四千PV記念 夏だっ!水着回だっ!皇一家の海旅行 序章

【作者前書き】


 皆様、お暑い中如何お過ごしでしょうか?

 さて今回のD.Fドラゴンフライはカクヨム四千PV記念の特別編です。

 内容は……


 ななななんとっ!

 海水浴ですっ!


 いわゆるアニメで言う所の水着回ですっ!

 本編女性キャラの水着を出来る限り克明に描いています。

 イラストで見せれないのがもどかしいっ!(笑)


 尚、今回の内容は特別編なので本編の世界線とは若干異なります。

 ご了承くださいませ。


 それではッッ!

 始まり、始まり~~ 



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「暑つーーー…………」


 ここは兵庫県加古川市。

 僕は茶の間で大の字に寝っ転がっている。


 朝の九時前だと言うのに、真夏日の猛烈な太陽の熱射が縁側から僕の下半身に差し込み、身を焦がす様に照り付ける。


 上半身は影に覆われているのに着ているTシャツは汗でしっとり滲んで張り付く。

 かなり不快。


【暑つーー……

 竜司……

 人間界もこんなに暑いのか……?】


 ガレアも隣で寝っ転がっている。

 僕の使役している竜だ。


 コイツ一年ぐらい前の過酷な戦いを潜り抜けてきたのに。

 最近平和だから軟弱になってるんじゃないのか?


「しょうがないよ……

 夏だもん……」


【ナツ……?

 何だそりゃ?】


 ええい。

 暑い中、質問してくるな。


「夏って……

 季節の事ドゥ……」


 余りの熱さに語尾がおかしくなってしまった。


【キセツってあれだろ……

 暦を四つに分けたやつだろ……?

 暑……】


 ウチの居間にはクーラーは無い。


 それはお爺ちゃんが嫌いだから。

 昔気質の人でいわゆる“心頭滅却すれば火もまた涼し”系なのだ。


 今は家には居ない。

 最近ハマッているゲートボールをする為、早朝から出て行っている。


 母さんは医会カンファレンス出席に手術が数件と集中して仕事が入り、二、三日留守にしている。


 でも僕は嬉しかった。

 今は勤務地が国内になったから高い頻度で帰って来る。


 後はもう少し暮葉と仲良くしてくれたら。

 今日、帰宅予定だ。


 現在、家には僕とガレア、そして暮葉の三人。


 自室にエアコンが付いているにも関わらず、僕らが何故猛暑の中に身を置いているかと言うと暮葉の朝ご飯待ちなのだ。


 母さんの提示した宿題みたいなもので、現在家事を猛勉強中。


「暮葉さん……

 あんた……

 皇家の一員なるゆうんなら……

 夫の朝ご飯ぐらい作れるようになってもらわななあ……」


 だそうだ。


 母さんも立派な姑だ。

 しかもベタな意地悪姑。


 ドゴンッ!

 ダダダダッッ!

 チュイーーンッッ!


 これは暮葉の調理している音。

 よもや料理の音とは思えない。


 が、この音ももう馴れた。

 激しい音を聞いても微動だにしない。


「出来たッッ!」


 台所から元気な声。

 どうやら朝ご飯が出来たらしい。


「ガレア……

 ご飯だよ……」


 ヨロヨロと僕は起き上がる。


【メ……

 メシか……】


 続いてガレアも起き上がる。


「竜司っ!

 お待たせっっ!

 朝ご飯出来たよッッ!

 今日は冷汁だよッッ!

 ご飯にかけて食べてねー」


 多分暑い日だからと考えた暮葉の気遣いだろう。


 こういう気配りは出来るんだよな暮葉って。

 って言うかよく知ってたな冷汁なんて。


「ありがとう……

 暮葉……」


 僕は茶碗のご飯に冷汁をよそってかける。

 まず一口。


 うん美味い。

 これは鰺だろうか。


 ひんやり冷たい和風だしに芳醇な魚介の味が加わる。

 しつこくなる所を胡瓜とミョウガがさっぱりとさせる。


 うん、これならいくらでも食べれそうだ。


【モグモグ……

 何だコレ?

 ひゃっこいけど美味いな……

 モグモグ】


 ガレアも気に入った様だ。


「にしても暮葉、よく冷汁なんて知ってたね……

 モグモグ」


「今日の料理でやってたのよ。

 暑い日の朝ご飯にピッタリだって」


 なるほど。

 最近では暮葉の料理は全然辛くなく、普通に食べれる。


 料理作り始めた時は超激辛料理ばかり作っていた。

 しかしその料理を一口食べた母さんが……


「あんさん……

 何でっかコレ……?

 ……こないなもん、竜司さんの間食むしやしないにもなりゃしまへんえ……」


 と静かな怒りを見せ、そこからみっちり一週間料理特訓を敢行。

 ようやく美味しい料理を作れるようになった。


 相変わらず自分には大量の香辛料をかけるけど。


「うん、美味しいよ暮葉」


 それを聞いた暮葉は華の様な笑顔。


「ホントッ!?

 良かったーっ!

 頑張って十七とうなさんに認めてもらうんだからっ!」


 フンと鼻息が荒い暮葉。


 ■皇竜司すめらぎりゅうじ


 本編“ドラゴンフライ”の主人公。

 十五歳(今作では)。

 去年の過酷な戦いももう半年以上前の話。

 今は家で年末にある竜河岸飛び級試験の為、受験勉強中。


 ■ガレア


 本名ガ・レルルー・ア。

 竜司の使役している竜。

 本編“ドラゴンフライ”のもう一人の主人公。

 鱗は緑色の翼竜。

 相変わらず特撮を見て、ばかうけを食べての毎日である。


 ■天華暮葉あましろくれは


 竜司の婚約者。

 人の形をしているが実は白竜。

 人気絶頂のアイドル。

 年末からスタートしたドームツアーを無事終え、現在長期休暇中。

 今は休暇を利用して花嫁修業を兼ねて竜司の家に遊びに来ている。


 参照話:九十四話~


「ふぁ~ぁ……」


 ポリポリ


 腹を掻きながら、寝巻のまま兄さんが降りてくる。


「フフフ……

 豪輝さんったら……」


 優しい笑顔を携えながらストンとしたストレートヘアーをなびかせた女性も一緒に顔を覗かせる。


 タイトなGパンにTシャツとキチンと着替えてきている。


【んふふ~

 今日はどのバナナにしようかな~】


 続いて黄金に輝く竜もお目見え。


 兄さんが使役している竜。

 無類のバナナ好きだ。


「バナナに違いなんかあんのか……?」


 兄さんの軽いツッコみ。


【チッチッチ解ってないなあ豪輝は。

 バナナはね、一本一本味わいも甘さも違うものなのさ。

 まー、一流のナナーじゃないとわからないけどね】


「兄さん、涼子さん、ボギー。

 おはよう」


「おはよう」


「おはよう竜司君」


【おはよー】


 三者三様の挨拶。


 ■皇豪輝すめらぎごうき


 竜司の兄。

 二十九歳。

 警視庁公安部特殊交通警ら隊隊長を勤める。

 階級は警視正。

 現在夏休みの為実家に帰省中。


 参照話:八十四~九十話、百十九話~


 ■飛鳥井涼子あすかいりょうこ


 静岡県警本部に勤める婦警。

 二十六歳。

 腰の位置が高くスレンダー。

 まさにスーパーモデルの様な体型。

 豪輝の恋人。

 今回は両親にご挨拶する為に豪輝についてきた。

 いよいよ結婚秒読み。


 参照話:八十二~八十九話


 ■ボギー


 本名不明。

 鱗は黄金色の陸竜。

 豪輝が使役している。

 無類のバナナ好き。

 モットーは“One For Banana Banana For One”

 (一人はバナナの為に バナナは一つの目的の為に)


 参照話:八十四~九十話、百十九話~


「おっ?

 何だ竜司。

 美味そうなもの食ってるじゃねぇか。

 一口くれよ」


 兄さんが僕のスプーンを横取り、冷汁を一口パクリ。


「あっ……

 もう意地汚いよ兄さん」


「美味っ!

 美味いなコレッ!

 誰が作ったんだ?」


「暮葉だよ」


「暮葉さーーんっっ!

 我々の分の冷汁はありますかーーっ!?」


 兄さんが台所にいる暮葉に呼びかける。


「あるよーーーっ!

 いっぱい作ったからーーっ!

 食べるーーっっ!?」


「お願いしますーーっっ!

 涼子さんも良いですよね?」


「はい、お願いします」


「任せてーーッッ!」


 このうだる暑さの中でも暮葉は元気だな。


 しばらく待っていると、ご飯が二膳と冷汁が運ばれてくる。

 兄さんと涼子さんの前に並べられる。


「おっ美味そうだなっ

 ご飯に冷汁をかけて食べるんですか?」


「うんっ!

 さー召し上がれーッッ!」


 ふと暮葉が身につけているエプロンに目が行く。

 猫のキャラクターに吹き出しがアップリケでついている。


 吹き出しの中は……


 ニャン次郎だワン


 どっちだよ。

 心の中で静かなツッコみ。


「美味いっ!」


「ホント、いいお味」


 暮葉特製の冷汁に兄さんも涼子さんもご満悦だ。


【モグモグ……

 バナナは美味しいなあ】


 相変わらずバナナを食べているボギー。

 こうして朝食は終える。


「ふうご馳走様。

 美味しかったよ暮葉」


【ゴチソウサマデシタ】


「ご馳走様でした。

 いやー竜司。

 暮葉さんはいい奥さんになるぞ」


「ご馳走様。

 そうね、この冷汁のレシピ教えてもらおうかしら?」


「うふふふ~~

 そおかな~~?

 はいっっ!

