第7話

 太陽の方と三日月が出て行ってから、従者達は本格的に準備を進めていく。

 その時だった。何の前触れもなく、太陽ノ国の兵士の一人が、積み荷にぶつかり組み上げられていたそれらが地面へ落ちる。

 慌てて、近くに居た女官の一人がそれへ近付いた。

「すみません、もう少しきちんとお積みしますので...!」

 悪いのはぶつかった向こうといえども、身分が低いのは女官である。

 錬はほんの僅かに眉を寄せ、しかし気にした様子を見せないように残りの荷物の方へと目を向けた。

「きゃああ!!」

 しかし、すぐに振り向く事になる。

 振り向くと、折角積んだ荷物を別の兵士が倒し、近くに居た女官をいきなり切りつけたのだ。

 錬も和泉もこればかりは驚き、腰に下げている剣の方へ手を伸ばした。

「どういったおつもりですか?」

 和泉が女官の前へ進み出ながら、剣を抜いた兵士の方へと近付いていく。

「......はっ、平和ボケしているお前らには、まだ分からないのか!」

 彼らはせせら笑う。そして各々が剣を抜いた。

 和泉は目を見開く。がすぐに冷静に剣を抜いた。錬も同じく剣を抜く。

「皆さんは菫元帥殿の元へ、この事態を伝えに参って下さい!」

 恐怖で身体が動かなくなっている女官達を鼓舞するように、錬は彼女らを叱咤する。彼女達はそれによって弾かれたように城の中へ駆けて行く。

 残ったのは錬と和泉の二人だけである。

「特訓の成果、まさかここで見せる事になるなんてなぁ」

「気を抜かないでよ、錬」

 二人で相手するには不釣り合いな人数差。グッと二人は剣の柄を握った。


 兵士の一人が動き出す。それを和泉の剣が華麗に受け止めた。その金属音が戦いの合図となった。

 和泉はその剣を弾き飛ばし、男を斜めに切る。血飛沫が噴き、彼の眼鏡に僅かに散る。それを彼は顔を顰めるだけで気に止めず、次の相手の目を睨む。

 錬もその腕は負けていない。次々と相手をねじ伏せていく。

 若さばかりを見ていてはいけなかった。彼らは、護衛役の任を解かれてからすぐに軍の方へ抜擢されるほど、その剣の腕は優れているのだ。

 太陽ノ国の兵士達はその部分を見落としていたようだ。


 圧倒的に人数の消えていく兵士。数が少ないからこそ、本来の持つ力以上のものを発揮する錬と和泉。

 そこへようやく月ノ国の兵士がやって来た。

 それは増援であると同時に、言伝人でもあった。

「錬、和泉!!三日月様を追いかけろ!これは罠だ!あの方が危ないっ」

 その言葉に、二人はハッとする。

 和泉はブンと敵を振るい倒し、錬の腕を掴む。錬は驚いた顔をした。

 月ノ国の兵士達は、太陽ノ国の兵士より劣っている事は目に見えて分かっている事だ。確かに三日月の身は危険であるが、本丸である城が落とされては元も子もない。

「和泉っ」

 錬の焦った声に、和泉はギリッと歯軋りをして、迷っている彼の瞳を睨みつける。

 和泉とて賢い。分かっている。錬の気持ちを汲み取る事も出来る。ただそれ以上に、彼らの思いを汲み取るべきだという思いの方が強かった。

「必ず...守ると、誓ったんだろうが!」

 普段の穏やかな和泉からは考えられない荒れた言葉遣いに、迷っていた錬はハッとした顔をする。


 その言葉は幼い頃の三人の約束。

 姫として国を守ると誓った三日月。

 それを支える兵士になると、必ず三日月の身を守ると誓った錬と和泉。


 あの時の草原の光景が、一瞬のうちに思い出された。


「ごめん、そうだったな」

 錬はこくりと頷き、和泉に笑いかける。それから彼の後ろから迫っていた兵士を弾き飛ばす。力の強い彼だからこそ出来る荒業だ。

「行こう」

「あぁ!」

 二人は太陽の方と三日月の行った方向へと駆けだして行った。



「馬の速さに、追いつけるかな...っ!」

「そんなの、やってみなきゃ、分かんないよっ!」

 二人でそう言い合いながら、懸命に足を動かす。

 ガサガサガサと背後から音がし始める。城からの追っ手が来ているのだろう。

「くそっ、あいつら、これが目的だって言うのかよ!三日月の決意を、弄びやがって!」

 余程苛立っているのか、焦った感情が和泉の口から零れる。

 その時、シュパッと空気を裂く音が鳴り、「ぐっ」とぐぐもった声が和泉の喉から鳴る。

「和泉?!」

 錬は後ろを振り返る。和泉は弓が打たれた肩を押さえている。第二射が和泉に襲い掛からぬよう、素早く木の陰に隠れた。

「大丈夫か、和泉!?」

「っう...。くそ、俺、馬鹿したかも」

 和泉は苦々しい顔をして、肩に刺さる弓矢を抜いた。その先は不安を煽る紫色をしていた。

「これ...」

「毒矢だ。しかも、それなりに強力なやつだろうね」

 乾いた笑い声を彼は漏らす。錬はさっと顔を青ざめて、和泉の腕に剣の刃を突き付ける。

「錬?」

「腕を斬り落としたら、もしかしたら...っ」

 腕がなくなるのは剣士としては痛手であるが、幼馴染には生きていて欲しい。死んで欲しくないのだ。

「いや、いいよ......早く、三日月を、追って........」

「っお前を見殺しになんて!」

「錬、行けっ!!」

 パシンと錬の手が払われた。

 錬は和泉の顔を見て、グッと奥歯を噛んだ。

「...じゃ、頑張って来てくれ。俺の分まで」

「.........あぁ」

 錬は涙の出そうになる瞳の下を拭い、彼をおいて先を進んで行った。

 和泉はその背を見守る。段々と視界がぼやけ、身体の奥底から徐々に熱くなってくる。

「錬、幸せになってくれ、よ」

 和泉は涙の流れる瞳を拭わずに、そのまま静かに瞳を閉じた。





 錬はひたすらに走る。どこにいるのか、二人がどこにいるのかもわからない。冷静な判断をするべきなのだろうか、幼馴染であり親友でありライバルである人間の死を簡単に乗り越えられるほど、錬の心は屈強ではなかった。

「三日月...、っ影流!かげるうううううっ!!」

 力の限り、叫ぶ。己の声が敵に位置を知らせる事など、頭の中にはなかった。ただただ、この声に答えてくれる事を願って。

 しかし、それは淡い期待の籠ったものでしかなかった。


 突然走る身体の痛み。それは今まで感じた事のないものであった。

 地面に倒れ、襲ってきた相手を見ようと首を動かす。

 確かに心理状態は不安定な状態に陥っていたが、相手の気配を探る感覚までは鈍っていない。つまり、隠れていた自分より上の力を持つ刺客が居たという事だ。

 そこに居たのは、男だった。太陽ノ国の衣装にしては黒い。変な服装の男であった。雇われ傭兵なのだろうか、と錬はぼうっと朦朧とする意識の中で考える。

 赤が広がっていく。男はくすりと口元に笑みをこぼしている。

「か...、げ、る......」

 言葉を発する度に、ごぽりと空気に混じって血液が口から溢れていく。


 錬は澄み渡った青空へ手を伸ばして、その手は地面へ勢いよく落ちた。

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