終焉 02

 ユーピテル有史以前の事。元々ここで慎ましく暮らしていた先住民の人間達の所へ、後に女神と崇められる機械人形アンドロイドのミカエラとその他4人の機械人形アンドロイドはやって来た。

 彼らは、ここよりも遥か遠くに存在していた超古代文明の戦争兵器であった。

 本来は処分させる身であった彼らだが、国王の代替わりにより、運良く恩赦が生まれたのだ。

 彼らを含め、戦争兵器として壊されずに済んだ機械人形アンドロイド達は、死刑処分から国外追放処分に軽減され、大したものも与えられず、外の世界へ放り出された。

 機械人形アンドロイドは死にはしない。但し、長期間雨に打たれたり部品の不調により壊れる事はある。

 従って元々ある文明を乗っ取るような形で、自分達の暮らす世界を探しに、住んでいた国で結成されていた宗教騎士団団長であったミカエラを筆頭に、良い寝床を探す旅を始める。

 そして、この旅をして行く内にどんどん仲間を失っていき、残ったのはミカエラを含めて5人だけであった。

 美しい青髪の長髪の女性の形をした、ラファエロ。戦争中に片腕を失った、碧の髪を2つに結った少女の形をした、ニケ。 紫色の髪の毛に赤のメッシュを入れた髪色をした、黒縁眼鏡をかけた女性の形をした、ヘルメス。下にいくに連れて黄緑色へ変化していく金髪の女性の形をした、フェイディアス。

 彼女らは何とかこの集落に辿り着き、先住民の彼らと共に暮らすようになった。


 彼女達は先住民達に技術を教え、先住民達は彼女らに寝床を与えた。


 そうして荒れた土地で住んでいた人々は豊かになり、更に大きく発展していく事となった。

 その頃から、彼女らの意見は大きく変わり始め──、後の【断罪天使】の話になるのだ。


◆◇◆◇◆◇


「リーダーっ!」

 つかつかと高らかな靴音を響かせながら、碧の髪色をした少女型の機械人形アンドロイドのニケは勢いよく扉を開けた。

 そこにはミカエラを始めに、ラファエロとヘルメスがいた。

「どうしたのです、ニケ」

「どうしたのです、じゃねぇよ。アンタ、また住民を喰っただろうが!」

 ニケはダンッと机を思い切り叩いた。ミシャッと音がして、ニケの拳は机にめり込む。

「ちょっとニケ!お姉様を『アンタ』呼ばわりするのはやめてくださる?」

「ラフィー、少し黙ってろ」

 ニケの鋭い眼光はミカエラを射抜く。

 この頃、このユーピテルという国は豊かになり人は繁栄していた。子を産み増やし、ミカエラ達が技術を教えずとも人間自らが考え、生み出していけるようにまでなっていた。

 だからこそ、ミカエラは衝動を抑えられなくなっていた。元々の彼女達の食べ物である、人間を食う欲求を──。

 今までは少数の彼らと手を取り、生きていく必要があった。そうしなければ彼女達にもデメリットがあったからだ。しかし、人口は増えてしまった。

 それはつまり、『1人くらい食べても分からない』状態を生み出してしまったのだ。

「ニケ、分かってるでしょう?私達が人間の生気を美味と感じる事を」

「でも、食材は食べられるだろ。それに元々オレ達は空腹を感じない。食べずとも生きていける。だからこそ、家畜のように住人を殺すな。皆、見えぬ敵に怯え、〈神隠し〉と恐れている」

「ニケ、貴方には私達の気持ちを知る事は不可能ですわね。人の生気程美味はありませんのに」

「アンタこそ分かってない。私達は、手を取り合って生きていくべきなんだ。もう2度と、戦争などないんだからな」

 ニケはハッと、まるで「そんな簡単なことすらも分からないのか」と小馬鹿にするように鼻で笑い、部屋から出て行った。

 彼女の足音が遠ざかったのを聞き、ヘルメスがミカエラへ頭を下げる。

「申し訳ありません、ミカエラ。ニケには私から注意しておきます故」

「いいわ。...あの子には分からないのよ」

 ミカエラ・ラファエロ・ヘルメスは戦争初期に作られた機械人形アンドロイドで、フェイディアスとニケのような戦争中期に作られた機械人形アンドロイドに比べると人間の料理を『美味しい』とは感じないのだ。故に人間の生気を食べる。