 おそ松くんでしたっっ!」


 暮葉が両頬に手を当てクネクネさせている。


 顔はにっこり笑顔。

 物凄く嬉しそうだ。


「暮葉……

 それを言うならお粗末様ね……」


 朝食後のひと時。

 僕は兄さんにある計画について尋ねる。


「兄さん……

 夏休みってあとどれぐらいあるの?」


「有休消化も兼ねてるからあと八日ってとこだな。

 どうした?」


「僕……

 旅行に行きたいんだ……

 それで兄さんもどうかなって思って……」


「目的は?」


 流石兄さん。

 ノータイムで真意を探りに来た。

 全てお見通しか。


「うん……

 兄さんの車……」


 兄さんの車はベンツのヴィトーって言う車種。

 車は詳しくないけど異様にデカい。


「なるほどな。

 俺に運転手代わりになれと……」


「うん……」


 僕はどうにかこの計画を達成したかった。

 この計画は去年、静岡決戦に出向く時に暮葉、蓮、げんらと約束。

 いつか一緒に旅行に行こうって。


 全ての戦いが終わり、ようやく僕も道筋が見えてきた所。

 そろそろ約束を果たしたいと考えていたんだ。


「………………へっ……

 しょうがねえ奴だな。

 目的地は決まってるのか?」


「うん……

 若狭和田海水浴場って所に行こうかなって……

 近くに竜も止まれる大きいホテルもあるし……」


「メンツは?」


「今の所、僕と暮葉……

 ガレアと蓮……

 ルンルとげんとベノムかな?」


「竜は並走で良いとして……

 六人か……

 後三人行けるぞ」


「とりあえずまだ二人には言ってないから……

 期間としては二泊三日ぐらいで……」


「おう。

 別に何かやる事があった訳じゃ無いから良いぞ。

 涼子さんはどうですか?」


「海水浴って事は水着が必要ですよね……

 困ったわ……

 私、水着は持って来てないのよ」


 途端に兄さんが若干色めき立つ。


「じゃっ……

 じゃあ買いに行ったら良いんじゃないですかっ?

 自分もお付き合いしますよっ!」


「うーん……

 じゃあ買いに行きましょうか?

 ウフフ」


 見えない位置でガッツポーズをした兄さんを僕は見逃さなかった。

 直後、兄さんから耳打ち。


「ゴニョゴニョ……

 竜司っ!

 グッジョブだっ!

 俺はまだ涼子さんの水着姿、拝んだ事無いんだよっ……

 ゴニョ」


 兄さんもやっぱり男なんだなあ。


「じゃあ僕……

 げんと蓮に連絡とるよ」


 まずは元から……


 プルルル


「おう、竜司か。

 何や?」


「あ……

 げん

 今何してる?」


「今か?

 今はバーちゃんと湯女ゆなさんと朝メシ食っとるで」


湯女ゆなさん?」


「アレや。

 静岡ん時にワイと闘り合ったヤツや。

 そんとき知りおうてのう。

 今、持病の治療でウチに来とんのや」


「治療?

 げんの家って診療所だったっけ?」


「時々厄介な病気で相談してくる奴おってな。

 そんな奴らが時々泊まり込みで治したりしよんねや」


「へえ。

 確かにげんの家って広いもんね」


「まあな。

 んで湯女ゆなさん、成因不明の慢性肝炎とかでな。

 定期的ににっがぁ~い漢方飲まなあかんねやハハハ」


「ちょちょちょ……

 げんちゃんげんちゃん……

 何サラッと個人情報垂れ流してンの……?」


 げんの後ろから低い女性の声が聞こえる。

 この声の主が湯女ゆなって人なのかな?


「別にええやろ。

 竜司なんやし」


「あ?

 誰よソレ……

 知ンねーし……

 何?

 ココの薬局、人類皆キョーダイ的なノリでウチのデリケートなプライバシー、ダダ漏らすンすか?

 フネさん。

 この孫、止めてくんないッスカ……?」


「ヒョヒョヒョ……

 まあ別に良いじゃろ。

 竜司じゃし」


 フネさんの声も聞こえる。


「いやヒョヒョヒョじゃ無しに……

 何朝食の愉快なシチュ的なの満喫してンすか……

 割とガチ目で止めて欲しンすけど……」


 何か向こうで盛り上がっている。

 僕はたまらず声をかける。


「あ……

 あの……

 良いかな?

 げん……」


「ん?

 何や竜司」


「あの……

 今日電話したのは……

 旅行に行かないかな?

 って思ってね……

 ホラ静岡に行く時言ってたじゃん?

 いつか皆で旅行行こうって……

 それでだよ」


「おぉ、ようやく重い腰上げよったな。

 ええぞ。

 どこ行くんや?」


「あの……

 京都の上の方なんだけど……

 若狭湾の海水浴場だよ」


「海かーーっ!

 久しく行ってへんからええで。

 にしても……

 竜司……

 ワレ、エロいのう……

 そんなに嫁さんの水着姿が拝みたいか」


 げんがからかってくる。


「ちちちちっ……!

 違うよっ!

 ただ季節的な所だよぉっ!!」


「ははっ、まあええわい。

 いつ行くんや?」


「二日後の朝八時でどうかな?」


「よしわかった。

 どこ行ったらええねん」


「兄さんの車で行くから僕の家に来てよ」


「わかった。

 ってにいやんも一緒か。

 楽しなって来たやんけ。

 ほいじゃまた明後日な」


 プツッ


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 所、変わって鮫島家



 携帯を置くげん


「何や?

 げん、どっか行くんか?」


「おうバーちゃん、ちょお海行ってくるわ」


「海か……

 ええのう。

 場所はどこや?」


「若狭湾や言うてたで」


「ホウ……

 京都に行くんか……

 ん?

 若狭湾か……

 オイげん、ワシも行くぞ」


「ゲッ!

 バーちゃんも来んのかッ!?」


「何ちゅう声出しとんねん。

 若狭で取れる貝殻がいるんじゃ。

 だからワシも行くで」


「バ……

 バーちゃん……

 車やで?

 定員オーバーとかあるかも知れんしやな……」


げん……

 ワシ九十やぞ……

 老人の身体には長時間の車は無理やわ。

 心配せんでええ。

 ワシはベノムの亜空間で行くわい」


 フネは一度決めたら人の話は聞かない人間。

 ちなみにフネは元竜河岸でベノムはフネの代からずっと鮫島家に住んでいる。


「ハァ……

 マジでか……

 保護者同伴かい……」


 項垂れるげん

 血縁同士で話が付いた所で部外者が核心を突く。


「ちょい待ち……

 何なん……?

 何、患者放っぽらかして鮫島家会議始めちゃってんの……?

 別に海行くのはイんだけどさ……

 そン間ウチ、どーすんの……?

 何?

 店番頼むわ湯女ゆなっつー感じ……?

 五百円になりゃーす。

 あざっしたーとか?

 やかましいわ」


 低い早口声でまくし立てる湯女ゆな


 確かに湯女ゆなは現在治療中。

 患者一人置いて行くなど有り得ない。


「何言っとんねん湯女ゆな

 ワレも行くに決まっとるやろ?」


「は……?」


「若狭の貝殻はワレの漢方で使うねや。

 出来立て飲めるで」


「……聞いてないンすけど……

 つかウチ貝殻飲まされてたンすか……?

 ダイジョブなンすかソレ……?

 フネさん、人の身体で実験してんじゃないっすか……?

 都合の良い患者キタ。

 フネ爆アゲー的な?」


「アホな事言うなや。

 そんな訳あるかい。

 現に数日飲み続けて身体若干楽になっとるやろ?」


「ん……?

 いや……

 まー……

 多少は?

 マシにはなっている的な?

 つかこれって……

 薬飲み続けるだけなら……

 泊まり込む必要無くない……?」


 更に核心を突く湯女ゆな


「あー……

 朝は梅昆布茶に限るのう……」


 誤魔化すフネ。


 今回の泊まり込みには臨床の意味合いが多分に含まれていた。

 何らかの副作用が出た場合対応出来る様に。


「…………ま

 いンだけどさ……

 治ってるのは確かダシ……

 つか水着とか持って来て無いんスけど……」


 チラッとげんを見る湯女ゆな


「ん?」


「フォッフォッフォッ……

 何やかんやゆうても泳ぐ気満々やないかい。

 げんに素敵なボデーを見て貰いたいと言った所か」


 それを聞いた湯女ゆなは真っ赤になる。


「別に……

 何……?

 その……

 泳ぐ気満々じゃねーし……

 せっかく海に行くなら……?

 水着着るっしょ……?

 っつーだけで……?

 別に……

 げんちゃんとか関係ねーし……」


「フォッフォッフォ。

 若いっちゅんはええのう。

 げん、いつ行くんや?」


「明後日や」


「ならげん湯女ゆなの水着買いに行くの付き合ったれ」


「ゲッ!?」


「ちょ……」


 げん湯女ゆなは同時に声を上げる。


「ええから行ってこいげん……

 ズズズズ」


 梅昆布茶を啜りながら強引に話を進めるフネ。


―――つかこのババア何言ってンの……?

   色々見通す目何なん……?

   何ヘンに気、使ってくれちゃってんの……

   まー……

   ウチとしては、げんちゃんとデート出来てラッキー的な……

   つか何考えてんの。


 心中で言いたい事を言った湯女ゆなは、再びげんの方をチラッと見る。

 視線を察するげん


「……しゃあないなぁ……

 んじゃ行くか?

