とある同僚のコンプレイント  KAC9

ゆうすけ

同僚は衝撃を受けた


「ミサキちゃん、これコピーしといてくれる?」

「はーい」


 返事だけは明るく、大きく。言われたことの中身なんて分からなくてもなんとかなるわ。あとで気が向いた時にやっとけばいいのよ。コピーするだけだし。


 わたし、塚原美咲、入社8年目。今まで2年毎に部署を転属してきて、社内の顔見知りはいーっぱい。もうベテラン、と言うとなんかイヤだから中堅、かしら?


 わたし、もともと仕事なんてどうでもいいの。素敵な彼氏を作るためにはいろいろ忙しくて、仕事してるヒマなんてあるわけないわ。


 最初に配属された広報室は、マスコミの人と知り合いになれて面白かったー。テレビ局のマルヤマさんと付き合って、有名人とも飲みに行けて超楽しかったー。2年で転属になった時は悲しかったなー。マルヤマさんとは転属してすぐ別れちゃったけどねー。


 次の人事部は部長秘書やらされて堅苦しかったな。ちょっと席外しただけで怒られたし。同期のナガノくんと別れたのは秘書の仕事のせいだもん。わたし、悪くないし。


 そして営業企画。数字ばっかり追っかける仕事で、エクセル使いまくったわ。このころから会社でインターネット見るの制限されて、昼間は超つまんなかったー。だいたい足し算間違ったくらいであんなに怒らなくていいじゃない。終業チャイム鳴ってもすぐ帰れなかったしー。デートに行けなかったことも何回もあったなー。おかげでヤマグチ先輩にフラれちゃったんだよねー。ヤマグチ先輩、今では経営管理室の課長さんよ?出世頭よ?ホント惜しいことしちゃった。それもこれもあの部署のせいよ!一生恨んでやるんだから。


 そして今の不動産管理部。ここは営業企画と比べたらいろいろラク。定時に帰れるし、仕事も楽だし。同期のシノちゃんがもう5年もここにいるのよねー。なんかすっかりオツボネ臭出しててかわいそう。シノちゃん、彼氏ずっといないんだってー。信じられないわ。なんのために会社に来てるのよ。意味わかんないよねー。


 わたし?わたしはね、総務のタカツキ先輩と付き合い出したのよ、えへっ。タカツキ先輩、イケメンで大人の魅力いっぱいなのー。


 シノちゃん、毎日涼しげな顔で仕事してるけど、彼氏作らなくていいのかなー。彼氏作るには仕事してるヒマなんてあるわけないのに。

 

 ま、いいや。わたしはタカツキ先輩と今日もデートだもーん。そろそろ、結婚しようとか言われちゃったりするかもー。わたしも来月の誕生日で30だし。


 あ、今日サプライズで指輪くれちゃったりするかも?

 えー?

 まじー?

 でも、わたし給料3ヶ月分とかショボいのはイヤだなー。せめて半年分、できれば年収分ぐらいのヤツがいいなー。

 きゃー、年収分の指輪!

 もう今日、仕事なんてできないー!

 まだ5時だけど、今日はわたし的に仕事はもう、お・し・ま・いー!

 開店休業よー。もう私に話しかけないでねー!


「塚原さん、こないだ拾ってもらった数字だけどね。ちょっと違ってるんじゃない?」


 あー、課長も空気読めないわねっ!


 わたしがプロポーズされて年収分の指輪貰うのと、店舗の売上拾うのとどっちが大事だと思ってんのよっ!そういうのは、彼氏のいないシノちゃんがやればいいのっ!


「えー、課長ー、そんなこと言われてもわたし分かりませーん!シノちゃんに言われたとおりに拾いましたー」


「あーそう。シノザキさん、これ分かる?」

「課長、それは直営店舗分引いてあるんです。全店売上に合わせるならその分足してください。駐車場とサービスコーナーも直営店舗扱いですのでそれも忘れずに」

「あ、そうだったな、それで合うな。悪い悪い」

「駐車場、また今月も回転悪かったみたいですよ、課長。ARPが2.4しかありません」

「うーん、ここんとこずっとそんな感じだな。市営駐車場の影響かな」

「そうですね。市営駐車場が300台拡張してからずっとその傾向ですね。営企に駐車場利用促進を提案してもらった方がいいと思います」

「シノザキさん、駐車場の利用を増やすのは、本業じゃないんだ。駐車場が余剰なら、どう使えば有効かを考える、それが私たち不管の仕事だよ」

「あ、確かにそうですね。今の状況なら駐車場は20%減らしても問題ありません」

「それは面積にするとどれぐらい?」

「えーと、50台分ですから……、だいたい200坪ぐらいです」

「建坪200坪か。いろいろできるな。シノザキさん、ちょっと考えてみるか」

「はい」


 あらー、なんの話してんのか、わたしさっぱり分かんなーい。けど、まあいいの。わたしは言われたとおり数字拾って打ち込むだけだからー。


 シノちゃん、すっかりオツボネさんだねー。なんかかわいそー。

 それに比べて、わ・た・し、今日プロポーズされるかもしれないー。きゃー。もう帰っていいかなー?


「シノちゃーん、帰らないの―?」

「ミサキちゃん、まだチャイム鳴ってないわよ?」

「もう5時20分だもん。鳴ったも同然よー」





 ぐすっ。

 タカツキ先輩、なんなのよ。

 「今日で俺たち別れよう」とかいきなり言い出して。

 

 高級レストランの個室でお食事したらさ、普通は指輪が出てくるものと思うじゃない?

