四千PV記念 夏だっ!水着回だっ!皇一家の海旅行①

 次の日


 僕はガレアを連れてオヤツを買いに行った。



 近場のスーパー



「ふふふ……

 何にしようかなあ……?

 ぼんち揚げに……

 ピザポテト……」


 どんどん買い物かごに入れていく。


 何で旅に行く前のオヤツ買いってこんなにウキウキするんだろ。

 食べ出すとそんな事無いのにね。


【竜司、ばかうけ買ってくれよばかうけ】


「わかってるよ……

 ん?

 何だこれ?」


 定番のばかうけに混じってヘンなばかうけがある。

 手に取ってみる。


 ばかうけ濃厚つまみ揚げ 四種のチーズ味


 何だコレ?

 おつまみだろうか?


 隣にベーコンペッパー味っていうのもある。

 見ると一口サイズみたいだ。


 つまみ揚げって言うぐらいだから味が濃いのかな?

 とりあえず買ってみるか。


【ん?

 なんだそのばかうけ。

 見た事ねえな】


「僕も良く解らん。

 とりあえず買う?」


【おう、三つくれ】


 これはガレアの定番。

 毎回ガレアに買う時は三つずつ買うんだ。


 ばかうけの時は全味三つずつ。

 大量投入された為、一気にカゴが満杯になった。


 ばかうけ恐るべし。


「ちょ……

 ちょっと一旦お会計しよう……

 ガレア、ついといで」


【おう】


 僕は一旦レジへ。

 会計を済ませ、サッカー台へ。


「ガレア、亜空間出して」


【ホイヨ】


 ガレアが亜空間を出した。

 手早く次々ばかうけを格納していく。


【へへっ

 ありがとな】


 普通にガレアの亜空間使ってるけど、コレってどれぐらい入るんだろ?


 格納完了。

 さあオヤツ買い再開だ。


「ええと……

 ポッキーに……

 トマプリ……

 あっそうだそうだ……

 ブルボン御三家も買わないと……」


 ブルボン御三家とはブルボンのお菓子。

 ホワイトロリータ、バームロール、ルマンドの事。


 これは僕の独断と偏見だ。

 ちなみに僕は御三家の中ではルマンドが好き。


 そんなこんなでオヤツ買い完了し、帰宅する。


「竜司おかえり、また大量に買って来たなあ」


 兄さんが出迎えてくれた。


「フフン。

 これぐらい普通だよ」


 大量の戦利品に少し誇らしくなる。


「あ、そうそう竜司。

 カズとつづりも来るけど良いか?」


 おかしい。

 言い方がおかしい。


 “来る”って事はもう呼んでいるって事だ。

 完全なる事後報告。


「う……

 うん……

 けどカズさん達、家に来るの?」


「いや、現地集合だ。

 その方が合理的だろ?」


 なるほど。


 その日は荷物をまとめ、明日の為に早く寝る事に。

 僕は布団の中で考えていた。


 僕の旅行どうなるんだろ?

 と。


 父さんと母さんに加え、お爺ちゃんも来る。


 そう言えば一家で旅行なんていつぶりだろ?

 僕が引き籠るよりももっとずっと前の話だ。


 ほとんど記憶に無い。

 でもこうして家族で旅行に行ける日がまた来るなんてなあ。


 そういえば去年の今頃だったっけ?

 ガレアと知り合って僕が家出したのは。


 たった一年しか経ってないのに酷く懐かしい。

 でも、この旅どうなるんだろ……


 カズさんは良いにしても……

 あのが来るのか……


 痴女と罵りつつも、股間にほのかな熱さを感じて僕は眠りについた。


 旅行当日。


 チュン……

 チュチュン


 小鳥の囀り。

 僕はゆっくり目を覚ます。


 ガヤガヤドタドタ


 何やら外がほのかに騒がしい。

 頭がポーっとする。


 あっそうだ。

 今日は旅行、行くんだった。


 僕は跳び起きた。

 側でガレアも寝ている。


「ガレア、おはよう」


【竜司うす】


 何度も何度も思っている事だが本当にガレアは寝覚めが良い。

 僕は手早く着替えて、荷物を持って一階に降りる。


「おう竜司、おはよう」


「おはよう竜司君」


 兄さんと涼子さんがもう準備していた。


 今、時間は何時だ?

 僕は茶の間に行き、時計を確認。


 午前七時二十八分


 わっ

 完全に寝過ごした。


「竜司ーっ

 おはよーっ!

 お寝坊さんだぞっ!」


 暮葉が元気に挨拶。


「おはよう暮葉」


「竜司さん…………

 はよ朝餉あさげ食うてもうてな……

 洗いもん片付きゃしまへん……」


「ゴメン母さん、おはよう」


 今日の朝ご飯は母さんが作ったらしい。


 焼き鰺、だし巻き卵、ほうれん草とひじきの胡麻和え、納豆、ワカメの味噌汁。

 それとご飯である。


 正直母さんの作るご飯はめちゃくちゃ美味い。


 味噌汁の味一つとってみても頭一つ群を抜いている。

 そこらの料亭が裸足で逃げ出す程だ。


 でも今は味わっている暇はない。

 早く食べないと。


 ガツガツ


 ガレアじゃないけど急いで食べ出した。


【ガツガツ……

 竜司のかーちゃんのメシは、相変わらずめちゃくちゃ美味ぇな】


 ガレアも母さんのご飯は美味しいらしい。


「んぐっ!?」


 急いで詰め込んだため、喉に詰まった。


 ドンドン


 忙しなく胸を叩く。


「あらあら……

 竜司さん……」


 母さんが目の前に正座座り。

 藍色の薄物に白のたすき掛けが映える。


 にっこりと優しい笑みを浮かべて、ゆっくり手を伸ばす。

 目的地は僕の頬。


「こんな所におべんとう付けはって……」


 僕の頬っぺたにご飯粒が付いていた。

 母さんの白い人差し指がご飯粒を持って行き、パクリと人差し指を咥える。


「急がんでええのに…………

 ご飯は逃げへんえ……

 うふふ」


 僕は赤面してしまう。


 何か良い風にまとめているっぽいけど、元々食べるのを急かしたのは母さんじゃないか。


 モグモグ


 黙って再び食べ始める。

 すぐに食事完了。


 僕はガレアの分も食器を片付ける。

 さあ僕も準備を手伝わないと。


 玄関先に兄さんの車はもう来ていた。

 相変わらずデカい。


「相変わらずデカいね……

 兄さんの車……

 ヴィトーって言ったっけ?

 いくらするの?」


「Vクラスだからそんなに高くねえぞ。

 一千万ぐらいだ」


 一千万って言われてもピンと来ない。

 高いのか安いのか良く解らん。


 それにしてもデカい。

 僕はどんどん荷物を積んでいく。


 と、そこへ二人やってくる。

 蓮とルンルだ。


「おはよう竜司」


【竜司ちゃん、チャオ】


 蓮は白色で半袖のワンピース型ロングスカートで登場。


 いつも割とスポーティな格好をしているだけに、うって変わった清楚な出で立ちに少し驚く。


 スカートが夏日の炎陽を吸収し、一層白く輝く。

 たすき掛けに大型ボストンバックを掛けている。


「おっ蓮ちゃん、おはよう。

 さっ荷物詰め込むから貸してくれ」


「おはようございますお兄さん。

 もうサングラス掛けてるんですか?

 気が早いですよフフフ」


 気が付いたら、兄さんはもうレーバンを掛けていた。

 いや、まあ似合うけどもよ。


 カランコロン


 下駄の音を立てて、母さんがやって来た。


「竜司さん……

 そこの女の子はどちらさんどす……?」


「あっ母さん……

 この人は親友で新崎蓮しんざきれんさんだよ……

 それであっちが使役してる竜でルンル」


「えっっ!?

 竜司の…………

 お母さんっっ!?」


 蓮が驚き、目をパチクリさせている。

 思わぬ母親の登場に動揺を隠せない様だ。


「あらあら…………

 こない可愛らしい女友達がおったなんてなあ……

 ウチは皇十七すめらぎとうな……

 竜司さんがいつもお世話になっとります……」


 ゆっくりと上品にお辞儀をする母さん。


「わぁ………………

 あぁっ!

 いえいえっ!

 私は新崎蓮しんざきれんですっっ!

 私の方こそいつも助けられっぱなしで……」


 蓮が母さんの綺麗なお辞儀に一瞬見惚れてしまってる。

 すると母さんがルンルの方を見る。


 いけないっ!

 多分母さんの事だからオカマとか見たら、何か色々怖そうだ。


「違うんだっ!

 母さんっっ!

 ルンルは……」


「竜司さん……

 どないしはったんどす……?

 そないに大声出して……

 みっともないどすえ……

 そちらの竜さんも……

 今日から宜しゅう頼んます…………」


【アンタが竜司ちゃんのマミーねぇん。

 アタシはルンルよぉんっ!

 シクヨロッ!】


 軽い軽い軽い。


 ルンル、頼むからもっと丁寧に話してくれ。

 僕は恐る恐る母さんを見る。


「ウフフ」


 正直、眼が凍てつく氷の様になっているかと思いきや、ニコニコ上品な笑みを崩していない。


 一体どういう事だ?

 疑問を抱えたまま作業に戻る。


 するともう二人やってきた。


 げんと……

 もう一人の女の人は誰だろう?


「竜司おはようさん」


「おはようげん……

 その女の人……

 誰?」


「あぁ、この人が電話で話してた湯女ゆなさんや」


「………………ちゃす」


 会釈かどうかも解らないぐらいに薄く頭を動かす女性。


 え?

 何?


 今の挨拶?


湯女ゆなさん、もっときちんと挨拶せいや。

 竜司とは初対面やろ?

 大人やねんから」


「はぁ……

 まあ別にイんだけどサ……

 ハジメマ、裏辻うらつじ湯女ゆなッス…………

 ガタイ、ミニってますけど……

 コレでも二十二ニジューニなんでヨロ。

 アレがコレもんで見た目気だるげッスけど……

 やる気はマジ全然バリバリのバリなんで……

 ヨロシャス」


 何か早口の小声でまくし立てて来る。


 とにかく名前は裏辻うらつじ湯女ゆな

 そして何か理由があって気怠い感じ。


 髪型は黒色で長めのショートボブ。

 二十二歳とは思えないぐらい小柄。


 タイトなデニムに白文字で英語が書いている黒のボートネックTシャツ。

 英語は「Fuck You」


「あ、どうも…………

 皇竜司すめらぎりゅうじです……

 よろしくお願いします……

 でもげんが女性を連れているなんて珍しいね」


「まあこれも縁でな。

 今治療でウチに来とんねや」


 あっ思い出した。


 確か一昨日電話で話していたっけ?

 確か慢性肝炎って言ってた。


裏辻うらつじさん……

 慢性肝炎なんて大変ですね……

 お大事になさって下さい」


「ほらぁ~……

 ウチの個人情報……

 メンズの脳に焼き付いちゃってるじゃん……」


「別にええやんけ。

 竜司なんやし」


「あのさげんちゃん……

 わかってる?

 俺と竜司は親友的なのアピってるけど……

 ウチ患者だから……

 個人情報漏洩で書類送検レベル……?

