Episode.4 She shook the shot in the dark quiet night.
拳銃の引き金を引く。
それは呼吸をするような。それは口の中に食べ物を運ぶような。その程度のものでしかない。
「...っは」
短く息を吐いて、額の中心に穴が開いてしまった男を蹴り倒し、後ろで身構えた男との交戦に入る。
パンパンと甲高い発砲音を鳴らして、銃弾がゴーグルの下の白い肌を掠めた。チリッとした痛みと暑さに顔を顰め、しかし彼女もまた手に持つ拳銃の引き金を引く。
それはどれも男の腹と腕を掠めただけで、決定的な致命傷とはなり得なかった。
「おらあっ!!」
男が引き金を引く。それを彼女は手持ちの拳銃を使って防ぐ。躱さずに回避する事は出来たものの、拳銃は使えなくなってしまう。
拳銃に視線を向け動きを止めた彼女の心臓に狙いを定めて、男はにいっと笑った。
「死ぬ前に一言、聞いといてやるよ」
「........ないね」
彼女はマスクの下からそう言って、仕込んでおいたナイフを投げた。それは男の拳銃の銃口に当たり、一時的に上へ逸れた。それは、僅かな隙を作るには十分の時間であった。
逸れた瞬間に一歩踏み込み、男の喉元にもう一本投げる。
「がぼっ」
低く、何かが詰まったかのような声とも言えぬ音を、男は血に濡れた唇から溢す。彼女は男の力のなくなった身体を蹴り倒し、男の手から拳銃を取り上げる。そして馬乗りになって、男の眉間に銃口を押し当てた。
「...君は最期に一言、何かある?」
虚ろな瞳になり痛みにもがく素振りを見せる男は、その問いに対して何も答えなかった。
彼女は黒いマスクの下に隠れる口角を僅かに上げて、躊躇いもなく引き金を引いた。
男は床に脳漿をぶちまかれ、破片が赤い血だまりの中に浮く。それを彼女は詰まらなさそうに見下ろし、男の喉に刺さったナイフを勢いよく引き抜いた。それによりピュッと血飛沫が噴き、彼女の黒い皮手袋に付着する。
「うわ...」
彼女は顔を顰めて、目の前に出来た死体の服で拭き、床に転がっているもう一本のナイフを拾い上げて、仕込み直す。
「ふー...」
彼女は黒マスクを顎下へずらし、呼吸を整えてからまた元へ戻す。
彼女―マキは、男達が塞いでいた目の前の階段を上っていく。
足音を極力立てないようにするが、駆け足程度の速度で向かう。
階段の端に身を潜め、目だけを出して上の様子を確認する。特に騒いでいる様子がないのを見て、一気に上へと駆け上がる。
急に階段下から躍り出たマキに、護衛役である二人の男は反応に遅れた。マキはすぐさまにナイフを投げ、急所を的確に当てる。
「...ふうん」
あっさりと絶命したのを確認して、拍子抜けしたように息を吐く。男達の首からナイフを抜き取ってから、目の前の荘厳な扉を開ける。
中には小太りの中年男性が、ソファの後ろに隠れるようにしてびくびくと震えていた。
マキはそれを見つけて、まるで知り合いに出会ったかのような爽やかな声音で彼の肩に手を置く。
「どうもー。ここの社長さんで合ってますかね?」
「ひ、ひいっ」
怯えた様子で会話にならない事を理解して、ゴーグルの奥の目尻を下げた。そして薄い頭髪を掴み、顔を無理やりに上げさせる。
「ま、一応言っておきますね。私は〈幽冥の蝶〉が一人。貴方の命、頂戴しに参りました。ふふ、冥府のお土産話にどうぞ」
マキはそのままナイフを頬へ突き刺した。刃先が反対側の頬から突き抜け、口からは止めどなく血液が溢れ出ている。
激痛ではあるが、即死ではない。
マキはそこからナイフを抜いて、首へ勢いよく刺す。男は白目を剥いてごぽりと口から血液と泡が勝ったものが口の端から滴り落ちていく。マキはくすりと微笑んで、そのまま前のめりに倒す。
「...お仕事、完了かな?」
長く息を吐き出してから、マキは男から一歩離れて後ろへとバク転する。先程までマキの身体があった場所を通り過ぎ、その後ろにあった窓を割った。
