてオジョーヒンやのう。

 男前のニーチャン」


「……何ンだ……

 このリア充……

 警察かよ……

 チッ……」


 僕は湯女ゆなさんの舌打ちを聞き逃さなかった。


「まあにいやん、そろそろいきましょうや」


 げんがビールの中ジョッキを掲げる。


「おうそれじゃあ……

 カンパーイッッ」


 ガチャンッッ!


 豪快にジョッキが合わさる。


「んっ……

 んっ……

 んっ…………

 ぷはぁ~~…………

 この一杯の為に生きとんのうっっ!」


 本当に美味しそうに呑むげん

 お酒ってそんなに美味しいのかな?


 てかげん、お前未成年だろ。


「んっんっんっ……

 ふう……

 ビールが染みわたるなあ……」


 兄さんの飲み方は落ち着いている。


「そろそろかのう……」


 フネさんが呟く。


 ウネウネ


 うわアワビがウネウネ動き始めた。

 気持ち悪。


「フネさん……」


「ヒョヒョヒョッ……

 竜司よ、これが別名“アワビの地獄焼き”じゃ」


 フネさんが笑っている。


 地獄焼き。

 確かにアワビが下からの熱で蠢く様は地獄の炎で焼かれている様だ。


「うーわー……

 キモッ…………」


 湯女ゆなさんが呟く。

 確かに。


湯女ゆなさんよ……

 ワレはお好みのカツオブシが気持ち悪い言う外人か」


「……うるさし……」


「お?

 そろそろツユが沸騰し始めたのう……

 そろそろバターいこかい……」


 チューブバターを手に取るフネさん。


 ニュニュッ


 バターがアワビの上に。

 瞬時に溶け、アワビ全体に行き渡る。


「んで醤油やの……」


 タラッ


 醤油を一垂らし。


 ジュワァッ


 醤油が蒸発。


 香ばしい匂いが鼻腔に滑り込む。

 良い匂い。


 ゴクリ


 生唾が湧いて来る。

 お腹が空いてきた。


「よし……

 そろそろええで。

 竜司……

 いっとくか?」


「ハイッ」


「ヒョヒョヒョッ……

 ええ返事じゃ……

 ホレ」


 フネさんが僕のお皿に焼き立てのアワビを乗っけてくれる。


 ほわぁん


 アワビから湯気が立つ。

 醤油の香ばしい匂いを上書きする様に磯の匂いが立つ。


「これ……

 ゴクリ……

 どうやって食べるんですか……?」


「刃を貝殻と肉の間にいれてぐりッとやったら簡単に取れるで。

 んで豪快にかぶりつくんや」


「は……

 はい……

 包丁を間に……」


 グリッ


 ホントだ。

 簡単に外れた。


 じゃあ……

 食べるぞ……


 ガブッッ


 僕はアワビにかぶりついた。


 ブツン


 柔らかい。

 簡単に歯で噛み千切れる。


 モグ


「フモッ……!?」


 何だコレ。


 一言で言うなら……


 磯。


 口の中が磯だ。

 口内に広がる海の味。


 そして濃縮された魚介の旨味が舌全体を包み、バターのコクと合わさり、醤油の風味と塩気がそれを倍加させる。


 美味い。

 美味すぎる。


 もう陳腐な言葉しか生まれないぐらい美味い。


「どや?

 竜司」


「めちゃくちゃ美味いですゥッッッ!」


「ヒョヒョヒョヒョッ

 素直でヨロシイ」


「へー……

 竜司、そんなに美味しいの?

 私もたーべよっと…………

 モグ…………

 ホントだ……

 すっごい美味しい……」


 蓮もその旨味に舌を巻いている。


「ワイもいこか……

 モグ……

 美味ァッ!

 バーちゃん、何やコレ?」


「ヒョヒョヒョげんよ……

 ワレ、アワビの浜焼きは初めてじゃったかいのう……

 ビールのツマミにもええで」


「んっ……

 んっ……

 ホンマやぁっ!

 おーいっ!

 兄ちゃんっ!

 中ジョッキおかわりや」


 フネさんの言われるままにビールを飲み干し、さらに追加注文。


「へー……

 そんなに美味しいの?

