自芯 05
「どうしたんだよ、アンジュ」
「へ......?」
最早日課になりつつある朝の特訓。
それをし終え息の上がった状態で、クロウは今日のアンジュのおかしさを口にした。
「何かいつもより突きが雑というか、変になってる?って言えばいいのか...。何か、そんな感じがした」
「......そう、ですか。失礼しました」
「いや、責めてるわけじゃないから!」
深々と頭を下げるアンジュに、クロウは取り繕うように慌ててそう言う。
昨日の出来事を忘れ切れずに、アンジュはまだ引きずっていた。
「...何かあったんなら、聞くけど。アンジュが困ってるなら力になるからさ」
「...ありがとうございます。でも、特に何も無いので」
「そっか。....アンジュはあんまり自分の意見を言わないからさ。何かあったんなら、いつでも言えよ」
クロウはそう言ってニヤッと笑った。そして、アンジュの横を通り過ぎ、家の中へ戻っていった。
「クロウ.........」
初めてかけられた言葉だった。
まるで腫れ物のように扱われ、『アンジュ・リティアナ=ダルシアン』の名前は出来る限り目立たないよう隠された。
故にアンジュの意見等は存在しなかった。全て親の独断、家名を汚さないようにする為に、アンジュの人生は動かされた。それでもアンジュは自身の誇りある名前を大切にした。何があろうとも、血縁だけは切れない絆だから。
どれだけ存在を隠されようとも、彼女の持つ金髪、それこそがダルシアン家の誇りを示すからだ。
「.........少し、落ち着かないと、ですね」
アンジュは息を整えて、更に10回程突きの練習をした後に、中へ入った。
クロウは既にシャワーを浴び終えており、ウィルソンの手伝いしていた。アンジュは何も言わずにシャワーを浴びに行く。
シャワーを浴び終えて外へ出ると、クロウはもう出ていた。
「...クロウはもう行きましたか」
「おー、アンジュちゃん。今日も朝からお疲れ様。うん、もう出て行ったよ」
ユエの言葉にアンジュは頷いて、部屋へ戻って服を着替え始めた。
そして、〈夢遊館〉の手伝いを始める。
◆◇◆◇◆◇
クロウは支給された白の軍服に身を包み、マントを羽織って十字架を付けて西口から中へ入った。
いつものようにエリアスとジルヴィアの居るであろう団長室にノックしてから入る。
「はーい」
呑気なエリアスの声がして、クロウはその扉を開ける。
「あれ?」
中に居たのはエリアスとジルヴィア、そして神兵になる為の試験の際に手合わせしたノア・ナサニエルがそこに立っていた。
資料でも運びに来たのだろうか。他の団員が別の師団の管轄場所に居るのは、大体がそういった理由が多い。
しかし、ノアの手元にはそういった資料等は一切無い。別の、何らかの理由があるのだろうか。
「久し振りだね、クロウ・ルーシャくん」
ノアはにこやかに笑って、クロウへ声をかけてきた。
「えと...、エリアスさん。これはどういう事ですか?」
クロウは1番この状況を理解出来ているであろうエリアスへ、声を掛けた。
「ノア・ナサニエルくん。今日から君の相棒になる男だよ」
実にあっさりと、にこやかに、エリアスはクロウへそう告げた。クロウは目を見開いた。
聞いた話では、同じ師団の中で相棒関係を結ぶのだと聞いていたが、ノアとクロウでは師団が異なる。
そこにおかしさを感じているのをエリアスはすぐに理解し、言葉を足した。
「実はね、君が師団に入った事で、この第3師団は奇数になってるんだ。つまり、君と相棒関係になれる1人の人間がいないんだよ」
そこまで言われてクロウは理解した。
クロウは新入りで奇数になっている為、他の師団から人間を取る─或いは他の人間を第3師団に受け入れない限り、相棒を組める人間がいない。それが、アンジュを失ったノアと奇しくも同じ状況となったのだ。だから特例という措置で、2人の相棒関係が認められる運びになっているのだという。
「ノアくんは宗教騎士団の中でも、かなり優秀な人材だからね。クロウくんが学ぶべき所を沢山持ってると思う。ノアくんも、クロウくんに抜かされないように頑張って」
「はい!」「は、はい!」
ノア、遅れてクロウと返答する。
「よろしくね、クロウくん」
「あ、は、はい!よろしくお願いします、先輩」
クロウとノアはぎこちなく握手を交わした。
その初々しそうな雰囲気を感じ取り、エリアスは微笑ましそうに数度頷き、「素敵だ素敵だ」と呟いている。ジルヴィアは一言も発さず、ぼうっとその光景を眺めている。
「じゃあ街の見回りでも行こうか」
ノアはクロウにそう提案し、クロウは頷いた。
「いってらっしゃいー」
「.........気を付けて」
2人に見送られながら、クロウとノアは街へ繰り出した。
