第一章 月烏 -ツキカラス-

月烏 01

 ある大陸に建国された国家、ユーピテル。

 建国当初は荒れた大陸に造られた国であったが、人口が増えていくに連れ豊かになり、今では国家内に4つの自治市政を敷き、支配している。

 どこにでもあるような国であったが、唯一どの国よりも異彩を放つ箇所があった。


 それは、この国は熱狂的な宗教国家であるという事だ。


 このユーピテルはこの国を創るようお告げをしたと口承で言われている、女神ミカエラを信仰していた。この国にいる人間の誰もが信仰している─裏を返せば他の信仰は認められていないのだが。

 国のあちこちに教会が建てられ、週に1度聖歌団が祈りの歌を捧げる。

 今日もまた、国のどこからか歌が聞こえてくる。


◆◇◆◇◆◇


 アンジュ・リティアナ=ダルシアンというかなり長い名前を冠する、金髪を高い位置で1つに結い上げた10代半ばの娘は、銀のマントと白の軍服に身を包み、鋭い瑠璃色の眼差しで今日の祈りの歌が歌われる、やや小高い丘に建つアリーリャ教会で、背中に大きな翼を抱く、柔らかな笑みを浮かべる像を見ていた。

 彼女の家─ダルシアン家は、代々次代の王子を守る守護の家柄として、各市に建てられている王子の住む神宮に仕える。それは男でも女でも関係無く、ダルシアン家であるならば、ならなくてはならない義務のようなもの。決められた道筋を辿るように、アンジュも王子の住む神宮に仕える神兵として所属している。

 決められた道筋とはいえども、アンジュはこの仕事にも自身の名前にも誇りを持っている。

 今日も今日とて、神に短く祈りの言葉を口にし、1日の平和を祈った。

 そこへ、

「ダルシアン」

「...師団長」

 アンジュもとい、宗教騎士団に所属する神兵全員の目標であり憧れの人物であるアッシュ・オルタナティスム師団長が彼女へ声をかけた。

 紫色の髪の毛に、その色を更に濃くした瞳は、鋭く全ての異教徒の動きを止めるような目だ。動きやすそうな黒い上下のタキシードに、腰には金の柄を抱くレイピアを差している。

