Episode.39 side Felli.
涙のような雨が降る廃墟群の街並みを眺めながら、フェリは傘も差さずにゆっくりと歩いていた。
フェリの手には日頃の仕事でよく用いている拳銃ではなく、一振りのナイフが握られていた。
軍人として生きていた頃、近接武器ばかりを好んで使っていた為に、こういった武器の扱いには拳銃よりも遥かに長けていた。
「.....これはこれは、今日はついているな」
その声に、フェリはすぐに身を構える。
柱の影から現れたのは、フェリよりも背の高い男だった。
彼の手の内には、一振りの剣が握られていた。
「.....誰」
「イーサンという。君はフェリだろう?かつて殺戮人形と周りの人間に言わしめていた、殺すだけに特化した人間」
イーサンは口元に薄く笑みを浮かべて、フェリの目を覗いていた。
「流石、元軍人」
「.....言い返さないのか」
「自分がそうだと分かってるから、別に」
フェリはぶっきらぼうにそう言い、ナイフの切っ先をイーサンの喉元へ向けた。
「カヴィは、どこ?」
「あそこだ」
イーサンは廃墟群の中でも少し背の低い、まだそこまで風化の影響を受けていない建物を指差した。その方向はユラが向かった方向だと、フェリはぼんやりと頭を働かせる。
「ま、あそこへ行けるのは、俺を殺せればの話だ」
「分かりやすくていい」
そのフェリの言葉が終わる前に、イーサンの剣とフェリのナイフが激しくぶつかり合った。
耳を劈くような金属音が、二人の武器から甲高く鳴り響く。
フェリはカッと目を見開き、身体をイーサンの懐へねじ込むように動く。
「っは!」
イーサンはフェリのナイフ捌きを掻い潜るように、最小限の剣の動きでそれらを弾いていく。
「お前の力はそんなものなのか、殺戮人形っ!」
「.....それはもう、捨てた」
フェリはトンと一旦後方へ下がる。その体勢を整えるような動きをさせないよう、今度はイーサンが距離を詰めてきた。
フェリはすぐにナイフで防ぐ。その行動をしながら、フェリは空いている手でイーサンの腹部を穿つように狙う。が、読まれていたようで、その拳は掴まれてしまう。
「甘い」
「.....」
イーサンはそのままフェリの身体を投げ飛ばすように、ぶんっと振るった。ぽおんとフェリの身体は飛び、地面を転がって柱にぶつかって止まった。
「.....馬鹿にしてるのか、殺戮人形。本気のお前はまさに死神のようと聞く。が、今のお前は鈍間だ。弱くつまらない、ただの人間だ」
「.....さっきも言ったけど、俺はそれを捨てた。もう、
「...現実を見ろ。お前は、人間じゃないだろう?」
イーサンの嘲るような言葉に、フェリは柔らかく微笑んだ。
「そうかもしれない。でも、あの時とは違って、帰るべき場所があるんだ。そこへ戻る為に、俺は戦う」
フェリは口先だけを動かしてそう言い、血と雨に濡れている頬を軽く拭う。
「あいつらの為なら、死んでも構わない」
確かな強さを孕む声音で、フェリははっきりと言ってのけた。イーサンはまた嘲笑する。
「なら、死ね」
その言葉と共に、イーサンは進撃する。
先程までの動きが単なる準備運動と思わせる程、彼の動きはあまりにも素早く、そして確実に狙いを定めていく。
「っ」
素早く起き上がったフェリは、それをすぐに受け止める。苦い顔をしながら、しかしその動きへついて行く。
振るわれ続ける刃を的確に弾いて反らし、ほんの僅かな傷だけを腕や頬へ負わせていく。
その小さな血飛沫を見る度に、フェリの心はドクドクと跳ねる。
「........っひひ」
そして、彼の中のスイッチが切り替わった。
「.....っやっとか!」
フェリの様子が変わったのを、イーサンもすぐに気付いた。
イーサンは更に剣の動きを早めていく。フェリは不気味な薄笑みを浮かべながら、それらを次々と掻い潜っていき、イーサンへ攻撃を当て始めた。
