鏡花 02

「いやぁ、お疲れ様アンジュちゃん」

「......大丈夫、です」

「疲れてるよ、声」

 あの後、アンジュはリリーによる強制ファッションショーを開催され、買えもしないような高価なドレスやワンピース、ボーイッシュな服装を次々と着替えさせられた。その中からユエが提示しておいた金額の内で買えるもののみを買い取り、今は帰路についている。

「リリーはいつもあんな調子なんだよ。でも特にアンジュちゃんが気に入ったみたいだ。ま、アンジュちゃんはスタイル良いからねぇ」

 ユエは楽しげにそう言う。アンジュはこれから買いに行く機会があるなら、断る術を身につけようと決心した。

「なぁ、お嬢ちゃん達ぃ」

 そこへ、目の前から数人の男がやって来た。どの男もニヤニヤとした下衆な笑みを浮かべ、アンジュとユエを見ている。

「あの...、退いて頂けませんか?そこを通りたいのですが」

 アンジュの答えに男達は明らかに苛立ったような反応をし、アンジュの左肩へ触れた。

「いい思いさせてやっからさー。ちょーっとお金、分けてくんねぇ?」

「ほんと、少しでいいからっ!」

「無いんなら、お前らどうなるか分かってるだろ?」

 男達は完全に無視をする2人に苛立ち、アンジュの肩を乱暴に掴んだ。

「あの、その」

「人の話分かるだろー?早くしろってーの」

「...貴方達に渡すものはありません。お引き取りください」

「あぁ!?」

 男の1人がアンジュへ殴りかかってきた。

 しかし、アンジュは冷静にその男目掛けて、足刀蹴りを繰り出した。それから男の後ろから来ていた男へ後ろ蹴りを食らわせる。

「おー!お見事っ!」

 ユエは呑気な声で、拍手する。アンジュは左手を軽く握り直し、

「一応、剣術以外にもある程度の格闘技は身につけていましたので」

 何でもないようにそう言った。

「このっ!」

「ふっ」

 男達は次々と襲いかかってくる。

 彼らからすれば体得しきったと思える刃たるものなのかもしれない。しかし、アンジュからすれば、どれも素人がビデオ動画を見て形だけを身につけたような格闘技ばかりだった。

 厳しい神兵の訓練を切り抜けてきたアンジュにとっては、まさに赤児の手をひねるようなものだ。

「おいっ!止まれやごらぁっ!!」

 3人程倒れた頃。怒鳴りつけるような男の声が聞こえる。アンジュは回し蹴りを放つ。

「止まれっつてんだろ!!」

 アンジュが渋々止まって振り返ると、ユエにナイフを突きつけた男がいた。その人物は先程蹴り倒したと思っていたのだが、予想以上にタフな人間だったらしい。

「この女がぁ...、どうなってもいいのかぁ?!あぁ?!」

 つぅっと、ナイフで切りつけられ、ユエの頬から血が垂れる。そんな目に遭っているにも関わらず、ユエは怯えた表情は一切見せない。

 むしろ、余裕綽々の雰囲気を持っていた。

「もー、やめてよね」

「あぁ?!」

 口を尖らせていたユエは急にニヤッと笑って、男の目を見てナイフの刃を指先でつつく。

「キスマーク。勝手に付けたら、アイツに怒られるんだよね」

 ユエがそう言い終わった瞬間、ドゴッと何かの砕ける音がした。男達は勿論、アンジュも音の方向である男達の背後へ目を向けた。

 そこにいたのは一つに結われた美しい白髪が目を引く薔薇の目の男、ウィルソンだった。彼は壁に手を付いていた。そこは円状に凹み、パラパラと崩れた建物の破片が地に落ちていく。その様子から、前からその部分が壊れていたのでなく、彼が拳一つでへこませたように見える。

 だがこの建物は柔らかな、壊れやすい素材で出来ている訳ではない。かなり硬い、素手で壊せるわけもないコンクリート製の建物だ。それをウィルソンは拳一つで壊したのだ。その事実に1人を除いて、誰もが驚愕する。

「嘘、だろ...?」

 そこで彼らは理解する。彼が3種類に分けられる異教徒の中でも、関わりを持つべきではない部類に属している事に。

 ウィルソンはゴキリと首を鳴らして、目の前の彼らへ狩る獣のように口角上げて、ニヤリと嗤いかける。

「誰が、ユエを、傷つけた?」

 ウィルソンの顔が上がり、彼の薔薇色の瞳が露わになり、またその場が凍り付いた。アンジュも目を丸くした。

 爬虫類動物の目のように、その双眸が裂けていたのだ。蛇の目、のようだった。その異常さに誰もがざわつく。



 ただ1人、ユエを除いて。



 ウィルソンは近場にいた男の頭部を掴み、それをその隣にいた男に当てる。それは見事に当たり、2人が自滅する。それを見ずに、ウィルソンは近くの瓦礫を掴んで、男の腹部へ当て、蹲った彼を蹴り飛ばした。そうしてどんどんユエの元へ侵攻していく。

「ひ.........ひっ!」

 ユエにナイフを突きつけていた男は、その様子に慌ててユエから離れ逃げようとした。しかし、それは肩を掴まれて、壁に叩き付けられるほどの威力で顔を殴られて、叶わなかった。

 約5分弱の攻防戦の呆気ない終わり方に、アンジュはただ驚くばかりだ。

 ウィルソンは軽く肩を回してから、ユエの目の前に膝をついた。

「大丈夫か?」

「ったく...。まーたお店をほっぽかして全く...。相変わらず嗅覚おかしいよ、ウィル」

 ユエは顔を顰めてウィルソンの頭を叩くように撫でた。ウィルソンはそれを払いのけ、血の流れる頬を舌で舐める。すると、あっという間に彼女の傷は消えていった。

「...どうも」

「俺以外の奴に血を見せんな、って言ったろ?」

「あれは不可抗力でしょ!アンジュちゃんには利き腕が無くて、私には戦う術が無いんだから。毎度無茶言わないでよね」

「だから拳銃の1つくらい持っとけって」

「それは嫌だってば」

「あの」

 2人の言い争いを遮るように、アンジュは声を上げ、ウィルソンとユエは文句を言い合うのを止めた。

「お2人の関係は....」

「「犬猿の仲」」

「仲良しですよね」

 ユエはブンブンと首を振るうが、ウィルソンはどうでも良いのか、何処吹く風といった雰囲気だ。

「...ウィルさん、異教徒だったんですね。知りませんでした」

「まぁ、言ってないからな」

「私もだよっ。無神論者だし、異教徒のウィルを匿ってるし?ウィルを生かしてるのは私、だからさ」

 ユエの言っている意味がアンジュには分からなかった。ユエはニコッと笑って、

「店で説明するよ、アンジュちゃん」

 そう言った。

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