第12話 その花散らさぬ
ニアとメイアンは五番街を通り抜け、六番街へと歩いて行く。
街の外側に立っている
地区が変わると人も変わるようで、建物のあり方も変わっていた。
灰色や黒色のコンクリート製の建物が多かったが、ここに来ると木造建築の建物が多く、ほのかな光を放つ薄い赤紙の提灯が家々の軒先に飾っていた。
すれ違う人々はみな、恐怖の色をして家の中に入って行ったり街の外へ出て行く人ばかりだ。街から出る人は
「こ、ここは、エルフの地区、なんですか?」
「エルフが一番多く住んでるだけだ。エルフは美貌はさる事ながら、器量も良くて身体つきも魔導士よりは豊満だからな。大きいおっぱいが好きな男なら、ここの遊郭街には通うだろう」
彼の口からさらりと零れた遊郭という単語やおっぱいという俗語に、思わずカッと顔に熱が上がっていくのが分かる。
それを知っていないのか、すたすたとニアは歩いて行く。きゃあきゃあと喚いて逃げる女性達を押しのけて行っている最中、大きな音が空気を震わせて風が勢いよく巻き上がった。
そして、目の前にリーフェイが降り立った。
「ッリーフェイさん!」
メイアンの声に応じる事なく、いつもの柔和な顔は姿をひそめ、金色の光ではなく赤い光が手に纏いついた。
「
強い語気で声を張ると、赤い光から突風が噴き出す。それは建物を砕く。が、その後ろから大きな猿頭が出て来た。ぎょろりとした黒目に、メイアンは口の中で悲鳴にならない声が漏れ出る。
猿頭に風が当たり、ぐらりと巨体が揺れた。
メイアンの反応にニアはすぐに勘付き、彼を守るように手を庇うように前へ突き出す。メイアンもすぐにニアの服の裾をきゅっと握った。
「ッ恋人連れ感覚で来んでくださいっ」
リーフェイは
「あれは猿の
「魔導士やと、思いますッ」
リーフェイが顔を後ろへ向ける。そこには仰け反っていた
「ッ厄介やわッ!」
リーフェイもまたその手の先に赤い閃光を灯し、その両手を勢いよく突き出した。
「
ばちり、ばちりとその赤い光が金色の光へと変わり、バリバリと空気を裂いて襲い掛かってくる。
「ひゃっ」
メイアンは耳を塞いで、身を縮こまらせる。彼を庇うようにニアは鋭い視線で、その
ケタケタとどろどろとしていながらも裂けている口から、こぽこぽと黒い液体を吐き出していた。そしてゆっくりと距離を詰めてくる。
「雷使うとはなかなかやるやん。...天空に住む怒る雷竜よ。我は汝を解き放ち、悪なる者を討たん。今こそ、その咆哮を聞かせろッ!
バチバチと静電気にも似た音を鳴らして、リーフェイの横に薄ぼんやりとした龍の姿が浮かび上がる。それが大きな口を開けて、金色の稲妻を放った。
「闇魔法で打ち消したか...っ」
「厄介な組み合わせだな」
ニアの言葉にリーフェイは頷き、ふわりと金色の光をまた拳に纏わせる。
「エテを早う倒してくんなまんし」
凛とした声音に、メイアンは後ろを振り返る。そこには、美しい白や桃色の花があしらわれている派手やかな赤い服を身に纏った耳の尖ったエルフの女性が、煙を燻らせて腕を組んで立っていた。目元には赤い化粧が施され、金糸のような髪の毛は結いあげられ、花や金の紐がそれに差し留めてあった。
美しい女性だ、とメイアンは一番最初にそう思った。
「ミオム、少し待ってくれ。組み合わせが厄介なんだ。
「なん、いつものように跡形もなく消し去ればようございましょう」
彼女はそう言ってニアを睨み、それからメイアンの方へ視線を落とし、フードの舌の顔を覗き込むように見下ろす。身長は恐らくメイアンの方が高いのだが、彼女が履いている黒の底の厚い靴のせいでか、今は彼女の方が背が高い。
「ノルっ子かと思いや、お初の御方ですねぇ。...おんや、ローズベリ様によう似てますなぁ」
「は、はじ、初めましてっ。メイアン、といいます」
「初心な子、嫌いやないですよ。ふふ、
ふわり、と彼女の顔が近づくと共に鼻先に甘い香りが入ってくる。彼女の体臭なのかそれとも香水なのかは分からないが、頭の中がくらくらするような匂いだった。
「今は目をかけてる場合じゃないだろ。止めろ」
ニアはメイアンの抵抗しない様子にムッとしながら、ぐいっと彼の身体を引っ張って――しかしすぐにミオムの方へ差し出した。