 不遜な態度ばっかとってっとセカオピかましてビョーイン移るぞオラ……?」


 多分……


 私の個人情報を護って下さい。

 でないとセカンドオピニオンしますよって言いたいんだろう。


 にしても、セカンドオピニオンを”セカオピ”って略する人、初めて見た。


「別にそんなんちゃうわい。

 ええやんけ。

 ワイのツレって事で格安で全部コミコミ前払いなんてなかなか無いで?」


「いや…………

 まー……

 確かに……?

 げんちゃんには……

 感謝してっけど……」


 あれ?

 何となく湯女ゆなさんの頬が赤面してる様な。


「ワイに礼言わんとバーチャンに言ったれや。

 あ、そうそう竜司。

 バーチャンも来ることなったわ」


「えぇっっ!?」


 突然の申し出に僕は驚いた。


「確かに言いたい事は判る……

 竜司すまんのう……

 何か話の流れでそうなってしもたんや……」


「……でも来ていない様だけど……」


「バーチャン、もう九十やからな。

 車で長時間は辛いねや。

 だからベノムの亜空間で行くゆうとったわ」


 なるほど。

 ベノムが来ていないのはこういう事か。


 カランコロン


 この聞き覚えのある足音は。

 振り向くと母さんが居る。


「竜司さん……

 そん方々もご友人どす……?」


「誰や?

 そのオバちゃん」


 やばいっ!


 今度こそ!

 今度こそッ!


 母さんがキレるっ!

 僕は母さんの方を振り向く。


「うふふ……

 竜司さん……

 どないしたんや……?

 はよ紹介しておくれやす……」


 あれ?

 怒ってない……


 さっきの事といい、どういう事だ?


 こういう手合いの人には“オバちゃん”と言うのはタブー中のタブーだと思っていたのに。


「あっ……

 うん……

 こちらは鮫島元さめじまげんさん……

 僕の親友だよ。

 それと、こちらの方は裏辻うらつじ湯女ゆなさん…………

 この方は僕と初対面……

 ……げん

 この人は僕の母さんで皇十七すめらぎとうなです……」


「竜司のオカンかいっ!

 えらいベッピンやなあ。

 竜司のオカン、よろしゅうな。

 ワイがげんや」


「ハジメマ、シクヨロ。

 裏辻うらつじ湯女ゆなッス……」


「うふふ……

 ウチは皇十七すめらぎとうな……

 十七って書いて“とうな”って言うんや……

 十七言うてももう五十やけどな……

 うふふ」


「ゲッ!?

 マジでかっ!?」


「ちょっ!?」


 二人同時に驚いている。


「どこが五十やねんっ!

 若すぎるわっ!

 竜司のオカンッ!」


「ちょちょちょ……

 マジか……

 いや……

 マジっすか……

 この肌で……

 五十げーじゅー……

 いやフツーに有り得んでしょ……

 何なん……?

 不老不死っすか……?

 石仮面でも被ってんスか……?」


 母さんは物凄く若いらしい。

 僕は普段から見ているせいかそんなに気にならなかったんだけどな。


「うふふ……

 おおきになあ……

 ウチの若さの秘訣はナイショやで……」


 カランコロン


 そう言い残し、母さんは去って行った。


「おうげん君、来たか。

 荷物貸せ」


「おうにいやん、久しぶりやなあ。

 んじゃ荷物頼むわ。

 ホレ湯女ゆなさんも荷物貸せや」


「ん……」


 ぶっきらぼうに荷物を渡す湯女ゆなさん。

 僕は兄さんに母さんの謎について尋ねてみる事にした。


「兄さん……

 ちょっといい?」


「ん?

 何だ竜司」


「母さんなんだけど……

 なんか変なんだ……

 ルンルの軽い挨拶とか……

 湯女ゆなさんの無礼な挨拶とか……

 げんのオバちゃん発言とかも……

 全部笑顔で返してるんだ……

 家の暮葉の扱いからしたら、激怒しててもおかしくないと思うんだけど……」


「あー母さん、外面は良いからな。

 他人と接する時は完璧に仮面被ってから」


「あ……

 そう」


「でもまあ……

 母さんが暮葉さんに厳しいのは身内ってある種、認めているかも知れねえぞ」


「あ、なるほど」


「まーお前もそんなに母さんに咬み付くなよ……

 認めているからこその態度だ…………

 っつってなっ!」


 バン


 勢いよくトランクを閉じる兄さん。


「よし準備OKだ。

 竜司、爺様呼んで来てくれ」


「うん」


 僕は一旦家に戻る。


「お爺ちゃーーんっっ!

 準備出来たよーっ!」


 奥からのそりと出て来るお爺ちゃんと黒の王。

 手ぶらだ。


「おう、準備出来たか。

 なら我々も行くとするかの」


「御意」


「お爺ちゃん……

 旅行なのに手ぶらなの?」


「ん?

 荷物は全部カイザの亜空間に格納しとるわい」


「なるほど。

 そう言う事ね」


 お爺ちゃんが門を潜り、車の所まで出て来る。


「おうおう、何じゃ何じゃ。

 えらい大賑わいじゃのう」


(皇さん、朝からお出かけですか?)


 近所のおばちゃんが声をかけてくる。


「あぁ、ヨシノさん。

 おはようさんです……

 そうなんどす……

 息子らが旅行に招待してくれはってなあ……」


(あら?

 それは親孝行な息子さん達やねぇ)


「ええホンマに……

 孝行な息子を持ってウチ、幸せですわぁ……」


 え?

 ちょっと待て。


 もともと呼ぶ気はなかったんだ。

 兄さんが父さんを呼び込んじゃったから、その抑止力で呼ぶ事になっただけだぞ。


「竜司……

 あれが母さんだ……

 ご近所の評判を良くする為なら……

 笑いながら嘘をつく……」


「あ、そう……」


「みんなーっ!

 出発するぞーっ!」


「あ、うんっ!

 ガレア、この車について来てね。

 くれぐれもスピード出し過ぎないように」


【おう。

 わかった】


「ルンル、この車に並走してね」


 僕と同じ様に蓮もルンルに説明している。


【りょおかいん】


 バチン


 ルンルのウインク。

 相変わらず可愛くない。


「豪輝よ。

 どこかで休憩はいれるのか?」


「あぁ、西紀サービスエリアで一度休憩を挟もうと思ってるよ」


「西紀……

 舞鶴若狭自動車道の所か……

 よし……

 ならば……

 ひとまずはそこを目指すか」


 って言うか何で名前だけで場所が解るんだ。

 全方位オールレンジが使える訳でも無く。


じん……」


 フワッッ


 お爺ちゃんと黒の王が浮かび出した。


「お爺ちゃーーんっっ!

 僕ら車だからなるべくゆっくりねーっ!」


 僕は下から叫ぶ。


「わかっとるわい……

 では後でな……」


 ギュンッッッ!


 物凄い勢いで真上に飛んで行くお爺ちゃんと黒の王。

 あっという間に見えなくなってしまう。


「じゃあ僕らも行こっか?」


「おう!

 みんな車に乗れ!」


 僕らは車に乗り込む。


にいやん、えらいデカい車やなあ……

 さすが警視庁のキャリア組」


 と、げん


「デカ……

 失礼シャッス……」


 と、湯女ゆなさん。


 どんどん車に乗り込んでいく。

 席順は……


 前部座席:涼子さん、母さん、兄さん。

 中部座席:蓮、僕、暮葉。

 後部座席:湯女ゆなさん、げん


 こんな感じになった。


 車発進。


 ブロロロ


 車が走り出す。


 加古川沿いの国道十八号線を北上。

 しばらく走ると右折し、国道百七十五号線に入る。


 少し走った所で三木小野I.Cインターチェンジから舞鶴若狭自動車道に入った。

 外を眺めるとガレアとルンルもピタッとくっついて来ている。


 あっそろそろオヤツ食べようかな?

 うふふ。


 ゴソゴソ


 僕は足元に置いてある中型バッグを開け、中に手を入れる。

 出てきたのは……


 トマトプリッツ


「うふふ……

 これにしようかなあ?」


 ペリペリ


 僕は封を開ける。


 ■トマトプリッツ


 江崎グリコが発売した大人気スナック菓子“プリッツ”のバリエーション。

 生地にトマトが練り込んであり、一口齧るとトマト味が口いっぱいに広がる。

 若い女性を中心に爆発的ヒット。

 プリッツ最盛期を築く。


 ポリポリ


 僕はトマトプリッツを一本カリカリ齧る。


 口いっぱいにトマトの味が広がる。

 美味しい。


「竜司、良いもの食べてるじゃない。

 もーらいっ!」


「あぁっ!?」


 蓮が僕の隙を見て、トマトプリッツを奪い取る。


「フフフ。

 隙ありだぞっ」


 ポリポリ


 悪戯っぽく笑いながらプリッツを齧る蓮。

 いやまあ可愛いから良いけど。


「私もっ!」


 背後で声がする。


 ゴソッ


 振り向いた途端、暮葉の手が伸びる。


 六、七本ごっそり持っていた。

 多い多い。


 手の袋には一本しか残されていない。

 トホホ


「暮葉っ

 イェーイッ」


「イェーイッ」


 パァンッ!


 蓮が促し、暮葉とハイタッチする。

 僕を挟んで。


 ポリポリ


「もう……

 二人とも」


「…………げんちゃん……

 何これ…………?

 ナニ謎の盛り上がり、ガン前で見せつけられてンの……?

 この子、何なん……?

 ハーレム?

 何?

 ラノベ主人公?

 ウケる」


 何か後ろでボソッと聞こえた。


湯女ゆなさん、そう言うなや。

 まあ確かにどこのアニメやってぐらい竜司はモテるけどな。

 ハハッ」


 後ろの外野がうるさくなってきた。


 ポリポリ


「うん美味しいけど…………

 辛さが足りないわね」


 暮葉が定番の台詞を言い出した。


 そしておもむろに下げていた化粧ポーチらしきものを開く。

 出てきたのはタバスコの瓶。


 ちなみに化粧ポーチは薄ピンクでラメが入っている可愛らしいデザイン。

 そんな可愛らしいポーチから出てきた真っ赤の瓶。


 何でそんなものを肌身離さず持っているんだ。


 蓋を開けたかと思うとプリッツを中に突っ込み始めた。

 二、三往復させ、引き抜く。


 真っ赤に染まったプリッツ。

 それにぱくりと齧りつく暮葉。


「美味っっっしーーーっっ!」


 暮葉が満面の笑み。

 その様子を見つめていた後ろの外野から声がかかる。


「ちょいちょい……

 何してンの……?

 この子……

 何、トマプリにタバスコ付けて美味ってンの……

 てかタバスコ持ち歩く女子なんか初めて見たわ……

 何きゃわわな化粧ポーチから猪木の手土産取り出してンの……

 何?

 味障なの……?

 患ってんの?」


「暮葉は辛いの好っきゃねん。

 一回タバスコ付けたカラムーチョ食わされて死ぬか思たわ。

 ははっ」


「いやいやいや…………

 カラムーチョは素で充分辛いから……

 辛くして販売してるから……

 それにタバスコぶっかけて辛さ、アウトからごぼう抜きとかされたらコイケヤ開発陣涙目だから……」


「ゆうても暮葉は竜やからなあ。

 味覚も人間とはちゃうんやろ」


「え…………

 竜…………?

 てか……

 どっかで見たトキあるとか思ってたンだけど……

 もしかして……

 クレハ……?」


「ん?

 あぁ確かアイドルやってるっちゅうとったのう」


 それを聞いた湯女ゆなさんが黙った。


―――ヤッベー……

   マジか……?

   マジクレハか……?

