Episode.35 Because it's the friend whom I want to protect.

 カヴィは、見知らぬ場所へ連れて行かれていた。

 道を覚えようと努力はしたものの、道中に車を使われた上に目隠しもされて、自分がどこに居るのか分からない。

 不安が募るばかりだが、これを耐えれば〈涙雨の兎〉の全員が無事ならば、それで構わないと思える。耐えられると考えられる。

「着いたぞ」

「っ」

 乱暴に目隠しを外された場所は、あの場所によく似た造りをしていた。


 暗い部屋。明かりはゆらゆらと揺れる橙の灯火のランプだけで、他には窓から差し込んでくる陽射しのみ。他の家具も簡素な物ばかりで、凝られた物は何も無い。


「.....ここ、ですか」

「あぁ。とりあえずここに居て、なっ」

 トン、と背中を押されカヴィは倒れ込むように中へ入る。それと同時にガシャンと音が鳴って、硬い扉が閉められた。

 蹴破れそうもない、鋼のような扉だ。食事を入れる為の小窓と、空気を入れる為の隙間しかない。

 カヴィはぐるりと周りを見回して、それから布団の上へ腰を下ろした。

「.....戻った、だけだ」

 そう、あの場所に戻っただけ。外の世界の美しさも、汚れも知らなかった世界に戻って来ただけなのだ。

 悲しいと思う事も無い。何も考えずに、過ごしていればいい。

「あ、先輩達ー。今回は俺が一人で解決したも同然ですからねー?」

 声が聞こえてくる。カヴィはベットから立ち上がり、隙間に目を当てる。

「まさかお前が捕まえるとは、想定外だ」

 先程の男よりも低い声。顔はよく見えなかったが、身体付きは筋骨隆々を具現化したような人間だ。

 一般人でない事はすぐに分かる。

「酷いなぁ、イーサン先輩は。褒めてくれていいっすよお?悔しがってもいいんすよ?」

「殺すぞ」

「おぉ、怖いなぁ」

 身震いするように金髪の男は身を震わせた。

 また物音が鳴った。そして足音がカツンカツンと響いて、止まる。

「ひひぃ、依頼達成だなっとぉ」

 奇怪な笑い声が部屋の中に響いた。

「イーサンが捕まえなかったのはぁ、予想外だけどねぇ。しかも、一人殺し損ねるときたぁ。風邪だと思ったよなぁ」

 金髪の男と奇妙な笑い声の男達はくつくつと笑い合った。

「ルーイ、キダ」

 しん、と凍えるような声色が部屋の笑い声を一瞬で消した。

 その声を向けられていないカヴィも、思わず息を止めてしまいそうになる。それくらい、恐ろしかった。

「ひひ、怖」

「カヴィの引き渡しは明後日。それまでの衣食住の面倒は見る。丁重に、傷を付けるなよ。それだけで依頼金が減らされる」

「はいはい、分かってますって」

 明後日。それまで彼らと共に生活しなければならない。

 正直、憂鬱でしかない。

「.....それにしても、あんなガキに何であんな金が吹っ掛けられてるんすか?俺、理由知らないんですけどー」

 その言葉にカヴィも反応する。

 そう、自分が狙われている意味を知りたい。

「.....キダ、伝える約束だったろうが」

「契約内容にはないのでぇ、ひひっ、ルーイにはいいと思って」

 奇妙な笑い声の男─キダはまたくつくつと笑い始める。それから、イーサンは溜息を吐いた音が聞こえる。

「エノ・カンパニーは、巨大企業だった。それは勿論実力もあったが、一番大きな理由として挙げられるのは、王族の分家の血筋を引いてる事だ」

 ピクッとカヴィの肩は揺れる。

 そんな話、聞いた事が無かった。

「今、王権は前王の妃が取ろうとしている。だが、彼女は高齢な上に盲目に近い状態にある人間らしい。つまり、すぐに代わりの人間が必要になる。だが、ナツ王は未婚、兄弟は居ない。となると、分家から取るしかない。家系図を下っていくと、」

