死闘 04

 時は少し遡り、アンジュがアッシュと1戦している頃。

 1番下のコンピュータ制御室では、一進一退の攻防戦が続けられていた。

 ウィルソンがティリンスの骨を砕かんと、拳を振るう。ティリンスはそれを次々と躱し、投げナイフをウィルソンへ何本も当てる。しかし、ウィルソンは吸血鬼の力によって傷口を癒し、回復させる。

 終わらない、消耗戦と言っても過言では無い。

 ユエは頬杖をついてそれを見守り、打開策が無いか、コンピュータ制御室をぐるりと見回していく。

 本来は誰かの戦いに手を出すのは御法度だが、今回は時間内に終わらせなければならない。

──大量のコンピュータ。USBメモリが仕舞われていると思われる棚。私の手元には残り2発の弾丸が入った拳銃。

 足を動かせない自分には何が出来るのか。

 その時、ユエは先程ティリンスが吹っ飛ばされた衝撃で取れかかっている1台のコンピュータを見つけた。その下には様々なファイルが詰め込まれた大きめの棚がある。

 恐らく、倒れればユエのいる階段の下から数段を巻き込むだろう。だが、それは好都合である。

──少しのリスクくらいが、物事を楽しむスパイスには充分だ。

 ユエは銃口をコンピュータと壁とを繋ぐケーブルに向け、そこへ向けて1発発砲した。

 それは見事にケーブルに当たり、バチバチと電気の流れる音が空気に漏れたかと思うと、ウィルソン目掛けて傾き始めた。

「っ!?」

「ウィルっ!!」

 ユエはウィルソンの名を呼び、ウィルソンはユエの方へ走り出す。ティリンスがそれを追おうとするが、棚がその道の邪魔になる。

 ウィルソンはユエの身体を抱き、そのまま扉まで走り抜ける。

 そこへ辿り着くと同時に、ウィルソンは扉を思い切り閉める。ティリンスはそれを開けようと懸命に体当たりをする。

 が、所詮女の身体の体当たりである。壊れはしない。

「ウィル、鍵のところを1発殴って凹ませればいい。扉の咬み合わせが悪くなるから、時間稼ぎになるっ!!」

「分かったっ!」

 ウィルソンはユエの指示通り、ドアノブ部分を殴る。ドアノブはぺしゃんと凹み、元が何であるのか分からないような形に変わった。

 それを確認し、ウィルソンとユエは来た道を戻る。

 外へ出た時、神宮がガタガタと揺れ始め、一部分が崩れた。

「......大丈夫なんだろうな、あいつら」

「分からない。こればかりは、もう...」

 ユエの言葉にウィルソンは僅かに舌を打ち、それを見上げる。

「行こう、ウィル。私達にもすべき事はある」

「...そうだな」

 ウィルソンとユエは神兵に化けた〈片翼の使者〉の手助けへと、駆けた。


◆◇◆◇◆◇


 ウィルソンとティリンスが戦っていたその頃。

 倒れていたエリアスはググッと全身に力を入れて起き上がった。ジルヴィアはクロウの前に立つ。

「クロウ......、早う行け」

「ジルさん、でもっ!」

「......大丈夫、俺は、...死なへんから」

 ジルヴィアはやんわりと微笑み、目で訴えた。クロウはその目に何も言い返せず、一礼してアンジュの後を追った。

「行かせるかっ!!」

「...俺のセ」

 ジルヴィアの言葉は最後まで続かなかった。彼の頬にぽっかりと大きな穴が開き、そこから鮮血が噴く。びちゃびちゃと床に血が落ちていく。

 それに目を丸くしたのはノアだった。

「っ!?」

「......ノアくん、行って」

 エリアスから放たれる殺気にノアは身体を震わせた。しかし、足を止めることなくクロウの後を追った。

「......させ、な」

 ジルヴィアの伸ばした指の先を、2発の弾丸が撃ち込まれる。その手はノアを引き止められなかった。

