第六章 死闘 -シトウ-

死闘 01

 涼しい夜風の吹くカタリナ教会で、白銀の衣装を身につけた男は警備に当たっていた。今は丁度夕飯の為、3回に分けて交代しながら食事をしている。男も後20分程ここで警備を頑張れば食事だ。それをモチベーションに、彼は頑張っていた。

 今回脅迫状を送ってきた【断罪天使】を名乗る彼らは一向に現れない。いや、来ない方が有難いのだが、暇だ。暇、暇暇暇暇だ。

──何か起こらないかな。【断罪天使】はチームだというから、その中で1番弱い人間でも...。

 そんな事を男は考えていた。すると、

「くすん...くすん...」

 どこからか、幼い子どもの啜り泣く声が聞こえてきた。

「...どこからだ?」

 耳をすませて、男は泣き声の聞こえる場所へ向かう。そこには顔を覆って肩を震わせる、栗毛の髪に薄い紫色のカチューシャをした、可愛らしいワンピース姿の幼女だった。

 おおよそ、この夜の闇には似つかわしくなかった。

 幽霊か何かか?!と男は思ったが、彼女の身体は透けてはいない。どうやら実在の人間ではあるようだ。

「ど、どうしたの、お嬢ちゃん?」

 男は努めて優しい声色で、少女へ声をかけた。彼女は目元を覆ったまま、路地を指差した。

「ひ、っく、おと、さんが、倒れてっ!変な人にっ」

 泣き声に混じったその言葉に、男は目を丸くして、慌てて男は少女へ、ここに居るように言いつけてから路地へ向かった。

「誰だっ!...ひっ」

 そこにいたのは、手足を縛られた白銀の軍服を身にまとう人間が数人と、その彼らを見下ろす大剣を背負った、筋骨隆々なスキンヘッドの男が居た。

 サングラスの奥の瞳が、彼を捉え、手に持っている鉄パイプで、男を殴りつけた。

 仲間に危険を知らせる悲鳴を漏らす暇もなく、男はその場に沈黙した。



「お師匠様、これでいいのですか?」

 クロエは、殴り倒した男の両手足を縛っているスミスへ訊ねた。

「あぁ、無益な殺生は避けたいからな」

「むむ...、せっしょう......?」

「殺してしまう事だ」

「っ!?それは駄目なのです!お師匠様は人殺ししちゃ駄目です!」

「いやだから、殴って気絶させたんだが」

 スミスがそう言うと、クロエは「そうなのでした!」と思い出したかのように言った。こういう状況にも関わらず、クロエはクロエのままだった。

 スミスととリリーは、このカタリナ教会の神兵を相手にする事になっていた。そこへ、「お師匠様はクロエが守るのです!」とクロエが割り込んできた形だ。

 最初は嫌がったスミスであったが、クロエのあまりにも強い熱意と視線に根負けし、このような作戦を立ててクロエを参加させていた。

 どんなに異教徒らに容赦の無い神兵でも、10代前半の子どものクロエの泣き真似を聞いて、すぐ様殺そうとする人間など、余程頭の狂っているサイコパスな人間しかいないだろう。