 湯女ゆなさん」


「…………オナシャス……」


 こうしてげん湯女ゆなは一緒に水着を買いに出かけたとさ。


 ■鮫島元さめじまげん


 竜司の親友。

 十八歳の竜河岸。

 高校三年生ですでに専門学校に進学決定している為、現在暇を持て余している。

 喧嘩っ早いが仲間想い。


 参照話:二十~二十九話 百九~百十二話 百十九話~


 ■鮫島フネ


 げんの祖母。

 九十歳。

 先々代の竜河岸。

 漢方薬剤師で薬局を営んでいる。

 合気道十段の達人。


 参照話:二十五~二十九話


 ■ベノム


 本名ベンダ・ノ・ムール。

 鮫島家に使役されている竜。

 鱗は灰色。

 種別は震竜。

 物凄く無口。


 参照話:二十~二十九話 百九~百十二話 百十九話~


 ■裏辻湯女うらつじゆな


 元竜河岸自衛官。

 二十二歳。

 去年本栖湖岸でげんと死闘を繰り広げた。

 成因不明の慢性肝炎持ちの為、基本気怠げ。

 現在は自衛隊を除隊。

 フリーターで治療の為、十三に出向いている。

 げんにほのかな恋心を抱いている。


 参照話:百二十三~百二十四話



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 再び皇家



「ふう」


 僕は携帯を置き、一息。

 さあ次は蓮に連絡しないと。


 プルルル


「もしもし竜司?

 どうしたの?

 こんな朝早く」


「えっと……

 あのね……

 去年言ってたじゃん……?

 いつか皆で一緒に旅行に行きたいねって……」


「うん。

 静岡の時ね」


「そう。

 それでね……

 その旅行を計画してるんだけど……

 どうかなって……」


「行くっ!」


 急にテンションが上がった。


「で……

 でねっ……

 季節的に海に行こうかなって思ってるんだけどどうかな?」


「海か……

 私泳げないんだけど……」


「えっ!?

 ホントにっ!?

 何でっ!?」


 僕は驚いた。

 蓮はスポーツ得意そうに見えたからだ。


「だって……

 私……

 一度も教えてもらった事無いもの……

 だから水に浸かってどういう風にすれば、泳げるかって言うのがわからないもん」


「小学校の時に水泳の授業とか無かったの?」


「あったけど……

 先生、竜河岸をビビって私を避けてたもの」


 そういえば蓮って周りの陰湿な嫌がらせが嫌で不登校になったんだっけ。

 それにしても一生徒に泳ぎ方を教えないなんて何事か。


「そう……」


「そう言う竜司はどうなのよ。

 泳げるの?」


「最近泳いでないけど……

 まあ人並みには」


「じゃさ…………

 竜司が……

 泳ぎ方教えてくれるなら…………

 行っても…………

 いいよ?」


 うわ。


 何だコレ。

 電話越しでも解る。


 物凄く可愛い。

 死ぬ程可愛い。


 直感的にそう感じてしまった。

 僕には暮葉が居るのに。


 でも可愛い。

 でも僕の婚約者は暮葉なんだ。


 あぁああぁっぁああ。


「うっ……

 うんっ……

 良いよそれぐらい……」


「うん……

 じゃあ……

 行く……

 いつ行くの?」


「明後日から二泊三日にしようかと思ってるんだけどどうかな?」


「うん……

 良いよ…………

 それでさ……

 私…………

 水着持ってないの……

 買いに行くの…………

 付き合ってくれない?」


「えっ?」


「べべべっっ!!

 別にそんなんじゃ無いんだから勘違いしないでよねっ!

 別に初めて買う水着は竜司に選んでもらいたいとかそんなんじゃないんだからーっ!!」


 ベッタベタ。

 ベタなツンデレ反応を見せる蓮。


 だからやめてくれ。

 充分可愛いのは解ったから。


「う……

 うん……

 兄さんも涼子さんの水着買いに行くって言ってたから一緒で良い?」


「あれ?

 お兄さんも来るの?」


「うん」


「はぁ……

 良いわよ……

 別に……」


 明らかにテンションが下がった蓮。


「ちょ……

 ちょっと待ってね……

 兄さんにいつ行くか聞いてくるから」


 僕は電話を保留にする。


「兄さん、涼子さんの水着買うの何時から行くの?」


「別に何時でも構わんが……

 何だお前も行くのか?」


「うん……

 あっそうそう。

 暮葉ーっ?」


 暮葉はとっとと食器を下げて、洗い物をしている。

 僕は台所へ向かう。


「ねえねえ暮葉」


「ん?

 なぁに?

 竜司」


 ジャー


 暮葉は洗い物に目を向けたまま応答する。

 何か本当にお母さんみたい。


「水着持ってる?」


「ん?

 撮影で着た事あるけど、私は持ってないわ。

 でもどうして?」


「海に旅行に行こうと思ってね」


 キュ


 流しの蛇口を捻る。

 洗い物が終わったのか。


 ようやくこちらを振り向く。

 エプロンで手を拭いている。


「旅行ッッ!?

 温泉ッッ!?

 温泉ねっ!

 行くーーッッ!」


 相変わらず温泉好きだな暮葉は。

 って言うか一言も温泉とは言ってないんだけどな。


「いや……

 まあ温泉はあるらしいけど……

 僕らが行くのは海水浴だよ」


「カイスイヨク…………

 ねえねえ竜司、カイスイヨクってなあに?」


 暮葉キョトン顔。


「水着着た事あるんでしょ?

 何で知らないの?」


「えっ?

 何で水着を着た事とカイスイヨクが関係あるの?」


 暮葉のキョトン顔はまだ続く。

 どうやら暮葉は水着の用途とかは知らないらしい。


「あのね暮葉……

 水着って言うのは人が水の中に入る為に着る服の事で、海水浴っていうのは海に泳ぎに行く事だよ」


「ふうん。

 でも私、水着なんて持って無いわよ」


「じゃあ後で兄さん達と一緒に買いに行く?」


「行くっ!

 待ってねーっ!

 すぐに掃除と洗濯終わらせるーっ!」


 ドタドタ


 慌ただしくその場を後にする暮葉。


 これも母さんからの宿題である。

 料理だけでなく家事全般をこなせるようになれと。


 あぁっ!!?


 電話保留にしてたの忘れてた。

 すぐさま電話に向かう僕。


 保留解除。


「もしもしっっ!

 蓮っっ!?

 ゴメンッッ!

 待たせちゃってッッ!」


「………………あ、竜司?

 保留、えらく長かったわね……

 どうしたの?」


「うん……

 暮葉に海水浴について説明しててさ……

 それで……

 暮葉も連れて行くけど……

 いい?」


 それを聞いた蓮が軽く溜息をつく。


「ふう……

 いいわよそんなの。

 静岡で約束したじゃない」


「良かった……

 ありがとう蓮。

 それじゃあ十一時にBIGMAN前で良い?」


「うん良いわよ」


「それじゃあ後で……」


「うん」


 プツッ



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 新崎家



 ピッ


 携帯を置く蓮。


「ふう……

 やっぱり駄目だなあ……

 私って……」


 一息つく蓮。

 蓮は竜司の事が好きだった。


 一時期は仲良く行っていたのだが、急に現れた暮葉。

 最初は戸惑い、ライバル心剥き出しで接していた時もあった。


 が、一緒に色々な闘いを潜り抜けていく内に暮葉の事も好きになってしまった。


 “暮葉ならしょうがない”


 こんな風にも思うようになっていた。


 それでも電話が来ると内心動揺してしまう。

 未練がましい自分が嫌いになりそうになる程に。


 話している内に自然とモーションをかけようとしてしまう。

 でも万が一、竜司がこちらに振り向いてくれたら物凄く嬉しい。


 竜司と話すだけで葛藤に悩まされる蓮なのであった。


【フムフム……

 女子力を上げるには……

 いつでも化粧が決まっている……

 これは出来てるわね】


 ワイドショーの女子力特集を見ながら勉強に余念のない竜。

 これは蓮の使役している竜。


 ルンルである。


 御存じの読者もいるだろうが言っておく。

 ルンルはオスである。


「ルンルー

 私、後で買い物に出かけるけどアンタどうする?」


【アンタ、昨日買い物行ったとこでしょ。

 何か買い忘れでもあったの?】


「いや……

 その………………

 水着を……」


 胸元でチョイチョイ指を絡めながら恥ずかしそうに告げる蓮。


【なあに?

 アンタ、オトコでも探しに行くの?】


「いや…………

 その………………

 竜司と……」


 胸元の指絡めを早くしながら、赤面は続く。

 それを聞いたルンルは溜息をつく。


【ハァ…………

 アンタ、まだ諦めて無いの……?

 乙女の純情貫くのもイイんだけど、このままだと独り身でバアさんになるわよ】


「べっっっ…………!

 別にそんなんじゃ無いわよっっ!

 竜司とは前から旅行にみんなで行こうって言ってたからよっっっ!」


【本音は?】


「……………………………………竜司が振り向いてくれたら嬉しいです……」


 ルンルには正直な気持ちを離す蓮。

 それ程の仲なのだ。


【蓮、イイ?

 人間ってのはもの凄く短命でしょ?

 その中で出会いと別れを繰り返すんじゃないの?

 アタシャ竜司ちゃんは忘れて新しいオトコを探した方がイイと思うんだけどね……

 磯の鮑の片思いってこの事ね……】


 ルンルはアイプチ、アイシャドウ、マスカラ等など化粧をバッチリ決め、鱗もこげ茶色の見た目ギャル竜。


 だが思いの外、見識家である。


「うん………………

 でも……」


【まあ…………

 縁は異なもの味なものとも言うから……

 もしかしてワンチャンぐらいあるかもね】


 蓮を励ますルンル。


 母親が家を空ける事が多い新崎家。

 ルンルは蓮の保護者のつもりなのである。


「ホントッッッ!!?」


 それを聞いた蓮の顔がパァッと明るくなる。


 友達の少ない十五歳の女の子。

 まだまだ恋愛経験値は足りないのである。


【いや……

 わかんないけどね……

 まぁ良いわ。

 アタシも行く。

 ハンカチ買って貰いたいし】


「ハンカチ?

