第五章 嵐静 -ランセイ-

嵐静 01

 朝の特訓をし終えた後、ユエやウィルソンと共に朝食を摂ってから、アンジュは黒縁眼鏡をかけて、外へ出かける。

 まず最初に向かったのは、スミスとクロエのいる鍛冶屋だ。

「すみません」

「はあーい!いらっしゃいませなので、...っ!アンジュっ!」

 栗毛に薄紫色のカチューシャをした少女─クロエは、アンジュの顔を見てぱあっと表情を輝かせた。そして腰へ抱きついてくる。

「どうしたのです?お店に来るなんて。...はっ、また手甲の制作なのですか?」

「少し違います。スミスさんはいらっしゃいますか?」

「お師匠様です?奥の鍛冶場ですの。ちょっと待っててくださいなのです」

 クロエはそう言って、店の奥へと駆けて行った。少しして、白いタオルで汗を拭き取りながら、鉄の匂いを纏ったスミスがやって来た。

「どうした、アンジュ」

「....少し、奥で話させてもらえませんか?」

 彼女の落ち着いた声音から余程の事だ、と察し、スミスはアンジュを手甲を作った時と同じように、店の奥へと招き入れた。そして3人が置かれているテーブルに腰を下ろす。

「少々お願いがあって、ここへ来ました」

「なんだ、また手甲か?」

 スミスの問いに、アンジュはふるふると首を振る。

「私達に助力して頂きたいのです。頼めませんか?」

「助力......?」

「私とクロウは、エリヤ様とその婚約者であるミカエラ様に刃向かうべく、作戦を企てました。しかし、私達2人ではそれを成し遂げるのは不可能です。ですから、助けて貰えませんか」

