第13話 疑惑
「あぁ、そうやった、ニア」
リーフェイは思い出したように手を打ち、メイアンを愛でているニアの元へと向かった。
ニアは少し不機嫌そうな顔をして、それから何だ、と訊ねた。
「これ、殴った時に落ちてん」
そう言って差し出したのは、黒い塊であった。大きさとしては拳ほどで、奇妙な文様は一切ないが、つるっとした触り心地というよりはごつごつとした触り心地である。
「......これは」
「分からないですけど、なんかのヒントにゃなるかもしれませんねぇ」
「ベンジーに頼んで、見てもらってくれ。それから、それに関する情報を探るようにも頼む」
「...了解」
リーフェイは静かに頭を下げ、じゃれ合っているベンジャミン達の元へと早足で行ってしまった。
「...ミオムさんと、一緒じゃなくてよかったんですか?」
「ん?」
メイアンは不思議そうな顔をして、ニアの顔を見ていた。彼の純粋無垢な黒目の奥は、ちかっちかっと陽の光に当てられて紫色の小さな光を見せる。
別に、ミオムの誘いに乗ってやっても良かった。建物の修繕や死体の処理は、ミオムが何か言わなくてもきちんとここの住人は処理するだろう。エルフは男女構わず力持ちだ。加えて勤勉性も高い。役割分担をして十日立たずに直るであろうし、少しばかり色恋に現を抜かしても問題ないだろう。
だが、何故かこの目を見ると、その顔が違う人間に向いていると苛々する。その上彼の視線を感じると、ローズベリに見られているような気持ちになって、浮気しているような気分にもなった。
「...........まぁ、いいんだよ。あいつとなんていつでも会えるし」
「でも、リーフェイさん達は太夫さんだって。偉い人なんでしょう?」
「敬語になってる。...俺がいいって言ってんだから、いいんだよ。ほら、帰るぞ」
「あ、あのッ、その、あの...」
メイアンは歩き出そうとしたニアのコートの裾を小さく掴んで、少しだけ後ろに引っ張った。
「どうした?」
「...........ノルチェに、あのその、お土産、じゃないけど。何か、あげたいな...って思って」
昨日の出来事のせいでいないという事を理解しているメイアンは、少しでもいつも守ってくれている恩や、助けてくれたあの日の恩を返したいと思っていた。それをすぐに理解したニアは、思わずいい子だと抱き締めたい衝動に駆られたが、恐らく嫌がられるだろうと思いとどまり、何が良いか考える素振りを見せてから振り返った。
「どんなのがいいと思う?」
少し意地悪な質問か、とニアは思いながらもメイアンへ訊ねてみた。
メイアンはぴしりと固まり、ぐるぐると頭の中を回転させる。
ノルチェが人形やアクセサリーなどといった女の子が好きなものを好んでいるとは思えない。好きな食べ物は、とも考えるがそもそも彼女が食事を摂っている姿を見た事がなく、一緒に食べている時も表情が一切変わらないので何が好物か分からない。
「うーん...........」
「...あいつ、あんなだが可愛い好物があるんだ」
「うぇ.....、な、なに!?」
可愛らしい好物、と聞くとお菓子を思い浮かべるが、この辺りで流行っているお菓子など分からない。
ニアは悪戯っ子のような子どもの笑みを浮かべている。
「レイデエのコンペイトウ、だ」
コンペイトウは知っている。色々な色をしている星のような形をしている砂糖菓子だ。確かに静とした空気を纏う彼女が甘い物好きというのは意外だが、彼女の雰囲気には似合った菓子だとも思った。
「レイデエ...というのは?」
「あいつの地元の菓子屋の名前。今では五番街でも入手出来るけど、屋敷に来たばっかりの頃には一緒に持って来てたし、時々あいつの親父さんが様子見に来るけど、お土産にそのお菓子持ってくるんだよ」
それは相当その味が好きなのだろう。メイアンも食べてみたくなった。
「行ってみるか?」
「っはい!」
だから敬語、とニアは小さく注意して、それから奇異な者を見るような視線で二人の様子を見ていたスノーブルーを手招きして近くへ呼ぶ。
「何ですか?」
「先に帰ってアズリナへ終わったことを伝えてくれ。これからメイアンと五番街のレイデエ・スイーツに向かう。それから帰る」
「はぁ、構いませんけど...。メイアンと関わり出してから、急に派手な遊びをしなくなりましたね。別にそれでいいですけど」
スノーブルーはそれだけ言ってから、一礼してからリーフェイとベンジャミンの元へ歩いて行った。
余計な事を、と思いちらりと視線を落とすと、申し訳なさそうにニアを見上げているメイアンが目に入った。
「気にするな」
ニアはそう言ってメイアンの頭をフードの上から撫で、そして五番街の目的地へと向かうべくエルフの六番街を後にした。
自分がいると邪魔なのだろうか、とニアの後ろをついて歩きながら、メイアンは悶々と考えに耽る。
