嵐静 05

「...はー、やっぱり近くで見ると壮観ですねぇ」

「そうだね。俺も何度かここには、元相棒絡みで来てるけど、何度見ても凄い大きな建物だよな」

 次の日。クロウはノアに連れられて、これからしばらく警備をする事になった神宮へと足を踏み入れていた。

 このラファエロ市の中で最も大きい建物が、この神宮と言っていいだろう。市街地区ならどこでも、この神宮の四つ角に建てられている尖塔ミナレットを目にすることが出来る。

 庭だけでも屯所がゆうに3つは入ってしまいそうに、広い。庭師らしき男達が手入れしているのを眺めながら、クロウはノアの後へ続く。

 神兵達が身に付ける物と同じく、白を基調とした壮大な王宮だ。柱には金色の装飾が施されており、ドーム型の屋根のデザインの所々に、薄い青銅色で縁取られ、それが神宮の全てを引き締めるような印象を与えさせる。

「さ、中へ入ろうか」

「はい」

 ノアは門兵に軽く頭を下げ、十字架クロスを見せた。遅れてクロウも十字架クロスを見せる。

 門兵は2人が神兵である事を確認し、それから少しして、2人は中に入った。

 中もまた、荘厳な内装をしていた。白に金の紋様が彫られた手すりの階段が中央に伸び、そこから両脇にまた同じデザインの階段が伸びていた。天井には赤みを帯びた橙色の光を発するシャンデリアと、同色の照明で階段を照らすアンティーク調のランプシェードが付けられている。

 フリルがふんだんに使われたメイドが数人、淑やかな雰囲気を纏いながら、歩いている。普段屯所で目にする女性神兵達と何となく比較してしまい──、彼女らとは全く違うと思った。