   うわー……

   やっぱ間近で見るとガチ可愛いわ……

   目力あるわ……

   オーラ出てるわ……

   くあー……

   ドームツアーの時の話とかいっぱい聞きたいンだけど……

   グイグイ行って痛めのファンみたく思われンのもアレだしナァ。

   つって、その考えが既にファンじゃん。

   ウける。


 黙ったまま何か口元がニヤつきだした湯女ゆなさん。


「あの……

 クレハ姉さん……

 握手してもらってもいっスか……」


 ん?

 クレハ姉さん?


 確かに実年齢は二千歳ぐらいだけど、人型の年齢は十六歳だぞ。


「うんっ!

 いいわよっ!」


 暮葉は何ら躊躇する事無く、笑顔で後部座席に手を伸ばす。


 ギュッ


 暮葉と湯女ゆなさんが握手。

 また黙る。


―――クアーー……

   マジか……

   ライブのMCまんまじゃん……

   今プラベっしょ……?

   営業フェイスとか持ってねーんだ……

   素でドーム湧かせるって……

   やべ最強じゃん……

   はー……

   尊いわ、推せるわ。

   マジ骨の髄までむしゃぶりすこれるわ…………

   トゥンク。


「ん?

 どうしたの?」


 暮葉キョトン顔。


「はっ……

 あぁ……

 あざっす……」


 そっと手を離す湯女ゆなさん。


 ここから暮葉に対する接し方がおかしくなったんだよな。

 ずっとクレハ姉さんって呼んでたし。


 ポリポリ


 トマトプリッツを一袋、食べ終わった僕は箱をしまう。


 これは僕のオヤツの食べ方。

 全部一気に食べちゃうと勿体ないからね。


 さぁ~てお次は……


 ゴソゴソ


 出てきたのぼんち揚げ。


 ■ぼんち揚げ


 ぼんち株式会社が製造する大ヒット和菓子。

 パリッと揚げた一口サイズの煎餅に薄口醤油をベースに砂糖、鰹、昆布の出汁で味付けしている。

 薄めの味ながら複雑で旨味のある味わいの為、ロングセラー商品となっている。


 バンッ


 勢いよく封を開ける。

 中から一つ取り出す。


 パリッ


 一口齧ると口の中で魚介の旨味と醤油の味、ほのかな砂糖の甘さが混然一体となり踊る。


 思わずにんまりとしてしまう程美味しい。


「竜司、私もぼんち揚げ頂戴」


 今度はちゃんと頼んできた蓮。


「うんいいよ」


 袋を蓮の方に向ける。


 ガサッ


 一つ取り出す。


「ありがとっ」


 と、そこへ後ろから声がかかる。


「おう竜司、ええもん食うてるやないか。

 一個よこせや」


 多分そんなつもりは無いんだけど、げんの風体からするとカツアゲっぽくなる。


「…………げんちゃん……

 ウチにも一個よろー……」


 袋から二つ取り出す。


「あーっ竜司っっ!

 みんなばっかりズルいーッッ!

 私もっ!

 私もーーっっ!」


 暮葉が出遅れたとばかりに騒ぎ出す。

 そんな暮葉をジッと見つめる湯女ゆなさん。


 何でこの人睨んでるんだろ。


―――かぁーー……

   マジか……

   クレハって素で天真爛漫か…………

   尊過ぎンだろ……

   可愛いかよ


 暮葉はぼんち揚げの反っている方を下に向け、窪みを上に向ける。


「んふふ~~」


 サッサッサ


 タバスコの瓶を振っている。

 瓶口から真っ赤な水滴がどんどん窪みに落ちていく。


 瞬く間に辛そうな水溜まりがぼんち揚げの上に誕生する。


 その様子を見ていた湯女ゆなさんがたまらず発言。

 何か我慢していた様子。


「ちょ……

 イッすか?

 クレハ姉さん……

 いくら辛いもん好きっつっても限度があるっしょ……?

 ホラもうタバスコかけすぎてぼんち揚げが別モンに転生しちゃってんじゃん……

 ひったひたに入れっから血に染まってるみたいになっちゃってるし……」


「そお?

 美味しいよ?

 食べるーっ?」


 ほぼ真っ赤になったぼんち揚げを湯女ゆなさんに差し出す暮葉。

 タバスコの水溜まりがぼんち揚げの上で軽く波打つ。


―――マジか…………

   何の罰ゲームだよ……

   クレハ姉さん……

   天真爛漫にも程があるっしょ……

   怖いもん知らずか……

   いくら推しでも、これは喰えんわー……

   治りかけてた持病悪化するっつー……


「いや……

 サーセン……

 遠慮するッス」


「何でーッッ!?

 美味しいのにーーッッ!」


「いや……

 ホント……

 サーセン……

 ウチ、まだ死にたく無いんで……」


「シュン……」


 暮葉がションボリしちゃった。

 でもまあこれはさすがに擁護できない。


「おいっ!

 お前らーっ!

 じゃれつくのも良いがそろそろ休憩ポイントに着くぞ」


 運転席から兄さんが声を上げる。


 と、思っていたら車が脇に入る。

 坂を上って停車。


「着いたぞ」


 みんな下車。

 僕も降りた。



 西紀サービスエリア



 降りると、そこにガレアとルンル、ボギーも居た。


 あれ?

 ダイナはどこだろう。


 とか思ってたら……


 バサァッ!

 バサァッ!


 上から吹き付ける風圧と羽搏く音。

 見上げると、ダイナが上空でホバリングしていた。


 大きな一本角が太陽に反射してきらりと光る。


【おーっ

 息子じゃねぇか】


 ストッ


 静かに降り立つダイナ。


「何だ。

 出発の時見かけないと思ったら飛んで来てたんだ」


【だって俺は翼竜だもんよ。

 同種の癖にずっと陸ばっか走ってるガレアがおかしいんだっつー】


【何だよ。

 しょうがねぇだろ。

 竜司が飛ぶなって言うんだから】


 いつのまにかガレアが側に来ていた。

 これは僕がお願いした事。


 やっぱり世の中が馴れたと言っても、ガレアは竜だからみだりに飛ぶと色々迷惑がかかりそうだから。


 現に翼竜は沢山いるが、空を飛んでいる竜はそんなに居ない。

 空は飛行機なんかも飛んでるんだし、ニアミスとか起きないとも限らない。

 だから極力飛ばないで欲しいとお願いしていたんだ。


【へぇ……

 姫は別にうるさくないから飛び放題だぜ】


 竜によって様々だが、基本従うのはマスターのみ。


【まあ別に飛ぼうが走ろうがどっちでもいいんだけどよ】


 こんな事を言ってるがこれは強がり。

 やっぱり空を飛ぶとガレアは嬉しそうなんだ。


 実は時々深夜に飛んでいる。

 条件として深夜である事と僕を載せて飛ぶ事。


 ん?


 あそこに人が何人か集まっている。

 何だろう。


 歩いて向かう。

 そこは原っぱで金網が四方に建てられている。


 脇に看板がある。

 そこには……


 Dog Run


 へえ珍しい。

 サービスエリアにドッグランコーナーがある。


 集まってた人は皆、飼い犬をスペースで走らせている。


 ワンワン

 わんわん


 ダックスフント、コーギー、柴犬がチョコチョコ走り回っている。

 可愛いなあ。


「へえ。

 ここのサービスエリア、ドッグランなんかあるんだ」


 気が付くと後ろに蓮が来ていた。


「…………入ってみる?」


「うん」


 キイ


 金網の扉を開けて中に入る。


 ワンワン

 わんわん


 扉の音に気付いたのか、ダックスフントとコーギーがこちらにチョコチョコ走って来る。


「わわっ」


 わんわん

 ワンワン


 僕の周りをグルグル回り出す犬。


 ドシーン


 驚いた僕はバランスを崩し、尻もちをついてしまう。


(あぁっ

 これっ

 プリンちゃんっ、イタズラしちゃ駄目でしょっ

 どうもすいませぇんっ)


 初老のおばさんが汗を掻きながら、駆け寄って来る。

 プリンと言うのはダックスフントの名前らしい。


「あははっ

 何やってんのよっ

 竜司っ」


 蓮が手を差し伸べる。

 手を掴み、起き上がる僕。


(ほらっ

 プリンちゃんっ

 こっちにいらっしゃいっ

 よぉーしぃよしよし)


 ダックスフントを抱きかかえたおばさんは暑いにも関わらず、満面の笑み。


「…………………………子供が出来るとこんな感じなのかな……?」


 ボソッと蓮が呟く。


 今度は聞き取れた。

 僕の心にぐさりと罪悪感の刃が突き刺さる。


「蓮……」


 名前を呼ぶしか出来なかった。

 僕が好きなのは蓮じゃなく、ここには居ない暮葉。


「ゴメン……

 竜司……

 そんなつもりで言ったんじゃないのよ。

 ただ純粋にそう思っただけなの……

 ……もう解ってる……

 暮葉には勝てないって事…………

 私には入り込む余地は無いんだなって……」


 ツウ


 蓮は泣いていた。

 静かに泣いていた。


 僕が泣かしたんだ。


「……ゴ…………

 うん……」


 僕は謝ろうとして留まった。

 僕が謝ってしまうと蓮がみじめになるから。


 これは去年、蓮が教えてくれた事だ。


「あれっ?

 何で私泣いてるんだろっ?

 アハハッ!

 ゴメンゴメンッ!

 竜司っ

 湿っぽい話はこれで終わりっ!

 せっかくの楽しい旅行なんだもんっ!

 笑顔で行こうよっ!」


 そう言う蓮の眼は真っ赤だった。


「…………うん……」


 辛い。

 言い訳も出来ず、ただフッた女の子の言ってる事に頷くしか出来ない。


 ただただ心が辛かった。

 僕が蓮に出来る事はここからはずっと蓮を笑顔にしてあげるぐらいだ。


「そろそろ出発じゃない?

 行こっか」


「うん……」


 僕らはドッグランスペースを後にした。


「あ、私トイレ行ってくるから先に戻ってて」


「うんわかった」



 ###

 ###



 西紀サービスエリア 女子トイレ



 蓮は洗面台に向かっていた。

 鏡と向き合う。


 と、同時に終わった恋の悲しみが心を抉る。

 急いで蛇口を捻る蓮。


 ジャーーーッッッ!


 大きな音を立てて大量の水を吐き出す蛇口。


「うわぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁん!」


 蓮の号泣。

 叫び声は流水の音にかき消される。


 終わった。

 私の恋が終わった。


 失恋の哀しさが深く、鋭く心を抉る。


「うわぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 まだ泣き続ける蓮。


 泣いてしまった訳は自分で発してしまったから。

 暮葉に敗けたと。


 内心解っていた事ではある。


 自分と違い、暮葉は好きな人と不幸の共有をしている。

 そんな二人の間に割り込む余地なんてない事を。


 傷の舐め合いだと罵る事は出来る。


 だけど、そんな事を言って竜司を傷つけるのは嫌だった。

 何より罵る事で自身の初恋も汚してしまう事になる事を蓮は知っていた。


 竜司の前で号泣しなくて良かった。

 そんな様を竜司に見せてしまったら、また彼が傷ついてしまうから。


「うわぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 ジャーーーッッ!


