鏡花 06
次の日の朝。開店前のカフェ〈夢遊館〉には、4人の男女が座っている。
アンジュ、クロウ、ユエ、ウィルソン。彼らの手には思い思いの好みに合わせてユエが作った、コーヒーの入った白いカップを手に持っていた。
「ラジオ入れるよー」
ユエはそう言って部屋から持ってきたラジオの電源を入れ、波数を合わせる。少ししてからノイズ音混じりに女性の声が流れ始めた。
『....は、次のニュースです。昨日未明、ラファエロ市西地区最大の教会、クリミア教会で火災事件が起こりました。幸いにも民家への被害は無く、教会も最上階のみが焼けた為、民間人への被害はありません。消防隊長の話によりますと、「人為的発火の可能性が見られる」と発言しており、何者かの犯行だと考えられています。また、今回の事件により、警備にあたる宗教騎士団第一騎士団の数名が何者かによる怪我を負っていたという事も判明しており、益々人為的事件だと疑われています。この事件に対して、ラファエロ市を治められているエリヤ様が発言されています』
『今回の事件は痛ましい事件です。宗教騎士団の人間のみだったから良かったものの、人のいる昼の教会で行なわれたとすると、凶悪な犯罪者と言えるでしょう。そんな異教徒を我々は逃しません。警察、宗教騎士団が結束して、1日も早く犯人を捕らえたいと思います』
そこでユエは電源を切った。
「なかなか首尾は良好じゃないかな?」
「だな。悪くはねぇだろ」
「これからどう動くのか。それで進め方が変わるな」
「はい、そうですね」
4人はそれぞれコーヒーの注がれたカップを掲げ、カンッと音を鳴らす。
それは、まるでこれから始まる戦いに対しての始まりの鐘のように、店の中に鳴り響いた。
◆◇◆◇◆◇
「ナサニエル。傷ついた身体を休めよ、とエリヤ様からの御達しだ。よって、1週間の休暇を許可する」
「ありがとうございます」
頭に包帯を巻いたノアは、師団長室の高級感溢れる黒いソファに腰掛けるアッシュに一礼した。
「要件はそれだけだ。下がっていいぞ」
「はっ。...あの、アッシュ師団長。1つ質問をしてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「...アンジュ・リティアナ=ダルシアンは、〈神隠し〉に遭ったんですよね...。本当に」
「...どういう意味だ?」
アッシュの不可解そうな口振りに、ノアはハッとする。上司に当たる人物に何を訊いてしまっているのか、と。
「す、すみません。妙な事を訊いてしまいました」
ノアは慌ててアッシュに頭を下げた。
「いや。君の気持ちは察する。相棒として長年やっていた人間が〈神隠し〉に遭い、幼馴染みであるアルバース第一団長の大怪我による入院。せめてこの休みで身体め心も癒してくれ」
「...ありがとうございます。失礼します」
ノアは踵を返して師団長室から退出し、自室へと向かう。
部屋へ入り、ノアはベットに倒れ込む。目を閉じれば、昨日の光景をまざまざと思い出される。
謎の男に気絶させられる寸前。確かに見た瑠璃色の瞳。あれは間違いなくアンジュの目であった、と。騎士学校で長年刃を交えてきた間柄だ。見間違うはずもない。
しかし、アッシュは〈神隠し〉だと信じている。
「...やるしかない、か」
ノアは決心した。
アンジュは本当に〈神隠し〉に遭ってしまったのか。そもそも〈神隠し〉は現実に起こっているのか。全てを調べれば、心の整理にもなり、ケジメを付けられるはずだ。
ノアは明日、貧民街へ出る事にした。
ラファエロ市東地区東貧民街。確かそこは、情報屋の多い街だと聞いた記憶がノアの脳内にはあったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます