Episode.15 And now, just around the corner, at the decisive battle of.
次の日の夕方頃。マキは手早く仕事用の服の身支度を整えて、玄関の方へと歩いて行く。
「それじゃ、行って来ますね」
ニコッとマキは目尻を下げて微笑む。シノは小さく頷いて、ユイは手を振った。
マキは夕闇に紛れて、目的地へと歩いて行く。
今日の仕事は、彼女の得意とする暗殺系の仕事だ。
"Knight Killers"に依頼をするには、他の仕事に比べると幾分かパンチ力がなく依頼金も少ないが、未だ腕が少し不調なマキには割合に手頃な仕事だった。
「さっさと終わらせて、帰ろう」
いつ、ユキが仲間と共に家へ襲いに来るか分からないのだ。
この間の一件で、恐らく家までの道は殆ど知られている。家の事は割り出されていると言ってもいいだろう。シノがいるからある程度の対処は出来るだろうが、守りながら複数人を相手にするのは、正直危ない。恐らく今の彼は、自分の命を投げ打ってでもユイを守るだろう。そんな事をさせたくはない。
「...あー、駄目だ。考えるのは、あと」
マキは深く考え込みそうになる頭をパシッと叩く。それでパッと仕事モードへと切り替える。手に鋭く尖って光る針を持ち、静かに息を殺す。
彼は今日、仕事場である銃の工場へ顔を出していると聞く。それが終わり次第、男を殺す。それが簡単で手っ取り早い方法だ。
息を潜めて、積まれた木箱でその時を待つ。
「やっぱ、かかったな」
「っ!?」
涼やかな視線と向けられた殺気に、マキは素早く木箱の裏から転がり出る。パサリと音がして、マキの首元がチクチクとし、痒くなってくる。
くるりと後ろを振り向き、痒みを感じる首の後ろに触れる。皮の手袋に付いたのは黒い髪の毛。どうやら結っていた髪の毛を切られたらしい。ゴムは見当たらない。かなり根元から切られたのかもしれないと算段を付ける。
「.........クロ、でしたっけ?」
マキは針を眼前に構え、不敵に微笑む。クロはナイフをくるくると手の中で器用に回し、ニヤリと口角を上げる。
「そそ、半分正解。理由はー」
「俺も
背後からのやや低めの声。視線を少し動かすと、琥珀色の瞳を持つ彼―レオが目に入った。
「さっきの人、別に全然悪い人やないんよね。ちょっと名前だけ使わせてもろうただけ」
マキは二人の身体が視覚で補えるように動く。二人はそれに気づいているだろうに、動く事は無かった、
「へぇ、そりゃあ騙されましたね」
マキは口の中で舌を打つ。
いつも依頼を受けるツテを信じきってしまっていた。過信し過ぎていた自分自身のミスだ。
「いやぁ、警察とかよう使う手やから、成功するか不安やったけど。ま、成功したならそれでええ」
「あの、一応聞きますけど。今回はどういったご用件で?」
マキの問いにレオはふふと笑った。
「お前を、殺す」
そして、淡々と言い放った。
その瞬間、クロがマキに一気に近付き、首元を掻き切るようにナイフを振るってきた。マキはすぐさま後ろへ飛び退き、体勢を立て直す。
「全く、酷いなぁ。女子相手に男二人って」
ひゅうと口の中で口笛を吹いて、針をクロのナイフに当てる。金属音がギャリギャリと鳴り、パキリと針が割れた。
マキは早い判断で針を投げ捨て、ポーチからもう一本の尖った針を取り出して構える。
捨てた物は粉々に砕けた。
レオが後ろから、細い試験管を投げてくる。マキは二人が交差するように華麗に躱していく。
「くそ、ちょこまかと...!」
クロは眉を顰めて、息を殺す。マキは狭い場所を上手く生かし、小さな身体を器用に使って避けていく。
クロはカッと目を見開き、ナイフを先程よりも素早く振り始める。
マキは渋い顔をして、何とかクロの動きに食らいつく。
男と女の性差を、マキは自身が持つ素早さと視覚で補っていた。が、それを上回るクロの力に徐々に圧倒され始めていく。一人でこれだ。レオの動きも視野に入れつつ、動いているマキであるが、そろそろ厳しくなってきている。
「戦略的、撤退、かなっ!!」
マキはクロからするりと離れ、レオの方へと駆けた。彼のかぶっていたハンチング帽を下げ、蹴り倒して逃げ出す。
ユキが何人で〈黄昏の夢〉を組んでいるのかは知らないが、知っている中では恐らく五人であろう。ユキ。今日マキを襲ってきているクロとレオ。腕に傷を負わせてきたK。少し前、クロと一対一で出くわした際に彼の口走っていた「シロヒ」という名前。
こちらに二人、という事は向こうに三人が居る可能性もある。シノ一人で三人を、しかもユイを守りながら戦う事になれば、明らかにこちらの陣営の方が分が悪くなっている。
ここは一旦退き、シノと二人でユイを守る方がまだ勝率が上がるかもしれない。
「先輩...っ!ユイ......!」
マキは後ろを振り返る事なく、家の方向へと走っていく。何故かその背後を二人は追って来てはいなかった。
「いててて......」
レオは帽子の位置を正し、蹴られた腹をさする。クロは慌ててナイフを腰のポーチへしまい、顔色を変えてレオへ駆け寄った。
「大丈夫、レオさんっ!!」