「...一応、私の妹ですから。伝えて参ります」

 ヘルメスとニケは同じ生産ラインから作られた機械人形アンドロイドであった。ヘルメスはニケの事を妹と称し、ニケもまたヘルメスを姉として慕っている。

「そう。でも注意は程々に」

 ミカエラの忠告にヘルメスは一礼し、部屋から出て行った。

「...良いのですか、お姉様」

 ラファエロはミカエラへ訊ねる。

「...えぇ。ああ言ってしまいましたが、きっと、ニケは分かってくれるはずですわ。私達は、人間とは違う生命体ということを」

「...そう、だと良いですわね」

 それから2人の空間には、紙をめくる音のみが響く空間となった。


◆◇◆◇◆◇


「ニケー」

 ヘルメスはニケの名を呼びながら、部屋から一直線に迷いなく薔薇の咲く庭を歩いて行く。ニケがこの場所をお気に入りの場所としている為、ヘルメスは彼女がここに居ると踏んでいるからである。

「......ヘルメス」

「フェイ」

 薔薇の庭に混じって、黒いコートを羽織りすっぽりとフードを被ったフェイディアスが立っていた。フードの合間から見える感情変化に乏しい真黒の瞳は、ヘルメスを見据える。

「フェイ、ニケを見てないですか?恐らくここへ来てると思うのですけれど」

「.........ニケは、あっち」

 フェイディアスは、スッと庭の真ん中に作られている白いベンチがある方向を指差した。

「ありがとうございます、フェイ」

「...待って」

 ニケの元へ駆けようとしたヘルメスを、フェイディアスは引き止めた。ヘルメスは首を傾げる。

「どうしました?」

「ヘルメスに、...質問」

「私に?」

 フェイディアスはこくん、と頷く。

 ヘルメスはフェイディアスに訊ねられる理由を頭の中で探る。しかし、特に思い当たる節はなかった。決してメンバー5人の中で1番頭が良い訳でも、物事を冷静に考えられる頭を持っているとも、自分では思えない。

「.........ミカエラとニケ、喧嘩したら...、どうする?」

「...フェイ、それは近々そのような状況に陥るという事と、捉えても良いですか?」

 ヘルメスの問いに、フェイディアスは頷いた。

 確かに今の状況を考慮すれば、いずれ起きてもおかしくはない状態である。2人の険悪な雰囲気はちょっとやそっとでは解決しない。

「...ミカエラに恩があるのも、隊長と思うのも確かですけど、私はニケに手を貸すでしょう」

 選択に迷いそうなものだが、ヘルメスは一切迷いなく答えた。

 どれだけ恩義を感じていたとしても、ヘルメスにとっては同じ作りのコアを抱き、姉として慕ってくれるニケの方が大切だと思ってしまった。

「そう、......答えてくれて、ありがとう」

「.........フェイ」

「...何?」

「もし、...もしそんな事になったら恐らくラフィーはミカエラに付くはずです。彼女は盲目的にミカエラを......、半ば信奉していますから」

 フェイディアスはヘルメスの意見にこくりと頷く。それには同感であった。ラファエロがミカエラを裏切るような出来事が起こるとは、とても考えにくい。必然的にミカエラとラファエロが結託するだろう。

