自芯 07

 いつもの朝の特訓にアンジュが持って来ていた新しい武器に、クロウは目を丸くした。

「アンジュ、それ何?」

「数日前、〈片翼の使者〉のご老人に頂いたんです。これは雪月花と呼ばれるもので、カタナという武具です」

「へぇ」

 クロウは初めて見るカタナという武器を、ジロジロと見てみた。確かにこの辺りで作られる剣とは姿形がまるで違う。気になりはするが、剣を上手く扱えないクロウではカタナは使えないだろう。それ以上の興味は抱かなかった。

「よし。じゃ、やるか」

「えぇ」

 アンジュは、腰に差しているもう1本のアリアドネを抜刀した。クロウもナイフを両手に構え、常磐の双眸を細める。

 そしてアンジュはクロウへ、突きを放った。

 いつもの回数分し終えた後、クロウは屯所へ向かう為に準備をし始める。アンジュはその背を見送ってから、アリアドネを鞘へ収め、今度は雪月花を抜刀した。

 雪月花を手に入れてから、アンジュはクロウとの練習が終わった後や休憩時間に、アンジュは雪月花を振るっていた。

 最初は扱いが分からず苦戦していたようだったが、だんだんと上達し始め、未だ斬撃は放てないものの、その姿は様になっていた。

 そんなアンジュの朝の様子を、ユエとウィルソンは扉の隙間から覗いていた。

「頑張ってるねぇ。本当に、何でも卒なく扱える子だ」

「本当にな。ある意味才能だろ。誰にも教えられずに新しい武器を扱えるようになれるのは...」

「...本当、頑張り過ぎなくらいだよ。逆に私が心配しちゃうなあ」

 ユエはアンジュの姿を見続けていた。

 自分の力を過信し、無茶をし過ぎた為にユエは下半身の自由を失った。

 ただでさえ片腕を失っているアンジュが、無理のし過ぎで更に何かを失ってしまうのではないだろうか、とユエは不安に思うのだ。

 アンジュの姿に、ユエは昔の自分を重ね合わせていた。

 ウィルソンはそんなユエの思いに気付き、彼女の髪の毛を梳くように撫でた。ユエは目を点にし、ウィルソンの方を向いた。

「大丈夫だ、アンジュなら行ける」

「......うん、そうだよね」

 ユエはコクっと頷いて、目を細めてしばらくアンジュの練習を見ていた。


 ◆◇◆◇◆◇


 いつものようにクロウはエリアスのいる団長室を開けると、いきなりエリアスに指を差された。

「クロウくんっ!今日は魔女裁判に出席してもらうよ」

 エリアスは朗々とした大きな声で、クロウへそう言った。

 魔女裁判。クロウはその言葉に僅かながら恐怖心を抱く。

 それはクロウらのような異教徒を裁くものだからだ。

「......魔女、裁判に...」

「そう!僕らの団員が異教徒を捕まえたらしくてね。で、君にもいい機会だから見てもらいたいし、経験も積んで欲しいからと思ったんだけど......どう?」

 クロウは答えに迷う。ここは断るべきでは無いのだが、あまり見たいとも思えない。少し心の内で葛藤した後、

「行き、ます」

「うん、その返事を待ってた。ノアくんには断りを入れておいたから、もう行こうか」

 エリアスは椅子から立ち上がり、左手を前へ突き出す。その手をジルヴィアが取り、手を引いて部屋を出ていく。クロウもその後を追った。

 屯所の階段を下りておりて、地下へ辿り着く。薄明かりのみで照らされる冷たい石畳の廊下を進んで行くと、扉が見えてきた。ジルヴィアが扉を開けたその先には、今までクロウの想像していた魔女裁判の場所とは、かけ離れていた。

 真ん中に鎮座するのは、恐らく異教徒が腰掛ける為の椅子だ。だが、その椅子にはどんな屈強な男でも振り解けないような拘束具が、その椅子の至る所に取り付けられている。その目の前のやや高い位置には十字架の彫られた木製の机があり、白銀のマントを羽織る男が立っていた。部屋の両端には傍聴席らしく、何席か椅子が置かれていた。

 エリアス達はその傍聴席に腰を下ろす。クロウもその横に座る。

「団長!来てくださったんですか?」

 壇上に居た男がエリアスへそう言う。エリアスは聞こえてきた方向へ首を向け、ニコリと微笑む。

「ま、新人くんの教育も兼ねて、ね」

 とだけ告げた。

 それからまたすぐに扉が開き、神兵2人に連れられて、1人の薄い茶髪の男が入って来た。

 2人がかりで椅子に座らせ、椅子に取り付けられている拘束具をその男の身体に取り付け、首輪の先を椅子の背もたれに付いていたフックに引っ掛ける。

 その作業をし終えた2人は、クロウ達の向かい側の傍聴席に腰を下ろした。それを見届けてから、壇上の男がコンコンと木槌を打ち鳴らした。

「それでは魔女裁判を行なうっ!」

 裁判が、始まった。

「男、名前を述べよ」

「.........はっ、お前ら全員俺の名前は知ってるんだろ?」

「いいから、名を名乗れっ!!」

「.........ジョセフ=チェイン」

 死ぬか生きるかの、自らの人生を賭けた裁判であるにも関わらず、薄い茶髪の男─ジョセフ=チェインは冷静かつ挑発的だった。その態度にクロウは1人感心する。

「ジョセフ=チェイン。君には我らが守護神であられる女神ミカエラを信仰せず、『神など存在しない』という妄言を幼い子ども達に説いたという容疑が......、つまり異教徒の疑いが掛けられている。これは真実だと認めるか?」