 まだ泣き続ける蓮。

 止めどなく流れる流水と同じ様に。


 ひとしきり泣いて泣いて、やがて止まる涙。


 キュ


 蛇口を閉める蓮。

 再び鏡を見る。


 映るのは泣き腫らした顔。

 一生懸命目を拭う。


「ふーーーーっ…………」


 大きく深呼吸。


「負けるな私っっ!」


 蓮は鏡の自分に語りかける。


「まだ終わって無いだろっ!

 むしろこれこそ暮葉との差を埋める為の有効な攻め方っっ!

 竜司は絶対気にしてるはずっ!

 可哀想だと思ってるはずだわっ…………!

 …………だから…………

 この敗北は…………

 布石…………

 次に繋げる為の……

 うっ……

 凄く…………

 頑張らな…………

 いと…………

 うぅっ……」


 ツウ


 再び蓮の頬を伝う涙。


 必死に自分を鼓舞する。

 奮い立たせようとする蓮。


 が、言ってる事の虚無感と分の悪い戦いに挑もうとしている自身の愚かさによって出た涙。


 恋愛感情の中にはいつも若干の狂気が潜んでいる。


 ドイツの哲学者ニーチェの言葉。

 まさに蓮はこの狂気に身を投じようとしている。


 初恋の魅力は「恋がいつか終わる」と言う事を知らない点にある。


 これはイギリスの小説家ベンジャミンの言葉。

 竜司にはあんな事を言ったが、まだまだ蓮は戦うつもりだった。


 しぶとく、したたかな女。

 それが新崎蓮しんざきれんなのである。


【蓮…………】


 いつの間にか後ろにルンルが立っていた。


「ルンル……

 何で……?

 いつから……」


【ん……

 まあ“負けるな私”辺りから……?

 アンタが帰って来ないから見に来てみたら……】


 見られていた事による極度の羞恥が蓮を襲う。

 途端に真っ赤になる顔。


「見てたのっ!?」


【竜司ちゃんと何があったかは知んないけど…………

 ……まあアンタ凄いわ……

 そんだけフラれてもフラれてもまだアタックし続けれるなんて……

 いいわ……

 アタシはもう何も言わない……

 気の済むまでやりなさいな……】


「ルンル~~……」


 コツン


 蓮は額を軽くルンルに合わせる。


【いいわよ……

 アタシのマスターはアンタなんだから……

 アタシはどこまでも蓮の味方よ……】


 これが蓮とルンルの絆。

 小さな頃から蓮を見てきたルンルの気持ち。


 慈愛と言っても良いかも知れない。

 

「ねえ…………

 ルンル……?」


【ん?

 なあに、蓮?】


「ここ………………

 女子トイレ…………」



 ルンルはオスである。



 ###

 ###



 西紀サービスエリア ショップ前ベンチ



「ふう……」


 僕は冷たい飲み物を買って一息ついていた。


 車の所まで戻っても誰も居なかったから。

 まだ出発には時間がかかるみたいだ。


 僕はさっきの事を考えていた。


 蓮は泣いていた。

 僕が傷つけてしまったんだ。


 自己嫌悪の刃が容赦なく僕の心を切り裂く。


 それもこれも僕が煮え切らないのが悪い。

 そんな事は判っている。


 でも僕は蓮に感謝している。

 出来ればこのまま友達でいて欲しい。


 ……つくづく最低だな僕って。


「竜司さん……

 どないしはりましたんや……

 そないな浮かない顔をして……」


 声がした方を見ると、日傘をさした母さんとマザーダイナが立っていた。

 母さんはにっこり微笑んでいる。


 藍色の薄物と日傘の白が映える。


「あ、母さん……

 ちょっとね……

 ハァ……」


「ウチで良ければ話聞くえ…………

 こういう時は溜まったモン吐き出すと楽になるよってなぁ……」


 僕は話す事にした。

 誰でも良いから聞いて欲しかったから。


 蓮と暮葉との三角関係についてポツリポツリと話し始める。


「…………という訳で……

 それでさっきドッグランスペースで子供の話してたら蓮が泣いちゃって……」


 母さんは微笑を絶やさず聞いていた。


「うふふ…………

 竜司さんも甘酸っぱい青春送っとんのやねぇ…………

 イスラエルで引き籠っとるって聞いた時はどうなんのやろ思てたけどなぁ……

 そおかぁ……

 あの娘も竜司さんの事好いとったとはねぇ……」


「……うん……

 ねえ?

 母さん、僕どうしたら良いんだろ?」


「そうやねぇ……

 竜司さんはどうしたいんや……?」


「僕は……

 これからも蓮と友達でいたい……」


「そう…………

 それは何でや……?」


 ほのかに。

 ほんの微かに母さんの語尾が強張った気がした。


「僕は蓮に感謝している…………

 僕が全てから逃げ出す為、家出した時に笑顔をくれたのは蓮なんだ……

 僕は蓮の気持ちには応えられないけど…………

 僕はまだまだ蓮に恩返しできていない……

 僕を笑顔にしてくれた分だけは蓮を笑顔にしてあげたい……」


「ふうん…………

 もし竜司さんが体の良い二号さんやら……

 キープさんやら……

 しょーもないどこぞのチャラ男みたいな事ぬかしよったら折檻や思っとったけど……

 どうやらその心配は無さそうやなあ……」


「何言ってんの母さんっ!

 そんな事したらそれこそ最低の男じゃないかッ!」


「そうやで…………

 浮気なんざ鬼畜……

 悪魔の所業や…………

 そんなん気にせず出来る男なんか腐りに腐りきった根性馬場糞色のさいっっ!

 …………ていの男やからなぁっっ!!」


 何か母さんのテンションが上がっている。

 怒気のオーラが見える様だ。


【姫、落ち着けって。

 滋竜のウワキは全部向こうから言い寄って来たんだろ?

 全部未遂じゃねぇか】


 ここでダイナが爆弾発言。

 父さんってモテるのか?


「ねえ……

 ダイナ……

 父さんってモテるの……?」


【ん?

 まあ俺もよく知らねぇけどな……

 昔は良く仲裁に入ったもんさ……】


 どうやら本当らしい。


「…………ダイナも大変だね……」


【しょうがねぇよ。

 姫と滋竜がガチで闘りあったら被害がシャレにならんからなあ……

 一回で懲りた……】


 ブルッ


 僕は身震いした。


 マザーの衆を使役する母さんと王の衆を使役する父さん。

 二人が本気で喧嘩したらどうなるんだろう。


「ち…………

 ちなみにその一回ってどうなったの……?」


【島一個沈んだ】


 僕は絶句した。

 まさに史上最強の夫婦喧嘩。


 願わくば仲良くして欲しい。

 少なくともこの旅行の間ぐらいは。


 僕が言葉を失っているのを察したダイナがフォローを入れる。


【むっ……

 息子っ!?

 安心しろよっ!

 無人島だったから死人とかは出てねぇぜっ!

 島は姫の生命の樹ユグドラシルで元に戻したしよ……】


 そう言う問題では無い気がする。

 あまりフォローになっていない。


「もう……

 ダイナはん……

 そない昔の話はええやないの……

 でも竜司さん……

 蓮さんて見た感じ芯の強い子やろ……?

 アンタがフワフワ接してたらまた泣かせる事になるで……

 一回きちんと納得いくまで話し合った方がええんかもなあ…………

 あと蓮さんだけや無しに暮葉さんも相手したらなアカンよ……」


 僕は驚いた。

 母さんが暮葉の事を気遣っている。


 やっぱり兄さんが言ってたように母さんが暮葉に厳しいのって本気で皇家の一員に迎えようと考えているからだろうか。


「う……

 うん……

 わかってる……」


 それを聞いた母さんはにっこり微笑む。


「まあ……

 一昨日の竜司さんの態度見てたらどんだけ好いとるかはわかるよって……

 いらん心配かも知れんけどなぁ……

 うふふ……

 これからもビシビシ行かしてもらいますえ……」


「でも……

 暮葉は頑張ってくれてるから……

 見守っててよ……」


「うふふ……

 ホラ豪輝さんも出て来はったえ……

 そろそろ出発とちゃうか……?」


「あ、うん」


 僕と母さん、ダイナは車の元へ向かう。


 あれ?

 そういえばガレアどこ行ったんだろ?


 歩いて行くと、ソフトクリームを舐めている暮葉とガレアが見える。


「ガレア……

 何それ……」


【ん?

 甘ニョロだよ。

 アルビノに買って貰った】


 アルビノと言うのは暮葉の竜の時の名前だ。

 暮葉はアイドルの印税があるのでおそらく金持ちだ。


 でも見ている風景に違和感。


 あ、そうだ。

 ガレアが舌でソフトクリームを舐めているのが不思議なんだ。

 それにしても長い舌だ。


「ガレア、何で人間みたいな食べ方しているの?

 いつもならかぶりついているのに」


【ん?

 だってアルビノが甘ニョロはこうして食べるって言うもんよう】


「そうよっ

 ソフトクリームはこうして食べるんだからっ……

 ペロペロ」


 暮葉って辛いものだけじゃなくて、時々こういう女の子らしいのも食べたりするんだよな。


【もういいやメンドクセ】


 ガブッ


 ソフトクリームにかぶりついたガレア。

 基本素直なんだけど面倒臭がりだからなあコイツ。


「いやーっ

 すまんすまん待たせたな……

 ん?

 ボギーがいねえな……

 どこ行った?」


 やってきた兄さんがキョロキョロし出す。


「あーっ

 あんな所にっっ!

 ったく……

 あのバカは……」


 どうやら見つけたらしい。


 ズカズカ歩いて行く方を見ると原っぱに寝そべっているボギーが見える。

 日向ぼっこでもしてるのかな?


 よく見ると何か黄色い紙みたいなのがボギーから放物線を描いていくつも地面に落ちている。


 何か遠目でも解る。

 兄さんが怒っている。


 あ、しゃがんだ。

 構成変化コンステテューションを使ってる。


 あぁ、多分さっきの黄色い紙みたいなのはバナナの皮だろう。


 あ、頭小突いた。

 グイグイ引っ張りながらこちらに連れてきた。


「こらっ

 ボギーッ

 勝手な事をするなっていつも言ってるだろうっ

 団体行動で一人が遅れるとみんなが迷惑するんだぞっ!」


 あれ?

 確か兄さん待ちで出発遅れてたような……


【何だよう。

 ボクはただバナナぼっこをしてただけじゃないかよう】


 ボギーが言ってるのは日向でバナナを食べる事らしい。

 色々あるんだなあ。


 そんなこんなでまた車に乗り込み、出発。

 舞鶴若狭自動車道を北上する。


 座席は休憩前と一緒。

 さっきの話なので何となくぎこちなくなってしまう。


 あっそうだ。


 そんな時こそオヤツだ。

 僕は中型バッグの中に手を突っ込む


 ゴソゴソ


 出てきたのは


 ホワイトロリータ


 ブルボン御三家の一つを引いた。

 と、なると他の二つも食べないと。


 これは僕ルール。


 御三家の一つを引いたら他の二つも食べるんだ。

 更に中型バッグからバームロール、ルマンドを取り出す。


 ■ブルボン御三家


 竜司が勝手に選んだ株式会社ブルボンの好きなお菓子三種。


 バームロール:

 ソフトなミニロールケーキにホワイトクリームをコーティングしている。

 チクワの様な形状から咥えてホーホーとやりたくなってしまう。


 ホワイトロリータ:

 サックリとしたソフトクッキーを甘さを抑えたホワイトクリームで包んでいる。

 茶菓子でよく出る。


 ルマンド:

 幾重にも重ねた薄いクレープ生地をココアクリームで包んだ焼き菓子。

 食べるとカスが散らばりやすい。


「あっ竜司。

 バームロールじゃん。

 一個ちょうだい」


 さっきと同じ様に話しかけてくる蓮。


 良かった。

 さっきの事は引き摺ってない様だ。


「あ、うん」


 なるほど御三家を見て、バームロールを選ぶって事は……


 敵か。


 これは僕のオタク気質的な所。

 僕はルマンドを布教させようと必死なのだ。


 さっきの話はあるが、コレはコレ。

 ソレはソレ。


「なあにこれ?

