死闘 03

「くっ......」

 一方、カタリナ教会で戦うリリーは苦戦していた。

 そもそも、1人で戦闘訓練を受けている神兵を相手にしているリリーが異常なのだ。

「う、っ!」

 リリーは膝を付いてしまう。神兵達はそんな彼に遠慮容赦なく、その剣先や銃口を突きつけた。

 その時、リリーを覆うように影が生まれた。そして、風を切る音と吹き飛ばされてしまう音が聞こえる。

「...っ?」

「ったく、何している」

 その声にリリーは顔を上げた。そこにいたのは、大剣を構えるスミスがいた。

「アンタ、クロエちゃんは...」

「寝かせてきた。まぁ、隣には縛りあげた神兵らが居るが、あいつらは亀甲縛りをしてるから、余程のことが無い限り大丈夫だろう。子どもに手を出すような連中でも無さそうだしな」

 スミスはそう言って、またやって来た神兵達へ大剣を薙ぐ。そして、リリーへ手を伸ばした。

「ここでへばってる暇など無い。俺達は熊も倒したし、変な一団もボコボコにしただろうが」

「......ふふ、そうね」

 リリーはスミスの手を取って、立ち上がる。そして再び拳を硬く握った。

「背中、任せて頂戴ね」

「勿論だ、リリー」

 カタリナ教会襲撃は、まだ終わらない。


◆◇◆◇◆◇


 ユエはティリンスにナイフを振るいながら、最善策を考えていた。

 当初の彼女の役目はもう終わり、ウィルソンが来るまで持ちこたえられれば、この勝負には勝ったも同然だ。しかし、それまでにユエが殺される確率の方が高いだろう。

 ならば、どうするべきか。ユエはある案を思いつく。

 ウィルソンに怒られるかもしれないが、やらなければ死ぬ。ユエは覚悟を決めた。

 ユエはくるりと刃の向きを変え、自身の腕を切りつけた。その傷口から血が滴る。

 何故自らの腕を切りつけたのか。

 ティリンスはそこに疑問を抱くが、何も言わずにユエのナイフを拾って投げつけた。ユエはそれを躱す事無く腕へ刺す。自身で付けた傷と共に、ユエの血液がポタポタと流れ落ちていく。ユエはその痛みに顔を顰める。

「............倒す」

 ティリンスが大きく拳を振りかざした時、入ってきた扉が真横へ吹き飛んできた。飛んだ扉はティリンスへと向かってくる。慌ててティリンスはその扉を蹴り飛ばした。

 刹那、そこには誰かがいた。

 白髪の男。ティリンスが一瞬で分かったのはその2つのみであった。

 ウィルソンはティリンスの腹部を殴りつける。鍛え抜かれたと言えども女性の身体は軽く、あっさりと壁に叩きつけられた。コンピュータの1つを破壊し、その破片が彼女の背を傷つけた。

 ティリンスはその場に沈黙した。

「......はぁ」

「いやー、流石ウィル!......気付いてくれると思ってた」

 ユエはにっこりと笑って、ウィルソンを見上げた。

 ウィルソンは適応者であるユエの血の匂いを判別する事が出来る。ユエはそこを突いたのだ。

 ただ、そういう戦い方をウィルソンは好んでいない為、彼は若干苛立つが。

「他の人間に血を見せるな、って言っただろうが」

「しょうがないじゃん!私のナイフを彼女が蹴り飛ばしたんだもん」

 ユエの言い分はもっともだった。

 どう見積もってもユエではティリンスに勝てない。足が動けば辛うじて勝てるのかもしれないが、戦闘能力で言えばティリンスの方が上なのだ。あのままウィルソンを呼ばなかったら恐らく、ユエは死んでいたかもしれない。

 だからこそ、ユエはウィルソンがここへ来てくれるように、自らの腕を切りつけたのだ。

 ウィルソンはチッと舌打ちし、ユエの腕のナイフをずっずっとゆっくり引き抜く。何度か痛みで呻き目尻に涙を浮かべるが、ウィルソンは何とかナイフを抜いてやる。そして、そこからとめどなく流れ始めたユエの血液を舐め取っていく。

