それは祝いか、それとも呪いか

一白

本文

「おめでとう」


その言葉とともに私に向けられたのは、大きな花束だった。


「ありがとう」


祝われるような覚えはなかったが、ぐいぐいと押し付けるように差し出される花束を、受け取らないのも悪い気がしてくる。

花束は、大小さまざま、色とりどりの花々で飾られており、豪華で高価なものなのだろう、というのは一目で分かった。

しかし、一目で分かるほどの盛大なものを受け取るだけの理由は、いまだに思い浮かばない。


そういえば、私に花束を渡したのは誰だったろう?

つい先程の出来事だというのに、相手の顔に霞でもかかっているかのようで、上手く思い出せない。

顔を上げても誰もおらず、見回してみても私一人の空間には、どこからか拍手が響いていた。


「おめでとう、おめでとう」


そういえば此処は何処だろう。

ホテルのパーティー会場のように、テーブルクロスをかけた丸テーブルが並んでいるが、そのどれもに人の姿はない。

ただただ、「おめでとう」と拍手とがどこからともなく聞こえるだけで、これでは、嬉しくも何ともない。

堪らず、抱えた花束を手離そうにも、花束を握りしめた私の両手は、接着剤でも使われたかのように固まって開かなかった。


「おめでとう、おめでとう、おめでとう」


祝われているはずなのに、まるで呪われているようだ。

気味が悪い。吐き気が、目眩が、頭痛がする。

知らず目を閉じていた私の両肩に、ぽん、と誰かの手が置かれた。


「望んでいたものを手に入れたのに、どうして捨てようとするんだい?」


耳元で、男の囁き声がする。


「君が望むものを手に入れるために、何だってやってきただろう?他人の足を引っ張り、蹴落とし、陥れ、助けを求める声を無視し、救いを求める手を手を振り払い、己のミスを他人に押し付ける代わりに、他人の手柄を自分のものにしてきたじゃないか」

「違う、違う。私は、決してそのような」

「違わないだろう。認めなさい。君はどうしようもなく浅はかで、愚かしく、醜悪な人間だ。そんな君には、その花束がお似合いだろう?」


ざわ、と音がし始めた。

恐る恐る目を開けると、花束の花が踊るように動き回っている。

それぞれに口が付き、口々に悪態を吐く花々は、毒々しい色に変わっていた。

鋭い牙を覗かせて、私の顔に迫ってくる花に、私は再び目を閉じてしまい───




「お客さん、お客さん」


タクシーの運転手に声を掛けられ、目を覚ました。

自宅マンションの住所を告げてから寝入ってしまい、以降ずっと魘されていたのだという。

夢の内容を忘れてしまったものの、酷い倦怠感から、悪夢だったろうことだけは、辛うじて分かるのだけれど。


運転手に代金を払おうとして、鞄に手を伸ばす。

がさり、と手に触れたのは、鞄の横に置いていた花束だった。

元々は、営業成績がトップだった同僚へ贈られたものだったが、彼が「飾る場所がない」と言うので引き取ったのだ。

花束のことを気に掛けながらも、財布を出して代金を支払う。


タクシーから降りた後、自宅マンションに直行せずに最寄りのコンビニに立ち寄った。

花束が無性に重たく感じられたので、勿体ないと思いつつもゴミ箱へ入れる。

そういえば塩が切れていた、と思い出し、瓶入りの塩を買ったものの、コンビニから出た途端に手の力が抜けて落としてしまい、瓶は無惨に割れてしまった。


こちらの不注意で割れてしまった以上、コンビニに返品交換は求められないし、瓶扱いでゴミ箱へ捨てることも出来ない。

自宅でしかるべき処置をしてから不燃ゴミで出すしかないだろう。

そう間を置かずに塩だけを買い求めるのも嫌だったので、塩の補充はまたの機会にしよう。


マンションの自室へ戻り、ネクタイを緩め、携帯を確認すると、こんな時間にも関わらず、トークアプリが大量更新されていた。

何事かと開いてみると、営業トップの同僚を含む数人が、交通事故に巻き込まれたと書かれてある。


彼らは確か、私より先に、一緒のタクシーに相乗りしていた。

どうせ割り勘になるのなら、と、私も一緒に乗りたかったが、私一人が別方向であることと、花粉症の同僚に気を遣って別便にしたのだ。

私は、同僚から譲り受けた花束を持っていたから。


背筋を、冷たいものが走る。

一気に酔いが醒めたのに、ふらついた足元が、コツン、と割れた小瓶に触れた。

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それは祝いか、それとも呪いか 一白 @ninomae99

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