 何に使うのよそんなの」


【ヤダァンッ

 蓮、知らないのぉんっ?

 女子力高いオンナってのは常に綺麗なハンカチを持っているものなのよぉんっ!】


 色めき立ちながら、身体をくねらせるルンル。


「ま……

 まぁ買い物付き合ってくれるんだし買ったげるわ。

 待ち合わせ、十一時にBIGMANだから」


【りょぉかぁいん】


 バチン


 ルンルのウインク。

 正直可愛くない。


 ■新崎蓮しんざきれん


 十五歳の竜河岸。

 大阪で竜司と知り合う。

 現在は大検取得の為勉強中。

 ストリートミュージシャンの経験もあり、歌には自信アリ。


 参照話 十七~二十九話、七十三~八十一話 等


 ■ルンル


 本名ルヒャル・ン・ルルー。

 雷竜。

 鱗は焦げ茶色。

 オカマ。

 内臓蓄電量は現時点で百二十三ペタワット


 参照話 十七~二十九話、七十三~八十一話 等



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 再び皇家。



 僕は暮葉の掃除を手伝っていた。

 無駄に広い屋敷なだけに掃除も一苦労だ。


 気が付いたら涼子さんも加わって三人で掃除をしていた。

 そんな中……


 豪輝兄さん:寝っ転がってTVを見ている。

 ガレア:暑くてまた寝っ転がっている。

 ボギー:まだバナナを食べている。


 トホホ。

 涼子さんに兄さんを手伝わさなくて良いのかと聞いてみたら……


「豪輝さんは……

 普段忙しいから……」


 と言って許していた。


 甲斐甲斐しいなあ。

 いい奥さんになりそう。


 三人でテキパキと済ませて掃除が完了。


「ふう、やっと終わった」


 ガラガラー


「今帰ったぞー」


 お爺ちゃんが帰って来た。


「おかえりお爺ちゃん。

 ゲートボールどうだった?」


「フフフ……

 ゲートボールなど児戯よ……

 全国大会に出る事になったわい……」


 一体何になりたいんだこの書道家は。


「さすがマスター……

 “達人は大観す”

 と言うがあのスティック捌きは見事でした」


 黒の王が手放しで褒め称えている。


「ハッハッハッ……

 そう褒めるものでは無いカイザよ……」


「へえ……

 凄いね」


「では儂はひと汗流してくるぞい。

 ハァッハッハッ」


「いってらっしゃい」


 堂々と僕の前を横切って行くお爺ちゃん。


「カイザはどうするの?

 冷たいお茶でも飲む?」


「おうマスターの孫……

 頂こうか……」


「だから僕は竜司だってば……

 ちょっと待っててね」


 僕は台所へ行き、冷たい麦茶を入れて来る。


「はいどうぞ」


「ウム……

 んっんっ……

 っふう……

 人間と言うものは面白い生き物だな……

 こうして冷たい飲料を体内に取り込み涼感を得るとは……」


「そんな大袈裟な……

 竜ってどうやって涼しくするの?」


「魔力」


「あ、そ」


「さぁ……

 我は日課を済ませて来る」


 黒の王は奥へ消えて行った。


「んしょんしょ……」


 暮葉が洗濯物を大量に運んできた。

 今から干す気なのだろう。


「あ、暮葉。

 僕も手伝うよ」


 僕も一緒に外へ。


「ありがとー竜司っ!

 じゃシーツの端持ってー……

 よいっしょぉ!」


 バサァァッッ


 洗濯もののシーツを思い切り広げる。

 空気を取り込んで帆船の帆のように膨らむ。


 夏の日差しを沢山受け止めたシーツの白が眩しい。


 手早く二人で洗濯物を干していく。

 洗濯完了。


「ふう終わったね暮葉。

 ご苦労様」


「うんっ

 じゃーお出かけの準備だねっ

 ちょっと待っててねー」


 パタパタと忙しなく二階へ消えていく暮葉。


「今年は智弁和歌山か……」


【なあなあ竜司の兄ちゃん。

 このチーム、何かつええな】


【この人達、暑い中何やってるの?

 こんな事せずにバナナを食べたら良いのに】


 干し終わった所で茶の間を見ると、高校野球を見ている兄さんとガレアとボギー。


 何か絵面的にシュール。

 しかし夏の風景。


「兄さん、今年はどこが強いの?」


「今年は智弁和歌山だな……

 良いピッチャー入れて来やがった」


「そうなんだ」


 話を振っといてアレなんだけど、僕はそんなに高校野球は詳しくはない。


「そろそろ兄さん、寝巻から着替えたら?

 暮葉の準備が出来たら出かけるよ」


「おっそうか。

 じゃあ準備してくるわ」


 のそりと立ち上がった兄さん。

 二階に向かう。


 僕は茶の間に腰掛け、冷たい麦茶を飲んでいた。


 カキン


 わーわードンドンドンドン


【おっ打ったっ!?

 回れーっ】


 誰かがヒットを打ったらしい。


 夏の日差しが茶の間の畳を一層青くさせる。

 強烈な日差しと部屋の陰がコントラストを際立たせている。


 否が応でも上がる室温に肌がじんわり汗ばみ、耳にはTVから高校野球の歓声。

 そしてそれを視聴し声を上げる竜。


 冷たい麦茶が入ったコップの結露がキラリと光る。


 何だか物凄く夏。

 夏の風景って言う感じがする。


「ふーっいい風呂だったわい。

 竜司、儂にも麦茶くれんか?」


 風呂から上がったお爺ちゃんが甚兵衛を着て出てきた。


「うん、ちょっと待っててね」


 台所に行き、麦茶をコップに入れて来る。


「はい、お待たせ」


「おうスマンな……

 んっんっ……

 ふう……

 勝利の美酒と言うやつじゃな。

 ハッハッハッ」


「お待たせーっっ!」


 二階から笑顔で暮葉が降りてきた。


 上は涼し気な白いノースリット。

 下は薄い水色のブリーツミニスカート。


 たすき掛けに小さなカバンを掛けている。

 おそらく化粧ポーチだろうか。


 サラサラと銀髪が揺れている。


 正直物凄く可愛い。

 思わず鼻の下が伸びてしまう。


「竜司……

 どうしたんじゃお前……

 物凄く気持ち悪い顔をしておるぞ……」


「えぇっ!?

 そっ……

 そんな事無いよっ!」


「竜司、出かけるのか?」


「うん、兄さん達と一緒に水着を買いに行くんだ」


「何じゃ?

 海にでも行くのか?」


「その通りだよお爺ちゃん。

 二泊三日ぐらい海水浴に行ってくる」


「ほう……

 いいのう……

 夏じゃし。

 どこに行くのかは決まっておるのか?」


「うん、若狭湾に」


「フム……

 京都の上の方か……

 よし、もののついでじゃ。

 竜司、儂も行くぞ」


「ええっっ!?」


 突然の申し出に僕は驚く


「何じゃ

 素っ頓狂な声を出しおって。

 心配せんでも若い奴らに茶々を入れたりはせんわい。

 儂は次に書く作品の閃きインスピレーションを拾いに行くだけじゃ」


「でっ……

 でも……

 兄さんの車で行くんだよ……?

 定員とか……」


 正直せっかく僕が立てた旅行計画。

 保護者同伴は勘弁してほしかった。


「心配せんでも儂は目的地さえ教えてくれればじんで飛んで行くわい」


 そうだった。

 お爺ちゃんには飛行スキルがあったんだった。


「おい竜司。

 準備出来たぞ」


 そこへ兄さんも降りてきた。


「オイ豪輝。

 どこの海水浴場へ行くんじゃ?」


 しまった。

 完全に隙を突かれた。


「ん?

 若狭和田海水浴場だけど?」


 何で言うんだ。

 兄さん。


「よし了解した。

 じゃあ水着でも何でも買って来い竜司」


 まだ湾ぐらいならリカバリーが可能だったかも知れない。

 だけど、兄さんのせいで海水浴場までバレてしまった。


 保護者同伴決定。


「は……

 はい……

 トホホ」


 少しテンションが下がる僕。


「竜司、何凹んでんだ?」


 状況が飲み込めていない兄さん。


「竜司、何でションボリしてるの?」


 暮葉キョトン顔。


 ■皇源蔵すめらぎげんぞう


 竜司の祖父。

 九十歳。

 書道家。

 現役時は土木業界の首領ドンとまで呼ばれ、未だ政財界に顔が効く。

 昔、竜司とは疎遠になっていたが今では立派な孫煩悩である。

 スキルで重力を操る。


 参照話:一~三話、百十三~百十八話


 ■黒の王


 本名カイザリス・イ・ザナドウ。

 通称カイザ。

 三大勢力の一角、王の衆のメンバー。

 またの名を磁鍾帝じしょうていカイザリスとも言う。

 源蔵の書に惚れ込み、それ以来書道の練習に余念がない。


 参照話:一~三話、百十三~百十八話



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 朝十一時 BIGMAN前



 待ち合わせ場所に時計を見ながら立っている一人の少女とこげ茶色の竜。


 薄グレーのTシャツにデニムのミニスカート。

 腰にチェックのアウターを巻き付け、結んでいる。


 蓮だ。

 僕が声をかける。


「蓮、お待たせ。

 待った?」


「あ、竜司。

 ううん……

 今来た所」


 これって台詞が男女逆転して無いか。


「蓮ーっっ!

 久しぶりーーッッ!」


 僕を押しのけて暮葉が蓮に抱きつく。


「わっ!