「メイアンを頼む。リーフェイだけじゃ分が悪い」
「任しんさい」
ニアはミオムへ小さく頷き、それからフードで隠れたメイアンの瞳を見る。
「ミオムはいい奴だ。目を狙っていない。危なくなったら彼女と逃げろ」
ニアはそれだけ言うと、とんっと地面を強く蹴り軒の上に降り立って、更にその上の黒い屋根瓦へと駆け上がっていく。そして一気に猿頭と距離を詰めると、その走る勢いのまま屋根を蹴り空へ踊り出る。
それをちらりと見て、リーフェイはニアに攻撃が当たらないよう勢いを抑える。
「
ニアの耳に小さな言葉が掠める。すると、壁から太い緑の蔓がにょきにょきと姿を現す。それへニアは足をのせ、さらに猿頭との距離が詰まり頭上にその身体が行った。
ちらと横を見ると、屋根の上には赤い光を手に宿したベンジャミンと、彼の横で静かに立っているスノーブルーの姿が見えた。
ニアは眼前にある猿頭の頭頂部に向かって、拳を大きく振り上げた。赤い瞳は愉悦に笑み、口角もそれを示すように上がっている。
「砕かれてろ」
その拳が落ちた瞬間、耳を塞ぎたくなるような砕ける音が鳴り響き、ぐちゃりと顔がななめに歪んだ。こぷっ、と口から黒い液体が更に零れた。
重心が失われた身体が、前のめりに倒れ込んできた。それは真っ直ぐにメイアンとミオムの方へと――。
「ッ」
メイアンはひゅっと息を呑む。
しかしその目の前に、黒い影が揺らめいた。
倒れ込んできたそれを、スノーブルーが足と両腕で受け止めた。重さに後ろへずずっと下がったが、すぐにそれを蹴り飛ばした。
「...全く、黒く汚れて汚らしい」
嫌悪感丸出しで、スノーブルーは手を払った。くるりと振り返り、スノーブルーはメイアンとミオムの方へ近付いた。
「お怪我はないですか?」
「
「怪我してません」
メイアンが顔を上げると、そこには半壊した建物と息を上げているリーフェイ、そして完全に沈黙した事を確認しているニアとその横に降り立ったベンジャミンの姿が見えた。
「終わりましたか?」
ミオムはふわふわとした口調のまま、すすすと崩れて粘土のようになった猿頭の近くへと歩み寄った。
「建物と山崩れ程度で済んでよかったな。死人は?」
「おりやせん」
緩慢な動きで首を振るい、それからニアの腕をぱしりと取った。
「それじゃあ、
色っぽい声が、ニアの耳をくすぐった。
ベンジャミンは呆れた様子でひょいひょいと離れ、それに続くようにリーフェイも歩いてメイアンとスノーブルーの元へ歩いて行く。
「あンの色男、流石だな」
「ミオム様は、確かこのエルフ花街一の太夫でしょう?...驚きますよねぇ」
「まぁ、ニアはここの常連やからね。俺達はちゃっちゃっと帰りましょうかねぇ、メイアン」
リーフェイがぽん、とメイアンの肩を叩いて、他二人と去ろうとした時。メイアンはぐい、と後ろに思い切り引っ張られた。
よろけながら頭を後ろにつき、それから上を見上げるとニアが微笑んでいた。
「へ、ニア?」
メイアンの口から驚いた声も漏れるが、当然従者歴の長い三人も目を丸くしている。ニアの後ろで僅かに顔を顰めて殺気を放っているミオムは、かつかつと音を鳴らしながら、ニアの横を通り過ぎた。
「...え、ミオム様......、ニア様と」
「振られたんや」
彼女は怒気を孕んだ声でそう言って、それからそのまま横を通り過ぎて家の中に隠れていたエルフの女性達に声を掛けに行った。
恐らく倒れた建物を直す為であったり、あの猿頭の
としても、三人には意外過ぎて言葉が出ない。
ローズベリを失ってから情報を得る為だと荒れていた性生活が治る、だなんて。
「..............ふぅん」
ベンジャミンはちら、と顔をニアとメイアンの方へ向ける。
ニアはメイアンへ微笑みかけ、メイアンは先程の戦いの凄さに目を輝かせている。
「ベンジー?」
彼の視線の様子のおかしさに気付いたスノーブルーは、ぺちんと眼帯を触って位置を直しながら訊ねた。
ベンジャミンはくすっと口元に笑みを見せてから、何でもないと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます