第七章 終焉-シュウエン-

終焉 01

「......ドキドキしますね」

 アンジュは扉を目の前にそう言う。それはクロウも同じだが、クロウにはそれ以上に別の思いが渦巻いていた。

 この先に、妹を喰い殺した人物がいる。

 妹の事を思うだけで、クロウはギリッと歯噛みしてしまう。

 自分の無力さをその身に焼き付けてしまっているからだ。

「......クロウ、大丈夫ですよ」

 その雰囲気を感じ取り、アンジュはクロウの右手を握った。

「私が居ますから」

「......そうだな」

 アンジュとクロウは互いに頷き合い、2人は扉に触れる。

「なぁ、どうせなら派手にやらないか?」

「同意見です」

 アンジュとクロウはいたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべ、手を離し足を上げ、


 蹴破った。


 そこにはソファに座って悠然と微笑むミカエラと、彼女の足元に傅(かしず)くエリヤがいた。

「どうも、初めまして」

「私達は【断罪天使】と申します」

 アンジュとクロウはミカエラに負けぬ程の笑みを見せ、アンジュは雪月花の切っ先を、クロウは拳銃の銃口を2人へ向けた。





「「さぁ、貴方の罪を裁きましょう」」








「お待ちしておりましたわ、断罪天使のお2方」

 ミカエラは形作られた笑みを崩さず、まずは歓迎の言葉を述べた。

「...挨拶はいいさ。お前は...、俺が殺す」

「ならばクロウ、私がエリヤ様のお相手を致します」

「......大丈夫なのか?」

「問題ありません」

──覚悟は出来ていますから。

 アンジュの言葉の裏に隠されているその意味にクロウは気付き、しっかりと頷いた。

「頼む」

「ええ」

 アンジュは一度目を閉じ、それから開く。その目には先程までの穏やかな人柄などを感じさせない、冷徹な殺気を放っていた。ミカエラは心底面白そうに笑ったままであった。

「ふふ、それはまた面白いですわね。エリヤ様」

 ミカエラがエリヤを見下ろしてそう言うと、すくっと立ち上がった。

 その茶色の目は酷く澱んでいた。

「あの御方のお相手を、お願い致しますわ」

「あぁ、...美しい我らのミカエラ。俺に...任せてくれ」

 言い淀む事の無い口調でそう言う彼に、アンジュは昔の面影を重ね、あまりの変わりように絶句するしかなかった。しかし、アンジュの覚悟は決めている。

 アンジュは雪月花を、エリヤではなく壁の方へブンッと振り下ろした。

 轟音と共に壁が崩れ、いざという時に隠れる際に使われる、隠し部屋を露わにさせた。

 そこはアンジュが守護の家としてエリヤの元へ務める際、父親から聞いた秘密の部屋であった。アンジュはそこへエリヤを誘い込む。

 エリヤは部屋の机に置かれていたレイピアを取り、アンジュの後を追っていった。

 そして、ミカエラとクロウの2人きりになった。

 クロウは銃口をミカエラへ突き付けたまま、怨みの篭った─いつもよりも低いの声で、

「......俺は、お前を許さない。...ミランを殺した罪、裁かせてもらう」

 ミカエラを睨みながらそう言う。

 その間、ミカエラは一切表情を崩さなかった。口元を緩めたまま、彼女は言葉を紡ぐ。

「ふふ、せいぜい私を楽しませて下さいまし?この人間風情が」


◆◇◆◇◆◇


 アンジュは隣の隠し部屋へ転がり込む。エリヤも後からバキバキと崩れた木片を踏む音を鳴らしながら入ってくる。

 今回の戦いにおいて、エリヤとミカエラが1番情報の少ない状態だ。

 どういった攻撃を仕掛けてくるのか、技の技量は、どういう戦法を用いるのか。それら全てが未知数である。

 そもそもアンジュはエリヤがレイピアを扱える事そのものに内心驚いていた。

 てっきり温室育ちの─アンジュも人の事は言えた義理では無いが─、お坊ちゃまだとばかり思っていたからだ。

 アンジュは雪月花を再度持ち直し、胸の辺りで構えを取る。

 エリヤもまた、レイピアを正眼に構える。

 アンジュは彼のレイピアの位置に目を丸くした。

 彼の持ち方は剣の素人が使う、1番オーソドックスな構え方だったからだ。今まで経験してきた戦闘からすると、あまりにも拍子抜けしてしまうような、大した剣技のない人物だと一目で分かる。

