Episode.36 Regain it desperately.

「おい、見つけてやったぞ」

 翌朝、〈堕天使〉へシーは訪れ、一枚の紙を三人へ手渡した。

「ここに、居る?」

「移動してなければ恐らく。大変だったんだぞ?ナイフを買った人間を割り出して、そっから足取りを辿って裏を取って。これでしくじったら承知しないからな」

 椅子にふんぞり返って、シーは三人に対してそう言った。

「ありがとう、シー」

 ユラが即座に礼を言う。シーはほんの少し胸を反らしていたのを止め、先程まで見せていた勝ち誇ったような笑みとは違う、柔らかな充足感に満ちた笑みを見せた。

「お前の為ならしてやるよ。俺の大切なこ」

「うるさい、気持ち悪い」

 シーはとぼとぼとした足取りで帰って行った。

 リツとメィは気まずそうに顔を見合わせたが、フェリとアシュは特に気にせずに渡された紙を見ていた。


 場所はここよりも南西。歓楽街の下に当たる、廃墟群と呼ばれている場所の一つだ。

 中央への過密化に合わせて、山間の町の過疎化も進み、住人が居なくなってしまった地域も増えていった。そこが廃墟群となる。

 残ってしまう理由は、政府が壊さないからだ。壊す費用が無駄になってしまうから、そのままにして放っておく。

 故に、そこが"Knight Killers"やその他の犯罪組織の溜まり場となる。

 身を隠すには適している場所ではある。


「.....行くか、フェリ」

「明日行こ」

 フェリの言葉に、彼以外の全員が目を丸くする。

「.....いつものお前ならすぐ行くって言いそうだったけど。........その心は?」

「今日は準備だけ。明日の天候を調べて適した武器と、自陣の配置場所。それらを完璧にしなきゃ、カヴィは取り戻せない。...そんな気がする」

「へぇ、お前にしてはまともに考えるじゃん」

 アシュがポンと腰辺りを叩くと、フェリははにかむように笑った。

 その笑顔は、アシュが初めて見る表情でもあった。思わず思考が止まりそうになるが、何とかそれだけは阻止する。

「じゃ、明日の天気から調べますか。リツさん、ラジオありますか?」

「明日は小雨が降りますよ」

 きっぱりとした口調で、メィがそう言った。

「分かるの?」

「今朝たまたまラジオを聞きましたので。大雨ではないが雨は降る、と」

 その情報に嫌悪するのはユラである。

 彼女の武器は濡れては使えない。体術も一通り極めているが、それが通用するのは一般成人男性くらいなもので、軍人崩れの今回の人間には通用するとは思えない。

 足でまといになりかねない自分の姿を、ユラは一瞬想像する。

「ユラは雨に濡れないように走って室内で戦って。カヴィの事もお願い」

「了解です」

 ユラはニッと笑って、敬礼をした。

「俺はお前のサポート役だ」

 ポンとアシュはフェリの肩を叩く。

 フェリは薄らと口元に笑みを浮かべて、小さく頷いた。

「.....ここで問題になるのが、三人。ユラの手首を切り落とした人と、カヴィを連れ去った人。そして、俺とアシュが相手をした人」

「イーサン.....」

 ユラはあの瞬間を脳裏に呼び起こす。

 熱い血潮が噴き出し、血の気が引くと共に脳は凄まじい回転を見せ、行動を起こしたあの瞬間。

 切り取られた映像のように、何度も何度も巻き戻して見ていられる。最悪な場面だ。

「俺が相手する」

 フェリは迷いなく、ばっさりとそう言った。

「フェリさんっ、でも」

「大丈夫だから」

 ユラの肩を優しく、フェリはトンと叩いた。

 そしてアシュを見る。

「行ける?」

「任せろ、相棒」

 ニッ、とアシュは笑い手を挙げた。

 フェリはその手に触れ、握る。



 〈涙雨の兎〉が動き始めた。



















「さぁ、ここが最終局面だ。俺の手の平から脱するには、今しかないぞ。...哀れな兎達」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る