Episode.16 Just wanted to defend his ill-starred cherished family.

「大丈夫でしょうか、マキさん」

 ユイは足先をいじりながら、ソファの上で小さく呟いた。隣に座っているシノは不安そうなユイを明るくしようと、優しく彼の頭を撫でる。

「大丈夫だよ、ユイ。マキはそう簡単に殺られないから」

 本当にそうなのか。

 ユイを落ち着かせると同時に、自分を落ち着かせる為の言葉だった。

 マキは一対一なら、恐らく誰にも負けないだろう。目も良いし、身体能力そのものも高い。だが、複数人に対してなら最大の難点である性差が生まれる。

 そこを補うのが、シノである。

 今回は加えてまだ腕の調子が良くない。まだ簡単な依頼らしいが、シノは心配でたまらなかった。

 不意にコンコンと玄関の扉から音が鳴った。

「ん?」

「ソーロさんですかね?」

 ユイは少し表情と瞳を輝かせて、シノの方を見た。

 シノは表情を曇らせる。ソーロがたまにここへ遊びに来る事はある。しかし、それは二カ月に一度くらいの、滅多にない事である。先日来たばかりで、ここまで間を空けずに来るだろうか。

 もしかして――。

「...ユイ、リビングの椅子に座ってて」

「へ、あ...はい」

 シノは部屋から出来るだけの弾薬を持つ。それから拳銃を片手に持ち、ナイフを隠し持つ。

「よし...」

 そのものものしい雰囲気に、ユイは押し黙る。シノは唾を飲み込んで、玄関の扉を少しだけ開ける。

「やっほ、こんにちはー!」

 その僅かな隙間から、明るい声と共にナイフを隙間に差し込んでくる。シノは眉を寄せ、同じく銃口を隙間に差し込み、引き金を引いた。

 パンと乾いた音が鳴り、辺りは静かになる。

「......酷いな。当たってたら即死、なんだけど?」

 押さえられた声音に、シノは目を見開く。その内に、扉が蹴られた。

 元々古い家だ。扉はガコンと音を鳴らしてその留め具が外れる。シノは口の中で舌を打ち、ユイの前に立つ。

 ユイは慌ててシノの背中に隠れる。

 扉を蹴破ったのは、ユキともう一人。黒髪の左側を緑色に染めた、奇妙な髪型の青年だった。その背中には白銀と輝く大きな鎌が背負われている。

「...ユキ」

「やぁ、シノくん。今日はその子を受け取りに来たよ。...さくっと渡してくれれば悪い事しないから、一応聞くけど......どうかな?」

 ユキは優しい声色でシノへそう訊ねる。シノはギッとユキを睨みつける。それはとても恨みがこもった瞳だった。

「渡すわけ、ないだろ...!お前にもう二度と、何も奪われたくないから...!」

 シノの言葉に、ユキは眉を寄せて肩を竦めた。その後ろに居る青年は、シノではなくその後ろのユイを見て、何かもやもやしたような顔をしていた。しかし特に何かを言うつもりではないようで、静かに状況を見守っていた。

「私だって...、奪いたくて奪ったわけじゃないんだよ...。言っても、無駄だろうけどね」

 ユキはそう言ってナイフを眼前に構える。シノはそのユキの額へ銃口を向ける。

「じゃ、シロヒくん。作戦通りに」

 シロヒと呼ばれた青年は、「ん」と呟いて鎌をゆっくり持ち上げる。

「殺さないけど、その子は依頼主のお願い物だからね、貰うよ...」

 カッと彼の緑の瞳が輝き、一気に距離を詰めてくる。シノは静かにその切っ先を見つめ、一発撃って軌道を反らした。

「っ!?」

 シロヒは面食らったのか、驚いた顔をして鎌を床に刺してしまった。その僅かに動きの止まった彼を見た瞬間に、シノはユイの手を引いて玄関の方へ駆ける。そこにはユキが居る。

