第3話

「私はここに居りますので、姫様だけでお入りください」

 胡蝶に連れられて、三日月は父である満月の方の部屋の前に来ていた。

「分かったわ」

 三日月は小さく微笑み、中へ入る。

「三日月です、父上」

「よく来たな、座りなさい」

 部屋の中には満月の方と、三日月の母であり彼の妻である葉月の君が座っていた。三日月は言われた通りに、三角形になるように腰を下ろす。

「今日お前に話しがあるのは、縁談についてだ」

「また、ですか」

 三日月に来る縁談は多い。彼女の激しい性格について行けずに破談になる場合が殆どなのだが。

 年齢的に考えても、結婚適齢期である事は理解している。周りの同年代の子も婚約や結婚している子も多いのは、分かっている。

 世間がそうだとしても、縁談ではなくて思い人と結婚したい。それが密かな三日月の願いであった。

「今度のお相手は、太陽の方だ」

「太陽の...方って...。隣国の!?」

 三日月は目を丸くして、思わず声を荒らげてしまった。


 月ノ国と相反する、戦いの国。それが太陽ノ国である。

 数年前代替わりがあり、太陽の方が王位に就くと、その傾向ははっきりと強くなった。

 近隣国を次々と屈服させていき、新たな領土と大量の奴隷を獲得して、めきめきと国力を上げている。その戦乱の触手は月ノ国の足元まで伸びており、小さな小競り合いがここ近年は続いていた。

 大きな戦争をお互いが仕掛けない分、相手の手の読みが国の存亡を左右する。


 結婚。それが何を意味するのか、三日月はすぐに気付く。

「政略結婚、ですか」

「そういう事に、なるな」

 三日月は着物の袖をきつく掴む。

「それは、その...。私は向こうまで嫁ぐという事ですか...。お二人と離れて」

「そういう事に、なるな」

 彼は言いにくそうに顔を顰めて、ふいと顔を背けた。

「お前には悪いが、胡蝶と共に太陽ノ国に嫁いでもらう」

 その言葉に、三日月はさっと顔を青ざめた。

「胡蝶と...?錬は?和泉は?あの二人は私の従者ですよ?」

 いつものはきはきした声とは違う、怯えたように震えた声。葉月の君が少し顔色を暗くしたが、何も言わない。

「太陽の方はこちらから持って行ってよいのは、花嫁道具とお付きの女官だけだと条件を承っている」

「そんな...、私、あの二人も一緒じゃないと嫌です!」

 三日月は拳を握り締めて、満月の方の顔を見る。

「三日月、分かってくれ。この国の民を守る為には、お前の力が必要なのだ」

 その言葉に三日月は言葉を詰まらせた。

 民を守りたい。それは三日月とて同じ思いである。

 自分がこの条件を呑めば、沢山の民衆の命が救われる。そう言われてしまったら、彼女の答えなど、決まっているも同然だった。

「...結婚は自分の好きな人間と、したい、そう思ってました。でも、...無理なのですね」

 三日月は小さく目を伏せて、二人に一礼して、部屋から出ようとする。その背に満月の方は声を掛けた。

「明日から清めの儀に入る。部屋から出ぬように」

 三日月は大きく目を見開いて、勢いよく振り返った。


 清めの儀、というのはこの月ノ国の女性に課せられた結婚前に行なわれる儀式だ。

 男子であれば誰も儀式中の女性に近寄る事を許されず、身の世話をする名目で、近付いて良いのは女性だけ。そして、一人で結婚前夜まで過ごす。

 それが指し示す意味は、すぐに分かる。


「二人に、もう会うな、と言いたいのですね」

「........あぁ。もし、太陽の方以外の人間と出会っていた事実があったら、生まれた子が必ず太陽の方の子であるかどうか、すぐに分からぬからな」

 三日月はぐっと唇を噛み、そのまま部屋から出て行った。


「三日月姫様、お部屋へ参りましょう」

 満月の方の部屋から出てすぐ、側に控えていた胡蝶が開口一番にそう言った。その言葉に三日月は思わず胡蝶を睨みつける。

「なんで...?清めの儀は明日からでしょう?」

「お二人はもう、姫様の護衛の任が解かれ、軍部へ所属しました。従者でなくなったあの二人は、もう姫様に触れる事はありませんよ」

 胡蝶の嬉々としたような言い方に、三日月はぎりっと唇を噛んだ。

「どうして、皆...。私を自由にしてくれないの...」

 小さく呟くその言葉も、意味をなさない。

 胡蝶に連れられるまま、三日月は自らの足で部屋鳥籠の中へと入って行った。

 部屋の中でただ一人、布団の中に顔を押し付けて、化粧が崩れるのも厭わずに、はらはらと涙を流した。


「大好き、大好きなのに、もう触れられない...っ」


 言葉は誰にも届かない。

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