 じゃあ私もたーべよっと……」


 モグ


 暮葉が見よう見真似でアワビを取り外し、一口。


「アレッ!?

 海ッ!?」


「暮葉……

 何それ?」


「竜司っっ!

 何か凄いのっ!

 コレ齧ったら口の中が海になっちゃったのーーーッッ!」


 暮葉独特の感想。


「フフ……

 何それ」


【竜司、何喰ってんだ?

 俺にもくれよ】


「あっちょっと待ってね……

 よっと……

 ホイ」


 僕はガレアの分を貝殻から取り外し、無造作に放り込む。


【モグモグ……

 何だコレ?

 海の中にいるみたいだな。

 美味いぞコレ。

 もっとくれ】


 ゲッ!?

 ガレアが気に入ってしまった。


 僕の作戦が。

 トホホ。


「ヒョヒョヒョ……

 心配せんでええ。

 まだまだあるさかいにな」


「御婆様、物凄く美味しいですね。

 捕れたてですから鮮度が違いますものね」


 兄さんもご満悦の様子。

 何かフネさんに対して一定の敬意を払ってるんだよな兄さんて。


【バナナ美味しいなあ】


 そして空気の読めないボギー。


 くい


 げんの袖を引っ張るベノム。


「ん?

 何やベノム……

 あ?

 ししゃもが食べたいやって……?

 おう悪かったなあ。

 んでもししゃもって若狭湾で捕れるんかいな……

 すんまへーんっっ」


(はいっ

 何でしょう)


 先の店員を呼びつける。


「バーベキューの食材ってやっぱ土地柄的に魚介メインか?」


(そうですねっ

 魚介と野菜です。

 ロコモコ丼のハンバーグは別から取り寄せてます)


「ししゃもはあるんか?」


(ししゃもはちょっと……)


「ほんだら何がある?」


(今でしたら若狭グジとか甘えび……

 あと岩牡蠣……

 スズキとかもありますよ)


「おうグジがあんのか。

 さすが若狭湾やな。

 ほいじゃあ、グジとスズキを一匹ずつ。

 甘えびと岩牡蠣を人数分注文するわ」


(ありがとうございます)


「すまんのうベノム。

 ししゃもは無いんや。

 そん代わりグジ頼んだったからな。

 美味いでぇっ!?」


 げんがベノムに笑いかけている。


「ねえげん、グジってどんな魚?」


「ん?

 クジって甘鯛の事や。

 福井やったらそう呼ぶんやで」


「へえ……

 モグモグ……

 モグモグ~~……

 美味しい~……」


 僕はアワビを咀嚼し、芳醇な海の味を楽しみながら応答する。

 思わず顔が綻んでしまう。


(お待たせしましたっ

 ロコモコ丼ですっ)


 海の味を楽しんでいる所にロコモコ丼がやって来た。


「みんなーっ

 ロコモコ丼が来たよーっ!」


「モグモ…………

 あぁ、そう言えばそんなの頼んでたわね」


 蓮が口を押えている。

 そんなにアワビが美味いのか。


【ウマウマ……

 何か海だな……

 俺、海だな……

 ウマウマ……

 ん?

 モコモコ肉か?】


「モグモグ……

 ん?

 竜司?

 何それ?」


「ロコモコ丼だよ」


 暮葉の食べてる様に違和感。


 何だろう?

 あっそうか。


 暮葉、アワビを食べてるんだ。

 それが不思議なんだ。


「暮葉……

 辛いのかけないの……?」


「ん?

 竜司、何言ってんの?