「......いやぁ、面倒ですねぇ。護衛人、まだいたんですか」
マキは眉を顰めて、ナイフが飛んできた―自分の侵入してきた方向へ目を向けた。
そこには、全身を黒の衣装で身を包んだ青年が立っていた。黒髪はぴょこんとアホ毛になっており、ルビーのような紅の瞳がマキを見ている。
「用心棒ですか?それなら、もう雇い主死んでますよ」
マキはかくんと首を傾げて訊ねた。
「いいんだよ、死んで。"Knight Killers"に何かを頼むなんて、ロクな人間じゃねぇんだからさ。........俺は"Knight Killers"殺しの"Knight Killers"...。〈黄昏の夢〉の人間だよ」
男の言葉に、マキはゴーグルの奥で大きく目を見開いた。嫌な汗がつうっと流れていくのが分かる。
「へぇ。...お初にお目にかかります、ですね。でも噂は聞いてました。...殺される気は更々ないのですけど」
「だろうな。ま、でも逃がさねぇよっ!」
男は一気に距離を詰める。マキはそれを受け止め、弾く事によって身体をわざと後退させる。その一打でマキはすぐに察する。分が悪い、と。
「...死にたくないんでね、さよなら!」
「っ!?」
マキは割れた窓へ突っ込んだ。
青年は目を見張り、割れた窓の方へと身を乗り出す。彼女は下の階の窓を蹴り破って中へ入り、下へと駆け下りていく。
ガラス片で切った小さな痛みにいちいち構っている暇はない。
本来なら背を向けずに勝負へ挑む事だと思うが、それはシノがいなければ厳しいであろう。直感がそう感じていた。
忍び込んだビルから少し離れた場所にあった木箱の裏へ身を隠す。
「っくそ!シロヒくんに怒られるっ!」
上司か仲間かの名前を呼びながら、青年は夜闇の中を駆けて行った。足音が聞こえなくなってから、マキはゆっくりと動き始める。
帰るべき、家へと。
マキが家へと帰り着いたのは、夜中であった。音を立てぬように、中へ鍵を使って入る。
「お帰り、マキ」
「...先輩~」
シノの姿を見て、マキはすとんとその場に座り込む。今までの疲れがどっと出たのか、とマキは自身の身体を冷静に分析する。
「ちょっ、マキ!?身体ボロボロ........」
マキの身体の至る所に硝子片が付いており、それで切ったと思われる切り傷も見える。
ゴーグルを取り外し、マスクを顎下へずらして、はふぅと一息を吐く。
「"Knight Killers"殺しに出会ったんですよ。確か...、〈黄昏の夢〉とか言ってましたね。死ぬかと思いましたよー」
「〈黄昏の夢〉...、そうか、ふうん........」
「先輩?」
シノの陰った瞳に、マキはすぐに反応する。
「...うん、何でもないよ。マキが無事に帰って来てくれて、良かった」
シノはそう言って、部屋の奥から小箒を持って来て髪の毛に付着している破片を優しく払い落とす。
その間、マキはじっと動かずにおく。
「........ユイは?」
「俺の部屋に今日は寝かせた。流石にこの匂いはまだ...、知って欲しくないから」
血の匂い。硝煙の匂い。人の死臭。何を指すのか、どれもを指すのか。マキは何も聞かなかった。
「...ね、先輩。先輩って凄くユイに甘いですよね。何でです?」
「...........だから」
「あの時は、ユイが居たから言えなかったんじゃないですか?...私の、思い違いですか?」
マキの目はシノの紫の双眸を捕らえて離さない。
少し間を空けて、シノはにこりと笑った。
「うん。あの時言った事が全てだよ」
「...へぇ、そうですか」
マキはその答えに興醒めしたように視線を反らし、「風呂行きます」とすたすたと歩いて行った。シノは払い落としたガラス片をチリトリに集める。
「......元"Knight Killers"〈黄昏の夢〉...か」
シノは奥歯をグッと噛み締める。
「............ユキ」
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