嵐静 04

 カタリナ教会襲撃事件は、次の日の朝にラジオ放送は勿論の事、テレビ放映までされていた。

──当然の結果だけど。

 屯所の食堂に設置されたテレビを、クロウはパンを頬張りながら見聞きしていた。

 どのラジオ番組もテレビ番組もこればかり報道している。

 それもそうだろう。たった1日でほぼ壊滅状態まで陥り、更に第5師団の3分の2が軍事病院送りである。異教徒がとても恐ろしく、またここを襲った異教徒が桁違いの強さを誇っている事を、これでアピールする事には成功した。

 しかし、クロウはそれ以外にも疑念があった。

 いくら小さな教会とはいえ、監視カメラ等は付けられていなかったのだろうか。それにアンジュやウィルソンの声を聞いた人間が居たはずだ。それなのにも関わらず、報道のどれもこれもが『2人組の人間』としか言っていない。男と女の2人組と報道した方が、条件が絞られ早く捕まえられるだろうに。

「......裏工作されてるな」

 恐らく、アンジュの存在が市内中に知られては困るのだろう。勿論、国ではない。ダルシアン家の名前に、だ。だから情報を流さないように、ダルシアン家が裏で手を回しているのか。

 いずれにせよ、それによって助けられている。

「.........ここに、いたか」

 そこへ、相変わらず鉄仮面の表情なジルヴィアがクロウへ近付いてきた。

「あ、すみません。用事ですか?」

「ん、そう」

 こくんとジルヴィアが頷く。クロウは残りのパンを先程よりも早いペースで食べ切り、水で流し込んで「ご馳走様でした」と手を合わせて、それから席を立った。

「...で、用事というのは」

「新しく...、神兵の、......新入りが、入った......」

「っ!」

 それはクロウの新しい相棒となり得る人間が現れた事であり、ノアとの相棒関係の終結を理解した。

「準備出来ました」

「行こ.........」

 ジルヴィアに連れられるまま、クロウはエリアスの居る【第3団長室】へ向かった。


「や、昼食休憩中に申し訳ないね」

 エリアスはいつものようにニコニコと笑いながら、ジルヴィアとクロウへ手を振った。

 新入りの神兵が入ったとジルヴィアから聞いたのにも関わらず、そこにはエリアス以外には誰も居なかった。

「えと...、新入りだそうですけど...」

「あれ?それは明日の話だけど...。ジル、間違えて教えたの?」

「.........ごめん」

 どうやらジルヴィアの不手際だったらしい。が、用事があるのは本当であるらしいので、「大丈夫ですよ」とジルヴィアへ断りを入れた。

「で、用事というのは」

「断罪天使から、また手紙が来たそうだ。場所はまたカタリナ教会。今度は完全にぶっ潰すんだそうだ」

──流石、仕事が早いなあ。

 クロウは変わらぬ表情のまま、「そうなんですか」と静かに言った。

「そうなんですよー。で、一応カタリナ教会はこの屯所とも、また神宮に近い場所に位置している。だから、全師団が手分けして警備をする事になった」

 エリアスの巫山戯ふざけていた雰囲気は一変し、団長らしいしゃんとした雰囲気へ一気に変化する。

「神宮の警備には、第1・3・6・8・12で四方八方から防ぐ。カタリナ教会には、第2・5・9で周りや前回壊された場所を覆うように。残りは屯所の警備に当たる事になった」

「...俺は、ノア先輩について行ったらいいんですか?」

「お、察しがいいねぇ。そうだよ」

 どうやらノアとの相棒関係はもう少し続くようだ。

 クロウはそれから更に【断罪天使】迎撃作戦の作戦内容を頭へ叩き込んでいった。


 ◆◇◆◇◆◇


【第12団長室】と書かれたプレートの室内で、シェリーは大量の文書を読み『承認』の印鑑を押し、赤毛を三つ編みにした緋色の目の女性─ティリンスが、渡す場所毎に分別していく。

 その時、コンコンと扉がノックされる。

「...連絡あったか?」

 シェリーの言った「連絡」は、『ここに誰かが来るという電話が来たか』という内容だ。ティリンスは首を振るい、作業の手を止めた。それから腰の銀のナイフを手に取り、扉を開けた。