 ちょ……

 ちょっと……

 暮葉……

 暑苦しいってば……」


 グイと暮葉を離す蓮。

 暮葉ってば年明けたぐらいから物凄く蓮と仲良いんだよな。


 もしかして百合……

 いや考えるのをよそう。


「えへへー

 ゴメンね蓮ー」


「あ、お兄さんと涼子さん。

 ご無沙汰してます」


「おう。

 蓮ちゃん、元気だったか?」


「ウフフ。

 蓮ちゃん、おはよう」


「涼子さん、竜司の家に行ってたんですね」


「うんそうよ」


「ウフフ~

 もしかして寿退社間近ってやつですか~?」


 蓮が悪戯っぽく涼子さんに問いかけてる。

 それを聞いた涼子さんは一瞬で真っ赤になり、乙女の様な顔になる。


「もうっっ!

 大人をからかうんじゃないのっ」


「ウフフ可愛い涼子さん」


 何か大人の会話だ。

 何をもって大人かは良く解らないが、何か大人だ。


 と、そんな事言ってる場合じゃない。

 早く皆を先導しないと。


「蓮、どうする?

 どこに買いに行こうか?」


「ウフフ、ガレアも久しぶり。

 ボギーも。

 相変わらず甘い匂いね。

 え?

 竜司、何?」


 蓮が竜達に構っていて僕の話を聞いてなかった。


「いや……

 ずっとここに居てもアレだしさ……

 買いに行こうよ」


「あ、ゴメン。

 どこに行こっか?

 私水着なんて買った事無い……

 服ならアメ村とかに行くけど……」


「それじゃあベタだけど阪急百貨店でも行こうか?

 近いし、バーゲンやってるかも知れないし」


「うん、いいわよ」


「涼子さんも兄さんもそれでいい?」


「おう良いぞ。

 阪急百貨店なんて久しぶりだなあ」


「私もOKよ」


 僕らは一路阪急百貨店を目指す事に。



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 八階 水着売り場



 水着のブランドテナントが数点並んでいる。


「うわーっ!

 いっぱいあるねーっ!

 ねっ!

 ねっ!

 竜司っ!?」


 確かに女性もの水着が並んでいる。

 夥しい量だ。


 何となく目のやり場に困る。


「う……

 うん……

 そうだね」


「へえ……

 色々あるのねえ……」


 連も驚いている。


「私、最近太っちゃったからどうしようかしら?」


 涼子さんがそんな事を言っている。


 キュッと締まった腰を見る限りではどこが?

 と言った所だ。


「ねっ!?

 蓮っ!

 行こっ!」


 蓮の手を引き、駆け出す暮葉。


「うんっ!」


 蓮も笑顔で売り場に駆け出す。

 二人とも超絶に可愛いから華が咲いた様だ。


「兄さん……

 何かこう……

 女の子って……

 良いねぇ」


 笑顔の美女二人を見つめながら、しみじみと感想を述べる僕。

 おそらく鼻の下はだるだるのゆるゆるだっただろう。


「まあ……

 そうだな…………

 俺は涼子さん一筋だけどな」


 横を向くと腕組みしながらにやけ顔の兄さんが見える。

 さっそく選び出した美少女二人と美女一人。


【何だコレ?

 どうやって使うんだ?】


 ガレアが女物のビキニを手に取ってキョトン顔。


 何やってるんだコイツ。

 ってか竜の力だと商品を痛めてしまうかも知れない。


「ちょっ!

 ガレアッ!

 買わない商品は触っちゃ駄目なんだよっ!」


【何だよケチくせえなあ】


 ブツクサ言いながら元に戻すガレア。

 でもガレアは基本素直な奴なので、次からは眺めているだけになった。


「ねぇ竜司?

 コレとコレ……

 どっちが似合うかな……?」


 最初に聞いてきたのは蓮。

 両手に水着を持ってそれぞれ合わせている。


 一つは黒のスポーティな黒いビキニ。


 もう一方はうって変わってシーブルーを基調とした色合い。

 上下とも白いフリルがあしらわれ、胸元に白いリボンが付いている。

 物凄く女の子らしい。


「ウムム……

 蓮ってスレンダーだから黒の方もカッコいいと思うし……

 この白の方もデザインが可愛いしなあ……

 正直着て見ないとわから……

 はっ!?」


 オタク気質から真面目に感想を言ってしまった。

 言い留まったのはスケベ心で言ったとか思われそうだったから。


 いや、決してスケベ心では無くちゃんと着ないと似合うか似合わないか解らないからであって……


 いやでもスケベ心が全くなかったとは言わないが……


 いや……

 あぁあああぁぁあ。


 心の中で葛藤が巡る。

 でも反応は予想外だった。


「うんっ!

 着てみるねっ!」


 満面の笑顔の蓮。

 まるでキラキラ輝いているように見えた。


 シャー


 そそくさと試着室に入りカーテンを閉める蓮。


「ねえねえ竜司」


 チョイチョイ


 服の袖を引っ張る暮葉。


「ん?

 どうしたの?

 暮葉」


「コレとコレ、どっちが良い?」


 次は暮葉が声をかけてきた。


 一方は白に紫色のフリルが付いている三角ビキニ。

 中央に白いリボンをあしらっている。


 これを着た暮葉を想像してみる。

 うん鼻の下が伸びている。


 止めようとしても止まらない。


 そしてもう一方は…………

 白の…………


 マイクロビキニ!?


 布少なすぎだろ。

 ほぼ全裸。


 しかも下が紐で結ぶタイプ。

 ポロリ確定じゃないか。


「こっちは良いけど……

 こっちはダメ……」


「えー

 何でよー

 動き易そうで良いのにー」


 暮葉がむくれている。

 いやいやしかし未来の夫として妻の貞操は守らないといけない。


「何かこっちは…………

 僕がイヤ……」


「しょーがないなあ……

 じゃあこっちは?」


 代案として出されたのは色は白のみだが、上下ともに付いているフリルの刺繍が細かいローライズビキニ。


 だから何かにつけて際どい水着を選ぶんだ。

 まあでも先のマイクロビキニよりかはマシか。


「ウン…………

 まあそっちなら……」


「ありがとっ!

 じゃー着てみるねっ!」


 シャー


 続いて暮葉も試着室に入り、カーテンを閉める。


 シュルッ……

 パサッ……


 カーテンで遮られた試着室の中から小さな衣擦れの音が聞こえる。

 頬が熱くなっているのが解る。


 なんだか居た堪れない気分になる。


 シャー


 と、そこへ離れた場所にある試着室のカーテンが開く。


 涼子さんだ。

 もう着替えたんだ。


「どうかしら?

 豪輝さん」


 涼子さんは情熱的な真っ赤のモノキニ。

 しかし胸元の開き具合と言い、やたら布が少ない。


 胸部はいわゆるホルターネックと言うタイプ。


 しかし……

 エロい……


 くるん


 涼子さんが振り返り、兄さんに後ろを見せる。


 ツウ


 あ、何か鉄臭い。

 ヘンな温もりも鼻の辺りに感じる。


 鼻を擦る。

 右手の甲に真っ赤な鮮血。


 鼻血を出した。

 エロい事で鼻血が出たの久しぶりだ。


 その原因と言うのは涼子さんの後ろ姿。

 見事なTバックだった。


 ぷりんと肉付きの良い白いヒップ。


 涼子さんの体型ならさもありなんだが、やはり写真や二次元で見るのと実際見るのとではエロの生々しさが半端ない。


 僕はすぐさまティッシュを鼻に詰める。


「素晴らしい……

 さすが涼子さん……

 その抜群のプロポーションが存分に活かされてます……

 まさに女神……

 こんな人が僕の妻になるなんて……」


「いやだわ……

 豪輝さんったら大袈裟な……」


 兄さんが手放しで褒めちぎる所を謙遜する涼子さん。

 初めて会った時から思ってたけど物凄く奥ゆかしいんだよな涼子さんって。


「いえいえ、そんな謙遜する事無いですよ。

 確かに露出が少し多いかも……

 もしかして海で披露したら不逞な輩が寄って来るかも知れない……

 なあに、でも問題無いですよ。

 もし男共が寄って来たら僕が蹴散らしてやりますよ」


 ニコッと白い歯を見せて笑う兄さん。

 浅黒い肌に歯の白がコントラストになる。


 兄さんアウトドア派だからなあ。

 僕とはえらい違いだ。


「じゃあ……

 私……

 これにしようかな?」


「はいっ!」


 兄さんの元気な返事。

 涼子さんは着替えだした。


 シャー


 と、思ってたら背後でカーテンが開く音がする。

 蓮の方だ。


「どう……

 かな……?」


 軽くポーズを取る蓮。


 まず蓮が着たのは黒のタンクトップビキニ。

 白い肌に黒のビキニが映える。


 まず眼が行ったのは蓮の白く細い腰。

 そして縦にスッと伸びるヘソ。


 こんな綺麗な腰。

 そんじょそこらのぶくぶく太りまくってるアイドルとは大違いだ。


 そして、白く伸びる四肢。


 両腕はシミ一つ無く、スラリと長い。

 両太腿はキュッと引き締まりつつも、多少の肉を残し、フレッシュな色気を醸し出している。


 色気のある太腿とはうって変わってキリッと締まった脹脛から細い足首に続く。

 もちろん僕は頬が赤く、だらしない顔をしていた。


「うわ……

 竜司の目つき……

 何だかエッチ……」


 僕の目線に気付き、赤面しながら胸元で両手をクロスさせ、身をよじる蓮。


「あぁぁっ!

 ゴッ!

 ゴメンッ!」


 慌てて謝罪する僕。


「でっ!

 どうなのよっ!?」


「かっ…………

 可愛いよ……

 蓮……」


「ホントッ?

 嬉しいな…………

 じゃあもう一つの方着てみるねっ……」


 シャー


 そう言い残し、試着室のカーテンが閉じられる。


 シャー


 とか考えてたら、次はもう一方のカーテンが開く。

 次は暮葉だ。


 忙しいな。


「どお?