「フェイ、貴方にはこの戦いには参戦して欲しくないです。もし同士討ちになり4人全員が死んだら、フェイに全てを託すしかないのです」

「...それは、指令?ヘルメス」

「......えぇ、貴方のコアに誓ってくれますか?」

「......勿論」

 フェイディアスはヘルメスの足元にかしずき、左胸に両の手を重ねて置いた。

「我がコアに誓う…」

「ありがとうございます、フェイ」

 ヘルメスはフェイディアスに礼を言い、ニケを探す為彼女と別れた。

 教えられた白いベンチに、ニケは膝を抱えて座っていた。頬を膨らませ、眉間には皺を寄せている。

「ニケ、ここに居たのですね」

 ヘルメスはニケへ、そう声をかける。ニケは1人で独占していたベンチを、2人で腰掛けられるようにズルズルと場所をずれた。ヘルメスは空けてもらったスペースに座る。

「ニケ、いくら気に食わぬ事でもミカエラに怒鳴り込むのは良くありません。それは部下としても淑女としても、です」

「......オレは淑女になれやしないのに?」

 ニケは自嘲的に口角を上げる。ヘルメスはそれに関しては何も言えなかった。それが事実だからだ。

 気まずそうに顔を顰めたヘルメスを見て、ニケはハッとし、

「ごめん。......、確かに頭に血が上ってたかも。後で謝りに行くよ」

「分かってくれるなら、構いません」

 ヘルメスはニケに愛を示すように、碧玉のような髪の毛にキスを落とした。

「っへ、ヘル姉...。そういうの、止めて。恥ずかしい」

「恥ずかしがるニケは愛らしいから、良いではありませんか。姉に恥ずかしがる必要はありません事よ」

「いやいやいや、無理だから」

 ニケとヘルメスはそう言ってお互いに笑い合う。

「.........ニケ、あまりミカエラと喧嘩しないでください」

「...分からない。リーダーがこれ以上人間を家畜のように見るなら......、分からない」

 ヘルメスやフェイディアスが肌で険悪な雰囲気を感じ取っている頃に、既にニケもミカエラもいずれ拳を交えるような事になる予感をしていた。

「確かに、分かってるよ。リーダーやラフィー、ヘル姉が料理に味を感じられない事は...。分かってる。......でも、未来ある若者を殺すのは、間違ってるよ。例えそういう人間が1番美味しいんだとしても......」

 ニケはグッと拳を固めた。

「もし、これ以上若き国を背負う人材を殺すのなら、オレは......」

 ニケはそこで口を閉じ、ベンチから立ち上がる。そしてヘルメスを見た。

「ヘル姉の手は借りない。そうなったら、オレの問題だからさ」

 ヘルメスがどういう行動をしてしまうか、付き合いの深いニケには分かっていた。だからこそ、釘を刺す意味を込めて千手を打った。

 ヘルメスは「そう」と短く言い、ニケの頭を優しく撫でた。

「無理、しないでくださいね」

「......うん」


 しかし、2人の口約束はこれから数ヶ月後に破られてしまう。


 ミカエラが人間を十数人も喰い殺したのだ。その時にはミカエラを『信奉』するラファエロでさえも、あの事件時のミカエラには恐怖した。

 ニケはその件に関して恨みを抱く人間達と結託し、〈断罪天使〉と名乗り始めた。神の毛皮を被ったミカエラを断罪する天からの使いという意味を込めて、自らの行動を正当化し、協力してくれる民衆を奮い立たせる為に。

 ミカエラもまた、ミカエラの支持をする貴族らと結託し、ニケの〈断罪天使〉軍を迎え撃つ事となった。だが、ミカエラにとって支持者は、あくまでも食糧でしかなく、彼らに戦闘能力は求めなかった。ニケ1人に民衆など、ミカエラとラファエロで十分であろうと予測立てた為である。

 先にも記述通り、ラファエロはミカエラ側に付いた。ヘルメスはニケには『どちら側にも付かないで欲しい』と言われた為、体裁は中立を装った。が、〈断罪天使〉軍に付いていた。完全な中立はフェイディアスのみで、彼女は争いに巻き込まれぬよう、中立的な人間達を率いてユーピテルの中に、自治市を作り、そこで生活をする事になった。

 これが、後にこのユーピテルの大まかな仕組みとなるものである。

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