鏡花 03
店に着いて、アンジュはカウンター席に、ユエはウィルソンに車椅子から下ろされ、カウンターに用意されている特設の席に、ユエを下ろし終わったウィルソンはアンジュの横に座った。
「んー...、まずはウィルの事だよね」
ユエは少しだけ顎を撫でた。そしてパチンと指を鳴らす。
「ウィルはね、吸血鬼っていう種族の人なんだ」
「人じゃねぇ。...化け物と大差ねぇよ」
ウィルソンはそう言って、アンジュを見た。
「吸血鬼って言われたら、何を想像する?」
「え、えと...。光に弱い、とかにんにく嫌いだとか...。あ、心臓に杭を刺さない限り死なないと聞いた事があります」
アンジュのふわふわとした曖昧な解答にウィルソンは頷いて、彼女へ説明をした。
ウィルソンを含む吸血鬼という種族は、根本的には人間と同じだ。
寿命もあり病気で死ぬ事も、誰かに殺されてしまう事もある。自殺も出来る。ただ、人間よりも身体が強く寿命も長く、食事に血液を要する為に、人類と区別されたのだという。
その吸血鬼の代名詞とも言える吸血も、3ヶ月に1度取れば、吸血鬼の力を損なうことはない。また、それだけの血液でも充分に生き長らえられる。
ウィルソンの口から語られる真実は、教会から貰う異教徒について書かれた本とはまるで違っていた。アンジュは今までの常識がどんどんと変化していくのを感じた。
「あと、吸血鬼の中でも3つの特化した能力毎に分けられる。1つは吸血鬼の中でも長寿や回復力に特化した〈
「そして、吸血鬼のもう1つの特徴!これが少々厄介と言えばそうなんだけど...。ウィル達は人間の血液の中でも好みがある。人生の内に遭遇しなければどの血を飲んでもいいんだけど、身体に適する血を持つ
「見たことは無いが、適応者を無くして自滅した仲間もいるらしい。まぁどうであれ、ユエには生きてもらうからな」
「......そうだったんですか」
人間よりも遥かに多い制約の中で、彼らはひっそりと懸命に生きている。それなのに、何もせずに過ごす彼らを異教徒として排除しようと人間は動く。アンジュはゆっくりと息を吐き、
「宗教騎士団を代表するような人間ではありませんが、代わって謝罪させてください。申し訳ありません」
「アンジュちゃんが悪いわけじゃないんだから、謝らないで。ね?」
「別に、不幸だと思った事もねぇしな」
ウィルソンはそう言って、軽くアンジュの額を小突いた。じんわりとした痛みがアンジュの額を伝う。
「アンジュの責任じゃねぇだろ。謝んな」
ぶっきらぼうな物言いで、ウィルソンはそう言う。アンジュは初めてかけられたそんな言葉に目を見開いた。それから少しだけ口元を緩め、小さく「ありがとうございます」と言う。
「ウィルもキザだなぁ!でも、アンジュちゃんの笑顔が見れたからよし、って事で」
「お前は一言多いんだよ」
ユエの茶化した言葉にすぐ噛み付くウィルソンに、アンジュはまた口元を押さえて笑う。
「ただいまーって、なにしてんの?」
そこへ、クロウが帰ってきた。その手にはユエの身長程ありそうな丸められた用紙を抱えていた。
「お帰りなさい。どうしたんです、その紙は」
アンジュに訊ねられ、クロウはニヤリと笑う。まるで聞かれるのを待ってました、と言いたげに。
「これから作戦立てるのに必要なもんさ!」
クロウはそう言って用紙を広げた。が、
「クロウ、お店に邪魔だから、上に上がって広げてくれる?」
ユエにそう言われて、クロウは悲しげな顔をしながら用紙をまた丸め直し、
「アンジュ、俺の部屋に来て」
と言って2階へ上がっていった。
「アンジュちゃん、行ってきていいよ。作戦会議、しておいで」
ユエにそう言われ、アンジュは少し頷いてクロウの後に続いて上へ上がった。
アンジュは部屋の向かい側にあるクロウの部屋へ入った。