 お菓子?」


 暮葉がキョトン顔で聞いてくる。


「うんそうだよ。

 暮葉はこの三つの内どれが良い?」


「ん~~…………

 コレッ!

 何か表面がツルツルして綺麗だからっ!」


 マジマジと見つめた暮葉が指差したのはホワイトロリータ…………

 フム、暮葉も敵か。


「おっ竜司。

 甘いもんか。

 ホワイトロリータくれや」


 げんも敵……

 と。


「…………げんちゃん……

 ルマンド一個よろー……」


 ようやく味方が一人。


 湯女ゆなさん……

 何か微妙……


「あ、うん」


 僕はホワイトロリータとルマンドを一個ずつ渡す。


「おっ竜司。

 良いモン食ってんじゃねぇか。

 ルマンド一個くれよ」


 今度は前だ。

 さすが僕の兄さん。

 解っていらっしゃる。


「私もルマンド一個もらえるかしら?」


 と、涼子さんまで。

 一気に味方が増えた。


 何だか嬉しくなり、意気揚々とルマンドを二つ渡す。

 そんな事をしていると車がトンネルに入る。


 どうでも良い話なんだけどトンネルのオレンジ燈って見つめていると眠たくなるんだよな。


 しかも何故か見つめてしまう。

 目が離せない。


 フラッ……

 フラッ……


 頭がふらついてきた。

 ホレ見た事か。


 どんどん眠たくなってくる。

 僕はとうとう倒れてしまった。


 右に。


 ぽよん


 僕の頬っぺたに柔らかい感触。

 物凄く柔らかい。


 そして程良い温もりもある。

 このまま柔らかさと温もりに包まれて眠ってしまいたい。


「きゃんっ」


 上で可愛らしい悲鳴。


 トンネルを抜けた。

 車内も明るくなり僕は状況確認。


 いや、まあ……


 わざとじゃないんだ。

 うん、予想通り僕の顔は暮葉の巨乳の上にあった。


 僕はすぐさま体勢を整えようと顔を離そうとする。


「やんっ!

 竜司ってばぁ~……

 ヘンな声出ちゃうから動いちゃ駄目よぅ……」


「わわっ!

 ゴメンっ!」


 ようやく離れる事が出来た。


「何なんコイツ…………

 何クレハ姉さんの胸に顔埋めてンの……

 今完全に全国のドルオタ、敵に回したっつー……

 ね……?

 げんちゃん……

 このラッキースケベラノベ主人公……

 腹パンしていい……?」


「何物騒な事言っとんねん。

 やめえ」


「誰がラノベ主人公だよっ!

 僕はそんなんじゃないよっ!」


「ははっ

 相変わらずのラッキースケベね。

 竜司」


 蓮が笑っている。

 何か大人な感じがする。


 大阪 高浜 出口一.二キロ


 そんな表示が目端に映る。


「長いトンネルを抜けたから、もう少しで着くぞ」


 やがて大阪高浜ICインターチェンジに辿り着き、到着。


 自動車道を降りる。

 県道十六号線を走る。


 山林地帯を抜けると畑が広がっている。


 左折して県道二百三十七号線に入る。

 小さな町を横切って行く。


 段々空が広くなってきた。

 海が近いんだ。


「よし、着いたぞ」


 兄さんの声。

 僕は前方を見る。


「海だぁっ!!」


 思わず叫んでしまう。


 白く輝く砂浜。

 車のフロントガラスいっぱいに広がる青い空。


 遠くの方に薄く島も見える。

 若狭湾内だからか。


「ハハッ竜司、お決まりのそのコールはまだ早いぞ」


 兄さんが優しく窘める。


 あっそうだそうだ。

 まずチェックインしないと。


「うん。

 そこを左に行って。

 そしたら左手に“昇竜庵”って言うホテルが見えるはずだよ」


「了解」


 車は左折。

 少し走ると左手に大きな建物が見えてきた。


 余りの大きさに絶句する。


 ドーーン


 音にするとこんな感じ。


 何階建てだろう?

 しかも建物の形状が何か変。


 八階ぐらいまでは普通の建物なんだけど、それから上は円形になっている。

 円周に窓ガラスが張られている。


 後ろは見えないけど、多分グルっと窓ガラスなんだろう。

 何かビルの上に大きなドーナツが何個も重なってるみたい。


 車が建物の敷地内に入る。


 キィッ


 車が停車。


「さぁ着いたぞ。

 みんな降りろ」


「おっ

 着いたか」


「ようやくトーチャク……

 は~~……

 ダル……」


「着いたのっ?

 竜司っ?」


「うん降りよう」


「うわっ……

 あっつー……」


 蓮が突き刺す炎陽に目を細め、手をかざし陰を作る。

 そこへ大きな影が差し込んで来た。


【おー、姫の息子ー。

 ここかー?】


 上からダイナの声。

 見上げるともう着陸態勢。


 バサァッ!


 大きく翼を羽ばたかせ、ダイナ着陸。


「へえ……

 ここがうちらの泊まるホテルどすか。

 結構ええとこやねえ」


 ダイナの背中から優雅に降りる母さん。

 この炎天下の中でも気品を忘れない。


 これで揃ったかな?

 僕らは入り口に向かう。



 昇竜庵



 薄く切った巨大な古木に木彫りでそう彫ってある。


 外観は上のドーナツ型フロアのせいで何か未来風なのに入口は和風。

 何かアンバランス。


 建物内へ。


(いらっしゃいませ~

 ようこそお越しくださいました)


 大きな挨拶が響く。


 綺麗な紅い着物……

 いやズボンだから作務衣か。


 それに身を包んだ女性が横一列にズラリと並び、一斉にお辞儀をする。


 列の中央、一歩前に雪のように白く清涼感が漂う着物を着た年配の女性が微笑みを携えながら一番最後にお辞儀をする。


(いらっしゃいませ。

 ようこそ昇竜庵へ……

 お客様……

 お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?)


「あ、すめらぎです」


(私……

 当昇竜庵の女将で御座います……

 すめらぎ様……

 どうぞこちらへ……)


「あ、はい」


 これだけ大きいホテルの女将。


 僕みたいな子供でもきちんとお客様対応してくれる。

 さすがプロ。


 僕は案内されるままカウンターへ。


(いらっしゃいませ皇様。

 こちらの宿帳にサインをお願いします)


「はい」


 平静を装ってはいるが、内心緊張していた。


 旅で何度かビジネスホテルには泊まったが、こんな大きなホテルに泊まるのは初めてだったから。


 サイン完了。


(ありがとうございます。

 すめらぎ様、こちらがルームキーでございます)


「あ、はい」


 渡されたのは複数枚のカード。


 わっ、カードキーか?

 ハイテクだ。


 九〇一


 カードの表面に番号が書いてある。

 なるほど九階か。


 何の気無しに他のカードも見てみる。

 ここで違和感。


 全て書いてある番号が同じなのだ。

 間違えたのかな?


「あの……

 すいません……

 カードの番号全部一緒なんだけど……

 間違えてませんか?」


 僕は尋ねてみる。

 が、微笑みを絶やさない女将。


(うふふ……

 ご安心下さいませ皇様……

 九階に上がって頂くとお判りいただけます……

 当ホテルの特徴でもございますので……)


 含み笑いを浮かべる女将。


「あ……

 そうなんですか?

 じゃあお願いします」


(はい……

 ではご案内いたします)


「みんなーっ

 手続き終わったよーっ」


 僕は大声を上げて誘導する。

 みんな連れ立って歩き出す。


 エレベーターホール


 なるほどこれで九階までね。

 あ、そうだ。


「ガレア、ちょっと縮んでくれない?」


【ん?

 エレに乗るのか?

 いいぞ】


 ガレアはエレベーターの事はエレと言う。

 ちなみにエスカレーターはエスである。


「ルンル、あなたも」


【りょおかいん】


「ボギー、身体のサイズを小さくしろ」


 四人の竜が淡い白色光に包まれる。

 四人もいると光量が多いな。


 やがて光が止む。


 その中から三周りほど小さくなったガレア、ルンル、ボギー、ダイナ。


 さすが母さんの使役している竜だけあって特に指示をしなくてもきちんとTPOを弁えている。


 チーン


 エレベーター到着。

 みんな乗り込む。


 三周り小さくなったと言っても竜四人+人間八人となると結構ギュウギュウ。


「わっ」


 暮葉が人波に押されバランスを崩す。


「あぶないっ

 暮葉」


 僕は咄嗟に抱き支える。


「えへへー

 ありがとっ竜司っ」


 エレベーター上昇。


 スペースが無かった為、僕らの荷物は別のエレベーターで従業員さんが運んでくれるみたい。



 昇竜庵 九階



 僕らは降りる。


 あれ?


 何だか殺風景。

 右には巨大ガラスが張ってある。


 遮るものが何もない大きな空から、降り注ぐ眩しい光がエレベーターホール内にクッキリ陰の境界線を作る。


 いくつか扉はある……

 あるけど……


 分厚そうな鉄の扉。

 ノブが銀色に光る。


 アレじゃないよな……

 だいいち鍵穴が付いてる。


すめらぎ様……

 どうぞこちらへ……)


 女将が左に歩き出す。


 突き当りには四角い区切り線。

 大きさにして竜一人潜れるぐらい。


 ちょうど扉で言うとドアノブ位置辺りに何か横に細い穴。


 あっ

 もしかしてカードキーの差込口か。


 とか考えていたら、女将が袖に手を入れる。

 取り出したのはカードキー。


 多分運営側が持つマスターキーだろうか。


 ピー

 ガチャ


 やっぱり。

 キーを差し込んだ。


 ドキドキ

 ワクワク


 もしかして自動扉か?


 何てハイテクなんだ。

 まさに未来ホテル。


 ここまで来たか二十一世紀。

 これで中から白煙でも出てきたらもっと未来感が出るのになあ。


 やっぱり僕はオタクだ。

 こういう未来的な雰囲気があるとワクワクしてしまう。


 扉が開く。


 ガラッッ


 引き戸。


 僕はずっこけた。


「引き戸かいっっ!」


 げんのツッコミが響く。


「お~お~……

 出た出た……

 関西人のツッコミ……」


 湯女ゆなさんが冷淡にツッコミにツッコミを重ねる。

 僕は疑問を解消するべく、意を決して女将に聞いてみる事にした。


「あの…………

 女将さん……

 カードキーの割には…………

 何と言うか……

 その……

 入口……

 レトロですね……」


 僕は充分言葉を吟味して聞いてみた。


(当ホテル昇竜庵は風情を重んじておりますので……

 ホホホ)


 風情と言う割にはエレベーターホールは宇宙船みたいな雰囲気あったけどな。


 中に入ると変わった部屋になっていた。

 円形の和室。


 中央に膝丈ぐらいの四角いテーブルが置いてある。

 畳敷きで縁のカーブは強引に丸く畳を切った様だ。


 何もそこまで和室にこだわらなくても。


「こ……

 この部屋は」


(うふふ……

 ここは竜河岸の団体お客様用のお部屋です)


 円形の和室をぐるりと取り囲む白い壁。

 ポイントポイントに先の入り口の様な四角い区切り線が付いている。


 同じ様にドアノブ位置に横に細い穴が空いている。

 この辺りで僕は合点がいった。


 恐らくこの階は団体様一組のみ。


 そして周りを囲んでいる区切り線は個室への入り口。

 いわゆるシェアハウスの様になっているんだろう。


「女将はん…………

 和室は有りますのかえ……?」


 母さんが尋ねる。


(はい、ございます。

 “ち”と“り”のお部屋が和室となっております。

 お寝床に関しては如何いたしましょう?)