 海が辛い訳ないじゃない。

 しょっぱいけどねウフフ」


 要するに焼きアワビの圧倒的な魚介の旨味には辛さなど不要って事か。

 とりあえずロコモコ丼を前に置く。


「おうロコモコ丼か。

 こっちよこせや」


げんちゃん……

 ウチもよろー……」


「スマン竜司、二個くれや」


 二つ渡す僕。

 全員に行き渡った。


 ■ロコモコ(丼)


 白いご飯にハンバーグと目玉焼きを載せ、グレーピーソースをかけたハワイの料理。

 起源は1949年にハワイ島の日系二世ナンシー・イノウエがサンドウィッチとは違う、安くてすぐ食べられる料理をと依頼され作成されたと言われている。

 近年ではハワイの郷土料理としても親しまれ始め、照り焼きチキンや野菜などを載せるバリエーションもある。


 まずは一口。


 モグ


 ジュワッ


 咀嚼するとハンバーグに内包されていた肉汁が口の中に弾け溢れる。


 先程まで口の中に存在した膨大な魚介の旨味と現れた巨大な肉汁の旨味が合わさり、口内がどえらい事になる。


 もう何が何だか解らない。

 食欲がムクムク湧き上がる。


 もう止められない。

 一心不乱に箸を動かす。


「ヒョヒョヒョッ

 ええ食べっぷりやないかい竜司。

 アワビ、がんがん焼くさかいにどんどん食えや」


「モガッ!」


 僕は咀嚼に忙しい為、大きく頷く事しか出来ない。


 こうして楽しい昼ご飯は終了。

 てゆうか昼ご飯こんなに喰ってって大丈夫なのか。


「おーおー……

 ジャリ共またぎょうさん喰うたのう……

 ワシも材料こないに集まって嬉しいわい」


 ジャラジャラ


 網に戻したアワビの貝殻をジャラジャラいわせながら微笑むフネさん。

 楽しい昼食の時間終了。


 食事を終えた僕らがテントに戻るとそこには蒼い顔で体育座りしているカズさんが居た。


 ん?

 首筋に何か顔がある。


「あ、カズさん。

 戻ってきてたんですね」


 フイッ


 力無く振り向くカズさんの顔に言葉を失った。

 顔面蒼白。


 今こうしている間にもどんどん顔から生気が失って行っている。

 それもそのはず。


 首筋につづりさんが咬み付いているのだ。

 おそらく血を吸っているのだろう。


 そして顔には青痣や引っ掻き傷が多数。

 一体何があったんだ。


「あー……

 竜司君ー…………

 アハハハァー……

 どこいってたんだよモー…………」


 言葉に力が無い。


「一体何やってるんです……?」


 とりあえず状況確認。


「ほひふほはん(お昼ご飯)ッッ!」


 カズさんの首筋に咬み付いたまま喋るつづりさん。

 多分お昼ご飯って言ってるんだろう。


「あ……

 そう……

 後その傷なんです?」


「あー……

 コレー……?

 つづりに水着届ける時にねーー……

 うっかり女子更衣室に入っちゃってねー……

 中の女性陣に揉みくちゃにされちゃってさー…………

 ハハハー……

 あ、お婆ちゃん……

 お爺ちゃんも一緒かーー…………」


 あ、また見てはいけないもの見てる。


「ちょっとっっ!

 つづりさんっ!

 つづりさんっ!

 その辺にしとかないとカズさん逝っちゃいますよーーーッッッッ!」


 僕は慌てて制止する。

 ようやくつづりさんが顔を離した。


 口端から一筋の血が垂れる。


「美味しかったわぁん…………

 ご馳走様カズ……

 ムチュッ」


 つづりさんが力無く倒れているカズさんに投げキッス。

 いや、ムチュッじゃないだろ。


 つづりさんは豹柄のつなぎビキニ。

 涼子さんと同種のやつだ。


 海の家で売っていたからだろうか布は若干多め。

 涼子さんの方が露出は高めだ。


「あー……

 竜司君ー…………

 そこのクーラーボックスからーー……

 輸血パック二つ取り出してー…………

 正直結構ヤバ気だからーー……

 気持ち早めにお願いー……」


 大変だ。

 急がないと。


 いつもより輸血パック多めだ。


 僕は側のクーラーボックスから輸血パックを取り出す。

 カズさんの両腕の印にブスっと刺す。


「ふう……

 これで良しと……」


「んもう…………

 この水着大人し過ぎてネェ……

 これじゃあ竜司君を誘惑できないじゃなぁいん」


 つづりさんが色気のある眼差しをこちらに向ける。


「タハハ……」


 苦笑いしか出来ない。


 ザッザッザッザッザッッッッ


 何処かで聞いた様な速く、激しく砂を蹴る音が聞こえる。


「ハッハーーーッッ!」


 大きな笑い声と共に全裸の父さんが砂塵を巻き上げながら走って来る。


「大人しゅうせぇぇぇっっ!」


 ビュビュビュン。


「ヨッ!

