第2話 初登校でも落ち着かせてくれない。

 一人暮らしを始め、普通の暮らしというものに手間取りながらも懸命に日常を過ごしているうちに、とうとう待ちに待った高校の入学式の日に。


 弥彦が入る高校は、二火ヶ丘ふたひがおか高校。

 弥彦が家を飛び出した頃には一般入試は終わっていたものの、二次募集の若干名での試験に滑り込みで合格した。

 小中と学校には通ってこなかったが、家庭教師から一般教養は教えられているため難なくクリアできた。


「憧れの……学生服……!」


 先週から届いていた学校の制服にとうとう袖を通せると、しみじみと噛み締めていた。

 二火ヶ丘高校の学生服はブレザーであり、胸ポケットあたりに校章のついた黒のブレザーの中に白のYシャツ、千鳥格子のスラックスというオーソドックスな制服だ。


 まだ教科書などは購入しておらず、筆箱しか入れる物しかないので学校指定のカバンはスカスカだ。


「ふう……緊張するけど、友達百人作るぞ!」


 今一度気合を入れ直し、弥彦は新品のクロックスを履いて、家を出た。


 ***


 弥彦は杉並区の阿佐ヶ谷に住んでいる。

 これから通う高校もこの辺りの近くで、弥彦の家からは徒歩15分ほど。

 弥彦の家と最寄駅であるJR阿佐ヶ谷駅の中間地点にあるので、なかなかにちょうど良い距離感である。


 最も、大体の学生は電車を使っての通学になるので、通学の道中同じ制服を来ている人はあまり見ない。


 夢の高校生ライフで、友達と一緒に通学したり、放課後みんなと帰りながら談笑したりというものを夢見たものだが、これでは正直期待が薄いかもしれない。


 ……と、思っていたのだが。


「あ、えと、もしかしてこの間の……?」


「?」


 ふと、背後から声がかかる。

 落ち着いた声音だ、それもいつか聞いたことのある。


「あ、この間男二人に絡まれてた子?」


「はい! 先日はありがとうございました」


 振り返ってみると、そこには先週男二人組に絡まれていた中学生くらいの少女だった。

 服装を見てみると、弥彦と同じ校章のついた黒のブレザーを着ている。


「あはは、気にしないで。同じ制服を着てるってことは、君も二火ヶ丘?」


「今日から二火ヶ丘に通います。今日登校するって事は、同じ一年生ですよね。よろしくお願いします!」


「よろしく! 同い年なんだし、敬語じゃなくていいよ」


「で、ですよね……あはは」


 やはり最初の出会いが出会いなので、なかなかにお互いぎこちない。

 それもそうだろう、同い年だと思っていなかったし、まさか同じ高校に通うことになるとは思っても見なかったのだから。

 これを機に、友達第一号になってもらおうと弥彦は決心した。


「そういや、名前を聞いてなかったな。俺は芥見弥彦」


「私は鈴代姫花すずしろひめかって言います……って、……?」


 鈴代は弥彦の名前を聞いて、途端に怪訝な表情をする。

 何事かと弥彦は思うも、ハッとして気がついた。


 鈴代……?


「鈴代って……まさか……」


 その刹那、弥彦の首元に鋭利なナイフが飛び込んでくる。


 瞬時に回避し、ナイフを突き出したことで伸びた腕を掴み取る。

 女性にしては強い力で抵抗する鈴代。少しでも手を緩めてしまうと外れてしまいそうだ。


「芥見……! まさかあなたが我が一族の仇だとは思いませんでした」


 憎しみの怒りが籠った眼差しで、鋭く弥彦を睨みつける。


 鈴代家。

 日本最古の祈祷師エクソシストの家系であり、今もなお続く老舗である。

 しかし、芥見家が台頭してきたことにより、鈴代家の権力は衰退。

 今は日本の裏社会を牛耳る芥見家に対し、鈴代家はいつしか芥見家を憎むようになり、『打倒、芥見一族』を掲げている。


 そのことは数年前、弥彦は父である享受郎から聞いた。

 何度か鈴代家からの刺客が家に来たらしいが、父が返り討ちにしてきたようだ。


「くっ……やめろ、こんな朝っぱらから住宅街でやることじゃない!」


「場所は関係ありません、祈祷師エクソシストで長い歴史を誇る鈴代家を蹴落とした、芥見家の末裔を討てるのなら……!」


 鈴代は弥彦の脛を思い切り蹴り、掴まれていた腕が緩んだ隙に素早く距離を取る。


「恩を仇で返す形にはなりますが、仕方ありません」


「いつつ……この間不良に絡まれていたが、なぜあの時は抵抗しなかったんだ?」


「あなたが現れていなければ、もう少しで八つ裂きにしていたところでしたよ。考えてみれば、あの時もおかしいなと思いました。なぜ一般人が男を一撃で葬れるような身体能力を持ち、また蘇生術まで使えるのだと」


「……」


「あなたに恨みはありません。しかし、一族の悲願なのです。芥見家を討ち、鈴代家が再び日本の裏社会を牛耳ると!」


「そんなことで争うのかよ……」


「そんなこと? 今、そんなことって言いましたか?」


 ギギギ! と、鈴代が手に持つナイフに力が入る。

 今にも怒りで我を忘れそうな鈴代だが、弥彦は話を続けた。


「ああ、そんなことだ。俺たちエクソシストは、人々の命を守るために存在している。なのに、なんでエクソシスト同士で争う必要がある? 結局は名誉と権利に目が眩んでいるからだ。そんなこころざしの者は、エクソシストの風上にもおけない!」


「……!」


 弥彦は心の中で、「あ、やべ。俺もう引退したんだった」と思ったが、とりあえず今それを言ってしまうと言葉に重みがないなと思い、口を噤んでおく。


「……せっかく今日から同じ高校に通うんだ。仲良くしよう」


「わ、私は、仲良くしたくありません!」


 そう言って、鈴代は走って弥彦の元を去っていった。

 初登校日にしていきなりの出来事に今だに理解が追いつかない弥彦だが、気を取り直して学校に向かうことにする。

 幸い、近隣住人からの視線は一切感じられなかったので、一部始終を見られた心配はないだろう。


「しかし、なんでまた鈴代一族と同じ学校になるかな……。まあ鈴代だけに警戒しておけばいいだろう。ちゃんと話せばわかってくれそうな奴だし」


 ーーーー世の中の心配事は、大体が杞憂に終わる。

 弥彦をエクソシストとして鍛え上げた師匠が言っていた言葉だ。

 この言葉を常に念頭に置いて、なるべくストレスフリーに生きていくのが人生を謳歌するコツだと思っている。


 しかし弥彦はもう一つ大事な師匠からの言葉を忘れていた。



 ーーーー人生には、フラグというものは間違いなく存在するから気をつけろ、と。












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