余命少しの優しい夢を
白野 音
第1話、そして最終話
優しい彼女は夢をみる。
熊さんとかうさぎさんとおしゃべりする楽しい夢だったんだよ、と昨日は言った。優しいから優しい夢をみれるのかななんて考えながら。昨日までは毎日のように彼女が夢の話をしてくれた。夢をみたくてもみれない私はその話が楽しみだった。毎日夢の話をしてくれたのに、今日は夢の話をしてくれなかった。そもそも今日は私と話してもくれなかった。私は夢の話を聞きたかったが仕方ない。
次の日も彼女とは一言も話さなかった。話さなかったというか話せなかったのが正しいかな。窓枠に咲くキンセンカ、イソトマに水をあげながら私は考えていた。
いつも優しく温かい彼女が今は冷たい。
まさか、な。そう思いながら窓の中の月と共に輝いている本棚の上にある紫のアネモネの花に水をあげ、まるで''現実逃避''をするように隣に咲く白いバラにも水をあげた。
私はもう分かっていた。頭は追い付いていないけど、もう彼女とは話せないということを。ごめん、なにもできなかった私を許してくれなんて過去の自分と彼女に向かって言えない。言えたとしても過去の彼女はしょうがないよ、こんなに苦しめてごめんね、と慰めるだろう。未来を変えられなかった自分が憎く、どんどん悲しくなってくる。
もしできることならば彼女の夢の話をまた聞きたい。彼女のみた夢の話を。そしてもう一度、彼女に会いたい。そう願い花に水をあげ、その日は寝ることにした。
寝る時に声が聞こえた。その声は聞き飽きた私の声だった。その声はこう言っていた。月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど、と。それは百人一首の短歌だということがすぐに分かった。彼女と付き合う前はよく口にしてたっけな。
その日から私は夢をみるようになった。すごく優しい夢を。その夢から目覚めた私は窓の中の月を見ながら意味も分からず泣いていた。布団をぎゅっとつかみ、声をあげて泣いた。泣きながら今までこんな夢をみたかった私は思った。
もう夢をみたくないんだ。
君が目覚めるまでは。
余命少しの優しい夢を 白野 音 @Hiai237
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