第10話 聖眼を持つ者
次の日の朝。
メイアンが目を開けると、横でニアが寝息を立てて寝ていた為、ぴしりと身体を固めてしまった。
そんな二人を、アズリナが文字通り叩き起こしに来た。
二人だけでの朝食を終えると、メイアンはニアの部屋へ招かれた。
ここへ来て初めて入るニアの部屋へドキドキしながらも、メイアンは部屋の中へと入る。
中は、メイアンの部屋の造りとよく似ているが所々の品物の装飾や置かれている物が違っている。そこは、彼の趣味なのだろう。
窓近くにある椅子に腰を下ろすように言われ、メイアンは素直に腰を下ろした。ニアはその前にある椅子に腰を下ろした。
「...ずっと黙っていて、悪かったな。...出来る事なら隠しておきたかったんだ」
彼は寂しそうに微笑んだ。そして、そっと手を伸ばして頬に触れた。その手は目の近くまで伸びて、そうっと目尻を撫でた。
「その目はただの黒い瞳じゃない。魔力のこもった、この世に唯一無二のものなんだ」
「魔力......」
静かにニアは頷いた。
「その目、奥に輝きを持ちし。類を見ぬ魔力有し。それ、聖眼なり。......聖眼は、考えられない程の魔力を秘めている。それだけで世界が変えられるくらいの...........」
「いっ!?」
メイアンは驚いて自身の顔をべたべたと触る。そんな目を己が持っているだなんて、全く考えられない事だった。
「...ふふ、安心しろ。そういう伝説があるだけだ。真実かどうかは分かってない」
くすくすとニアは彼の反応に口元を緩める。その様子に、メイアンは不服そうに口を尖らせた。
「だが、それを信じている奴等は多い。それを使って、この鬱屈とした世界を崩そうとしている奴等がいるって事だ」
それが昨日襲ってきた彼らのような存在なのだろう。平和な街のように見えていたが、中は意外と平和ではないらしい。
メイアンはネイルやラディットの顔を思い浮かべていた。その為、少し躊躇うようなニアの表情を見逃していた。
「......その瞳は、お前が最初じゃないんだ。...ローズベリという名を、あの鳥野郎は言ってたけど、覚えてるか?」
こくりと頷く。
今までメイアンの顔を見て話していたニアだったが、少し窓の外へ視線を外した。小さく息を吐き出して、それから彼の顔へと再び顔を元に戻した。
「ローズベリは、聖眼を持った魔導士で...。俺の、婚約相手だった」
メイアンは目を丸くして、それからあんぐりと口を開いた。
目の前の、彼の婚約者。
「...なんだ、その意外っていう目。俺だっていい年なんだ、婚約者の一人くらい、居てもおかしくないだろうが」
失礼だぞ、とニアはむくれてそう言った。メイアンは小さく謝って、それからニア顔をじっと見た。
少し、少しだけあり得ないと思ってしまう自分がまだいた。
「彼女は聖眼を狙われて、...........殺された」
「ころ......っ!?」
「聖眼の力を得る為には、目を喰らう必要がある。その目を狙われて、奪われる前に......。自分で命を絶ったのか、それとも当たり所が悪くて死んだのか。俺には分からない」
「分からないんですか...?」
「俺は
ニアの目がぎろりと鋭く光った。初めて見るような、殺気の強い目にメイアンはぞくりと背筋を震わせた。
しかしその目もすぐに消え、いつもメイアンの見ている穏やかな視線に戻った。
「だから...、ついお前を過保護に守ってしまうのかもしれないな」
あぁ、とメイアンは察した。
やけに外に出そうとしなかったのも、ノルチェがフードをかぶらなかっただけで咎めたのも、全てメイアンの事を考えての事だったのだろう。
そこで、メイアンはハッとした。
「あの、ノルチェは」
「アズリナに任せてるが、まぁ、ベンジーがちょっかいかけてるだろ。お前がそう気にする事じゃない」
明日にはいつも通り護衛に付かせる、と彼はそう言った。
「......俺、これからどうしたら」
「守る。お前のその目も、お前自身も。だから、不安になるな」
ニアがぽんぽんと黒髪を撫でる。その目は強く、それでいて優しかった。