美しい化粧や派手な服で着飾っている美人なエルフの人々とすれ違うたび、ニアを誘う色っぽく艶っぽい声が掛けられる。それを彼は「連れがいるから」と一点張りで断っていた。
改めて彼の顔の良さを実感する。
先程のスノーブルーも言っていたが、ニアはメイアンが来てから行動範囲を狭めているようである。仕事と言って部屋から出てこない事はしばしばだが、それが自分のせいであるならばと思うと、いたたまれない気持ちになる。
「メイアン?」
「へっ、あ、な、何......?」
「いや、嫌にぼうっとしてるからな。気分でも悪いのかと思って」
大丈夫か、とニアは聞いて来る。紳士的だと思いつつも、大丈夫ですと短く答えて、きゅっと袖口を強く掴む。
ニアは少し悩んだ後、その手を引き剥がして自身の手の中に収めた。それにメイアンが目を白黒させる。
「え、うぇ」
「迷子防止、な」
簡単にやってのける事に、またメイアンはグラグラと翻弄される。
その内、六番街から五番街へと戻ってき、ニアに連れられるままその店舗へと辿り着いた。
ガラス張りの店内には小さな
「ラディットさん」
「メイアン...、と黒薔薇の主か」
白地に金色の店舗名の書かれた紙袋を手に持ったラディットが、すれ違うようにして出て来た。彼は気まずそうで顔を顰めていた。
「ん?メイアン知ってたのか、ラディットの事」
「はい。前にノルチェさんに街の案内をしてもらった時に寄ったんです。本、買ってもらって...」
「成程な。...俺のメイアンがお世話になったようだな」
ニアはにこりと笑ってラディットを覗き込むように見た。明らかに手を出すな、というオーラに、げんなりとした顔を思わずしてしまう。
確かにメイアンは万人に受けるだろう。中性的な顔立ちでかつ気弱そうな雰囲気は、守ってやりたくなる庇護欲を引きずり出される。女性は母性を、男性は禁断の愛を出させるような人物だろう。
「...失礼するぞ」
「あぁ。またいつか本を仕入れさせてもらう」
「助かる」
ラディットは静かに頭を下げて、そそくさと去って行った。
「...ラディットさんも、甘いの好きなんでしょうか?」
「人は見た目に寄らないからなぁ、失礼するぞー」
茶色の木の扉を開けると、チリンチリンと鈴の音が鳴る。
「あぁ、吸血鬼のアニサン...と」
金色の刺繍や飾りの施された黒いフードを頭からすっぽりとかぶった女性が、店のカウンターで微笑んでいた。出ている腕や手首などは青紫色の肌色をしており、妖艶さを醸し出す赤い唇が、にこりと口角を上げている。
「め、メイアン、です。えと、黒薔薇館でお世話になってて...」
「そう。...お嬢と年変わらぬようやねぇ......」
すっぽりとかぶっていたフードを少し上げて、金色の瞳と黒い角が露わになる。
「申し訳ございませんが、私達魔族は日の光はあまりよろしゅうないんで、こんな風貌で許してくださいね。そして、今後ともご贔屓に、メイアン」
「っはい。...で、その...、ノルチェさんにコンペイトウをプレゼントしたくて」
「あぁ、お嬢はコレ好きですからねぇ」
そう言って彼女は、すっと二人の後ろを指差した。
その方向へ目を向けると、クッキーや棒付きキャンディーらと共に、拳ほどの大きさの小瓶に詰められたコンペイトウが置かれていた。
黄色、赤、紫といった色ごとに分けられており白く薄い紙で封がされて、それには商品名が達筆な字で書かれていた。まだ難しい文字は読めないので、何が書かれているのか分からない。
「桜、
「はい......」
宝石箱のようにキラキラと、それらは輝いているように見えた。
「どれもお嬢の好きなものですよ。あとは、貴方の色の選び方、ですかねぇ?」
「うぇ、っえーと......」
どれもこれも素敵に思えて、どれか一つなんて選べるわけがない。しかし全部を買う訳にもいかない。
うーうー、と唸りながら考えた結果、朝顔のコンペイトウの小瓶を手に取った。すると、横からすっと手を伸ばして藤のコンペイトウの小瓶を手に取った。ニアだ。
「これも、よろしく」
「はい、アニサン。かしこまり」
魔族の女性は静かに頷いて、ニアとメイアンの手の中にある小瓶を取って、紙袋へ包みに行った。
「え、っと」
「あれ、お前のな。俺からのプレゼント」
「い、いいんですか?」
「いいに決まってるだろ。俺の金を俺が好きに使って、何か問題でもあるか?」
ニアはそう言うと、包装し終えた商品を受け取りに向かった。金を払い終えると、すぐに外へ出る。
「さて、家で寝てるノルチェがどんな反応するか、楽しみだなー」
「はいっ」
「敬語」
「あ、......えと」
「はは、いいって。ゆっくり慣れろ」
二人でそう言い合い笑い合いながら、黒薔薇館へと歩いて向かった。
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