 ジルヴィアはノアを諦め、エリアスの方へ首を向ける。

「.........ジル、君を信じてたのになあ」

 エリアスはジルヴィアへ柔らかな笑みを浮かべる。

 ジルヴィアは頬の傷が塞がったのを確認してから、口の中に溜まっていた血液と唾を吐き出した。

「......残念だよ、異教徒だったなんてさあ」

「......堪忍な、エリアス」

 ジルヴィアは胸の辺りに付けられた十字架クロスを取り外し、カランと地面へ落とした。

「〈片翼の使者〉、特務長......、ジルヴィア=リティス。.........それが、俺」

 ジルヴィアは腰に付けていた短剣を取り出した。エリアスは眉を寄せ、それから破れかけている包帯に手をかけた。

「......そっか。それが君か。......本当に残念だよ。結構好きだったんだけどね、君の事は」

「俺も」

 エリアスはビリビリッと勢いよく音を立てて、包帯を取り去った。

露わになるのは彼の美しい橙色の、蝋燭の灯火のような瞳だった。

「第3師団団長、エリアス・ジノヴィオス。異教徒捕縛の任務を遂行する」

 エリアスは腰のポーチから黒光りする拳銃を飛び出した。

「殺してやる」

「......殺れるもんなら、殺ってみぃ」

 その表情にエリアスは僅かに興奮する。

 その表情は鉄仮面のジルヴィアが初めて見せた──、狂気の笑みだった。

 エリアスは連射の出来る拳銃─セレスへ持ち替え、ジルヴィアへ向けて撃つ。ジルヴィアは瞳の奥を裂き、吸血鬼の力を使って躱していく。

 が、それを全て先読みするようにエリアスは弾丸を撃つ。

 エリアスはジルヴィアの足の動きや手の動きから角度の計算をし、次にどの位置に彼が足を置くのかを予測して撃っていた。あまりにも正確に把握してしまうが故に、エリアスは両の目を封じていたのだ。

 しかし、ジルヴィアは吸血鬼の力を使っている為、傷口はすぐに塞がる。

 お互いに分が悪かった。

「このっ」

 両手に拳銃を持つと、装填に時間が食われる。が、仕方ない。

 エリアスは両手にセレスとイオを持ち、ジルヴィアの眉間に一瞬で狙いをつけ、引き金を引く。ジルヴィアは2発同時に来た弾丸を何とか躱しきり、息を整え、傷口を見る。

 素早く治るからと言って、痛みがない訳では無い。むしろ、壮絶な痛みが身体を襲っている。人間が4・5日掛けて治す傷を僅か数瞬で治すのだ。耐えられるように訓練をしたジルヴィアでも、痛みは酷い。

 ジルヴィアは、間合いに身体を滑り込ませ、短剣をエリアス目掛けて振るう。エリアスはそれをイオで受け止める。火花と金属音が鳴る。

「............楽しい」

「...っそれ、僕に訊いてんのっ!?」

 ガンと弾き、再び2人の身体は離れる。

 エリアスはジルヴィアへニヤリと笑った。

「...楽しいね、悪くないよっ!」

 パンパンパンとセレスを撃った瞬間、エリアスはがくんと身体が沈み込むような感覚に襲われた。目の前にはジルヴィアと自身を二分するように床に切り込みが入り、瓦礫が落ちてきた。砕ける音と共に床も砕けた。

「っ!?」

 予想出来ぬ唐突な事態に、エリアスはジルヴィア居る床へ飛び移ることも出来なかった。瓦礫と共に身体が落ちる、



──はずだった。



 一向に訪れない身体の衝撃に、エリアスは目を開ける。

 足は地につかず、眼前には白い壁が見える。落ちている事は夢では無い。

「.........え」

 エリアスは上を見上げた。

 そこには僅かに顔をしかめ、エリアスの手首を握るジルヴィアがいた。エリアスは絶句する。

「な、何して......っ」

「.........早う、エリアス......。上に」

──何で、僕を助けようとしてくれてるの?