「ええよ……

 お布団ぐらい自分で敷くさかいに……」


(かしこまりました)


 “ち”?

 “り”?


 何の話だろう?


 僕はもう一度カードキーを見直してみた。

 すると部屋番号の脇に小さく平仮名が書いてある。


「いろはに…………」


 カードキーを捲っていくと、いろは歌順に平仮名が振られている。

 “り”まで合計九枚。


 何で平仮名なんだろ?

 これも女将が言う風情と言うものなのだろうか。


 あれ?

 僕らの人数から言って九枚は多くないか?


「あの……

 これって部屋数多くないですか?」


(このフロアは竜のお客様も含めて最大十八人まで宿泊可能ですので。

 急に人数が増えた時にも対応できるようになっています)


「あ、なるほど」


 竜は亜空間を使えるから、フラッとやってきたりする事もあるもんな。


(朝食と夕食はこちらまでお持ち致します。

 竜河岸のお客様用の……

 超!

 大浴場は最上十五階に御座います。

 入浴時間は朝八時から二十二時までですので)


 何か“超”を強調してる。

 そんだけデカいのかな?


「わかりました。

 ありがとうございます」


(ではごゆっくり……

 失礼します)


 ガラリ


 引き戸を開け、女将は消えて行った。

 と、同時に


 ピンポーン


 呼び鈴が鳴る。


 ガラッ


 引き戸を開けると、そこにいっぱいの荷物を持った複数人の女性従業員が立っていた。


(お客様、荷物をお持ち致しました)


「あっ……

 あぁ……

 ご苦労様です。

 中へお願い致します」


 大量に荷物が運び込まれる。


 幾重にもカバンを肩から下げ、両手も塞がっている。

 見るからに重そうだ。


 音を立てずに荷物を畳の上に置いて行く。


 さすが従業員の教育もきちんとしている。

 このホテル凄いなあ。


(ではお客様、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ)


 手早く荷物を置いた従業員は部屋を後にしていった。

 さあ次は部屋割りだ。


「みんなーっ

 カギ配るよー」


 それぞれにカギを渡していく。


 部屋“い”:僕、ガレア。


 部屋“ろ”:蓮、ルンル。


 部屋“は”:暮葉、湯女ゆなさん。


 部屋“に”:兄さん、ボギー。


 部屋“ほ”:げん


 部屋“へ”:涼子さん。


 部屋“と”、“ち”:空き部屋。


 部屋“り”:母さん、ダイナ。


「何やワイ、一人部屋かいな。

 寂しいのう」


「だってベノム来て無いんだもん」


「へへっ

 なら竜司の部屋、突撃したるからなっ」


「ふふっ

 いいよ」


 ヤバい。

 何かこんな会話一つとってみても凄く楽しい。


「ちょ…………

 ヤッベー……

 マジか…………

 クレハと相部屋……

 これ何のウチ得ルートよ……

 はー……

 バイブス上がって来たー……

 マジヨユーでアドれるわ……

 ガチテンアゲ……」


 何かブツブツ湯女ゆなさんが言ってる。


 カードキーを渡し終えた所で号令をかけた。


「みんなーっ

 部屋に荷物置いたらさっそく泳ぎに行くから水着とか持って出て来てねー」


「はぁーいっ

 同じ部屋だねっっ!

 よろしくっ!

 ……えっと……」


 暮葉が湯女ゆなさんに話しかけている。


「あ、裏辻湯女うらつじゆなッス……

 クレハ姉さん……

 シャッス……」


湯女ゆなちゃんねっ

 よろしくっ!」


「うぃーす……」


 そんな事を言いながらそれぞれ部屋に入って行った。

 僕も部屋に入ろう。


 えっとカードキーをここに……


 ピー

 ガチャ


 しばらく待つ。

 全然開かない。


 真っ白い扉は閉ざされたまま。


 もしかして個室は自動ドアかな?

 とか思ったが、やはり引き戸か。


 その証拠にキーの差込口下に指をひっかける所がある。

 同色だから気づかなかった。


 ガラッ


 入るとまず少し通路。


 その先に広々とした洋室。

 壁は先の丸和室と同色の白。


 すぐ隣にはトイレだろうか?

 一つ扉がある。

 床は薄ベージュの絨毯が敷き詰められている。


 部屋の中は大きめのベッドが二つ。

 白い小さな丸テーブルが一つ。


 壁には大型の薄型テレビが備え付けられていた。

 そして何よりも驚くのが突き当り。


 全面ガラス張り。


 九階から広がる夏の照り付ける太陽と澄んだ蒼空。


 眼下には若狭湾内のオーシャンビューが視界を支配する。

 圧倒的な景色だ。


【ん?

 何だコレ?

 ボヨンボヨンしているぞ】


 ガレアが隣のベッドで跳ねている。

 ベッドって知らないんだろうか。


 て言うか去年僕がホテルで寝てるの見てただろう。

 本当に竜ってのは良く解らん。


 あっそうだ。


 はやく荷物をまとめて出て行かないと。


 僕は中型バッグに水着とバスタオル、水中メガネ。

 あと小銭入れを持って外に出る。


 小銭入れの中は全部五百円玉だ。

 これは兄さんに教えてもらった。


 ガラッ


 外へ出る。


 ピー

 ガチャ


 この引き戸オートロックだ。

 ヘンな所でハイテクだなあ。


 丸和室に出ると、もうみんな出て来ていた。


「おっ?

 竜司出てきたか。

 じゃあ行くぞー」


 下降するエレベーターの中で僕はもうワクワクしていた。

 一階まで降りる。


 カウンターにカードを預けよう。

 そのついでに海水浴場の施設について聞いてみる事にした。


「今から泳ぎに行ってきます。

 あとビーチにはどんな施設がありますか?」


(ビーチには海の家、男女更衣室とシャワー室。

 あと迷子等を預かる事務所などもございます。

 それではキーをお預かりいたします。

 いってらっしゃいませ、すめらぎ様)


「はい行ってきます」


 僕らは外に出た。

 外は相変わらずの熱射。


 太陽光線が容赦なく肌を突き刺す。

 一瞬で黒くなってしまいそうだ。


 外気温が身体に伝わり、汗が噴き出て来る。


 ふと隣を見ると蓮が鍔広の麦わら帽子を被っていた。

 ロングスカートの白と合わさり、清楚さが倍加している。


 思わず見とれてしまった。


「ん?

 竜司、どうしたの?」


「いや…………

 素敵だな…………

 って……」


 それを聞いた蓮の顔が真っ赤になる。


「ええっ!?

 そっ……

 そう…………」


 降って湧いた様な僕の賛辞に蓮も戸惑っている様子。


 いけない。

 これが母さんの言う“フワフワ接する“に繋がるんだ。


 気をつけないと。

 その後、僕らは無言だった。



 ###

 ###



 ブロロ


 竜司達が海へ向かった後、ホテル敷地内へ入れ違いに一台の車が入って来る。

 

 ガチャ


 停車し、中から出てきたのはサングラスのカズとつづり


 おもむろに携帯を取り出す。

 かける先は豪輝。


「あ、隊長ですか?

 着きました。

 今どこに居ます?

 あ、もう海ですか。

 じゃあ僕らも向かいます」


「ねぇん……

 カズ……

 隊長達どこだって……?」


「もう海だって。

 じゃあ僕らも行こうか」


「りょおかぁいん」


 カズと腰をクネクネさせたつづりは海へ向かっていった。


 ■正親町おおぎまち一人かずんと


 特殊交通警ら隊隊員。

 二十七歳。

 階級は巡査長。

 サラサラの金髪ショートボブ。

 瞳は蒼く、メガネをかけている。

 物腰は柔らかい。


 参照話:八十七~九十話 百十九~百二十二話


 ■飛縁間ひえんまつづり


 特殊交通警ら隊隊員。

 二十五歳。

 階級は巡査。

 レンフィールド症候群シンドロームにかかっており、吸血衝動に駆られる時がある。

 髪型は黒色ベリーショート。

 青春恋愛漫画が好きで恋愛話に目が無い。

 竜司に時々卑猥な質問や悪戯をする為、陰で痴女と呼ばれている。


 参照話:八十七~九十話 百二十六~百二十九話



 ###

 ###



 若狭和田ビーチ


 まず目を見張ったのが海水の透明度。

 物凄く澄んでいるのだ。


 こんな海、沖縄にしかないと思っていた。


 後で調べるとこのビーチは国際環境認証“BLUE FLAG”を取得したんだって。


 お盆のせいか人もそんなに居ない。


 白く輝く砂浜。

 海と空の蒼。


 遠くに見える島の影。

 何か夏の飲み物のCMで出てきそうだ。


「ねえ……

 兄さん……

 アレやりたいんだけど……

 良いかな?」


 僕が言ってるのは各メディアで取り上げられている海の定番。

 リア充の証。


「ん?

 アレか?

 良いぜ」


 さすがリア充の兄さん。

 ニヤリと笑う。


 かつ兄弟だけあって以心伝心も完璧だ。

 手際よく竜を含めた皆に伝達し始める。


「じゃあ皆っ!

 俺が合図したら一斉に叫べっ……

 せーのっ!」


「海だーーーーーーーーーっっっっ!」


「は……?

 ウザ……

 やんねーし……」


【海だーーーーーーーーーっっっっ!】


【バナナーーーーーーーーーッッッ!】


 うんおかしい。


 まず人間側。

 湯女ゆなさんと母さんは叫んでない。


 そして竜側。

 うん、完全に違うものを叫んでたねボギー。


「さーっ

 無事、海の儀式も終わったからさっそく水着に着替えるぞーっ!」


「はぁーいっ」


 僕らはそれぞれ更衣室に入る。



 ###

 ###



 女子更衣室



「ねっ

 ねっ

 蓮はどんな水着にしたのっ?」


「えと……

 コレ……」


 蓮が恥ずかしそうに水着を見せる。

 竜司が選んだシーブルーに白いフリルが付いた三角ビキニ。


「わぁーっ

 可愛いーっ!」


「あら、可愛いわね蓮ちゃんウフフ」


 涼子も会話に入る。


湯女ゆなちゃんはどんな水着なのっ?」


「ん……

 あ……

 えーと……

 コレッす……」


 湯女ゆなが手荷物から取り出したのは、チューブトップ型のバンドゥ・ビキニ。

 上下とも黒。


「わぁーっ!

 湯女ゆなちゃん、カッコイイねっ!」


「…………あざっす」


「でも何で可愛いのにしなかったの?