「ん、あぁ、平気やよ。それより、さっさと追いかけんと。ユキのとこには気絶させた状態で持ってく約束やからなぁ」
レオはクロに支えられながら立ち上がり、けほと小さく咳込んだ。それから自分の言葉に対して、いつも何らかの過剰反応を示すはずのクロが何も反応しない事に眉を寄せ、レオはクロの方へ顔を向けた。
彼の顔は、彼の紅い瞳は、静かに怒りに燃えていた。
「殺す。あの女、殺す」
「っおい、馬鹿!」
そのままの勢いで追いかけようとするクロをレオは引き止め、彼と向き合う。
「なんで止めんの?!」
「ユキとの約束があるやろ、殺すのは駄目やって。頭冷やせ、な?」
レオがクロの両頬を優しく撫で、彼の瞳を覗き込むようにしてそう言う。それの効果か、幾分か落ち着いたらしいクロは、自分より背の低いレオの首元に顔を埋めた。
「く、クロっ」
焦った彼の声を直接耳の鼓膜に響かせ、スンと鼻を鳴らして彼の匂いを嗅いでから顔を上げる。真っ赤な顔をしたレオが、クロを睨み上げていた。
「...はは、ありがと。俺、落ち着いた」
クロの瞳にはもう、激昂の色が宿ってないのを確認し、レオはそれ以上は怒るのを止めて溜息を吐いた。
「よし、行くか」
レオとクロは気を取り直し、
マキは走る。追っ手が来ない内にドンドン距離を開けていく。
「っは、はぁっ」
マキは息を整えて、大きな緑のごみ箱の裏に隠れた。そこでポーチの奥底に入れていたナイフを一本取り出す。
「これは...、あんまり使いたくなかったんだけど...。今は、ごめん」
マキは小さくそう言うと、シンプルな装飾の施されたナイフを握り、じいっと耳を澄ませた。
「クロ、お前そっち行けっ。俺がこっちに行くから」
「うん」
声が聞こえる。どうやらこちらへ来るのは薄茶髪の男の方であるらしい。
彼一人なら、もしかしたら。
グッとナイフの柄を握り締め、息を顰める。チャンスは一度。彼がこの横を通った時。
「ったく、もう戻ってしもうたか...」
レオの声が近くなってくる。マキはマスクの下でもう一度息を整え、彼の目の前に躍り出る。
「っお前!」
何も言わない。マキはレオの琥珀色の瞳を睨み付け、そのまま彼の胸を思い切り切りつける。踏み込みもよい。間合いだって申し分ない。
それはつまり――。彼の服を真横に引き裂き、白い肌に長い切り傷を負わせるには、あまりにも十分な状態であった。
「っは...。私に、これを使わせるって、相当ですよ...」
血飛沫を散らして倒れたレオを、マキは忌々し気に一瞥する。それからピッとナイフを払い、辺りの気配を探る。
「いない、か。遠くまで行ったのかな」
ならば、とマキはすぐに足を進める。その足首を何かが触る。
マキは驚いてゴーグルの下の目を見開いた。
致命傷を与えた筈のレオが、口角を上げてマキの足首を持っていた。
その瞳は、縦に裂けていた。
どんどんと胸にある傷が塞がっていく。その光景に目を奪われつつも、マキはそういう事が出来る唯一の存在を知っていた。
否、この国に住む人間ならば、知らない者などいない。
「っ!?貴方、〈鬼神種〉っ!!」
人間の血液を飲み、その傷を癒す。
人間と〈鬼神種〉の見分け方としては、力を発揮する時に爬虫類のように瞳が裂けるという事。
現王の父親がその人種を忌み嫌い、彼らを追放する事件を起こした。
もうこの国には数少ない、種族。
「ここで出会うなんて...!」
チッと舌を打ち、自らの運の無さを呪った。
二人の内一人でも削れるかと思えば、まさか〈鬼神種〉であるとは。それはこちら側が圧倒的な不利だ。
いくら攻撃したとしても、意味を成さないのだから。
レオの傷は癒えていく。それはまるで非現実的な事象を目の当たりにしているようで。
マキは周囲の気配を探るのを疎かにしていた。
「っ!!」
後ろから思い切り頭を殴られる。激しい痛みと共に、視界が暗転する。口の中にする血の味と鉄の匂いを感じながら、マキはそのまま意識を飛ばした。
路地に倒れそうになるマキの身体を、クロは抱き抱えた。それからレオの方を見る。レオは切れた服を少し手繰り、胸板を隠すように持つ。
「レオさん、平気?」
「...あぁ」
レオは少し間を空けてそう言い、瞳は元の形へと戻った。それからよろりと立ち上がる。
「ごめん、俺がこっちに来てれば、レオさんに怪我を負わせなかったのに...」
申し訳なさそうに顔を曇らせるクロに、レオは眉を寄せて脇腹を叩いた。
「気にせんでええ」
レオはそれだけしか言わなかった。
「...なら、せめて......」
クロはそこで言葉を区切り、背を縮めた。丁度、レオの顔の前にクロの首筋が来るような形になる。
「使った分、補給して」
「........すまんな」
レオはそう言って、クロの首筋に一般人より少し尖った犬歯を突き立て、その下に流れる赤い血液を口へ含む。
それを済ませてから、ぺろりと傷口を舐めると、犬歯が突き立てられていた痕は無くなっていた。
「行くぞ」
「うん!」
レオとクロは、目的地へと急いだ。
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