 いつもなら、ここでティリンスがナイフを投げ、訪ねてきた人間の驚く声が聞こえるのだが、それが無い。

 不審に思い資料から顔を上げると、

「......シズマ」

 ティリンスは敬礼して1歩後ろに下がり、彼を見ていた。そこには不機嫌そうに眉を寄せている銀髪オールバックの男─シズマが居た。

「ティリンス、少し席を外してくれるか?」

 シズマの言葉に、ティリンスは僅かに視線をシェリーへ向けた。

『外れても大丈夫ですか?』と言いたげな顔つきだ。シェリーは軽く目配せして『大丈夫だ』と合図すると、ティリンスはシズマに一礼して、外へ出て行った。

「...お前が、こっちに来るのは珍しいな」

「...昨日、お前はどこへ行っていたんだ?」

「......お前に言わなくちゃいけない理由が、私には無いように思えるんだが」

 余裕がある笑みで、シェリーはシズマの目を見る。シズマはつかつかと近づいて行き、バンッと机を叩いた。

 銀縁眼鏡の奥の双眸は細められ、怒気を含んでいる。

「アンジュに、会いに行ったんじゃないのか?」

「...だから何だ?」

 シズマは1歩も引かないシェリーに、溜息を吐く。

 騎士学校時代からこうだ。決して他の人間に内密にして勝手に作戦を進めていく。その最たるものが、誰かへのとんでもないサプライズだろうか。

 いずれにせよ、お互いで決めた『協力し合う約束』を彼女は破った。シズマは規範ルール破りが嫌いだ。だから、怒りを露わにしている。

「...何か、会話したのか」

「私がアンジュと会った事は、もう確定なんだな」

 ハッとシェリーは鼻で笑うが、頭ごなしには否定してこない。それはシズマの推測が真実である事を教える。が、シズマはそこを突っ込む事はしなかった。

「...別に。前に言った事があるだろ、知り合いの情報屋の事。アイツの所に行ってたのさ」

 それだけだ、とシェリーはそう言い切った。

「...まぁ、いい。それよりも【断罪天使】から、また手紙だ。これにはカタリナ教会を完全に壊すと書かれていたが、俺は恐らくこれは罠だと思っている」

「へぇ」

 シェリーがやや興味のあるような声を出した。どうやら、この手紙の件はまだ第12師団にまで行き届いていないらしい。

「アンジュらは確実に神宮へ襲いに来るはずだ。カタリナ教会は、他の仲間達にでも任せるのだろう。アンジュの恨んでいる相手は、決してエリヤ様の周りから離れはしない。引き剥がせないのだから、迎え撃つしかないだろう。少なくとも、俺ならばそうする」

 シズマの推測に、シェリーは茶々等を一切入れずに聞いていた。

 そして、口を開いた。

「シズマ...、私に協力して欲しい」

「...は?」

 今までの言葉等を無視して、シェリーはシズマへそう言った。

 シズマはまた訝しげに眉を寄せるが、何も言えなかった。力強い意思を持つ彼女の碧眼が、揺らいでいた。

 何かに迷うように、ユラユラと。

「......聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」

「...私は、アンジュの復讐を叶えてやりたいと思っている」

 シェリーはそう口にした。

「今までのあの子の努力を買えば、復讐を考えてもしょうがないと思う。だって、あのダルシアン家の家名を守る事しか考えてないクソ親父のせいで、アンジュは存在を隠されていた。だからこそ、少しだけでもアンジュの心を晴らして欲しい。でも...、」

 シェリーはそこで机へ目線を落とした。

「私は神兵だ、団長だ。それはつまり、神兵達の手本にならねばならないわけだ。そうならば、アンジュに手を貸してはいけないだろ。そうしたら、アンジュは魔女裁判にかけられる。それは嫌だ。でも、叶えてやりたいと思う。どうすれば...良いのか、分からないんだ」

 葛藤。シェリーの感情はたった二文字で現された。

 シズマは閉じていた口を、ゆっくりと開いた。

「...シェリー、俺がお前にする質問はたった1つだ」

「何?」

「自分がやりたいと思う方はなんだ?」

「私がやりたい方...」

「立場など関係ない。自分が選択すべき方を選べ」

 シズマの冷徹な声色に、不安の心に蝕まれていたシェリーの心は幾分か軽くなった気がした。

 シェリーのしたい事。団長という立場も、ダルシアン家の立場も関係ない。シェリー・マリアンヌ=ダルシアンの意思がやりたい方。

「アンジュを、助けたい」

「なら、そうすればいい。手伝ってやるよ」

「で、でも」

「うるさい悩むな」

 いつもとは違う逆転した立場に、シェリーは僅かに戸惑った。シズマは溜息を吐いて、シェリーの頭をぐしゃぐしゃと乱雑に掻き撫でた。

「お前は猪突猛進に進んでろ。そうすれば、見えてくるものもある」

 ウジウジ悩んでいるのは、シェリーらしくはない。傲慢かつ快活に、自分の思いで選択し勝利を獲得する。そんな彼女から元気さを奪ったら、シェリーは単なる人間へ変わり果ててしまう。