 似合うと思うけど」


 暮葉キョトン顔。


「や、あの……

 まー……

 最初、割ときゃわわ系の水着選んでたンすけど……

 げんちゃんが……

 これが良いって……

 言うからサ……

 いやいや、ちゃーくて……

 ウチのキャラ的に可愛い系よりカッコよさめ系かなって……」


 湯女ゆなはまだげんへの恋心を認めたくない様だ。


「自分の事はイんで……

 クレハ姉さんは何系の水着なンすか……?」


 話を逸らす湯女ゆな


「アタシっ!?

 フッフーーンッ!

 コレッ!」


 したり顔からの笑顔で、意気揚々と自身の水着を見せる暮葉。


―――クアー…………

   マジか…………

   何この水着……

   フリルの刺繍とか細か過ぎ……

   もはや匠の技じゃん。

   伝統工芸じゃん。

   コレ着ンの……?

   クレハ着ちゃうの……?

   こんなん着たら女神降臨じゃん……

   ウチ等ただのゴボウじゃん……

   つかコレ、アンダーヤバくね……?

   下手したら毛、はみ出んじゃね……?


「いや……

 クレハ姉さん……

 スッゲーイんすけど……

 それダイジョブっすか?

 履いたら、乙女として見えたら自殺モンのヤツがはみ出ません……?」


「ん?

 何だかよく解んないけど大丈夫でしょっ?」


 あまり解っていない暮葉。


―――天真爛漫かっ。


 心の中でげんの様なツッコミをする湯女。


「さて……」


 涼子が手早く服を脱いでいく。

 ブラとショーツは赤。


 意外に内に秘めた情熱がある涼子。


 プツッ


 背中に両手を回しブラを外す。

 涼子はそんなに胸は大きくない。


 が、形は整っている。

 いわゆる美乳タイプ。


 スルッ


 そのまま何の躊躇いも無く、ショーツに手をかける。

 気が付いたら一糸纏わぬ姿になった涼子。


 手荷物から自身の水着を取り出す。


「わ…………

 涼子さん……

 大胆ですね……」


「そう?

 女同士なんだから良いじゃない……

 よいしょ……」


 足を通し、モノキニを上に持ち上げる涼子。

 ホルダーネックの輪に首を通し、着衣完了。


 胸部に胸を差し入れ、位置を調節する。


 ピチッ


 最後にヒップの食い込みを直し、完成。


「涼子さん……

 何か……

 大胆ですね……」


 蓮が若干絶句している。


「ええっ!?

 だっ……

 だってっ……

 豪輝さんが喜んでいたからっ……」


 真っ赤になり、恥じらう涼子。

 体型はスーパーモデル並と言ってもそんなに男経験が豊富という訳では無いのだ。


「私も着替えよっかな……」


 蓮はそう呟くと、手荷物を持ってシャワー室へ行こうとする。


「あれ?

 蓮、着替えないの?」


 暮葉キョトン顔。


「いや……

 ここで……」


 シャワー室を指差す蓮。


「ここで着替えたら良いのに。

 何で?」


 キョトン顔はまだ続く。

 当然であり純粋な疑問。


「ちょ……

 ちょっとね…………

 あと着替えてるトコ絶対覗かないでよっっ!

 暮葉っっ!

 もし覗いたら嫌いになっちゃうからっっ!」


 シャー


 鬼気迫る表情を見せた蓮は急いでカーテンを閉める。


「ちょーちょー……

 姉さん姉さん……

 何ショックガンギマリで呆けてンすか……

 覗かなけりゃダイジョブっしょ……」


「そっ……そうねっ

 じゃあ私絶対に見ないっ!」


 ギュウッと目を閉じる暮葉。


「あーそう言うのいいんで……

 ウチ等もはよ着替えましょ……」


「うん」


 暮葉が水色のブリーツスカートを下に降ろす。

 次に白いノースリットを脱ぐ。


 たゆん


 水玉のブラジャーで固定されていても揺れる暮葉の巨乳。


 その様子を凝視する湯女ゆな

 湯女ゆな風に言うとガン見してしまう。


「ん?

 どうしたの?」


 暮葉はキョトン顔。


 プツッ


 話しながら両手を背中に回し、手慣れた手つきでブラジャーのホックを外す。

 楔から解かれた水玉のブラジャーは重力に逆らう事無く、下にずり落ちる。


 ゴクリ


 湯女ゆなは生唾を飲み込む。

 網膜に暮葉の雪のように白い肌と巨乳と評しても過言では無い豊かな二つの乳房が飛び込んでくる。


―――ちょ…………

   ヤッベー……

   マジか……

   クレハこんな爆弾抱えてんの……?

   いや……

   ライブ衣装ン時から良いモン持ってんなとは思ってたケドサ……

   カー……

   何?

   キラつくおっぱいなんて初めて見るんですケド……

   お椀型で形も良いのに乳首ピンクで上向いて……

   何、このチートおっぱい……


「なあに?

 湯女ゆなちゃん私のおっぱい、じっと見て……

 もしかして湯女ゆなちゃんもエッチなのぉ?

 ウフフ」


「クレハ姉さん…………

 ちょ……

 おっぱい、つつかせてもらって……

 イッすか……?」


「やっぱりエッチなんだぁ」


「いや……

 もー何でもいいんで……

 オナシャス……」


「うんいいよー」


 ぷるるん


 暮葉が勢いよく身体を湯女ゆなに向ける。

 惰性+重力が暮葉の豊かな胸に加わり、縦横に震える。


「じゃ……

 行きます……」


 ぷにょぉん


 湯女ゆなの人差し指がいとも簡単に沈む。

 白い肌に。


―――いや……

   まー……

   八割予想ついてたけどサ……

   これで胸筋マシマシの上げ底硬おっぱいな訳ねーっつー……

   うわ……

   スゴ……

   沈んだまま指、動かす事出来んじゃん……

   どんだけ柔こいの……

   もうこれ神乳じゃん……

   チート神乳じゃん……


「キャハハハハハッ!

 ナカで動かさないでぇっ!

 くすぐったいっっ!」


 勿論本人はそんなつもりは無いのだが、聞き様によっては問題発言と受け取られかねない事を言う暮葉。


「ハッ…………!?

 サーセン……」


 余りの暮葉の胸の柔らかさに、我を忘れてひたすら中で動かし続けていた湯女ゆながようやく我を取り戻す。


「何やってんの……?

 アンタ達……」


 後ろに蓮が立っていた。

 既に水着に着替えている。


 暮葉が声に気付き振り向く。


「わぁぁ…………」


 暮葉が蓮の綺麗な水着姿に見惚れて、呆けてしまう。


「蓮ーーーっっ!

 可愛いーーっっ!」


 ギュゥッッ!


 暮葉が蓮に抱きつく。


 ぐにぃん


 暮葉の制約が取れた豊かな双胸が容赦なく蓮に当たる。


「ちょっと暮葉……

 何あなた上半身素っ裸で抱きついて来てんのよ……

 はやくそのけしからんおっぱい離しなさい」


 暮葉は現在水玉ショーツのみ。


「あっ

 そっかっ」


 自分の格好に気付き、そそくさと着替え始める。


「えっと……

 裏辻うらつじ湯女ゆなさんも早く着替えて下さいね」


「あ……

 サーセン……

 つかフルネームやめてもらってイッすか……?

 ふつーにハズいんで……」


 湯女ゆなはすぐさま黒Tシャツを脱ぎ、ジーンズを下に降ろす。


「プッ…………」


 その様を見た蓮が噴き出す。


「なんスか……?」


 蓮が噴き出した理由は湯女ゆなの履いていたパンティーにあった。

 それはピンク色のバックプリントパンティー。


 ヒップに可愛らしいネコの絵がプリントされている。

 下に英語で“CutieCat”と書いてあった。


 外見はえらくハードな雰囲気を持つ湯女ゆな


 それにしては可愛らしい。

 悪く言うと子供っぽいパンティーを着用していた為、蓮は噴き出したのだ。


「いや…………

 えらく可愛らしいパンツ履いてるなって……」


「べ…………

 別にいいじゃん……

 好きなんだから……

 ウチも好きでだるキャラやってる訳じゃねーし……

 中身はバリクソ乙女だっつーの……」


「アハハハッ

 結構可愛らしいんですね、湯女ゆなさんって」


「ウフフ、ホント可愛らしいわ」


「おまいら……

 笑うなし……」


 こうして女子の着替えは完了する。



 ###

 ###



 時間は竜司達がリア充の証を実行していた辺りまで戻る。



 兵庫県豊中市


 ここはスカイダイビング関西。


 西日本で唯一スカイダイビングが出来るスポット。

 シーズン中は毎日開催している為、日本全国からダイバーがやってくる。


 滑走路に停止しているセスナ二〇六。

 この機体は四十年以上スカイダイバーを高度千~四千メートルまで運び続けてきた。


 未だエンジンは快調で引退はまだまだ先になりそう。


 施設から出て来る半裸の男三人。

 ゆっくりとセスナに歩いて来る。


 焼け付く夏の日差しが滑走路に反射。

 炎熱により陽炎が揺らめく。


「ンフフフゥ~~……

 では行きますヨォ……」


「へぇい……」


「了解……」


(いくら社長の知り合いだからって……

 ジャンプスーツも着用せずにスカイダイビングなんて無茶ですよ……

 命に係わります……)


 パイロットが心配している。

 それもそのはず。


 そもそも高度千メートル以上と言うのは人が存在していい高度では無い。

 ダイバーはギアと呼ばれる装備をいくつも付けるが、それは全て安全の為である。


 この男三人はリザーブキャノピーも付けず、メインキャノピーを詰めたバッグだけ背負っている。


「ンフフゥ~……

 我々は鍛えてますからァ~~……

 心配ご無用デスヨォ……」


(でっ……

 ですが……

 上半身裸で跳ぶのは……)


 やはりフライトを躊躇してしまうパイロット。

 こんな事は前代未聞なのだ。


 TVのバラエティでも有り得ない事。

 すると、中央の半裸男は大きな手でパイロットの両肩を掴む。


 ゴゴゴゴゴゴゴ


 空気が震えているのかと錯覚するパイロット。

 半裸男の眼が怪しく紅く光る。


「ンフフフゥゥ~~…………

 コレも息子の為なンですヨォ……

 アナタが職務に忠実なのも解るのデスが……

 ここは一つ……

 健気な親心と思って……

 お願いできませんかネェ……?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ


 暴論。

 綺麗事を傘にしたただの暴論である。


 そもそも“息子の為”と半裸でスカイダイビングは関係無い。

 パイロットは依然としてクる得体の知れない“圧”に力負けしてしまう。



 セスナ二〇六 機内



 この機体、乗客は最大五名迄なのだが、この半裸男達はかなりの巨躯の為ギリギリである。


(もうっ!

 じゃあテイクオフしますが私は責任持ちませんからねッッ!)


 ブィィィィィィン


 プロペラが勢いよく回り始める。


 セスナ離陸。

 目的地は若狭湾上空。


 本来ならばこんな遠い所でスカイダイビングは実行しない。


 この半裸男が社長と知り合いの為、無理を通したのだ。

 やり方は概ね先のパイロットと同じ。


「ンフフフゥゥ~……

 楽しみデスネェ……」


「俺も息子さんと会うの久しぶりだからァ……

 勃起が収まりませんぜ……」


「油を入念に塗っとかないといけませんな……」


 リーダーらしき半裸男は怪しい笑みを浮かべ、浅黒い男は卑猥なコメントを発し、肩幅が異様にある男は持って来た油瓶から丹念に油を身体中に塗りたくっている。


 そして三人とも眼が怪しく紅く光っている。


(聞こえない聞こえない……

 僕は何も聞こえない……)


 パイロットはただ前だけを向いて、我関せずを貫こうとしている。



 若狭和田海水浴場上空 高度約三千メートル付近



(はい…………

 フライトポイントに到着しましたよ……)


 パイロットはただ前だけを向いて通達する。


「ンフフフゥ~……

 着きましたかァ……」


 グァァッッッ!