彼の部屋の間取りはアンジュの部屋とほぼ同じだ。唯一違うのは、片付けられていない点だけだろう。
クロウは机の上に置かれていたものを床に全部ぶちまけた。アンジュはそれを気にするが、クロウには気にした様子は無く、彼の持ってきていた用紙─市内地図を広げる。
「突っ立ってないでここに座れよ、アンジュ」
「え、えぇ」
アンジュは踏み場の無い床を、こけないよう慎重に歩きながら、ベットに座るクロウの隣に腰掛けた。
「俺達のいる〈夢遊館〉はここ。この東地区東貧民街の海側になる。で、復讐相手はこの神宮に住んでるわけだ。その近くのこの海辺のアリーリャ教会からお前は突き落とされた...って事で合ってるな」
「えぇ」
クロウは納得したように頷き、アンジュの方へ向く。
「......アンジュ、復讐したいから神宮に突っ込むって俺が言ったら、お前はどうする?」
「...宗教騎士団の団員に加え、私の家柄のような守衛の家の人間が常に目を光らせている場所に突っ込むわけです。恐らく、死にに行くようなものでしょう。お薦めしませんね」
「俺もそう思う。流石に馬鹿だ、ってな。だから、最初は周りからジワジワと切り崩していくつもりだ」
クロウはそう言って、神宮のある場所に赤いバツ印を付けた。
「アンジュ、この国はミカエラ神を信仰する。教会が建てられ、神父がそれはそれは有難い言葉を信者に浴びせかけ、人々はそんなものに金を払う。その金は大半は聖職者に吸い取られるだろうが、残り全部は王子様行きだ。それは大部分は教会の修復に充てられるだろうが、余る金も出てくるだろう。そんな金を国に見つからないように貯蓄しておく保管庫があるはずだ、と俺は推測してる。どうだ、アンジュ」
「...確かに保管庫はあります。お金を貯蓄する為に使われているかは定かではありませんが。1つは神宮の地下に。もう1つは西地区最大の教会と謳われるクリミア教会の最上階です」
アンジュのしっかりとした答えに、クロウは頷いた。
「当たり、か。これなら、警備も上手く掻い潜れそうだろ?神宮よりも人は少ないだろうし、アンジュが場所を知ってるならスムーズに事は進むはずだ」
「......いや、厳しいと思います」
アンジュの水を差す発言に、クロウは眉を寄せる。
「...そこにはダルシアン家と同じ守衛の家柄の子息であり、1個師団をまとめあげる若き団長が警備にあたっていますから」
「誰だよ、そいつ」
「......シズマ・アルバース第一団長。私の先輩です」
◆◇◆◇◆◇
「いつまでそんな顔をしてるつもりだ、ノア」
ラファエロ市西地区最大の教会であるクリミア教会。その最上階の一歩手前に配置されている司令室。そこには2人の人間がいた。
まず、置かれている机と椅子に1人の男が腰掛けていた。
銀縁の長四角の形をした眼鏡に、オールバックにされた銀髪。やや切れ長な黒の瞳は、部屋のソファで膝を抱えて口を尖らせている、黒髪の左側の頬に近い辺りを赤く染め、紅蓮の瞳を抱く彼の幼馴染みの青年─ノア・ナサニエルを見ていた。
「だって...、相棒が〈神隠し〉に...」
「〈神隠し〉なんて信じてるのか?馬鹿馬鹿しい。お前の相棒はヘマして死んだんだよ。ここはマフィアやら暴力団なんかが多いからな」
「アンジュは強い」
「所詮女の強さだろ」
男─シズマ・アルバースは静かに溜息を吐いて、口を尖らせているノアの隣に座る。
「辛く受け入れ難いのも分かる。しかし、事実は揺るがない。受け入れるしかないんだ」
「......分かってるけど...さ」
それからまたブツブツと言い始めたノアに、シズマは溜息を吐きながら眼鏡を直した。
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