 つまり、スミスは彼女を色仕掛けならぬ『子ども仕掛け』として、既に6人の神兵を縛り上げていた。

 スミス達は決して戦闘が目的なのではない。あくまでも、カタリナ教会から神宮へ行く人間を減らす事が目的だ。

 気の遠くなるような作業の長さかもしれないが、今回はリリーもいる。こちらはこちらで、地道に作業しておくべきだろう。

 彼がどのような作戦を立てて彼らを一網打尽にしようとしているのかは、皆目検討はつかないが。

「お師匠様、次の人探しに行って来るですの」

「あぁ、気を付けて行くんだぞ。無理だと思ったら退け。それが戦いだ」

「はいっ、なのです!」

 クロエは綺麗に真っ直ぐ手を挙げて、それからとてとてと路地を出て行った。

「......ふぅ」

 上手くいくといいんだが。

 少しでも作戦に不備が生じると、スミスは勿論、クロエまでもが異教徒として魔女裁判にかけられてしまう。それは彼らにとっては『死』を意味する。

 それだけはどうしても避けなければならない。

 スミスにとってクロエは、もう捨て子では無い。血の繋がりは無くとも、大切な我が子のような存在なのだから。

「さてと、戦局はどう動くか」

──期待してるぞ、アンジュ。クロウ。

 今は見えもせぬ仲間へ、スミスは心の底からエールを送った。


◆◇◆◇◆◇


「あのーぉ」

 スミスとは全くの逆方向にあたる、カタリナ教会の正面入り口。【断罪天使】からの侵入を防ぐ為に、たくさんの神兵が武器を携えて立っていた。

 その内の1人が『化け物』に話しかけられた。

 いや、この言い方は正しくない。『それ』はきちんと身体は存在しているし、異形の形を成しているわけでもない。更に言えば、この神兵しか見えていないわけでも無いからだ。

 つまり、彼の存在が『化け物』では無いが、見た目が化け物のようなのである。

 髪の毛を2つに結い上げ、長い濃い紫色ドレスにピンクのピンヒール。美人が着れば、間違いなく色っぽく映えるだろう。

 ただ、着ているのはかなりガタイの良い男であるという点のみが問題だった。

「え、は、あ、は、はい?!」

 神兵は完全に萎縮し、彼女もとい彼を見上げていた。

「何で今日は神兵さんの数が多いんですかぁ?」

 無理矢理喉を酷使して出すような、高く媚びるような声だ。もう男は鳥肌を立たせていた。

「あ、そ、それは【断罪天使】なる異教徒集団がここを攻め入るか、から、だ」

「へぇ...。ねぇ、ところでお兄さん...」

 リリーはめいいっぱいの愛嬌を振り撒き、男の唇に人差し指を当てた。

「アタシと遊ばなーい?」

 その行動は男を震え上がらせるには十分であった。

 リリーはピンヒールで男を蹴り倒すと、上から何回も踏みつける。当然だが、

「お前っ!何をしているっ!!」

「まぁ、ですよねぇ」

 他の神兵がリリーの元へやって来た。リリーはしおらしい女のような仕草でピンヒールを脱ぐと、グッと拳を握り、姿勢を低くした。

「アタシを甘く見ないでね?」

 リリーは各々の武器を携えて、やって来た神兵を迎え撃つ。

 薙ぎ倒し、殴り倒し、ねじ伏せる。

 ウィルソンの戦い方同様に複雑では無いシンプルなものだが、リリーは加えて見た目が『化け物』と揶揄される程のものである為か、神兵はその見た目によって力を削がれているようであった。

「旅してる時はっ!熊をっ!相手に戦ったのよっ!!」

 リリーは神兵の身体を持ち上げて、別の神兵へと投げた。それだけで4・5人分の神兵が気絶する。

「さぁ、かかってらっしゃいな」

 リリーは彼らへと妖艶に微笑んで見せたが、彼らにとっては『気持ち悪い化け物』という新たに形容詞が増える事になってしまった。


◆◇◆◇◆◇


 一方、彼らがカタリナ教会で行動を開始し始めた頃。神宮のとある一角に、ウィルソンとユエが居た。

 ウィルソンはユエをコンピュータ制御室へ送り届け、戦力を削ぐのが仕事で、ユエは前回にも用いたコンピュータウイルスの『爆弾』を使って、この神宮襲撃の合図を送るのが仕事だ。

