第11話 守る、守られる
「メイアン、他に何か聞きたい事があるか?小さな事でもなんでもいい」
ニアの問いに、メイアンはふるふると首を振るった。自分の身の上はよく分かったが、記憶が取り戻せない限りは何とも言えない。やはり記憶が必要だというのが分かった。
「俺、これから、どうしたら......」
外に出れば、昨日のように襲われたり下手すれば殺されたりするような要因が増えるだろう。とはいえども、家の中で過ごすだけの日々に耐えられるだろうか。だが、周りに迷惑をかけようとしなければ、家の中に居るべきだろう。
「...........好きに生きろ。俺達が守るから」
「うぇ」
思わず、変な声が漏れた。
「お前が我慢する必要はない。そりゃあ勿論、出る時には俺かアズリナへ報告して欲しいし、ノルチェかリーフェイ、スノーについてもらうし、フードもかぶってもらう。でも、外に出る事は禁止しない。お前の行動は制限しないよ」
ふっ、とニアは微笑んだ。顔立ちの良い人の優しく柔らかな笑みに、ほうと思わず息をついてしまいそうになる。
「記憶を取り戻すのに、色々なものに触れるのは必要だろうからな」
「あ、ありがとう、ございます...........」
「いいさ。......なぁ。そろそろ、敬語を止めてくれると嬉しいかな」
「うぇい?!」
唐突な申し出に、またメイアンの口から変な声が漏れる。それにニアはくすくすと楽しげに笑った。からかっているのだろう、人の悪い顔をしている。
「いいだろう。見た目、そこまで変わらないしさ。試しにほら、ニアって呼んでみ?」
「え......えと、その......」
見た目が同じ年くらいだとしても、本当の年齢はかなりの幅があるのだ。年上にそんな無礼な態度はとれない。
「ほら、ニアって」
「...........に、...........ニアっ」
気恥ずかしさと年上に対する無礼さで、顔を熱くしながら勢いよく言った。
きゅん、とニアの胸がときめく。亡きローズベリに似た見た目も相まって、彼女が目の前に舞い降りたような気持ちになる。
「もっかい。もう一回言って」
「に、ニア...........」
「ん、満足」
ニアは嬉し気に笑って、メイアンの頭を撫でていると、「失礼します」と落ち着いた声が聞こえてきた。
中にはアズリナが入って来た。その手の中には白い封筒が持たれている。
「どうした、アズリナ」
「六番街、ミオム様からの手紙でございます」
「.................................」
アズリナの淡々とした声に、ニアは嫌そうな顔をした。それをすぐに察した彼女は、静かに溜息を吐いた。
「遊郭の件ではないと思いますから、さっさと開けた方がよろしいかと思います」
「ほんとに?」
「さっさと開けてください」
ニアは唇を尖らせながら、アズリナから受け取った手紙を開ける。
その文面を流し読みをして、それから僅かに視線を鋭くさせる。それから顔を上げて、小さく息を吐き出した。
「リーフェイをすぐに向かわせろ。いるなら、スノーとベンジーにも頼め。ノルチェは昨日の暴食の影響で今は行くべきではない。体力を温存させておくべく、館に残らせておけ」
「旦那様はいかがなさいますか。此度、出ますか?」
「リーフェイ達だけに任せておけないからな。行く」
「かしこまりました。館内を探し、声を掛けておきます。メイアン様、お部屋へ」
アズリナが手を差し伸べる。メイアンは少し迷うように視線を彷徨わせた後、ふるふると首を横に振るった。
「えと...?」
「お、俺も行っていい?!」
メイアンはニアの方へ顔を向けて、勢いよくそう言った。ニアはぱちぱちと赤い瞳を瞬かせる。そしてすぐに顔を顰めた。
「お前...、どうして行きたいんだ?」
「...ずっと、守ってもらってばかりじゃいけないから。俺、自分の目で見たい」
部屋の中に閉じこもっていてはいけない。何故か、メイアンは直感的にそう感じていた。
ニアは少し悩んだ後、アズリナの方へ目を向けた。
「メイアンの部屋からローブを。それを玄関ホールへかけておいてくれ。それから声を掛けに行ってくれ」
「...........ご武運を」
アズリナは小さく頭を下げて、部屋から出て行った。
ニアはそれと同時にクローゼットの方へ向かい、着ている服の上に黒いコートを羽織って整える。それから一振りの剣を取り出すと、それをメイアンへと放り投げた。
メイアンは少しおたおたしながらも、それを受け止める。重さに目を丸くして、ニアの方へ顔を上げる。
「これは」
「それで身を守れ。俺が守ってやるが、何かあった時の為だ。使えなくても持ってるだけで牽制になる」
「わ、分かりました」
それを腕に抱いたままメイアンは、ニアの早足について行く。
ニアに言われた通り、アズリナは玄関ホールにある客用のコート掛けにローブを引っかけていた。それを取ると、メイアンの頭の上にそっとかぶせた。
「行くぞ」
「っはい」
「リーフェイ」
「へーい」
アズリナが足早に調理室へ向かうと、漬物の具合を見ていたリーフェイがいた。
「六番街にて
リーフェイは目を丸くしてから、付けているエプロンを外しながら「んー」と声を出す。
「多分、ノルチェの所やと思います。あの二人、案外妹分としてノルチェを気に入っとるみたいですからねぇ。ふふ、最初の頃に比べりゃ」
くすくすと笑いながら、リーフェイは昔語りを始めようとしているが、用件を話し終えたアズリナはそれを無視してノルチェの部屋の方へと歩いて行った。
そこには、スノーブルーが腕を組んで壁にもたれかかっていた。
「スノーブルー、そこで何をしているのですか?」
「あぁ、アズリナさん。...ノルチェが部屋から抜け出して外で鍛錬してらしたので、それをここまで持って来たんですよ。今、ベンジーが面倒を見ていますが...、どうかなされましたか?」
「
「...あぁ、成程。それでは向かいましょう。リーフェイが行ってますね?ニアは?」
「今回は旦那様も向かっています。ミオム様からのお願いですから。まぁ、そのまま遊郭で一夜明かす可能性も否定できませんが...、とにかくお願いいたします」
「ノルチェの事は」
どうするのですか、とスノーブルーが口にしようとした時。バンッと勢いよく部屋の扉が開いた。
やや服の乱れが見られるノルチェと、彼女の片腕を取っているベンジャミンが出てくる。
「...行く。私の役目だ」
「貴方の今の役目は、メイアンの護衛と思っておりますが。確かに貴方が屋敷に雇われているのは、
「ッ役目を果たせないなら、居る意味がないッ」
閉じられているほどの細目が、アズリナを睨み上げていた。唇が血を滲ませている。
アズリナは小さく息を吐き出して、それから腕の一本がとんと自身の首を叩いた。その流れるような所作に、ノルチェは僅かに動揺を見せた。
ぐい、と強く腕を引かれた。しまった、とノルチェが考えたよりも早く、目の前に金色の光を纏った手の平が入って来た。
「優しき夢へ誘う者よ。汝の力を我に与え、夜の
ふわり、と金色の光がノルチェの顔にかかると、そのままがくりと身体の力が抜けて後ろへ倒れた。それをベンジャミンがそっと支える。
「......全く、年不相応に気ぃ張り過ぎなんだよ」
「魔族と魔導士の
アズリナは白い頬を撫で、それからベンジャミンの方へ顔を上げる。
「寝かせてから、スノーブルーと共に」
「分かった」
ベンジャミンは部屋へ戻り、ノルチェを布団の上に寝かせてから彼は戻ってくる。スノーブルーと軽く視線を交わすと、外の方へと走って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます