第8話
「ねぇ、訊ねてもいいかしら」
三日月は淡々とした口調で、臆することなく太陽の方を見た。
「なんだ?」
「私と結婚する気、あるんですか?本当は、何らかの口実ではないのですか?」
ピクリ、と太陽の方の肩が震えた。それはまるで図星であるというように。だが、三日月は何も言及はしなかった。
「どうしてそう思う?」
「誰も来ないから。あまりにも遅すぎる。荷物を積み終わって、もうここまで追いついていてもおかしくは」
その時、大きな爆発音が背後からした。慌てて後ろを振り向くと、城から煙が上がっていた。
「な、んで......」
三日月は言葉を失い、太陽の方は舌を打った。
「あいつらは後で減俸だな。ここまで派手にしてよいとは」
その言葉に、三日月は太陽の方を睨みつけた。
「貴方、これが目当てだったのね?!」
三日月は馬から降りようと、その身を左右にくねらせる。しかし、太陽の方の方が力が強くがっしりしている為か、その拘束から逃れる事は出来ない。
「そうだ......、初めから、この地を征服する事が目的だった。しかし...、其方は確かに噂通りに美しい美姫であった。...本来であれば殺さねばならないが、その美しさに免じて我が妃となる資格を与えてやらんこともない。どうだ?」
「っ...」
三日月はギッと睨みつけ、着物の奥へ隠していた短刀にゆっくりと手を添える。反芻するのは彼の優しい声音だ。
『短刀はあくまでも護身です。それで勝てるのは、俺達のような武士だけ。姫様はそれで身を守る事だけを考えてください』
ふ、と短く息を吐き、「いいえ」と小さく呟いた。それは太陽の方の耳にしっかりと届いていた。
「何故だ、死にたくないだろう?いいから姫、こちらへ来い。そうすればお前の命は奪ってやらん」
「断るわ。私は月ノ国の人間。貴方のような人間に屈する気はさらさらないです!」
三日月は勇ましく言い放ち、短剣で太陽の方の手の甲を斬りつけた。
その行動に驚いたのか、太陽の方は三日月の拘束を緩めた。その隙に重く邪魔な着物を数枚脱いで、その馬から飛び降りる。
普通の姫であるならば馬から降りるのは容易ではないが、流石は男姫と馬鹿にされているだけの上の持ち主である。素早く馬から降りて、城の方へと駆け出した。
「っ貴様の気持ち、よぉく分かった!」
太陽の方は馬の背から着物を払い落とし、すぐに三日月の方向へ馬の顔を向けた。
三日月の足の速さでは、どう考えても馬の足には勝てない。三日月はすぐにそう考え、林の方へと逃げた。
これならば、太陽の方も馬を使っては林の中には入る事は出来ない。
「っチ!」
太陽の方は甲冑を鳴らし、三日月の後を追う。三日月は短剣を握り締め、懸命に走った。しかし、甲冑を着ているとはいえ、男の足の速さにも敵わなかった。
「このっ!」
「っぐ!」
背中を思い切り蹴られ、三日月はそのまま前のめりに倒れ、ごろごろと少し開けた木材置き場へと転がり出てしまった。
身体を隠す場所がない。
三日月はゆっくりと身体を起こして、怪我を追っているであろう顔を拭った。
「それが、目的だったのね」
三日月は唇を噛む。
この一週間の辛い思いが、何の意味もなかったという事実に、三日月はただただ口の中が乾いて苦い味がした。
「そうだ。お前達みたいな弱小国と契りを結んで同盟を締結した所で、こちらには何の利益もない。分かっていたはずだ。しかし、それでも構わないと言ってきたのは、お前達の方だ。これは、お前らの単なる判断不足に過ぎない」
「っ、そうだとしても!私は!貴方の妻になるべく儀式によって友人と引き離され、愛していた人と別れなければならなかった!!貴方達が、侵略など考えなければ!」
止まらなかった。言葉が、頭の中でしっかりと吟味する前に、衝動的に溢れてしまう。
じりっと、三日月は太陽の方を睨みあげながら一歩近付いた。
「どうして争う事しか出来ないの?!人々は隣人のように手を取り合う事だって出来るのに!」
「そんなもの、綺麗事だ」
「綺麗事なんかじゃない!出来るの!だって私達は同じ大地で同じ水を飲んでいる人間!話す言葉も同じなら、見た目だって大した差異はないはずよ!押さえつけなければならないと怯えているのは、貴方でしょう?!」
「うるさい.....」
「臆病者。貴方は周りの人間に少しでも不安要素があれば排除したくて仕方ない。そうして不安を退けるしか方法を持たない、憐れな人なのよ!」
「黙れっ!!」
強い叱責に、三日月は言葉を止めた。しかし視線は反らす事なく、彼の目を見ていた。
太陽の方はすらりと剣を抜き、三日月の手にあるナイフを弾いた。
鈍い音を立てて、ナイフは地面を転がっていった。
「武力がないと、武器がないと、何も出来ないだろう?何が人間として同じだから手を取れる、だ?そのような非現実的な事象は起こりえない」
「この世界は平和になれる!その可能性を秘めてる!」
「有り得ん!!人間は他人を蹴落として不幸にして、初めて幸せを得る事が出来る存在だからだ!!」
「そんな人がいるって事も分かるけど、それはあくまで個性でしかないわ!私達は平和に生きていく事が」
「もういい、平和主義の言葉は聞き飽きた」
太陽の方がブンと剣を振り上げ、躊躇いもなく三日月の首のど真ん中へ切り込んでいこうとしてきた。
三日月は少し目を動かして、しかしその場からは逃げなかった。
三日月の首に剣先が刺さらんとするまさにその瞬間、視界が真っ白に染まっていく。カチカチと時計の音が段々近くで鳴り始める。
顔を上げると、太陽の方の動きは止まっており、何故かどんどん遠ざかっていっていた。
その光景に目を奪われていると、冷たい声が彼女へ降り掛かってきた。
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