「...具体的には何をすればいい」

 アンジュは少し口を閉じ、それから開いた。

「暴れて欲しいんです。神宮で」

「っ!?」

 クロエが目を見開いて机を叩く。スミスは瞳を閉じて、口だけを開けた。

「作戦内容を話してくれ」

 アンジュはこくりと頷き、スミスにクロウと共に考えた最終計画を口にした。

 それをスミスとクロエは黙ったまま、静かに聞いていた。

 アンジュは身振り手振りを加えながら、懇切丁寧に、スミス達が理解出来るように話していく。

 それが終わり、ゆっくりとスミスは目を開く。

「...分かった、引き受けよう。その戦い、勝てそうだしな」

 スミスは口角を上げて笑う。その返答にアンジュはホッと息を吐いた。

「ありがとうございます」

「いいさ。元々宗教騎士団の過激なやり口は気に食わなかったんだからな。で、後は誰に頼みに行くんだ?」

「リリーさんと、トールさんです」

 スミスは『トール』という単語に目を丸くし、「成程」と告げた。知り合いなのか、と訊ねようと思ったが、深く詮索するのも良くないと思い、アンジュは何も言わなかった。

「リリーなら引き受けるだろう。大丈夫だ」

 スミスのその言葉にアンジュは頷き、「リリーさんの所へ行ってきます」と言って、席を立った。

「え、アンジュ。もう行っちゃうのですか?」

 寂しそうにクロエがそう言う。アンジュは僅かに肩を震わせて、しかしニコリと笑った。

「えぇ。行かなければ、やらなければならない事がありますから」

 アンジュはクロエの栗毛を優しく撫で、リリーが居るであろう洋服店〈Lily〉の元へ、アンジュは向かっていく。


「あらー、アンジュちゃん。久し振りに店の方へ来てくれたわねぇ。ささ、入って入って」

 いつもと変わらぬ体躯の良い身体を女物の服で着飾り、アンジュを見て微笑む。そして中へ引き入れた。

 アンジュとリリーは向かい合わせに座った。そこは、前にアンジュが強制ファッションショーを行なわされていた時に、車椅子でユエがいた場所だ。

「で、ただの用事じゃないわよね。どうしたの?」

「......分かるんですか?」

「目が、何かを決意した目をしているから」

 リリーはそう言って、頬杖を付いた。

 美しい女性がやれば華になる光景だが、分厚い化粧をした男がやると、若干の恐怖を抱く。

 アンジュは少し苦笑いをしながら、まずは最初の頼みを書いた紙を渡した。

「これらを、用意して貰えませんか?」

「んん?」

 リリーはそのリストをサラリと目を通した。そこに書かれているのは、何の変哲もない品物が書かれている。不思議に思う点は無い。

「......まぁ、少し日はかかるけれど、用意できるわ」

「お願いします。それと、次に...」

 アンジュはクロウと共に考えた最終計画をリリーに告げた。リリーは茶々を入れずに、黙ったまま聞いていた。

 アンジュが話終わった後も、リリーは黙ったままだった。アンジュは空気に耐えきれず、

「......お願い出来ますか?」

 訊ねた。

「......勿論よ。友人の為なら身を張って上げるわ!生憎と、ガタイだけはいいからね」

 決して綺麗ではないウィンクをバチンと、リリーはアンジュへ向けてした。アンジュはふわっと笑って、

「ありがとうございます」

 と言った。その様子に、リリーは豆鉄砲を喰らったような顔をする。その顔にアンジュは首を傾げた。

「...いや、アンジュちゃん。前に比べると表情筋が柔らかくなったわよね」

「...そう、でしょうか」

 アンジュは左手で両頬を交互に触る。

 あまり自覚は無いが、他人は身近にある1番正しい鏡だと言うし、リリーの言っている事はあながち間違いではないのかもしれない。

「...いい事よぉ。女が女らしくなるって事は。男はいくら頑張っても、完璧な女にはなれないからねぇ。逆も言える事だけど」

 リリーが言うと説得力があり過ぎて、アンジュは何も言い返せなかった。

「よし、それじゃあ次の人の元へ行ってらっしゃい。この紙の物は手に入り次第〈夢遊館〉に持って行くわね」

「っ!ありがとうございます」

 アンジュは深々と頭を下げた。リリーは慌てて頭を上げさせ、

「そんなに畏まらなくていいのよ。子どもはもっと傲慢に生きる事が許されてる存在なんだから」

 リリーは優しい笑顔でそう言った。

「さ、行っておいで。それがアンジュちゃんのすべき事でしょう?」

「はい」

 アンジュはまた一礼し、次なる場所へ向かった。


「おぉ、雪月花は上手く扱えとるかね、お嬢さん」

 続いて、アンジュはトールの元を訪れていた。

「はい、大分使いこなせています」

 トールはアンジュへカクテルを1杯勧めたが、アンジュは「未成年ですので」と丁重に断る。

「あの、トールさんにお願いがあるんです」

「なんだい?ウィルソンの知り合いなら儂の知り合いでもある。何でも言いなさい」

 トールは目を細めて、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「...〈片翼の使者〉のメンバーを、いえ〈片翼の使者〉の主導権を私に貸してくれませんか?」

「......詳しく聞こうか」

 トールの柔らかな言葉にアンジュはこくりと頷き、口を開いた。


 ◆◇◆◇◆◇


 昨晩の夜。最終計画をクロウとアンジュはラファエロ市の地図を広げて、印をつけながら話し合った。

「邪魔なのは、実力のある強い団長達と神兵。そしてセキュリティ関係だ」

 クロウの言葉にアンジュは頷く。

 最終的にはアンジュはアッシュへ、クロウはエリヤとミカエラへ復讐する事だが、まず第一に神宮へ侵入する事が目的だ。その為の邪魔な存在は、神兵達を率いる凄腕の団長達12人と、侵入を彼らへ知らせるセキュリティ関係になる。

「セキュリティ関係はユエさんに頼めば、恐らく全部破壊する事は可能だと思う。問題は団長達だな」

「...ですね。どうしたら良いでしょうか」

「...そこなんだよなぁ」

 クロウは唸りながらペンを数度回した。アンジュは顎を撫でて、地図を睨む。

 神宮には、セキュリティシステム他アンジュの家と同じく守衛の家の護衛者、神兵、師団長のアッシュが常に警戒をしている。恐らく、そこを破って全員を相手にしながら彼らへ襲いかかるのは、至難の技だ。どこかに彼らの視線を反らさなければならない。ならば、どこが良いのか。