 もしエリアスがジルヴィアの立場なら、見捨てている。それは友人であるという以前に、彼が敵だからだ。

 だが、ジルヴィアはエリアスの考えは違った。例え彼が敵だとしても──、

「......エリ、アス.........は友達、だから」

「っ......ジル」

「.........早くっ!」

 いつもの平坦な声を荒らげて、彼はエリアスへそう言う。それに鼓舞される形で、グッとエリアスは奥歯を噛み締め、空いた片手でズルズルと、這い上がった。

 2人はふうと息を吐く。それが少し落ち着いてから、ジルヴィアは口を開いた。

「.........エリアス、ごめん...」

「............何が?」

「...イオとセレス......、拾えんかった」

 ジルヴィアにそう言われてエリアスは気付く。確かに手に持っていた2丁が無かった。

 顔の表情は変わらないが、しょげているらしいジルヴィアに、エリアスは口元を緩めてしまう。

──あぁもう、敵わないなぁ。

「いいよ。また、自分に合った物を見つけるから。...助けてくれて、ありがとう」

 エリアスがそう言うと、ジルヴィアは少しはにかんだ。エリアスはその笑顔を見て、僅かに頬を緩ませる。

 もうこの場には、先程の殺伐とした雰囲気は無くなっていた。

「...ジル、昔から君は甘ちゃんだね」

「......そうやと、思う」

「...はー、戦いなんて馬鹿らしくなっちゃった!やめやめ。ジル、彼らを追ってもいいよ」

「いや......。俺は、あるべき...場所へ帰るわ......」

 ジルヴィアはそう言ってマントを外し、折り畳む。それはエリアスらとの別れを意味した。

 エリアスはその光景を見て、それから目を閉じる。

「...ありがとうね。僕、君に会えて良かった」

「.........俺も」

 変わらぬ鉄仮面の表情で言う彼に、エリアスはニッコリと笑って、彼の頭を撫でた。ジルヴィアはグッと奥歯を噛んで、エリアスの肩を掴んだ。

「...やめん、といてな.........、団長。......手紙、送る...から」

「...分かった。...そんな、泣きそうな顔しないでよ。こっちまで悲しくなっちゃうから」

 ジルヴィアは「泣いてへん」と呟いてから、グリグリとエリアスの肩に頭を押し付ける。エリアスは苦笑いをして、彼の背をポンポンと叩く。

「.........エリアス」

 ジルヴィアは顔を上げて、立ち上がる。そして、先程崩れた床の方へと歩いて行く。そしてくるりと振り向き、

「最後に、顔を見られて......、良かった」

 ジルヴィアはそう言って身体を投げた。あっという間に彼の身体は見えなくなる。エリアスは見送ろうかと思ったが、踏みとどまった。

 それから背筋を伸ばして立ち上がり、階段へ向かうと、そこにジルヴィアが付けていた十字架クロスがあった。

 砂煙で汚れているものの、形はそのまま保たれていた。エリアスはそれを拾い上げる。

「.........ジル、ありがとう。僕も、」






──僕も、君の笑顔が見られて、良かった。





◆◇◆◇◆◇


 時は少し遡り、ノアが扉を出てクロウの姿を確認する。

「クロウくんっ!」

「っわ!」

 そして、クロウの真横に銃弾が撃ち込まれた。クロウは立ち止まり、ノアの方へ身体を向けた。

「...先輩、俺は行かなきゃ行けない場所があるんだ。だから、行かせてください」

「そうはいかない。異教徒の捕縛義務が俺達にはある」

 分かっているだろ、とノアはクロウへ視線を送る。クロウは腰のナイフに手を伸ばし、いつでも戦えるように構える。

「あの入団試験の再来だ、クロウくん」

「今度は、寸止めじゃ終わらせませんけど」

 バチバチと2人の間で火花が飛び散っていく。クロウはいつでも上へ上がれるよう、ゆっくりと間合いを取っていく。ノアはそれに勘づき、引き金を引く。

「っ!」

 クロウはすぐに身を低くして躱す。そしてナイフを水平に投げ、

「っ!?」

 アレクシイへ当て、身体のバランスを崩させる。ノアは何とか転がり落ちるまでにはいかぬよう、手すりを掴んで踏みとどまった。

「このっ」

 パンパンとノアはクロウ目掛けて発砲する。クロウは階段を駆け上がって行く。ノアは更に撃とうとしたその時、爆音と共に建物が揺れた。ノアもクロウも、慌ててその場にしゃがむ。

 クロウにはこれがアンジュとアッシュの戦闘によるものだと分かった。向こうも、大詰めを迎えているのかもしれない。

 ノアはアレクシイを構えるが、未だ僅かに揺れる為、狙いが上手く定まらない。

 銃器で戦うという事は、弾丸を無くしてしまえば丸腰と同義だ。エリアスの指示で乱射した為に、残りもう僅かになっていた。つまり、無駄撃ちが出来ない状況だ。

──面倒な事になってる。

 クロウはもう後ろを振り向くこと無く、アンジュがいるであろうアッシュの部屋へと駆け上がる。ノアはしっかりと狙いを定めて、引き金を引いた瞬間。

 弾丸がクロウの元へ行き着くまでに、別の場所から瓦礫が飛んできた。それに弾丸が辺り爆散する。それにノアは目を見開く。

 そして、後ろを振り返った。

「エリアスさ、」

「下へ降りるよ、ノアくん。ジルが下へ降りた。神兵達が危ない」

「っ!?でも、」

「もう君の弾丸も少ない。僕も同じだ。それに上には師団長がいる。あの人に任せよう」

 エリアスはそう言った。

 確かにエリアスの言っている事は正しい。戦いの場をよく読んでいる人間だと分かる。しかし、納得が出来なかった。

「俺では...、実力不足ですか」

「そこまで言ってる訳じゃない。ノアくん、ここは退いた方がいい。傲慢に動くと、君が後々困る事になる。次代を担う人間が、こんな場所で倒れる必要は無いよ」

 エリアスはノアへ近付き、彼の手を取る。

「降りよう」

「...っ」

 どれだけ嫌だと言ったとしても、エリアスの方が上官である。ノアは一介の神兵なのだ。全てが思い通りに動く訳では無い。

「...はい」

 従う事しか、ノアには出来なかった。

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