第24話 黒幕
「っぐ」
飛びかかったレイを、アズリナはいとも簡単に躱した。
レイは絨毯の上をゴロゴロと転がった。しかし、すぐに起き上がって体勢を立て直す。
「...どういうつもりだ、レイ」
「........お前を、殺す。...ネイル」
「ッネイル?!」
「ネイルさんッ?」
レイの言葉に、ノルチェとメイアンは驚きの声を上げた。
ネイルは、珍しい蛇の
ノルチェはこちらへ来た当初から、メイアンはお使いで会った初めての住人で、それぞれ思いは違えど驚愕するしかなかった。
「........どういう、事?ネイルは、蛇の」
「...あぁ、アレも操らせてもらっていただけだ」
この女のようにな、とアズリナの美しい指が鍵盤を弾くように滑らかに動いた。
「あの
ローズベリという言葉に、ノルチェはくっと眉を寄せた。
騙されていた、というのが適した表現なのかは分からないが、アズリナの身体を乗っ取っているというのは理解出来た。
あまり魔法云々に詳しくないので分からないが、他人の身体を乗っ取る魔法があったとしてもおかしくない。
「...まぁ、とりあえず」
アズリナはぎゅっと拳を握ると、レイが呻いて膝をついた。そして首元を押さえてうずくまってしまった。
「ッレイ」
「あ、がぐ.........、ッあぁ、ぎ」
まるで空気を求めるように、片手を喉に添えてもう片方の手をばたつかせる。
ノルチェはレイに手を伸ばそうとしたが、すぐにそれを止め黒い腕から霧を床に落とす。それは素早い動きで部屋全体を覆う。
メイアンは、鳥男に襲われた夜を思い出した。
「...その身体から、出て行け。レイを苦しめるのも、許さない」
「やってみろ、小娘」
拳を握ったまま、ナイフを持っている腕をアズリナの首に突きつけた。それを見てノルチェの顔が一気に曇る。
「この女を殺す事になってもいいなら、な」
あと少しでも手を動かせば、首を傷つけるだろう。そこから血が噴き出して、死んでしまう。それより先に影で腕を拘束したいが、恐らく刃を突き立てる方が早い。
手が、出せない。
いや、この状況でなら――出すしかない。己の役目はメイアンを守る事なのだから。
「メイアン、顔を背けて」
覚悟を決めて、ノルチェが手をブンと振るった時だった。
「...ッああああ!」
レイが叫んだ。空気の上手く吸えていない状況で、勢いよく身体を動かしてアズリナに掴みかかった。
急な動きにアズリナの身体がバランスを崩す。手からぽとりと、ナイフが零れた。
ノルチェがそれを見て、影を動かした。
「黒の手」
彼女はすぐに影を動かして手を形成する。それはアズリナの腕を拘束し、繋ぎ止めた。
「ッ...、くそ。いいか、小娘。今すぐこの腕の影を離せ。私には、この女の命もレイとイヴの命だって、手の中だ」
「いいから。これ以上変な真似はするな」
ノルチェの言葉に、彼女の形の良い唇から血が零れる。アズリナは苦し気な顔をしたが、しかしすぐににやりと口角を上げた。
「...、おい聖眼。この女は、お前の事をあまりよく思っていないようだぞ」
びく、とメイアンの肩が震えた。
「お前が記憶喪失だとか何とか言って、誰かに守られ続けて...。それでいて、ローズベリの有益な情報は得られずに疫病神の如く事件を誘い込む。手放したい、と考えているようだぞ?」
「.........ッアズベリは、そんな事思っていない」
「本当の心なんて本人以外誰も知らないだろ?お前が心のどこかで劣等感を抱いているように。ニアがその聖眼を見る事で、ローズベリを重ねて見ている事も。リーフェイの炎への執着も、ベンジャミンの偏屈とした独占欲もスノーブルーの飢えた心も」
ノルチェの身体が強張る。
住人のどこまでをこの人物は調べたのだろうか。人の内面を知ったかのような偉そうな口調が、どうしようもなく彼女には気に入らなかった。
「聖眼を持つお前が来たから、屋敷はめちゃくちゃになっていると思わないか?ん?」
「そんなの、言いがかりだ。メイアンは関係ない。聖眼の力を使って、人間を殺そうとしているお前達のせいだろう」
人間が科学力を使って魔物を追い出した。それは古い昔の話だ。今の世代の魔物達には関係の無い事だ。
ただもっと広い土地で生きたいと願う者、人間へ過去の復讐をしたいと魔物を重んじる者が、聖眼を使って殺そうと目論むのだ。
復讐が生み出すものは虚しい結果だけだと、過去の文献をよく読むノルチェは知っていた。