「......事実だろ。この世界に神なんていないんだよ」

 彼が言い淀む事なく言い放った言葉に、その場に居る全員が凍り付く。肌を刺すような空気へと雰囲気が変わった。

「何を、なんて事をっ!あぁ......、神がお怒りになる前に謝れっ!」

「誰が謝るかっ!」

 身を乗り出したジョセフを、ガチャンと冷たい音を鳴らして拘束具が制限する。

「神がいるなら、何であの子達に食い物を、寝る場所を、人並みの幸せを与えない!?親の勝手な都合で売られたあの子達に、どうして神は人並みの幸せを与えようとしない?!お前らは自分の都合の良い今の状況を保ちたいだけだろう?!これからの未来を生きる子どもらをないがしろにして、それで信仰しろ?ふざけるのも大概にしてくれっ!」

 ジョセフはそこで一呼吸置き、壇上の男を睨み上げる。

「神もお前らも、単なる偽善者だっ!!」

 クロウはその男の魂からの言葉を聞いて、理解する。

 彼は最期の命の灯火を賭けて、たった1人で、ラファエロ市に、国に、反旗を翻しているのだ。自分の為ではなく、子ども達の為に。

 エリアスがクロウを気遣ってか、「耳を塞いでもいいよ」と声をかけた。しかしそれは断っておいた。

 何故かこれは聞いておかないといけないような、そんな気がした。

「あぁあぁ...、異教徒として完全に堕ちたのか...。哀れな人間よ」

「子ども達を救わない神なんて、祈ったって無駄だろうが」

 ハッとジョセフは壇上の男の言葉を鼻で笑う。

 傍から見れば強がりでしか無いのかもしれない。だが、クロウから見る彼は、自らの言いたい事をハッキリという、勇ましい英雄に見える。

 自らの意思に従って行動し、決して曲げない。

「ジョセフ=チェイン。君は魔女裁判により即刻死刑だっ!!」

 かなり憤怒している壇上の男は、ガンガンと木槌を鳴らしながら、ジョセフへそう告げる。彼は顔色1つ変えず、その宣告を受け入れた。ただ1つ彼のした事と言えば、壇上の神兵の男を見ただけだ。

 怒りなどを感じさせない静かな─あぁ、お前には分からないんだな、と哀れんだ瞳だった。

 男は最初連れて来た神兵2人に連れていかれた。後に残ったのは、形容し難い異質な空気感だった。

 それがたった1時間にも満たない裁判の時間に、1人の男がこの世界に与えた衝撃だった。

「いやぁ、団長にはかっこ悪い所をお見せしてしまいました」

 壇上にいた神兵は、頭の後ろを掻きながら下りてきた。

「大変だったね、お疲れ様」

「...団長、俺、こっちです」

「あ、そうなの。もー、ジルってば。ちゃんとやってよねー」

「..................善処する」

 彼らの言葉を耳にしながら、クロウはジョセフの出て行った扉を、じいっと見つめていた。


 それからはノアがいなかった頃と同じ業務をクロウは続けた。本当はノアと共に街の見回りへ行こうとしていたのだが、彼は別行動をしているらしく、この業務をする事になっていた。

『......事実だろ。この世界に神なんていないんだよ』

 ジョセフの言葉が頭を掠めた。

 クロウも異教徒である。どこかで作戦を失敗すれば、魔女裁判にかけられる身の上だ。

 あそこまで自分の意見を堂々と言えるだろうか。保身に走りはしないだろうか。あの人のような後悔しない人生を送れているのだろうか。

「...クロウくん」

「............クロウ」

 2人の声が耳に入り、呼ばれていた事に気付いた。

「ふぁっ!!?あ、えと、すみません」

 慌ててクロウは頭を下げた。エリアスはふうと1つ溜息を吐いて、

「...クロウくん、君にも1つ言っておくね。...一応、魔女裁判を見た人間には僕はずっと言ってるんだけど...。彼らの考えに感化されないでね?」

 エリアスはクロウへそう告げた。

「え、と...?」

「時々ね、神兵から異教徒に成り果ててしまう哀れな心の弱い人間が居るんだよ。魔女裁判のやり方に耐えられない、彼らの方が正しいんだ、ってね。ま、そういう人間だからこそ、一般兵のまんまで団長を勤められないんだよね」

 エリアスはケラケラと笑って、軽く小首を傾けた。

「クロウくんは、そんな子にならないでね」

「...分かってますよ」

 クロウは薄笑いを浮かべて、団長室から退出した。

 このまま1人で見回りの仕事に移ろうかとも考えたが、規約違反になってしまうとも考えた。1人で早めに帰っても問題ないだろう。クロウは1人でそう納得し、西口から外へ出る。

 帰り際、クロウの頭を掠めて膨らんでいくのは、幼い頃のクロウだった。

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