「それだ!殺戮人形と俺は!」
常に冷静であったイーサンの声に、興奮の熱が纏い始める。
フェリのナイフは疲れを知らないように、一定のペースを保ったまま止まらない。
今度はイーサンが押され始めた。
フェリはイーサンの心臓を抉り取ろうと、身体を深く深く捩じ込み、イーサンはそんな彼の頭上から剣の刃を振らせていく。
「ふはっ、あは、ははは」
身体のあちこちに傷を負いながら、フェリは決してその動きを止めない。
ただただ心臓のみを狙うやり方。それはとてもシンプルな戦い方だ。
「っはぁっ!!」
イーサンがぶんっと剣を振るい、フェリのナイフを弾いた。
鈍い金属音が鳴って、ナイフは遠くへ落ちた。
「.....」
フェリはそれをぼうっと眺めた。
イーサンはゆっくりとフェリへ近付いて行き、その首元めがけて剣を振り下ろす。
それをフェリは背を低くして躱し、右腕に剣を突き刺したまま、イーサンの腹の中心を思い切り蹴り飛ばした。
イーサンの筋肉の巨体は地面を転がり、柱に当たって倒れた。
何とか受け身を取ったものの、『勝てる』と油断していたせいか、上手く取れずに頭を打ち付けてしまい、グラグラと視界が揺れている。
フェリは腕に刺さった一振りの剣をゆっくり抜いて、それを握り締めた。
「........痛い」
そして、その痛みでフェリは元へ戻って来た。
「.....何故、躊躇わなかった。利き腕を失う事は、軍人には死を意味して、普通はしないだろう」
「普通ならね」
フェリはイーサンの転がっている場所へ、ゆっくりゆっくりと近付いて行く。
「俺は昔からの訓練ばっかりで、そういう常識には疎いんだ。イーサン、気を抜いてたな」
「.....っはは、成程。そういう絡繰か、最期の最後に馬鹿をしたものだ!」
イーサンは声高らかに笑い、仰向けに寝転がった。
それが何を意味するのか、フェリはすぐに理解する。
「.....まだ、勝ち目はあるかもよ」
フェリは血と雨の混ざった赤い雫を垂らす右腕を見ながら、イーサンへそう声を掛けた。
勿論、『なら殺し合いを続けよう』と言われても困るのだが。
「いや、いい。戦場を失った俺に息を吸う資格などない。あの場所が俺の生きる場所だ。それ以外の場所で生きる俺は、ただの幽霊だよ。身体を失ってさ迷う、哀れな幽霊だ。ならここで、殺戮人形に負けて死んだ方が、俺の人生の終止符には丁度いい。それに、俺の半身に殺して貰えるんだ。最期には悪くない、花の添え方だろう?」
その言葉に、フェリは僅かに目を開いて、それから何も言わずに剣を振り上げた。
人を苦しませながら殺す方法を、フェリは知っている。
拷問を任された事は無いが、いつか必要になる可能性があると、幼い頃より教え込まれていたせいだ。
そしてまた、人をあっさりと苦しませずに死ぬ方法も知っていた。
苦しむ同胞に、安らかな死を早く与えられるように。
イーサンの死体の横に、フェリは優しく剣を置いておいた。彼の血で紅く染まった刃は、小雨を受けてその色をだんだんと落としていく。
フェリはポーチから止血用にと持って来ていた包帯で応急処置をしておき、落ちていたナイフを拾って、服で軽く拭いておいた。
あの強靱な肉体から繰り出される一撃は重かったようで、所々に欠けた箇所が見られる。
けれども、確かな強さを示すように、ナイフはフェリの手の中で雨を受けて光っていた。
「.....もう少し、頑張って」
フェリはその刃をつうっと撫でて、ポーチへとしまい込む。
その時、凄まじい爆音がフェリの耳へ届く。
「.....あっち、か」
その音のした方向─ユラが向かった場所へ、フェリは痛む身体で走って行った。
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