 少し剣を齧った人間レベルのものでしかない。

 そこでアンジュは察する。だからこそ、アンジュ達のような守護の家があるのだろうか、と。

 王子達が自らの安全を自分で守れるならば、神兵達だけで十分であろう。しかし、彼らにはあまり剣を習う時間が与えられなかったのだ。そんな事に時間を費やすくらいならば、国の政治・経済や帝王学等を学び、王の素質を磨かされる。次期国王候補であるエリヤならば尚更だ。

 その為に、神兵らとは別に守護の家が存在していたのだ。

「......勝てる」

 剣の初心者であるならば、ある意味好都合だ。アンジュは彼を殺さずに生かしたまま戦いを終わらせたい。

 痺れを切らしたのか、エリヤがレイピアをアンジュへ振るってきた。アンジュは受け身の構えをしたが、エリヤの瞳を見た瞬間、ぞくりと鳥肌が立つ。

──何かが、まずい。

 アンジュは受け止めるのを止め、1歩後ろへ後退する。

 エリヤのレイピアはアンジュが居た場所の足元の床を──、粉々に打ち砕いた。

「っ!?」

 あれを雪月花で受け止めていたら、間違いなくあっさりと折れていただろう。

 彼の細腕からは想像出来ない破壊力のある攻撃だ。

「......細工、ですかね」

 ミカエラが、何らかの細工を既にエリヤへ施しているのかもしれない。どう考えても常人とは異なる力を持っている。

 いずれにせよ、面倒なことになってしまっている。この雪月花を折られてしまったら、アンジュには拳以外に戦う術が無くなってしまう。つまり、戦局がかなり不利なものになってしまうのだ。

「......これは、心してかからないと、ですね」

 アンジュは雪月花を構え、レイピアを再び構えるエリヤを睨んだ。


◆◇◆◇◆◇


 クロウはミカエラの四肢へ、それぞれ1発ずつ撃ち込んだ。その度にミカエラの身体は震え、どす黒い液体を噴くがその傷はゆっくりと塞がっていく。

 その光景に、クロウは生唾を飲む。

 先程のジルヴィアのお陰で異様な傷の再生能力を目の当たりにした分、耐性がついているのかもしれない。

 だが、それでも異常である事には変わらない。

「ふふ、私は不死身と言って過言では無いですわ。貴方のような人間ごときに倒せる相手ではありませんのよ」

 ミカエラはそう言い、たおやかに微笑む。クロウはギリッと歯噛みをし、ミカエラの元へ駆ける。

──流石に額を撃ち抜けば、死ぬはずだ。

 クロウは走りながらミカエラの頭部に狙いを付け、引き金を引いた。

 パンッと音が鳴り、弾丸は真っ直ぐミカエラの眉間を撃ち抜いた。

 しかし、ミカエラは倒れない。

 ミカエラは近付いていたクロウの首を掴み、絞める。

「がっ....」

 女性の見た目からは考えられない力強さに、クロウは呻く。彼女の細指がクロウの首をへし折る勢いで、徐々に力が篭ってくる。

 クロウは急いで腰のポーチへ手を伸ばし、素早くナイフを取り出して、ミカエラの手首を切り落とした。

「っ!?」

 ミカエラは驚き、クロウは床へ落ちる。

「けほけほ...っ」

 何度か咳き込み、自身の喉を撫でる。触り心地は変わらないが、もしかしたら跡が残っているかもしれない。

 だが、そんな事はどうでもいい。クロウは手首を切り落とされた衝撃を受けているミカエラへ、ニヤリと笑いかける。

「へっ!俺が拳銃だけしか持ってきてないとか思ってたのか?」

 そう言ってクロウは得意げに笑い、クルクルとナイフを回す。

 そのナイフはいざという時のために、とユエから手渡されていた代物だった。最初は貰い受けるのを躊躇っていたが、ユエの押しに負けて持ってきていたのだ。

──助かった...。

 クロウは心の中でユエへ礼を告げる。

 ポタポタとミカエラの手首の先から、どす黒い液体が流れ落ちていく。ミカエラはユラユラと歩き、切り落とされた右手を拾い上げ、傷口にグリグリと擦り付ける。すると、その2つは繋がった。

 その様子にクロウは目を見開いた。

「......あぁ、その生意気な口振りとその目の色......、あの女のようで、非常に腹立たしいですわねぇ」

 愉しげだった声色は、徐々に苛立ちを含み始め、ミカエラは頬を伝っていた液体を拭い取った。

 そして、初めて一切笑っていない無表情の顔を見せた。

「っ...」

 その異様な空気に、クロウは飲み込まれそうになる。

 明らかに畏怖しているクロウの様子に、ミカエラは目だけ細めた。

「...ふふふ、冥土の土産に教えて差し上げましょうか。この国がどうやって出来たのか...。断罪天使とは、何なのか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る