 竜司ッ!」


 グラビアみたいなポーズを取る暮葉。

 流石アイドル。


 暮葉が来たのは紫色フリルの三角ビキニ。

 雪の様に白い肌とビキニの色が同化する様だ。


 たゆん


 身を屈むとブラジャーよりも緩めで固定されているせいか、惰性に逆らわず豊かな巨乳が揺れる。

 フラフラ揺れる胸元の紫フリルが…………


 フリルが……

 何かエロイ……


 ツウ


「ん?

 竜司?

 何か顔に赤いの付いてるよ」


 暮葉がキョトン顔で覗き込む。


 さっき嗅いだ鉄臭さ。

 そして生温さ。


 何でまた出るかな鼻血。

 癖付いてしまっていないだろうか。


「ワッ!?

 鼻血だっ!

 鼻血が出てるよーっ!

 竜司ーっ!」


 ぷるるん


 驚いた挙動で小刻みに揺れる暮葉の巨乳。

 あ、何か生温さが増した気がした。


「いっ……

 いや……

 大丈夫だよ……

 暮葉……」


 トントン


 僕は首筋を手刀で軽く叩きながら再びティッシュを鼻に詰める。


「ホントッ!?

 ホントに大丈夫なのっ!?」


 オロオロしてる暮葉。

 そう言えば感想言って無かった。


「うん……

 止まって来たから大丈夫だよ……

 あ、それと暮葉……

 物凄く似合ってるよ……」


 それを聞いた暮葉はパァッと笑顔を見せる。

 その様は大輪の百合の華が咲いた様だった。


「ホントッッ!?

 じゃあもう一着着てみるねッッ!」


 シャー


 また試着室のカーテンが閉じられる。


 シャー


 今度は蓮の試着室が開いた。


「どう……

 かな?」


 軽くポーズを取る蓮。


 現れた蓮は一言で言うなら“輝き”。

 もう本当に眩し過ぎてキラキラしていた。


 シーブルーと白い肌が相互作用で輝きを増す。

 トップスとアンダーに付いている白いフリルが物凄く可愛い。


 正直写真を撮りまくりたい。

 どれだけ写真の腕が悪くてもグラビアとして売れるんじゃないだろうか。


 ん?


 ふと胸元の白いリボンに眼が行く。

 リボンがアクセントになって可愛いんだが……


 可愛いんだが、クッキリと出ている胸の谷間。


 あれ?

 蓮ってこんなに胸、おっきかったっけ?


 マジマジと見つめてしまう。


 視線に気づいた蓮は、また真っ赤になり胸元で両手をクロスさせ、身をよじる。


「もうっ!

 どこ見てんのよっ!

 竜司のエッチっ!」


「いいいいやっ!

 僕はそんなっ……」


 キョドる僕。


「でっ!

 どうなのよっ!」


「うん…………

 段違いでこっち……

 物凄く好き……」


 僕は正直な感想を述べた。

 喜ぶと思っていたが、反応は予想外だった。


「ふうん……

 やっぱりこっちなんだ…………

 まあ良いけど……」


 シャー


 そう言い残し、試着室のカーテンを閉める蓮。

 

 え?

 あれ?


 僕、何かしたか?


 何だかよく判らない。

 狐に摘ままれた様になる僕。


 ポリポリ


 やれやれと頭を掻いていると隣の試着室のカーテンが開く。

 暮葉だ。


「どお~~?

 竜司っ!」


 さっきの僕の反応で味を占めたのか、巨乳を強調するちょっと過激なグラビアポーズを取る暮葉。

 あ、何か鼻の奥がジンジンする。


「ど~したの~?

 竜司~?」


 ぷるん


 一歩こちらへ歩み寄る暮葉。

 豊かな双胸が左右に揺れる。


 凝視してしまう。


 暮葉の着ている白ビキニはトップスにフリルが付いている。

 それの刺繍が細かいのだ。


 否が応でも胸に眼が行ってしまう。

 あ、鼻の中に何か込み上げてくる。


「んふふ~~

 私、解っちゃったんだ~~……

 竜司ってばエッチだもんねっ!

 さっきも私のカラダ見て鼻血出たんでしょっ!?」


「そ……

 それは……」


 もう一歩近づいてくる。


 ぷるるん


 更に揺れる暮葉の巨乳。

 僕は後退りしてしまう。


 しかし眼は暮葉の胸から離せない。


 フリルが。

 フリルがいけないんだ。


 もう目と鼻の先に白いビキニを着た巨乳美女。


「んふふ~~…………

 エイッ!」


 ギュッ


 暮葉が僕に抱きついてきた。


 ぽよん


 暮葉の柔らかい巨乳が僕の胸に当たり、変形する。

 普段より薄着の為、いつも以上に柔らかさが伝わって来る。


 煩悩と理性が頭の中をぐるぐる回り、声を上げる事も出来ない。


 ツウ


 あ、出た。

 多分出た。


 思う間もなく嗅覚を包む鉄臭さ。

 生温い粘性の液体が垂れる感覚もする。


 僕の身体どうなってしまったんだ。

 こんな短期間に何回鼻血を出すんだ。


 暮葉が仰け反り、僕の顔を見つめる。


「キャハハッ!

 竜司がまた鼻血出したーっ!

 おもしろーいっ!」


 この小悪魔め。


 何とか僕は暮葉を引き剥がす事が出来た。

 そして例のティッシュ詰めと首筋叩き。


 トントン


 首筋を叩きながら見上げる僕。

 コレで合っているんだろうか。


「ねえねえ

 竜司っ

 さっきのとこっち……

 どっちが良いっ?」


 トントン


「……………………こっちでいい…………」


 僕は鼻血を止めるのに手一杯でぶっきらぼうに答えてしまう。


 正直暮葉はモノが抜群に良いので、どんな水着を着ても似合ってしまう。

 いわゆる“弘法筆を選ばず”というヤツだ。


「うんっわかったっ!

 じゃー待っててねーっ!」


 そう言い残し、試着室に入った暮葉。


「竜司って……

 本当にエッチね……」


 急に後ろから声がかかる。


 ドキン


「ウワアッッ!」


 スポン

 スポン


 驚いた僕は大声を上げる。

 勢いよく息を吐き出した為、鼻に詰めたティッシュが飛んで行った。


「な……

 何よ……

 大声出して……

 私よ……」


「れ……

 蓮……」


「……じゃあ私、水着買ってくるわ……」


「う……

 うん……」


「…………………………私の時は鼻血なんて出なかったのにな……」


 ボソッと呟く蓮。

 小声だったので聞き取れなかった。


「え?

 何て?」


「何でも無い。

 じゃあ行ってくる」


 そう言い残しレジに向かって行った蓮。


 あっそうだ。

 女の子の水着ばかりでは無く、自分のも買わないと。


「兄さん、僕らはどうするの?」


「あ、そうか。

 俺達のも買って行くか竜司……

 ってお前……

 気持ち顔が青いぞ……

 大丈夫か?」


 多分、短時間で急激に血液を失ったからだろう。


「うん……

 大丈夫だよ……」


 僕らは男性水着売り場に出向き、適当にトランクスタイプの水着を購入。

 その間約十分。


 男なんてこんなものである。

 これで全員の水着購入完了。


「じゃあ……

 蓮……

 明後日……

 朝八時に家に来て……」


「うん……

 わかった……」


【竜司ちゃん、ガレア、ボギー。

 またねん。

 明後日はアタシも行くからよろしくうん】


「タハハ……

 それじゃあ」


 僕らは蓮と別れた。



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 再び皇家



 僕らは家に帰って来た。

 帰って来てからさっそく旅行に向けて荷造り。


「えーと……

 確かテントがどこかに……」


 ガサゴソ


 兄さんは一階の押し入れを探し出した。


「あれ?

 兄さん、ホテルに泊まるからテントはいらないよ」


「バッカ……

 泊まるために使うんじゃねぇよ。

 日差し除けの休憩所の為だよ。

 それよりお前、ホテルの予約は済んだのか?」


「あっそうだ。

 予約しとかないと……

 えっと」


 プルルルル


(お電話ありがとうございます。

 昇竜庵で御座います)


「あ……

 明後日の火曜日から二泊三日で予約を取りたいんですけど……

 部屋空いてますか?」


(はい、ありがとうございます。

 空き状況確認しますのでニ、三質問させて貰っても宜しいでしょうか?)


「あ、はい」


(ご宿泊予定のお客様は一般の方でしょうか?

 竜河岸の方でしょうか?)


「あ、一般の方も居ますけど、ほとんど竜河岸です」


(かしこまりました。

 何名様のご予定でしょうか?)


 僕は指折り数える。


 僕、暮葉、ガレアに兄さん、涼子さん、ボギー。

 お爺ちゃん、カイザ、蓮にルンル、元とベノム。


 ……で十二人か。

 えらい大所帯になったなあ。


「えっと……

 竜河岸と竜が十一人と一般人一人の十二人です」


(ありがとうございます。

 お部屋は御座います。

 御予約なさいますか?)


「ええお願いします」


(ありがとうございます。

 お名前とお電話番号をお願いします)


「あ、名前はすめらぎです。

 電話番号は……」


 僕は名前と電話番号を告げた。


(かしこまりました。

 ではすめらぎ様、お気をつけてお越しくださいませ。

 従業員一同心よりお待ちしております)


「あ、はい。

 よろしくお願いします」


 予約完了。

 何か凄く大人になったみたい。


 その後、僕は自分の荷造りを始める。


「あ……

 そうだ旅ならオヤツ用意しないと……

 明日買いに行こう」


 こう言う所は子供だなあ。


 でもオヤツ食べたい。

 だって十五歳だもん。


 そんなこんなで作業は進み、あっという間に日が陰ってくる。

 僕は荷造りを終え、暮葉と一緒に洗濯物を取り込んでいた。


 外は綺麗な茜色。

 近辺の家が夕映えを受けて暖かい色に光っている。


 日中の突き刺す暑さは鳴りを潜め、優しい暑さが身体全体を撫でる。


 バフッ


 暮葉が手早く畳んだ干したてのシーツに顔を埋めている。


「んーっ!