 彼はこのラファエロ市に存在する12師団の全てを統括する権利を持つ、宗教騎士団の師団長だ。

「御用でしたか。それならば御足労申し訳ありません」

「いや、そんな事は無い。ここで祈りを捧げていたのだろう。流石、神兵と言った所だよ、ダルシアン」

 アッシュの褒め言葉に、アンジュは一礼して返す。

「...時にダルシアン、ここで君は何を祈っていたんだ?」

「...〈神隠し〉に遭った人々がいち早く戻って来る事です」

 最近、彼女らの住むラファエル市では〈神隠し〉が多発していた。

 ほぼ1週間に1人、子どもや若い女性が街からいなくなってしまう。犯人や犯行などは優秀なラファエル市の警察でも行方が分からずに、捜査は頓挫とんざしている状況だ。

 若い人間、という1点以外に、〈神隠し〉に遭った人間には接点がないからなのだという。

「見つかれば...、良いのですが」

「...君は心優しいのだな。王子の近辺の安全を守るだけの守護家の神兵が、市の安全をも心掛けるとは...。将来有望株だ」

「いえ...」

 アッシュの言葉にアンジュは首を振るう。神に祈れば何でも叶うとは限らない、と彼女は思っている。神の選んだ願いのみが叶うのだから。

 アンジュはそれ程まで自分自身に徳がある人物であるとは、思っていない。

「あぁ、それで用事がある事はあるんだ。ダルシアン、子ども達の誘導をそろそろ開始してくれ」

「はっ」

 アンジュはアッシュに一礼し、アンジュは聖歌団の子ども達の待つ控え室へ向かう。

「アンジュっ!」

 そこには既に、常にペアで行動する騎士学校時代からの相棒─ノア・ナサニエルが立っていた。

 黒髪の左側の頬に近い辺りを赤く染め、紅蓮の瞳を抱く青年。歳はアンジュの2つ上だったと記憶している。だが、中身はアンジュの方が上である、と彼女は自負している。

「アンジュが来てくれて助かった!子どもの面倒見るの、得意だろ」

「私はそんな事を言った覚えはないのですが」

 いつものように睨みつけてやるが、ノアには効かない。何食わぬ顔をして、「まぁまぁ」と笑われるのが常だ。

 ノアに背を押されるまま、子ども達のいる部屋へ入る。そこには10代になったばかりと見える、小さな聖歌団員達が遊んでいた。

「指示...、聞かなくてさ」

──頑張ってくださいよ、そこは。

 アンジュは眉を寄せて、しかし子ども達に怖い顔をせぬようにパシンと頬を叩く。

 そして、

「はい、皆さん!今から歌う場所まで向かいますから、一列に並んでください。誰が1番最初に並ぶ事が出来ますか?1番に並べた人には、こちらのお兄さんが何でも願いを叶えてくれるそうですよ!」

 いつもの冷淡な声を明るい声へ一変させ、キラキラと効果音の付きそうな笑みを浮かべ、子ども達にそう言った。次の瞬間、子ども達は我先にと並び始めた。

 対照的にノアは目を見張った。

「え、おい、アンジュ」

「願い事くらい、これを私に頼んだんですから、出来ますよね?」

 そう言ってやると、ノアは唸り、諦めたように肩を落とした。アンジュの圧勝だ。

 そうこうしている内に、子ども達は並び終わり、アンジュは1番最初に並んだくすんだ灰色の髪の毛をした少年へ声をかける。

「君が1番だね。後でお兄ちゃんに頼みなさい」

「うん!」

 少年は元気よく頷いた。

 そんな聖歌団員を連れて、彼らの配置場所へ連れて行く。

「エリヤ様だ、エリヤ様がいる」「本当だ」「可愛い人も一緒だ」「綺麗な人だね」

 並ばせている間の子ども達の囁き声に、アンジュは並びを整えながら後ろの席に座る人物を見た。

 茶髪に茶目の彼は、身なりは高級感漂う白のタキシードに、赤色のズボンを履き、取り外しのできる紅蓮のマントを身に纏っている。所々に散りばめられた金色の装飾が、彼を世間一般の人間とは一線を引いた人間であると分からせる。

 彼こそ、この国の次期跡取りであり、神兵の仕える人物であり、更にこのラファエル市の全権を握る王子─エリヤ・ルシフェル=カスティアーナ王子だ。その隣には、美しい人形のように顔立ちの整った濃い桃色の髪色の女が座っている。王子という立場の人物だ。きっと婚約者なのだろう。

 聖歌団を配置し終え、教会に人が集まり始め、皆が席についてから、パイプオルガンの音色が鳴り始めた。それに合わせて声変わり前の少年少女達の歌声のハーモニーが教会中を響き渡っていく。席に座っている人間の誰もが、口から小さく─歌を邪魔しない程度に、祈りの言葉を口にしている。

 アンジュはノアの横に並び、歌を聞きながら、開いた窓から入ってくる潮風に思いを馳せる。

 それはこの街に関しての事だった。

 この国は一神教の国だ。王は神の権現として崇められ、その王の子達は神の使いとして東西南北に分かれた市を統轄している。だが、この街にはその神を崇めない─所謂異教徒という者もいる。

 異教徒とは、主に3つの種類に分けられる。

 1つは無神論者。1つはこの宗教以外の宗教を信仰する者。1つは人間とは異なる強大な力を持った者。

 これらに当てはまる者達は異教徒と呼ばれ、彼らを捕縛する義務のある宗教騎士団に捕らえられると、魔女裁判にかけられる。

 魔女裁判を受けた者の末路は、大抵は死刑。良くて終身刑。その事は物心ついた子どもには教えられる事柄だ。

 だからこそ、異教徒達はどんどんと数を減らしている。

 だが、アンジュは思う。これは思想統制では無いだろうか、と。

 自由な思想を弾圧しているのではないだろうか、と。

「おい、アンジュっ!終わったぞ?」

 ノアが目の前で手を振ってきて、アンジュはハッとする。それから「ぼーっとしてた、済まない」と口にし、誘導係へ戻る。

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