付録
喉の痛いゆいの話
「.....おあ"よゔ、ございまず...」
「ど、どうしたの?!」
朝起きてすぐ、掠れた声でそう言ったユイに、シノはオロオロしてユイのあちこちを触る。
恐らく喉の痛みとは関係ないだろう、腰をさすったり、お腹にのの字を書くようになぞったりした。余程焦っているのだろう。
「お、お医者さんに行かなきゃっ!」
「もー...、私昨日仕事だったんですから、.....静かにしてもらえませ...?何してるんですか?」
マキは奇妙な顔をして、二人の状況を見て首を傾げていた。
それもそうだろう。今、シノはユイを姫抱きしたまま、部屋のあちこちを右往左往していたのだから。
「もう。先輩が一番よく知ってる事じゃないですか、声変わりなんて」
「俺、ああいう症状無かったんだよ。し、しょうがないだろ」
慌てるシノを宥めてから、マキは抱えられていたユイへ話を聞いて、そう結論付けた。
「声変わり......?」
「あー...、簡単に言うと身体が成長してるが故の弊害だね。でもすぐに良くなるよ」
マキは不安そうなユイの頬を指の腹で撫で、それから白い喉をさすってやった。
「んー、でも痛い...んだよね?」
「すこし...だけ...」
んー、とマキは少し唸って首を捻る。
「やっぱり、あんまり喋らない方がいいんじゃないかな。喉、使わない方がいいでしょ」
マキはそう言って立ち上がり、部屋へ戻って、少ししてから紙とペンを持って、それらをユイへ手渡した。
「単語くらいなら書けるでしょ。これ、使って今日は会話しよっか」
マキに手渡されたそれを、ユイはしげしげと眺める。本を買い与えてもらえる事はあっても、ノートやペンを持っていなかったので、ユイはほんの少し嬉しかった。
本人は顔に出していないつもりであるが、その顔の綻びようはバレバレであり、シノとマキは顔を見合わせて小さく口元を緩ませた。
「ユイ、今度買ってあげるな」
シノにそう言われ、ユイは目を丸くする。そしてシノの事を少しエスパーなのではないか、と考えてしまっていた。
「じゃ、私朝ご飯食べますんで。ユイ、先輩と居て」
マキはさっさと立ち上がってキッチンの方へと歩いて行った。
シノはぼうっと、キラキラと瞳を輝かせてノートを見ているユイを見ていた。助け出した頃よりは伸びた背丈、引き締まった肉体、美少年の面影を残しつつも美青年へと成長していく顔。唯一変わっていないのは中身しかない。
気付かぬ内に子どもというのは成長するものだ。
マキの面倒を見ていた頃は、シノ自身も成長期真っただ中だった為疑念を抱く事がなかった。しかし、成長期が終わってから身内の成長を見ていると、年月の経過を感じてしまう。
「...ユイ」
シノに呼ばれ、ユイはかくんと首を捻る。
ちょいちょいとユイを手招きして近くへ呼び、よしよしと頭を撫でる。
「はー.....」
そして、感慨深く溜息を吐いた。
ユイはその反応に、彼はノートにペンを走らせる。それからシノへそれを向けた。
『めいわく?』
「ううん。大きくなったなぁって。嬉しいけど、少し寂しいなって思っただけだよ」
シノの笑顔に、ユイは複雑な思いを抱いた。褒められているのに、シノは悲しそうな笑顔をするからだ。
その時こつんと、ユイの頭を何かが叩いた。顔を上げると、白いマグカップを両手に持ったマキが立っていた。
そのマグカップは三人でお揃いにしようと、白と黒のモチーフで構成されたシンプルな品物で、シノは月、マキは雪の結晶、ユイは花の絵柄が描いてあるものだ。
「はい、どうぞ」
「ふふ、紅茶に砂糖の代わりに蜂蜜を加えたの。喉にいいかなって。口に合わなかったら私飲むから」
ユイは『ありがとうございます』と書いてからそれを受け取り、一口飲んで瞳を輝かせた。
それを見てマキはまたキッチンの方へと戻り、リビングにあるテーブルの方に腰を下ろして、焼いたパンに余っている蜂蜜を付けて食べる。
「ユイ、隣においで」
こくっとユイは頷いて、シノの横にもたれかかって、ふうと一息吐く。
シノはその姿を見て、嬉しいような寂しいような感情を抱いて。マキはそんな二人の後ろ姿を見て、楽し気に小さく微笑んでいた。
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