「......ありがとう、ございます」
メイアンは小さく礼を言うしか、なかった。
「っおーい、ノル」
ベンジャミンはにやにやとした笑みを口元に貼り付け、その後ろからは首根っこを掴まれた状態で、スノーブルーが引きずられていた。
昨日の襲撃者二人によってやや荒らされた地面の修復をしようとしていたスノーブルーを、ベンジャミンが引きずる形でノルチェの部屋へと向かっている。
「おいおいおい!やっと暇になったな、遊べっ」
バン、と扉を開けると、そこはもぬけの殻であった。
「...........いませんね」
厳しい顔をして、スノーブルーが目を光らせる。こころなしか、眼帯の奥の無い瞳まで鋭くなっているようにベンジャミンには感じた。
どこの部屋も絢爛豪華であるが、彼女の部屋は必要な物以外は一切置かれていない。図書室から持って来たらしい本が机に積まれてあり、横には紙とペンが転がっている。女の子らしいような化粧道具や可愛らしい人形など一切ない、男のような部屋であった。
「...寝ておかねばならないのに、どこへ行ったのでしょう。しかも魔族は昼目が効かず肌が焼けるというのにっ」
魔導士の血を持つノルチェといえども、魔族の特質は持って生まれている。
ベンジャミンは少しだけ考えて、スノーブルーを引っ張ったまま今度は一階へと降りていく。
「っちょっと、どこへ行くんですか?!」
「裏。あそこ、館の北側で日陰になりやすいだろ」
「...よく知ってますね。薔薇の咲いてない場所で、更に山側ですから、あまり行かない場所でしょう」
「あいつがここに来たての頃につけ回したんだよ。面白いからかいがいのある奴かどうか、ま、結果として合格だったわけだけどー」
ヘラヘラとした調子で、ベンジャミンはそう言った。
彼はそれ以上は何も言わずに鼻歌を歌っているが、スノーブルーにはすぐにそれが嘘と分かる。彼女が最初入って来た時に、一番嫌そうな顔をしていたのはベンジャミンであったのだから。
何か彼女のどこかを認めたのだろう。
外に出て、しばらく歩くと屋敷の裏に着く。そこで、ノルチェは尋常ではない汗を流しながら、拳で空気を裂いていた。
ふらふらとした足使いで、とても動いて良い状態には見えない。
「おい、ノルッ」
ベンジャミンの声を聞き、振るっていた拳を止めてゆっくりと彼女は顔を上げた。
汗で濡れた黒髪はべたりと首筋や額に張り付き、酷く両肩が上下している。
細い瞳が更に酷く細められた。
「何...?用事...........?」
「用事、じゃねぇよ。ほら」
ベンジャミンは自身の上着をばさりと彼女の頭の上にかぶせた。ノルチェは酷く嫌な顔をしている、が振り払う事はせずに放っていた。
「...いつからここで鍛錬をしてたんですか」
「朝、起きてアズリナからご飯をもらってから。メイアンの護衛が今日はないから、身体をよく動かせると思って」
「自分の身を大切にしろ、っていっつも言ってんだろーがよ」
「自分の身体を好きに扱って構わないだろ。私の身体なんだ」
ベンジャミンの言葉に、刺々とした声でノルチェは返した。それにむっとしたように彼は顔を顰め、それを防ごうと「まあまあ」とスノーブルーが間に入った。
「二人の言い分は分かりますけど、ノルチェ。私はベンジーの意見に付きますよ。身体が万全でないのですから、下手に不調を長引かせてはいけないでしょう?貴方のお役目は屋敷の護衛役なんですからね」
スノーブルーは優しく言い、汗に濡れる髪の毛を梳くように撫でる。しかし彼女は全く納得していないようであった。
その理由を知っている二人だからこそ、彼女の納得いかないという態度も分かるのだが、これ以上野放しにすると彼女が倒れるのは目に見えて分かる。
「ほら、さっさと寝ろ。風呂に入って寝ろ」
「うるさい」
ベンジャミンは眉を寄せたまま、ノルチェもまた苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
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