「エノ・カンパニーに白羽の矢が当たった、と。ふむふむ、成程ー」

 ルーイは納得するように頷く。

「エノ・カンパニーは長男が継いだ。カヴィは父親の特殊嗜好に巻き込まれて、幽閉されていた為に世間をあまり知らない」

「ひひっ、官僚になりつい人間からすればいい操り人形だぁ。無知だからなぁ」

「その為にカヴィに高額な依頼金が付けられ、傷一つ付けてはいけないというわけだ」

 カヴィはそっと扉から離れた。そして急いでベットに駆けて、顔を埋めて目を閉じる。

 もうこれ以上、何も聞きたくなかった。





「カヴィ」

 気が付くと、カヴィの目の前にはフェリが居た。

 あまりにも唐突な事で頭の処理が追い付かない。

「......え、と?」

「あ、起きた?ほら、ご飯」

 フェリは単語を並べ立てて、さっさと部屋から出て行った。

「.....夢、だよね」

 夢だと分かっている夢を視る事もあると聞く。恐らく、これがそうなのだろう。

 出来れば、今こんな夢は見たくないが、そういう意志を持っても夢から覚める事は出来ない。

 カヴィはのろのろと起き上がり、リビングへと向かった。

「おっはよ、カヴィくん!フェリさんより遅いとは、珍しいねぇ」

 リビングでは、美味しい香りの中でアシュとユラが動いていた。二人の持つ皿には美味しそうなフレンチトーストが乗せられている。

「ほら、カヴィ」

「あ、ありがとうございます」

 アシュから皿を受け取り、床に腰を下ろす。

 フェリとアシュがソファに座り、ユラはカヴィと同じように床へ腰を下ろした。

 各々合掌し、フレンチトーストを食べ進めていく。

 しっとりとした食感は丁度よく、甘く芳醇な香りが鼻に抜ける。

 絶品だ。

「今日はどうする?」

 作り上げた当の本人は何でもないように、今日の予定の話をする。

「私はー、シーん所に行ってきます。叔父さんの情報、仕入れてるか聞きに。何かシーに聞いておきたい事とかあります?」

「俺はない」

「なら俺もない」

「何ですか、その答え」

 ユラは眉を下げてくすくすと微笑む。

 仲間であるからこそ、彼女は前髪で隠す素顔を露わにしてくれていたのだと、カヴィはぼうっと考えていた。

「俺はリツに手伝いがあるって言われたから、そっちに行く」

「ん、分かった」

「フェリさんはー?」

「寝る」

「うわぁ、澱みのない返事」

「起きろよ」

「眠いんだって」

 あぁ、こんなにも暖かく幸せな場所だったのに。


 失った。



「カヴィくんは?」

「へ?」

 気付けば、息がかかりそうな程近くへ、ユラが顔を近付けていた。思わず仰け反りそうになる身体を何とか正常に保つ。

「聞いてなかったの?今日の予定だよ」

「俺、は、その.....」

 声が震える。

 いつもそうだ。自己決定しなければならない時に限って、焦りと不安がごちゃごちゃと入り混じって声が震える。


 でも、伝えなければならない。


 言葉にしなければ、分からない。


「.....皆と、居たい、です!」


 勇気を持って、声を絞り出した。

 しぃんと、部屋が静まり返った。カヴィは恐る恐る顔を上げる。

「え、と。変な事言って、ごめんなさ、」

「カヴィくーん!君って子は!いい子過ぎるよ何それ!?女の子みたいに可愛いじゃん!いいよーっ!居てあげるー!」

「っうわ!」

 ユラが思い切りカヴィへ飛び付いた。カヴィは残りのフレンチトーストが溢れないよう注意しながら、ユラの抱擁を受け止めた。

 ユラはよしよしとカヴィの頭を撫でた。

「ゆ、ユラ.....っ」

 カヴィは照れ臭く、顔を反らしながら小さく呻く。

 ユラはカヴィの首筋に顔を埋めていたのを上げて、フェリとアシュを見上げた。

「いいですよねー、フェリさんっアシュさんっ」

「ま、しょうがないな。リツには断りを入れとくか。急がねぇとは言ってたし」

「え、でも」

「カヴィ」

 フェリがカヴィの言葉を遮り、ほんの少しだけ口角を上げて笑いかけた。

「我慢しなくていい。カヴィが好きなようにしたらいい。付き合えるだけ、付き合うから」

 胸の中に解けていくような、甘い砂糖菓子のような言葉。














 もう二度と、聞く事は無い。







「皆..........」

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