Episode.final.

 雲一つない晴天の空の下。

 ユラとアシュは柱の物陰に隠れていた。

「.....突撃、しませんか?」

「面倒臭いだろ、頭使えよ」

「でもどうせ全員相手にするんでしょ?なら正面突破でもいいじゃないですか。それとも何です?私が同じコンビだから嫌なんですか?フェリさんじゃないから」

「あ?」

 明らかに殺気を含んだ声音で、アシュはユラを睨みつけた。ユラは小さく手を挙げて、ちろりと舌を出した。

「おい、誰だお前ら」

 その時、アシュとユラの背に低い男の声がかけられた。

「.....へへ」

 ユラは苦笑いを小さく浮かべ、拳銃を抜くと同時に引き金を引いた。その弾丸は男の肩に当たる。

「っお前のせいだからなっ!」

 アシュはユラへそう言い放ちながら、男の心臓を一突きした。

「酷いですよ!大声出したの、アシュさんじゃないですかっ」

 ユラは銃声に気付いてやって来ている集団に向けて、威嚇射撃も兼ねて数発発砲する。

「遅い」

 ユラは薄ら口角を上げて、一発で相手の急所を撃ち抜いていく。

「弱ぇんだよ、糞野郎共が」

 アシュは目にも留まらぬ剣の振るう早さで、敵を翻弄して斬り殺していく。


 その場は、すぐに静かになった。

 ユラは残りの弾数を数えて、弾倉を入れ替える。それからアシュの腰を叩いた。

「.....それじゃ、私が中の探索して来ますね。何かあれば連絡ください」

「おう」

 建物内であれば、ユラが適任であるのは、自明の理である。

 彼女の耳は、ほんの僅かな反響音ですら聞き逃す事はない。その射撃の腕の正確さも相まって、初見で適う敵はいないだろう。

 アシュはふと、後ろを振り返った。

 倒れた死体を一切見ず、建物の中の一つを眺める。その背にユラがにこやかに声を掛けた。

「向こうも頑張ってるでしょ」

「.....だろうな」

 アシュは苦笑いしながらそう言い、建物から視線を更に上げて、曇りのない青藍の空を見上げた。


 フェリは廃墟群を駆けていた。

 自分から逃げている狙いの背中を睨みながら、着実に距離を詰めていく。

 そして、逃げる事を諦めてフェリに立ち向かう事にした数人の男達の相手をする。

 切る。切る切る切る切る切る切る。

 彼らをものの数分で倒して、他に気配がないか確認する。

「これで、終わりか」

 それから一息つくように、フェリはネックウォーマーをずらして、小さく息を吐き出す。

 その時、彼の頭の後ろにゴリッと何かが押し当てられた。

 それが銃口であると、フェリはすぐに気付く。

「.....油断してたみたいだなぁ、"Knight Killers"」

 フェリは振り返らず、また手も挙げなかった。

 先程仕留め損なった男だろうか。仲間を犠牲にして生き延びていたらしい。フェリはぼうっと頭を働かせる。

 この男が生きていようが死んでいようが、正直どちらでも良かった。

「これからは、背後を気を付ける事だなぁ!」

「その必要はない」

「は?な、」

 何故だ、と男が聞こうとした時には、彼の命は奪われていた。こめかみから撃ち抜かれたのだ。生きていない。

 フェリはごそごそとネックウォーマーの下をいじり、小さなピンマイクを取り出す。

「ナイス」

『あ、ありがとうございます』

 フェリからの連絡に驚いたのか、少し裏返った声をカヴィは出した。

「寸分の狂いなくこめかみにヒット。やっぱり上手いよ」

『そ、そんな事ないですからっ!』

 カヴィは声を荒らげて自身の腕の良さを否定した。フェリは眉を下げて、しかしそれ以上は何も言わなかった。

「もう他はいない?」

『はい。近くには。アシュさんとユラの方も片付いてるみたいです』

「了解。降りて来ていいよ」

『分かりました』

 そこでカヴィとの連絡は途絶えた。

 フェリはマイクを元の場所へ戻す。


 フェリは今でも考える事がある。本当にカヴィを引き入れてよかったのか、と。

 警察に引き渡してやる事も出来た。王家の分家の流れを汲んでいたのなら、あの男が言っていた通り、人を導く人間になっていたかもしれない。

 だが、全ては後の祭りである。

 カヴィは〈涙雨の兎〉に留まり、苦手な『人を撃ち殺す』という作業を身体へ叩き込んでいる。

 恐らくもう彼は、この世界から抜け出す事は出来ない。


 フェリは小さく息を吐き出した。

 小難しい事を考えるのは苦手だ。こういう難しい事は、アシュやユラが考えるべきだ。自分の担当外である。

 フェリは頭を回すのを止めた。

「フェリさん!」

「お疲れ様」

 アシュの身長程ありそうな狙撃銃を背負って、カヴィがフェリの元へ戻って来た。

「行きましょう、向こうです」

 カヴィに連れられ、フェリはアシュとユラの元へと歩いて行く。


「あー、やっと来ましたかー」

 誰の血なのか、両腕の先が紅く染まったユラは、にこやかな笑顔で二人を出迎えた。

「遅かったな」

 アシュもまた、ユラに負けず劣らずの恰好をしていた。

「中には数人だけでしたよ」

 ユラはクスッと口元を押さえて笑い、そして唐突に拳銃を抜いたかと思うと、カヴィの後ろに転がっていた死体へ発砲した。

「銃口を構える音、隠せてないよ」

 ユラは笑みを絶やさず、そう言ってみせた。

 死体に紛れてチャンスを窺っていた男は、その弾丸を心臓の真下へ受ける。おびただしい量の血液を床へぶちまけながら、男は必死に四人の誰かに狙いを定めようとする。

 しかし、力のない指では引き金が引けなかった。

「お前、らは、いった、い.....」

 撃たれて、もうすぐにでも死にそうな男の問いに、四人は顔を見合わせた。

 そして、代表してフェリがその質問に答えた。




「俺達は〈涙雨の兎〉。..."Knight Killers"だ」

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