自芯 03
その日の夜。クロウとアンジュの2人は、クロウの相変わらずの小汚い部屋で作戦会議を行なっていた。
「クロウ、所属はどこになったんですか?」
「第3師団だ」
アンジュはクロウの発言に目を丸くした。アンジュのその反応に、クロウは首を傾げる。
「何か問題でもあるのか?」
「いえ.........。端的に言うなら、そこの団員達の気質は私、少々苦手で...」
そうだろうか、とクロウは思うが、アンジュからすると苦手なのだろう。クロウは特に何も言わなかった。
「...エリアスさんは、宗教騎士団の中でもトップを争う実力者の1人です。彼はその身体能力が買われて、第3師団団長の座についています」
「身体能力...?ウィルさんみたいな?」
「そうならば、異教徒として即刻逮捕ですけど」
「......分かってるよ。じゃあ何だよ?」
クロウは不貞腐れて、ぶっきらぼうに声を上げる。
アンジュは辺りをキョロキョロと見渡し、求めている物が見つからずに、結果クロウへ訊ねた。
「ストップウォッチ、ありますか?」
クロウはアンジュの頼みに少し考え、ゴソゴソと足元を探し始めた。少しすると、クロウは埃で汚れた黒いストップウォッチを見つけ出した。パッパッ、と埃を払ってからアンジュへ手渡した。
「今から私が5秒間で止めますね」
アンジュはそう前置きして、スタートをカチッと押す。
1、2、3、と心の中で数えて、5になった瞬間、ストップウォッチのボタンを押す。時間は5.16秒。ややズレてしまっている。
「......えと。それが、なんだ?」
「クロウはこれを、常にいつも、どういう状況であろうとも、5秒で止められる自信はありますか?」
「え、は?」
クロウはアンジュの質問に少しばかり考えた。
何回もしていいという条件付きであるならば、何とか出来るかもしれない。しかし、いつもいつもとはいかないのは確かだ。
「...無理だと思う」
「ですね。私も無理です。ですが、そんな神業をやって見せるのが、エリアスさんなんです」
エリアス・ジノヴィオス。彼は異常な程に体内時計が正確な男だ。
時間は勿論、方角・角度・歩数の計算等など、彼は全て正確に計る事が出来るのだ。
故に、目隠しをしていても方角さえ言われれば、その方向へ攻撃をする事も可能であり、どのくらい傾けばいいのか教えられれば、それだけ身体をきちんと傾けさせられる。その正確さ故に、他の団長達より戦闘能力がやや低くとも、第3師団の団長を任せられるだけの実力者となっている。
1度、アンジュは彼の神業を見た事がある。包帯で両の目を覆っていながら、彼は撃ち込まれる500発の実弾を全て躱しきった。
あの時に感じた彼への畏怖は、しっかりとアンジュの心に残っている。
「手強い相手ではありますね」
「ていうか、何にせよ団長皆やばいんじゃないのか?」
「まぁ、あのクラスは最早化け物ですよ。私が何人束になったら勝てるか...、という感じですね」
「マジかよ」
「ちなみにそのトップが......、アッシュさんですよ」
クロウは顔を顰める。アンジュはギュッと拳を握った。
「これはまた...、考えなくちゃな、復讐方法を。神宮に襲撃に行っても、団長達が来たら、ひとたまりもないだろうな」
「そう...、ですね」
クロウとアンジュはそれから明日からの特訓の話をし、アンジュは自室へと帰った。
髪の毛を縛るゴムを解き、机の上に置いて、アンジュはベットへ倒れ込む。
もう〈神隠し〉に遭ってから1ヶ月半が経過している。ここでの生活にも慣れ、優しい人間に囲まれ、生きていく分には何も困っていない。
だが、日に日に募っていくのはアッシュへの怒り。
何故右腕を奪ってきたのか。どうして信者である神兵のアンジュがこんな目に遭うのか。
──もしかしたら、
神などという存在は、いないのではないか。人間が創り出した偶像なだけで、本当にいないのではないか。
「.........でも」
そうだとしたら、何なのだ。もうアンジュの右腕は生えてこないし、エリヤを護る守衛の家のトップを目指していたアンジュの夢も失われた。普段は厳格で滅多に褒めない父に認めてもらいたかったし、女性師団を束ねる義理の姉であるシェリーと肩を並べたかった。
だが、そんな彼女の思い描いていた甘い夢は、たった一夜にしてあっさりと打ち砕かれた。
「アッシュ・オルタナティスム......」
アンジュはアッシュのフルネームを口にし、ギリッと歯噛みした。
それは人生において初めてアンジュが見せた、憤怒の表情だった。
◆◇◆◇◆◇
アンジュはいつものように日の出とほぼ同時に起き、クロウを起こして朝の特訓を始める。
寝ぼけ眼で初日は受けていたクロウだが、これから一線交えるかも知れない相手が強敵であるという事を考慮し、昨日よりは真剣に受けていた。
それからシャワーを浴びて、朝食を摂り、ウィルソンの朝の仕込みの手伝いをしてから、屯所へ向かった。
今日は昨日エリアスやジルヴィアに言われた通り、西口から入り2人が居るであろう団長室へ向かった。
3度ノックして、
「失礼します」
と言って中へ入ると、奇妙な事になっていた。
ジルヴィアが両手を広げて片足で突っ立ち、その横でエリアスが似たような格好をしていた。奇妙な光景以外の何物でもない。
「なに、してるんですか?」
「お!その声はクロウくんだね?君もやるかい?今朝ラジオで聞いた健康法だそうだよ!」
「...あぁ、遠慮しときます」
「そう」とエリアスは悲しそうにそう言い、それから「そうだ!」とハッとする声を上げた。
「ジル、昨日の夜来たアレをクロウくんへ渡してあげて」
「.........了承」
ジルヴィアは奇妙な体勢を止め、部屋の隅に置かれたあまり厚みの無いダンボールを持って来た。それを中央のテーブルへ置く。
「開けてごらん!」
エリアスに促されるまま、クロウはダンボールを開けた。中には白銀と輝くマントと
「君の支給品だよ」
「あ、ありがとうございます」
クロウの嬉しげな声にエリアスは満足げに頷いて、「羽織ってみなよ」と促す。クロウはマントを付け、左襟の少し下に
「...............似合う」
「ど、どうも」
「ここに更衣室は無いから、明日着ておいで。今日はそれで行動していいから。で、今日はジルの手伝いを頼むよ」
「はいっ!」
クロウはチラリとジルヴィアへ視線を向ける。相変わらずの鉄仮面で何を考えているかは分からないが、昨日の別れの出来事もあり、クロウは初めての仕事にはなるが落ち着いていた。
「.........ついて来い」
「はい」
クロウとジルヴィアは仕事を開始した。
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