 ノアは中央の階段を上がり、そこの扉を開けた。そこには屈強な男が弓を持った像が置かれ、反対側には剣を抱いた男が置かれていた。

 そして、上へと長く、長く続く螺旋階段があった。

「た、高いですね...」

「メイドさんとか、歩くの大変だろうな」

 これから自分達も、ここの最上階一歩手間に居る人間の元へ、この階段を使って行くのだが。

 ノアとクロウは、ほぼ同時に溜息を吐いた。


 2人は5分かけて階段を上り、目的の部屋へ辿り着いた。ノアは軽く息切れをしていた呼吸を整え、トントンとノックをした。

「入ってくれ」

 ノアが開けた扉の先、そこはエリアスの居る団長室と造りはあまり変わらない構造だった。違うのは壁が白い点くらいだろうか。

 そこのデスクの椅子に座った紫色の髪をした男─アッシュ・オルタナティスムは、ノアとその後ろにいるクロウの姿を一瞥し、目を通していたらしい資料を机へ置いた。

「久し振りだな、ナサニエル」

「お久し振りです、アッシュさん」

 ノアは笑みを浮かべて言った。クロウはノアのその笑顔が、とても作り笑いに近しい笑顔だと感じた。

「...彼は?」

「新しい相棒の、クロウ・ルーシャくんです」

「あ、えと......。お初にお目にかかります、クロウ・ルーシャと言います」

 クロウはそう言ってから、頭を下げた。

 そして、僅かに目を鋭く細める。

 彼が、アンジュから右腕を奪った張本人であるのだ。そう思うと、えも言われぬ苛立ちが胸の内に渦巻いた。

「ルーシャか。...知ってると思うが、俺がアッシュ・オルタナティスムだ。師団長をしている」

「はい、名前だけは聞いていました」

 クロウの応答にアッシュはこくりと頷いた。

「で、今日はどうしたんだ?」

「しばらくこちらで厄介になるので、一応報告しておこうと思いまして」

「報告は大切だ。ありがとう」

 アッシュは静かにそう言い、溜息を吐いた。

「どうかされたんですか?」

 思わずクロウはそう言っていた。

「あぁ、いや...。何でも無い。大丈夫だ」

 明らかに誤魔化すような発言だ。しかしクロウは特に言及せずに、「そうですか」と告げた。

 アッシュとクロウは知り合いでは無い。無駄に突っ込んだ事をすれば怪しまれてしまう。

「それでは、しばらくよろしくお願いします」

「あぁ」

 ノアとクロウは一礼して、扉を開けて出て行った。

「クロウくん、アッシュさんに初めて会うんだ」

「はい。何か...、凄く寡黙な人ですね。まぁ、騒がしい人よりはマシですけど」

「あはは、騒がしい人か!師団長がそんな人だったなら、大変だろうなぁ」

 ノアはケラケラと笑う。それから少し考えて、

「クロウくん、お酒は飲める年齢だっけ?」

「あー、いえ。来年は飲めてます」

 クロウがそう言うと、ノアは少し悩むように唸ったが、クロウの服の袖を掴んだ。そしてニコリと笑って、

「ついて来てよ」

「え、で、でも仕事っ」

「少し飲むだけだからさ!」

 クロウは嫌な予感がした。それも物凄く嫌な予感だ。


 最悪な事にそれは見事的中し、クロウはノアの絡み酒に付き合わされる羽目になった。


 ◆◇◆◇◆◇


「そっちには書いてあったー?」

「いえ、特には」

 アンジュはユエと共に、彼女の紙だらけの部屋でミカエラの弱点になり得そうな事柄を探していた。

 それを探す理由は、ユエの仮説によるものだった。

『ミカエラはこのユーピエル建国当初からの、生きる化石なのではないか』というものだ。

 つまり、今エリヤの横にいる彼女こそが、この国の人間が崇めている女神ミカエラなのだという仮説だ。したがって、普通の人間の倒し方では倒せないと踏んでいる。

「しかし、...本当に人間が長い年月生きられるんですか?」

「私も最初はそう思ってたんだけど、不可能じゃないんだって」

 ユエはそう言って、次の紙の束へ目を通す。

 ユエの中でこの仮説らが有力視されるようになったのは、彼女がリリーやスミスと出会った時に、〈黒藤の猫〉の情報収集の一貫として、彼らに外の世界を訊ねた時だった。

 かなり科学技術の発展した国に限られるが、志願を無視する程長く生きられる方法があるのだという。

 それが、人体冷却保存という方法と、ロボット化という方法だ。

「どういう方法なんですか?」

 外の世界をよく知らないアンジュには、それらは未知の言葉だ。勿論、数年前のユエも同じだった。

「人体冷却保存っていうのは、言葉の通りだよ。身体の細胞が死滅しないような温度の密閉空間で保存する。使われる場合は、現代の技術では治らない病気を次代の技術で治す為にっていうのが多いらしいね」

 しかし、この技術が今のユートピアの科学技術に全く受け継がれていない点がユエには謎であった。そこで、ユエがこの2つの仮説の中で特に有力視しているのが、ミカエラのロボット説だ。

「ミカエラがロボットならば、今まで歳をとらないのも頷ける。何故今まで何も音沙汰無かったのかは、恐らく断罪天使からの傷を癒す為だとすれば、すぐに理解出来るからね」

──いやー、それにしてもしかし。

 ミカエラの弱点に関する資料の記述は、一切無い。やはり口承で受け継がれていた時期が長い分、そういったミカエラ自身に不利になるような情報は廃れていくのだろうか。

「やっぱり、ぶっつけ本番なのかな」

 敵となる相手の情報は事前に仕入れておきたかったが、見つからないのならば、ミカエラとの戦いは当日のアンジュとクロウの実力にかかっている。

「...アンジュちゃん、やれる?」

 ユエはニッコリと笑って訊ねる。

 情報屋〈黒藤の猫〉は、決して他人になびかない。だが、今回は違う。ユエはアンジュの駒の1つとして、持ち場を動く。しかしそうなら、─誰かに協力し誰かの下に付くならば、その大将のこころの強さは知っておきたかった。

 アンジュはそのユエの意思を察した。

 そして、一言。


「やってみせます」


 しっかりとした声音で、アンジュはユエの意思に応えた。

 ユエはその声色に頷いて、目を通し終わった資料を机に置く。

「私達は作戦中は君の駒だ。好きに動かし、勝利に導いてくれ。それへ応えよう」

 ユエは隣の椅子に腰掛けるアンジュに、拳を突き出した。


「アンジュちゃん、私は君を、信じてる」


 アンジュはユエの笑顔に首肯し、その拳に自らの拳を合わせる。

「任せてください」

 必ずやってみせる。

 アンジュの目は、闘志に燃えていた。


 ◆◇◆◇◆◇


 その夜。

「どうでしたか?」

 アンジュはクロウの部屋で、恐らく最後となる予定の作戦会議をしていた。

「神宮の外回りの警備に当てられた。門より少し離れてる場所だ」

「成程...」

 アンジュは頷く。守護の家の人間として、神宮の警備は5年以上も前から行なっている。大体の位置は把握していた。

「...じゃあ明後日、作戦を決行しましょう。私が明日、他の皆さんへ伝えに行きます」

「頼むな」

 アンジュはこくりと頷いた。


「総力戦、ですよ」

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