「逃がさないけど?」

「っ」

 ユキはナイフを片手にシノへ振り下ろしてくる。シノは紫の瞳を細くして、ユキの白い手とナイフの柄の僅かな間に狙いをつけ、躊躇いなく引き金を引いた。

 それは綺麗に当たり、ガキンと鈍い金属音を立てて、ユキの手を離れて宙を舞う。その隙に、ユキを倒して外へと逃げだした。

 シロヒはその背中を斬りつけようとしたが、その手を止める。ユキの身体に当たってしまうと予測したからだ。

「...Kと同じくらいの拳銃の腕前だね。先に行ってよ、ユキ」

「だってあんなに上手くなかったんですよ、当時は。......あの子を守らなくちゃっていう気持ちが、彼の能力値を底上げしてるみたいですね」

 ユキはそう言って、黒い眼帯をパチンと鳴らして位置を整える。

「面倒だねぇ」

 小さく呟いた。


「シノっ」

 二人はひたすら走る。ユイは不安を持ち始めた自分の心を支えるべく、彼の名前を呟く。シノは後ろを確認しつつ、ユイの瞳を見て微笑んだ。

 それは、とても儚げな笑みをしていた。

「大丈夫、助けるから」

 ユイは手を引かれているのをいい事に、背後を確認する。ちらりとユキとシロヒの姿が見えている。

「追ってきてます!」

「ん。......マキに会えたらいいんだけど」

 シノは悔しげに呻き、少し広い十字路の路地に出た。


 その時だった。

 パンと空気を軽い音が響き、空気そのものを震わせた。シノはその瞬間に走った激痛に顔を歪め、そのまま膝を地面に付けた。ユイは目を丸くして、そしてその光景に目を奪われていた。

 シノのズボンの膝下が、じわりと赤く染まっていた。

 シノは痛む足を気にしつつも、どこから狙撃されたのか瞬時に分析して、斜め後ろを睨みつける。それからユイをその方向へ向けないよう、腕の中に庇う。

「逃げ、なきゃ...」

「し、シノ...っ」

 負傷しながらも進もうとするシノの眼前を、また弾丸が放たれた。その間にユキとシロヒが背後の道を塞ぐ。

「なかなか楽しませてもらったよ、シノくん。でもそれももう終わり」

 ふわりと微笑むその顔は、酷く作り物のような表情をしていた。

 涙目のユイはびくりと震え、しかし負傷しているシノを見て、その身体の震えを何とか抑え込んだ。

「っくそっ!!」

 シノは顔を顰めて、痛む足のまま立ち上がり、二人から離れようとした。しかしその行く手に別の二人の姿が映る。


「予定場所に到着、やな」

「迷わずに来れてよかったー」

 黒色のパーカーを羽織ったレオと、Vネックの黒いシャツを着てマキを抱えるクロの二人であった。

「マキさん!」

「マキっ!!」

 クロに抱えられたマキは意識がないのか、ぐったりとしている。もしかしたら起きているのかもしれないが、ゴーグルとマスクでその顔の表情は窺えない。

「いやぁ、予定通りだねぇ」

 くつくつとユキは笑い、一歩一歩シノとユイに近づいていく。

「シノくん、君に選択肢をあげるよ。どちらか一方を必ず選んでね?」

 ユキはウィンクをし、それからマキを抱えるクロの方を指差した。


「マキちゃんを殺すか、ユイくんを私達に渡すか。どっちがいいかな?」


 さっと、シノの顔は青ざめ、冷や汗が背筋を伝っていく感覚がした。

「早く選んでね?出来れば一分以内に」

 泳ぐ紫の瞳。悲痛な顔。苦しそうに唇を噛み、つうっとシノの口の端から血が流れていた。

 ユイはそれをじっと見て、マキの方へ目を向けた。

 本来ならば、恐怖を感じるべきなのだろうか。しかし、ユイの心は酷く落ち着いていた。



「........行きます。僕、行く」

「ユイ...!?」

「おやおや?」

 シノは絶句し、ユキは意外そうに目を丸くしていた。

 ユイはじいっとユキの瞳を涙目で睨む。

「そ、その代わり......、シノさんと、マキさんに、.........何も、しないで」

「約束するよ。私達の目的はあくまでもシノくんの殺害と君の奪還だ。本当ならシノくんはここで殺すべきなんだろうけど、でもまぁ、生死なんて簡単に誤魔化せるから何とでもなるよ。安心して。今後一切、関わらないって誓おう」

「嘘...、じゃない、ですか?」

「うん。私自身は嘘吐きだけど、これは〈黄昏の夢〉全員でのだ。決して破らないよ」

 ユキの言葉と瞳をじっと見て、ユイは小さく首を縦に振った。

 ユイは長く息を吐き出して、歯を食いしばり、グッと爪が手の平に食い込むほど握り、ゆっくりとシノの腕から離れていった。


「ユイ!!行くなッ!」


 シノは叫ぶ。その声は泣いているようにも、怒っているようにも聞こえた。


「シノ、僕、楽しかったから...」


 ユイは笑う。その笑みは今まで見た事がないほど――、美しかった。


「マキさんにも、ソーロさんにも...、さよならって...、言ってて」


 ユイはそう言って振り返り、ユキの方へと歩いて行く。


「ユイっ!」

 痛みを振り切って、立ち上がってユイへ近付こうとするシノの背後から、クロは遠慮なく思い切り殴りつけた。

 混濁していく意識の中でも、シノはユイの姿を見続けていた。

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