「っん......」

 ユエは染みる痛みと腕に這う舌の感覚のくすぐったさに、小さく声を出し眉を寄せる。ウィルソンは1滴も残さぬように吸い取り、傷口を塞いでいった。

「...ほらよ」

「...ありがと」

 ウィルソンは溜息を吐く。

「で、終わったのか?」

「あれ?ウィルには聞こえてないんだ。終わってるよ。起動は確認した」

「終わらない」

 唐突に抑揚のないティリンスの声がした。ウィルソンとユエは声の方向へ目を向ける。

 気絶していると思われたティリンスはユラユラと立ち上がり、プッと口の中に溜まっていた血を吐き出す。

 その目は苛烈に燃えていた。

「しぶてぇ奴だな。俺はこの女みてぇに非道じゃねぇから、出来る限り女はいたぶりたくねぇんだけど」

 ウィルソンは面倒臭そうにそう言い、ユエを階段に下ろした。

「...とか言いつつ殺る気満々じゃないの?」

「殺らねぇよ。気絶はさせると思うがな」

 ボキボキと、ウィルソンは拳を鳴らす。ティリンスは彼を獣の眼光で睨む。

「ま、別にいいけどさー。早く外の警備の撹乱に行った方が良くない?」

 ユエの言葉にウィルソンは何も言わずに、ティリンスと拳を交えた。強烈な打撃音がユエの耳に入ってくる。

 ユエが肩をすくめていると、

「な、何者だ貴様らっ!」

 ウィルソンが廊下の警備を放棄した事により、この場所の騒ぎを聞きつけたらしい神兵が数人来た。ユエはナイフを取り出して、彼らに投げつけた。

 彼らはその場に崩れ落ちた。

「邪魔させないよ?あれはあの子とウィルの戦いなんだからさ」

 ユエは滑り落ちてきた神兵の武器を手に取り、その銃口を彼らへ向ける。

 久し振りに昂る高揚感に、ユエはすっかり乾いた唇を舐めた。




「久し振りに、愉しいねぇ」




◆◇◆◇◆◇


 アッシュとアンジュは睨み合いを続けていた。しばらくそれを続け、折れたアッシュが溜息を吐いた。

「よく、あの高さから落ちても生きていたな。海でもあの高さから叩き落されれば、死ぬと思ったんだがな」

「...そこに関しては、ノーコメントです」

 アンジュはいつでも戦えるように、臨戦態勢へ構えを整え始めた。

「悪運の強い女だ」

「......っ」

 アッシュが腰のレイピアをの柄を触った。

 その瞬間、アンジュは愛刀─アリアドネをアッシュへ向けて振りかかった。アッシュはレイピアでアリアドネへ突きを放つ。ビリビリと、衝撃が手に伝わり、思わず手を離してしまいそうになる。が、何とか懸命に柄を握る。

「...その程度の実力で、勝てると思っているのか?」

「......可能性は、ゼロではないです」

 本音を言えば、勝てる可能性は2割、負ける可能性が8割といったところだとアンジュは冷静に考えている。

 アンジュはその僅か2割に賭けているのだ。皆がアンジュに賭けたように、アンジュもまた自身に賭けている。

 アリアドネを弧を描くように回し、レイピアを弾くように動かす。が、それも阻まれてしまう。

「ダルシアンっ。諦めろっ!」

 アッシュの忠告など、最早アンジュの耳へは届かない。

──復讐を。夢を奪った男に、鉄槌を。

 アンジュの思考はその言葉を反芻するのみだ。

 アンジュはアリアドネを手早く動かし、何回も突きを放つ。しかしアッシュはその倍のスピードで的確にアンジュの四肢に突きを放ってくる。アンジュは突きを止め、躱す事に徹する。