 半裸男リーダーが勢いよくセスナのドアを開ける。


 ボボボボババババボボボバババ


 急激な気圧差により大きな音が響く。


「ではぁっ!

 行きますヨォッ!

 ケイシーッッ!

 ジャックッッ!」


「了解ッッ!

 船長キャプテンッッ!」


「了解ィッッ!」


 三人が素早く下半身に手をかける。


 ズボンと下着を脱ぎだした。

 出来上がったのはバッグを背負った全裸の巨漢三人。


 この全裸巨漢リーダーが竜司が危惧していた変態父の皇滋竜すめらぎしりゅうである。

 他の二人は部下のケイシーとジャック。


「Hearッ!

 Weッ!

 Goォォォォォッッ!」


 全裸の男三人が大空に飛び出した。

 見る見るうちに小さくなっていく肌色。


 機内に残されたのは、疲れたパイロット。

 そして、脱ぎ散らかされたズボンとパンツが三着分。


 悪夢が空から降って来る。



 ###

 ###



 僕らは手早く水着に着替えて既に陣地づくりに入っていた。

 大型パラソルを立てて、日陰を作り、三人で大型テントの設営だ。


 砂浜は夏の太陽から降り注ぐ熱射で充分熱されている。


 パラソルの日陰ならまだしも、日向ではとても裸足で歩けない。

 だから三人ともビーチサンダルを履いている。


「竜司、ポール通してくれや」


「うん」


 僕はキャノピーの穴にポールを通してげんに渡す。

 リッジポールが建てられ大型テントが膨らむ。


 兄さんもだけどげんも手慣れているなあ。


「竜司、ペグ刺していってくれや」


「あ、うん」


 大型なだけにペグを刺す箇所も多い。

 まず一本。


 サク


 砂浜だから簡単に入る。


 え?

 コレで良いのか?


 何だか簡単にスポスポ抜けそう。

 僕が戸惑っていると後ろから声がかかる。


「コレはペグを刺して上から土嚢を載せるんだよ」


 声がした方を振り向く。


 そこには下は水着、上は素肌にアロハシャツ羽織っている男性が立っていた。

 強烈な日差しの影になり、誰だかわからない。


「おっカズ。

 来たか」


 兄さんが声をかける。

 あ、カズさんか。


 カズさんはかけているサングラスを下げ、微笑む。


「やあ竜司君、ひさしぶり」


「あ、カズさん。

 お久しぶりです」


 僕は立ちあがり挨拶。


「今日は誘ってくれてありがとうね。

 でもまた何で旅行を?」


「あの……

 みんなと約束してたんです……

 いつか旅行に行こうって……

 それで僕の方がやる事決まって落ち着いてきたんで……」


「ん~~……

 僕から話振っててアレなんだけど……

 早く土嚢乗っけないとペグ……

 抜けちゃうよ」


「あぁっ!」


 僕は急いでしゃがみ、ペグを押さえる。


「フフッ、ゴメンね。

 ハイ砂袋。

 これをのっけとけば大丈夫だよ」


 カズさんから砂袋を手渡され、ペグの上に載せる。


 ふう、これでOKか。

 どんどん刺して固定していかないと。


 僕はテンポ良く身体をズラして、どんどんペグを固定していく。


 あれ?

 待てよ。


 カズさんがいるって事は…………

 あの痴女も?


「だぁ~~れだぁっ…………?」


 急に視界が闇に。

 後ろから声がかかる。


 この聞き覚えのある声は。

 間違いない。


「もうっ

 つづりさんでしょっ!

 悪戯は止めて下さいっ」


 僕は覆っていた手を解き、勢いよく振り向く。


 僕の視界に広がったのは肌色。

 そして縦線。


 両目端に何か半円状の黒いが見える。


 ???


 一瞬判断が出来なかった。


「うふぅん……

 相変わらず竜司くぅん…………

 エッチねぇん……」


 視界の外からエロい声が聞こえる。

 状況判断の為に顔を後ろに下げる。


 理解した。

 全てを理解した。


 そこに居たのはブラジル人みたいな豹柄の紐マイクロビキニを着ていたつづりさん。


 縦線は胸の谷間。

 目端に見えていたのは乳首。


 コイツはみ出てやがる。

 しかも黒い。


「わーーっ!

 つづりさーーんっ!

 何て格好してるんですかーーっっ!」


「ウフゥン……

 相変わらず甘酸っぱい反応ねぇん……

 ゴチソウサマ……

 ンーマッ!」


 訳の分からない事を言って投げキッスで締めくくるつづりさん。

 正直この格好だとビーチから追い出されるぞ。


 これは僕の手には負えない。

 彼氏に頼ろう。


「あの……

 カズさん……

 つづりさんの格好何とかならないですか……?

 多分ビーチから追い出されますよ……」


「うん……

 僕も言ったんだけどね……

 ハイハイつづり

 ここは日本だからね。

 そんな刺激的な水着は止めようかー」


 カズさんはつづりさんの肩からバスタオルをかけ、強引に更衣室に連れて行こうとする。


「ちょっ……

 ちょっとぉカズゥ!

 何よォ!

 私、これ以外だったら貝殻しか持って来て無いのにぃっ!」


「ハイハイ……

 僕が適当に水着買ってくるから……」


 カズさんに押され、つづりさんは去って行った。

 言っている貝殻って、もしかして水着の事だろうか。


 だとしたらこの人はアホなんだろうか?


「やれやれ……」


 紆余曲折はあったがテント設営完了。

 中に荷物を運びこむ。


「竜司ーーっ!」


 ブンブン


 大きく手を振りながら暮葉が大きく呼びかけて来る。

 女性陣がやって来た。


 室内で見た時も抜群に可愛いと思ったけど、太陽の下に晒された蓮と暮葉の水着姿は超絶に可愛かった。


「んふふ~ん……

 どお?

 竜司ッ!

 もう鼻血出しちゃ駄目よっ!」


「だだだっ!

 大丈夫だよっ!」


「竜司……

 どう……

 かな?」


 おずおずと蓮が聞いてくる。


「うん……

 可愛いと……

 思う……」


 それを聞いた蓮の顔はパァッと笑顔になる。


「ありがと!

 素直に嬉しいっ!」


げんちゃん…………

 どかな……?

 ウチの水着……」


 湯女ゆなさんもおずおずと聞いている。


「んっ!?

 あぁっ!

 イカスでっっ!

 湯女ゆなさんっ!」


 白い歯を見せニカッと笑うげん


「プ…………

 イカスて……

 何ソレ……

 オヤジくさ……

 まー……

 でも……

 あんがと……」


「涼子さんも素敵ですっ!

 太陽の下だと素晴らしさが際立ちますっ!」


「いやだわ……

 豪輝さんったら……」


 相変わらず手放しで褒めちぎる兄さん。

 そして奥ゆかしい涼子さん。


 あれ?


 母さん、どこだろ?

 僕は涼子さんに聞いてみた。


「ねえ涼子さん、母さんはどこに行ったの?」


「あれ?

 そういえば……

 更衣室でも見かけなかったわねぇ……」


「ウチがどないしはりましたんや……?」


 声のした方を見ると、そこには水着を着て、日傘をさしている母さんが微笑んでいた。

 ダイナも側に居る。


 母さんは上下白のホルダーネックビキニ。

 下に真っ赤なフレアスカートが付いている。


 どことなく巫女さんみたいなイメージ。


 それにしても……


 母さん、スタイルが良い。

 身体には全く余計な肉はついていなく、白い肌にキュッと括れた腰。


 そういえば母さんって、ほうれい線が全く出ていないんだ。


 パッと見三十代。

 下手したら二十代といってもおかしくない。


 朝、げん湯女ゆなさんが若すぎると言った意味が理解できた。


「いや……

 母さん……

 綺麗だなって……」


「うふふ……

 おおきになあ……

 惚れたらあきまへんえ……

 ウチは滋竜しりゅうさんのモンやからなあ……」


「さ……

 さぁっ!

 みんな泳ぎに行こうっっ!」


 僕は音頭を取る。


「うんっ!」


「おうっ!」


 蓮と暮葉とげんは元気な返事。


「……サーセン……

 ウチ、ちょい休んでから行きやーす……」


「私も一息ついてから行くわ」


「ほなウチもそうしよかなあ……」


 湯女ゆなさんと涼子さん、母さんは後で参加するらしい。


「じゃあ僕らだけで行こうっ!

 おいでっ!

 ガレアッ!」


【おうっ!

 気持ちよさそうだな!】


 僕らはサンダルを脱ぎ、海へ向かって猛然ダッシュ。


 熱い。

 足の裏から熱された砂浜の熱が伝わる。


 でもそんな事はどうでも良くなるぐらい僕は楽しかった。


「イェーイッ!」


 ザッパーン


 僕は海に飛び込んだ。

 足元から伝わる海水の冷たさが熱せられた足を冷やす。


 物凄く気持ちいい。


「竜司ーっ!

 それっ!」


 ザパーン。


 蓮が僕に水をかける。


「ぷわっ……

 やったなーっ

 それっ」


 ザパーン


 僕もお返しとばかりに応戦。


「竜司っ!

 隙ありやぞっ!」


 ザパーンッ


 今度はげん

 腕が大きい為、かける水量も多い。


「竜司ーっ!

 くーらえーっ!」


 ザッッパーーーンッッ!


 暮葉も参戦。

 竜だけあってかける水量はげんよりも段違いで多い。

 僕と一緒にガレアも巻き込まれる。


「ぷわぁぁっ」


 ザブン


 僕はバランスを崩し、転んでしまう。


「プッ……

 アハハハハハハッッ!」


 僕は笑った。

 本当に物凄く楽しかったから。


 去年の死にかけた戦いが嘘の様だ。

 これは僕が勝ち取ったもの。


「フフッ

 竜司、何がおかしいの?」


 蓮が微笑んでいる。


「ハッ

 まあそう言うなや。

 引き籠りのぼっち君やった奴がようやく得たモンなんやから」


 げんも笑っている。


「アハハッ

 竜司ってば尻もちついておっかしーのっ!」


 暮葉も笑っている。


 ヤバい。

 本当に幸せ過ぎてヤバい。


 僕はふと青い空を見上げる。


 本当に綺麗だ。

 綺麗な青い空。


 飛行機雲が一筋伸びているだけ。



 ん?



 何か空に点があるぞ。

 何だろう?


 しばらく見ていると点が三つあるのが解る。

 段々気になって来る。


「ちょっとガレアこっち来て」


【ん?

 何だ竜司】


 僕はガレアを呼びつける。

 魔力注入インジェクトの為だ。


 少量魔力を補給。


 保持レテンション


 集中フォーカス


 僕は両眼に魔力集中。

 僕は目を凝らして、上空の点を見つめる。



 絶句した。



 父さんだ。

 父さんが落ちて来る。



 全裸で。



 僕は悪夢が空から降って来た事を悟る。


 夏だっ! 水着回だっ! 皇一家の海旅行②へ続く。

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