 おひさまの匂いー!

 気持ちいいーーッ!」


「フフフ。

 ほら、遊んでないでとっとと片付けちゃうよ暮葉」


「あ、はぁい」


 僕らは洗濯物を中に取り入れる。

 僕は一仕事終えたと麦茶を飲みながらTVを見ている。


 傍らでは暮葉が取り込んだ洗濯物を畳んでいっている。

 朝も思ったけど本当にお母さんみたい。


 涼子さんは台所で晩御飯を作っている。

 晩御飯は涼子さんの担当なんだ。


 ガレアとボギーはどこ行ったんだろ?

 まあご飯になったら帰って来るだろ。


 お爺ちゃんは昼寝中。

 充分な睡眠が長生きの秘訣なんだって。


 カイザはまたお爺ちゃんの側で黙って座ってるんだろうな。


 ギシギシ


「父さん……

 無事で何よりだ……」


 兄さんの話声と二階から降りてくる足音が聞こえる。


 あれ?

 今父さんって言わなかったか?


「帰港は明後日か……

 母さんは知らないけど俺達は居ないぜ…………」


 あぁ父さんから電話がかかって来たのか。

 そろそろ帰って来るのかな?


「あぁ……

 二泊三日で竜司達と一緒に若狭和田海水浴場に旅行に行くんだ……」


 ガバッ


 僕は勢いよく振り向く。


 おい、今……

 目的地言わなかったか?


 父さんに。

 あの変態の父さんに。


「うん……

 じゃあ気をつけて……

 プツッ……

 あーようやく荷造り終わったぜー」


 のん気な事を言いながら僕の右隣りに座る兄さん。


「兄さん……

 何で父さんに目的地言っちゃうの……」


「ん?

 そりゃ父さんが帰って来て誰も居ない可能性があるから。

 それはちょっと寂しいだろ?」


「そうだけど……

 何も目的地まで言わなくても……

 期間ぐらいで良いと思うんだけど……」


 僕は危惧していた。


 あの父さんの事だ。

 海と聞いて黙っている訳が無い。


「ん?

 竜司、お前何を心配しているんだ?」


「いや……

 父さん……

 来ないかなって……」


「まあ大丈夫だろ。

 いくら父さんでもそんな空気読まない事はなあ……」


 僕は心配していた。



 ###

 ###



 巨大タンカー 高島 操縦室



 コトリ


 携帯を置く巨躯の男。

 純白の船長服を纏っている。


「ンフフフゥ~~……

 久しぶりの日本ですネェ…………」


 怪しく笑うこの男が皇滋竜すめらぎしりゅう

 竜司の父親である。


「おっ!?

 船長キャプテンッ!?

 どうしたんですかいっ?

 えらく機嫌が良いじゃないっすか?」


 話しかけた男もこれまた滋竜しりゅうに負けず劣らず体格がえらくいい。

 そして肌が浅黒い。


 この男は魔地啓志まじけいし

 滋竜しりゅうの船で機関長を勤めている。


「ンフフゥ…………

 いやネェ……

 子供たちが旅行に行ってくるって言ってマシテネェ……

 ……子供の成長とは早いものデスネェ……」


 それを聞いた魔地啓志まじけいしが怪しく笑う。


「ヘェ…………

 で…………

 船長キャプテン…………

 行先は…………?」


 更にそれを聞いた滋竜しりゅうも怪しく笑う。


「ンフフフゥ…………

 ケイシーの思惑通り……

 海ですヨォォ…………」


「って事はやるんですかいィィ…………?

 船長キャプテン…………」


「モチロンですヨォォォ…………

 父親としてェェ…………

 子供の成長を間近で見ないといけませんからネェェェェェ……

 ケイシー…………

 ジャックへの伝達お願いしまスゥゥゥ……」


「了解ィィィ……

 船長キャプテン…………」


 ギラリ


 巨漢二人の眼が怪しく、そして紅く光る。


 早い話が滋竜しりゅうは乗り込む気なのである。

 部下を連れて。


 豪輝の見立ては甘かった。

 滋竜が空気なんて読む訳が無かった。


 記憶から抹消している悍ましい出来事がそうさせたのか。

 直感かわからない。


 だが竜司の危惧は的中した。


 ■皇滋竜すめらぎしりゅう


 竜司の父親。

 竜河岸。

 日本郵船の船長。

 主に海賊が多発する中東近辺担当。

 特異体質で潮の匂いを嗅いでる内は筋骨隆々なのだが、陸に上がると途端に虚弱になる。

 稀有の変態技“マヤドー会海洋交渉術”師範。

 使役している竜は高位の竜ハイドラゴン

 “王の衆”のメンバー、海嘯帝かいしょうていラルミルス。

 蒼の王。


 参照話:百十二~百十八話


 ■魔地啓志まじけいし


 滋竜しりゅうの船で機関長を勤める。

 一般人。

 肌の黒さと筋骨隆々なのが特徴。

 マヤドー会海洋交渉術の使い手。

 あだ名はケイシー。


 参照話:百十四~百十八話


 ■米村崑雀よねむらこんじゃく


 滋竜しりゅうの船で無線長を務める。

 異常な肩幅とツンツンとした金色の短髪が特徴。

 マヤドー会海洋交渉術の使い手。

 あだ名はジャック。


 参照話:百十七、百十八話


 

 ###

 ###



 所、変わって皇家。



「ズルズルゥッ……

 いやぁ涼子さん、この素麺、物凄く美味しいですねっ。

 いくらでも食べれますよ……

 この鰺の南蛮漬けも物凄く美味しいです」


 今、僕達は晩御飯を食べていた。

 外は茜色から黄昏色となり、日もほとんど落ちていた。


 晩御飯のメニューは素麺、鰺の南蛮漬け、レタスと大根とタマネギの和風サラダだ。

 どれも物凄く美味しい。


 かつサッパリしているから暑い日でも食欲が沸く。


 何でもこの素麺のツユは涼子さんのお手製らしい。

 ダシの深みと辛さと甘さのバランスが絶妙だ。


「ズルズルゥッ……

 モグモグ……

 本当に物凄く美味しいですよ」


「ホント……

 美味しい……

 このおツユ、物凄く美味しい。

 涼子さん、このレシピあとで教えて下さいねっ。

 …………でも私にはちょっと辛さが足りないわね」


 サッサッサ


 暮葉はそんな事言いながら、取り出した七味唐辛子を振り出した。


「ウフフ。

 ありがとうみんな。

 暮葉さん、後でレシピを書いて渡すわね。

 ガレアはどうかしら?」


【この魚、そっぺッッ!

 そっぺぇけど美味いなモグモグ……】


 ガレアは酸っぱいと言っているんだ。

 いわゆる竜特有の言い間違い。


「南蛮漬けは酸っぱいけど美味しいって言ってますよ涼子さん」


「ホント?

 良かった」


 涼子さんは嬉しそう。


 ガラッ


 襖が開いた。


 お爺ちゃんが起きてきた。

 カイザも一緒だ。


「ふぁ~~

 ん?

 何やら美味そうなものを食べとるのう」


「お爺様、お目覚めですか?

 今、皆さんで晩御飯を頂いていたんですよ。

 お爺様も如何ですか?

 カイザさんもご一緒に」


「ウム、頂くとするか。

 のうカイザ」


「御意」


 テーブルの前に座るお爺ちゃんとカイザ。


「ウフフ。

 じゃあ、おツユ準備してきますわね」


 手早く立って台所に向かう涼子さん。


「ズルズルゥ~…………

 ムッ!?

 涼子さんや、このツユの味は絶品じゃのう」


「ズルズル……

 フム……

 確かに美味ですなマスター


 ツユを持って来るなり、さっそく食べ出したお爺ちゃんとカイザ。

 二人ともご満悦だ。


 ガラガラーッ


 玄関が開く音がする。


「ただいま~」


 母さんの声だ。

 帰って来たんだ。


 すぐに茶の間に顔を出す母さんとダイナ。


 母さんは藍色の薄物って言う夏の着物を着ている。

 模様は紫陽花あじさい


 母さんのトレードマークなんだって。


 花言葉は“冷酷”なんだけどな。

 トホホ。


 黒く艶やかで長い黒髪をまとめ、金色の綺麗なかんざしで留めている。

 肌は白く、口紅の朱が映える。


 目は優しい光を携えている。

 今はね。


 ダイナは翼竜で高位の竜ハイドラゴン、三大勢力の一角“マザーの衆”のメンバーなんだって。


 鱗は白を基調に緑が混ざっている。

 白翠色って言うのかな?


 顔は一本角が額に生えている。

 まるで一角獣ユニコーンの様だ。


 ■皇十七すめらぎとうな


 竜司、豪輝の母親。

 NPO団体“国境の無い医師団”会長。

 紛争地域の医療キャンプを回る。

 各地では伝説の医師として有名。

 AnyWhereGoddess(場所を選ばない女神)の異名を持つ。

 現在は勤務地が日本のため高い頻度で帰って来る。

 普段から和服を着こなす京女。


 ■マザーダイナ


 高位の竜ハイドラゴン、三大勢力の一角。

 マザーの衆のメンバー。

 マザードラゴン近衛の四。

 ありとあらゆる生物の“栄養”を魔力で生成する。


 ひとしきり見渡した後、静かに口を開く。


「おや……

 みなさん……

 夕餉ゆうげの最中だったんでっか……」


「おかえり、母さん」


「お疲れさん、母さん」


「おう……

 おかえり十七とうなさん」


「お帰りなさいませ……

 お義母かあ様……」


「お帰りなさいっ!