「...お前は、周りを見るな。周りを見るのは、俺の役目だ」

 だからこそ、彼女はそのままで冷静で愚直な程に生真面目なシズマがサポートしていたのだ。

 シズマの言葉に、シェリーは目を見張り僅かに肩を震わせて、やんわりとはにかんだ。

「ありがとうな......」

「あぁ?べつに大した事はしていない」

 シズマはそう言って銀縁眼鏡の縁をクイッと上げた。

「お前も俺も、敷かれたレールの上を歩いて生きてきた。たまには我が儘くらい、許されて当然だと思うが」

 子どもの言い訳のような口振りに、シェリーは少しだけ口元を緩めた。

「そうだな」


 ◆◇◆◇◆◇


「エリヤ様」

 紫色の髪をした全師団をまとめあげる男─アッシュ・オルタナティスムは、神宮の最上階にあるエリヤとミカエラの部屋へ来ていた。

 話す内容は勿論、これからの警備強化の件である。

 軽くノックをして、中へ入った。その瞬間、鼻を甘ったるい香りが駆け抜ける。何か嫌な予感にしたアッシュは、すぐさま二の腕で口元を覆い、その内にハンカチを取り出して、口元を覆い隠した。

「...あぁ、アッシュか」

 エリヤはくすみ澱んだ茶色い目をアッシュに向けた。その横には、彼の腕に自らの腕を絡ませて優美な笑顔を浮かべるミカエラがいる。

「エリヤ様...、この香りは一体」

「ミカエラが故郷で親愛なる男性へ送るこうだそうだ。取り寄せていた材料に手に入ったのでな、ミカエラに作ってもらったんだ」

「随分昔に母から学んだ時のことを思い出して、懐かしゅうございました。ありがとうございます、エリヤ様」

 そうですか、としかアッシュには言えなかった。それからはたと思い、

「お伝えすべき事があって参りました」

 用件を述べる。

「先日のカタリナ教会の1件にまた情報が。再度【断罪天使】なる者達がカタリナ教会を襲撃するとの旨。したがってカタリナ教会の警備を強化するのですが、万が一を考え、僅かながらこちらも警備を増やします。ここには入らないよう言いつけておきますが、もし警備の関係上入る人間がおりましたら、その時は多めに見てやってください」

「まあ......、恐ろしいですわね。賊というのは、どれだけ文明が発達しても変わらずいるものですのね」

 ミカエラは自身の細い両肩を抱いて、恐怖を示すように身体を震わせた。そんな彼女の頭を、エリヤは髪の毛を梳くように撫でた。

「大丈夫だよ...。いざという時には、命を張って君を守るからね」

 柔らかな、それでいて底の見えぬ何かを感じさせる笑み。戦闘以外では初めて、アッシュはゾッとした。

「...話は以上か?」

「...はい。では、邪魔をして申し訳ありませんでしたが、失礼致します」

 アッシュは2人へ一礼し、扉を開けて出て行った。

「ミカエラ...、それにしてもこの香りは良いな」

「えぇ。夫婦めおととなる男性の元に女性が花嫁道具の1つとして、この香りを持って行くのです。験担ぎみたいなものですが、夫婦仲が円満になるそうですわ」

 彼女の口から溢れる『夫婦』という単語に、エリヤは喜びを隠しきれなかった。

 今まで手に入れたことの無い美しい、紛うことなき性格も見た目も美人すぎる完璧な女性を手に出来るのだ。

 エリヤの視線に気づいたミカエラは、彼の視界を手で覆い隠した。

「エリヤ様、お気を付けて。私の目は生気が吸い取ってしまうんですから」

「あ、あぁ済まない。だが、君があまりにも美しくてな」

 エリヤの言葉に、ミカエラは目を丸くして、それからくすくすと笑い声を上げた。

「エリヤ様は本当にお優しい御方なのですね。私の恩返しも、まだ使っていませんし」

「まだ誰もミカエラを奪おうとしないからな」

 ミカエラを奪おうとする男が、エリヤにとって『排除すべき対象』だ。

 だが、エリヤが彼女を公務として様々な教会へ行く際以外には外へ出さないため、ミカエラを奪おうとする男どころか、ミカエラの存在を知りもしない人間も、この神宮内には少なくない。

「さて、そろそろ寝るとしようか」

「えぇ、エリヤ様」

 エリヤが立ち上がりトイレへ向かうその背中を、ミカエラは笑って見送った。

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