 なのに、なんなのよっ。別れよう、って。意味わかんないわよっ。


 もう今日は会社休もうとか思ったわ。でも年休残ってないから出て来たけどさー。

 今日は仕事しないから!一日中開店休業よっ!話しかけても知らないからねっ!

 だいたい年休が1年で20日しかないのってブラックじゃない?月に2回休んだら足らないじゃない。年100日くれないとかブラックすぎるわ、うちの会社。


「ミサキちゃん、おはよう。なんかお疲れ?」

「おはよ、シノちゃん、今日はちょっとねー」

「あら、無理しないでね。休みにして帰ったら?」


 なに、かわいそー、みたいな顔してんのよっ。彼氏のいないシノちゃんにはこのツラさは分かってもらえるわけないのに。それに私はもう年休残ってないのっ!


「うんとね、今夜キタガワくんに慰めてもらおっかなーと思ってて……」

「キタガワくんて、同期の営3にいるキタガワくん?」

「そう。営3のキタガワくん」

「ミサキちゃん、キタガワくん秘書室のミユちゃんと結婚決まったそうよ?」

「えー、なによ、それー、信じられなーい。わたし、おととし告られたのにー。キタガワくんのことずっとキープしてたのにー」

「ミサキちゃん、二年もたてば考え方も変わるよ。それをキープしてるとか思うのはいけないと思うよ?」

「なによっ!彼氏いないシノちゃんに何が分かるのよっ!」


 まったく、シノちゃんは涼しい顔して課長と仕事の話でもしてればいいのっ!

 どうせ結婚しないで一生独身でいるつもりなんでしょっ!


「ミサキちゃん、私ね、彼氏いなかったんだけど……」

「なによ」

「結婚することにしたの……」


 なに?


 え?


 今、なんて言った?


「シノちゃん、ごめん、今、結婚することにしたって聞こえちゃった。彼氏のいないシノちゃんがそんなこと言うわけないよね、あははは」

「んー、結婚することにしたって言ったよ。ちょっと急だけど、6月にでも、と思ってて」


 えー?


 えー?


 えー?


 なんで?


 ずるくない?

 あんなに仕事してて結婚相手見つけるとかずるくない?

 わたしが、わたしが、こんなに苦労してるのにっ!


「あ……、そう……、なの?」


 絶対……。

 

 絶対言ってなんかやんないんだから……。


 「おめでとう」なんて、絶対言ってなんかやんないんだからー!




 最近シノちゃんの仕事っぷりに余裕が出て、落ち着いたってみんな言ってる。たしかに何をするにもにっこり微笑んで、さらっと軽くこなしている感じ。逆にわたしはコピーもあんまり頼まれなくなってきた。なんでだろ?


 シノちゃんの結婚相手、大学の同級生なんだって。写真見せてもらったけど、イマイチ冴えない感じー。同級生ってことは収入も大したことないんでしょー?羨ましくないっ!全然羨ましくないっ!


 それなのに、それなのに、なんかシノちゃん毎日、楽しそうで、幸せそうで、なんか腹立つのよっ!

 断じて羨ましくなんかないのに、なんで腹立つの?


 ミズグチさんも、コーノ先輩も、後輩のタケシタくんも、「また今度飲みに行こう」って言ってくれるのに、具体的に「いつにするの?」って聞いたらみんな都合が合わないの。


 今までこんなことなかったのにー。なんでみんな私を誘ってくれないのー?



「シノザキさん、って呼ぶのも今日が最後だね」

「課長、あんまり変わりませんよ。入籍するだけで、しばらく別居婚なので」

「シノザキさんが結婚退職するって言い出さなくて助かったよ。今シノザキさんに抜けられると業務的に困るからね」

「来週は月火だけ休んで水曜日に出社します。神社で式あげて、あとは彼の実家に挨拶まわりです」

「そうか。とにかく、結婚おめでとう!ほら、ミサキちゃんもおめでとうって言ってあげなきゃ」


 課長、空気読んでよねっ!

 そんなこと言われたら言うしかないじゃないっ!

 もうヤケクソよっ!


「………シノちゃん、おめでとー」





「それでミサキちゃんその後どうなったの?」

 夫はさんまをつつきながら妻に聞いた。


「その後すぐ転属で千葉支店に行っちゃったから分かんないのよ。退社したとか結婚したって話は聞かないの。悪い子じゃないんだけどねえ」


 妻もさんまの身をすくいながら「大根おろし少なくない?あなたおろすのさぼったでしょ」と夫に文句を付け加えている。


「どこの会社にでもいるもんだね。そういう若さで勝負するギャル系OL」

「あなた、若い子に変なちょっかい出していないでしょうね?」


 妻の鋭くにらむその眼光に、夫は少し狼狽した。


「そ、そんなことするわけないだろ?」

「もし、そんなことして若い子本気にさせたら、どうなるか分かってるでしょうね?」


 妻は微笑を夫に向けた。そのあまりの凄惨な笑みに夫は思わずすくみ上る。


「……どうなるんだ?」

「もちろん、…… 殺すわ、あなたを」



 妻は再び笑った。

 特に心当たりはないのに夫の冷や汗は止まらない。




おわり




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある同僚のコンプレイント  KAC9 ゆうすけ @Hasahina214

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