 お義母かあさん」


「おやおや……

 皆さん……

 一斉に挨拶くれておおきになあ……

 まぁ涼子さんはええとしても……

 暮葉さん…………」


 ぎらりと母さんの眼が光る。


「はっっ……

 はいっっっ!」


 いつもは天真爛漫の暮葉も母さんは苦手な様で身体が強張っている。


「あんさんは…………

 まだウチを義母かあさんと呼ぶのは早いんちゃいまっか……?」


 始まった。

 母さんの嫁いびり。


「はっ……

 はい………………」


 暮葉がションボリしてしまった。

 いくら母さんと言えども、暮葉を哀しませるのは許せない。


 僕は正直両親と暮葉なら暮葉を取る男だ。


「ちょっと母さん。

 暮葉をいびるのもいい加減にしろよ。

 暮葉はちゃんとやってるよ。

 今日も朝ご飯に美味しい冷汁を作ってくれたし、掃除や洗濯も誰よりも一番多く働いてたよ。

 何より僕がトラウマの旅に出ていた時、支えになってくれたのは暮葉なんだ。

 僕は暮葉と結婚する。

 母さんが反対したとしても絶対にね」


 僕は真っすぐ母さんの眼を見て自分の気持ちを告げた。


「竜司……」


 暮葉が頬を赤らめながら、笑顔で僕を見つめる。


「確かに朝ご飯の冷汁は見事な味だったよ。

 母さん」


「ええ。

 お義母かあさん、竜司君の言ってる事は概ね間違ってはいませんよ」


 兄さんと涼子さんもフォローを入れてくれた。


「へえ……

 冷汁をねぇ……

 でもまだまだ……

 名家すめらぎ家の一員になるゆうんはそないに簡単な事やありゃしまへんえ……

 でも…………

 まあ…………

 多分えらい暑い日やったから竜司さんに気ぃ遣こぅて冷汁にしたんやろなぁ……

 その心配りは良しやな……

 ほな一点やろか……」


 それを聞いた暮葉が更に満面の笑み。


「あっ……

 ありがとうございますっっ!」


 ぺこりと勢いよく頭を下げる。


十七とうなに付き合ってお前もご苦労だったな……

 マザーダイナ」


 カイザがダイナに話しかける。


【ん?

 まぁ俺がいねぇと姫の生命の樹ユグドラシルは調子出ねぇしな。

 大体今まで世界中のドンパチ現場にずっとついてたんだからこんなの屁でもねぇよ】


 このダイナって竜。

 母さんの事を“姫”って呼ぶんだ。


 何でも竜儀の式の時に神主の手助けも借りず、母さんの迫力。

 胆力って言うのかな?


 それに圧倒されちゃって自然と膝間付いちゃったんだ。


 その時、母さんは十三歳だったから“姫”なんだって。

 今の母さんの年から考えたら姫と言うよりは女王なんだけどな。


 生命の樹ユグドラシルって言うのは母さんのスキルの事。

 僕は見た事無いけど、何か色んな植物を生成するって父さんが言ってた。


【おう!

 姫の息子むすこっ!

 相変わらず姫に咬み付いてるなあっ!

 知ってるぜっ!

 こういうのハンコーキって言うんだろっ!?】


 ガシガシ


 ダイナが僕の頭を乱暴に撫でる。


「もう止めてよっ。

 僕はもうそんな年じゃないよっ!

 母さんが暮葉に辛くあたるからだろっ!」


 僕はダイナの大きな手を振り払う。

 僕とダイナは終始こんな感じなんだけど、割と仲がいい。


 多分ダイナの性格がガレアに似てるからだと思う。

 でもなかなか名前を憶えてくれない。


「コレ……

 ダイナはん……

 竜司さん困っとるやないかえ……

 しょーもないてんご悪ふざけしなはんなや……

 涼子さん、ウチも素麺頂いてもよろしおすか……?」


「はっ……

 はいっ!

 すぐに準備致しますっ!」


 涼子さんも緊張した面持ちで台所へ飛んで行く。

 すぐにツユを入れて持ってくる。


 母さんが上品に素麺を箸で持ち、ツユに浸す。

 周りは凝視している。


「いややわぁ……

 こないに見られたら食いにくいやおまへんか……

 ……ツルツル……

 モグ…………

 フム…………

 このツユは涼子はんが作りはったんでっか……?」


「は……

 はい……

 如何でしょう……?

 お口に合いましたでしょうか……?」


「このツユはなかなかええねぇ……

 ええ味のバランスしとるわぁ……」


 ワァッ


 歓声が上がる。

 みんな喜んだ。


 母さんが味を認めたからだ。


 とにかく母さんは舌が肥えている。

 ちょっとの不純な味も見逃さない。


「ただ……」


 母さんが静かに口を開く。


 歓声が止まる。

 静寂が周りを包む。


「素麺の茹でに関してはまだまだ勉強しなあかんなあ……

 ホラ……

 僅かやけど硬い所と柔い所がある……」


 場が凍り付く。


「すっ……

 すいませぇんっ!」


 涼子さんがすぐさま謝罪。

 何だこの晩御飯。


「まあええ……

 ツユの味がええからこれぐらいで勘弁したろ……

 ツルツル……

 もぐもぐ」


 母さんは素麺を食べ出した。


 あっそうだ。

 母さんに旅行に行く事を言っておかないと。


「母さん……

 ちょっといい?」


「ん?

 何どすか?

 竜司さん……

 ツルツル」


「僕……

 海に旅行に行こうかと思うんだ……」


「へえ……

 ツルツル」


「いいいやっっ!

 行くのは僕達だけじゃないんだよっ!

 兄さん達も行くしお爺ちゃん達も行くんだっ!

 それに友達も一緒に行くんだっ!」


 応答のみだから、僕は焦って色々言ってしまった。


「お義父とうさん……

 ホンマでっか……?」


「あぁ、十七とうなさん。

 竜司達は泳ぎに行くらしいんじゃが、儂は作品の閃きインスピレーションをもらいにのう」


「そうどすか…………

 ふう…………

 何を慌てとるねや竜司さん……

 ウチが反対するとでも思ったんかいな……

 可愛い子には旅をさせろゆうやろ……?

 ええよ……

 楽しんどいで」


 ニッコリ笑顔の母さん。


「ありがとうっっ!

 母さんっっ!」


 僕もにんまり笑顔になる。


「出発はいつなん?」


「明後日なんだ」


「アラ……

 滋竜しりゅうさんの帰港日やないの……

 子供らがおらなんだら寂しがるなぁ……」


「あぁ、その点なら大丈夫だ。

 キチンと父さんには言ってあるから」


 兄さんのその言葉を聞いて、また母さんの様子が変わる。


「豪輝さん………………

 それ……

 目的地は言わはったんかいな…………?」


「え?

 あっ……

 あぁ……

 まあ……

 一応……」


 先程まで柔らかい光を放っていた眼が急に鋭く、冷たい光を放ち始める。


「来る…………

 あん人は来る……

 絶対に……」


「えぇっ……?

 母さんも竜司と同意見かよ。

 いくら父さんでも子供だけの旅行にしゃしゃり出る様な空気の詠めない事するか?」


「豪輝さん…………

 逆に聞きますえ…………

 ……?」


「ハゥァッ!?」


 ガーーーーン


 こんな音が聞こえてきそうな程、ショック顔の兄さん。

 だから言ったのに。


 何で母さんが言わないと気づかないんだ。

 何だこの家族。


「でっ……

 でも父さんって言っても父親だよ?

 家ならまだしも外でヘンな事するかなあ……」


「甘いな竜司さん………………

 あん人の事やから“間近で息子の成長を見たい”とか都合のええ理由こしらえとるに決まっとる…………

 ほいで頭ん中はどないして、あんおぞまましい変態行為を炸裂させたろか?

 それしか頭にありゃしまへん…………」


 ビクゥッ!

 ビクゥッ!

 ビクゥッ!


 母さんの言葉を聞いて動揺を隠せない皇家男連。


 変態行為。

 それはおそらく父さんのマヤドー会海洋交渉術奥義“海人尽くし”の事だろう。


 お爺ちゃんは解るにしても、兄さんも喰らった事あるのか。


「ど……

 どうしよう……?

 母さん……」


 弱気な兄さんなんて珍しい。


 パン


 勢いよく母さんが膝を叩く。


「よろしおすッッ!

 ウチも旅行に行きますえっっ!」


「ええっっ!?」


 僕は驚いた。

 僕の立てた計画に、気が付いたら皇一家総出で乗っかる形になったのだから。


「豪輝さんはええにしても…………

 竜司さんはせっかくの初遠出やろ?

 そんな門出をあんおぞまましい変態行為で汚してたまるかいな」


 母さんは僕の為を想って言ってくれてる。

 それだけに断りにくい。


 出来れば僕らだけで行かせて欲しい。


 が、父さんが乱入した時の事を考えると…………

 しょうがない。


「わかった……

 母さん……

 お願いできる……?」


 それを聞いた母さんはにっこり満面の笑み。


「ウチに任しとき…………

 竜司さんは友人さんと海水浴楽しんでたらええで………………

 …………いややわぁ……

 海なんて久方ぶりやぁぁ……」


 何だかんだ言っても泳ぐ気なんじゃないか。

 そんなこんなで僕の計画した旅行は、波乱の空気を残しつつ幕を開けようとしていた。



 いや、絶対波乱起きるだろコレ!



 夏だっ!水着回だっ!皇一家の海旅行 その①に続く

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