Past.S The day when the choice of the boy killed a person.

「俺達と一緒に、やってみる気はないか?」


 伸ばされた手。それは醜い俺へ差し伸ばされた神の手であり、俺を堕とした悪魔の手だ。


 俺は貧民街の人間だ。親の顔は分からないし、そもそもどうやって生きていたのかもわからない。

 そんな俺だが、住む場所と俺を見知った人間は居た。

 初老くらいの見た目をしたオウロと、彼の所有するボロ屋。俺はそこを拠点に、盗みや殺しをしていた。

 それらを売って金に換えて、パンや牛乳を買っていた。そうでもしないと、こんな世界では生きていけない。

 生きたい、という強い信念を持ち合わせてはいなかったけれど、死にたいという強い思いがある訳でもなかった。それなら、出来る限り生き延びようと思ったが故の行為だった。

 オウロは俺のしている事には何も言わなかった。知っているだろうし、感じているはずなのに。

 まぁ、それが心地よいからこそ、オウロの場所から動かなかったっていうのも、少しある。


 そんな生活が変わったのは、あまりにも突然だった。

 俺が殺しや盗みで自分の生活を支えていたように、オウロも自分の生活を送る為に働いていた。

 鉄の匂いから銃火器の工場で働いているのだろう。彼の口から何の仕事なのかは聞いた事ない。

 そんな彼が、いつもの時間になっても帰って来なかったのだ。

 居なくてもいいのに、何故だかその日は酷く胸のどこかがざわついて、俺は簡単な武器を手に町の方へと駆けて行った。


 結論から言えば、彼はすぐに見つかった。

 二度と喋る事のない、血で汚れた姿となって。


 言葉は出なかった。こういう事になっているのを何となく、理解していたのかもしれない。


 俺はナイフを握り締めて、「犯人」を捜した。別に放っていてもいいのに。殺られた奴が悪いというのに、どうしてだろうか、探してしょうがなかった。

 オウロの死体を見つけるよりは早く、犯人を見つける事が出来た。二人組、男、若い、その手にはオウロの巾着が握られていた。

 考えなかった。

 一気に後ろから近付いて、背中を斬りつけた。それによって倒れた男の一人の背中へ乗り、隣の男の顔面をぶん殴り、体勢を崩す。それでもたついた男を目の端に入れつつ、上に乗っている男の首にナイフを突き立てる。血飛沫も気にせずに、隣の男の口元にナイフを突く。

 二人はあっさりと死んだ。俺の、安易な選択によって。


 途端に、俺は恐怖を感じ始めた。

 殺す事にではない。俺が人の一生を左右する選択をしているのだ、という事に気づいた事だ。

 ゾクリとした。嫌な汗が流れる。

「じじい......。くそ、くそ...」

 別にどうだっていい存在だったはずなのに。なんで今、こんな胸が痛いんだろう。

 涙が、止まらないんだろう。

 血だまりの中で、ただただ泣きじゃくっていた。そんな時だった。

「おいおい...、なんか臭ぇと思ったら、ガキと死体かよ」

 低い声から男であると分かった。顔を上げると、腰に剣を携えた長身の男が立っていた。髪の毛も瞳も黒い。どこにでもいそうな人間。

「何...、俺を殺すの?」

「...........」

 男はキョロキョロと辺りを見回して、「いや」と一言言った。

「そ」

 俺は男に一瞥をくれてやると、そのまま立ち上がった。これはどうでもいいけどオウロのあの死体、埋めてやらなくちゃいけないし。

「お前、一人なのか?」

 男は何でもないようにそう訊ねてきた。何なんだ。この人、俺に面識でもあるんだろうか。

「そう、だけど...」

 俺はそう言ってやった。それを聞いて男は眉を寄せた。何かを考えているようだ。

 少ししてから、男は口を開いた。

「なぁ、お前さ...、"Knight Killers"になってみる気、ないか?」

「は?」

「俺は他の仲間と一緒に"Knight Killers"してんだよ。見たところ、お前は殺す事に対しては問題なさそうだしな。どうだ?」

 どくん、と鼓動が鳴る音が耳元でした気がした。唾が口の中に溜まる。


「俺達と一緒に、やってみる気はないか?」


 なんでこう。どうしてこう。

 堂々巡りする感情を、俺は押し殺して。震える手を、伸ばされた手に置いて。


 彼は優しく微笑んだ。


 男は男三人女一人の四人で〈蒼月の弓矢〉という"Knight Killers"を運営していた。彼はこれをもっと大きくして、ある意味警察が捕まえにくい"Knight Killers"にしたいらしい。

 俺が一番の最年少。彼らは名前を花から取っていて、俺へ声を掛けてきたのがジャスミン。〈蒼月の弓矢〉のリーダーがイベリス。紅一点がガーベラ。俺の次に年齢の低いカトレア。

 俺にも花の名前をやろう、と言ってくれたが、これでいいと断っておいた。別に、この名前が気に入って執着するという事はないが、何となく、オウロに時折呼ばれていたこの名前がそこそこいいから。そんな程度の理由だ。

 彼らは初対面だというのに、可愛がってくれた。読み書きも教わったし、もっと効率の良い立ち回りも教えてくれた。


 それでも、俺にはもう、自分の意思で誰かを殺す事が怖くなっていた。


 生きる為。それを理由にした盗みや殺しは心は痛まなかった。躊躇いもない。でも、オウロを殺した奴を殺した時。怖かった。本当に、越えてはならない一線を越えてしまったようで。

 俺が気付いたら、意味もないのに、気分で人を殺してしまいそうで。


 そんな思いが胸の奥底でしこりのように残ってしまったせいか、彼らからの指示がない限り、極力殺しには消極的な姿勢になってしまった。


 それから、四人の願いは定められた運命のようにするすると叶っていった。人数は増えて、四人がやりたかった得意分野毎に分ける制度を導入して、どの"Knight Killers"にも劣っていない、最強の存在へ数年で上り詰めた。


 そして、俺は──。


「なんで、抵抗する必要があるのか...。分からない。別に死んでもいいと思ってるから、殺してくれていい」


 いつの間にか、妹のような後輩を持っていて。

〈蒼月の弓矢〉がなくなって、二人ぼっちになって。


「早く、僕を殺して...」


 唯一、生き延びて『家族』を得ていた。

 何もかも中途半端で、選択の出来ない俺が得たもの。これはきっと、手放したら駄目なものだ。

















 だから、俺は──。

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