「ハッ!!」

 アッシュが短く息を吐き、一気にアンジュの懐へ入り込む。そして首元目掛けてレイピアを突き刺そうとしてきた。

 その彼の凍てつくような視線は、誰もが畏怖するような目だが、今のアンジュでは何の効果も成さなかった。

 アンジュはアリアドネでそれを防ぎ、




 アリアドネは耐え切れずに、刃が粉々に砕けた。




 アンジュは相棒の喪失にショックで目を見開くが、それに構わず持っていた柄をアッシュへ投げつけた。

 アッシュはそれを飛び退いて躱し、2人の間に間合いが生まれる。

 アンジュはアッシュと離れたその間に、雪月花を鞘から抜く。

「用意周到だな。道具が折れる事も計算済みか」

「...アリアドネは、道具ではありません」

 アンジュは怒りに震える声音を殺し、アッシュを睨む。

「アリアドネは、私の大切な相棒です!」

 稽古用の刃先の丸い剣から、初めて鋭い刃を抱くアリアドネをシェリーから与えられた日は、アンジュにとって大切な思い出の1つだ。それを彼は何の気もなしに踏みにじる。

「所詮、使い捨ての道具だ。それも、この私が使う剣も、そして...、俺もな」

 一方、アッシュからすれば、剣や拳銃は消耗品の武器に過ぎない。使い続ければやがては欠け、錆び付き、仕事に支障を来たしてしまう。それは己の肉体もそうだと、アッシュは思っている。

 歳を重ねるごとに感じる力の『老い』と、剣は自らを重ね合わせてしまうのだ。

「っ!!」

 アンジュは唇を噛み、身体全体を振るって、雪月花に空気を裂かせる。

 アッシュはすぐに雪月花が他の刀剣と違う事に気付き、更に間合いを広げた。

 雪月花から生まれた斬撃は、アッシュではなく机を切り裂いた。

「...っ」

「ふっ。それが切り札という訳か」

「...さぁ」

 アンジュはそれだけ言い、もう一度雪月花を振る。アッシュはどこに斬撃が飛んでくるのか、刃の向きから大体予測し、身をかがめる。

 今度はアッシュの頭上を切り、窓ガラスを風圧で粉砕した。

「威力は凄いが、扱い切れてないな」

 アッシュの言葉にアンジュは僅かに眉を寄せる。

 確かにアンジュは雪月花で斬撃を生み出す事は可能にしていた。しかし、それを好きな方向に飛ばす事はまだ出来ないでいた。どうしても空気の流れに沿うことでしか、斬撃を生み出せない。

「手の内を知れば、こちらのものだ」

 アッシュは一気に間合いを詰め、レイピアを振り上げ、身長の高さを使い、上から下へアンジュの脳天を突き刺すような動作をする。アンジュは慌てて横へ転がり避けた。

 その身体をアッシュは足で押さえ込む。

「っ!?」

 アンジュはすぐに身体を起こそうとするが、アッシュの足を払い退けられない。

 アンジュはすぐに雪月花でアッシュの足元を狙う。

 流石のアッシュも、足の動きを取られては勝つ見込みが削られてしまう。故にアンジュから足を退け飛び退いた。

 その間にアンジュは体勢を立て直す。

 アンジュは乱れる呼吸を懸命に整えていく。アッシュはそんな彼女を涼し気に睨んでいた。

 アンジュは察する。

──明らかに、力量が違う。

 恐らく、余程の事が無ければアッシュには勝てない。それどころか、殺される。


 しかし、アンジュは止まらない。





 必ず成し遂げると、仲間達に誓ったのだから。





 アンジュは小柄かつ素早さを活かし、アッシュの懐へ潜り込み、顎を狙って雪月花を振るう。しかしそれはレイピアによって防がれる。

 力の押しで負けるのは、アンジュの雪月花だ。

 アンジュはすぐに弾き飛ばし、体勢を立て直そうとした頭上。アッシュはレイピアで再びアンジュの脳天を狙っていた。

 その瞬間、アンジュの脳内に映像が流れる。


──血を噴き出して死ぬ、己の姿。


 アンジュは瑠璃の目を閉じることなく、むしろその目が彼の人生に一生残るように、睨み付けた。

 しかし、レイピアは彼女の頭を刺しはしなかった。

 何故か唐突に、アッシュの腕がピタリと止まったのだ。

 それには、アンジュは勿論アッシュ本人自身も驚いている。

──だけど、チャンスですね。

 冷静にアンジュはそう考えていた。

 アンジュはそのまま雪月花を弧を描くように回し、彼の身体を斬撃で斬る。


 その衝撃波は、神宮中に伝わっていった。

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