 ヘッ!

 ハァッ!」


 父さんと一緒に出刃包丁が真横に飛んでくる。

 母さんの怒号と一緒に。


 まだやってたのか。


 ギャギャギャァァッ!


 また通り過ぎるのかなと思ったら、動きがある。

 父さんが急ブレーキをかけたのだ。


「何やてっ!?」


 母さんも驚いている。

 急には止まれない様だ。


 ドシィィン


 モクモク


 母さんと父さんがぶつかった。

 砂塵が巻き上がる。


 やがて浜風が巻き上がる砂煙を攫って行く。

 中から現れたのは丸太の様な太い腕で母さんを抱きしめている父さん。


「ンフフフゥ~~……」


 父さんが笑っている。


「何すんねんっ!

 離さんかいっ!」


 母さんは父さんの腕の中で身を捩る。


 が、やはり強いと言っても母さんは女性。

 太い父さんの腕は鋼鉄の様に母さんをガッチリロックし、離さない。


十七とうなさん……

 私は貴方を愛しています」


 父さんが妙な事を言い出した。


「なっ……!?

 アンタッ……!

 急に何言い出しとるんやっ!」


 そんな事言いつつ、頬が赤くなっている母さん。


十七とうなさん……

 貴方はどうなんですカァ…………?」


 まだ続くのかコレ。


「そんなんっ……

 言わんでも解るやろ……」


 頬を赤らめながら恥じらい、眼を背ける母さん。

 これ両親だよな?


 え?

 何だコレ。


「ンフフフゥ~~……

 十七とうなさんのその気持ち……

 嬉しいデスヨォ……

 だからこそ……

 解って欲しいのデスゥ……

 私が常に全裸なのは……

 性癖では無いんデスゥ……

 その訳はァッ…………!

 貴方への愛ですッッ……!

 貴方への愛を表現するのに……

 衣服は邪魔なんですゥ……

 いつもそれぞれ遠く離れた場所にいる……

 そんな貴方にィッッ!

 僕のォッッ!

 溢れる愛を届けるにはァッ!

 衣服は邪魔なんですヨォ……」


「そうやったんか…………

 ウチ……

 ウチ……

 嬉しいっっっ!!」


 ギュゥッッ


 母さんが父さんの首に抱きついた。


 いや性癖だろ。

 何だこの力押しの理論。


 何?


 自分が脱ぐのは母さんを好きで?

 その気持ちを届けたいから?



 そんな訳あるかーーーーーーッッ!



「ンフフフゥ~~……

 解ってくれた様で嬉しいデスヨォ~~……」


 母さんも頭おかしいのか?


「…………とか言うと思ったんか…………」


 急に冷たく低い呟きが聞こえてくる。


「ヒィェェェァッッッ!」


 父さんの悲鳴。


「あんさんが……

 ウチを好いとる事はええわ…………

 んでもそれが何で脱衣に繋がるんや……」


 うむ、ごもっとも。


「とっ……

 十七とうなさんっ!

 斬れてるっ!

 斬れてるぅぅぅっっ!

 死んじゃうッッ!

 僕死んじゃウゥゥゥゥッッッ!」


 死角で良く解らないけど恐らく母さんの出刃包丁が父さんの急所を斬り始めたんだ。


 怖っ!


「履・こ・な……?」


 優しく言っているが声は完全に怒っている。


 怖っ!


「ハイィィィィッッッ!」


 あ、父さんが遂に折れた。

 僕の時も服着せるの苦労したもんな。


「じゃあ……

 ウチ、降ろし……

 あと履く時は……

 海の方、向いて履きや……

 アンタの粗末なモン……

 子供らに見せんようになあ……」


「そんな事言ってェェ……

 ホントは僕の男根を独り占めした…………

 痛たたタァっ……!

