終焉 04

「......この国でそんな、事が」

 クロウは衝撃に言葉を詰まらせる。ミカエラの話は今まで聞いていた物語や話とは全く異なる。

 勿論、ミカエラがクロウへ嘘をついている可能性はあるが、彼女がクロウへ嘘話をする理由は無い。


 恐らくこれが、この国に隠されていた真実なのだ。


「さて、昔のお話は全て済んだことですし。...私と、遊びましょうか?とても可愛らしく愚かな、人間さん」

 ミカエラはにっこりと目を細め笑っていたその目を、カッと見開いた。

 その紫苑の目に違和感を感じ、すぐにクロウは顔を背ける。その行動にミカエラは目を丸くする。

「あらあら、勘は良いのね...。私の【魅了眼チャーム・アイ】はジッと見つめた相手の正気を吸い取り、それと同時に私しか考えられないようにする能力でしてよ。これを無効化させないようにするには、特殊なこうを焚かなくてはならないけど...ね」

 その妙な言葉の言い回しに、クロウはすぐに理解した。

「......それを、エリヤに」

「えぇ。でも、そんなに強くかけた訳では無いのよ。つまり元々のめり込むタイプみたいだったのね。ですから、無効化する可能性はないと思ったのだけれど、念には念をという事で、一応ね...」

 ミカエラはそう言って手にナイフを持つ。クロウが拳銃を構えると、ミカエラは怪しく瞳を光らせる。

 それに感づき、クロウが慌てて目を閉じると、ミカエラはそこを狙い目としてクロウの右肩にナイフを突き刺す。

「うぐっ!」

 先程のエリアスから受けていた傷に重なるように刺さったナイフに、クロウは目を見開く。肩の痛みが酷い。

「くっそ、」

 クロウはナイフを抜き、止血の為にグッと腕をポーチに入れておいた包帯で手早く縛り上げる。そして、痛みの酷い右手から、拳銃を逆の手に持ち変える。

 利き腕では無いので、銃口の狙いはグラグラとぶれている。

 その様子にミカエラは口元を歪めて、手で口元を覆う。

「ふふ、あははっ!無様な下等生物のくせに、私達のような者に逆らうからこうなるのよ、ふふふ...っ」

 ミカエラはそう言ってまた何度もナイフを投げてくる。クロウは震える左手で何とか狙いをつけ弾き落とし、落ちなかったものは身を低くして躱す。


 ただただ、それを繰り返すしか無かった。


 何故なら今のクロウには、頭を回すだけの余裕も無ければ、ミカエラへの打開策が見当たらなかった。

「ふふ、あははっ!あは、あはははははははははははははははははははっ!!!こうよ、こうでなくては!」

 ミカエラの瞳は、完全に狂気に取り憑かれている。

 その目をクロウは知っている。アンジュがアッシュへ向けていた、復讐に囚われた目に似ていた。

「血で血を拭い、大地に染み込ませ。硝煙の匂いを、美しい薔薇の花のような血の海を広げて!!」

 恍惚の顔で、ミカエラは激しく言葉を紡ぐ為に乾く唇を扇情的にぺろりと舐める。

 数百年間閉じ込められ、更に今クロウの血を流す姿を見たが故なのか、抑えられていた戦争兵器としてのとても強い『殺戮欲求』が美しい彼女の姿に見た目に露呈している。

「ふふふ、ふふ、ふ...?......あ、れ?」

 その時、ミカエラの笑顔が固まった。

 明らかな雰囲気の変化に、クロウは顔を上げて、様子を窺う。

 ミカエラの紫苑の瞳には、濃く藍色の模様が浮かび上がっていた。そして左胸の辺りに仄かな光が灯っていた。

 そこは丁度、人間でいう心臓の辺りを──、はっきりと表している。それは急所を教えるようなものであった。



 その瞳に浮かび上がる美しい模様はまるで──、天使の羽の片翼のようであった。



「っ!?何故っ!?!何故、っ切れてっ?!」

 困惑するミカエラの脳内に、あの時不敵に笑って告げたニケの言葉がふつふつと甦ってくる。

 ──アンタ...には、呪いをかけて、...。一生、それは、......解け、ないから....。

「っ...、あの、っ!あの女ぁああああああああ!!!」

 ミカエラは激昂し、乱れ狂う。クロウはその隙に弾丸を放った。

 その時、破砕音と共にエリヤが隣の部屋から飛んでクロウの撃った弾丸を腹部に喰らう。それと同時にもう1つ、金髪の影が躍り出る。

「悪魔がっ!!!」

 ミカエラは激昂していた為、反応に遅れてしまった。

 ミカエラがそれに気付き自身のコアを守るよりも早く、アンジュが斜めから光る左胸を雪月花で迷うこと無く突き抜いた。






「私は、貴方を裁きます…」










「この、断罪天使の名にかけて」








 その戦闘の終了は、ほんの僅か数秒間の出来事である。


◆◇◆◇◆◇


 時はクロウがミカエラから昔話を聞いている頃。アンジュはエリヤと対峙していた。

 初心者の剣の腕しかないが、どういう事か雪月花を粉砕する程のとてつもない怪力の力を持っているエリヤ。

 腕は確かだが、雪月花を折られては負けたも同然になってしまうアンジュ。

 勝利は運の女神が微笑んだ方に渡されるような、そんな戦いになっていた。

「あぁミカエラ...」

 エリヤはミカエラの名を幸せに浸っているような顔つきで呟き続け、彼女の敵であるアンジュを殺す気でいる。正気に戻る気配は見られない。

 力技で勝てないのならば、技術で勝つしかないのかもしれないが、それは今は亡き愛刀であったアリアドネでなければ、アンジュには難しい。この雪月花で出来る事は、斬撃を飛ばす事以外に何も──。

「斬撃......を!」

 アンジュは、エリヤのレイピアを素早く飛び躱す。

「エリヤ様...、お怪我されたら申し訳ありませんっ!」

 アンジュはそう言って雪月花を鞘へ収めた。その行動にエリヤは眉を寄せる。

「どういうつもりだ?......戦いを止めたのか?放棄するのか?そんな事をしても、俺は止まる気は無いぞ?」

 にたりとエリヤは厭らしく笑う。その笑みは初めてアンジュが会ったときに見せてくれていた優しげな笑みに比べると、狂気と呼べるものに囚われていた。

 アンジュがアッシュに向けていた、クロウに助けられたが故に逃れられた瞳のように──、酷く淀んでいる。

「ミカエラ、愛するミカエラの為に。俺は殺してやろう、お前を」

 エリヤの話に耳を傾けつつ、アンジュは近くに積まれている食料の入った木箱を掴む。片手では持ち上げるのが精一杯だが、自らを奮い立たせ踏ん張ってエリヤへと思い切り投げつける。

 そしてそれとほぼ同時に、雪月花を抜刀し、木箱へ斬撃を当てる。

 エリヤと木箱と斬撃。それは一直線に重なり合う。


 それはエリヤには木箱の破片と、木箱に当たって威力が少し落ちた斬撃が当たる事になる。


 エリヤはそのまま、アンジュが先程雪月花で当て切り裂いた壁にぶち当たり、壁を突き抜けた。アンジュはその後を追う。


──そして、

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