「...お前達は、聖眼を使って人を殺したいのかもしれない。でも、それはローズベリもメイアンも関係ない。聖眼は、人を殺す魔法じゃない!」
「ッうるさい!お前達には分からないだろう!同胞達が死んでいった悲しみを。あれほど魔物をこき使っておきながら、魔法より利便性の高いものを手に入れた瞬間あっさりと追い出した、忌々しい人間共を!」
アズリナの声で叱られ、びくりとノルチェとメイアンは肩を震わせた。
「あぁ、殺してやるさ!その瞳を使って!」
赤紫色の淀んだ瞳がカッと光ると、アズリナの身体から力が抜けた。ノルチェが警戒したまま身体を固めていると、腹部に痛み。
「ッえ?」
思いのほか、自分の口から零れた音が間が抜けていて驚いた。こんな音が自分の口から出るのだと、驚いていた。
下を見ると、くすんだ赤い瞳のレイが笑っていて、その瞳と同じ色の液体が花びらのように散って。
何かがせり上がってくるのを、ノルチェは感じていた。
「ノルチェ!」
「か、は.........」
イヴが口から空気音を漏らし、パクパクと口を動かす。
「っちょ、大丈夫!?」
吸血鬼の治癒の力によって傷を塞いでもらったリーフェイは、急いで身を起こしてイヴの肩を持った。
「は、......あが、」
「っ喉か?!」
リーフェイは急いで喉元を押さえているイヴの手を離す。そこには黒い首輪が嵌められていた。ニアやアズリナが、拘束の為に嵌めたわけではないだろう。二人はそこまで悪趣味ではない。
つまり、二人の漏らしていたボス、の仕業か。
「これ、」
ぐっと力を込めても取れない。
恐らく、レイとイヴは速さに特化した吸血鬼で、腕力がないんだろう。ニアの破壊の力なら壊せるかもしれない。
だが、それまでこのまま苦しませ続けるべきなのか。
「ッ、イヴ、指先を、見ぃ」
イヴの呼吸に合わせながら、リーフェイは赤い光を放つ指先をくるりと回す。
「
きらきらとイヴの顔にそれが降り落ちると、イヴの瞼はゆっくりと重くなって閉じられた。彼女のその身体を壁に寄り掛からせると、急いで二階に向かう。
「メイアン!ノル...」
そこには、鮮血の中に沈んでいるノルチェと赤い腕をぺろりと舐めているレイ。アズリナは床に倒れており、メイアンは今にも泣き出してしまいそうな顔で座り込んでいた。
「おかしいな...、お前は刺したと思ったんだが...」
レイの口調ではないのに気付き、アズリナから移ったのだろうとリーフェイはすぐに察した。
「...イヴの仕業だな」
忌々し気にレイの眉間に皺が寄る。
「ッ、今すぐ離れろ」
「何だ?炎の魔法でも使うか?別に私としては構わないが、屋敷は燃えるだろうな」
くつくつと少女の見た目にそぐわない笑い方で、リーフェイを煽っていた。言い返してやりたいが、彼女の言う通りではあるので指一つ動かせなかった。
「り、リーフェイ、さ、」
「メイアン、怪我はないか...」
「は、い、でも...ッ、ノルチェ、が.........」
かたかたと震えながら、メイアンは床で倒れているノルチェに視線を落としていた。リーフェイは急いでノルチェの近くへ駆け寄ろうとした時、
「おおっと、一歩も動くなよ?」
レイがそれを厭らしい笑みで制止する。
「なぁ、メイアン。お前に選択肢をやろう。大人しく私について来るか、それともここでこの女を殺すか」
びく、とメイアンの瞳が揺れる。
「阿呆ッ、メイアン!そんな奴が言う事信じる必要ない!」
「部外者は黙っていろ、私はメイアンと話しているんだ」
レイの赤い瞳がずいっとメイアンの瞳を覗き込む。黒い瞳の奥、ちかちかと瞬く紫色の光を見つけると、レイはくっと歪に口角を上げる。
「このまま小娘を死なせるか?私がここでお前の命を掌握できる位置に居れば、あの男は手出しが出来ない。だが、お前が私と共に来るのならば...」
そこで言葉を区切り、後は分かるだろうとレイは首を傾げてみせた。
メイアンはふるふると唇を震わせて、それからぐっと目元を擦って顔を上げた。
「.........俺が、ついてけば...。ノルチェもアズリナさんも助かるんですね?」
芯のある声で、メイアンはレイへ再度問いかけた。
少女は何も言わず、ただ静かにその瞳を見つめ返した。
「メイアン!」
「ごめんなさい、馬鹿な選択だって分かってるんです。でも、...俺守ってもらってばっかりだから」
ぐっと胸元を握って、メイアンは静かに微笑んだ。
「俺が今度は、守りたいんです」
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