Episode.38 side Ash.

 濡れた髪の毛が項に張り付く。気持ち悪い。

 剣の刃に雨水が伝う。雨は降り止まない。

 アシュは短く息を吐いて、剣の先を建物の柱の一つに向けた。

「そこから出て来いよ」

 アシュの鋭い目は射抜くように、その柱を見ていた。

 しばらくしてゆっくりと、そこから金髪の男が出て来た。男はニヤニヤ笑いながら、アシュへ一歩ずつ近付いていく。

「お前が『イーサン』か?」

「へぇ、イーサン先輩は知ってんだ。残念だけど。俺はイーサン先輩じゃなくてルーイってんだ」

「へぇ。じゃあお前がカヴィを連れてった金髪の男の方か」

 その言葉にルーイは目を丸くして、くっくっと押し殺すように笑った。

「あの女と知り合いか。イーサン先輩から逃げ切った、あの人間と」

 アシュは剣の柄を強く握り締める。ルーイは笑みを見せたまま、腰から三つの棒を取り出し、素早く組み立てて一本の長い棒へと姿を変える。

「軍鬼アシュ。あんたの噂は軍時代には、非常によく聞かせて貰いましたよ。殺戮人形と行動を共にする変人だって」

「まぁ、だろうな」

 アシュは否定しなかった。あの頃のフェリは戦場の狂気に取り憑かれていたようで、今よりも増して酷く狂気に囚われていた。

 そんな人間だと知っていて付き合っているのだから、おかしい人間と思われても、アシュは特に怒りはしなかった。

 ただただ冷静に、ルーイを殺す事を考えていた。

「まぁ今となっちゃ、どうでもいい話ですがね?今の俺はあんたを殺す事が仕事ですから」

 ルーイはクスクスと笑ったかと思うと、唐突に手に持っている棒をアシュへ振り下ろしてきた。アシュは素早くそれを受け止め、弾き飛ばす。

「へぇ、卑怯者。そうやって不意打ちしか出来ねぇのかよっと!」

 アシュはルーイへ剣を振り下ろす。ルーイはそれを棒を倒して、ガンッと金属音と共に防いだ。

「安心しなぁっ!すぐに殺してやるからさぁ!」

「.....俺の台詞だっての」

 アシュはニヤリと口角を上げて、薙ぐように振り払う。

 ルーイの身体のバランスを崩させるように、剣を左右交互に振るっていく。

 ガンガンと酷く金属音がその場に木霊し、静かに降り落ちる雨の中に反響する。

 アシュの剣の動きに、ルーイは遅れる事なくついていく。むしろアシュを上回ろうと動きを早くしていく。

 それはさせないよう、アシュは一定のペースを保ちながらルーイに主導権を与えないように翻弄させる。

「っこのっ!」

 それに苛立ったルーイは、思い切りアシュの頭を砕くよう振り下ろす。

 それを難なくアシュは受け止めた。

「イライラしっぱなしだな、餓鬼」

「.........うるせぇよ」

 先程とは打って変わった声音に、アシュは警戒心を高くする。

 しかし、剣の動きは止めない。

 お互いに傷を負わせながら、ずるずると戦いは続いていく。

 アシュが振るう。ルーイが防ぐ。

 ルーイがアシュの剣を折ろうと渾身の力を込めて振るう。アシュは上手く刀身を滑らせて、その力を分散させる。

 それが暫く続いた。

 それに耐えられなくなったルーイが、突然動きを変えた。

「っおらぁっ!!」

 ルーイは一気に下から上へ振り上げ、アシュの得物を弾いた。

 グッと握っていたアシュだが、流石に衝撃に耐えきれずに剣を落としてしまった。

 棒の強い衝撃により空中を舞った剣は、アシュの背の後ろへ落ちた。

「.....ッチ」

 アシュは飛んでいった剣の方向を、ぼんやりと流し目で眺めていた。

「あははっ!軍鬼アシュっ!!討ち取ったぁっ!」

 ルーイは嬉々とした声を上げ、アシュ目掛けて棒を一気に振り下ろした。

 アシュは冷静に、ルーイの瞳の奥を覗くようにぼうっと眺めていた。

「.....あーあ、馬鹿だな」

 憐れむように、アシュは呟いた。そして、動く。

 アシュは目にも留まらぬ早さで、ルーイの懐へ一気に身体を潜らせる。彼が呆気に取られている間に、棒の攻撃を躱す。

「っおらっ!!」

 そして、アシュはルーイの腕を持ち、全身全霊の力を込めて背負い投げる。

 ルーイの耳には風を切る音と共に、腰辺りから頭や足先へと一気に衝撃が伝わっていき、そして意識は暗転した。


「悪いな。自分よりがたいが良くて武器を持った卑怯者を薙ぎ倒すのには、生憎慣れてんだよ」


 ルーイは最後に、そんな言葉を聞いたような気がした。


「.....っはぁ、面倒臭かった」

 アシュは関節を外されても解けぬように、手持ちの縄でルーイの両手足を縛り上げる。

 滴り落ちる雨と汗が混じったものが、ぽたぽたと地面へ伝い落ちていく。

 アシュはそれを転がして、自身の剣を拾い上げる。そして、ユラの向かった建物の方へと向かう。

 向かう道中に、ポーチから手榴弾を探しておき、ピンを抜いて投げる。

 激しい爆発音が轟き、周りの地面を震わせる。

「来いよ、フェリ」

 アシュは建物内へと入り込み、周りを見回す。

「カヴィっ!ユラっ!」

 反応は無かった。

 アシュの声が聞こえない位置とはどこか。彼の頭は、素早く答えを叩き出す。

「地下.....」

 アシュは急いで階段を降りた。

「カヴィっ!」

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