 斬れてるッ!

 頸動脈、斬れちゃうッ!

 ウソですッ!

 ウソですゥゥゥッッ!

 出刃包丁、引かないでェェェッッッ!」


 父さんの説明的なセリフで解った。


 母さんは理解したフリして父さんの首筋に包丁を当てたんだ。

 そしてゆっくり引いていると。


 母さん、医者だから頸動脈の位置は解るだろうし。

 って何、僕も冷静に怖い事分析しているんだ。


 ストッ


 母さんが優しく降ろされる。


「ハイ……

 むこう向き……」


 まだ首筋から包丁を離さない母さん。

 父さんを全く信用していない。


 そのまま側に居たダイナの亜空間に手を突っ込む。

 中から出てきたのは大きな男性用水着。


 さっき僕が渡した奴だ。

 母さん、ダイナの亜空間に格納してたのか。


 無言で水着を渡す母さん。

 しぶしぶ履きだす父さん。


 ようやく父さんの騒動が終わった…………

 のか?


「竜司…………

 その人は……?」


 蓮が側に来た。


 もう大丈夫だ。

 父さんを蓮に紹介できる。


「あぁ……

 蓮……

 この人は僕の父さんだよ」


「ハァイ……

 麗しきレディ……

 私は竜司の父親……

 皇滋竜すめらぎしりゅうと申しますゥ……

 貴方は竜司のお友達デスカァ……?」


 父さんが跪いて、蓮に目線を合わせている。


 僕が言うのもアレだけどこういう所が母さんと要らぬ軋轢を生む原因じゃないだろうか。


「あぁっっ!

 ッッ!

 私は竜司君の…………

 とっ…………

 友達のっ!

 新崎蓮しんざきれんと申しますッッ!

 宜しくお願いしますっっ!」


 蓮が深々と勢いよくお辞儀をしている。

 やっぱり自分の事を“友達”と呼ぶのはまだ抵抗があるのだろうか。


 僕の心がチクリと痛む。


 て言うか初めましてじゃないよ。

 さっき見てるからね蓮。


「何や?

 竜司、そのオッサン誰や?」


 今度はげんがやってくる。

 相手が男だと立ち上がる父さん。


 げんが完全に父さんの影に入ってしまう。

 確か身長百八十以上あるって言って無かったか?


 どんだけデカいんだ。

 マッスルモードの父さん。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 空気が震えているのかと錯覚する。


「初めましテェ…………

 私は竜司の父親ァ……

 皇滋竜すめらぎしりゅうデェス…………

 貴方はどなたデスカァ…………?」


「うおっ!

 何やっ!?

 デカッ!?

 ……ワイは鮫島元さめじまげんッ!

 竜司の親友やっっ!」


 げんがこちらをちらりと見ながら微笑んでいる。


「ホホゥ……

 親友……

 それはソレハ…………

 竜司がいつもお世話になってイマスゥ……」


 本人はそのつもりが無いんだろうけど、何だか威圧しているように見える。


「ヘッ

 竜司が困っとるんやったらいつでも助けたるわいっ。

 それより竜司のオトン……

 アンタこんなええ身体ガタイしてんのやったらよほど強いんやろなぁ……」


 げんから何やら不穏な空気。


 バトルマニアとしての血が騒いだのか。

 僕はたまらず制止する。


「ちょっ!

 ちょっとっ!

 げんっ!

 今日は僕達楽しみに来たんだよッッ!

 喧嘩は止めてよッッ!」


「わかっとるわいっ

 心配すなや竜司」


「ンフフフゥ~~……

 若さから来るその意気や良しでスネェ…………

 どうです……?

 げん君さえ良けれバァ……

 我々と共にマヤドー会海洋交渉術を……」


「父さんも止めて」


 危ない危ない。

 全く油断も隙もあったもんじゃない。


 僕らがテントの方に戻ると兄さんがこんな提案をしてきた。


「竜司っ!

 腹ごなしにビーチバレーでもしないかっ!?」


 夏だっ!水着回だっ!皇一家の海旅行③へ続く

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