 アンジュは赤い印の付いた神宮を睨み見る。そして、その近くにある主要施設を見ていく。

 屯所。名前だけならば、1番視線を反らすには適した場所かもしれない。しかし神兵達の集まり所であり、かつ団長達全員が存在する可能性の高い場所でもある。最悪の場合、団長12人全員に対し、協力してくれそうな最大限の人数で戦うことになったとしても──、彼らに勝てる見込みはほぼ無いに等しい。

 とすると、近くの教会をどこか1つ狙った方がいいかもしれない。どこが1番近いのだろうか。

 地図を見ながら、頭の中で神宮を中心として円を描きつつ、教会を見ていく。

 そして、1番近い教会に指を置いた。

「...どうした、アンジュ」

 アンジュの行動に、クロウは目を点にする。

「...ここ、襲えませんかね」

 そこは、クリミア教会やアリーリャ教会よりはやや劣るが、それなりに大きな教会である、カタリナ教会だった。アンジュは足を運んだ記憶は無いが、子どもの遊べる広場を持っているという噂を耳にした事があるくらいには、割りと有力な教会のはずだ。

「...いけるとは思うけど。何でここ?」

 クロウは不思議そうに首を傾げる。

「ここは屯所も近いですし、神宮も近い。ここを1度襲いましょう」

「.........目をここに向けさせる為に?でも、ここを襲う理由が」

「ここには子ども達用の広場があると聞いた事があります。私達は異教徒でしょう?『子ども達に最初から神を信じる思想を押し付けるな』とでもしておけば、ここを襲う理由にはなります」

「...成程な」

 クロウには、アンジュの言いたい事が何となく察せてきた。

「ここを1度襲う。それを失敗させる。そして、もう1度ここへ襲うという犯行声明を出す。ここに僅かながら人員が割かれる。その頃合いを狙うのか」

 アンジュは頷く。

「神宮へ忍び込もうとする輩(やから)はいません。ですからここから警備の人間は割かれるでしょう。そこで、〈片翼の使者〉の方々の協力を得ます」

「〈片翼の使者〉に知り合いでもいるのか?」

「ウィルさんの知り合いが沢山いるそうです。ですから、神兵のフリをするのを引き受けてくれる可能性は低くはないと思います」

「......アンジュって、意外と色々知ってるよな」

「どうも。...そして、ここは単に襲う訳ではありません。神兵をどれだけ重傷させるかが勝負の鍵だと思います。〈片翼の使者〉の方々が雇われるだけの理由を作らなくてはなりませんから」

「...あぁ確かに。今いる人数で防げるくらいなら雇わないな」

 アンジュの説得力ある作戦内容に、クロウはしきりに頷く。

「...俺は何すればいい?」

「神兵という立場ですから、私とウィルさんとでこれは決行します。クロウにはカタリナ教会を守るフリをしながら、建物の破壊をお願いします」

 クロウはこくりと頷き、そして重要な点に気付く。

「...ウィルさんの白髪、目立つよな」

「...そこはリリーさんに頼んで、髪の毛を隠せるような代物を頂きましょう」

 そこでアンジュは一呼吸置き、

「これは彼らと私達と私達の協力者で戦う、総力戦です」

 アンジュのその言葉に同意するように、クロウも頷いた。


 ◆◇◆◇◆◇


  アンジュの最終計画を聞いて、トールはゆっくりと口を開いた。

「なかなか面白いじゃないか。...勝つのは儂らか?」

「.........分からないです」

  アンジュの答えに、トールはにっこりと笑った。

「益々面白いじゃないか。是非とも協力させてくれるかの?」

  トールの答えにアンジュは深々と頭を下げて、「ありがとうございます」と数回礼を言った。

「いいのじゃよ。儂らも神宮へ手を出そうとしておったが、決定的な1打が無かった。しかし、今それが生まれた」

  トールは枝のように頼りない手をアンジュへ差し出した。アンジュはその手を取る。

「若い衆に声をかけておこう。何人くらい必要なのじゃ?」

「多過ぎても困りますが、それはトールさんに任せます」

「分かった」

  トールは楽しそうに目を細め、ギュッとアンジュの手を握った。

「やってやろうぞ、お嬢さん!」

「......はいっ」

  アンジュもそれを握り返した。

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