街の見回りの移動には馬車では無く足を使う。異教徒を見落としてはならないからだ。しかし、歩いている間が無言、とにかく無言である。
クロウは何か場を持たせなければと、懸命に話題を考える。
「あ、あの、俺まだなりたてのヒヨッコなんで、あの、聞いてもいいですか?」
「な、何かな?俺もその、前の相棒にちょっと頼り気味な所があったから、あんまり上手くアドバイス出来ないかも知れないけど」
ノアは頭を掻きながら、そう言った。
「異教徒とそうでない人の見分け方って、あるんですか?」
これがもしあるのならば、次から街で過ごす時に気を付けよう。クロウは8割方の下心を含ませて訊ねた。
「...んー、そうだね。やっぱり俺達を見るとそそくさと挙動不審になるし、やけに喧嘩早い面をしてる人が多いかなぁ?俺達は証拠が無い限り、捕縛出来ないんだけど」
「え、そうなんですか?!」
その事実には驚きだ。宗教騎士団はそういった強行権を持っているとばかり思っていたからだ。
「あまりに怪しい人間だと、裏付けが取れればすぐに捕縛出来るけどね。割りと稀なんだよ」
「へー」
ノアは後輩に先輩らしく教えられた、と喜び、クロウはいい事が聞けたとホクホクした思いをしていた。
その時、クロウの目の端に数人の男が何かを追うように走っているのが見えた。
何となく、クロウの胸の内がざわつく。
「あの、すみません。あっち見てきますっ!」
「え、ちょ、クロウくんっ!?」
ノアの声も聞かず、クロウは彼らの入っていった路地へ駆ける。路地に入った瞬間、クロウは腰のナイフを手に取り、辺りを警戒する。少しずつ進んで行くと、
「これは儂のもんじゃ!」
「うるっせえ!さっき肩にぶつかってきたんだからよぉ、その詫びに俺らにこんくらい渡すのは普通だろうが、あぁん?!」
「ぶつかってなどおらん!貴様らの勘違いじゃっ!」
「ンだとこのボケ老人っ!」
「儂はまだ56じゃ、ボケとらんわい!少なくとも貴様らよりはのう!」
朗々とした老人の声と、複数人の若い男の声。先程クロウが目に付いた人間達で間違いなさそうだった。
しかし、
「...あの爺さん、強くね?」
声を聞く限りでは、若い男の集団相手に1歩も引いていない様子だ。普通の老人ならば、恐ろしがって─或いはあっさりと強奪されて、泣き寝入りになりそうなものだが、奪われぬようにしっかりと抱き抱えてでもいるのだろうか。
老人の意思に軽く感服しつつ、クロウは隠れていた路地から飛び出した。
そこには枝のように細い杖をついた白いローブの老人と、その人物を囲む5人の男達。
「宗教騎士団だ、老人相手に何をしているっ!」
クロウのその言葉に、そこにいる一同は目を大きく見開いた。
当然だろう。逮捕されれば即刻死刑に出来る機関に所属している人間に、目を付けられていたという事実を、彼らは突きつけられたのだから。明らかに
「やべぇぞ」「でもアイツ見てみろよ、新入りっぽいぞ、そんなに強く無いんじゃねぇの?」「かもな」「いけるんじゃね?ひょろいし」
クロウの、主に容姿を貶す言葉が耳に入ってくる。しかし、クロウは何も言い返さずにただただ見据える。
その内の1人がクロウへ近付いてきた。
「なぁ、お坊ちゃん。殴ったりしねぇから見逃してくれよぉ」
ねっとりとした厭らしい男の声に、クロウは僅かに眉間にしわを寄せ、男の手の甲を切りつけた。
「人の話聞いてんのか?さっさと手を離せよ、弱虫共」
クロウのドスの効いた声に、男達は震え上がる。そしてあっという間に去っていってしまった。
追いかける事も考えたが、人命保護が先だと思い、老人へ近付く。
「大丈夫ですか?」
「おぉ...、ありがとう若者よ。先程の人間どもとは大違いじゃのう」
老人は杖のついていない手をクロウへ差し出した。クロウは少し目を丸くして、それから握手を交わした。
「きっと良い人間になるじゃろう。ありがとう、若き英雄よ」
老人はそう言って杖をコツコツと鳴らしながら、去っていってしまった。
「クロウくーん!」
そこでようやく、クロウを見つけたノアがやって来た。
「全く、路地裏は迷路みたいになってるんだから。...見つけられて良かったよ」
ノアははぁっと溜息を吐き、クロウは「すみません」と頭を下げた。
「まぁまぁ、いいよ。次からは気を付けてね。...ところで何を追いかけてたの?」
クロウは先程まで起こっていた出来事を端的に話した。流石に男を切りつけた事は言わなかったが。
「成程ね。クロウくん、よく周りが見えてるね凄いよ」
ノアの賞賛の言葉にクロウは照れ笑いして、そうでもない、と断りを入れておく。
「さて、見回りを続けようか」
そうしてノアとクロウは見回りを続ける事にした。
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