付録

プリンの話

(注)これは本編の下書きであったものです。個人的に気に入っているので、ここにも載せました。


 その日はたまたま非番だった。特にする事もなく、ぼうっと庭で呆けていた。

 俺も毎度毎度フェリの所へ行く訳では無い。行ってやりたいが、あいつの都合も考えなければいけないし、それにあまりに行き過ぎて迷惑だと思われたくないし。

 そんな事を考えていたら、

「アシュくんっ!」

 同僚の看護師に声を掛けられた。

 彼女は何やら怪しげな白い箱を手に、ニコニコと俺へ笑いかける。

「.....何?」

「全く、無愛想だなぁ。ほら、この間私休暇取って都市の方に戻ってたでしょ?そのお土産」

「.....酒?」

 俺がそう訊ねると、彼女は溜息を吐いた。

「貴方、もう少し自分の肝臓を労わってあげなさい。ちなみに酒じゃないから」

 そう言って、ヒラヒラと手を振って去っていった。

 俺はあいつの口振りに少し腹を立てつつも、貰った土産を開封する。

 その中身を見て、俺は益々あいつの選択に苛立ちを覚えた。


「.....どうしたの、アシュ」

 その箱をそのまま持って、俺はフェリの部屋を訪れた。

 今日は彼も非番だったようで、朝から惰眠を貪っていたようだ。所々、ふわふわの茶髪の毛が跳ねている。

 そんな寝惚け眼のフェリに、俺は白い箱を突き付けた。フェリはそれを見て眉間に皺を寄せて、こてんと首を傾げる。

「これ、やるよ」

 俺はそれをフェリへ渡した。

「何これ?」

「開けてみ」

 フェリは首を傾げつつも、素直に封を開けていく。


 中に入っていたのは、黄金色に輝く山肌を持ち、頂にほろ苦いソースを乗せたプリンである。


 プリン。入っている器を揺らせばぷるぷると揺れる、個体形状の甘味。


 そもそもデザートと呼ばれる代物は、庶民には手の出せない高級品だ。その中でもプリンは、クッキーやビスケットと同じくらい庶民でも比較的手に入れる事が可能なものの一つだ。

 こんな物で喜ぶ人間など、ガキくらいのもんだが、まぁフェリにやってもいいか。そんな考えでフェリに持ってきたのだが。

 フェリは首を傾げて眉を寄せ、プリンを食い入るように見ていた。

「.....何これ」

「はぁ?お前...知らねぇの?」

 俺の問いに、フェリは素直に頷いた。

 これは想定外だ。確かにこいつの幼少期は腐った軍上部のせいでろくでもないのは知っているが、まさかここまで常識を教えていないとは...。絶句する。

「.....アシュ?俺なんかまずい事言った?」

 俺が黙っていたのをそう解釈したのか、少し悲しげな色を帯びた声で、フェリは俺へ訊ねてきた。

「いや、何にも。ここまで知らなかったのかとびっくりしてただけだ」

 俺は正直にそのまま言い、フェリの隣に腰を下ろす。

「それは、プリンっていう嗜好品だよ」

「.....ぷりん、しこうひん?」

「その説明もかよ...。とりあえず美味い食べ物って事」

「.....そんな食い物を俺にくれていいの?アシュが買いに行った訳じゃなさそうだけど」

「何で分かる」

「最近はずっと一緒に居るから」

 そうだった。

 上から半ば押し付けられるように、俺はここ最近はずっと、フェリとペアを組まされていた。

 向こうからすれば出世道を適当に断った事に対する嫌がらせのつもりかもしれないが、こっちからすれば好都合なのだが。

 .....公然と、好きな奴の側に居られるから。

「アシュ?」

 ぼうっとしていた事に疑問を思ったのか、フェリが俺の瞳を覗くように訊ねてきた。

「っあぁ、何でもねぇよ」

「?そう」

 フェリは乗り出していた身を元へ戻し、再び関心をプリンへ向けた。

「食えばいいのに」

「.....アシュは?」

「俺は別に。そこまで欲しくないから。お前が食えよ」

 フェリは納得していない表情をするが、食べたいは食べたいようで、備え付けてあったスプーンで掬うと、ぱくりと食べた。

 そして感動したのか、目を輝かせた。

「.....美味し」

「それならもっと食え」

 フェリはこくこくと素直に頷き、ぱくぱくとプリンを食べていく。

 それにしても、本当に美味しそうに食うなぁ。


 俺は今度はフェリの仕草を眺めていた。

 スプーンを運ぶ細くともゴツゴツした指、手。薄くとも柔らかそうな唇。咀嚼する為に覗く舌。


 あぁ、美しい──。


「.....ねぇ、アシュ」

「っなん」

 何だ、と言い終わる前に、フェリは俺の口へスプーンを突っ込んでいた。

 甘くて苦い、柔らかな食感。美味しい。

「.....美味しい?」

「..........っあぁ」

 加えて、フェリが食べさせてくれた事が付加されて、美味さは三倍以上である。

「.....二人で、食べた方が美味しいと思ったから」

 フェリはそう言って小さくはにかんだ。

 特別な感情を俺へ持っていないとしても、そういう心遣いは嬉しい。

「.....また、食わせてやるよ」

「本当に?」

「...だから、死ぬなよ」

 俺がそう言うと、フェリは複雑そうな顔をしたが、すぐに頷いてくれた。


 彼の命を繋ぐのがプリンだってのも笑える話だ。


 残りのプリンを味わうようにゆっくり食べていくフェリを見ながら、俺はそう思っていた。






「フェリさんって、本ッ当にプリンが好きですよねぇ。他のお菓子はあんまりなのに。何か理由でもあるんですか?」




「んー.....、内緒」

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