「ここの扉から行けばいいんだよね?」

「アンジュが書いた地図から見ると、そうらしい」

 ウィルソンは睨み見ていた地図をポケットへ入れて、辺りを確認する。

「おい」

 そこへ、1人の神兵が近付いて来た。ウィルソンの白髪が茂みから僅かに見えてしまっていたのだろうか。ウィルソンは慌てて首を引っ込める。

 勿論、そんな事をした所で神兵が見逃すわけでは無いのだが。

「何、どうしたの?」

 急に首を引っ込めたウィルソンに、ユエは首を傾げる。

「バレた」

「.........は?」

 あまりにもあっさりと、かつ重大な問題を告げられ、ユエはポカンとしてしまう。しかし徐々に事の大きさに実感を得始め、

「何してんの!?まだここに来て10分も経って無いんですけど!?」

 当然、ユエは声を荒らげた。

 ウィルソンは彼女の怒気を背中に浴びつつ、いつでも返り討ちに出来るように拳を握る。

 ユエもウィルソンが大抵の相手には勝てると思っている為、気付かれるのも気にせずに、声を荒らげて怒っている。

「いや、安心しろ。私だ」

 ガサガサと茂みが掻き分けられ、そこから金髪の神兵─シェリー・マリアンヌ=ダルシアンが頭を振るいながら出て来た。

「シェリー...」

「協力する。既にここら辺の警備の手は私が緩めている。アンジュが道を教えていると思うが、団長クラスにしか教えられない近道を通るといい」

「ありがと」

「は?お前ら協力してたのか?」

 シェリーとユエはウィルソンを無視し、話を進めていく。

「さ、行くぞ」

 シェリーはそう言うと茂みから出て行ってしまった。ウィルソンはユエを抱き抱えて、シェリーの後へ続く。

 神宮の白い壁にペタリと張り付き、ゆっくりと動いていく。

「ここを曲がる」

 シェリーはそう言って、美しい庭園の角を曲がった。ウィルソン達も曲がる。そこには扉が合った。

 確かに周りの庭園の花々に目を奪われ、この扉はあまり気付かれぬようになっていた。

「ここを開けると、螺旋階段の部屋の手前の廊下に出る。螺旋階段の部屋に入って、すぐ目の前の部屋がコンピュータ制御室へ繋がる扉だ。中の警備までは分からんが、」

「大丈夫、ここまでありがとう」

 ユエが礼を言うと、シェリーは小さく目礼して去っていった。

「行くか」

「勿論」

 ウィルソンはその扉を開けて中へ入る。

 中には案の定、廊下を警備する警備員が居た。

 ウィルソンはユエを下ろして、廊下の端の神兵の元まで駆ける。そして目にも止まらぬ速さで蹴り倒していった。ユエは腰のポーチからナイフを数本抜き取り、致命傷かつ命を奪わないような場所を狙って投げる。

 ここの制圧はすぐに終わった。

「よし、ンなもんか」

「急ごう。誰が来てもおかしくないよ」

 ユエの言葉にウィルソンは頷いて、彼女をまた抱き抱えて螺旋階段の部屋へ向かう。

 そして、2人は螺旋階段の場所へ入った。

「あそこだね」

 ユエは目の前にある扉を指差す。

 扉はやはりセキュリティロックが掛けられており、普通の人間には開けられない。ユエはアンジュの十字架クロスをそこへ翳す。すると、ピコンと音が鳴ってロックが解除された。

 扉を押し開けて、中へ入る。

「わぁ...!」

 そこに広がるのは、今まで見た事の無い程の大量な画面と台数、空調設備が整えられていた。こころなしか、ユエの心は昂った。

「.......あそこに」

 ユエはぐるっと見回してから、1番主力そうなコンピュータの席に下ろしてもらう。

 これでウィルソンはユエを送り届けるという仕事を終え、ゴキッと肩を鳴らす。

「じゃあ、俺は廊下に陣取るぞ」

「OK」

 ウィルソンはそのままコンピュータ制御室から出て行った。

 ユエは腰のポーチからUSBメモリを取り出し、差し込む。

「さて、と。お仕事開始っ!」

 気付かれぬまま、着々と神宮を【断罪天使】は飲み込んでいっていた。

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